05 謁見の間
馬車からの景色は森の中から草原へと変化した。
キャビン内は静寂に包まれている。誰一人喋ることはない。
草原を進んでいくと、街が見えてくる。きっとあれが帝都なのであろう。
かなり巨大な街だった。帝都というだけあると春人は思う。
徐々に近づき、チラホラと家が見え始める。
「うわぁ……」
フレアは帝都を見てそう感嘆の声をあげる。
馬車は巨大な石造りの門にまで近づくと、見張りをしている兵士が止まるように指示を出してくる。
検問だろう。
中の男は通行書のようなものを取り出して、兵士に見せる。
「炎の勇者様一行ですね」
兵士はちらりとフレアを見て、そう言うと、
「余計な詮索はするな」
男は文句を言った。
「失礼。どうぞお入りください」
兵士はすぐに引き下がり、門にいる兵士に指示を出し門を開けさせる。
門を潜り中へと入ると、整備された道や住宅街のような場所に出た。
「ここからが帝都」
「帝都か」
フレアは窓から住宅街を眺めながら呟いた。春人もその呟きに反応して、窓越しから街中を眺める。
帝都と呼ばれるだけあって人が多い。馬車も春人たちの以外にかなりの数がある。
車が無い時点で春人はここは違う世界なのだと実感してしまう。
しばらく進んで馬車は巨大な建物の前に止まる。その建物にも門が設置してある。
「ここは?」
「たぶん、宮廷ですよ」
春人の問いにフレアが答えた。
男は扉を開けると、馬車から降りる。そして、
「勇者殿、着きました。どうぞ」
そうフレアに手を差しのばしてくる。
「あ、ありがとうございます」
フレアはその手を取り、キャビンから降りる。
春人もその後に続くが、男が手を出すことはない。手枷があるのにも関わらず春人は一人で馬車から降りた。
「うわぁ……人が一杯」
フレアは行き来する人混みを眺めてそう呟く。
帝都だけあって人の数は多いのか、人が春人たちの前を行き来している。
「勇者殿、こちらへ」
男は宮殿の門の方へと向かい、フレアについてくるように言う。
フレアもそれに従い、進んでいく。春人も置いていかれないようにする。
宮廷の前に給仕服を着た女が立っていた。春人たちの姿を確認すると、頭を下げてくる。
「では、後はよろしく頼む」
男は給仕服の女性にそう言うと、
「はい、わかりました」
女はそう返事を返す。それを確認した後、男はフレアに「では」と頭を下げてまた馬車の方へ戻っていった。
「こちらへ。勇者様」
「は、はい」
給仕服の女はそうフレアに言うと、門の方へと向かっていく。
フレアと春人もその後を追いかける。
宮殿の中に入った。白と黒の模様の入った床は光沢を放つ程に綺麗で、周りは高級そうな装飾に彩られていた。明らかに値段が高そうな美術品が置かれていて、そこには近づかないようにする。
上にはシャンデリアがあり、春人は初めて実物を見て感動する。
「こちらへどうぞ」
とある部屋の前で止まり、給仕服の女がフレアに入るように促す。
フレアは中へと入る。春人も続こうとして、
「男性はこちらです」
もう一人給仕服の女が現れて、そう隣の扉を開けてる。
春人は指示に従い、中へ入ろうとして給仕服の女が春人を見つめる。特に手枷を見つめている。
疑問に思っても仕方ないことだ。なぜ手枷なんてしているのか。さっきの給仕服の女の人はなにも言わなかったが、これが普通の反応だ。どう答えようか迷っていると、
「それは趣味ですか?」
「ち、違います」
春人は即座に否定した。彼女は面食らったような顔をした。そして、再度、手枷を見つめて、
「……趣味なんですね」
「違います!」
部屋に入るとそこは男性の衣装が置かれている部屋だった。更衣室のような場所なのかもしれない。
給仕服の女が春人の上着を手に取ってくる。
「え?」
戸惑っていると、次はシャツを脱がそうとしてきた。
「ちょっ、え? じ、自分で着替えられるって!」
春人は必死にシャツを抑える。しかし、この給仕服の女は力が強く徐々に押し上がっていく。
