地獄のはじまりはじまり
世界の誰かが願った。退屈で、代わり映えのしないこの日常をどうか変えてほしいと。
そしてその願いは叶えられた。歪み、曲解された形によって。
痛い。噛み付かれた脇腹がじくじくと痛み、足元がおぼつかない。どうやら血を流しすぎてしまったようだ。包帯できつく縛り、回復魔法をかけたものの、走っている内に傷が悪化してしまった。
血で濡れたズボンはべったりと張り付き、不快極まりない。このまま破り捨ててしまいたい。
だが、ズボンを一本購入するのに300ダラン銀。おいそれとは捨てられない。貧乏性が嫌になる。
そして背後からは狼型の魔物が三匹も追いかけてきている。かれこれ、10分くらいは不毛な追いかけっこを続けていた。そろそろどちらかが諦めないと終わらない追いかけっこだ。
地獄か。いや、ここは文字通り地獄だった。分かっていたことだ。俺がこんなに必死に走っているのも、全てはあの日から始まったことだ。今更どうこう言っても仕方がない。
「ああもう、いい加減にしろよなあ!」
足は止めずに、道具袋から爆発ポーションを二つ放り投げた。轟音と火柱が上がり、周囲の木々が燃え盛った。が、目的の狼には当たらなかったようで、火と煙をかき分けながらこちらへと向かってくる姿が見える。100ダラン銀は露と消えた。悲しい。
このままだとすぐにでも追いつかれ、俺は奴らの胃の中に詰め込まれるだろう。手持ちの道具もそろそろ尽きそうだ。残りは魔力回復ポーションと石三つ。どうしろってんだ。
悪あがきで、渾身の力を込めて石を投げてみた。
「グァッ」
どうやら一匹の目にクリーンヒットしたようだ。しかし逆に怒りだけを買ったようで、更に状況は悪くなったと言える。奴らの殺気が今まで以上にビリビリと俺の肌を突き刺した。
ああ、ここで終わりかあ、と思った途端、足もやる気を失ったようで早速木の根に躓いた。力なく倒れ込み、背後からはその隙を逃さまいとする奴らの吐息が激しくなる音が聞こえた。
走馬灯が見える。
誰もが混乱し、悪意に満ちた世界へ変貌した時の思い出が蘇る。