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11 帝都からの出立

「なにか質問は?」


 細かい質問はあるだろうが、誰も質問はしない。


「ふむ、以上で概要の説明を終える。これより勇者殿たちの出立だ。皆も盛大に見送るように」


 バレット宰相の概要説明が終わった。それから出発するため、春人たちは外に出ることになった。

 外に出ると馬車が並んでいる場所に馬では無い動物が目に入った。

 毛むくじゃらの獣が馬たちと同じように繋がられている。バレット宰相が言っていたケイブという動物なのかもしれない。馬と比べるとかなり大柄な動物だ。四足で茶色の毛に覆われている。顔も毛に覆われているので目、鼻、口の位置がわかりにくかった。ただ気持ち悪いというよりも愛嬌のある獣ではあった。

 ホテルの従業員はケイブが引いている荷馬車に結構な大量な荷物をつぎ込んでいるのが見える。水を弾く毛皮の服、大量の食料、保存食、あんなに積んで大丈夫なのだろうかと思ったが荷運びには最適とはバレット宰相が言って居たので大丈夫なのだろう。

 ふとエレクトラとディアに女性の従業員が話しかけているのが見える。少し話をした後、その従業員は荷運びの作業に戻っていく。エレクトラはこちらに顔を向けて手招きする。一瞬、春人のことかと思ったがフレアのことだったようだ。フレアは自身を指差してエレクトラが肯定するように頷く。フレアは一瞬不安そうにこちらを見たがそのままエレクトラのところへ向かった。エレクトラと会話を済ました後、フレアはこっちへと戻ってくる。


「エレクトラさん、なんだって?」


 春人は戻ってきたフレアにそう尋ねる。フレアは困ったような照れたような顔をして、


「な、なんでもないです。ちょっと荷物について話していただけです」


 視線を逸らす。いまいち要領を得ないがフレアが気落ちしていないことから大したことでないのだろうと春人は納得することにした。

 正直暇ではある。従業員たちが慌ただしく作業している中、春人たちはただ待っているだけだ。

 手伝いを申し出ようかとも考えたが、さすがに無粋だろうとやめておく。

 ただ作業を眺めている時に疑問に思うことがあった。


「あの瓶に入った飲み物ってなんなんだ?」


 水色の液体が入ったいかり型の瓶のケースを何度も馬車に運び込んでいるのが見えた。


「えっと、あれはポーションですね」


 春人の疑問にフレアはすぐに答えた。フレアも頻繁に運び込んでいるケースに目がいっていたのだろう。


「ポーション? ポーションってあのHPが回復する?」


 ポーションといればヒットポイント。所謂体力ゲージが回復する為のアイテムだ。RPGなどでは常識的なことである。


「えいちぴー? よくわかりませんが魔力が回復すると言われています」


「あーMPの方だったか」


「えむぴー?」


 不思議そうな顔でフレアはこっちを見て来るが春人は答えないことにする。言ったところで混乱するだろうから敢えて口に出さない。


「どんだけつぎ込んでいるんだ」


 従業員が何度も瓶の入ったケースをケイブの荷馬車に乗せているのを見て春人は呟く。そんなにいるのかと思う程に荷馬車はポーションのケースに場所を占領されていた。食料もそれなりに入ってはいるが、どう見てもポーションの量が多すぎる。


「魔法や精霊術には相当な魔力が必要だと言われていますからね。わたしは使えないのでわかりませんが、あれくらいが普通なのかもしれません」


 フレアも多少怪訝に思っているか、春人の問いに答えつつもポーションの運び込んだ荷馬車を見つめていた。

 


