『皇帝』視点 9
十八歳となったある日、エルクウェッドは自室にてひどくショックを受けていた。
今日の分の仕事を終え、自室に戻るために廊下を歩いている最中、偶然にも兵士たちの立ち話を聞いてしまったからだ。
それは、自分のことについてだった。
内容は──
『──なあ、知っているか? 実は殿下って、七歳年下の子供なら男女問わずタイプらしいぞ』
『は? それ本当か? 七歳年下ってことは十一歳だろ。アウトじゃん。というか、七歳年下って、えらくピンポイントな好みだな……』
というものである。
完璧な濡れ衣だった。
彼としては「違う!」と思わず叫びそうになったが、そこはぐっと堪えてそのまま自室に戻り、そしてベッドに寝転んだ後、こうして枕を濡らすことになる。
彼は、我慢ができる人間だった。
自分にとって不名誉な噂話がされていようと、聞かなかったふりが出来る度量をきちんと有している。
それが次期皇帝の器なのだと、彼は常日頃から考えていた。
しかし、辛いものは辛い。
「……なるほどな。貴様ら、日ごろから私をそのような人間だと思って過ごしていたのだな……」
割と裏切られた気分だった。
世間では、自分の評価は割と高いはずなのに。
なのになぜ、そのような低俗な噂話が信じられてしまうのか。
しかし、不本意だと感じながらも、実は彼にはそのような噂話が流行ってしまったことについて、確かな心当たりがあった。
──なぜなら彼は、時を巻き戻す『祝福』の保有者が自分より七歳下の人間であると考えていたからだ。
エルクウェッドが初めてループに巻き込まれたのは、十二歳の時。そして、それ以来ずっと彼は巻き込まれ続けている。
――しかし、それまでは確実に何事もなく過ごしていたのだ。
ならば、その時にあの『祝福』が発現したのだと。
そう考えるのが自然ではないだろうか。
この国の人間は、『祝福』と『呪い』の二つを有し、その力は五歳となった時に発現する。
──自分が十二歳であった時、きっと相手は五歳であったはすだ。
最近、エルクウェッドはただ闇雲に相手を探すのでは意味がないと考えていた。
以来、彼は、自分より七歳下の者の姿を見つける度に──気が付けば、その相手を睨みつけるようにして観察を行ってしまっていたのだった。
……別に、そこに他意があったわけではない。
しかし、なぜか無意識のうちに親の仇を見るような視線を相手に向けてしまうのであった。
それに対して、幸いにも気付いた相手は誰もいない。
しかし、近くにいた兵士は別だ。
『!? 殿下から殺気が漏れてる!? えっ、何で!?』
そう、困惑させてしまうということが多々あった。
そして、おそらくその話がどこかで歪曲してこうして他の兵士たちに噂話として伝わってしまったというわけである。
広まったのは完璧な誤解。しかし、ループのことが彼らに上手く説明できない以上、エルクウェッドはそれを訂正する術を何一つ持ち合わせていない。
……ああ、ブチ切れそう。
無性に悲しくなった彼はとりあえず「ふざけるなよ貴様ぁ……!」と、ベッドから立ち上がり、枕をタコ殴りにした後、行き場のない感情を発散させるために、衝動に身を任せて今回はコサックダンスを踊るのであった。