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17 風の神殿跡地

 休息を取った後、再度馬車に乗り込み先へと進んでいく。

 森を抜けて雪原が見える景色へ。

 雪も強くなり、一層に寒さが増していく。


「もうすぐ着くぞ」


 しばらく雪原を進んだ頃、ダンカンがそう言った。

 皆の顔がダンカンに集中する。


「本当ですか?」


 春人が聞き返す。


「ああ、ほら、あの断崖見えるか」


 雪原の先に巨大な断崖が見える。


「え? な、なんですかあれ」


 フレアが驚くのも無理は無い。その断崖は不自然なように円を描いていたからだ。


「おお」


 近づくにつれて断崖の巨大さに春人は圧倒される。


「あれが風の神殿跡地だ」


 ダンカンは顔だけ振り返りそう告げた。




 断崖へ近づいていく中、円を描くように作られた壁の中に唯一の入り口が存在した。

 巨大なアーチ。自然に作られたと言われれば信じてしまいそうな自然な形だった。だが、こんな場所に穴が出来るとは思えずきっと人工的なものなのだろう。


「これがあの有名なアーチ。初めて見た」


 エレクトラはそう感嘆の声を上げる。あの常につまらなさそうな顔をしているエレクトラが輝いた瞳をしていた。そんなにすごいのかと春人は岩のアーチを眺める。結構な距離があり、まるでトンネルだった。火の明かりが規則的に灯してあった。定期的に火をつけているのかもしれない。

 春人のすぐ近くに居たディアも興味深そうにトンネルを眺めていた。あまり物事に関心を持っていない彼女でも流石にこの断崖とアーチには興味がそそられるようだ。


「この向こうに街があるぜ」


 ダンカンはそうエレクトラに答える。

 この先に街があることに少し信じられない。

 巨大な岩のアーチを馬車は潜り奥へと進んでいく。



 アーチを抜けると、そこには街が存在していた。

 真っ白に覆われた街。

 断崖絶壁に覆われてはいるが今だに雪は降り続けていた。


「綺麗」


 フレアはそんな街を見てそう呟いた。


「確かに……」


 春人は雪で覆われた街を見て同意する。こんな幻想的な街が現実に存在するとは。

 ダンカンはそんな二人の反応を見てどこか複雑そうな顔をしていた。この光景を凍てつく大地の影響によるものだからだろう。


「意外と人がいるのね」


 馬車は街の中を進む中、普通に人が歩いているのを見て、エレクトラは意外そうな顔をする。


「軍が退く前はもっと賑わっていたぜ。今はその残り火みたいなもんだな。それでもここで暮らしてるやつもいるし、それに」


 エレクトラの言葉にダンカンが楽しそうに答える。そして、フレアを見つつ、


「未だ勇者も健在だしな」


 そう言った。

 街を景色を眺めていたフレアはダンカンの方を見る。その目には少し動揺の色が含まれていた。


「あんたたちが泊まる宿屋は決めてある。そこに町長も居る。もう少しだ」


 ダンカンはそんなフレアの視線に気付かずバーグたちを見ながら告げた。



 馬車は街の奥へと進んでいく。街人は立ち止まり馬車を見ている。またこそこそと隣人と話している姿もあった。居心地が少し悪い。ダンカン、バーグは気にした様子はなく、エレクトラは露骨に不機嫌だった。

