13 宿屋
しばらくして入り口に髭面の大男の姿が現れた。
「おお、すまねぇな。待ったか」
ダンカンはこちらに気づくとこっちにやってきてそう言った。
「待ったわ」
エレクトラは憮然とした顔でそう答えた。
容赦ないエレクトラの態度に春人は唖然としてしまった。
こういう場合嘘でも待っていないと言うものだろう。
「そりゃあ、すまん」
ダンカンはあまり悪びれた様子もなくそう答えた。
エレクトラの態度もそうだがダンカンの態度も態度なので春人はなんとも言えない顔になった。
「えっと、受付は……?」
済ましたか? という顔でバーグを見た。
「済ませた」
バーグは淡々と答えた。
「はは、すまねぇ。本来俺がやるべきことなんだが」
ダンカンは申し訳さなげにバーグに笑いかける。
バーグは気にした様子もなく、
「いい。ただ六つ部屋を取ろうとしたが三つしか取れなかった」
表情を変えずそう返した。
「六つは無理だ」
バーグの答えを聞いたダンカンは笑う。
「ここは結構利用者が多いからな。三つ取れれば上等上等」
そうダンカンは腕を組んで頷いた。
「そもそも風の神殿跡地まで案内役のあなたが事前に予約を取るべきじゃないの?」
ダンカンの笑う姿に不快に思ったのか不満げにエレクトラはそう指摘する。正論だが、言い方がきつい。
「耳が痛い。ここは予約が取れねぇんだよ。利用者が多いからな。予約取っていたらキリがないしな」
ダンカンはエレクトラの鋭いツッコミに苦々しい顔をしつつそう答えた。
「こっちは皇帝陛下の勅命で来てるのよ」
ダンカンの答えを聞いても依然と不満げにそう言うエレクトラ。確かにエレクトラの言い分は正しい。こちらは皇帝陛下の命を受けてきているのだ。普通なら特別に待遇を受けてもおかしくはない。予約くらいしても罰は当たらないだろう。
「そりゃそうだが、あんま注目されるものどうかと思ってよ。この辺はお行儀のいい奴らばかりじゃねーからな」
ダンカンは困った顔をしてそう答えた。
春人は先ほどの行商人や旅人の姿を思い出す。柄が悪いとは言わないが帝都で見かけたような商人とは若干違うように見えた。
エレクトラはなにか言いたげだが、一理あると思ったのか口を閉じる。
「んで、部屋割りは?」
ダンカンは切り替える為かもしくは話を蒸し返されないようにする為かそうバーグに問いかける。
「あんたが来るまで待っていた」
バーグはそう答えた。
「はは、そりゃあんがとよ。えっと、三つだから二人づつに分かれるって感じか。希望とかあるか?」
ダンカンは少し嬉しそうに礼を言うと、皆の顔を見渡しながら尋ねる。
しかし、誰も答えない。
ダンカンはそんな反応に苦笑しつつ、
「まぁ、とりあえず男女で別れた方が無難ではあるか。でも、一組は男女に一緒になっちまうな」
そう言った。
当然、男女で別れるべきだろう。だが、どうしても人組は男女になってしまう。春人は組み分けをどうするのだろうかと少し緊張した面持ちで静観していると、
「だったら、この二人でいいじゃない」
エレクトラはフレアと春人を示した。
「え?」
春人はいきなり自分を指さされ戸惑いそう反応した。フレアも戸惑っている様子だった。
「ふたりは婚約者なんでしょ?」
一瞬の沈黙。フレアと春人は固まってしまった。
「そ、そうですね。えっとわたしと春人さんが一緒の部屋で。こ、婚約者ですし。ね? 春人さん」
フレアは慌てて反応する。そして、春人に同意を求めた。
春人の伺う顔は少し赤くなっており、恥ずかしいと感情がこっちにも伝わってきた。
「あ……そ、そうだな。うん」
春人はそう頷くしかなかった。戸惑いと若干の高揚感でうまい返しが思い浮かばなかった。
「初々しいなぁ」
そんな春人たちを見てダンカンはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「は、はは、へへ」
フレアは誤魔化すように笑っていた。
春人はなんとも言えない顔をするしかなかった。