 荷馬車に荷物を運び終えた後、春人たちは馬車の前に集まる。

 バレット宰相を始め、ホテルの支配人クリフ・モリス、ジョージ・モリスや従業員も馬車の前に集まった。

 馬車の御者台にはダンカンと呼ばれた髭面の大男が乗っていた。


「では、勇者殿、健闘を祈る」


 バレット宰相は代表するようにそう言った。


「はい」


 フレアは返事をする。


「勇者殿お気をつけて。みなさんも」


 バレット宰相の隣にいたエドガー・アダムス卿がフレアを見て、そして、春人たちを一瞥してそう言った。


「ありがとうございます」


 フレアがそう礼を言う。


「フレア様、皆様、どうかお体を大事になさってください」


 ジョージがそう言ってくる。そのジョージの隣には支配人のクリフも居る。


「ジョージさん、今までありがとうございました」


 ジョージには色々お世話になった。短い付き合いではあるが感謝の気持ちが春人にもあった。フレアに続くように頭を下げておく。


「ダンカン。勇者殿たちを頼むぞ」


 バレット宰相は御者台にいるダンカンにそう呼びかける。


「はい。わかってますって宰相」


 ダンカンもそれに応えるように返事を返した。

 春人たちは馬車のキャビンに乗り込む。


「んじゃ、出発と行きますか」


 ダンカンは御者台の上でそう皆の顔を見渡して準備の確認を促す。

 馬車が動き出す。バレット宰相、エドガー・アダムス卿。ジョージ・モリス。支配人のクリフ。ホテルの従業員たちが見送る中、馬車は帝都を出立する。




 帝都を出発して馬車に揺られる中、春人は外の景色を眺める。

 帝都を出るまでは早朝から働いている帝都の人が忙しそうにしているのが目に入った。

 勇者の門出だというのに見送ろうとする者はいない。もしかしたら住人には知らされていないのかもしれない。

 門のところまで来ると、数は少ないが漸く勇者を見送ろうとしている者たちが居た。

 どうやらそれはバーグやエレクトラの知人なのか二人が対応していた。その対応が済むと、馬車は門を潜り外へ出る。

 草原が広がっていた。心地よい風が草の匂いを運んでくる。

 そんな風景とは裏腹に馬車の中は重苦しい沈黙が漂っていた。


「おいおい、旅の門出だっていうのに暗い顔が並んでんな」


 御者台からそんな様子を見て呆れたような顔でダンカンは言った。

 エレクトラは無視して風景を眺めており、バーグは目を閉じている。ディアは馬車の後ろに繋がれているケイブを眺めていた。

 フレアだけがダンカンを言葉に反応してオロオロとしていた。


「え、えっと、自己紹介、自己紹介しませんか?」


 重苦しい空気を換気しようとフレアはそう辿々しく提案する。


「……どうして? 紹介なら玉座で済ましたでしょう」


 しかし、エレクトラの対応は冷たい。他の二人も興味がないのかフレアの方を向かない。


「そ、そうですけど……ダンカンさんが仲間に入ったわけですし!」


 フレアもめげずにそう返す。フレアは必死だった。春人は他人事のように何故そこまで必死なのかと思う。


「仲間? 風の神殿跡地までの運び屋でしょ」


 身も蓋もない言い方をするエレクトラ。口が悪いというか、ズバズバと確信をついてくる彼女は春人にとっては苦手なタイプである。


「それは……」


 フレアは言い返せないのかそれ以上言葉が出ない。

 フレアは助けを求めるようにバーグを見るが、バーグは無関心に目を瞑って腕を組んでいる。

 次にフレアはディアに視線を向ける。


「あ……え……う……」


 フレアに目線を向けられ戸惑うディア。正直、彼女にこの状況のフォローができるとは春人には思えなかった。

 続いて、フレアの視線が春人に向かうのではないかと少し冷や汗をかいた時だった。


「まとまりのないパーティだな」


 ダンカンはそんな様子を見て苦笑いを浮かべていた。

 春人も苦笑する。本当にまとまりのないパーティだ。仮にも一緒に旅をすることになった仲間だというのに誰も彼も積極的に関わろうとしようとはしない。ただ皇帝に命令されたから一緒に居るだけというのが伝わってくる。

 このパーティがまとまることはないだろう。バラバラにならない程度に距離を取った状態で旅をするのが無難だろう。

 そう思った時だった。


「わ、わたしはフレアです。フレア・カナスタシア。みなさんもご存知の通り炎の勇者です」


 フレアが名乗った。春人は少し驚く。

 それからエレクトラの呆れ気味にため息が聞こえる。春人もエレクトラと同じように呆れてもいた。彼女はまだこの面子で仲良くしようと考えているみたいだ。コミュ力も無いのに真面目だけが取り柄の勘違い委員長を見ているようで居た堪れない。