 馬車は大きな建物の前に止まる。この街の中ではもっとも大きな建物なのではないか。見た目は旅館という言葉が似合う建物だ。

 その旅館の前には数名の人が立って待っていた。どうやら春人たちを出迎えているようだ。

 春人たちはキャビンから降りると、初老くらいの緑の民族衣装を纏った男が周囲の人を代表するように前に出てくる。


「勇者様、お待ちしておりました。私はこの街の長を務めさせて頂いている者です」


 そう男は告げた。どうやらこの街長らしい。


「あ、ど、どうも」


 フレアは丁寧な挨拶に恐縮するように頭を下げる。


「長旅お疲れになったことでしょう。暖かなお風呂をご用意させて頂いております。どうぞ、冷えた体を温めてください」


 街長はフレアにねぎらうようにそう言って旅館の方を指し示す。


「は、はい」


 フレアはそれに頷いた。


「どうぞ、皆様も。今宵は当旅館でゆっくりしてください」


 フレアのついでというわけではないだろうが、春人たちに対してもそう労いをかけてきた。


「ささ、こちらへどうぞ、勇者様」


 街長は丁寧な感じでフレアを促した。やはり勇者という存在はこの世界ではかなり特別なものらしい。


「あ、はい」


 困惑しつつもフレアは従っていた。

 それにしてもいくら勇者と言えど、フレアは春人よりも歳下の少女だ。それにも関わらず大の大人が低姿勢で接している。異常といえる光景だった。

 フレアと街長に続くように春人たちも旅館の中へ入っていく。


 旅館の中へ入って、帝都のホテルとはまた違う高級感のあるフロントであった。言うならばこちらは和風。春人は懐かしさを覚え感慨に浸る。


「帝都ほどでないにしろ、いい感じのところね」


 エレクトラはフロントを見渡して独り言を呟く。

 エレクトラの意見に春人は同意だった。むしろ帝都のホテルよりも落ち着くかもしれない。


「皆様、長旅お疲れ様です。私ここでオーナーをさせて頂いているデールというものです。勇者一行様が旅の疲れを癒せるよう従業員一同尽力させて頂いきます。すぐに夕餉の用意をしますので、少々、お部屋の方でお寛ぎください」


 旅館の中で待機していた黒スーツを纏った男がこちらへやってくるとそう頭を下げて言ってくる。

 フレアはまたも恐縮した様子で対応をしていた。


「皆様にお部屋にご案内しろ」


 オーナーは後ろにいた従業員にそう告げる。


「はい。皆様、こちらでございます」


 女中のような人が一歩前に出ると春人たちを案内し始めた。


 エレクトラ、バーグ、ディアが案内され終え、そして、春人が案内される。


「こちらがお客様のお部屋になります」


「あ、はい。どうも」


 春人は部屋の中へと案内される。

 中は普通に春人が居たホテルの部屋と変わらないくらいの部屋の広さの部屋だった。

 見た目は和風といった雰囲気の部屋である。


「勇者様はこちらになります」


「は、はい」


 女中はそのままフレアを案内する。

 フレアは女中の後を少し行った後、立ち止まり、


「……ま、またあとで」


 振り返ってそう言った。


「え? あ、うん」


 春人はそう戸惑いながら返す。

 フレアはすぐに前を向いて女中の後を追っていく。

 春人はフレアがどんな顔をしていたかすぐに背けられてしまったのでわからなかった。

 あの時からずっと会話をしていなかったので少し戸惑った。


 用意された部屋で春人はベッドに座り込む。


「疲れた」


 ついそう口から溢れた。

 疲労が一気に押し寄せてきた。

 春人にとってここに来て休まる時など無かった。村で縛られ馬に数時間も揺られて帝都まで来て、皇帝に会い、パーティーまで参加した。そして、また出発してここまで辿り着いた。長かった。

 それでもここまで来れたのはやはりあの赤髪の少女の影響が強いであろう。

 春人が自分が異世界の住人であると話した時から少し気まずくなっている。このまま会話をしない可能性もあるのではないかと後悔し始めた時、フレアは春人に声をかけてきた。それ以来、春人は少し落ち着かなかった。

 どれくらい時間が経った頃だろうか。

 扉がノックする音が聞こえた。

 春人はビクッと顔を上げて扉の方を見る。ノックの後、なにも声が聞こえない。この宿屋の従業員ならば絶対に声をかけてくるはずだ。春人は緊張したように扉の近くまで行く。

 そして、扉を開ける。


「フレアか」


 そこには春人が予想した通りフレアが立っていた。

 赤と白の民族服を纏い、両手を前で合わせている。


「はい。ちょっと落ち着かなくて来ちゃいました」


 そうフレアは言った。春人はフレアの顔を見る。フレアと目が合うがフレアはすぐに視線を逸らした。気まずそうに両手を絡ましている。


「入りなよ」


 春人はどうすればいいかのわからずこのまま廊下にいるのも寒いだろうからそう言った。


「はい」


 フレアは返事を返すと春人に続くように部屋の中に入る。

 春人は椅子に座り、フレアにはベッドに座るよう促す。

 フレアはキョロキョロと部屋の中を見ている。


「やっぱ勇者様の部屋は豪華だった?」


「い、いえ……あまり変わらないです」


 少し動揺したフレア。春人は嘘をついているなと気づく。

 しかし、それ以上は追求しない。


「さすがに疲れたな」


 少し気まずい無言の後に春人はなんとか捻り出した。


「はい、馬車に乗ってただけですけど、それでも疲れましたね」


 フレアも同意する。実際、春人たちはなにもしていない。ただ馬車に乗っていただけだ。それでも揺れる度にお尻が痛くなるし長時間同じ姿勢でいなければならず疲労が溜まっていた。