「いえ、こちらも仕事ですので」
淡々とした顔で服を脱がそうとしてくる。
「し、仕事って言ったって、ちょっ、あっ、待っ」
抵抗虚しく春人はシャツを脱がされ、ズボンを剥ぎ取られた。
「とてもよくお似合いです」
給仕服の女は淡々とした口調で言う。
「……」
穢されたと沈んでいたが、鏡を見て男前になっていることに関心する。
見た目は旅人といった風貌だった。
「あ、俺の服は」
「こちらにございます」
春人の服は丁寧に畳まれていた。
「後ほど、お返し致します」
「わかりました」
給仕服の女にそう言われ、気にしつつもそう返す。それから、外に出るよう促されたので、部屋から出た。
部屋から出ると、宮殿を案内してくれた給仕服の女がフレアが入った部屋の扉の前に居た。
「もう少々お待ちください」
春人に気づいた彼女はそう春人に告げる。春人は頷いて、フレアを待つ。フレアもきっとこの中でなにかしら違う服に着替えているのだろう。しばらく待っていると、
「終わったみたいです」
そう給仕服の女が告げる。そして、扉が開く。ゆっくりと部屋から現れたのはフレアだった。先程まで着ていた服ではなく、赤と白を基調とした民族衣装を纏っていた。村の服とも違い、村に居た黒髪の少女が着ていた服に似ていた。黒髪の少女が着ていた服は青と白を基調とした服だったが。
「どう、でしょうか」
フレアは照れた様子でそう春人に問いかける。春人は見惚れていた。纏っている民族衣装はどこか神秘的な雰囲気があり、フレアによく似合っていた。
「え、あ、うん。似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
春人の気の利かない褒め言葉にフレアは照れた様子でお礼を言う。
「初々しいところ申し訳ございません。これから貴方方は玉座の方へ行くことになります」
給仕服の女が頭を下げつつそう告げた。
「玉座、ですか」
フレアは緊張した面持ちになる。玉座、つまり今から皇帝に会うことになるのか。春人も緊張してくる。
「ですが、その前に身体検査をさせて頂きますがご了承ください」
給仕服の女たちは頭を下げてくる。
「は、はい」
フレアは戸惑いつつもそう返事する。
「では、こちらに着いてきてください」
春人たちはまた少し歩いて、とある扉の前に止まる。
中に入ると、小部屋に中年くらいの歳の男が居た。白と金を基調としたローブを纏っている。
「炎の勇者殿ですね。紋章の確認を」
男はフレアを一瞥すると、そう言ってくる。
フレアは右手の甲を彼を見せる。
「ありがとうございます。勇者殿、申し訳ございませんが陛下に謁見する方は皆検査を受けていただく決まりとなっております。どうかご無礼を存じながらも検査を受けていただけないでしょうか?」
「も、もちろんです」
フレアは急変した男の態度に慌てつつもそう了承した。先程の馬車の男もそうだが、紋章を見せた途端に態度が変わる。それほどに紋章と勇者という存在はすごいのかと春人は疑問に思う。
「ありがとうございます。貴方は?」
男は春人の方を見て怪訝そうな顔をする。
「勇者様の同行者でございます」
給仕服の女が答える。
「そうですか。わかりました。同行人の方も検査の方を受けていただきます」
春人に対しては畏まった様子は見受けられない。やはり勇者のフレアだけだ。
「勇者殿、こちらへ」
フレアは椅子に座らせられる。
「勇者殿、気分が悪くなった際はすぐにお申し付けください」
「は、はい」
フレアは緊張ようにそう答える。
男はリラックスしてくださいと言いながらフレアを見つめている。なにもしていないようにしか見えないが。
「問題ありませんね。ありがとうございます」
「ど、どうも」
フレアは椅子から立ち上がりこっちへやって来る。
「次は同行者の方ですね」
促され春人は椅子に座る。
「目を閉じてください。そして、リラックスしてください」
