06 パーティへの参加
玉座を出た後、春人とフレアは廊下で立ち尽くしていた。
「緊張しましたね」
「そうだな」
フレアは漸く緊張から解放されたのかそう春人に言う。春人も頷く。
「……これから旅が始まるんですね」
そして、感慨深そうにそう呟く。
「そうなるな」
旅が始まる。ただの旅ではない。過酷だとわかっている旅だ。
「皆、どっか行っちゃいましたね」
謁見が終わった後、皆玉座を出た後、それぞれ去っていった。
フレアに声をかける貴族も何人か居たが、フレアは曖昧に対応していた。
先程まで人が溢れていた廊下も既に春人とフレアだけになっていた。
「これからどうするんでしょう」
フレアが知らない以上、春人も知るわけがなかった。
皇帝と謁見後、どうするかなんてなにも言われていない。
このままここに居るわけにもいかず、またさっき給仕服の女たちも姿を眩ませておりこれからどうするべきか尋ねることも出来ない。
途方にくれている時だった。
「申し訳ありません。お待たせしてしまって」
初老の正装を着た男が現れた。
「えっと」
知らない顔なのかフレアは戸惑った様子だった。
「申し遅れました。私、帝都セントラルホテルのジョージ・モリスという者です」
そんなフレアに対して男はそう名乗った。
「は、はぁ、わたしはーー」
「炎の勇者、フレア・カナスタシア様でございますよね」
フレアが名乗ろうとして、そう返す。
名前を知っているのはおかしいことではない。フレアの事は今までのことを見る限り有名人である。
「こちらの方はご婚約者様のハルト・ヤシロ様」
まさか自分のことを知っているとはちょっと感心する春人。
先ほどの謁見の時に居たのかもしれないが、あれだけ人数が居るとどこにいるかわからなかった。それに春人たちにそんな余裕もなかった。
「どうぞ、こちらへ。馬車を用意させて頂いております」
ジョージに案内されて馬車があるところへまで向かう春人たち。
馬車の中。春人たちはどこへ向かうか分かっていなかったが、ホテルの従業員と名乗っていたのでホテルに向かうのだろう。
「フレア様方には当ホテルをご利用になって頂くことなります」
ジョージはフレアにそう言った。
「はい」
フレアは頷く。
「しかし、その前にですね。パーティーの方に参加して頂く事になります」
「ぱ、パーティですか?」
ジョージの言葉にフレアは素っ頓狂な声をあげる。
「はい、勇者様方の門出を祝っての晩餐会を行う予定となっております。陛下は残念ながら出席致しませんが、多くの貴族様がご参加します。それでですね、服装の方を着替えて頂くことになります。当然、ご用意させて頂く服はこちらで持ちます。国からの支払いもあるのでお気にならずに」
「は、はい。ふ、服ってどんなのですか?」
やはり女の子だからかフレアは服が気になるようだった。
「はい、フレア様に似合うドレスをご用意させて頂いております」
ジョージは微笑ましそうにそうにっこりと笑う。
「ど、ドレス」
フレアは信じられないという顔だった。そこまで驚くことだろうかと春人は思う。
「ハルト様にもご用意させて頂いておりますのでご心配なく」
ジョージは気を使ってくれたのか春人にそう言う。今まで会った人たちの対応から、この人は人格者だなと春人は思った。フレアに対しても春人に対しても平等に接してくれる。
「そろそろ着きますね」
馬車はとある店の前で停車した。
「わぁ……」
フレアが感嘆な声をあげた。それも仕方ないかもしれない。馬車が停車した店はかなりの高級店だった。
「多くの貴族様がご利用なさっているルーディックで仕立てさせて頂きます。問題無かったですよね?」
ジョージはそうフレアに問いかける。
「も、問題なんてないです!」
フレアは恐縮したようにそう答えた。
「それは良かったです。では、中の方へ入りましょう」
ジョージはにっこりと微笑むと中へ入るよう促してくる。
「は、はい」
フレアはそれに従うように中へ入っていく。春人もその後に続く。
「おお」
高級店だけあって高そうな服が並んでいた。主に正装を扱っているのかタキシードやドレスが並んでいる。
「すごい」
フレアは目をキラキラさせながら辺りを見渡す。おっかなびっくりといった様子だが、実際服を見て回りたいという欲求が見え隠れしていた。
「お待ちしておりました」
この店のオーナーらしき男が頭を下げる。一斉に他の店員も頭を下げる。
「ドレスの方は既にご用意させて頂いております。どうぞこちらへ」
オーナーはそう言うとフレアは更衣室へと案内する。
「は、はい」
フレアは頷き、その後に着いていく。
「お連れの方はこちらへ」
女の店員に声を掛けられる。
「はい」
春人はその女の店員についていく。
更衣室に案内されると、
「では、こちらに」
店員に促されて指定された場所に立つ。もう一人店員が現れて、春人の両隣に来る。
「あ、はいーーってなにやってるんですか?」
両隣から春人は服を脱がされそうになり、そう問いかける。
「はい?」
きょとんとする店員たち。
「じ、自分で着替えられますから」
