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15 関門

 ダンカンを待っている間、テーブル席は沈黙が漂っていた。

 誰も喋る気配がなく、フレアだけは口を開こうか迷っている様子だった。話題がないのか、またはすげなくされるのが怖いのか結局口を閉じることにしたようだ。

 無言に耐えきれず早くダンカンの帰還を求めていると、こちらを見つめる男がいた。

 服装は行商人という風貌で若干細い印象を受ける男だった。

 なにか物珍しいという感じで見ているようにも見えるが、それだけではなく興味深そうにじっと見つめていた。

 居心地が悪い。目が合わないように視線を逸らしていたが、エレクトラが行商人の視線に気づき、キッと睨んだ。まるでゴミを見るような目つきだった。

 当然、行商人はビクついたようにすぐに視線を逸らしていた。最初からこちらを見ていなかったような素振りでジョッキを口元に運んでいた。しばらくエレクトラが睨んでいたが、こちらを見る様子がないとわかるとエレクトラは溜息をついて睨むのをやめた。


「おう、待たせたな。あいよ」


 丁度、その時ダンカンが戻ってきた。両手には赤紫色をした果実の飲み物入ったジョッキを持っている。

 それをフレアと春人の前に置く。


「じゃ、乾杯といきますか。ほら、バーグさん」


 ジョッキを掲げて、ダンカンは乗り気でないバーグを促しジョッキをぶつけ合う。春人たちもダンカンに促されるようにぶつける。


「っぱー、うめー。やっぱ酒は最高だぜ」


 バーグはジョッキの半分くらいを飲み干すとそう唸った。

 バーグとエレクトラは黙々と酒を飲んでいた。ディアは想像通りジョッキを両手で持ちチビチビと飲んでいる。

 フレアも上品に両手で持ちながら果実ジュースを飲んでいた。


「よお、ダンカンだよな?」


 唐突に背後から声が聞こえて驚いた。振り返るとそこには先程こちらを見ていた行商人が立っていた。


「おお、ガレスじゃねーか。久しぶりだな」


 どうやらダンカンと知り合いだったようだ。だからこちらを見ていたのかもしれない。

 エレクトラは嫌そうな顔をしていた。


「だな。お前最近姿見せねーから死んだんじゃねーかって心配したんだぞ」


 ガレスと呼ばれた行商人はそうダンカンに笑いかける。


「ははは。まぁ、最近は帝都に入り浸りだったからな」


 ダンカンはそう笑い返していた。


「で、そこの品が良さそうなやつらはその帝都での知り合いか?」


 ガレスはそう春人たちを見ながらダンカンに尋ねる。


「まぁ、そんなところだな」


 ダンカンは無難にそう答えた。

 胡散臭そうな顔でエレクトラはガレスを睨む。先程こちらを好奇の目で見ていたからかエレクトラはガレスに良い印象を持っていないようだった。


「おいおい、ダンカン、さっきからその姉ちゃん怖いんだが」


 ガレスはそんなエレクトラの射抜くような視線に怯みながらダンカンに縋る。


「これは俺に対してもそうだ。まぁ、嬢ちゃんの洗礼みたいなもんだ」


 ダンカンはそんな二人のやり取りを見てニヤリとして答える。


「嬢ちゃんじゃないって言ってるでしょ」


 エレクトラはガレスからダンカンに鋭い視線を移し不満をぶつける。


「ほらな」


 ダンカンはガレスに笑いかける。


「ははは、まぁ、俺はガレス。ダンカンとは長年の付き合いだ。よろしく」


 ガレスは苦笑しながらも春人たちの方を向いて自己紹介をしてくる。

 エレクトラはふいと視線を逸らし、バーグは顔を向けているものの返事を返すつもりはないようだ。ディアはビクビクとして視線を逸らしている。男相手だからだろうか。


「あはは、あんま歓迎されてないみたいだな」


 それぞれの反応を見てガレスは苦笑いを浮かべる。


「そ、そんなこと。こちらこそよろしくお願いします」


 ガレスの反応にフレアは慌ててそう頭を下げる。ガレスはそれに「どうも」会釈を返していた。


「まぁ、気にすんな。俺に対しても大体いつもこんな感じだ」


 ダンカンはそうフォローを入れた。

 

「そ、そうなのか」


 ガレスはダンカンの返しに戸惑っているようだ。


「それより、お前、風の神殿跡地で行商してたよな」


 ダンカンは話を切り替えるようにそう問いかける。


「ああ、してたぜ」


 ガレスは肯定する。


「そっちで凍てつく大地の噂を聞いていないか?」


 ダンカンはそう尋ねる。


「凍てつく大地って。そんなこと聞いてどうすんだ?」


 ガレスは凍てつく大地という単語に引っかかったのか怪訝そうな顔する。


「炎の勇者が選ばれたって話は聞いたか?」


 ダンカンは神妙な顔になってそう言う。


「そりゃあ、聞いてる。って、まさか」


 すぐにガレスは肯定した。そして、怪訝そうな顔をしていたがダンカンの神妙な顔に気づいたのか、驚きの表情を浮かべる。


「ああ、ここにいる奴らがそうだ」


 ダンカンはそう春人たちを顎で指しながら言った。


「……ちょっと」


 エレクトラが非難するような目でダンカンを見る。ダンカンはどうやら春人たちの正体をバラしたようだ。良いのだろうかと思っていたらやはりエレクトラが非難していた。そして、バーグも快く思っていないのか眉間に皺が寄っていた。フレアも少し動揺しているのかそわそわしている。


