12 道中
がたんという馬車の揺れで意識が呼び起こされた。春人は霞んだ視界を瞬きをして鮮明にする。木造の馬車に電車のように横に長椅子があり春人は左側に座っていた。隣を見ると赤髪の少女が外を眺めていた。赤と白を基調とした民族衣装を纏っている。赤髪が風に靡き、春人よりも幼い彼女が物憂げに景色を見つめる瞳はどこか惹かれるものがあった。
絵になるような姿に見惚れていると正面から視線を感じてそちらの方を見る。そこにはミディアムの美しい金色の髪を持った女性が居た。春人よりも少し年上ぐらいの彼女は春人をじっと見つめていた。髪と同じような金色の瞳は呆れの色が映っており、不機嫌そうな顔で人差し指で自らの口元を指し示す。一瞬、小さな唇に目を奪われたが春人は自分の口元の異変に気付いた。どうやら涎が垂れていたようだった。春人は慌てて袖で拭うと、エレクトラのため息を吐く素振りが映った。そして、向けられた目にはよく眠られるわねと非難するものが含まれていた。
「ダンカンさん、後どれくらいですかね?」
罰が悪くなった春人は誤魔化すように御者台で馬の手綱引いているダンカンに尋ねた。行商人らしいそれなり清潔感のある服装とは裏腹に髭面で恰幅の良さは肉体労働者を思わせる。顔だけ振り返るダンカンはこちらが勇者一行と知っているにも関わらずそれらを気にした様子もなく気兼ねない態度をしている。エレクトラはそれが気にくわないようだが、春人からしたら丁寧すぎるのも気を使うのでこれくらいが丁度良いと感じていた。
「んー、まぁ、すぐに着くとはいかないな。なんだ? ションベンか? だったら止まってやるから、その辺でしてきな」
あまりに気を使わないのもどうかと思う。フレアやエレクトラ、ディアの居るまで言い方があるだろう。
「ち、違います。どれくらいで着くのか気になっただけで」
春人は慌てて否定し、自分の思惑を伝える。
「安心しな。まだまだ着かねーよ。大荷物の上にケイブまで居るんだ。あんま飛ばせねーよ」
ダンカンの視線は荷馬車の後ろの毛むくじゃらの獣に向けられる。春人も自然と視線が釣られてケイブの方を見る。大柄のケイブはとてもじゃないが先導している馬のような機動性があるようには見えない。バレット宰相が言っていたように荷運びには最適なのか後ろに引いている大荷物を積んだ荷馬車をやすやす引いている。
馬のように操縦している者はおらずこちらの荷台にケイブが繋がられているだけだ。こちらの台車を引っ張ることもなく大人しく付いてきていることから頭は良いのだろう。
ゆったりと足取りでついてきているケイブと戯れている存在がいる。グレーのローブを纏い、脱いだフードからショートカットの水色の髪が風で靡いている。黄色の瞳は優しげに細められており、手には干し草のようなものが握られている。それをケイブの口元に持っていっていき、ケイブは慣れたようにその干し草を頬張っていた。
春人たちには見せない穏やかな笑顔だった。一瞬見惚れていたが、すぐにダンカンの方を向く。
「今日中には着きますか?」
「着こうと思えば着けるさ。暗闇の中、山賊を警戒しながらになるけどな。途中に宿がある。そこで一時休憩だ。こいつやケイブも休ませてやらないと機嫌が悪くなるからな」
ダンカンは手前に居る馬の頭を優しく撫でる。
「まぁ、あんたらが昨日泊まったような豪華な宿じゃないが、我慢してくれ」
そう素っ気なく言うとダンカンは運転に戻った。
少し言葉に棘あるように感じる。春人の質問は純粋な物ではあったが、ダンカンからすれば焦らせているようなものに聞こえる。もう少し言い方に気をつければよかったなと気まずさを感じながら春人は外の風景を眺めた。
「着いたぞ」
草原から途中林の道を進み、抜けた場所に建物が建てられていた。木造建てでそれなりの大きさだった。
春人たちは馬車から降りた。ずっと座っていたので、地面を踏み締める感覚が心地よい。春人は背伸びをして草木の匂いが漂う空気を肺に入れる。鈍った身体が解れるのを感じつつ春人は空を見上げる。真っ青の空と雨雲の境界線がはっきりと見える空模様だった。
