06
黒板に描かれるこの学園の全体図。
コの字の端に挿し棒が置かれる。
「ローレット教室が存在しているのが此処だ。そして、中庭を挟んで反対側にあるのが、"優等生クラス"と名高い<<アラスタス教室>>だ。生徒会長や、この学園の上位に位置する人間は大体が、アラスタスの指導を受けている」
(という事は、マークはアラスタス先生のクラスに言ったのでしょうか)
二股の道で別れた友人のマークを思い浮かべる。
(あの高い戦闘技能に、コミュニケーション能力..納得ですね)
うんうんと頷く大和。
挿し棒が全体図を右往左往している。何かを悩んでいるようだ。
「実はもう一つクラスがあるんだが........まぁ今は良いだろう」
「この学園は、3クラスで構成されている。更に、全ての学年が同一のカリキュラムを受けることになる」
「なぜ、そのような仕組みにしたのでしょうか?」
手を上げて質問する大和。
「この場所は学園と銘打っているモノの、その実態は戦争の兵器を量産する施設だ。この学園のカリキュラムには学力と言うモノは必要ない。戦闘訓練、作戦の立案、実行。この要素を高めるモノが主となる。よって、学年ごとにカリキュラムを分けるといった非効率的なことはしないんだ」
(成程。一か所に押し込めた方が、費用は浮きますしね...)
「更に、この学園には卒業という概念は基本的に存在しない。軍、もしくは国が個人を引き抜いた場合、除籍という形になる。これが一般的な道だ」
「となると、学年の数字は此処では無意味という事でしょうか?」
「まぁ、捉え方では無意味ともいえるな。学年が高く成れば、それだけ教育を受けているため基礎能力が高いともいえる。しかし、余りにも高すぎる場合は、引き抜きに選ばれなたった原因があるのではと勘繰りを受ける。私からは学年の数字には捕らわれるなとアドバイスを送ろう」
「分かりました」
黒板に書かれた全体図を消し、三角形の図形を書き出した。
「次に、この学園の力関係を教えておこう。大和を含めた、お前らの現状のを教えてやる」
三角形の図形に人物名を書き込んでいく。
「先ずは、アラスタス教室だ。ここがこの学園で一番優秀とされている」
三分割されたうちの上部分を指す。
「アラスタスは勿論の事、生徒会長やらなんやらがウヨウヨいる」
続いて、真ん中部分を指す。
「ここは、中間位の奴らが所属している。大体の奴らはここに所属することになる。人数が多いため、このクラスは2人で担当している。まぁ、平凡な奴らの集まりと思っておけ」
(説明がないということは....)
「で、最底辺にいるのが、我々、ローレット教室だ。落ちこぼれの巣窟だとか、魔女の手下共とか言われてるな」
笑いながら説明するローレットに質問をする。
「そのことで質問なのですが、何故、皆さんが落ちこぼれなのでしょうか?」
「ほう?」
続きを話せと暗に言う。
「皆さんの戦闘能力の高さは先程の戦闘で嫌と言う程思い知りました。それこそ入学式で戦った黒衣の者達に比べるのも失礼な程に、突出した能力を持っています。兵器を量産する学園ならば、落ちこぼれではなく、優秀と判断するのではないでしょうか?」
「確かに、能力の高さは抜群だと私が保障しよう。こいつらは、優等生クラスの連中よりも随分と強いだろう。しかし、優秀かそうでないかを決めるのは、何も戦闘能力に限った話ではないのさ」
黒板に、次々と文字を書いていく。
「例えば、軍の奴らが兵隊が欲しいと言ってきた。その場合は、学園に所属している"上からの命令に従い"、"不平不満を口にすることなく"、"周囲との迅速な連携を行い"、"与えられた任を全うできる"人材が要求される。これは国からも大体同じだな」
大和の脳裏には、短いながらも彼らと過ごした風景が過ぎ去っていく。
「いずれの要素も当てはまらない...」
愕然とした表情で呟く。
挿し棒を大和に突き付ける。
「その通り、こいつらは能力値は高いが、クライアントから期待される要素を何一つ満たしていない。つまり、落ちこぼれというのは、クライアントから見た評価と言う訳だ」
納得しかけたが、ある事実に気づく。
「自分で言うのもあれですが、なんで私が"ローレット教室"に所属しているのでしょうか?能力の高さ以外で評価されるなら、流石に、このクラスには配置されないと思いたいのですが....」
「随分と強気じゃないか、自分が優秀だと言いたいらしいなぁ...えぇ、大和君」
ニヤリとした笑みを浮かべ、大和の正面へと立つ。
「正確な自己評価だ。大和は本来ならば"アラスタス教室"に所属するはずだった。しかし、ある人物が横槍を入れてきたんだ」
「そうだったんですか...誰なんですか、その人物と言うのは?」
ローレットの表情からは、その言葉が真実であることが伝わってくる。
「私だっ!!!」
大きく声を張り上げての自供。
この展開には、今まで、静観していたクラスメイトもポカンとする。
「ある事情から、このクラスにあと1人欲しくなってな。そしたら、アイツの弟子がいるじゃないかと。私が、アラスタスから大和を奪ったのさ!!」
「なんという...教師にあるまじき人間性なんでしょうか...」
勝手に所属を変えられたことへの怒りを通り越し、教師の真逆を行く、悪党のような性根に驚愕する。
「なんというか、こりゃぁ、大和には同情するなぁ」
机に上体を預け、寝る体制に入っているリースも思わず漏らす。
「はぁ、私は、どこのクラス所属でも問題ないので良いのですが、」
「おっ?てっきり、怒って私を殴りに来るかと思っていたぞ?」
「別に怒りませんよ。所属が何処であれ、私は精一杯やりますから。それに、貴方は大人しく殴られてはくれないでしょうし」
ジトッとした目で驚くローレットを見る。
「そりゃそうだ。で、何かあるんだろう、聞きたいことが?」
「えぇ、クラスの人数を5人に揃えることで、先生は何がしたいのでしょうか?」
その言葉を聞き、三度、黒板に字を書く。
黒板の中央に、大きく書かれた文字を棒で指す。
「5人の騎士見習いによる、その年の最強を決める戦い。学生戦争。今年は、このクラスも出場するぞ」
その言葉を聞き、三者三様の反応を示す。
「おぉ、私達も学生戦争に出られるんですね!! 頑張ろうね、メディック君!!」
「痛いよ、そんな叩くなよ。出るとしても、俺は補欠でいいよ」
席を立ちあがり、近くに座っているメディックを興奮のあまり、思いっきり叩くホウント。
「とうとう、この僕の愛しい彼女を、あの舞台で紹介できるんだねぇ。興奮してきたよ」
両手を握り合わせ、ここには居ない誰かに向かって語り掛けるエドガール。
「いや、補欠枠は俺が頂く。メディックには渡せねぇよ。出来るなら、出たくはないんだがぁ...今回はやる気なんだろ、先生?」
「当然、今年は勝つ。勝たなければ行けないんだ。だから、周りからは"落ちこぼれ"だの謂れのない罵声を浴びることになってでも大和を入れたんだ」
拳を固く握り、決意を示す。
「罵声を浴びるのは、私ですよね? その言い方だと先生が罵声を浴びてでも勝ちたいと捉えられるので、なんというか複雑です」
「まぁ、落ちこぼれという評価も今年までだろう。お前らならば、覆せる。もしかしたら、奴らに逆らえるかもしれんな。正直、期待している」
(奴ら?いったい誰の事を指しているのでしょうか...)
ローレットの言葉に引っ掛かりを覚え、質問しようとしたその時、教室のドアが勢いよく開いた。