「安心しろ。こいつは吹聴なんてしねーよ」


 ダンカンはエレクトラを往なした。


「は、はは。マジかよ」


 ガレスは引きつった顔をしながらキョロキョロと視線を彷徨わせている。どうやら誰が勇者か見極めているようだった。


「勇者はこの赤髪の子だ」


 察したダンカンがそうフレアを指し示す。

 指を指されたフレアは強張った表情になりならがも覚悟を決めたようにガレスから視線を逸らさない。


「あ、そ、そうなのか。えっと、勇者様、お初にお目にかかります」


 ガレスはまさかフレアが炎の勇者だとは思わなかったのか少し困惑した表情を浮かべてフレアに恭しく挨拶をした。

 この世界の人間は勇者に対しては畏怖を覚えているのか誰もがフレアを勇者だと知る低姿勢になる。

 フレアという人物を知る春人にとって勇者というだけで態度を急変する彼らが不思議でならない。


「こ、こちらこそ初めまして」


 フレアも仰々しく挨拶された所為か恐縮したように挨拶を返す。


「あまりそういう態度で接してくるのはやめてほしいのだけど。隠してるのがバレるでしょ」


 エレクトラは不満げにフレアに対して低姿勢になっているガレスを睨んだ。

 エレクトラはフレアを勇者と知っても態度を変えないので余計にガレスの態度が気にくわないのかもしれない。よくよく考えるとフレアを勇者と知っても変わらないのはディアを除いてここにいる人全員ではないかと春人は気づいた。ガレスが普通の人の感性だと考えるとやはりこのメンバーは変わり者だらけなのだと実感した。


「あ、ああ、すまない」


 ガレスはそうエレクトラに謝罪する。


「それで、凍てつく大地の話は?」


 バーグは話の方向を修正するように問いかける。


「ガレス、話してくれ」


 ダンカンも促した。


「ああ、わかった。話す。まず、風の神殿跡地だが、この先進めばわかるが雪が降ってくる。風の神殿跡地も凍てつく大地の影響か雪が積もっている状態だ」


 肌寒さを感じ始めてはいたが、この先は雪が降っているのか。春人たちの目的地は完全に雪が積もっている状況らしい。


「そろそろ防寒対策はした方がいいって感じか?」


 ダンカンはそう尋ねる。


「そうだな。雪道になるのは確かだ。ダンカン、凍てつく大地の影響はすごいぞ。お前がいなかった時期でかなりの寒さになっている。もう少し行った辺りで実感するだろう。ここを出て風の神殿跡地に行くつもりなら防寒対策はした方が身のためだ」


