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彩葉の期末テスト(後編)

前回の投稿から一ヶ月以上立ちました・・・遅くなってすいません。

ようやく二章完結です。

予定よりも少し長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただければ幸いです。

 時は少々遡る。


 放課後、彩葉の高校のとある廊下にて。彼女はどんよりとした気持ちで歩いていた。

 天気は曇り。相変わらずの高湿度で空気が重い。まだ4時半なのに、外がだいぶ暗く感じる。そんな日の、蛍光灯で不自然に照らされた廊下や教室は、なんだか怖い話とかそういうのっぽくて彩葉はあんまり好きじゃない。

 窓から外を見下ろす。授業を終えた生徒達が、一斉にそれぞれの帰路についていた。テスト三日前、そそくさと帰る生徒もいれば、友達と談笑しながら歩く生徒も見られる。彩葉も本当はすぐに帰ってテスト勉強しなければならないのだが、頭をよぎるのはやはり先日のこと。

(我ながららしくないことしちゃったなぁ)

 それは二日前、彩葉と大和がテストの点数を上げるべく、特訓をしているときの事だった。大和があまりにも「バカ」とか「アホ」とか言ってくるから、彩葉はつい頭にきて部屋を飛び出してしまった。

(分かっている。大和も一生懸命だったんだよね。ちゃんと私のことを想ってくれてたんだよね)

 それでもやはり怒ってしまった。彩葉の頑張りを全て否定するような言い方に、我慢出来なかった。

「本当、何やってるんだろう私・・・ずっと大和のそばに居るって決めてたのに。そうしないとまた大和が昔みたいに苦しむから、私がそばにいて支えてあげないといけないのに・・・」

 遠くの曇った空を眺める。今頃、大和は何しているのだろうかと。


「彩葉~!」

 その時、一人の女の子の声がした。金髪のツインテールに、短めのスカート、腰にはカーディガンを巻き付けているその姿は、THE☆JKって感じだ。だが、無駄に着飾っている感じはしない。派手さと自然な雰囲気を絶妙に保っている。彼女の名前は『霧島 鈴音(きりしま りんね)』。彩葉と同じクラスの親友だ。

「鈴音ちゃん、まってぇ・・・」

 そして、鈴音の後からもう一人。小柄で小動物のような、眼鏡をしたショートボブの女の子。童顔だが整った顔立ちのその子は『篠原 紗綾(しのはら さや)』。同じく仲のいいクラスメイトだ。

 二人がこちらに向かって走ってきた。

「鈴音ちゃん、紗綾ちゃん、どうしたの?」

「いやまぁ・・・そんなたいしたことじゃねーけど、昨日から彩葉元気なさげだったからさ。最近休み時間はずっと勉強してたのに、昨日今日はずっと窓の外眺めてたし、話しかけても元気ないし、なんかあったのかなって」

 そういえば・・・と、彩葉は自主勉強用のノートを大和の部屋に忘れていた事を思い出す。あれがないと勉強の続きが出来ない。取りに行きたいのだが、やはりどうしても気まずい。

「あ、あれ?そうだった?あはは、私はいつも通りだよ!」

 彩葉は勘付かれないように笑って誤魔化した。しかし・・・

「・・・彩葉ちゃん、やっぱりなんかあったんじゃない?なんだか無理して笑ってるように見える」

 途端、ギクッと彩葉の肩が跳ね上がる。跳ね上がってしまった。

「・・・ほんと、彩葉ってウソつくの下手だよな」

 ため息をつきながらそう言う鈴音。

「うぅ・・・そんなに分かりやすかった?」

 なるべくいつも通りに過ごしたつもりだったが、どうやらバレバレだったようである。

「まあな。あれだけ普段との落差があれば、気付かない人の方が少ないんじゃないの?」

「・・・情けない・・・」

 彩葉はがっくりと肩を落とした。

「それで、何かあったの?相談なら私達が乗るよ?」

 紗綾が心配そうに見つめてくる。

「ううん、いいの。こっちの話だし、二人に迷惑かけるわけにはいかないから」

 二人の申し出は正直すごくありがたい。ありがたいのだが、二人を大和との喧嘩に巻き込みたくなかった。それに二人は大和のこと全く知らないからどこから話せばいいかよく分からないし、幼馴染みの男の子がいるなんて言ったら、恋愛系に敏感な鈴音が黙っているはずがない。あらぬ誤解を避けるためにもあまり話したくなかった。

