『皇帝』視点 11
ぶどうジュースからりんごジュースに変更しました
リィーリム皇国において、婚姻は男女共に十六歳から可能であるが、成人年齢は二十歳とされていた。
この国の者は皆、二十歳となるまで『大人』ではなく『子供』として扱われるのだった。
そしてそんな『子供』たちが揃って『大人』となり、その門出を互いに祝う儀式がこの国には存在する。
──成人の儀。
晴れて二十歳となったエルクウェッドもまた、宮殿にて開かれたその儀式に出席していた。
彼は、今回参加する大勢の成人となった者たちの代表として、演説を行う。
『──人生は、この先の方がずっと長い。故に皆、常に己を律し、自身の在り方を磨いていくように』
彼は、力強い声音でスピーチを行った。
それを聞いていた新成人以外の者たちは、皆「ああ、なんと素晴らしい演説だろうか」と感動することになる。
彼の言葉に淀みはなく、語調、立ち振る舞い──そのすべてが恐ろしく完璧であったのだ。
やはり、彼ならば歴代で最も偉大な皇帝となり得るだろう。
そのように、皆揃って満足げに頷いていたのであった。
ちなみに、彼がこうも完璧に行えたのは、ちょうどループに巻きこまれたことによって、前日のリハーサルと本番を二十回ほど経験しているからであるのだが、当然それを他の者たちが知るわけもない。
なので彼は、内心「どれだけ己を律しても、そこには絶対に限界があるし、正味ブチ切れるときは普通にブチ切れるわ、畜生めェッ!!」と自分の言葉に自分で反論しながら、言葉を紡いでいたのだった。
♢♢♢
成人の儀が終わった後、宮殿にて舞踏会が行われる。
そこでは多くの新成人たちが、晴れて『大人』となった喜びをダンスにして表現していた。
また自身の婚姻相手を探そうと会場内を右往左往していたり、単純に流れる音楽に酔いしれる者や、並んだ豪勢な料理に舌鼓を打つ者など、会場では多種多様な活動がなされていた。
それを遠巻きから眺めて、エルクウェッドは「平和だな」と呟く。
「ここ十五年ほどは、我が国は戦争を行ってはいませんからね。将軍も喜んでおられました」
「そうか。それはいいことだ」
隣に立つ警備隊長の言葉を聞いて、エルクウェッドは頷くのであった。
「もちろん殿下のご尽力があったからこそ、今年もこのような光景が見ることが出来るのだと、私共兵士は常々思っております」
そう、警備隊長が真面目な声音で言う。
エルクウェッドは小さく笑った。
「面映ゆいことを言うな、警備隊長」
「いえ、滅相もございません。以前、殿下が敵国の王族を接待した際に、容易くあしらって頂いたことが、私共としましては非常に大きかったのです」
その言葉に、エルクウェッドは「そういうこともあったな」と相槌を打つ。
警備隊長は構わず、言葉を続けた。
「あれ以来、敵国の動きはすっかり鳴りを潜めました。私共としましては、到底感謝し切れません。──戦争は、政治の後に起こります。話し合いで解決しないから、武力を用いることとなるのです。殿下は、この国の未来を救ったのですよ」
それは心からの礼であった。
エルクウェッドは、「そうか、それは良いことをした」と呟く。
彼は、送られた言葉を心の中で力強く噛み締める。
そして警備隊長からの礼をきちんと受け取ったのだった。
「──時に、殿下」
「何だ、警備隊長」
警備隊長が先ほどと同じように真剣な表情で言った。
ただし、先ほどとは違い切羽詰まったような声音を彼はしていたのだった。
「以前から何度も言わせていただいておりますが──絶対に飲酒を行ってはなりませんよ」
警備隊長は「たとえ二十歳となった今であっても絶対に駄目です」と念を押すようにして、エルクウェッドに告げる。
「……わかっていると何度も言っているだろう」
エルクウェッドは、ややうんざりにするようにして答えた。
彼は以前、他国の要人に化けた暗殺者を強引に捕らえたことがある。
それ以来、『皇太子殿下は、酒癖がビビるほど悪い』という噂が広まり、彼には決して酒の類を与えるなということになっていたのだった。
「というか、貴様はあの場にいただろう。正直言って、あの時酔っていたというのは私の嘘だ」
「もちろんそれは存じております。しかし、殿下の近くに酒類があると、警備の兵士たちが怯えてしまい、全く仕事にならないのです。どうかご理解ください」
それを聞いて、エルクウェッドは黙るしかなかった。
彼には過去に、剣術大会で何人もの名うての剣士たちを瞬殺して優勝したという実績がある。
そのような者が万が一酒に酔って暴れたなら、きっと沈静化させるのにかなりの労力が必要となってくるだろう。
しかも残念なことに、たとえ嘘であったとしても過去に酒に酔って暴れたという事例が存在してしまっているのだから、会場警備の責任を任されている警備隊長としては、いくら相手が皇太子であったとしても飲酒の許可をするわけにはいかなかったのだった。
兵士たちはエルクウェッドに対して感謝の心を持っている。
しかし、同時に恐怖の念も有していた。
それを彼は改めて実感し、「……そうか」と悲しい気持ちになる。
そして、その感情を発散させるために、次に彼はいつものようにダンスでも踊ろうと舞踏会場の中央に向かおうとしたが――つい最近ほかの舞踏会で「殿下、お覚悟を」と複数人からダンス勝負を挑まれたことをふと思い出すことになるのだった。
その時は、挑んできた全員に圧勝した。それにより、「馬鹿な!? 奴らは数々の舞踏会で花形となったダンス四天王と呼ばれる八人の猛者たちだぞッ!?」、「彼らを相手に無敗どころか無双だと……!? し、信じられん……。まさか数々のダンス会場で殿下らしき人物が超絶技巧のダンスを踊っていたという噂が真実だったとは……」、「……ダンシングマスターだ。ダンシングマスター・殿下だ!!」、「うおおおお! ダンスの神ィイ!!」と、よく分からない名称で呼ばれて舞踏会が興奮の嵐になり、その後一部の界隈で驚くほどに有名になってしまった。
彼は、そのような経験を思い返した後、「……よし、今日はもう何もしないことにしよう」と、決める。
また勝負を挑まれては堪らない。
出来る限り、自分のせいで兵士に負担はかけたくなかった。
そして、とりあえずエルクウェッドは警備隊長の隣で擦り下ろしたてのりんごジュースをちびちび飲むことにしたのだった。