『皇帝』視点 12
エルクウェッドは、ここ最近、皇帝の代理として仕事を行う機会が増えていた。
去年、宰相と共に呼び出された直後から、徐々にその頻度は増加していったのだ。
どうやら、現皇帝はエルクウェッドに少しでも早く皇位を譲るため、日々忙しく働いているらしい。
そして、どうしても手が回らないものについては、エルクウェッドに全面的に任せることにしているのだった。
当然、彼はその期待に応えるべく、毎回気を引き締めて仕事に取り掛かる。
皇帝代理としての仕事は全てにおいて、多大な責任が伴う。
気が重くなるような仕事ばかりであったが、それでも彼は心の充足感を確かに感じていたのだった。
そして、そんな彼は今回、自国と友好関係を結ぶとある小国に皇帝の名代として訪問していた。
「──お招きいただき感謝する。第一王女殿下」
彼は、その国の王宮に着くと、自らを出迎えた同い年の王女に恭しく一礼した。
「──こちらこそ、我が国にお越しいただき誠に感謝しております、皇太子殿下」
対して、第一王女も優雅に一礼する。
「さあ、こちらへどうぞ。父――我が国王が、お持ちしておりますので」
「ああ、よろしく頼む」
そして彼は、王女の案内の元、国王に謁見する。
そしてその後、有意義な対談を行うのだった。
♢♢♢
──今回の仕事は全て終わった。
後は、いつでも帰路に着ける。
しかし、それはさすがに勿体ないということで、彼は一週間ほど友好国に滞在することに決めた。
彼は、一日毎にその国の主要な地域を連れてきた兵士や家臣たちと見て回る。
観光を行いながら、知見を広めるのが目的であった。
「ほう、この市場はなかなかに活気があるな。それに並ぶ商品の種類も、我が国とは大分異なるようだ。興味深い」
「我々の国土は、大半が海に面しておりますので、航路を用いて様々な品が運ばれてくるのです」
「なるほど、そういえばそうだったな。道理で内陸国の我が国では見られない光景なはずだ」
自国の案内人を務める王女の言葉に、彼は納得するように頷いた。
そして、物珍しそうに、市場の商品を眺めるのであった。
♢♢♢
――その後、あっという間に時間は経ち、最終日となる。
彼の滞在はつつがなく終わりを迎えようとしていた。
──ちなみに補足しておくと、当然のごとく滞在中に彼は数回ループに巻き込まれていた。
しかし、今回の友好国訪問の仕事は、そこまで難題なものではなかったため、彼は「まあ、この程度なら十分耐えられるか。たとえるなら突然、謎の病気にかかって吐血した程度の深刻さくらいだし」と、いつもよりわずかに余裕を持っていたのだった。
「――明日、この国を発つつもりだ。世話になった」
「とんでもございません。私も、皇太子殿下から多くの知識を学ばせていただきました」
この国の王女は、非常に勤勉であった。
自国のことを良く学んでおり、常にエルクウェッドに対して詳細な説明を行ったのである。
そして、他国の文化にも大きな関心を持っていたらしく、彼女は暇があればいつでもエルクウェッドに多くの問いかけを行ったのだった。
王の話によれば、王族の中で最も優秀な者が彼女らしい。
そして、この国はその優秀さで毎回国王を決めているらしく、現在彼女が王位継承権一位の座を得ていたのであった。
それは喜ばしいことだ。目の前の彼女がこの国の女王となれば、より大きく栄えていくだろうな──と、そんなことを思いながら、エルクウェッドは紅茶の淹れられたカップを口に運ぶ。
最終日となった今日、エルクウェッドと王女は王宮にて、二人で雑談を行なっていたのだった。
将来国のトップに立つ予定の者同士、友好を深めるためだ。
今後、場合によっては互いに手を取り合って、協力し合うことも出てくるかもしれない。
この雑談は両者共にメリットしかない実に有用なものであった。
