【書籍化記念番外編】ポールダンス世界大戦
一般人視点です。
――音楽、そしてダンス。
その二つは、この世において最も普及しているコミュニケーション手段の一種であると言えるだろう。
たとえば文化、価値観、言語。
それらが全く異なれども、問題なく用いることが可能だからだ。
視覚、聴覚。五感の中でも特に重要なその二つを強く刺激する。
相手に知性があるのならば、通じない者などけっしていない。
ゆえに異国で他者と交流する機会があるのなら、習得しておいて損はない。
「以前はその程度の認識でいたのだがな……」
壮年の男性は、過去を懐かしむように独りごちる。
彼の素顔は、派手なデザインのアイマスクによって隠されていた。
それも当然だろう。
彼のような人間がこの場にいて良いはずがないのだから。
そう、一国の王がポールダンス世界大会の会場に出場者としているなんて――
『砂の国』の王は、アイマスクに手を伸ばし、しっかりと顔に固定する。
「――思えば、大したことでもないことがきっかけだったな」
自国で開いた宴の際に目にした旅の踊り子の女性。その時に彼女に「少しだけ体験してみませんか?」と、誘われたのだ。
当時は、「酒の肴にでもなれば」と、その場にいた家臣たちを労う目的で身を切ったつもりであった。
しかし、不意に心に熱を覚えてしまったのだ。
人生とは不思議なものだ。
気がつけば、人知れずポールダンスの練習を毎日のように行い――そして、今では世界大会に出場できるほどに上達してしまっていたのだった。
砂の国の王は、あの時の名も知らぬ師に感謝の言葉を心中にて送る。
その後、気を強く引き締めた。
今から大勢の前で自分は踊ることになるから、ということも勿論だが、何よりここはポールダンスの本場である大陸の南に位置する異国の地。
少数の護衛を連れてきているとはいえ(※自国の国王がポールダンスを極めているとは知らなかったので現在めっちゃ困惑中)、極秘での来国なのだ。
万が一自身の正体が露見すれば、国際問題に発展してしまうだろう。
それは困る。ポールダンスが出来なくなってしまう。絶対に避けなくてはならない。
そのように考えながら、野晒しの会場に設けられた出場者席で自分の出番が来るのを待っていた――その時だった。
「休息中、失礼。少し良いだろうか?」
唐突に、声をかけられる。
砂の国の王は、そちらに視線を向けた。
そこには、自身と同じ歳ほどの壮年の男性が立っていた。
「……何用か?」
「実は、背格好が知人に似ているもので、声をかけさせてもらった。違ったならば、すまない」
……似ている知人? いや、とにもかくにも他者から声をかけられるのはあまりよろしくない。
「生憎だが、おそらくそれは人違いであろう」
「我としても、そうあって欲しいのだが……確認はさせてもらいたい。貴殿――」
相手は言った。
「もしや砂の国の王で相違ないか?」
瞬時に砂の国の王の背筋が冷えるのだった。すぐさま、視線だけで近くの護衛の姿を確認する。
「……それは、何を根拠に言っておるのだ?」
「いや、まあ、そうだな。我の身分を告げた方が話は早かろう」
相手はばつが悪そうに告げる。
「我は、『雨の国』の王だ」
その言葉に強い衝撃を受け、砂国の王は「……なんと」と呟くことしかできなかった。
雨の国。それは、自国と友好関係にある国だ。
そして、彼は以前に何度も雨の国の王と対面し、言葉を交わしていた。
だからこそ、分かってしまう。
確かに、目の前の相手は雨の国の王に他ならないと。
話し方、声の調子、髪型、背格好――今更にして相手に関する記憶が引き出される。
そう、声をかけられたことで気がついてしまったのだった。名を騙る偽物では無いと。
「……まさか、貴殿もなのか。出場者として……?」