フレアに言っていたことを再度言っている。春人は目を閉じてなるべくリラックスするように努める。
「魔力……精霊力……平均であるけれど……発現はしていない。洗脳等もされていない。感情も少し負の感情があるが、殺意に近い感情は無い」
春人は動揺する。なんで感情なんて分かるんだ。春人は全て見透かされているような気がして怖くなる。
「はい。大丈夫です。負の感情が強く情緒不安定気味ですが精神的には許容範囲内でしょう。また魔力、精霊力共に発現していません。問題無しです」
「よ、良かったですね」
フレアは安堵したように春人に同意を求める。
「あ、うん、まぁ」
春人は曖昧に頷く。
「どうかしました?」
「いや別に」
魔力とか精霊力とか別として精神的なことを探られた気がして気分が悪い。
「では、お二方、玉座にご案内致します。皇帝陛下がお待ちしております」
給仕服の女はそう言って部屋を出るように促してくる。
「は、はい」
フレアは緊張したように頷き、部屋の外へと出る。
春人もそれに続いた。
春人たちは廊下を進み、巨大な豪華な扉の前で立ち止まった。
給仕服の女は二人掛かりでその扉を開ける。
そこにはレッドカーペットが引かれている。その先に、跪く三人の人物が居た。
一人は老人だった。軽装だが防具を身に付けており、腰には剣がぶら下っている。騎士といった風貌だ。そして、その隣は金髪のミディアムの女だった。白色のローブを纏っている。右手には小さな杖のようなものを持っていた。更に隣は水色のボブカットの少女。春人と同じくらいの年齢に見える。鼠色のローブに身を包んでいた。
その三人の先には階段があり、その先には豪勢な椅子に座る人物が居た。薄い金髪に髭を生やした男。目を引くような白服に赤のマントを羽織った彼こそが皇帝であると分かった。
「どうぞ」
扉の脇で頭を下げる二人の給仕服の女に先へ進むよう言われる。
春人とフレアはおっかなびっくりでレッドカーペットを進む。
レッドカーペットの脇には大勢の人々が並んでいた。騎士のような風貌の者もいれば、貴族のような風貌の者も居る。
三人の近くまで来ると隣の老騎士に跪くように促される。それに春人とフレアは従う。
「そなたが炎の勇者か?」
皇帝はそうフレアに問いかける。
「はい」
フレアの声は震えていた。
「紋章を」
皇帝の言葉にフレアは右手の甲を見せる。
「勇者殿、よくぞ参られた。歓迎しよう」
フレアの紋章を認めるとそう優しく皇帝は言った。
「あ、ありがとうございます」
「うむ。皆、頭を上げよ」
フレアの礼に頷くと、跪く春人たちにそう言った。
顔を上げると、皇帝の顔が見える。鷹のような鋭い眼光だった。春人は思わず怯みそうになるが抑える。
「陛下。失礼して」
隣に居た大臣らしき男が皇帝にそう声をかける。皇帝は「うむ」と頷く。
「帝都に集まってくださり誠に感謝して申し上げる。では、ここに集まっていただいた理由を説明しよう。皆も知っての通り、先代炎の勇者の死後、長い年月を経て新たなる勇者が選ばれた。それがここに居るフレア・カナスタシア殿である」
大臣らしき男がフレアを指し示す。フレアは恐縮したように縮こまる。
「氷結の魔女が氷の神殿の封印を解いてかなりの年月が経つが、未だに氷の神殿は封印されず凍てつく大地が脅威を振るっている。既に大地の神殿跡地が凍てつく大地の餌食なったことを皆も知っていることであろう。今や風の神殿跡地も危ない状況である。そして、ここ帝都もいずれは危険に晒されることになるであろう」
周りからざわめきの声が上がる。
「氷結の魔女を倒し、氷の神殿の封印が出来るのは氷に対抗出来る炎の勇者殿だけである」
フレアは息を呑んでいた。
「炎の勇者殿にはこれより帝都から風の神殿へ向かい、そこから凍てつく大地を通り、氷の神殿を目指していただくことになる。この旅には過酷で順調に進むことは限りなく困難であり厳しい旅になることは間違いない」
