『皇帝』視点 19
──妃たちが後宮入りを終えて、三日が経った。
故に彼はすでに、三人の妃たちと行動を共にしていたのだった。
一番目の妃は、エルクウェッドに対して、世間話を行ったり、共に食事を行ったり、といった程度のことしか一日の間で行わず、特に何も仕掛けてはこなかった。
「まだ先は長いと思いますので、陛下のお言葉に従い、のんびりと過ごさせていただこうと思っている次第なのですよ」
広げた扇で口元を隠し、そう彼女は言った。
そのため、結果としてエルクウェッドが彼女をひたすら警戒するだけの一日となったのだった。
なので、彼は「奴め、何を考えているのやら」と思いながら、翌日、二番目の妃と共に行動する。
「──それでは、皇帝陛下。実は、是非ご披露させていただきたいものがございまして──」
二番目の妃であるおっとりした雰囲気の女性は、彼と会うなりそう言って、彼に後宮の敷地内に存在する薬草園に同行するよう促す。
彼女は、薬学の知識に精通していたのだった。
どうやら、その長所をエルクウェッドに対して、アピールしようと思っていたようなのだが──
「……えっ、そんな……私よりも陛下の方が、はるかに詳しい……!?」
二番目の妃は、そう驚愕することになるのであった。
実は、エルクウェッドは以前、ループに巻き込まれた際、さすらいの旅人の薬師になりゆきのまま薬学の知識を叩き込まれていたのだった。
「ま、まさか、あの『ネオハイパーヤブドクター・殿下』の逸話が本当のものだったなんて……」
そう、彼女は戦慄することになる。
ちなみにエルクウェッドの偉業の一つであるそれは、外で具合が悪そうな人を見かけるたびに「ほら、これでも食っていろ」と、そこら辺で毟ってきた雑草を手渡してくるという到底信じられない行為を当時のエルクウェッドが行ってきたというものだ。それがただの雑草ではなく、れっきとした薬草であったため、体調を崩していた者たちは、嫌々食べながらも、そのまま全快を果たす。ゆえに、そのヤブ医者も感心するような対応の雑さと、名医も驚くほどの診察眼を合わせ持った皇太子殿下ということで前述したような異名で呼ばれることになったのだった。
──『ネオハイパーヤブドクター・殿下』、と。
エルクウェッドの知識量に、二番目の妃は顔に悔しさをにじませながら負けを認める。
「……どうやら、このままでは、私は陛下に選ばれることはなさそうですね」
そして彼女は、次の機会までにエルクウェッドを超えるため、後宮内に設置された図書館で猛勉強をはじめることを決意したのであった。
対してエルクウェッドは、「……そうか。まあ、ここはそれなりに設備が整っているからな。頑張ってくれ」と、告げる。
何だか分からないが、勝ったらしい。
相手が振ってきた話題について、ただ応えていただけなのに。
彼は「別に、勉強が出来るからといって、それだけでその者を『最愛』に選ぶということはないんだが……」と思いながら、次の日、三番目の妃と会う。
三番目の妃である凛々しい雰囲気の女性は、エルクウェッドと会った後、「どうか自分の踊る姿をご覧になっていただきたいのです」と告げた。
実は彼女は、バレエに大きな自信があった。
今まで他国に留学して、その才を磨いてきており、彼女のダンスはその国では高い評価を得ていた。
ゆえに、その美しいダンスでエルクウェッドを魅了してみせようと、考えていたのだ。
後宮内にあるダンスホールにて彼女は、踊る。
エルクウェッドの目の前で。
エルクウェッドには、様々なダンスを習得している『ダンスの神』とも呼べる存在であるという噂があった。
しかし、彼の性別は男性。
たとえバレリーノとして踊ったことはあっても、バレリーナとして踊ったことは流石にないだろう。
振り付けや用いる技術は男女で大きく差異がある。
そこが自分にとっての突破口となるはずだ。
三番目の妃は、そう高を括っていた。
故に、
「さあ、どうでしょうか陛下?」
彼女は、得意げにそう問いかける。
しかし、その感想は──
「いや、悪くはないが、まだ各ステップが甘い気がするな」
こうすればもっとよくなるはずだ、と彼女はエルクウェッドからまさかの詳細な駄目出しを受けることとなるのであった。
そう、残念ながら彼はかつて女性役としてバレエを踊った経験があったのだ。
ループに巻き込まれた際、彼は劇場にて観覧中、なりゆきで下半身にアヒルの頭部をつけて、真顔でくるくる踊ることとなったのである。
その経緯は、かなりややこしいので今は省略するが、とにかく彼は本職顔負けのダンスをバレエでも踊ることが出来たのであった。
「――!! 『ダンスの神』、本当に実在していたのですね……っ」
彼女は、そう呆気に取られることになる。
そして、彼女は自分が彼から受けたアドバイスを参考にして、彼と行動を共に出来る次の機会が訪れるまでに更なる高みを目指そうと決意する。
なので、当然「いや、だから、別に踊りが上手くてもそれだけで『最愛』に選ぶつもりは毛頭無いんだが……」とエルクウェッドはまたしても同じように思うことになるのであった。




