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08 帝都セントラルホテル

 会場の端で料理を黙々と食していると、緑のドレスを纏ったエメラルドグリーンの髪の少女が話しかけてきた。


「あなた、さっき炎の勇者たちと一緒にいなかった?」


「……ええ、まぁ」


 春人は肯定する。


「ふーん……炎とはどういう関係?」


 他の奴らはフレアの事を勇者様と敬うのに対してこの少女は一切そんな様子はない。対等、もくは見下している。


「どういう関係……一応、村では婚約者でした」


 春人はそう嘯く。


「婚約者?」


 頷く春人。婚約者でもなんでもないのだが、建前上そうして置いた方がいいだろう。


「ふーん……あなたがね」


 値踏みするように春人を見てくる少女。


「あの、あなたは誰なんですか?」


 流石に居心地が悪い上に失礼だろと思い問いかける。


「私? 私は勇者。あの炎と同じ勇者」


「勇者?」


 春人は驚く。しかし、確かに雰囲気が違う気がする。

 不意に思い出すのはあの黒髪の少女だった。水の龍を出現させた少女。


「ねぇ、聞きたいんだけど、炎が大精霊を扱えないって本当?」


 少女は問いかける。


「だいせいれい?」


 春人は意味がわからずそう返す。聞いたこともない単語だった。精霊の強化版だろうか。どちらにしろ春人にはわからないことだった。


「わかってなさそうね。でもまぁ、指輪していなかったところを見るとやっぱり」


 一人納得したような顔をしていた。


「えっと……聞きたいことがあるんですけど」


 怪訝そうな顔をする少女。


「さっき言っていた氷の神殿とか凍てつく大地って一体」


 ずっと気になっていたことだ。話を聞いていてそこまで向かわなければならないのは分かるが、その詳細を春人は知らない。フレアに聞けばいい話なのだが、今の状況では難しい上に、聞き辛い。


「ノエル、そこでなにをしている」


 春人の問いに答える間も無く、少女は声を掛けられる。


「……ブルース」


 嫌そうな顔をする少女。そこには茶髪の男が居た。二十代後半、もしくは三十代くらいの男が不機嫌そうな顔で少女を見つめて、春人の存在に気付く。ジロリと睨まれ、春人は思わず体が竦んだ。


「勝手な行動はするなと言っておいただろう」


 男は彼女に近づくと、春人を遮るように間に入る。


「勝手な行動なんてしてない。きちんとパーティーに参加してる」


 少女は不満そうにそう返す。


「屁理屈を言うな。挨拶回りで忙しいんだ。行くぞ」


 それから数回の口論のやり取りをして春人から離れていく。

 結局、質問に答えて貰えなかった。

 春人はそれからすることがなく、テーブルに乗った豪華な食事をつまみ食いしていく。

 フレアの方を見ると人だかりが出来ていた。


 パーティが終盤に差し掛かった頃だった。漸く解放されたのかフレアは誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡していた。

 そして、春人の姿を発見すると、フラフラとした足取りでこっちへやって来る。


「春人さん」


 フレアは春人の近くまでくると、若干疲弊したような笑みで声をかけてくる。


「なんかお疲れだな」


 春人は苦笑いしながらそう言った。


「はい……かなり」


 フレアは本当に疲れているのか肩を落とす。


「なんか食べる?」


 あれだけ囲まれていればこうなるのも仕方ないとは思う。春人を気を使って食事の並ぶテーブルを刺しながらそう尋ねる。


「はい」


 ずっと話しかけられて食べる時間がなかったのか、適当に春人がテーブルから見繕った食べ物を勢い良く食べる。


「相当腹減ってたんだな」


 気持ちいいくらいの食いっぷりだった。


「あ……はは」


 フレアは恥ずかしそうにペースを落とす。


 パーティが終わり、あの演説台にパーキンソンが上がる。


「名残惜しいところですが、これにて今宵の宴を終わらせいただきたいと思います」


 パーキンソンの声が会場に響く。漸く終わるのかと春人は思う。結構長い時間やっていたと思う。特にすることが無かった春人にとってこのパーティの時間は苦痛でしかなかったので終わったことで安堵している。