「んじゃ、そういう感じで分けますか。バーグさん、よろしく頼む」
ダンカンはからかった後にバーグの方を見てにかっと笑う。
「……ああ」
バーグはあまり嬉しそうではない。陽気なダンカンに若干うんざりしているようだ。
男と女の一組、春人とフレアが決まったのだ。必然的に男女の二人組が出来上がる。
「よ、よろしくお願いします」
二人の応酬を見た後、おどおどした様子でディアがエレクトラの顔を伺う。
「……よろしく」
そんなディアにエレクトラは素っ気なくそう返した。
この二人組の中で一番心配なのはこのふたりだろう。性格的に水と油。全く合いそうにない二人だ。
何事もなければいいが。
フロントで別れ、それぞれの部屋へと向かった。
春人とフレアは自分たちの泊まる部屋を見つけ、その中へと入る。
「やっぱり狭いですね」
部屋に入り、その中を一通り眺めてフレアは苦笑する。
「うーん、あそこと比べるとな」
帝都の高級ホテルの部屋と比べると段違いであり、比べるのすらおこがましい。
まず広さが違う。帝都のホテルは落ち着かなくなるような広さの部屋に、風呂や暖炉など完備され、小さなバーがあるくらいの贅沢な造りであった。一方、この部屋といえば狭い一人部屋に無理矢理二つのベッドを入れたような感じで、壁紙は薄汚れ黄ばんでおり、ところどころ剥がれている。また床は歩く場所によっては変な音がして安心出来ない。ベッドもくたびれており寝心地が悪そうである。流石に洗濯はしてあるだろうが、布団もどこか古臭い。歴然と差というものを肌で春人は感じた。
「夕食って六時くらいって言ってましたよね?」
掛け時計を見つつフレアはそう確認してくる。
「って言っていたな。まだ時間はあるし、ゆっくりしよう」
春人は「つかれたー」と愚痴を漏らしつつベッドに倒れこむ。若干のカビ臭さを感じて顔をしかめる。
フレアももう一つのベッドに座った。少し肩の荷がおりたのかホッと息をついていた。
「正直……春人さんと同じ部屋で良かったです」
そして、フレアは何気なくそう言った。
「え?」
春人は布団に埋めていた顔を上げてフレアの方を見る。
「……あ、そ、そういう意味じゃないですからね! えとえと、その、他の人でなくて春人さんで良かったというか」
フレアは春人の方を見て、自分がなにを口走ったのかを知り慌てて言い繕う。
「ああ、うん」
春人は安堵した。そんな気はしていた。フレアの性格から考えてあのような発言を今のような平然とした表情で言えるとは思えなかったからだ。安堵はしたが、少しだけへこむ自分が居ることに春人は気づいていた。
「なんていうか、まだみなさんと仲良く出来てないですし。その、春人さんと同じに部屋になるって言われて正直安堵してしまった自分がいるんです。そんなじゃダメだってわかっているんですけどね。こういう時こそ他の人と仲良くなるチャンスだっていうのに」
そう気を落としたようにフレアは俯く。フレアはそこまで考えていたのか。
「そんな気にすることないんじゃない?」
春人は本気でそう思う。春人自身、フレア以外と仲良くしようと思っていない。面倒くさいという気持ちもあるが、向こうも仲良くしようという意思を感じない以上、あまり干渉しない方がお互いの為だと思う。日本人お得意の表面上の付き合いをすればいいと思っている。
「……これからもっと長く一緒に旅することになるわけですし、やっぱり仲良くならないといけないと思うんです。わたしはしたいと思っています」
しかし、フレアは春人の思惑とは別に彼らとの交流を深めようとするつもりらしい。
「ふーん……まぁ、うん、徐々にって感じで仲良くなっていけばいいじゃない?」
フレアとの温度差に春人はそう曖昧に返すしかない。空回りするのが目に見えているがそこまで言うほど干渉するのもどうかと思うのであまり火傷しない程度に見守るほかないだろう。
「はい……頑張ります」
フレアは軽く意気込むようにそう呟いた。