『皇帝』視点 20
──あれから、一週間が経過した。
つまりエルクウェッドは、これで十人もの妃と行動を共にしたことになる。
結果として、彼は上位十名の妃の中から『最愛』を選ぶことはなかった。
その事実を知った役人たちは「まあ、まだまだこれからだろう」と、口々に言う。
皇妃選びの期間は厳密には決まっていない。……まあ、長すぎるのは流石に困りものであるため、基本的に歴代の皇帝は必ず二、三年以内に『最愛』を決めてはいたが。
今現在、妃はあと四十人も残っている。
それに加えて、全員と会った後、また一番目の妃から同じことを繰り返せばいいため、急ぐ必要は全くない。
とにもかくにも、この国の未来のためじっくり考えて選ぶべきだと、皆考えるのだった。
そして、一方、人々にそのように思われているエルクウェッドはというと──
「くそッ、どういうことだ……!? 一体何が起きている……? 何なんだ、これは……ッ!!」
自室で頭を抱えていたのであった。
彼の表情には、大きな困惑があった。
疲労があった。
それに何より──
「なぜ、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、当然のように時が巻き戻るッ!? おい、ふざけるなよォッ!! おい! オイィイイッ!!!」
怒りが大半を占めていたのであった。
♢♢♢
──彼が、その異変について、とうとう堪え切れなくなったのは、四番目の妃と行動を共にしている時であった。
ゆえに彼は、四番目の妃と乗馬勝負を行いながら、その事実に憤ることになる。
「──おい!! どういうことだ、貴様ァ!! もう、四日連続だぞ!! いい加減、巻き戻りすぎだ!! 畜生がッ!!」
彼は、馬に鞭を打ち、颯爽と後宮の敷地を駆け回りながら、叫んでいた。
基本的に、彼がループに巻き込まれる頻度は、三日に一回といったものであった。
しかし、なぜか急に現在その頻度が上がったのだ。
彼は、ここ毎日ループに巻き込まれていたのである。そう、一番目の妃の時からずっとだ。
しかも、ループの最低回数も上がった。
基本的にループを脱するために必要な回数は、今まで最低二回以上であった。
なのに、今は必ず最低三回以上、時が巻き戻されるのである。
エルクウェッドは、ブチ切れながら四番目の妃との乗馬勝負に圧勝する。
実のところ、彼は国内の乗馬競技において最速記録を叩き出したことのある強者でもあったため、そのことを知らなかった、馬の早駆が得意であると豪語していた四番目の妃は、「そんな……」と落ち込むことになるのだった。
しかし、エルクウェッドもまた、その直後に「そんな……」と落ち込むことになる。
何しろ、また無情にも時が巻き戻ったのだから──
♢♢♢
──どうやら、妃たちが後宮入りした後から、この毎日ループが始まったらしい。
五番目の妃と共に行動している時、エルクウェッドはそう結論付けることになるのであった。
占いが趣味だといって、テーブルの上にカードを広げている彼女を他所に、「何なのだ、これは……どうすればいい……」と、心中で呟くことになる。
わけがわからない。
なぜ、この皇妃選びを機会として、ループに巻き込まれる頻度が上がったのか。
その原因が、彼にはまるで見当がつかないのであった。
「──陛下は、どうやら近頃お悩みのご様子ですね。それが一体どのようなものか私の方で当てさせていただいても、よろしいでしょうか?」
どうやら彼女は、裏返されたカードをめくることで、そこに描かれた動物の絵を元に、占っている相手の本心を当てるという芸当が出来るらしい。
エルクウェッドは、巻き戻りのことについて考えながら、おもむろに彼女に言った。
「──今、めくろうとしたカード、それにはおそらく猫の絵が描かれているな」
「……え?」
彼女は、恐る恐る裏返しのカードをめくる。
そこには、猫の絵がきちんと描かれていた。
それを認識して、彼女は「嘘でしょう……」と固まった。
「ついでに言っておくと、次に貴様がめくろうとしたカードは、犬。その次は、ゴリラ。そして、最後はコモドオオトカゲになるはずだ」