 ガレスは肯定した後、そう仰々しくそう言った。


「ここは良い区切り地点ってことだな」


 いつもの陽気なダンカンとは違い、真剣な表情を浮かべ顎に手を当てて考えている。


「まぁ、そうだな」


「せ、精霊の加護は……」


 ガレスが頷いた後、ずっと存在感を消していたディアが遠慮しがちな小さな声で言う。


「まだ必要ないでしょ。普通の人が行き来している場所なのだから」


 それを聞いてガレスがなにか答えようとする前にエレクトラがピシャリと切り捨てた。


「そ、そうですね」


 ディアは恐縮したようにそう呟きまた存在感を消した。


「えっと」


 微妙な空気が流れてガレスは皆の顔を伺う。


「話を続けていいぞ」


 ダンカンはそう先を促した。


「まぁ、風の神殿跡地で聞いた話だが、凍てつく大地って呼ばれるものは人が生きていける場所じゃないって話だ」


「それで?」


「そうだな。凍てつく大地との境目を境界線と呼んでいるらしい」


「そこまで知っているわね」


 エレクトラがそう口を挟む。


「え? そ、そうか。じゃあ、魔物がいるってことは知っているか?」


「知っている」


 バーグが答える。


「……第一関門、第二関門まで知っているか」


 ガレスは何も知らないと思っていたのか少し焦った顔をしていた。


「なにその第一関門、第二関門って」


 エレクトラが問いかける。


「風の神殿跡地でそういう風に聞いたことがある」


 ガレスはそう答える。


「ふーん」


「じゃあ、第三関門は知らねーだろ? 第三関門、氷のゴーレム」


 ガレスはとっておきと言わんばかりにそう言った。流石にこれを知っていたら質問された意味が無い。

 ガレスの言葉に反応したのはバーグだった。

 動揺した様子でガレスの顔を食い入るように見ていた。どうしたのだろうかと春人は怪訝に見るがバーグは視線に気づく様子はなく挙動不審であった。


「氷のゴーレム?」


 エレクトラは訝しんだ顔をする。


「ああ、土のゴーレムってのは知っているよな? それの氷版らしい。ただ普通のゴーレムとは大違いにかなり巨大って話だけどな」


 ガレスは答える。


「それは……本当か?」


 ガレスに尋ねるバーグ。その目は真剣そのものだった。


「え? あ、ああ、聞いた話だけど」


 気迫に押されて引き気味に答えるガレス。


「そいつは……どこで出るかわかるか?」


 バーグは更に追求する。


「どこって……」


 唐突な質問にガレスは口ごもる。


「知らないのか?」


 前のめりに問い詰めるバーグ。


「お、おい、あんた、ちょっと」


 バーグの異変に脅威を感じたのかガレスは体を後ろに下げてそう言った。


「バーグさん、落ち着いてくれ」


 流石におかしいと思ったのかダンカンがバーグを嗜める。

 バーグも自分の行動に気づいたのか静かに自分の席に座った。

 ガレスは安堵の溜息をつくと、


「まぁ、どこかっていうと、大地の神殿跡地で出るって話は聞いたな。まぁ、本当かどうか知らないぞ。凍てつく大地自体、人が立入れる場所じゃないって話だから。ただの与太話かもしれない」


 そう答えた。


「まぁ、おかしな話だよな。人が立入れることが出来ないっつーのに、魔物が出るなんてなんでわかるんだ?」


 ダンカンが怪訝そうな顔をする。確かに人が入ることが出来ないとされる凍てつく大地になぜ魔物が出るなどとわかるのか。


「さぁ。でも、風の神殿跡地にいる勇者様からの話らしいから、完全なデタラメとも言い切れないぞ」


 ダンカンの問いにガレスはそう言った。

 勇者という言葉に思わずフレアの顔を見てしまう。


「勇者……」


 フレアもその言葉に惹かれているのかそう呟いてなにか思案する顔をしていた。

 勇者という存在はこの世界ではかなり重要な存在らしい。勇者の話というだけで信憑性があがるのだから。


「おっと、そろそろお暇させてもらうよ。俺が知っている話もこれくらいしかないしな。みなさん、先に休ませてもらう」


 ガレスはそう言って席から立ち上がる。それなりに長話になってしまった。


「ガレス、またな」


 ダンカンはそう手を挙げた。


「おう、またな。勇者様、では、失礼させていただきます」


 ガレスも応えるように手をあげると、フレアの方を向いて礼儀正しく頭を下げた。


「は、はい。今日はありがとうございます」


 フレアは恐縮したようにぺこりと頭を下げて感謝を述べる。


「いえ」


 そう微笑んでガレスは去って行く。

 エレクトラは清々したと言わんばかりに鼻を鳴らす。ディアはほっとした様子だ。

 ダンカンはこの面子にやれやれといった様子で肩をすくめている。

 バーグは未だ深刻そうに考え込んでいた。



 酒場から別れてそれぞれの部屋へと向かう春人たち。

 春人とフレアは当然同じ部屋である。

 気にしないふりをしつつも春人はフレアと二人部屋ということを意識していた。

 一人部屋に無理矢理ベッドを二つ入れたような部屋に不満を持っていたが、今は別の意味でそわそわしていた。

 着替えを済まして火を消してベッドに入る春人とフレア。

 春人は緊張して眠れない。完全に目が冴えていた。


「春人さん、起きてます?」


 そんな時、暗闇からフレアの声が聞こえた。


「え? あ、ああ、起きてるよ」


 春人は冷静を装いながらそう答えた。


「この先、雪が降っているらしいですね」


 フレアはそう話を続ける。どうやら眠れないのは春人だけではないようだ。


「らしいな」


 春人はそう応える。


「きっと寒いんでしょうね」


 何の色気の無い会話。きっとフレアは不安なのだろう。異性と二人部屋と意識していた自分が恥ずかしくなってくる。


「寒さだけじゃなくて、魔物が出てくるって話ですし、危険も一杯なんでしょうね」


「……だろうな」


 この先、春人にとっては未知数な世界だ。魔物という存在。春人の世界ではそんな生物は存在しない。


「きっと辛い旅になります」


 暗闇のためフレアの顔は見えないがきっと表情は強張っているだろう。


「……うん」


 春人は頷く。


「春人さん……もし」


「明日も早いだろうからさ、早く寝よう。まだまだ長旅になるんだしさ」


 春人はそう言ってフレアの言葉を遮った。


「……はい。おやすみなさい。春人さん」


 フレアは一瞬沈黙したが、すぐにそう返してきた。


「うん、おやすみ」


 フレアがなにを言おうとしているのかなんとなくわかる。

 それでも春人は確かめなければならない。

 氷の神殿にあるという異界への扉。

 春人が唯一の希望。

 そこへ向かうために。




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