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14 食事場

 春人たちは一旦部屋へ荷物を置いた後、夕食を取る為に食事場に集まることになっていた。

 この建物は帝都のホテルとは違い、複雑な造りではないのですぐに場所はわかった。

 お洒落という言葉とは程遠い内装であるが、春人の印象では個人がやっているラーメン屋のような内装だった。ラーメン屋ほど狭くはなくそれなりの広さはある。

 食事場の入り口にはダンカンたちの姿はない。待ち合わせはこの食事場というだけであって明確な場所指定はしていなかったのですでに中に入っているのかもしれない。春人たちが入り口で戸惑っていると、


「おい、ここだ」


 知っている男の声がした。食事場の隅の方に見知った顔が並んでいる。 


「あ、ダンカンさん」


 フレアは手を上げているダンカンの姿を発見してそう嬉しそうにその席へと向かう。

 バーグはすでに席に座っていた。そして、エレクトラ、ディアももいる。三人とも無言で居心地は最高に悪そうであった。


「注文はなににする? メニューはあそこな」


 ダンカンは顔で壁に掛けられたメニューを指す。

 春人は居酒屋かと思った。


「え、えっと、みなさんはもう頼んだんですか?」


 フレアは用意された席に着きながら問いかける。春人もフレアの隣に座る。


「おう、頼んだぜ」


 フレアの問いにダンカンは答えた。


「あ、そうなんですか、えっと、なににします? 春人さん」


 フレアは壁メニューを見つつ、春人に尋ねる。

 春人はフレアに聞かれ、壁に貼られたメニューを見るが、閉口してしまう。

 なんて書いているか読めない。メニューに書かれた文字は日本語ではなかった。

 薄々は気づいていた。帝都に居た時などで見かける見たこともない模様のような文字列。看板などに書かれたそれを見かけてただの変な模様かなどと流石に春人も能天気ではない。気づいていたが、気づいていないフリをしてきた。これまで支障はなかったからだ。

 だが、今はそうは言っていられないようだ。

 話す言葉は日本語で喋れても文字は日本語ではない。春人にとっては読めない文字だった。

 躊躇いはある。ここで文字が読めないと言えば不審がられるのは間違いない。しかし、言うしかないだろう。この先、同じような出来事に遭遇した際、誤魔化しきれる自信はない。


「その、読めない」


 春人はメニューをじっと見つめた後、そう白状した。


「え?」


 フレアは聞き返してくる。春人の言った言葉の意味が理解出来ないのだろう。


「……文字読めないんだよ」


 改めて答える春人。なんだか居たたまれなくなる。


「あ……そ、そうなんですか」


 フレアは一瞬戸惑いつつも気を使うようにそう言った。


「おいおい、マジかよ。にいちゃん、文字読めないのか?」


 ダンカンは驚くようにそう尋ねてくる。


「……あ、はい」


 春人は気まずくなりながら答える。この世界の人間ではないのだから気にする必要性はないのだが、彼らのどこか哀れみじみた視線に理不尽さを覚える。

 エレクトラは蔑みを通り越して引き気味の顔をしていた。ディアも驚きの表情を浮かべている。バーグは表情に出してはいないがこちらをじっと見ている。


「いやー見た目お坊ちゃんって也だから学はあるもんだと思ってたが、意外だなー」


 ダンカンは笑いながらそう言った。嘲笑うというより、他の皆の反応があまりもドン引きの反応だったからか笑いに持っていこうとしているように見えた。


「わ、わたしが読みますよ!」


 フレアはそう慌ててフォローしようとしてくれる。春人は気を使って貰って居心地の悪さを覚えた。

 フレアに読んでもらい頼むメニューを決めた。メニューの内容がイマイチわからなかったが、フレアに聞きつつ無難なものを頼む春人。

 しばらくして運ばれてくる。

 料理は肉と野菜炒めのようなものだった。春人はそれを口に入れる。


「……微妙」


 春人はそうつぶやく。


「味濃いわね。まずいわ」


 同じように食したであろうエレクトラがそう正直に告げた。確かに味が濃すぎる。

 しかし、エレクトラはあまりに身も蓋もない。


「……こ、濃いかもしれませんけど、ま、まずくはないと」


 店員に聞かれてないかハラハラした様子でそうフォローを入れた。


「あははは、嬢ちゃんは正直だなぁ!」


 ダンカンはエレクトラの発言がツボに入ったのか笑う。


「嬢ちゃんはやめて」


 エレクトラはダンカンの呼び方に嫌そうな顔をしてそう言った。


「確かに濃い。だが、これくらいが酒に合う」


 ダンカンはエレクトラを無視してジョッキのビールを飲みつつ、飯を食べて、


「まぁ、ここの料理はまずいけどな、はははは」


 そう笑った。

 春人は不味いのかよと飽きられる。フレアは更にハラハラした様子で周りを見渡していた。

 夕食はまずいが一応すべて食べた。


 食事が終わり、食事処から少し離れた場所に酒場があった。

 なぜか食事処とは別の場所にあるのだろうと春人は思いつつ、その酒場を覗く。

 食事処よりかは狭そうな場所である。

 

