『皇帝』視点 8
──この国の人間は皆、『祝福』と『呪い』の二つの力を有している。
そしてエルクウェッド・リィーリムが所持する『祝福』は、【どのような他者からの祝福や呪いであっても、その影響を受けにくくなる】というものであった。
それゆえに、彼は時間の巻き戻りに巻き込まれていた。
しかし、彼が今もこの生き地獄のような体験を味わっているのは、何も『祝福』のせいだけではない。
彼の『呪い』──【探し人を見つけにくくなる】も大いに関係していた。
この『呪い』があるからこそ、エルクウェッドは時を巻き戻す『祝福』の持ち主をどれだけ必死になって探しても見つけられずにいたのだった。
リィーリム皇国が有する土地面積は、大陸屈指である。
それに比例するようにして人口も多い。
その中から、ただでさえ顔も名前も知らない相手を探すのだ。
自身の『呪い』の効果も合わさり、無茶を通り越して無謀もいいところであった。
しかし、エルクウェッドは諦めることはしない。
何しろ、現状このループから解放される手段は、彼を巻き込んでくる『祝福』の持ち主を見つける以外にないのだから。
彼は、そのために積極的に行動した。
具体的に言うと、彼は大勢の他者と交流を持つようにしたのだ。
当然、祝い事や祭りごとにも参加した。
茶会や夜会、舞踏会等、その他様々な催し物に出席した。
また、劇場やサーカスといった娯楽場所にも顔を出した。
そして皇都以外にも、都合がつけば地方視察で、どのような場所にも訪れた。
とにかく彼は人の多い場所を選んで足を運び、目当ての相手をひたすらに探し続けたのだった。
……まあ、その最中にループに巻き込まれ、そのような時に限って、ダンス会場でブレイクダンスやポールダンスを不本意ながら習得してしまったり、また、なぜか劇場でオペラを歌うことになったり、それ以外にも下半身に白鳥の頭をつけてバレエをくるくる踊ったり、黒光りする害虫を下町のお母さんたちと共に殲滅したり、クイズ大会で無双したり、よくわからないまま道端で木造彫刻を作らされたり、倒れている人を助けて腕の良いヤブ医者呼ばわりされたり──と、とにかく彼は結果的にその全てを真顔で完璧にこなすこととなったのだった。
人前に積極的に出ていくうちに彼は、多くの民衆から愛されることとなる。
彼は、とても優秀だ。何一つ、間違えない。
なのに、驚くほど親しみやすい。
彼が皇帝となった暁には、きっと自分たちは彼をこう呼ぶだろう。
──『賢帝』と。
多くの人々はそのように未来を夢想することになるのだった。
そして、そのように思われている本人は「今回は三十回巻き戻ったせいで、コサックダンスを習得してしまった……何かもう特技と趣味のレパートリーが凄いことになってきたぞ……どうするんだ、これ」と、困惑しながら疲弊しているのだが、それに関しては、民衆は知る由もない。
とにもかくにも、エルクウェッドは多くの人々と交流しながら、あの『祝福』保持者を探していた。
正直言って、あてなどない。
だが、見つけるのは絶対に不可能ではないのだ。
なぜならば、『祝福』と『呪い』には必ず発動条件があるからだ。
たとえば、エルクウェッドの『祝福』は、他者からの『祝福』と『呪い』の影響がなければ発動しない。
彼の『呪い』の場合もそうだ。人を探さなければ、発動しないのである。
つまり、裏を返せば、時が巻き戻る際には必ず何かしらの引き金となる要因が発生するはず。
それをこの目で直接確認すればいい。
――その条件を達成した者こそが、『祝福』の保持者である。
彼はそう考えていた。
補足するならば、基本的に、強力な力を使用するには、それ相応の条件を満たす必要がある。
そしてそれは過去の事例から言って――必ず一目見て分かる条件であった。
ゆえに、絶対に諦められない。
そこに僅かにでも可能性があるのだから。
そして、彼は今日もまた地道に人探しを行うのであった。
「――おい、どうするんだ、これ……四十回巻き戻ったせいで、船長出来る程度には大型船の操作方法を覚えてしまったぞ……何かもう皇族を辞めても普通に食べていけそうなんだが……」