「勇者に選ばれる前は普通の村娘でした。村はそこまで大きくありませんが、その、だからこそみんな家族みたいに仲が良かったです」


 一瞬、顔に影ができるが気を取り直すように、


「小さいですけど学校もありまして、わたしと同い年の人は全然いなくてみんな小さい子とか、あとはわたしより年上の人とかいる学校でした」


 熱心に聞くような者が居ない中、フレアは身の上話を続ける。


「お父さんは村の人と狩りに行ったり、お母さんは農業したりしてお金を稼いでいまして、その、まぁ、帝都みたいな都会じゃないですけどいいところです。後、わたしの村は元神殿跡地で水の勇者様、フローラ様がいらっしゃいました」


「勇者」


 春人はあの黒髪の少女を思い出す。フレアの故郷であるあの村で出会った少女だ。こちらを見透かしたような目で嘲笑っていた彼女。勇者とは名乗っていなかったが、男たちの態度を見るからに勇者で間違いないだろう。フレアも勇者という肩書きで皆から敬意を払われていたというのは嫌でも見ている。

 思い出すだけで苛立ちが起こる。同時に後ろめたさが蘇ってくる。


「平穏に過ごしていた時、わたしの右手の甲が熱くなったんです。手の甲には炎の勇者の紋章が出ていました。それからは目まぐるしいくらいに忙しかったです。村長やみんなが集まって何度も会議したり、帝都から紋章の確認しに役人の方が来たり……そうして、昨日、今日こうして旅をすることになりました。みんなには色々迷惑かけました。だから、せめてこの旅を成功させて凍てつく大地から守りたいと思います」


 フレアはそう話し終えた。話し終えたフレアはどこかすっきりとした顔をしていた。

 そして、沈黙が再開する。誰も反応を示さないことにフレアは少し焦った顔になる。


「……前から気になっていたんだけど」


「はい?」

 

 フレアはエレクトラが反応を示したことに嬉しそうに顔を向けた。


「噂で大精霊が使えないって聞いたことがあるのだけど本当なの?」


 フレアは笑顔のまま固まる。予想した質問とは違ったのかもしれない。

 バーグも気になるのか瞑っていた目を開いてフレアの方を見た。


「ほ、本当です」


 言いにくそうにフレアは答える。


「……はぁ、本当なのね? 勇者は大精霊を扱えるのが当たり前なのに、あなたは使えない」


 エレクトラは大きくため息をついて確認するように問いかける。


「は、はい」


 気まずそうに萎縮するフレア。


「大精霊が扱えない勇者なんてただのお荷物でしかないわ。わかっている?」


「……はい」


 エレクトラの詰問に項垂れるように頷くフレア。まるで説教を受けているようだった。


「帝国はなにを考えているのかしら。検査も受けたはずよね?」


「えっと、はい。相当前に」


 フレアは思い出すような視線を上に向けて答える。


「はぁ……大精霊も扱えないで本当に神殿を封印できるの?」


 エレクトラはため息をついてフレアに問いかける。


「……わかりません」


 フレアは萎縮するように答えた。


「わかりませんって……」


 呆れたようにエレクトラはそう言う。


「ごめんなさい」


 フレアは申し訳なさそうに謝る。

 不服そうにするエレクトラと俯くフレア。

 馬車の中に気まずい沈黙が漂う。


「おいおい、これから一緒に旅する仲間だろ? いきなり仲間割れか? 仲良くしろよな」


 ダンカンはそんな様子を見かねてかそう呆れたように言う。

 そんな状況を打破しようと慌てて春人はそれぞれに視線を向けて、エレクトラは無理だとして、バーグしかいないだろう。


「じゃ、じゃあ、バーグさん、自己紹介お願いします」


 春人はそうバーグに振った。バーグは瞑っていた目を開き、こちらを見てくる。その視線には非難色が見えたが、もう振ってしまった以上は仕方ない。春人は冷静を装いつつも、内心ドキドキしていた。


「バーグ・エルフォード。今は特に職についていない。過去の経歴を言えば、騎士団隊長を務めていた。この旅に参加した理由だが、大地の神殿跡地に現れるといわれる魔物を討伐したい為だ」


 それ以上はないと言わんばかりに口を閉じるバーグ。

 意外にも春人の言葉に応じてくれた。無視されるのではないかと少しひやひやしていたのだ。

 エレクトラは忌々しそうにバーグの方を見ていた。自己紹介を否定していた身としてはそういう流れになってしまったことに苛立ちを感じているのかもしれない。


「ありがとうございます。え、えっと、じゃあ次はディアさん」


 そう言って春人はディアに振る。エレクトラの視線を感じるが敢えて無視する。


「え? あ、は、はい。そ、その、わたしは精霊術師です。名前はディア・マーシャル。サ、サラマンダーが一応扱えます。でも、そんなにすごいわけじゃないので、あまり期待しないでください。あ、後、その、お、お父さん……ち、父が病気なので、この旅に参加したのは報酬目当てです。その、だから、早く目的を達成して戻りたいと思っています」