(まぁ、大和となら誤解されてもかまわないかも・・・。・・・いや、やっぱり少し恥ずかしい)

 少し頭をよぎった考えを彩葉は振り払う。

「彩葉が大丈夫ならいいが・・・別に迷惑じゃないし、困ったらいつでも相談しに来いよ。そうだ、あたし達今からファミレスでお茶しながらテス勉する予定だけど、彩葉も来る?」

「うーん、私はいいや。今からやま――図書館で勉強するから。見たい参考書もあるし」

「・・・・・そうか。彩葉って今回のテストマジで頑張ってるよな」

「まぁいろいろあってね」


 そこで彩葉達は別れた。二人の姿が見えなくなってから、彩葉は特大級のため息をつく。まさか、分かりやすいほど顔に出てたなんて・・・落ち込んだ気持ちが、さらに深みへと落ちていく。自分自身の負の感情を周りにまき散らしていたと考えると、申し訳ない気持ちで顔向けができない。

「早めに仲直りしないと・・・」

 そう思ってても、どうしても体が動いてくれない。昨日も、大和の部屋の前までは来たもののそこから先に行けないのだ。

(そもそも、なんて謝ればいいのだろう?謝ったところで大和はこんな私を許してくれるのかな?仮に許したとしても、また物わかりの悪い私を馬鹿にするようなことを言うのかな?)

 気まずさと同時に、一種の恐怖のような感情が彩葉を支配する。

 思えば、こうやって大和と喧嘩するのは初めてかもしれない。物心ついたときから彩葉は大和と一緒に育ってきたが、喧嘩をした記憶はあまりない。したとしても、ちょっとした子供の言い合い程度。次の日になれば、彩葉も大和もすっかり忘れていつも通りだった。

(なのにどうして、こんなことになってしまったのだろう?前の私みたいにコロッといつもの表情に戻して話しかければいいだけじゃない。どうしてそんな簡単な事が出来なくなっちゃったんだろう?)

 胸に手を当てる。掴みようのない感情に自分の心臓が支配されているようで、なんだか気持ちが悪い。

 もやもやした気持ちで帰ろうとしたその時、ぽんと誰かが肩を叩いた。

「よっ!」

「小鳥遊先生・・・?」

 二十代後半くらいの、スーツの上から白衣を着た彩葉の担任教師『小鳥遊(たかなし) しょうこ』先生が、溌剌(はつらつ)とした声で話しかけてきた。スカートから覗くすらりと長い脚に、スーツ越しでも分かる豊満な胸の膨らみ、凜とした顔立ちは彩葉でも惚れ惚れするような憧れの女性像。だが本人はそれにあまり興味がないらしく、長い髪の毛は手入れをしてないのか所々跳ねていて、化粧も全くしていない。非常にもったいないと彩葉は思うのだが、それでも人の目を釘付けにするには十分すぎるような見た目だった。

「どうだ?テスト勉強はかどってるか?」

「えぇっと・・・まぁ・・・」

 曖昧に返す彩葉の様子を見て、小鳥遊先生は何かを確信したような表情になる。

「その様子だと、やっぱりなんかあったみたいだな。雪村と喧嘩でもしたのか?」

「う・・・気付いてたんですか・・・?」

「教師が自分の生徒を見守るのは当たり前だからな。昼休みに話でもしようかと思ったが、放課後の方がゆっくり出来るかなって思ってさ。」

「本当、先生には敵いませんね・・・」

 何でもお見通し、というわけか。さすが、毎日生徒の相手しているだけある。

「それで、なんで喧嘩したんだ?君らめっちゃ仲良しなのに」

 彩葉は少し迷ったが、最終的に先日の事を話した。誰かを巻き込む事はあまりしたくなかったが、今の彩葉じゃ何も出来ない事に気付いた。このままじゃ何も変わらない。だから、彩葉は先生に助けを求めることにした。






 場所を変えようと小鳥遊先生の提案により、彩葉達は学校の自販機コーナーに移動した。そこで小鳥遊先生は缶コーヒーを2つ買い、片方を彩葉に渡した。そして、二人は窓際に設置された長椅子に並んで座った。

「なるほどねぇ・・・」

 ひととおり話したところで、小鳥遊先生は窓の外を眺めながらそう言った。そこからは学校のグラウンド全体が見渡せる。昨日の雨でグラウンドはぐちょぐちょしていて、所々大きな水たまりもあった。今日はもうテスト三日前だ。雨の日も練習している野球部やサッカー部すらも、練習ははお休み。グラウンドは閑散としていた。