なんだよ、これ春人は思う。炎の勇者? 氷の神殿? 凍てつく大地? 旅? 封印? 何のゲームだというのか。
しかし、ここに居る彼らは全員真剣だった。真剣な顔で大臣らしき男の話に耳を傾けていた。
だとしたら、これは全て本当のことなのだろう。あの宙に浮かんだ水の塊や水の龍の存在からして、この話は本当のことなのだろう。
信じられないが、信じたく無いが、すべて事実なんだろう。
「そんな旅に名乗りを上げたのが彼らである。元騎士団長、バーグ・エルフォード」
老騎士は立ち上がり、一礼する。
「帝都セントラル魔法学園主席魔導士、エレクトラ・ガーネット」
金髪の女が立ち上がり、一礼する。
「サラマンダーを従える精霊術師、ディア・マーシャル」
水色の髪の少女が立ち上がり、おずおずと一礼する。
「この三名が炎の勇者の付き人となり共に旅をすることなる。大きな力を貸してくれるだろう」
大臣らしき男はフレアの顔を見ながらそう言った。
「はい。ありがとうございます」
フレアは立ち上がり感謝するように頭を下げる。
そして、男は一人呼ばれずフレアの隣に居た春人に視線を向けて、
「……そこの貴方は?」
怪訝そうな顔をする。
「こ、この人はわたしの、その、婚約者で、今回の同行人として一緒に着いてきた人で」
フレアは慌ててそう答える。
「彼が勇者殿の同行人というわけですな。なにか特技はお持ちで?」
男はそう問いかける。
「い、いえ……なにも」
フレアはそう答える。
「そうですか。婚約者で、間違いないと?」
確認するように男が問う。
「は、はい」
フレアはそう答えた。
脇からざわめきが聞こえる。
「魔法も精霊も扱えない者がこの旅に必要か」
「勇者の支えとなる存在があのような青二才で。本来は父親が来るべきでは」
「どこか我々とは人種が違うように見えるが彼は本当に大丈夫なのか」
それは春人の存在を認めないものだった。
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。他に同行人は居ないようですし、彼女の心の支え優先という意味では彼は重宝するべきでしょう」
それを収めようとしたのは金髪の癖っ毛の男だった。
「しかし、なにも持っていない者を連れて行ってもただの足手纏いになるだけでは?」
隣にいた貴族らしき男がそう金髪の癖っ毛の男に言うと、
「確かに足手纏いになる可能性は高い。ですが、それ置いても彼にはその価値があると思います」
そう真剣に返した。
「アダムス卿の考えることは判りかねますな」
首を傾げる貴族らしき男。
「バレット宰相。どうか彼を同行人として受けれてもらえないでしょうか。皆さんもここで拗れるのは良くないと思いますし、勇者殿の選んだ同行人に我々が口を出して良い事はないでしょう。勇者殿の機嫌を損ねかねませんよ」
金髪の癖っ毛の男、アダムス卿はそう進言する。
ざわざわとする貴族たち。
「静粛に。アダムスがそう言うならば良かろう。君の名前は?」
バレット宰相は頷くと、春人の方を向き問いかける。
「え、あ、や、八代、八代春人」
唐突な問いかけに春人は困惑しながらも自分の名前を答える。
「春人が名前です」
フレアが付け足す。
「ふむ、炎の勇者の婚約者、ハルト・ヤシロ。この四人が炎の勇者の旅の仲間となり氷の神殿を封印するという使命を全うする」
三人が一斉に頭を垂れるのでフレアと春人も真似て頭を垂れる。
「陛下」
バレット宰相は下がる。
「ふむ、炎の勇者、そしてそれを支える者たちよ。凍てつく大地に脅かされつつある帝国を救って欲しい。氷結の魔女によって支配されたルド国を救い出して欲しい。氷の神殿を封印しこの状況を変えてほしい」
フレアは宰相に合図されて、
「はい、このフレア・カナスタシア。炎の勇者として皇帝陛下の命、しかと承りました」
そう跪き頭を垂れる。
「よろしく頼む」
皇帝の言葉に一斉に拍手喝采となった。
こうして春人たちの旅は始まった。