「そうだ、何とも奇遇であるな。互いに――ポールダンスを嗜んでいるとは」
いや、嗜んでいる程度ではない。二人は、世界大会の出場者。
もはや最上級者といっても過言ではなかった。
「三ヶ月後の国際会議で会う予定ではあったが……こんなにも早くに顔を合わせることになろうとは」
「違いない」
二人は、笑い合う。だが、実際のところ笑っている余裕など皆無である。
自身の正体が露見した。しかも他国の王に。
幸いなことに、ここは砂の国でも雨の国でもない。
つまり相手も自分と同じ境遇。ならば、口裏を合わせて互いに知らぬ振りをするしかないだろう。
「一応聞いておくが、なぜ声をかけてきた?」
「後で貴殿から話しかけられる可能性を考慮した。面倒事は早めに処理すべきだ」
どうやら同意見であったらしい。もしも浅慮からくる行いであったならば、たまったものではなかった。
内心安堵の息を吐きながら、砂の国の王は、「そうか、良かった。では――」と声を上げようとした――その時だった。
不意に、雨の国の王の背後に二人の人間がこちらに視線を向けて立っていることに気がついた。
どちらも素顔を隠している。
一人は、自分たちと同様にアイマスクをしており、もう一人はパンダの顔を模した面つけている。
だが、その背格好は確かに見覚えがあった。何しろ残念なことに面識があったからだ。
「……。おい」
「ん? どうした――」
砂の国の王の「あぁ、うわぁ」みたいな声音に反応して、雨の国の王は背後を振り返る。
そして、「なっ、馬鹿な……」と固まった。
今後の予定として、砂の国の王と雨の国の王は、三ヶ月後に国際会議に出席することとなっている。
それは、友好関係にある国同士の総括的な話し合いの場だ。
ちなみに当然だが、出席者は他にもいた。たとえば雪の国で執権を担う王子やリィーリム皇国皇帝の名代である若き皇太子といった――
「き、貴殿ら……もしや」
そう、雨の国の王の背後にいた二人である。
雪の国の王子と、リィーリム皇国皇太子であるエルクウェッドは、偶然にもこの場にて鉢合わせてしまったのだった。
――ポールダンス世界大会の出場者として。
「……」
そのことを理解してしまい、四人は沈黙してしまうのだった。
――えぇ、何だこれ……どうなってんの……? と。
各国の代表者たちが揃ってポールダンサー。しかも全員プロに匹敵するのである。
別にこの大陸においてありふれたような、メジャーなダンスというわけではない。あくまで知る人ぞ知る民族舞踊の一つ。
それなのに。
――そんな奇跡ある……?
皆、暗にそう思っていたのだった。
しかし全員して黙っていては何も始まらない。数秒後、エルクウェッドが平静な声音で皆に問いかける形で沈黙を破る。
「私は――私は、通りすがりのダンシングパンダ仮面だ。貴殿らは何者か?」
その問いかけに近くにいた雪の国の王子は、はっとした様子で、弾かれたように答える。
「僕は……そうだっ。そう、通りすがりの雪だるま紳士マスクマン二世だ。誰だかは知らないが皆、今日は素晴らしい舞いにしようじゃないか」
二人の意図を察して、雨の国の王と砂の国の王も続く。
「我は……ええと、雨だから……あれだ。通りすがりのぴちゃぴちゃちゃぷちゃぷ仮面おじさんだ。本日は楽しい一日にしようぞ」
「ああ、そうだな、悔いの無い舞踊を踊るとしよう。――あ、どうも、通りすがりのコブラミイラマスクお兄さんです」
四人は全員で相手のことを知らないフリをすることに決めたのだった。
この場にいるのは、ただのプロ級のポールダンサー。それ以上でもそれ以下でも無いのだと。
そして、その場からそそくさと解散する。
――三ヶ月後の国際会議、凄い気まずくなりそうだな……と思いながら。
※十五回くらいループしてエルクウェッドが優勝しました。
あと1話予定です。