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03 一夜


 立ち上がった春人に全員が注目する。誰もが驚いた顔をしていた。まさか春人が名乗り出るとは思いもしなかったのだろう。

 春人の隣の少女も当然、ぽかんという擬音に似合う表情を浮かべていた。


「お前はそんな立場ではない」


 一喝するように声を上げたのは老人。鋭い眼光に春人は思わず怯むが、ぐっと堪え、


「ま、まぁ、そうだけど。そうかもしれないけど。てか、そもそもなんで俺がこんな所にいるのか未だによくわかないし、縛られているのも全然納得してないけど」


 言いたいことはたくさんあるが、でも、本当に言いたいことはそれではない。


「じゃあ、誰が行くんだ? ずっと見てたけど、全然誰も名乗らないじゃないか」


 春人はそう正論を告げる。


「お前に言われる筋合いはない。関係ないのだから」


 老人はそう返す。春人は思わず口を噤んでしまいそうになるが、ここで負けてはならないと必死に頭をフル回転させる。


「関係なくはない。その、炎の勇者? ってのは、この娘なんだろ?」


 春人は隣の少女を指差す。今までのやり取りで、そして、少女の炎の勇者という言葉を出した時から察していた。春人も鈍感とはいえど、これまでのやり取りを見て判らない程馬鹿ではない。

 指を差された少女は困惑するように春人を見るも、春人は老人を真っ直ぐ睨みつけて、


「この娘は俺を助けてくれた恩人だ。勇者とか帝国とかゲームとかアニメに関係あることなのかわからないけど、ここに居る奴らが行くのがそんなに嫌なら、俺がついていく」


 そう宣言する。背後がざわついている。不審者とか間者とかわけのわからん言葉が聞こえてくるが春人は一切無視する。ただじっと老人の鋭い目を射抜く。


「話にならんな。罪人のお前に権利などないと言っている。志願者が出ないのなら、こちらで選ぶしかあるまい」


 呆れたように老人が目を伏せ、白髪を触り選抜すること告げた。それと共にざわめきが春人へのものから自分たちが選ばれるのではないかというざわめきへと変わる。


 春人は床へと腰を下ろす。少女の顔が見れない。結局、格好付けて名乗りを上げてみたものの何の成果を得ることが出来なかった。ただ失笑を買われただけという感じに過ぎない。こんなものだよなと春人は思う。弁舌が発つわけでもないのに、状況もわからない状態で相手に口で勝つなど無理な話である。そもそも、春人が優先すべきことは家に帰ることであり、少女とどこかへ行くことが目的ではない。罪人とか言われているが、まずそこから誤解を解いていかないといけない。春人は再度自分は罪人ではなくただの日本の学生であり、日本に戻りたいと思っているだけの善良な一般市民であることを伝えることを決意する。その上で少女が行く場所にちょっと寄ってもいいかなと思っている。

 春人が再度立ち上がろうとした時ーー


「この人は罪人ではないです。だから、わたしはこの人が炎の勇者の連れ人となるべきだと思います」


 少女が口を開いた。涙に濡れていた目は既に拭われ、少し充血した目で、それでもしっかりとした凛々しい目で老人を真っ直ぐ捉えて、緊張も戸惑いも迷いも無い声色ではっきりと発言する。


「こいつは明らかに不審者だ。この時期に身元不明で、この村の入り口で倒れていた。とてもじゃないが、お前の側には置けない」


 そう老人は首を横に振る。


「検査の結果、魔力も精霊も扱うことが出来ず、とても剣を扱えるような身体でもない。そんな者を本当に間者とお思いに?」


 魔力? 精霊? と疑問が出るが春人は敢えて無視する。


「そう思わせているのかもしれない」


「この人が例え暗殺者としても、両手両足を縛った状態なら問題無いはずです。その状態で帝国まで連れていけば良いと思います。連れ人として」


 少女はそう提言する。手足を縛った状態で帝国までいくということはなにか乗るということなのだろうか。


「そんな事出来るわけがない。どう説明しろというんだ。両手両足を縛った者を。それに連れ人としてならば……あの場所まで行かなければならないのだぞ。こんな怪しい者が一緒になど無理に決まっている」


 迎えがくると最初に言っていたので、帝国側に説明する必要があるということだろう。両手両足を縛った男が同行すると言われても確かに対応に困る。それなりの説明が必要だろう。


「わたしの婚約者とでも説明します。命惜しさに逃げ出そうとした婚約者として。帝国へ行けば、ここよりも厳重な検査があるはずです。本当にこの人物が怪しいのならばそこで捕まるはずです」


