18 歓迎の夕餉
廊下からフロントロビーまで来ると、女中はそのまま外に出ようとした。
「え? 外に出るんですか?」
てっきりこの旅館内に食事所があると思っていたので春人はそう言ってしまう。
「はい。防寒具の方はこちらに用意させて頂いおります。ご足労をおかけしますが、どうか私についてきてください」
女中は申し訳無さそうにする。先ほど見かけたファーの付いた上着よりも厚そうな服を他の女中が手に持って待っていた。
「わ、わかりました」
フレアはそう言って女中から防寒具を受け取ると着用し始める。
何故外に出る必要があるのだろうかと疑問に思いつつも渡された防寒具を羽織った。
外に出るとやはり中とは気温の差が激しい。雪もこんこんと降っている。このようにずっと雪が降っているのならば定期的に雪かきをしなければならないのだろうなと他人事のように春人は思う。
「うぅ……寒っ」
冷気に春人は体を震わせる。いくら防寒具を纏っているとはいえ寒いのには変わりない。
「寒いですね」
フレアは春人よりも落ち着いた様子でそう言っていた。寒いのは同じであろうに春人は自分が少しだけ情けなく感じる。
「まさかまた外に出るとはな」
春人はそう女中に聞こえない程度に呟く。まさか旅館についてゆっくり暖まれると思った途端にまた外に出るとは思いもしなかった。
「そうですね。でも、あそこは宿屋ですから。きっとちゃんとした料理店でお持て成ししたいんだと思います」
「だろうな」
町長やホテルの従業員などの気持ちを察するフレアは苦笑しつつもフォローを入れる。
春人は彼らの気持ちもわかるので愚痴りつつも同情する。
しばらく雪降る街中を歩いて高級料理店のような建物の前に止まる。
「ここです。勇者様、中へどうぞ」
そう言って女中は料理店の中へ入るよう促した。
料理店は貸切状態で豪勢な感じの店だった。
店の中には街長とホテルのオーナーがおりこちらに対して愛想良さそうな顔で頭を下げてきた。
「勇者様、お待たせしました。どうぞ、こちらの席へお座りください」
街長はそう言ってフレアを席に案内する。
「は、はい」
フレアは恐縮したように従う。
「お連れの方もこちらへ」
街長が春人たちにも告げた。
「はい」
レストラン内は貸切といった感じでかなり高級店ような造りだ。
長テーブルの席に座る。
すでに席にはエレクトラ、バーグ、ディアが着いて居た。ダンカンも居る。
街長、ホテルの支配人、春人を案内した従業員が席についた。
「えー、皆様、お疲れの中、こちらの方へと移動してもらい申し訳なく思っています。また、帝都からこちらまでの長旅大変お疲れ様です。我々、風の神殿跡地、フーロランスはあなた方を炎の勇者様一行を歓迎致します」
街長はそう挨拶をする。この街はフーロランスというか。
「皆様の旅の疲れを癒せるようにこちらに夕餉の方をご用意させていただきました」
テーブルの上には豪華な料理が並んでいる。
「どうぞ、ご堪能ください。では、乾杯の音頭を取らせていただきます。炎の勇者様の帝命の成功を祈りまして乾杯」
街長はそう言ってグラスを掲げる。
「か、乾杯」
フレアは慌てた様子でグラスを掲げた。
「乾杯」
春人は冷静にグラスを持ってそう言った。
エレクトラ、バーグ、ディアも乾杯と言う。
乾杯とって飲み物を飲む。透明な色をしていて若干苦くアルコールの味がする。春人は思わず顔をしかめる。しかし、我慢して二口目を飲む。
フレアは春人たちとは違い、オレンジジュースを飲んでいた。
テーブルの上に並んだ料理はどれも豪勢であり美味しそうだった。
「美味しい」
フレアは驚いたようにそう言った。予想外においしかったようだ。
「確かに」
用意された食事は美味しい。
フレアは食事が用意されつつも誰も着いていない席に見つめている。
春人もつられて見る。
「申し訳ございません。その席には本来、勇者様が来る予定だったのですが」
そんなフレアの視線気づいた街長はそう申し訳無さそうにフレアに向かって言った。
「え? 勇者?」
フレアは勇者という言葉に反応を示す。
「は、はい。あ、勇者様といってもフレア様のことではなく、このフーロランスに住んでいるお方です」
補足するように街長が言った。
「そ、その人は? 来ないのですか?」
フレアは若干挙動不審になりながら急かすように問いかける。