 フレアもホッとした様子だった。フレアの今までの境遇を考えれば春人はまだマシだったかもしれないと思い直す。

 そんな時、パーキンソンの助手であるセシルが姿を現した。


「……お疲れのところ申し訳ありません、フレア様」


 その表情は本当に申し訳無さそうな顔だった。春人は嫌な予感がした。フレアもそうなのか若干苦笑いを浮かべている。


「はい、なんでしょう」


 無視するわけにもいかずフレアはそう問いかける。セシルは言いにくそうに、


「閉会式後、皆様とお別れの挨拶をして頂きたいのですが」


 そう言ってきた。先程までずっと囲まれて拘束されていたのに、また貴族の相手をしなければならない。流石のフレアも顔が引きつっていた。


「……え、えっと、はい、わかりました」


 疲れているのだから断ればいいのに断れないフレア。そんなフレアに共感してしまう日本の社畜根性。


「申し訳ありません」


 それがわかっているのか本当に申し訳なさそうにするセシル。


「大変だな」


 同情を込めてそう言った。


「はい……」


 さすがのフレアも疲れているのか否定はしなかった。


「俺はここで待っとく」


 春人が行ったところで邪魔になるだけなのでそうフレアに告げる。巻き込まれたく無いという気持ちもあるが。


「すみません」


 フレアはそう言ってセシルとともに会場の出入り口へ。セシルは春人に軽く頭を下げた。

 会場の出入り口には人だかりが出来ていた。そこにはパーキンソン、セシル、フレアが居る。そして、エレクトラやバーグ、ディアまでもが居た。彼らもフレア同様に別れの挨拶をさせられているのだろう。

 人だかりが徐々に少なくなり、しばらくしてほとんど人が居なくなる。すると、フレアはこっちに近づいてくるのが見える。こっちまで来るのかと思ったが、途中で立ち止まりこっちへ来るように合図してきた。

 春人は怪訝に思いつつも、出入り口の方へと向かった。

 出入り口にはパーキンソン、セシル、エレクトラ、バーグ、ディアが立っていた。

 フレアと春人が戻ってくるのを確認したすると、パーキンソンは喋り出す。


「いやー、本当、今日はありがとうございます」


 人懐っこい笑顔でそう感謝を述べる。


「いえ」


 フレアはそう答えるものの、疲労の所為か作り笑顔が崩れかかっいた。

 エレクトラは不満そうに腕を組んでいる。彼女ならこういうの無視して帰りそうなのに律儀にその場に残っていた。

 バーグもお疲れ気味なのか目頭を押さえている。


「本の気持ちですが、今日のお礼として頂いてください。セシル」


 パーキンソンはそう意味深な笑みを浮かべると、隣のセシルに指示を飛ばす。


「はい。どうぞ」


 セシルは皆に封筒のようなものを渡していく。それなりに分厚いものだった。フレアはそれを貰うと、少し躊躇しつつも封筒の封を切る。中を覗いて、


「こ、こんなものいただけません」


 フレアは慌てた様子でパーキンソンの顔を見ていった。その様子から春人は封筒の中身の予想は着いた。きっと札束が収められていたのだろう。分厚さからいって結構な金額になると思われる。


「そんなことおっしゃらず、どうか懐にお納めください」


 パーキンソンはフレアから突き出された封筒を受け取らず押し戻すようにそう言った。慣れた様子からこういう事は頻繁にあるのかもしれない。


「で、でも」


 一方、慣れていないフレアは封筒を受け取ることに躊躇している。


「受け取っておきなさい。それがルールよ」


 そんな時、口を挟んだのはエレクトラ。彼女もセシルから封筒を受け取り、中身を確認した後、ローブの中へ仕舞っている。礼儀作法なんてものは知らないが、こういう場での賄賂的なものは何も言わず受け取るのが普通なのかもしれない。田舎娘のフレアが知らないだけであって。バーグも普通に懐に入れている。ディアは中身を見て驚いている様子だった。

