09 カフェ
春人はジョージと共にフレアの部屋を出た後、春人の部屋に案内される。
案内といっても隣の部屋なので、隣まで行って部屋の鍵を渡されただけなのだが。
ジョージは何かあったらフロントに言って欲しいと言うと春人の部屋を出て行った。
「俺の世界と比べても豪華だよな」
ソファーに腰掛けながらそう春人は呟く。このソファーもかなり高級品なのか座り心地はかなり良かった。
部屋を眺めながら思う。この部屋は一人だと広すぎる。逆に居心地が悪い。
ふと、先程、ジョージと共に部屋を出た際の時のことを思い出す。
春人が部屋を出て行こうとした際、フレアはこちらを動揺したような目で見ていた。
まるで飼い主に捨てられた動物のような眼差しに春人は一瞬戸惑った。
隣の部屋だし、すぐに会えるのだから別に問題無いのにと思っていると、
コンコン
扉が叩く音がする。
「はい」
誰だ? と思いつつ、ジョージがなにかを伝えにきたのだろうかと扉を開ける。
「あっ」
扉の前にはフレアが立っていた。
「フレア? どうした?」
春人は怪訝に思いつつそう問いかける。
「えっと……その」
そうフレアは俯くが、要件はなかなか言おうとしない。
春人も無言で待っていると、フレアは顔を上げる。
「……」
その表情はとても不安そうな顔だった。
部屋はどうしても落ち着かずなにか暖かい飲み物が欲しかったのでフロントで聞いた所、ある場所を教えて貰った。
そこはカフェのような場所で、ゆったりとした音楽が流れ落ち着いた雰囲気の店だった。
「こんなところがあるなんて流石高級ホテルって感じだよな」
ホテル内にこういう店があるのはやっぱり流石というべきか。
「そうですね」
店に入ると、店員に案内されてテーブル席に春人とフレアは座った。
「ご注文はどうしますか?」
店員の問いに、
「珈琲で」
「わたしも」
春人はそう答える。フレアも同じものを頼む。
「かしこまりました」
店員はそうカウンター席の方へ向かった。厨房があるのだろう。
「なんかびっくりです。わたしが住んでいた場所って本当に田舎だったんだなって」
フレアは店を見渡しながらそう言った。若干、声が弾んでいる。
「まぁ、そういうのある。俺も東京行った時とかそう思ったし」
フレアの反応に微笑ましさを感じつつも、春人も同じような事があったので共感する。
「トウキョウ?」
「あーえっと、なんでもない」
思わず口に出てしまった。春人はなんとか誤魔化す。
「帝都なんて一生来る機会なんてないと思っていました」
しみじみとした様子でフレアはそう言う。
「ここに来てドレス来たりパーティに参加したり今までしたことなかったことを体験出来てびっくりしましたけどすごく貴重な体験を出来ました」
そう言うわりには顔に影が差していた。
「あんま嬉しそうじゃないな」
春人は気を使わずそう正直に言う。
「え? はは……そうかもです。こんな機会じゃなければって楽しめたんですけどね。でも、こんな機会じゃないとわたしみたいなのがドレス着たりパーティに参加したりなんてできないんですけど」
苦笑いを浮かべるフレア。春人は何も言えなかった。
フレアがこうしてここに居るのは炎の勇者としての役目を果たす為だ。遊びで来れればもっと素直に楽しめたのだろうが、今はそんなことを楽しむ余裕なんてものはないのだろう。
「お待たせいたしました」
店員は珈琲を持って来る。
春人は自分の珈琲に砂糖とミルクを入れ、フレアに渡す。フレアも自分で自分の珈琲に砂糖とミルクを入れた。
「……おいしい」
フレアはそう息を吐く。
「うん、うまい」
春人も一口飲み、珈琲の程よい苦味を味わいつつそう言った。
その後は会話も無く珈琲を飲む。
「春人さん、わたし、正直不安なんです」
フレアが口を開く。
「こんなわたしが本当に勇者の役目を全う出来るのか。ずっと不安で」
フレアの言葉には憂懼がこもっていた。
「まぁ、うん、不安だろうな」
春人は同調する。フレアの気持ちは多少分かるつもりだった。春人自身、自分の置かれた状況がずっと不安で仕方がない。元の世界に戻ろうにも戻る方法なんてものがあるかどうかすらわからない。
正直、こうしてフレアと付いて行くこと自体、すぐに撤回して逃げるべきなのではないかと悩んでいる。
ただあの謁見の時の「異界への扉」という言葉。この言葉が春人が唯一元の世界に戻れるのではないかという希望だった。
だから、こうしてフレアの側にいる。
しかし、この先は危険だとこれまで会った人々の口ぶりから察することは出来た。
死ぬ可能性すらある場所へ行くかもしれない。春人だって死にたくはない。だから、すぐにここから逃げればいい。
しかし、それをした場合、目の前のフレアはどう思うだろうか。それにフレアの村で会ったフレアを迎えに来た男が言っていた。逃げられないと。逃げたらどうなるかわかっているかと。
春人は結局、答えを出すことが出来ず、流れに身を任させている状態でしかなかった。
「一緒に同行してくれる人たちとも全然仲よくできないですし」
フレアは不満そうに愚痴る。
「確かに」
コミュニケーションを取ろうとフレアはよく頑張っている。しかし、相手がその気がない。
エレクトラはこっちに関わろうとしないし、バーグは基本無関心だ。ディアは挙動不審な上に壁を若干作っている。
これではコミュニケーションもあったものではない。春人も人付き合いは苦手だが、彼ら程、露骨に避けるなんてことはない。
「やっぱり頼りないわたしみたいなのだからですかね」
フレアは自嘲するようにそう言った。