「おかしいですね。来るように言ったのですが」
困った顔をして街長が答える。
フレアはその答えにどこか深刻そうな顔をしていた。
「マイペースなのはいつものことですよ」
旅館のオーナーは呆れた顔をしていた。勇者が来なかったりすることは当たり前のことらしい。
一瞬の沈黙が流れる。
「大変失礼なのですが、フレア様、紋章の方を見せて頂いても?」
街長はフレアの顔を伺うようにそう言った。フレアが勇者であることを疑っているわけではないだろうが、それでも気になるのだろう。
「え? は、はい」
フレアは右手の甲を見せる。右の甲には以前見た炎の刺青が刻まれていた。
「おお、これが」
街長は驚いた顔をしてそれを見ていた。
「シャルロット様と同じですね」
旅館のオーナーもフレアの紋章を見てそう言った。シャルロットという名前はもう一人の勇者の名前なのだろう。
「フレア様はいつ頃、この紋章に気づかれたのです?」
街長が尋ねる。
「え、えっと、確か半年前だったと思います」
フレアは思い出すように少し考えて答えていた。
「なるほど、では、そこから帝国に知らせたというわけですね。帝都には私が親しくさせて頂いているアダムス卿やベルアート子爵がいらっしゃるのですがご存知ですかな?」
街長はそうフレアに尋ねる。
「え、えっと、その」
フレアは混乱している様子だった。
「アダムス卿なら帝都でお会いしましたよ」
エレクトラが助け舟を出した。今までの彼女からして春人は意外に思う。
「そうですか。お元気になさっていましたか?」
街長は嬉しそうに尋ねる。
「ええ。宮殿とパーティーで一緒になりましたがとてもお元気そうでした」
エレクトラは愛想良く答える。春人は驚きの表情を浮かべる。
「そうですか。彼には色々とお世話になりましてね。軍が引き上げた後もこちらに来てくださり手配してくださったのは彼でして、こうしてまだこの街に活気があるのは彼と勇者様のお陰ですね」
どうやらあのアダムスという男に街長は助けられたらしい。
「へーそうなんですね」
二人の会話が続く。春人は意外に思う。エレクトラがフレアに助け舟を出したこともそうだが、会話がうまいのも驚く。いつもは春人たちに冷たい態度を取っており取っ付きにくいので今の彼女が意外であった。
春人は無言で食事する。ふと、バーグが目に入る。バーグは旅館のオーナー、ダンカンと会話している。
孤立しているのは春人とディアだけだった。
食事が終わり、空腹が満たされて春人も満足し始めた頃、
「では、そろそろお開きしましょうか」
街長がそう言った。
「そうですね」
旅館のオーナーも同意する。
「食事大変美味しかったです」
エレクトラは側に居た白いコックコートを着たシェフにそう告げた。
「ありがとうございます」
シェフも慣れた様子で冷静にそう返す。まるで一流レストランのコックのようだった。
「わ、わたしもおいしかったです!」
フレアはそんな二人のやり取りを見て慌てた様子でそう言った。
「勇者様、ありがとうございます」
出遅れた感じではあったがシェフは笑顔でそう返していた。
「宿の方へ戻りましょうか」
フレアの微笑ましいやり取りを見守った後、旅館のオーナーがそう言った。
「そうですね」
街長もそれに同意する。
春人たちはそれに従うように席を立って店の外へと行く。
「どうもありがとうございました」
外に出る際、シェフとそれ以外の従業員が頭を下げてきた。
「こちらこそありがとうございます」
フレアは恐縮したように同じように頭を下げて返した。
外は雪が降っている。店の中では火を焚いていたので暖かったが、外は寒い。
ぞろぞろと宿の方へと向かう。
除雪された道を進む。
「いやー楽しかったですな」
街長がフレアに話しかける。
「は、はい」
フレアはいきなり話しかけれて戸惑ったように返していた。
「これから厳しい旅になるでしょう。どうか我が宿屋でゆっくりしていってくださいね」
旅館のオーナーはそう言った。
「それは、はい、こちらこそよろしくお願いしまーー」
フレアは返事を返そうとした時、唐突に地面が盛り上がる。
巨大な岩が雪道から現れ、その上に立つ少女がいる。
茶髪のツインテールの少女だ。
右手を突き出す。右手の中指に橙色に輝く指輪を嵌めていた。