02
一斉に襲い掛かる黒衣の集団。
その手には、警棒のような片手サイズの細長い鉄製の棒が握られている。
腰を屈め、低い姿勢のまま一糸乱れぬ動きで迫りくる。
黒い波に飲まれまいと、入学生達はアパラタスを眼前に構え詠唱を開始。
「深緑の風が汝を舞い上げる!」
入学生の一団の中から、女生徒が黒い波の前に躍り出る。
杖の形状を取るアパラタス先端から、緑色の魔方陣が出現すると共に、その方向に向かって、突風が吹き荒れた。
荒れ狂く暴風に波の一部が駆けた。
「我が身は光の先へと進む!」
拳を高く突き上げ詠唱をする男子入学生。白き光が彼を包と共に、男子生徒の身体能力を向上させる効果により、正しく光のような速さで消え行く。
彼らに続き、続々と魔法を発動させ、戦闘に参加する入学生達。
しかし、荒れ狂う暴風に飲まれた黒衣の者達は華麗な身のこなしにより、何事もなかったかのように戦列に加わる。
飛び交う魔法を躱し、一瞬の隙を付く。予想通りの乱戦の様相を呈してきた。
迂闊に飛び込めば、予想外からの方向の攻撃に巻き込まれることだろう。
「結構、やるもんだな、入学生と言っても」
「えぇ、正直、先程の言動から、逃げ惑うばかりかと思っていました。が、流石と言ったところでしょうか」
大和たちを置き去りに、お構いなしに黒い波の中に消えていく彼等。
爆音と苦悶の声が校庭を支配する。鋭い一撃、拳により地面に沈められる入学生達。
真新しい純白の制服を赤黒く染めている。戦闘の激しさを物語っている。
幾人かの黒衣の者の倒れ伏す姿も確認できるが、白き絨毯に、小さな汚れが僅かに付着している程度。
「にしても、黒ずくめの奴らは強いな...」
「えぇ、私達を魔法の発動無し、純粋な体術のみで圧倒していますね」
そう、黒衣の者達の前に魔方陣は一度たりとも出現していない。
魔法の発動の際に、必ず出現する魔方陣。それは、アパラタスを媒介に現世に影響を及ぼす窓のような存在。
これを隠蔽することは出来ないとされていることから、黒衣の者は魔法を使用していないことが伺えた。
残った、入学生は大和達を入れても十数人程度。
対する、黒衣の集団は100名を優に超える人数が残っている。
続々と迫る波が大和たちに襲い掛かる。
お互いの背中を守りながら、黒衣の者達の攻撃を捌いていくが、戦場を見渡し、次のステップへ移行する。
「大和、そろそろ行くぞ!」
「えぇ、戦場が空いてきましたからね」
腰を落とし、右足を大きく下げる。
軸足に体重を乗せ、目標を視界の中に写す。
「っはぁ!」
肺に溜めていた空気を吐き出すように、声を出す。
次の瞬間には、大和が視界に捉えた獲物の胴を薙ぎ払うかのような一撃を繰り出していた。
一陣の風が吹く。風と共に自身の視界に突如、白い影が出現した。
突然の攻撃に、体勢を崩すも、防御。飛び退き、大和の正面に武器を構える。
(流石に、一撃では厳しいですか。それに、攻撃を察知して、咄嗟に体を捻り致命傷を避けたようですし)
大和は刀。黒衣の者は警棒。それぞれの獲物を構え、出方を伺う。
両者の間には、戦場を飛び交う雑音は消えていた。土を踏みしめる音、呼吸音。全ての情報を広い、一瞬を狙う。
