『皇帝』視点 13
二十一歳となった時、現皇帝が「あと一、二年で皇位を譲れそうだ」と、エルクウェッドに告げる。
どうやら、ある程度目途がついたらしい。
そして、それに伴い、宰相もまた妃たちの後宮入りの準備を本格的に押し進めていく。
──もうすぐ、この国に新たな皇帝が誕生する。
その空気を感じ取った民衆は、より一層気力をみなぎらせて生活を送るのだった。
そして、当然宮殿内もまた同じように慌ただしくなる。
多くの役人たちが、仕事に追われてせわしなく宮殿内を行き交い、兵士たちもまた新皇帝即位後に行われる数々の式典の警備に向けて、己の鍛錬に勤しむのであった。
エルクウェッドは、つかの間の休憩を取っている際に、その光景を見守った。
実は彼も他の者たちと同じように、すべき仕事やこなすべき役割が山ほどあった。
そして、そのすべてを彼は、いつものようにループに巻き込まれて、内心ブチ切れながら完璧にこなしていく。
彼は、休憩を終えて、執務室に戻ろうと、足を進める。
その時だった。
ちょうど侍女たちの仕事場の前を通った時、彼女たちの話が耳に入ってきたのである。
それは、今後後宮入りしていく妃たちの話題であった。
『──ああ一体、どなたが皇太子殿下の『最愛』になるのかしら』
『歴代の皇帝陛下は、基本的に十番目までのお妃様の中からお選びになっているのでしょう? なら、今回もそうなるのではないかしら』
『でも、過去には二十番目のお妃様や、三十番目のお妃様をお選びになられたこともあったと聞いておりますよ?』
『最後まで全く分からないということね。何だかこちらまでそわそわしてきてしまうわ』
そして、「実はあの伯爵家のご令嬢が、後宮入りする予定らしいです」とか、「あら、もう内定しているのは、確か侯爵家のご令嬢のはずでは?」、「国への貢献度から言って、あの子爵家のご令嬢の後宮入りは決まりですね」、「宰相様、いつになったらおハゲあそばすのかしら」といったような会話が続いていく。
彼女たちの言葉は全く途切れる気配はないが、同時にその手もまた止まることなくすばやく仕事をこなしていっているため、そこはさすがだと言わざるを得ない。
彼は、やや感心しながら、執務室に戻ったのだった。
そして、黙々と仕事にとりかかっている最中、彼はふと、先ほどの侍女たちの会話を思い出す。
「……自分が、どのような相手を選ぶか、か」
今、思えば考えたことがなかった。
自分は、今後どのような相手を選ぶのだろう。
常に皇太子として仕事やその役目に追われるせわしない毎日だった。
恋愛などしたことがあっただろうか。
そう、考えエルクウェッドは、過去の記憶を思い返してみる。
……しかし、思い出すのは、残念ながら、ループに巻き込まれて何度もブチ切れてきた経験ばかり。
なので一度、頭を振って頭の中をリセットした。
また思い出してみる。
しかし、またもやブチ切れた時のことくらいしか彼は思い出すことが出来なかった。
……ええい、うっとうしい。ブチ切れるぞ。
彼はやや苛々しながらも、過去の記憶を掘り起こす。
しかし、どうやら、怒りの感情が強すぎて、他の記憶まで塗りつぶしてしまったようだ。
男女問わず、彼は今までに多くの人々と交流をおこなってきた。
しかし、最終的に彼は何一つとして恋愛染みたエピソードを思い出すことが出来なかったのだった。
結局のところ彼は、完璧な仕事人間だったのである。
もしや、自分には人間味というものが欠落しているのかもしれない。
そう思ってしまった彼は、何だか無性に虚しくなり、その虚しさを仕事にぶつけようとするも、ちょうどループに巻き込まれてしまい、「アアーッ! またか貴様!! 今日こそは許さんからなァー!!」とまたいつものようにブチ切れることになるのであった。