「──ところで、皇太子殿下。実は、個人的にとても気になっていることがございまして、お聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
「なんだ、どのようなことだ?」
「皇国の方々が有する『祝福』と『呪い』の力のことでございます」
「ああ、なるほど。そういった話か」
エルクウェッドは、「まあ、確かに気になるだろうな」と、内心呟く。
何しろ、この二つの力を所有する者は、現在大陸内においてリィーリム皇国の人間にしか確認されていない。
しかもその所有者は国民全員である。
他国の者ならば、興味を持たない者などいないだろう。
そのため、彼は秘匿されていないものの中から比較的知名度の高い『祝福』と『呪い』の事例を彼女に話し聞かせることにしたのだった。
「実は我が国に老齢の宰相がいるのだが、奴はかなり奇異な祝福と呪いを有している。たとえ、奴のことについて話に聞いていたとしても、実際に完全な初対面でアレを言われると、どのような者であっても面食らうだろうな」
彼は、宰相が【初対面の異性に対しておもしれー女と言うと、異性に好感を持たれやすくなる】という『祝福』と【初対面の異性に対しておもしれー女と言わないとハゲる】という『呪い』を有していることを王女に教えるのであった。
「まあ! それはとてもお辛いでしょう。──ちなみに宰相様の御髪は、今どのようなご具合に?」
「残念ながら、健在だ。奴の毛根は恐ろしくしぶとい」
彼は、内心舌打ちした。
「次に我が国の将軍の話だ。奴は仕事中、常に全身鎧を身にまとっている。そして、たとえ、その場ではどれほど不要であっても決して脱ぐことはしない」
「それは、なぜなのでしょうか? もしや、お顔やお身体に大変なお怪我をされているとか?」
「いいや、違う。奴は、戦で一度も傷を負ったことがないという話だ。──まあ、答えを言ってしまうと、【仕事帰りはお肌が通常よりもツヤツヤになる】が【仕事中は常にずっとお肌がしわくちゃ】という、何だかよく分からん『祝福』と『呪い』を有しているからだな。そのため、仕事中に、奴の素顔を見た者はいない」
本人いわく、仕事中は『たとえるなら、梅干しの妖精と干し柿の妖精が同時に互いのしわくちゃな顔を殴り合った後、突然二体で融合合体を果たしたレベルの悪魔的なしわくちゃさ』であるという。全くわけが分からなった。
「ちなみに仕事帰りは鎧を脱ぐ。その時の奴の顔は、二度見するほどの美中年だぞ。見てみるといい」
「それはとても気になるお話でございますね……。ぜひ拝見させていただきたいものです」
王女は、驚きの声を上げる。
エルクウェッドは、相手の反応を見るのが楽しくなってきたため、興が乗った彼はさらに言葉を続けるのであった。
「我が国には二つの力を研究する国立研究所があってな、そこの所長が【平日はわずかな睡眠時間で活動できる】という『祝福』と【休日は一日中ほとんど目を開けていられない】という『呪い』を有しているのだが、ある日実験と称して一ヶ月の長期休暇を取った際に――」
♢♢♢
王女は、常にエルクウェッドの言葉に真摯に耳を傾けていた。
そして彼は、他にも【~になりにくい、なりやすい】というものより、【~になる】といった断言された文言の方が、より強力な『祝福』や『呪い』になりやすいということや、最近の力の源流に関する通説は『神が自らの『祝福』と『呪い』を与えた者を見物して、面白がっているから』というものであることも伝える。
というか、その学説が一般的に知られるようになってきたのは、エルクウェッド自身が全面的に支持しているからでもあった。
彼自身、身をもってそれを、今までに数え切れないほど体験している。
ゆえに絶対そうだと思っていた。
でなければ、自分は今、このような生き地獄を味わっていないはずだ。
──というか、もうぶっちゃけ、今の自分は呪いを二つ有しているようなものなのでは? あまりにも理不尽すぎない???