 春人はそもそも貰っていないのでなんとも言えない気持ちだ。もし貰っていたら戸惑いつつも普通に受け取っていただろうなと思う。


 フレアはパーキンソンやエレクトラ、バーグ、ディアと別れの挨拶を済ませると少し離れた場所で立っていた春人の所へやって来る。


「春人さんは……貰っていないんですよね」


 フレアは両手で封筒を持ちながら、気まずそうにそう言った。


「まぁ、特になにもしてないし」


 フレアたちのように紹介されたわけでも、別れの挨拶に付き合ったわけでもないので貰えるはずがない。多少なり同じ旅の仲間なのになぜ自分だけ仲間外れなのかという気持ちも無いこともないが、圧倒的に場違い感が強いので貰えなかったことに対する不満は特に無い。

 春人は納得しているが、フレアは違うのか気にしたように封筒を眺めている。


「気にしなくてもいいって」


 そう春人が言うものの、フレアは反応を示すことはない。どう言いくるめるかと悩んで周辺を見渡した時、とある人物の姿を発見した。

 ジョージが出入り口に立っていた。明らかに春人とフレアを待っていた。こちらをじっと伺っている。声をかけてくれればいいのにと思ったが、先程までパーキンソンと話していたのだから気を使って待っていたのかもしれない。


「行こう。ジョージさんが待ってる」


 春人の言葉にフレアは漸くジョージの存在に気づいたのか、少し慌てた様子で「はい」と答えて春人と共にジョージの元へと行く。

 ジョージの事に気を取られているのか封筒は民族衣装のポケットに入れてた後、気にした様子は無くなった。



 ジョージと合流し、春人たちはホテルへと向かう為に馬車に乗り込んだ。


「お疲れ様です。フレア様。貴族の相手は骨が折れたことでしょう」


 ジョージは気遣うようにフレアにそう言った。フレアは苦笑いする。口では言わないものの相当貴族相手に苦労していたようだ。確かにあんな風に集られていたら嫌気がするのも仕方ないと春人は思う。


「春人様も」


 ジョージは春人の方を見てそう言った。


「俺は別に」


 春人は本当になにもしていなかったので少し罰が悪かったが、フレアだけではなく自分にも気を使ってくれていることが分かったので悪い気はしなかった。


「今夜は当ホテルでゆっくりおやすみになってください」


「はい、お世話になります」


 ジョージの言葉にフレアがそう返した。ゆっくりできるかどうかは別としても疲れたのは事実だ。今日一日で色々なことが起こった。精神的にも肉体的にも限界が近づいている。早くベッドに横になりたいと春人は思った。