「・・・私が悪いんでしょうか?勉強が全く出来ない私が・・・」

「それはないな」

 うつむく彩葉に、小鳥遊先生はきっぱり言った。即答だった。

「君も分かってるだろ?雪村(あいつ)はな、不器用なんだよ。普段素っ気ない態度とって素行不良っぽく振る舞っているが、本当はお人好しで人一倍仲間思いで、困っている仲間が居たら放っとけない。なのに素直じゃないから、ああやって悪態をつくんだ。花咲への罵倒もその延長線だろう。花咲の事を、あいつなりに本気で助けてやろうとした結果なんだ。・・・まぁ要するにツンデレってやつだな。男のツンデレなんて需要あるのかどうか知らねーけど」

 中に残ったコーヒーを弄ぶように缶を回しながら小鳥遊先生はそう言う。彼女のコーヒーはブラックだが、彩葉のはミルクコーヒーだった。確認することなく、彩葉ならこっちが好きだろうと選んだのだ。本当に生徒の事をしっかり見ているんだなと、彩葉は改めて実感する。

「それはさておき、そんなこと花咲も分かってるだろ?どうしてそこで迷う必要がある?」

 コーヒーを一気に口に流し込み、「不思議でたまらん」とでも言いたげな顔でそう言った。

「ちょっと・・・怖いんです。こんな私を許してくれるかどうか」

「今回のケースでは10:0で雪村が悪いと思うが?なぜ花咲が謝って許しを得る必要がある?」

「私も悪いんです。ずっと大和のそばにいるって約束したのに・・・」

 きゅっと彩葉の手が、強く缶を握りしめる。

 それは、ずっと昔に交わした約束。幼い頃から変わってしまった大和は忘れてしまったみたいが、彩葉の中にはまだしっかりと残っている。

「なのに、私は愛想尽きたみたいなことを言ってしまったんです・・・だからもしかしたら大和に嫌われてしまったかもしれないんです・・・あれだけ約束って言ってたのに結局破るなんてって・・・今会いに行っても大和を嫌な気持ちにさせるだけな気がして、それだけは絶対にしたくないんです。もう二度と、大和には辛い思いをさせたくない」

 ぽつりぽつりと、本音を語る彩葉。今まで溜め込んだ気持ちを、一気に外に流すように。

「・・・本当、花咲は優しいやつだな」

 ぽん、と小鳥遊先生は彩葉の頭を撫でる。柔らかくてぬくもりのある手。その時、彩葉は自分の中で支配していた感情が徐々に氷解していくのが分かった。

「大丈夫だ。あいつがおまえを嫌うわけがない。長い間に築いた関係はそう簡単に壊れるものじゃないさ。お互いに傷つき傷つけ合って、さらに絆が深まっていく。あいつだからどんなことだって言えるし、どんなことだって言われても大丈夫って感じになる。それが“腐れ縁”ってやつだな。ああ、もちろんいい意味の方な。今回のこともある意味、雪村は花咲のことをそうやって捉えてるってことじゃないか?ただの幼馴染みじゃない。あいつにとって花咲は、親友よりももっと大切な存在なんだ。・・・ふふっ、今頃めちゃくちゃ心配してるんじゃないか?きっと一人でいろいろ考えながら部屋をぐるぐる回ってるぞ」

 そう言う小鳥遊先生は、そんな大和の姿を想像したのかケラケラと笑っていた。

 そんな先生の笑顔を見て、彩葉の中でおもりになっていた何かが、すっと溶けていく。

「約束を破ってしまったって思ってるなら、これからしっかり守ってやればいい。嘘じゃないって事をこれから証明すればいい。あいつは誰かと一緒じゃないとまともに生きていけないからな。その役は花咲がぴったりだ」

 にっと笑う小鳥遊先生の顔は、なぜかとても安心できる。

(やっぱり、先生はすごいや)

 どこまでもどこまでも、頼りになる先生だ。生徒と正面から向き合い、一緒にしっかり考えてくれる。一緒に悩んでくれる。誤魔化さずはっきりと言ってくれる。こんなに良い先生が担任になったのは初めてかもしれない。