「それは」
わからない。確かにフレアのような少女が旅の要だと言われて納得できるかどうか別だろう。
「こっちが話しかけてもなんていうか冷たいし、返事も適当だし、正直、これから一緒に旅すると思うと憂鬱です」
フレアは珈琲を一口飲んで愚痴って落ち込む。
「だろうな」
春人も同調する。正直、あのメンバーと一緒に旅なんてまともにできるとは思えなかった。協調性の欠けらすらないのに。
「どうすればうまく仲よくできるんでしょう」
フレアは悩むようにそう問いかけてくる。
「それは……俺もわからん」
情けないが春人のコミュ力ではあの三人と仲よくはできそうにない。
「せめて、話をしてくれれば頑張りようはあるんですけど」
ため息をつくフレア。
そんな時、偶然にもエレクトラがカフェに入ってくる。
フレア、春人と目が合う。彼女は知らないふりしてカウンター席へと座る。
「……」
悪口を言っていた所為か気まずそうなフレア。
「話しかける?」
春人はカウンター席を一瞥してそうフレアに問いかける。
「……やめときます」
フレアは少し悩んでそう答えた。
「じゃあ、戻るか」
いつまでもここに居ても仕方ない。店員は文句は言わないだろうが、珈琲一杯で結構時間を潰してしまった。
「はい。でも、もう少し時間を置いてから」
「え? あ、ああ、うん、わかった」
フレアがエレクトラの方を見たので春人は察する。彼女が来て出て行ったら感じが悪い。
しばらくは会話もなく残りの珈琲を飲む。
「じゃ、行くか」
「はい」
春人とフレアは立ち上がり会計所まで向かう。
会計所前まで来て春人は思い出す。会計所があるということはお金がいるという事だ。
春人はこの世界のお金を持っていない。どうしようかと顔を青くしていると、
「わたしが出します」
フレアが助け舟を出してくれる。
「……ごめん」
正直かなり情けなかった。女の子の、しかも、年下にお金を出させるなんて。
「春人さんがお金持っていないの知っていますから。それにヒューイさんに貰ったお金ですし」
そんな春人に気づいたのかフレアは気を使うようにそう言うと会計を済ます。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
会計を済ましたフレアがそう言った。春人は頷き、フレアと共に部屋を目指す。
部屋に戻る途中、見覚えのある人物を見かけた。
「あれ?」
水色の髪のボブカット。精霊術師のディアだ。
小さな休憩所みたいな場所で、ディアともう一人男が居た。
一瞬、ディアの恋人だろうかと春人は思ったが男の雰囲気を見て違うのではないかと察する。
男は貴族みたいな服装をしていたが、顔は冷たく陰鬱な感じであった。とても恋人同士の逢引には見えない。
ディアは若干怯えているように見えた。
春人とフレアが近づくと、その存在に気づいたディアが慌てたように男と距離を置く。
逆に貴族はこちらを冷たく見て興味無さげな様子だった。
「ーーー」
貴族はなにかディアに言うと貴族はその場を去っていく。
ディアは春人とフレアを気にしたように挙動不審な様子だった。早くこの場から去って欲しそうな顔をしていた。
春人はディアに気を使ってすぐに去ろうと思っていたが、
「ディアさん、こんばんわ」
フレアは普通にディアに声を掛けた。なんとも言えない気持ちになりつつもフレアの側に行く。
「あ……は、はい、こ、こんばんわ」
ディアは嵐が去ってくれるように願っていたのに嵐がこっちに来てしまったのでかなり動揺したように返事を返す。
そして、少し沈黙が流れる。このまま別れる感じなるのかなと春人は思った。
「ディアさんも同じ宿だったんですね」
「え? あ、う、うん」
挨拶をしてそのまま別れると思ったであろうディアは戸惑った様子だ。
「ディアさんも部屋で落ち着けなかったんですか? わたしもです。だから、春人さんとコーヒー飲んでたんですよ」
フレアは必死に会話をしようとする。
「へ、へー」
ディアはそう返す。
「知ってます? あそこにカフェがあるんです。珈琲おいしかったですよ」
フレアはディアのあまり食いついてない返事に対しても更に話を広げる。
「え、えっと、うん」
そんなフレアに困惑気味のディア。
春人は驚く。まさかここまで話を広げようとするのは。しかも、かなり積極的に。他二人よりかは取っつきやすい彼女。愚痴で刺激されたのかフレアは積極的だった。しかし、タイミングが悪かった。ディアはあまり話したくなさそうだ。
「ミルクたっぷりのーー」
そんな時だった。
エレクトラがカフェから戻ってきたようだ。フレアはエレクトラの姿を発見して、言葉が出なくなる。
エレクトラは春人たちを一瞥しそのまま無視して通り過ぎようとした時、
「あなた、さっきスティール卿と一緒に居たわよね」
「っ」
ディアは動揺する。さっきの男のことだろう。
「あまりいい噂を聞かない人だけど、あんな人とどういう関係なのか少し気になるわね」
エレクトラは値踏みするようにディアを睨む。
「あ、あの人は別に……」
ディアの目は泳いでいた。手も擦り合わせたりと忙しなく動いている。動揺が全く隠せていない。
「も、もう疲れたので部屋に戻ります」
そう言ってディアはそそくさと逃げるようにこの場から去っていった。
エレクトラはディアのそんな後ろ姿を睨んだ後、
「はぁ」
ため息をつくとディアの行った方へと進んでいく。
こちらの方には一切視線を向けなかった。
「……」
春人はそんなやり取りを見てフレアの不安という言葉を実感し、心配になった。