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01 赤髪の少女

 八代春人は目が覚めると目の前が真っ暗だった。目をなにか布で縛られているのが判る。目だけではない。両手も後ろに回した状態で縛られていた。足もどうやら縛られているようだ。

 恐怖が沸き起こる。どうして自分がこんな目に合っているのか、春人は全く理解出来ていない。誘拐でもされたのだろうか。そんな疑念が頭の中を支配する。恐怖で呼吸が荒くなっているのが自分でも判る。今までここまで恐怖を味わったことなんて無かった。


「あの……」


 恐怖で震えていると、唐突に声が聞こえた。春人はその声に驚き小さな悲鳴を上げる。それに驚いたのか声の主も「ひっ」と声を上げた。

 まさか人がすぐ近くにいるとは春人は思わなかったのだ。


「だ、誰?」


 春人はそう問いかける。


「わたしはフレアです。フレア・カナスタシアです」


 誰だよと思った。名前からして外国人としか思えない。ここは外国なのだろうか。しかし、聞こえたのは日本語で、とても外国人とは思えない流暢な日本語だった。声からして女、幼さの残る少女の声だった。


「は、はぁ? 日本人じゃないの?」


「ニホンジン?」


 日本語は理解出来るのに日本人という言葉は理解出来ないらしい。


「え? じゃ、じゃあ、ここ日本じゃないの? どこ? アメリカ?」


 春人は困惑しながらもそう言うと、少女は「あ、場所か」と納得するような声が聞こえ、


「ここはウェルストアル村です」


「ウェルストアル村?」


「はい」


 ウェルストアル村と言われても春人は理解出来なかった。どこか海外の村の名前だろうか。国の名前を訊こうとも思ったが、まずなぜ自分がこんな状態になったのか聞くべきなのではないかと思いつく。こんな風に縛られてどこかも知らない場所に連れて来られるなんて、普通に考えれば誘拐としか思えない。冷静に考えると背筋が凍る。心臓が嫌な意味で高鳴り始めた。


「て、てか、俺はなんでこんな風に目隠しされて、縛られてるの? も、もしかして誘拐?」


「ゆ、誘拐? ち、違います。その、あなたは何も覚えていないんですか?」


 春人の問いにフレアは慌てた様子で否定する。そして、怪訝そうに問いかける。

 覚えていないと聞かれても、春人は何のことか思い当たらない。春人はここで目覚めるまで、家に居たのだから。家で自分の部屋のベッドで寝ていたはずだ。それが目が覚めたら、目隠しをされて、手足を縛られているという状態だった。


「覚えていないもなにも、俺はさっきまで家のベッドに居たはずで、こんな目隠しとか縛られるとか意味わからないんだけどっ」


 春人がそう言うと、


「……覚えてないってこと……なんですね?」


 と、少女は怪訝そうに問う。

 春人は覚えてないというわけではない。そもそも記憶に無いのだ。家に居てベッドに寝ていて起きたらここに居た。だから、彼女の言う覚えていないというのは春人の感覚ではおかしい。

 しかし、それを少女は理解してくれない。


「覚えてないって……俺は起きるまで自分の部屋に居たはずだろっ?」


「あなたの部屋? いえ、あなたは村の入り口で倒れていたんですよ。それを村民が見つけたんです。そして、ここ、わたしの家の物置……じゃなくて、牢屋に連れて来られたんです」


 村の入り口? 春人は少女の言葉に理解が追い付かずにいる。春人は自室居たのにそれが何故村の入り口に居るのか。家の外にすら出ていないのにいつの間に外にいるのか。

 どう考えても、春人が寝ている間に誘拐されたとしか思えない。しかし、いくら春人が鈍感とはいえ、寝ている間に運ばれれば起きる。なにか特殊な薬でも嗅がされていたのだろうか。


「俺は村の入り口なんて行ってない。そもそも家の外にすら出てないのに」


「……そんなこと言われても、やはり、記憶が混濁してるとしか」


「違う! 俺は確かにーーむぐっ」


 春人は反論しようとしたが、途中で口を抑えられ最後まで言えなかった。「しーっ。静かに。見つかっちゃう」と少女が小声で言う。どうやら少女の手によって口を塞がれているようだった。

 春人は目隠しをされているので、周りの状況を理解出来ない為、なぜ唐突に口を塞がれたのか全く理解出来ない。しかし、彼女の挙動からここは静かにした方が賢明であると思い春人は口を噤む。