「あそこじゃあんま良い酒は飲めないけど、ここなら結構飲めるんだぜ」


 ダンカンは親指で酒場を指しながらにかっと笑う。


「明日出発だってわかっているんでしょうね?」


 エレクトラは呆れた顔でダンカンを見る。


「あんま固いこと無しで頼むよ。嬢ちゃん」


 ダンカンはエレクトラをそう軽くいなす。


「だから嬢ちゃんはやめて」


 不満そうな顔をするエレクトラ。


「ほら、勇者様もきたきた」


 ダンカンは少し離れて春人の横に立っているフレアを手招きする。


「わ、わたしは未成年なので」


 フレアは両手を前に出して遠慮するようにそう言った。


「ジュースもあるから大丈夫だって。にいちゃんも良いだろ?」


 ダンカンはそう言って、春人に同意を求めてくる。


「は、はぁ」


 戸惑いつつも頷く春人。こういう押しに弱い。春人も元の世界では一応未成年なので酒は飲めない。ジュースがあるならいいかなとつい頷いてしまった。


「バーグさんも。ここは行商人が行き交う場所だから良いのが入るんだよ」


 ダンカンはバーグの肩をぽんと乗せる。

 歯向かうだけ無駄と思っているのかバーグは諦め気味にダンカンに従う。春人も懸命な判断だと思った。性格のきついエレクトラすら頭を抱えている人なのだ。素直に従っていた方がまだ消耗しないだろう。

 ディアは特に嫌そうな顔もしておらず皆に従う様子だった。ふと目が合うがすぐに逸らされる。なんだかなと春人は思いつつ、ダンカンたちの後に続く。


 春人たちは酒場の中へ入り、そして、空いていたテーブル席に着いた。

 春人は酒場を見渡して、


「……旅人酒場って感じだな」


「そうですね」


 春人の引きつった言葉にフレアが答えた。

 食事場と違い、更に雑な感じの場所だった。

 旅人の風貌の男たちが酒を飲んで談笑している。

 食事場のような明確な店の人が存在するのではないらしく、行商人が仕入れた酒を販売し合っているらしい。

 カウンターの方でダンカンが酒やその他を注文している様子。


「ほらよっと」


 ダンカンはカウンターから戻ってくると酒をテーブルの上にドンと置く。


「トゥルーエッグ。20年ものだ」


 誇らしげな顔で腕を組む。春人にはイマイチ良さはわからない。フレアも同じなのか不思議そうな顔をしている。


「へー……」


 そんな春人たちとは違い、その酒の凄さがわかるのか、エレクトラが少し感心したような声を出した。


「まぁ、これは後から楽しみとして。とりあえずビールにするか」


 ダンカンはビールの入ったジョッキをあげてそう言った。トゥルーエッグと一緒に買ってきたようだ。


「はぁ……良いお酒が台無しになると思うけど」


 エレクトラはため息をついてそう言った。


「質も大切だが、量も大事だ。なぁ、バーグさん」


 エレクトラに返答しつつバーグに同意を求めるダンカン。


「……そうだな」


 振られたバーグはどうでもよさそうにそう答えた。


「んじゃ、勇者様のジュースを取ってこようかね」


 ダンカンはバーグの答えに満足そうな顔をした後、立ち上がりそう言った。


「じ、自分で取りに行きます」


 フレアは慌てたようにそう言った。


「良いって良いって、取りに行くって。にいちゃんはビールでいいのかい?」


 ダンカンは立ち上がろうとするフレアを制して、春人に問いかける。

 気軽にビールでいいのかと問われ一瞬頷きかけたが当然春人は未成年なので飲めない。この世界ではどうかは知らないが春人の世界からすればまだ春人は未成年に当たる。


「え? いや俺もジュースで」


「ったくノリが悪いなぁ」


 春人の答えにダンカンはつまらなさそうな顔をしてジュースを取りに行く。

 大学などの新歓コンパではこういうノリなのかもしれないと春人は思った。



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