 ディアは動揺したように髪の毛を梳きながら答える。


「ありがとうございます」


 春人以外自己紹介が終わった。流れ的にエレクトラの番だ。春人がエレクトラの方を向く。エレクトラは外を見てこちらを見ないようにしていた。

 しかし、自然と皆の視線はエレクトラの元へ集まり現実逃避出来ない状況になった。そんな皆の視線にエレクトラはため息をつき、


「私はエレクトラ。エレクトラ・ガーネット。帝都セントラル魔法学園を一応首席で卒業したわ。この旅に参加した理由は……まぁ、その学園の先生の勧めであったっていう理由ね」


 エレクトラの自己紹介にバーグは不審そうな顔で見つめていた。エレクトラはそれに気づいているのかいないのか無視をしている。なにかおかしな部分があったのだろうか。春人は思い当たる部分はない。他のふたりの顔を見るが普通の顔だった。


「首席……すごい」


 フレアはそう呟いていた。その表情は本当に尊敬の顔だった。

 春人にはいまいちすごさがわからないが首席というのは確かに簡単になれるものではない。

 エレクトラが紹介を終えた事でまた沈黙が支配する。またこの嫌な沈黙になるのかと少し焦っていると、


「で? それであなたは何なの? ずっと思っていたけれど」


 エレクトラが腕を組んでそう春人に尋ねる。その目には見極めるような色が見える。


「え? あ、俺? 俺ですか」


 春人は確認するように自身を指差す。


「あなた以外誰がいるっていうの」


 エレクトラはそんな春人に不満そうに睨んでくる。春人はそこまで怒らなくてもと思いつつ、彼女の質問に答えようとした。


「俺は、その」


 が、なんと説明すればいいのかわからない。異世界人なんてことは言ったところで信じて貰えないのは明らかだ。だからといって、まともに答えたところで疑問符が返ってくるのは明白。悩んでいると、フレアが慌てた様子で口を挟んできた。


「あ、えっと! その人はハルト。ハルト・ヤシロ。わたしの村に住んでた……わたしの婚約者です!」


 彼女はそう助け舟を出してくれる。そういう設定だったのを忘れていた。


「婚約者? そういえば玉座でそんなこと言っていたわね」


 エレクトラは訝しんだように目を細める。


「は、はい。い、今は元ですけど。それでわたしの同行人として一緒に来てくれました」


 フレアは若干冷や汗を掻きながら答えた。

 皆の視線が春人に集中する。嘘をついているので後ろめたさで思わず春人は俯く。疑っているというのは考えすぎかもしれないが、春人の素性が怪しいのは事実だ。


「ふーん。まぁいいけど。あなたはなにか使えるの?」


 納得してなさそうな顔をしていたが、エレクトラは問いかける。


「使える?」


 春人はエレクトラの意図が分からず問い返す。


「魔法とかよ」


 魔法。当然、春人は魔法なんて使えるはずがない。特殊な能力のようなものは一切持っていない。携帯電話でも持っていればそれを見せて驚かせることくらいは出来たかもしれないが、残念ながら春人がこの世界で目覚めた時、持って居なかった。


「えっと……」


 春人はエレクトラの値踏みするような視線に耐え切れずフレアの顔を見る。フレアは困惑した顔をしていた。なにか言ってくれるだろうかと期待していたが、フレアも状況に対応出来ない顔をしていた。


「使えません」


 仕方なく春人は若干視線を逸らしながら答えた。


「魔法も? 精霊術も? 剣術も? なにもできないの?」


 エレクトラは問い詰めるようにそう言ってくる。


「……はい」


 春人は罰が悪く思いながらも頷くほかなかった。


「……はぁ」

 