そう言われ、彼女は、息を吞みながら次々にカードをめくっていく。
そして、そのすべてが的中したのであった。
彼女の顔が驚愕の色に染まる。
五番目の妃は、めくられたカードとエルクウェッドの顔を何度も交互に見つめるのであった。
そして彼女はごくりと唾を飲み込んだ後、意を決して彼に尋ねた。
「あの、もしかして……陛下は『本物』の方、なのでしょうか……? 種も仕掛けも必要ないような感じの……?」
違う。
今現在において、絶賛十七回目の今日を体験している最中なだけである。
彼は、内心ブチ切れながら、五番目の妃からカードを借りて、彼女の前でプロのマジシャン顔負けの鮮やかな手品を次々に行ってみせるのであった。
♢♢♢
──六番目の妃は、読書家であった。
「あれ……? 陛下のお姿、その口調、御性格……まるで、あの──『とある小国の王女』先生の最高傑作に登場する主人公にそっくり……? あっ、まさか──」
「おいやめろ。気のせいだ。頼むからやめろ」
エルクウェッドは、全力で否定する。
ちなみにこの時は、七回巻き戻ったため、七回とも全力で否定することになるのだった。
♢♢♢
──七番目の妃は、料理が得意であった。
「いやあ、もうこれ、陛下、宮廷料理人レベルの腕前ですよね? 流石に勝てませんよ……」
彼女の表情は完全に、苦笑いのそれであった。
しかし、彼女の作った料理の味は、親しみを覚えるような庶民的な味であったため、「いや、これはこれでいいと思う」とエルクウェッドは、新鮮な気持ちで料理を味わう。
この日は、三回時が巻き戻った。
♢♢♢
八番目と続いて九番目の妃は、定番の色仕掛けをエルクウェッドに対して行ってきたのだった。
彼が部屋を訪ねると、露出過多な寝巻きで現れたのだ。
しかし、
「選べ。今すぐ自分で服を着るか、侍女に無理やり着させられるか」
彼の精神力は数々のループを経験したことにより、鋼の硬さを悠々と通り越してもはや特殊合金並と化していた。
エルクウェッドは、真顔で告げる。
それと、内心ループで二十四回も今日を経験させられているため、超絶ブチ切れている最中でもあった。
それを見た彼女たちは、「やっぱりちょうど七歳下じゃないと駄目なんだ……」と衝撃を受けながら普通のドレスに着替えることになるのであった。
♢♢♢
――十番目の妃は特にこれといった手段に訴えることをしなかった。
一番目の妃時と同じである。
しかし、ちょうど一日が終わろうとしていた時、その別れ際に彼女は仰天するような声を上げたのであった。
「えっ、どうして私の『祝福』が効いていないのですか!? もうすでに、私に対してちょっとドキドキな気持ちになっているはずなのに……!?」
どうやら、その言葉から推察するに、何かしらの行動をとることで任意の対象から好意を得られやすくなる『祝福』を有していたようだ。
そのためエルクウェッドは、「ああ、宰相と同じ類の『祝福』か。珍しいな」と思うのだった。
そして同時に「なら、『呪い』も自身にとって厄介極まりないものを抱えてそうだ。可哀そう……」と同情することになる。
「別に『祝福』に頼るのは構わんが、まあとにかく頑張ると良い。応援している」
彼は、そう言って困惑する十番目の妃の元から立ち去る。
──あれ? 自分の『祝福』がまともに役に立ったのってこれが初めてでは……?
と、同時に思いながら。
それと今回は、九回巻き戻ったのであった。
♢♢♢
──こうして彼は、ブチ切れながら自室にて今まで共に行動した妃たちのことを振り返る。
そして、「やはり、この調子で毎日何度も時が巻き戻るのはキツすぎる」と、弱音を吐くことになるのであった。
時間感覚がおかしくなりそうだった。
何しろ、最低三回その日を経験しないと明日にならないのだから。
これで長期ループでも起きてしまえば、正直、正気を保つ自信がなくなってくる……。
そう思いながら、ちらりと自室で暦を確認する。
――十日前に巻き戻っていたのであった。
つまり、一番目の妃からやり直し。
「……」
彼は、思わず白目を剥いた。