地獄のはじまりはじまり-2
2020年のいつだったか。人間だけを襲うウィルスが世界に蔓延した頃があった。
当時は少し特殊な時代だったな、と思う。外出が禁止され、経済は止まり、世界には大きな影響を与えた。なんというか、不謹慎な話だが、蔓延した当初は何か起こるんじゃないか、と考えたこともあった。ただ、すぐにそういう状況ではなくなり、不安な毎日を送ることになった。
結局、半年かそこらで特効薬が開発され、ああよかったよかったと、世界は胸を撫で下ろした。
しかし、それを良しとしない者たちもいた。このまま世界がどうにかなって欲しい、と思っている厭世家や絶望を抱えた者たちだ。
早々に終わった世界の危機に対し、彼らは憤慨した。期待させやがって、と。
そういった彼らがどれくらいいたのかは、はっきりとは分からない。しかし、そうしたどうしようもない願いや怒り、そして恨みは世界の何かに届いた。届いてしまったのだ。
『世界を変貌してほしいと願う方たちの想いを叶えます』
『彼らは世界を恨んでいます。私は彼らを放ってはおけない』
『声小さき者たちの声を拾い上げます。私は彼らを救いたい』
『世界に絶望した方たちが新たに希望を持てるよう、正しい世界に創り変えます』
『巻き込まれる人たちに救いはありません。彼らを救わなかった責を負いなさい』
そんな声が世界中に響いた。誰一人として欠けることなく、その声は耳に届いた。
そしてそれが放つ言葉を理解できる者も、誰もいなかった。救いたいと言われた奴らですら。
話が終わると同時に、世界は光に包まれた。目が潰れそうな光量だった。やっと目を開けることができた頃には、俺が知っている世界とは何もかもが違っていた。
確かその頃、俺は学校にいたはずだった。登校が解禁され、久しぶりに会った友人と他愛もない話をしていた。今まで何してた? なんてそんな話を。
その友人は首をかき切られて、血を吹き出していた。その傍らで、小人がげらげらと笑っている。漫画やアニメで見たことあるような、人間の姿形とは似て非なるもの。
ゴブリンか? どうしてゴブリンが?
考える間もなく、俺も襲われた。小刀を手に、飛びかかろうとしてくる。
逃げなければ。でも、あいつを置いていけない。俺も殺される。殺される? 俺が?
飛びかかってきたゴブリンを、虫を払うかのように、闇雲に手を振って突き飛ばした。恐怖と嫌悪が体を這いずり回り、声にならない声が喉から絞り出される。
首を押さえながら、横たわる友人が目に入った。目に入っただけだった。
俺もああなる。そう頭をよぎった時には逃げ出していた。
どこをどう走ったかなんて全く覚えていない。気付いたら、木の陰でうずくまっていた。
目線だけで辺りを見渡した。見たこともない景色だった。鬱蒼とした木々が周りを取り囲み、遠くからは聞いたことのない叫びが聞こえてくる。
怖くて、怖くてたまらなかった。何がどうなったのか、どうしてこんなところにいるのか、いつまでこんな状況が続くのか。答えの出ない考えが頭を駆け抜けていった。
ただ、一つだけ答えの出た考えがあった。
ここは地獄だ。間違いない。