黒衣の者の重心が僅かに揺らぐ。先程の一撃による僅かな痛みがそうさせた。
それを見逃すことはない。
黒衣の視界から突然消えた大和。周囲を見渡すが、視界に捉えることが出来ない。
気配を察知し、視界を下げると足元に剣士の姿が。
「はぁぁぁぁっ!」
大和は黒衣の視界下に潜り込み接近。そのまま力の限りを込めて、刀の持ちての部分の頂点。柄頭部分で顎を撃ち抜いた。
これには防御態勢も間に合わず足元がおぼつかないまま地面に倒れ伏す。
このやり取り、僅か数瞬の間に起こった出来事である。
倒れ伏す黒い影。戦場を駆け回る白い風。
それを横目で見ていた男は呟く。
「大和の奴、やっぱりツエーじゃんよ。しかも、魔法なしと来たか...」
マークの拳には使い込みの激しい赤色の手袋のような薄手のグローブ。
「んじゃぁまぁ、俺も仕事しましょうか」
片膝を付け、両手の拳を地面に打ち付ける。
「我は大地の遣い成り。我がこの場を借り受けた」
両手から広がる魔方陣が、校庭の地面全域に広がる。淡い土色が包みこみ一瞬で霧散する。
「仕込みはこんなモンかねぇ。で、お次はっと」
ターゲットとなる黒衣を探す。辺りには、なんとか黒衣の攻撃を凌いでいる入学生の姿がちらほら。逆に、黒衣の者に対して善戦している生徒も見受けられる。
乱戦を避けていたのは、これから行うことのデメリットを打ち消すため。敵を視認できるようにしなければ意味がない。
一瞬の出来事。
マークの背後から突如出現した黒衣による白銀の軌跡。
物音を立てず、気配もなく、マークの背中に繰り出される。
マークの視線は戦闘が繰り広げられている中央に向けられていた。
気づくはずもなく、そのままリタイアとなる未来が待ち受けていたはずだった。
白銀が突如出現した壁に阻まれたからだ。
マークと黒衣とを隔たるように隆起する地面。
「御宅はあの集団の中でも上の方でしょ?」
黒衣に振り返るマーク。
返答はない。戦場で交わす言葉など不要という事だろう。
「まぁ、いいか...」
右手を黒衣に向ける。
「殺しもしないし、怪我もさせない。大人しくしといてくれ、な?」
そんな言葉が敵に通じる筈もなく、再び、黒衣が揺らめく。
「終わりだよ」
そう呟くと、先程と同じように、地面が隆起し、黒衣の前に立ちふさがる。
――違う
黒衣が異変に気付いた時にはもう遅い。
四方八方を塞ぐように地面がせり上がり、黒衣を5枚の壁が包み込む。
数条後には、黒衣の姿は視界から消え、細長い人間が入るサイズの箱のみがマークの前に残った。
「流石に、初日から怪我人は出したくないしなぁ、気合入れて行きましょう!!」
先程と同じように、右手を戦場に向ける。
集中し狙いを定める。
次の瞬間。
黒衣の周辺の地面が隆起し、またもや、棺桶が出現した。勿論、中には黒衣のみが取り残される。
次々と出現する棺に唖然としながらも、好機と悟り、入学生側の勢いが増していく。
黒衣の者達は、発生場所を探りながらも、入学生、突如出現する棺の2つを躱しながら戦場を駆けていく。
大和も戦場を駆けながら、突如、現れた棺桶を目にする。
(これは魔法でしょうか。それにしては、強力すぎる。まるでおとぎ話のような....)