馬車の方を見ると、フレアは少し疲れたのか脱力した様子で建物を見ていた。エレクトラは馬車から降りて地図を眺めている。どの辺りに居るのか確認しているようだった。バーグは馬車から荷物を運び出している。ディアはケイブの鼻筋を撫でていた。
「バーグさん、すまないが部屋取り、頼まれてくれるか? 俺はこいつらを預けてこないといけないからな」
御者台に乗っていたダンカンは降りてくると、バーグに近寄って馬とケイブ、そして、馬車を指してそう言った。
春人は辺りを見渡すと、馬などの動物を繋ぐ小屋が見える。きっとそこに馬とケイブを預けるのだろう。
「ああ、わかった」
バーグは荷物を地面に下ろすと、ダンカンにそう応えた。
ディアは別れを告げるようにケイブの頭を撫でいる。
バーグは春人に荷物を半分持つように指摘するので、春人はそれを受け取った。バーグは春人に荷物を渡すと木造建ての宿舎へと向かった。その後をエレクトラが続くように歩き出す。
「すみません」
フレアはそうダンカンに謝っていた。結んだ赤い髪が揺れている。
一瞬、何故謝っているのかと思ったが、馬やケイブのことを任せっきりにしていることだと気づいた。
「勇者様とは思えないほどに礼儀正しいな。気にすんな。ケイブは別として、こいつらは俺のもんだからな。俺のもんを自分で預けるってだけだ。行った行った。バーグさんと逸れるぞ」
ダンカンは一瞬惚けた顔をした後、吹き出した後、しっしっと手を振ってバーグの後を追うように促した。
日差しがあまり入らない林の中だからか宿舎の中は少し薄暗かった。入り口にランプはあるがまだ火は灯していない。
土に汚れたマットが敷いてあり、その近くには木の長椅子がある。その椅子にここの宿に泊まっているであろう男が座っていた。
入り口の正面に受付があるようで、初老の男が椅子に腰掛けていた。
木造建てで前の高級ホテルと比べると狭いフロントである。若干のカビ臭さと木の床に土の汚れが目立っていた。
「なんていうか、旅人の宿って感じだな」
「ははは……なんか、そんな感じですね」
春人の言葉にフレアは苦笑を浮かべる。実際、旅人の宿なのだろう。行商人らしき人物たちがこの狭いフロントで荷物の確認などをしていた。
春人が顔を引きつらせて内装を見ていると、受付でバーグとエレクトラが話しているのが目に入った。
「ああ、六人だ。名前? ……ダン……バーグ・エルフォード」
ダンカンの名前で登録しようとしたが、辞めて自分の名前にしたようだ。エレクトラはそんなバーグの隣に待機していた。
春人たちはバーグが受付を済ましている間、することがなくバーグたちに遠からずの位置で呆然と立ち尽くしていた。そんな春人たちを若干よれよれのローブを纏った男が物珍しそうに見ながら横切っていく。
居心地は悪かった。行商人でもなさそうな場違いな春人たちがこんなところで立っていたら嫌でも注目を浴びるのは仕方ないことだがそれでも好奇や不審な目で見られるのは気分のいいものではない。早く部屋に移動したかった。
バーグたちやダンカンが来るのを願っていた。
「待たせた」
受付を終えたであろうバーグとエレクトラが戻ってきた。
「部屋は三つしか取れなかった」
バーグはそう気落ちした声で言った。どうやら六つ取るつもりだったようだ。
しかし、あまり広くないこの宿で三つも取れただけかなりいい方だろう。
「二人づつで部屋を分ける。部屋も二人部屋だ。ベッドもある」
二人部屋を取れたのか。上々と言える。
「部屋割りだが……とりあえず、ダンカンを待とう」
部屋は取れたがさすがに部屋割りはダンカン抜きではしないのだろう。
「そ、そうですね。勝手に決めれないですし」
フレアはそうバーグの言葉に同意する。
ダンカンが来るまで待つということになるのか。
当然このメンツで会話などなく、居心地の悪い沈黙が支配している。
春人は早くこないかと入り口の方をチラ見する時間が過ぎて行った。