『皇帝』視点 17
──結果的に言うと、大半の妃が腹に一物抱えていたのであった。
ゆえに、エルクウェッドは、妃たちと顔を合わせて会話するたびに、その身に疲労が大きく蓄積されていくことになる。
どうやら大勢の妃たちは、皆揃ってエルクウェッドの『最愛』になろうと考えているらしい。
一番目の妃ほど、露骨に表面に出す者はさすがにいなかったが、基本的に彼を見る妃たちの眼光は、まるで獲物を見定める猛禽類のような鋭さをしていたのであった。
なぜ、彼女たちがそのような目で彼を見るのか。
いたって単純な話だ。
彼は、子供の頃から多大な功績を上げてきた。
そして、現在では歴史上最も偉大な皇帝と称するに相応しいと、大勢の者たちから評価されている。
つまり裏を返せば、現在において歴史上、類を見ないほどの高物件であるということなのである。
ゆえに入手できる機会があるのなら、是が非でも入手しておきたい代物であろう。何せ、そんな高物件が、たった五十分の一の確率で手に入るのだから。
これでは先が思いやられるな、とエルクウェッドは眉間を押さえながら、ため息を吐く。
──後宮内でもめ事や争い事が起きなければ、いいが……。
そのように内心心配になりながらも、彼は最後の妃の顔見せに臨む。
彼は、今まで四十九人の妃たちと、言葉を交わしてきた。
後一人。
しかし、彼は気を決して抜かない。
なぜなら、そのような気を抜いた瞬間にタイミングよく起きてしまったループこそが、最も精神的ダメージが大きいからだ。
それで、何度絶望し、ブチ切れてきたか分からない。
……まあ、たとえ、気を抜いていないときにループが起きても、結局ブチ切れることには変わりはないのだが。
「──お初にお目にかかります、皇帝陛下」
そのようなことを考えていると、急にそんな声がエルクウェッドにかかる。
どうやら、無意識に「入れ」と声を上げていたらしい。
気が付いた時にはすでに五十番目の妃が、玉座の間に入室していたのであった。
エルクウェッドより少しばかり離れた場所。
そこには、一人の少女が平伏していた。
彼女の身なりは、小奇麗なドレスを身にまとっていたが、その質は他の妃たちに比べて劣っているように見える。
彼は、少女を観察しながら「顔を上げろ」と告げる。
「それと、今の貴様は、仮にも妃の身分だ。そこまでする必要はない。気楽にしていろ」
その言葉に、少女は「ご配慮いただき誠に感謝申し上げます、皇帝陛下」と、言って立ち上がるのだった。
まだ幼さが顔立ちに残る、真面目な態度をした華奢な少女だった。
──やや地味な顔立ちだが、上手く化粧をしてやれば、化けるか……?
そう、無意識に思ってしまったため、エルクウェッドはとっさに自分の手の甲を抓ることになる。
実は彼は、最近ループに巻き込まれた際に、宮殿で働く化粧師に、化粧のありとあらゆる技術をなりゆきで習得させられていたのである。
そのため、近頃女性を見るたびに「もっと、こう上手いこと化粧できるはずだ。たとえば素材の味を活かして──」と反射的に思ってしまう、そんな使いどころのない代償を獲得してしまっていたのだった。
彼は、一度思考を切り替えた後、少女に言葉をかける。
「まあ、とにかくよく来た。それと、一応確認しておく。貴様の名は、ソーニャで相違ないな?」
「はい。間違いありません。ソーニャ・フォグランと申します」
少女は、丁寧に頭を下げるのであった。
その言葉にエルクウェッドは頷く。
そして、さらに言葉を一方的に続けた。
「貴様は、確か男爵家の出であったな」
「はい、そうでございます」
「歳は十六。趣味は読書。特技は、明日の天気を当てることだったか。これも間違いないな?」
「はい、もちろんでございます」
それは、やや面談めいたやり取りであった。
実のところ、本来ならば、そういった情報は、皇帝自身が妃と言葉を交わして聞き出すというのが、この顔見せの流れの一つであったのだが──途中から面倒になってきたため、エルクウェッドは担当の役人に命じて「妃全員の情報が記載された資料を寄越せ。暗記する」ということとなり、彼はそのすべてを頭に叩き込んでいたのである。
故に、このような事務的な会話になってしまうのだが――今まで妃側から激烈な自己アピールがなされてきたので、「まあ、これでもいいか」と役人たちも半ば納得していたのであった。
ある程度、少女の情報の確認を行った後、彼は「それで、私に言いたいことはあるか?」と尋ねる。
少女は、少し考える素振りをした後、言った。
「──大変申し訳ございませんが、今はまるで思いつきません」
そして「皇帝陛下を前にして、このような無礼を働いてしまったことをどうかお許しください」と、そう、真摯な表情で深々と頭を下げてくるのだった。
それを、見てエルクウェッドは「ほう」と内心、息を吐く。
先ほどから彼は、ずっと少女の様子を観察していた。
彼女の発言や反応は、消極的なそれ。自己アピールを一切しようとしない。
にもかかわらず、皇帝である彼を前にして何一つ物怖じしていないのである。その顔色は常に平静そのもの。
胆力がある。
しかし、『最愛』の座には全く興味を示していない。
──最後の最後で、やっと何も仕出かしそうにない妃が現れた。
何も企んで無さそうな感じが良い。素晴らしい。
そう、エルクウェッドは内心安堵することになるのであった。
おそらく、この少女の目的は、国から支払われる高額な褒賞であろう。
実家は、貴族の位を有しているが、そこまで裕福でもなかったはずだ。
この少女ならば、もしも、他の妃たちから敵視されても強かに立ち回って無事に妃としての生活を乗り切ってくれるに違いない。
彼は、半ばそう確信したのであった。
そして、少女はその後、丁寧に一礼して玉座の間を後にする。
エルクウェッドは彼女が去った後、「もしもここに宰相がいたら、本当の意味でおもしれー女と言っていただろうな」と考えながら、大きく脱力する。
とにもかくにも、これにてすべての妃の顔見せが終わった。
そして明日からは、一番目の妃から順番に部屋を訪ねなければならない。
その後、エルクウェッドは彼女たちに対して、今回の顔見せのような形で交流を行い、自分の『最愛』となる者を見極めなければならなかった。
基本的に、妃の部屋を訪ねた際は、妃本人の要望を聞くことになる。
たとえば、茶の腕前を披露したいというのであれば、茶道具一式と茶室を用意するし、ダンスが得意であるというのならば、ダンスホールで共に踊ったりと──妃たちが顔見せの際では出来なかった自己アピールの続きを、その日行うことになるのである。
──皇帝は、基本的に仕事以外の時間は、妃と行動を共にすることになる。
──妃が皇帝と共に行動できるのは、一日だけであり、次の日は別の妃が皇帝と行動を共にする。
──そして、皇帝が『最愛』を決めるまでそのサイクルがずっと繰り返されることになる。
それが、この国での代々から続く仕組みであった。
――……しかし、明日は、あの一番目の妃からか。初っ端から気が滅入るな……。
彼は、そのようにやや辟易とした気分になりながらも、他のすべき仕事に取り掛かるのであった。
――そして、翌日。
いつものように、時は一日前に巻き戻ることになる。
何者かが、『祝福』を発動させたのだ。
エルクウェッドは、「またか……悪魔め。貴様のその面をいつか拝んでやりたいものだな、畜生めが……ッ」と内心ブチ切れながら、現状を冷静に把握する。
場所は、玉座の間。
少し離れて自分の前にいたのは、
「――お初にお目にかかります、皇帝陛下」
五十番目の妃である少女であった。