 残ったミルクコーヒーを一気に飲み干し、彩葉は決心する。

「よし!じゃあ私は大和とテスト勉強しに行きます!」

 彩葉は勢いよく立ち上がって、そう言った。

「おう!・・・そうだ、最後にひとつ」

 小鳥遊先生は、思い出したかのように彩葉を引き留める。

「?」

「実はな、あいつの立場も共感出来るんだ。私も教師だからな。なかなか理解出来ない生徒に教える時『どうして分からないんだ!?』って言いたくなるんだ。でも生徒が分からないのも事実だから、こちらが生徒に分かるように教え方を変えるしかない。これって結構大変なんだ。いろいろ考えなきゃいけないし、何よりすごい体力を使う。すっげー脳が疲れる。だから花咲も、雪村がめちゃくちゃ苦労してることを知っておいてくれ」

 そう言われて、彩葉ははっと気付く。そう思えば、とても良い幼馴染みを持ったなぁと実感する。怠け者でいい加減で、ひねくれていて素直じゃないけど、それ以上に仲間思いで頼りになる存在。今の大和は昔の大和と違うけど、彩葉の想いはずっと変わっていない。

「・・・分かりました。大和と、しっかり仲直りしてきます」

 そう言うと、彩葉は駆け足でその場を後にした。

 静かになり、自販機の音だけが響くその空間で。

「今回のテスト、期待してるぞ」

 そう言うと、小鳥遊先生は缶を放り投げた。缶が空中に放物線を描き、ガコンッと音を立ててゴミ箱に入ったことを確認すると、彼女は白衣を翻して立ち去った。


 見慣れたドアの前に立つ。

 あの後、彩葉は歩くのがもどかしくて、走ってここまで帰ってきた。何度も同じ学校の生徒を追い抜く度に、彼ら彼女らは不思議そうにこちらを見てきた。普段のんびりしている彩葉からはあまり考えられないことだったからだろう。だけどそんなことはどうでもよかった。一秒でも早く、大和のもとへ――ただそれだけ考えていた。だから、駅で電車を待ってるときが一番気持ちが落ち着かなかった。早く来ないかなと何度も時計を見直した。気温はそこまで高くないが、湿気のせいで汗をかいた。シャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。道ばたで水たまりを踏んでしまった。ローファーの中に水が入り込んでぐちょぐちょする。だが、そんなことにかまっていられない。大和の部屋に着いてからシャワー借りればいい。今は、とにかく走るんだ。そんなことを思いながら、彩葉は全速力で駆け抜けた。

 そんなこんなで大和の部屋の前まで来たが、いざ扉を開けようとするとやっぱり緊張する。

(落ち着いて、落ち着くのよ私。そう、いつも通り開けて入るだけ・・・いや、でも一応まだ喧嘩中だし、初心に帰って最初にチャイムならすべきかな?)

 うーんと悩み込む彩葉。いやでも、それはそれでなんか気まずいし、だからと言って勢いよく入っても冷めた目で見られたらそれこそ立ち直れないし・・・

 あーだこーだと悩んでたその時、突然ドアがバンッと開き、扉の角が彩葉の額を直撃した。

「あうっ!?」

 突然の事過ぎて間抜けな声が出てしまった。

「・・・おまえ、なんでここに居るの?」

 大和が驚いたような表情で彩葉を見下ろす。

「えっと、それは・・・」

 心の準備ができてなくて、彩葉は曖昧なことしか言えず、目線をそらすしかなかった。

「・・・とりあえず、シャワー・・・貸して欲しいな」






 こんな展開を誰が予想しただろうか。

 壁一枚向こう側から聞こえるシャワーの音。音が強くなったり弱くなったりする度に、水が彩葉の素肌をなぞりながら落ちていくのをどうしても想像してしまう。そのせいで気分が落ち着かない。貧乏揺すりしながら、俺は平常心を取り戻す事を試みるが、なかなか上手くいかない。落ち着け、落ち着くんだ。変な想像をするんじゃない。頭の中を無にするんだ。そうだ瞑想をしよう。修行僧になって邪念を捨てるんだ。一度姿勢を正して、目をつむって、そして深呼吸して・・・ん?なんかちょっといい匂いがする・・・って!何考えてるんだ俺は!?変態か!?クソッ・・・ちょっと()()()()のラノベやアニメを見過ぎた影響がこんな所に・・・!?

 よく考えろ。ここは現実だ。ラノベ的ラッキースケベ展開なんてあり得ない。あるはずがない。期待するだけ無駄だぞ・・・いやいや!その言い方だと最初はちょっと期待したみたいに聞こえるじゃねぇか!?(はな)から期待なんてしてないからな俺は!本当だからな!