 なにか扉が開くような音と人の声が聞こえるが、なにを言っているのかは理解出来ない。数秒後、また扉が閉じる音と共に人の声を消え、少女が安堵の溜息をつく。同時に手が口から離れ、呼吸がしやすくなる。


「危なかった……もう行ったみたい」


 そう少女は呟く。春人からすればなにが危なかったのかわからない。


「なぁ……この目隠し解いてくれない?」


 春人は口を塞がれたことで先程までの激情が治まり、冷静になりそう少女に頼む。

 誘拐されたとしても、この少女は今までのやり取りから春人に敵意は無いのではないかと考察し、彼女ならばこの目隠しくらいなら解いてくれるのではないかと思ったのだ。


「あ、はい。ずっと目隠ししてたんですよね。ごめんなさい」


 そう少女はすまなさそうに言って、春人の思った通り目隠しを外してくれる。

 目隠しを外され、まず視界に入ったのは石造りの壁だった。

 そして。


「……」


 赤髪の少女。ポニーテールをしていて、年齢は声と同じ中学生くらい。活発そうな印象を受ける可愛らしい顔立ちをしている。しかし、日本人ではなかった。アジア系ではなく西洋系の顔立ちをしている。服装は昔の村娘が着ているような白と上着と赤のロングスカートだった。

 春人は思わず少女に見蕩れてしまった。テレビ以外で白人をあまり見た事がなかったからという理由もあるが、可愛らしさに惹かれてしまったのが主な理由だ。


「あの……なにか?」


 ずっと見つめていた所為か、少女は少し戸惑った様子で春人に問いかける。


「あ、い、いや……」


 春人は見蕩れていたことに気がつき、羞恥を隠すように俯きながらそう答える。

 そして、辺りを見渡す。石造りの部屋。先程、少女が牢屋と言っていたが納得いく場所だった。


「とりあえずあなたはここから逃げた方がいいです。このままここに居たら危険です」


 春人が辺りをキョロキョロと見渡していると、そう少女は真剣な顔で告げる。


「逃げた方がいいって言われても」


 そう言って春人はしっかりとロープで縛られている両手と両足に視線を向ける。

 少女は春人と意図を受け取ったのか、少し焦った様子で「ごめんなさい。すぐに解きます」と言って、スカートのポケットから小さなナイフを取り出した。そして、鞘から抜くとロープを切り春人を拘束から解く。


「……」


 まさかこんな簡単に拘束から解いてくれるとは思わず、春人は拘束から解かれた解放感にしたりつつも呆然とする。


「どうかしましたか?」


「いや、かなりあっさり拘束を解くんだなと思って」


 少女の問いに春人は拍子抜けしたように答える。


「あなたは拘束されるような怪しい人物なんですか?」


「いや、違う」


「だからです。わたしもそう思っているからこそ拘束を解いてあなたを逃がそうと思ったんです」


 彼女はなにか思い詰めるようにそう言った。春人にはわからないがなにかしら不満があるように彼女の表情から見てとれる。


「とにかく早く逃げましょう。また見張りの人が戻ってきたら誤摩化しきれる自信がありません」


 少女の焦った様子に春人は同意して、逃げる準備をする。準備と言っても春人が持っているものなんてなにもなく精々白のTシャツに薄緑の上着にジーパンという衣類だけだ。せめてスマホくらい持っていれば良かったのだが、残念ながらベッド近くで充電していたので手元に無い。

 少女は石造りの壁以外の場所ーーつまりは木製の扉の取手に手を掛けると顔を扉に近づけ耳を押し付ける。どうやら外の音を聞こうとしているようだった。春人はそんな様子を眺めつつ、待機する。

 少女はこちらに向いて頷く。どうやら外には今人が居ないようだ。見張り人が居ると言いつつもかなり警備が甘いのではないかと春人は思ったが、先程の少女の物置発言を思い出し、そもそもこの牢屋は使用目的にしようされることがあまりなく、いや全く無かったのではないか。そういう風に考えればこの警備の甘さも納得もいく。そもそも両手両足縛って目隠しまでして脱走するとは思いもよらないだろう。春人自身もこの赤髪の少女が拘束を解いてくれなければ、あのままずっと縛られたままだったに違いない。