 馬車は巨大な建物の前で止まった。


「着きました」


 ジョージはそう言って馬車の扉を開ける。先に降りると、フレアに手を差し伸べる。

 フレアはその手を取ると馬車から降りた。

 その後、ジョージは春人にも手を差しのばした。春人は少し感動しつつその手を取り馬車から降りた。

 目の前には大きな高級そうな建物があった。


「……すごい」


 フレアが感嘆の声をあげる。


「帝都一のホテルと自称させて頂いております。どうかお寛ぎください」


 ジョージはにこやかにそう言った。今夜泊まる場所はこの建物だということがわかった。

 春人の世界と同等、いや、それ以上に立派な建物だ。帝都一を誇るだけあって外観は素晴らしかった。


「はい、ゆっくり休みます。後、送り迎えありがとうございます」


 フレアはそうお礼を言って頭を下げる。


「いえ、当然のことです。頭をあげてください」


 ジョージは少し慌てた様子でそう言う。フレアは頭を上げてキラキラとした眼差しでホテルを見上げる。


「では、ご案内しまーー」


 ジョージがそう言ってホテルの中へと案内しようとした時だった。

 春人たちの乗っていた馬車の隣に同じように馬車が到着した。

 春人とフレア、ジョージがその馬車をじっと見ていると、馬車からバーグとエレクトラが降りてきた。

 バーグとエレクトラはホテルを眺めた後、こちらに気づく。

 エレクトラは少し驚いた顔をしていた。

 さっき会場で別れの挨拶をしていた所為かフレアは気まずそうだった。

 それでも意を決したようにフレアは二人に近づく。


「同じ宿だったんですね」


 フレアは勇気を出してそうエレクトラに笑い掛ける。


「そうね」


 しかし、エレクトラはそう素っ気なく返しホテルの方へ進んでいく。


「ぐ、偶然ってすごいですね」


 フレアはめげずに隣にいたバーグに話しかける。


「これから向かう場所は同じだから、偶然ではないだろう。あの精霊術師もこの宿に居ることだろう」


「そ、そうですね」


 しかし、これまた正論を言われて勢いを削がれる。


「早めに休んだ方がいい。これから長旅になるのだから」


「は、はい」


 バーグはそう言うとエレクトラの後を追う。

 フレアはなんとも言えない顔で立ち尽くす。不完全燃焼と言うべきか。空回りしている感じであった。


「お二人とも先に行ってしまいましたね。まぁ、いいでしょう。フレア様、春人様、ご案内します」


 ジョージは気を使うようにそう言ってホテルへ行くよう促してくる。


「お願いします」


 フレアはどこか沈んだ声で答えていた。

 ジョージに連れられて春人たちはホテルの中へと入った。


「すごい」

「……確かに」


 外観もすごかったが、中もかなり高級感あふれた内装だった。

 赤を基調とした内装で、どこも清潔感に溢れている。


「炎の勇者、フレア様だ。例の部屋の鍵を。お隣はご婚約者のハルト・ヤシロ様だ。隣の部屋、ああそうだ」


 ジョージは春人たちがホテルの中に見惚れている間、フロントの方を向かって、受付の女従業員と話をしていた。


「クリフは?」


 ジョージの問いに、


「支配人は先程エレクトラ様、バーグ様のご案内を」


 そう女従業員が答える。

 ジョージは少し悩んだ素振りを見せた後、


「……仕方ない。私が案内しよう」


 ため息をつく。そして、振り返りフレアの方まで来て謝罪する。


「フレア様、申し訳ございません。支配人の方が今おりません。挨拶をさせたかったのですが」


「い、いえ、大丈夫ですよ、気にしないでください」


 フレアは両手を前に出して振って恐縮したようにそう言った。


「そうですか。懐の広さ感謝いたします。後ほどご挨拶に伺わせます。申し訳ないのですが、お部屋の方には私がご案内させていただきます」


 ジョージはそう頭を下げてそう言った。フレアもそれに「はい」と頷いた。


「こちらへどうぞ」


 ジョージの案内で春人たちは廊下へと向かう。


「どうぞ、こちらです」

 

 部屋の前まで来ると鍵を開けて扉を開け中に入るように促す。


「……わぁ」


 かなり広い部屋だった。高級そうなソファーやベッド。VIPルームにふさわしいと呼べる部屋だった。


「ここがフレア様のお部屋になります。気に入っていただけましたでしょうか?」


「も、もちろんです。こんなすごい部屋」


 フレアは恐縮したようにそう返す。


「喜んでもらえてなによりです」


 フレアの反応に満足したのかジョージは笑みを浮かべていた。


「えっと……ここわたし一人で?」


 広い部屋を見渡して、フレアはジョージに問いかける。


「はい。もちろんでございます」


 ジョージの返答にフレアは少し思うことがあるのか思案するような顔をしていた。

 正直こんな広い部屋を一人で使うなんて確か春人やフレアのような庶民には恐れ多いと感じてしまう。


「ハルト様にはここと同等の部屋をお隣にご用意させて頂いております」


 ジョージはそう春人に気を使うように言った。


「は、はい」


 こんな部屋逆に落ち着かないと思いつつも頷く。


「おふた方今日はお疲れ様です。どうぞごゆっくりお休みください」


 ジョージはそう頭を下げた。

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