春人は服を抑える。
「いえ、そういうわけにはいきません」
脱がそうとする店員。
「だ、大丈夫だって」
抑える春人。
「駄目です。こちらも仕事なので。ミラ」
店員は一人では無理と思ったのか、春人の隣にいる店員に声を掛ける。
「はい」
声を掛けられた店員も頷くと春人の服を掴む。
「ちょっ、待って、ちょっ」
更衣室を出て、春人は光の無い眼差しで呟く。
「また穢された」
「とてもよくお似合いですよ」
そんなことを気にした様子もなく店員は世辞を言う。
「姿見をどうぞ」
ミラと呼ばれた店員は鏡を持って春人の前に来る。
「……おお、確かに」
タキシードを着た春人が居る。いつもより上品で男前である。
フレアの方に居た女店員がこちらへやってくる。ぺこりと頭を下げて、
「勇者様の着替えが終わりました。どうぞこちらへ」
「あ、はい、行きます」
彼女の後に春人は着いていく。
フレアの更衣室の前まで来ると、そこにはオーナーが居た。
「とてもよくお似合いです」
春人の姿を認めると、そう笑顔で言ってくる。
「あ、ありがとうございます」
さすがプロだと春人は思う。世辞だとしても嬉しい。
「勇者様も終わったようですよ」
それから女店員の合図を確認して生暖かい目で見てくる。
終わったのかと春人は扉の前を見つめる。
「ハルト様がこちらへ参られましたよ」
オーナーがそう声を掛ける。
「はい」
女店員の声。
「え、は、で、でもこれ、派手じゃないですか? もう少し控えめな」
それからフレアの声が聞こえる。どうやら今着ているドレスが派手過ぎて違うものへ変えて貰おうと思っているようだ。
「とても似合っていますよ。婚約者様にきっと褒めてもらえます」
しかし、女店員は褒めるだけでフレアの言葉に耳を貸す様子はない。
「ほ、褒めてって……でも」
少し照れた様子のフレアだったが、自信が無いのか渋る。
「ほら、いずれ見せることになるんです。覚悟を決めてください」
焦ったく思ったのか女店員はそう言った。
「はい……や、やっぱりもっと控えめなドレスにーー」
それでも決心がつかないのか、そう言うフレアだったが、扉が開き始める。
「あ」
綺麗な少女が居た。真っ赤なドレスをまとい、それに合う赤髪を結っている。化粧もしているのかいつもより大人っぽい雰囲気だった。
春人は思わず見惚れてしまった。
「どうですか?」
女店員は春人に問いかける。その表情は若干ニヤけていた。
フレアは挙動不信に顔を背けながら、
「や、やっぱり、似合わないですよね。着替えてーー」
そう言って部屋に引き返そうとした時、
「え……? あ、うん、とても綺麗」
顔を真っ赤にするフレア。
ニヤニヤする店員と微笑ましそうに見る店員、そして、にこやかなオーナー。
「あっ、うん、似合っている。似合ってるよ、フレア」
春人は漸く自分が言った言葉に気がついた。フレアは顔を真っ赤にしている。春人は必死に誤摩化すようにそう言った。
「お二人ともよくお似合いですよ」
初々しい雰囲気の春人とフレアに気を使って声をかけるオーナー。
「終わったようですね。少しお時間が……おお、お二人とも見違えるようです。とてもお似合いですよ」
そして、入り口の方からやってきた初老のジョージが時計を見つつこちらに近づき、そう二人を見て言う。
「ありがとうございます」
フレアは手で顔を仰ぎながらそう言った。顔が熱いのを冷まそうとしているのだろう。
「どうも」
春人もフレアのことは言えないので少し顔を背けながらジョージに答える。
そんな二人にジョージは微笑ましそうに見つめていたが、時計を確認して、
「もう少しゆっくりしたいところなのですが、お時間が近づいているので、そろそろ出発させて貰いますがよろしいですか?」
そう問いかける。
「は、はい」
フレアは頷く。
「こちらも大丈夫ですよ。勇者様、晩餐会楽しんでくださいませ」
オーナーはお辞儀する。他の店員も頭を下げてくる。
「は、はい。素敵なドレス、ありがとうございます」
フレアはそう頭を下げて、春人も同じように頭を下げた。
馬車に乗り込んで、パーティ会場目指して発車する。
「パーティとか初めてなので緊張します」
フレアはそわそわする。
「俺も初めてだよ」
家族だけのパーティならした事があるが、このパーティは春人の知っているパーティとは違うものだろう。
お金持ちのやる立食パーティなのではないかと予想する。
「きっと貴族の方が大勢いるんでしょうね。作法とか知らないんですけど、大丈夫なんでしょうかね」
フレアは心配そうな顔で春人を見る。
「俺も知らない。どうにか誤摩化すしかないんじゃないか」
「で、ですよね」
春人も高級階級の生まれじゃない以上、作法なんてものは知らない。そもそも春人の世界の常識とここの世界の常識が同じかどうかもわかないのに。
「大丈夫ですよ。そこまで形式的なものではないと聞いております。気楽に参加して頂ければいいと思いますよ」
話を聞いていたジョージがそうフォローしてくれる。
「は、はい」
それでも緊張した面持ちのフレア
その後はあまり会話無く馬車は進む。