彼は、最近そのように思い始めていたのだった。
「──なるほど、たくさんの興味深いお話、ありがとうございました、皇太子殿下」
「気にするな。すべて、我が国で一般的に公開されている情報しか話していないからな」
「それでも、とても貴重なお話の数々でした。本当にありがとうございます」
王女は頭を下げる。
しかし、よく見ると、彼女の瞳には未だ好奇の色が宿っていた。
「まだ何か聞きたいことがあるようだな」
「……はい。それは、皇太子殿下ご本人の『祝福』と『呪い』についてでございます」
そう、言われてエルクウェッドは内心、困ることになる。
なぜなら、彼のその二つの力は、公開せずに秘匿しているからだ。
「悪いが、私については話せん」
「そう、でしたか……誠に申し訳ございません」
彼女は、エルクウェッドの一言で察する。
そして謝罪するのであった。
「いや、謝る必要はない。──ああ、なら、こういった話は出来るだろうから、しておくか」
彼は、言葉を紡ぐのだった。
──自分には会いたい人間がいるのだと。
「顔も名前も性別も知らん。無論どこで暮らして、今何をしているのかもな。今のところ確実に言えるのは、自国の人間だということだけだ。それで、子供だった時から其奴に会いたいと思って探しているのだが、困ったことに全く見つからん」
「? お顔もお名前も分からないのに、どうしてそのような方が居るのだと、分かったのでしょうか?」
「其奴の『祝福』だか『呪い』だかには、そのような効果がある。私も完全に把握できていない」
彼は言葉をごまかしながら、実体験を語った。
相手の持つ力に影響されて、自分はその者を認識するようになったのだと。
当然、自分の『祝福』の力に関しては完全に伏せておく。それと、わざと話の内容も大雑把なものにしておけば完璧だろう。
「――まあ、という、大したことのない話だ」
彼は、そう締め括る。
しかし、内心としてはめちゃくちゃ大したことであると思っていたし、常に自分がブチ切れる要因となっているため、かなり深刻な話でもあったが、そこはおくびにも出さない。
話し終えたエルクウェッドが、王女に視線を向ける。
――すると、何故か彼女はうっとりとした表情をしていた。
「第一王女殿下……?」
「……皇太子殿下、私個人としては、それは本当に素晴らしく素敵なことだと思います。ーーだって、まるでお二人が運命の赤い糸で結ばれているようではありませんか」
彼女は、そう言うのであった。
そして、どこからともなくペンとノートを取り出す。
「ロマンチックなお話、どうもありがとうございました。実は私、趣味で本を書いておりまして。先程の皇太子殿下のお話についても本にしてもよろしいでしょうか? もちろん、皇太子殿下ご本人のお名前を出すようなことはいたしません。あくまで皇太子殿下とそのお方のご関係をモデルにさせていただきたいと考えている次第なのでございます」
是非お願いします、と彼女は頭を下げてくる。
それに対してエルクウェッドは、「あれ? ちょっと雰囲気が変わったな。急にどうした?」とやや困惑しながら答える。
「いや、まあ別に構わないが……ちなみにそれは、どういったジャンルの本なんだ?」
「それは、その……申し訳ございませんが、秘密とさせていただきます」
彼女は、自分の本を読まれると恥ずかしいので、決して見ないで欲しいのだとやや赤面しながら語った。
「……そうか。よく分からんが、まあ頑張ってくれ」
彼はそう言って、その話題を深掘りすることを直感的に避ける。無性に嫌な予感がしたからだ。
――しかし、その選択はどうやら間違っていたらしい。
後日、帰国したエルクウェッドは偶然、友好国の王女が以前に出版した本を目にすることになる。
彼女の本は、一部の界隈で大人気らしく、なかなか手に入らないらしいのだが、どうやら侍女の一人が所有していたようだ。
それについて、やはり何だか気になってきてしまったエルクウェッドは、侍女に頼んでその本を見せてもらうことにしたのだった。
侍女は、快く承諾した。何故か、「まさか男性の読者がいらっしゃるなんて……! 感想、期待していますね!」と言い残して。
自室に戻った彼は、おもむろにページを捲る。
そして、びっくり仰天した。
何故なら、その内容は、男性同士が恋愛するというものであったからだ。
――彼女は、自分の体験談を本にすると言っていた。
つまり、
「おい、嘘だろ、おい……」
彼は絶望する。
彼女が出版した本は、きっと数多の航路を通り、大陸中の様々な国に渡ることになるだろう。
――もはや悪い夢では?
そう思いながら内心、渋面を作ることになる。
王女は、勤勉だった。
しかし、それ以上に何事に対しても貪欲であったのだ。
……友好国だからといって、油断した。
彼女は、ある意味で自分に対して危険となり得る存在だったのだ。
そう、彼は帰国後になって彼女の本性を知り、一人戦慄したのである。
……あと余談だが、後日、彼の体験談を元にして書かれた本は飛ぶようにして売れた。
ベストセラーを記録したのである。
彼は侍女たちが楽しそうにその話題について話しているのを耳にして凄まじく複雑な気持ちになるのだった。