「正直寝たい」


 フレアの事が無ければ眠っていたかもしれない。


「寝ててもいいですよ。起こします」


 フレアは少し微笑みながら言った。


「……いや、起きてる」


 フレアの甘言に春人はフレアの太もも付近を見てしまう。別に膝枕をしてくれると言っているわけでもないのに何を考えているのだろうかと春人は邪念を払ってそう言った。そもそも年上の春人が起こす方になるならまだしも同じように疲労が溜まっているであろう歳下のフレアに起こしてもらうのは流石に羞恥心を覚える。


「そうですか」


 フレアは普通に返した。春人が寝たいと言えば本当に寝かせてくれたのだろう。

 沈黙が流れる。話題を探すが思い浮かばなかった。部屋が静かになると急に体の感覚が敏感になる。寒さで体が震える。


「もしかして寒いですか?」


 それに気づいたフレアは尋ねてくる。


「ちょっとな……外よりはマシだけど」


 暖房やストーブがあった春人にとって暖房機器がないこの世界は厳しい。


「これ、羽織うといいですよ」


 フレアはそう言って部屋にあった毛服、ファーを渡してくる。


「……かなりあったかい」


 毛服を纏うと全然暖かさが違う。この寒さをどうやって乗り切っているのかと思っていたがこういう服を着てやり過ごしているのだと実感した。

 

「ケイブの毛で作られてるんです」


 フレアはそう補足した。


「ケイブって今俺たちが連れてる?」


 あのけむくじゃらの獣が春人の頭の中に浮かぶ。

 フレアは肯定するように頷いた。春人も納得するように「へー」と返す。

 沈黙が流れる。


「この街にも勇者がいるんですね」


 沈黙を破ったのはフレアだった。


「気になる?」


 同じ勇者だからかフレアは気になるようだ。


「はい……少し。帝国で風の人と会ったんですけど」


「風の勇者?」


 春人も曖昧でしかないが、あのパーティーであったエメラルドグリーンの髪の少女のことだろう。


「はい。あんまりお話出来なくて……」


 フレアは言い難くそうに言った。会うには会ったが良い印象ではないのだろう。


「フローラ様も……あ、水の勇者様です。その、わたしが勇者だとわかってお話はしたんですけど……」


 あの黒髪の女かと春人は思い出す。見透かしたような顔をした女。

 フレアもあの女にきっと見透かしたようなことを言われたのだろう。


「あの方はすごい方でわたしと違うなって……」


 同じ勇者であるのに様付けをしている時点でフレアにとって遠い存在なのだろう。ずっと他の村民と同じように崇めていた存在と同じ勇者であると言われても実感なんて湧くはずがない。帝都では勇者としての扱いを受けているが村では勇者だとわかっても普通な扱いではあった。フレアにとってそれが良かったのか悪かったのかはわからないが。


「だから、他の勇者はどうなんだろうって思ったんです」


 自分と同じ境遇の存在が気になるんだろう。


 コンコン。部屋をノックする音が聞こえた。


「はい」


 春人は扉の近くまで行き扉を開ける。

 扉を開けると女中が立っていた。両手を前で合わせてお辞儀をして、


「お寛ぎの中申し訳ありません。夕食の支度が整いましたのでお知らせに参りました」


 そう言った。


「あ、そうなんですか」


 夕食の準備が整ったようだ。眠気覚ましに風呂に入ろうかとも迷っていたが夕食まであまり時間が無さそうだったのでやめていたが正解だったようだ。


「はい。それとお聞きしたいのですが、勇者様のお姿が部屋になかったのですが、なにか存じてないでしょうか?」


 どうやらフレアの部屋に先に尋ねたらしい。


「フレアなら」


 春人は振り返りながらフレアの姿を探す。


「あ、その、ここに居ます」


 部屋の中で話を聞いていたであろうフレアが返事をする。


「こちらにおいででしたか。夕食の支度が整いましたので、ご案内させていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」


 女中は少しほっとしたような顔をする。フレアの姿が見当たらず焦っていたのかもしれない。


「は、はい。それはいいですけど」


 女中の問いにフレアは頷いた。


「ありがとうございます。では、こちらへ」


 女中はまた丁寧に頭を下げると春人たちを案内しようと手で指し示す。

 春人とフレアは出かける支度をする。


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