 少女は扉を慎重にゆっくりと開ける。春人も自分が開けているわけでもないのに、心臓がバクバクと高鳴る。緊張で手汗が溢れているのが判る。

 少女は扉を開け、顔だけ外に出してキョロキョロと外の様子を確認している。そして、顔を引っ込めてこっちを振り向くと、


「大丈夫そうです。誰もいません」


 安堵した様子で言う。


「警備甘いな」


 春人は安堵半分呆れ半分の気持ちでそう言った。


「まぁ、あなたみたいな不審者なんて滅多に居ないですしね。ここだって今まで牢屋として使われずに物置になってたくらいですから」


 少女も苦笑いでそう答える。


「不審者ねぇ……いくら見た目が怪しいからって倒れている人間をいきなり牢屋行きって」


「いつもならこんなことはしないですよ。ただ、今はどうしても……」


 春人は若干引き気味に少女を見ると、少女は慌てた様子で弁解し出した。


「どうしても?」


 春人は先を促すと、少女は迷ったように何度も床と春人を交互に一瞥して、意を決したように、


「炎の勇者が選ばれたんです」


 そう言った。


「…………」


 炎の勇者? 春人はそんなゲームや漫画アニメに出てきそうな単語を聞かされどうすればいいのかわからず次の少女の言葉を待つ。しかし、少女はその単語だけですべて判るだろうと言わんばかりにそれ以上の事を言わない。そして、沈黙が流れる。


「馬鹿にしてる?」


 春人が先に沈黙を破る。


「馬鹿に? どういう意味ですか? 馬鹿にはしてませんが」


「いやいや、馬鹿にしてるだろ? 炎の勇者ってなに? ゲームの話? それとも漫画? もしかして映画とか?」


「げいむ? まんが? えい……? えっと、あなたの方こそわたしを馬鹿にしてますか? まさか炎の勇者を知らないというわけではありませんよね?」


「知らない。なに? なんかのゲームの中の設定っぽいけど」


「…………」


 少女は信じれないといわんばかり目を見開いて春人を見つめる。そんな風に見られても春人としては困る。知らないことがまるで常識外れと言う感じの目であるが、知らないものは知らない。春人はこういう人は偶に居るよなと思う。自分の知っていることは他の人も知っているのが当然と言わんばかりの人。所謂信者とか言われるような人だ。何のゲーム、漫画アニメの信者かは知らないが知っているのが当たり前とは思わないで欲しい。


「やっぱり記憶が混濁しているとしか」


 少女は深刻そうにそう呟く。春人は「違う。別に混濁としかしてないから」というものの、少女は信じてはくれなかった。


「とりあえず炎の勇者の話は後で話します。まず、ここから脱出しましょう」


 春人もこのままここで言い争っても仕方ないと思い、少女の提案に乗ることにする。


 石造りの部屋を出るとそこは木造りの廊下らしき場所に出る。てっきり外に出るもののと思っていたので少し驚く。少女は「こっちです」と言って右の方向へと進んで行く。春人もその後に続く。木製の廊下を慎重に音を立てないように歩いていくと、ある扉がある前で少女が止まる。


「ここがわたしの部屋です。今、外に出るのは危険かもしれないので、一旦ここに身を隠していてください。そして、機を見て外へ逃げましょう」


 そう言うと、少女の部屋という扉を開ける。少女の部屋というのでもっと可愛らしいものが置いているような部屋を想像していたのだが、意外に質素な部屋だった。木製のベッドにこじんまりとした机と椅子。机の上には分厚い本が何冊か立てて並んでおり、ランプがある。服やらが入っていそうな木製の箪笥もある。

 窓にはカーテンがありそこだけ少し可愛らしいピンクの花柄だった。あとは全て生活感の無い部屋という印象しかない。


「この部屋に隠れていてください。わたしは少し行かなければならないところがあるので。少ししたら戻ります」


 春人は若干不安な気持ちになりながらも少女の言葉に頷く。少女は春人の不安そうな顔を見て、なにか思ったのか、


「大丈夫です。あなたはわたしが絶対逃がしてみせます」


 少女はそう力強く言う。春人は少女にそこまで言わせてしまっていることになんだか情けない気持ちになるが、頷く。

 少女は春人の方を見て頷くと、部屋の外へと出て行く。春人はそんな少女をその場で見送る事しか出来なかった。扉の閉まる音と共に沈黙が部屋を支配する。

 春人は心細くなりつつも、ベッドに座り、窓から外を眺めた。


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