 軽蔑の視線を送った後、エレクトラはため息をつく。


「春人さんは村で同行者として誰も立候補してくれなかった時、唯一立候補してくれたんです。すごくいい人で、確かに魔法とか精霊術は使えないかもしれません。だけどーー」


 そんなエレクトラにフレアは必死にフォローを入れようとした時、エレクトラは無視して春人を真っ直ぐ捉えて、


「死ぬわよ」


 そう告げた。その言葉には圧力があった。フォローを入れようとしていたフレアも黙ってしまう。

 威圧感のあるエレクトラの瞳に春人は息を呑んだ。


「言っておくけど貴方を守る義務なんてないんだからね。この娘は勇者だから守るけど、貴方を守る気なんてないわよ」


 エレクトラはそう目を細めて突き放したように告げた。それは正論だった。エレクトラにとってフレアは勇者という大事な存在であるが春人は全くもって必要のない存在だ。寧ろ足手まといになりかねない厄介者だ。そんな奴をエレクトラに守る必要性は皆無である。


「なにも出来ない者が付いてくる旅ではない」


 それまで静観していたバーグも口を挟みそう言った。何も出来ない者。それは春人以外なにものでもなかった。なにか秀でた能力があるわけでもない。この魔法や剣、そして精霊が存在する世界で丸腰の春人は圧倒的に無力だった。そんな春人が明らかに危険だと分かる旅についていっていいのか。ただフレアに助けられたという理由だけで彼女に付いていく理由になるのか。

 そもそもこんな危険な旅に付いていくメリットがあるのか。春人のような無力な存在が付いていく必要性も無い。今なら逃げ出せる。今ならまだ間に合うかもしれない。

 そんな時、フレアと目が合う。


「あ……」


 なにか言おうとしたが結局言葉が出なかったのかフレアは大人しく俯いた。肩は少し震えて両手は膝を握りしめている。その姿は何故かフレアの村に居た時、フレアの連れ人を探していた時のフレアの姿と重なった。

 目が彷徨う。動揺しているのだろうか。春人は自分が戸惑っていることに気づいた。

 大した事ではない。エレクトラとバーグの言葉に同意して馬車から降りればいい話だ。帝都には来た道を戻ればいい。まだ街並みから少し離れた場所でしかない。まだ間に合う。だから言うべきだ。ここから降りると。唇が乾き、言葉が出ない。

 しかし、このまま帝国に居てどうなるというのか。このまま帝都に戻っても春人には伝など存在しない。当たり前だ。春人はこの世界の住人では無いのだから。文無し、住居無しの状態で春人は働き先を探さなければならない。春人にそんなことが出来るのか。出来る自信など微塵もない。そんなコミュニケーション能力があったらもっとうまくあの村でも運べたはずだ。こんな場所で春人が誰も知らない場所で知人もなく伝もなくそれでも精神的に病まず発狂せずにいられたのは何故か。

 俯いた赤い少女の髪を見つめる。顔を上げない彼女の表情は見えない。無感情の視線を感じる。ディアだった。フードの水色の髪の隙間から黄色の眼差しが春人を捉えている。こちらを観察しているような、それでいて無関心のような瞳。

 春人はふと思い出す。氷の神殿にあるという異界へ続く扉。それはもしかしたら春人が求める元の世界へ続く扉かもしれない。こんなわけのわからない世界から元の世界に戻りたい。春人にとって最後の希望と言える存在。それが本当に春人の求める世界への扉という保証はどこにもない。しかし、春人はそれに縋るほかない。

 だから、


「それでも、俺は行かないといけないんです」


 エレクトラの目が驚いたように見開く。バーグも視線を寄越す。細く厳つい瞳に射抜かれ春人は一瞬ビクつくが、意見を変える気はなかった。

 赤髪のつむじがゆっくりと上がり、赤い目が春人を捉える。その瞳は揺れていた。信じられないというように瞬きも忘れたように春人を見つめていた。


「勝手にしなさい」


 エレクトラは意識を取り戻すと呆れたようにため息を吐きそう言った。バーグも興味が失せたと言わんばかりに目を伏せた。

 フレアはずっと春人を見つめていた。その視線がくすぐったく感じた。


「……すごい」


 そして、水色の髪の隙間から覗いていた黄色の瞳も驚きの色に塗られていた。初めて見る顔だった。怯えた様子でもなく、無関心そうな様子でもない。驚愕の表情をディアは浮かべていた。そして、同時になぜかその瞳の奥は闇に満ちているように見える。渇望というべきか羨望というべきか。そんなものが見えた気がして春人は戸惑った。


「……」


 馬車は揺れ、春人は不意に外を眺める。そこには草原が広がっていた。

 後ろには帝都の影も無くなっていた。


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