『皇帝』視点 10
呪いについては、
『皇帝』視点 1をご参照ください
ある日、エルクウェッドは父──現皇帝に「話がある」と呼び出された。
その内容とは、今後のことについてだ。
「エルクウェッドよ。わしとしては、お前が二十五歳となる前までには、必ず皇位を譲るつもりでいる」
現在のエルクウェッドは十九歳。
つまりあと、最長でも六年以内に彼は皇帝の座に就くことになるのだった。
「エルクウェッドよ、お前はわしの自慢の息子だ。お前はよくやっている。正直なところ、今すぐにでも皇位を譲りたいと思っている。だがしかし、それはこちらのやり残した仕事をすべて片づけてからだ。悪いが、しばし待っておれ」
その言葉に「承知いたしました、父上」とエルクウェッドは返事をかえす。
自分が皇帝になる。
その実感を、彼は改めて強く噛み締めることになるのだった。
「──左様でございますか。ならば、殿下のために妃たちの後宮入りの準備を始めていかなければなりませぬな」
そう、声を上げたのはエルクウェッドと共に呼ばれていた宰相だ。
かなりの老齢にかかわらず、きちんと伸び切った背筋と豊かな頭髪を持つ紳士的な雰囲気の彼は、「大変喜ばしゅうございます」と嬉しそうに笑う。
「いやはや、引退するまでにまたこのような大仕事を行える日が来ようとは、この枯れ切った老骨であっても、心滾るというもの。精一杯、頑張らせていただきましょう」
そう、宰相は、楽しそうに張り切り出すのであった。
この国では、皇帝となった者は必ず自分の生涯の伴侶となる者を決めなければならない。
そして、その対象となる者たちが後宮入りしてきた女性たちであった。
後宮入りする女性は、基本的に五十人。
その者は皆、一様に妃として扱われる。
皇帝は、その中から自分の『最愛』を決めることになるのだった。
「──ああ、そういえば実はこの間、兵士たちから殿下の噂話を耳にいたしました。殿下は『七歳下ならば、どのような御相手であっても構わない』、というようなものなのですが、それは真なのでございましょうか?」
「何? エルクウェッド、そうなのか? わしは初耳だ」
そのように宰相が唐突に、最悪な話題を振ってきた。
当然、皇帝も「え、マジで!?」と驚いた表情を向けることになる。
「違います。根も葉もない噂でしかありません」
エルクウェッドは、「ン゛ン゛ッ!!」と思いながらも真顔で即答した。
残念ながら彼には、現在それに反論する材料を持ち合わせていない。しかし、さすがに身近な者に犯罪者だと思われたくなかった。
故に必死に否定する。
だが、皇帝は「なるほどなあ」というような顔をするのだった。
「とりあえずお前もきちんと血の通った人間なのだな。ひとまず安心したぞ」
そのように実の息子に対して、酷い言いぐさをするのだった。
エルクウェッドは「おい、父上ェッ!!」と内心思うが、ぐっと堪えて、涼しい表情で受け流す。
数多のループを経験してきたことにより、彼の忍耐力はとうの昔に天元突破を果たしていたのだ。
今となっては、彼がブチ切れるのは、時を巻き戻された場合のみである。
エルクウェッドの言葉に対して宰相は「おや、そうでありましたか。これは大変失礼いたしました」と謝罪する。
「実は、殿下が二十三歳となった際、その七歳下のご令嬢方は十六歳となるため、ちょうど良いのではと考えておりました」
実のところ、基本的に十六歳から後宮入りが出来るのである。
といっても、さすがに各貴族や有力者の声を無視して全員を十六歳の者にすることは無理という話。
しかし、そのような一部の枠を作ることは十分可能だった。
宰相は、そのようなことを考えていたため、先ほどのような話をしたのである。
宰相自身にとっては、この国の未来を想っての至極真面目な話題であった。
しかし、エルクウェッドにとっては割と高ダメージな精神攻撃を受けているようなもの。
なので彼は、とりあえず「ははは」と笑って、話題を変えようとする。
──あと、正直言って、もう自室に帰りたい。
そう思っていた時だった。
「──ご歓談の中大変失礼いたします。ただいまお茶をお持ちいたしました」
そこに、ちょうど侍女たちが給仕に訪れたのである。
助かった。
エルクウェッドは、安堵する。
三人のいる部屋に訪れた侍女たちによって、会話が一時的に中断されたからだ。
よし、給仕が終わった後は、自分から新しい話題を振ろう。
エルクウェッドがそう考えていたときだった。
「おや、もしや貴方は新入りでしょうか? 初めて見るお顔のようですね」
宰相が、一人の侍女に対してそう言葉をかける。
その侍女はやや緊張した様子で「はい」と頷いた。
「先日より、高位侍女となりました。皆様に失礼のないよう精一杯給仕を努めさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」
「なるほど。いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたしますね」
そして、宰相は柔らかな笑みを浮かべたままじっと、その侍女を見つめる。
「あの……?」
「──今からわたくしは大変失礼な言葉をあなたにかけてしまう。どうか、ご容赦いただきたい」
「え、はい……?」
そして老齢の宰相はフサフサの髪を撫でた後、今までの柔らかな物腰から打って変わって、とんでもなく雑ながらもどこか艶のある口調で侍女にこう告げたのだった。
「おもしれー女」
そう、彼は【初対面の異性に対しておもしれー女と言わないとハゲる】という『呪い』を有していたのである。
そのため言葉をかけられた侍女は「え、面白い……? 面白いって私のこと!? ……え、何が? 何で……? えっ」と戸惑うことになる。
それを見たエルクウェッドは、呆れたように言った。
「宰相、貴様はそろそろ禿げたほうがいいぞ。さすがに良い歳だ」
「わしも、そろそろ自国に威厳のある見た目の宰相が欲しい。──命令だ、今すぐ禿げろ」
皇帝も辛辣に言う。
また、他の侍女たちも若干頷きながらそれに同意するのだった。
しかし、宰相は真摯な表情で宣言する。
「わたくしの毛根は生涯現役でございます」
――そしてその後、すぐさま慌てて先程命令を下した皇帝に対して宰相は、「禿げとうありませぬ。決して禿げとうありませぬ」と必死になって嘆願を始めたのであった。