次々に、棺桶に捕らわれる黒衣。
後、数分で戦場が、墓標に変わることだろう。
(僅かに、感じるこの魔力。やはり、マークの仕業でしたか)
棺桶からは、先程、背中を預け戦った人物の魔力を感じ取った。
「....残ったのは、強者ばかりですね」
棺桶から逃れることが出来た黒衣の強者が十数名程度残っていた。
入学生は、大和、マークを入れて、数名。
戦場は、終局へと向かおうとしていた。
そんな戦場を見つめる複数の人影が校舎内にあった。
戦場となっている校庭を見下ろせる教室の一角。
そこには、複数の人物が、戦場で駆ける入学生達を観察していた。
「今年は、豊作ではないでしょうか?」
「まぁ、そうだろうなぁ。全滅していないだけ、去年よりは良いだろうよ」
戦場を駆ける入学生の動きを観察、総評しているようだ。
「俺は、あの棺桶君が欲しいな。あれは遠距離も近接戦闘も出来る万能型だろう。俺の所で、磨けば光るだろうよ」
コーヒーを片手に飲みながらマークを見つめる白衣の男。薄く無精ひげを伸ばした、一見、だらしない印象を受けるがその瞳には強い意志が宿っている。
「では、私はあの魔法使いちゃんが欲しいですわ。私好みの可愛い娘になりますわ!」
黒衣に対して、距離も保ちつつ、善戦する魔法使いの少女を指さす20代後半くらいの大人の女性。
赤ワインのような深い赤色の髪をウェーブさせた、上品な印象を受ける女性だ。
「それは、お前の趣味が入ってんだろ? 俺達は、入学生にあったクラスを分析するために此処にいるんだ。私情を挟むな」
無精ひげの男が辟易する。
「はぁ、貴方には分からないのでしょうが、彼女を正しい道に教え導くことが出来るのは、この私をおいて他に居ませんの!!」
「だから、それならお前が彼女に何を教えてやれるのかをしっかり説明しろ。納得出来るだけの理由があるのならなぁ」
「いいですこと? 彼女の心がまず美しいのですわ。それにあのボロボロになり、怯えが見え隠れする表情、何より、おの美しい黒髪。その美しい要素、その全てが、私が受け持つに相応しく、私の美しさを伝授することで、彼女の騎士としての輝かしい道が開けるのですわ!!!」
自己に陶酔しながら踊るように解説を始める。
「全然、説明になってねぇし。......まぁ、最終判断は上がするからなぁ」
ああなった彼女は止められないとばかりに画面に向き直り、戦場の分析に戻る。
(..あれの判断は、ちぃと難しそうだがなぁ)
彼の瞳には、戦場を駆け、刀一本で、黒衣と相対する大和の姿が映っっていた。
戦場では、黒衣の者を逃がしまいと、棺が次々出現し黒衣の数を減らしていく。
残った生徒も、力をふり絞り魔法による攻撃を継続している。土煙に塗れながらも懸命に戦うその姿、彼らが目指すべき騎士。その姿を彷彿とさせる。
けたたましいブザー音が戦場に響く。
同時に、黒衣の集団が陽炎のように消えていく。
警棒を振り降ろそうとする者、地面に倒れ伏す者全てが一斉にゆらゆらと消えた。
「お疲れさまでした。以上で、入学式を終了といたします。職員が参りますので、暫し、その場でお待ち下さい」
戦闘終了の合図を受け、力なく膝を付く入学生達。
大和も刀を鞘に収め大きく息を吐く。
額に溜まる汗が戦場の厳しさを物語っている。
「おう、大和。お疲れさん」
片手を上げながら、マークが歩み寄る。
純白の制服を土で汚しながらもその歩みに歪みはない。
「えぇ、マークもお疲れ様です。あの魔法?は凄かったですね」
校庭を墓標に変えた魔法を思い出しながら言う。
いつの間にか、その棺は校庭から消えていた。マークが終了と共に消したのだろう。
「ありがとうよ。褒めてくれるのは素直に嬉しいぜ。大和も魔法なしで、あの動きをするとは驚いたぜ!」
笑うマークに釣られて、大和も微笑む。
近くに倒れ伏す入学生の介護を始める2人。
暫くすると、職員と思われる人間が、地面に倒れ伏す入学生をタンカーに乗せ運んでいく。
「おう、入学生諸君。お疲れさん。今から、治療室に連れてくから、自分で歩ける奴はキリキリ歩けよ~」
白衣を纏った、無精ひげの男性の先導の元、入学生は校舎内の治療室へ向かう
残ったせいとは数名。
この学園の厳しさを痛感した大和達であった。
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