 少女は老人の投げかけてくる疑念を全て返していく。正しい正しくないは別としても、勢いはとまらない。


「たとえそうだとしても、こんな怪しい奴を……この村の連れ人として扱うわけには」


 老人の苦し紛れにそう言うが、


「こんな怪しい奴しかッ!」


 少女は唐突に声を荒げる。


「こんな怪しい奴しか……わたしの連れ人として名乗り出てくれなかったんじゃないんですか」


 部屋に居る人々は黙り込む。老人も少女の本音に先程まであった威厳が剥ぎ取られる。

 少女は堪えようとしても、出てくる涙を必死に拭いながら、


「村の人はみんな友達で……仲良くて……家族みたいな人たちで、わたしは」


 一息つき、声を荒げることもなく、


「わたしはそう思っています。だから、誰も危険な目に合わせたくありません。わたしの最後のお願いです」


 そう告げた。

 老人はもう返す言葉は一つしか残されていなかった。




 両手を縛られた状態は変わらないが、先程までの圧倒的な不審者を見るような視線は無い。不快な視線や態度には変わりないが親の敵みたいな感じではなく毛嫌いというぐらいには軽減されてはいる。

 食事はあったし、風呂もあった。寝床もあの冷たい石造りの牢屋ではなく、木造部屋を用意してもらえた。流石にベッドはないものの、布団や枕など寝具一式はきちんとある。客人としての最低限、いや、本当に最低ではあるが人扱いはされていた。


 少女とはあれから話していない。そもそもあの場から彼女と会っていないのだ。翌日には会うのは確定しているのでそこまで心配する必要性もないのだが、なにぶん春人と普通に会話してくれるのが彼女しかいないので、どうしても彼女のことが気になる。

 とりあえず、春人は明日の為に用意された寝具に包まり、目を閉じることにする。


 数刻前、少女の定めに苦悩し、涙を堪える表情を思い出し、彼女との同行の先になにが待っているのかを考えた。

 よくよく周りの反応を見てみると結構危なそうなことに足を突っ込もうとしているのではないか。

 もし、危なそうならば帝国という場所に辿り着き次第、日本への帰り方を調べどうにか帰る方向へと持っていなければならない。

 帝国というくらいなのだから田舎というわけでもないだろう。空港があるはずだ。

 そう決意すると、春人は眠りに入る。枕が変わると眠れないという話をよく聞くが案外神経が図太い春人はすぐに安眠へと落ちた。



 肌寒さとともに起床する。布団を蹴飛ばしていたようで、どうりで寒いわけだと春人は布団を手元にたぐり寄せ身体に巻く。二度寝の世界に入れる程、ここに心を置けていないのでしばらく肌寒さを凌ぐと布団から出る。旅館とかの要領で一応布団は畳んでおく。八代家の、いや、日本人の気品が疑われても困るので。


「朝食はあるんだろうか」


 腹具合はそこまで求めてはいないものの、正午からここを発つとなると、栄養付ける為に朝食はしっかりと取っておきたい。


 そんなことを考えていると、ガチャと扉が開く音がする。どうやら鍵が開いたようだ。

 扉が開き、部屋の中へと入ってきたのは昨日春人を襲った男たち。一人の男が「両手を拘束する」と無表情に言うので、春人は素直に従うことにする。ここで逆らっても何のメリットもない。風呂、食事やトイレ、睡眠時は拘束を解いてくれるのだから、また朝食時は解いてくれるだろう。

 余程、少女の言葉が効いたのか不審者である春人の対応がかなり和らいでいる。春人にとってはありがたいことである。



 朝食は普通においしかった。質素ではあったが、贅沢は言うまい。食事を終え、春人はまた木造の部屋へと戻される。畳んでいた布団が消えていたので、寝ることも出来ず、人が出ることの出来ない小さな窓から外の景色を眺める他無い。景色と言っても木々が並んで、森が見えるだけなのだが。鳥や動物が見えればいいのだが、そんな都合良く見えるわけもなく数十分もすれば代わり映えのない景色に飽き、春人はゴロンと床に横になる。

 

 再度、男たちがやってきた時、当然両手を拘束され、


「もうすぐ帝国の方々がフレアを迎えにやってくる。お前もその馬車に同行する。くれぐれも失礼の無いようにしろ」


 そう言われた。失礼の無いようにと言われても両手を拘束された状態で礼儀正しくしたところで滑稽でしかないように思う。春人は頷き、とりあえずは大人しくしておこうと考える。


 連れて行かれた場所は外だった。初めて外に出れた。春人は正直「いいの? 出ていいの?」と小声で呟いていたが、実際外に出ると春人は驚きの余り立ち止まってしまう。春人を掴んでいた男が立ち止まった春人に怪訝そうに「おい」と声を掛ける。春人はその声に謝罪し愛想笑いを浮かべ歩き出す。男たちの好感度を下げてしまったかもしれないが、春人はそんなことよりも頭が一杯だった。


 水の球体が浮いていた。野球ボールぐらいの大きさの水の塊が空に浮いているのだ。手には届かない高さにあるので触れることは出来ない。本当に水なのかすら判らない。しかし、確かに液体のような球体が空に風船のように舞っている。テレビなどで無重力の世界とか水が浮いているそんな感じに似ていた。

 周りの男たちはそんな風に浮いている水の塊に何の疑問も持っていないらしく自然に振る舞っている。春人だけがこの現象に驚いているようだった。


 それだから、気付かなかった。前方から近づいてくる存在に。

 ここの村とは違う民族衣装。青と白を基調とした衣装を纏った少女に。


「その人が噂の不審者くん?」


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