 そもそも、男の部屋のシャワーを借りるとか彩葉も彩葉で無防備過ぎるだろ!?どこまでノーテンキなんだあいつは!?ここに居るのが俺じゃなくて、もしド変態だったらどうするつもりだったんだ!?そろそろあいつの性格をどうにかしないと手遅れになりそうで心配だ。

 ってか結局変なこといろいろ考えてしまった。ああもう何なんだよめちゃくちゃ俺動揺してるじゃねぇか。心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭めt――

「大和、おまたせ」

「うぉおおおぁぁぁああっ!!?おまっ、びっくりさせんなよ!?」

 いつの間にシャワーを終えたのか、まだ髪の毛が湿ったままの彩葉がそこに居た。汗や水たまりで汚れた制服をもう一度着るのは嫌だからと言って、俺のパーカーとズボンを着ていた。サイズが全然合っていなくてダボダボだ。手は袖で幽霊みたいに隠れているし、ズボンも裾を2、3回折り曲げてやっと脚が見えた。

「そ、そんなに驚かせた?」

 若干引き気味な彩葉。しまった、俺としたことが・・・頼むからそんな目で見ないで!?俺のメンタル割と豆腐だから!

「それにしても、大和ってこんなに体大きかったんだね。男の子ってすごいなぁ。昔は私が大きかったのに」

 身に纏った大きめの衣服を確かめるように、彩葉は左右に揺れる。余分なところが遠心力で浮き上がり、俺と彩葉の体格差が目に見えて分かった。

「何度も言ってるが昔の事なんて知らねぇよ。・・・その服、別のやつに変えようか?昔のだったらそれよりも小さいはずだから」

「ううん、これがいい」

 俺の服を着た彩葉の顔が若干赤みを帯びている。おそらく風呂上がりだからだろう。暑いのなら半袖にすれば?と提案したが、結局「これがいい」の一点張りで変える事はなかった。


 一段落すると、話すことがなくなって気まずい空気が流れ出した。いや、話さなきゃいけない事はあるのだ。先日の事を謝る――分かっているのだが、完全にタイミングを見逃してしまった。

 ・・・静寂。エアコンの稼働する音だけが狭い部屋に響く。

 ああもう、さっさと謝ればいいじゃないか。覚悟を決めろ俺。たった一言、言えばいいだけなのだから。

「その・・・すまなかったな」

「ほぇ?」

 俺がそう言った途端、手をもじもじさせてうつむいてた彩葉はぽかんとした表情でこちらを見た。

「・・・なんだその間抜けな声は」

「だ、だって大和が・・・素直に謝るなんて」

 なんだこいつ、俺が謝る事を知らないとでも思ってたのか?

「あのな、俺だって罪悪感というか何というか・・・悪いことしたなって自覚あるし・・・謝らないわけにはいかないだろ?おまえだって昨日来なかったし、根に持ってんのかなって。だからその・・・・なんだ、悪かったよ」

 あれ?おかしいな、面と向かってちゃんと謝るつもりだったのに、彩葉の顔を見る事が出来ない。それになんだこのむず痒い感覚・・・ああもう、これだから人と話すのはキライなんだ。おい彩葉、おまえも呆けてないでなんか言ってくれ頼むから。マジで間が持たない。そうだ、これを渡さなきゃ。これでなんとか誤魔化せるか?

「彩葉、ほら」

「これ・・・私のノート・・・?」

「おまえ、こんなに頑張ってたんだな・・・全然知らなかったよ。本当にすまない・・・今度はちゃんと教えるから・・・おまえがちゃんと理解出来るまでしっかり付き合ってやるから。だから、その・・・もう一回俺とテスト勉強頑張らないか・・・?」

 ああ、まただこの感覚。掴みどころがなくて、ムズムズする。なんだか自分が変なこと言ってるような気がしてならない。ていうか全然誤魔化し切れてないし。これもコミュ障の症状か?何か叫んでこの気持ちを振り払いたいのを俺はグッと我慢する。

「・・・ふふっ」

 と、その時、なぜか彩葉に笑顔が咲いた。

「・・・な、なんかおかしかったか?」

「ううん、なんか大和らしいなって。中途半端に素直で素直じゃないところ」

 くすくすと笑い続ける彩葉。なんだそれ、おまえは気にしてなかったのか?だとしたらまるで、覚悟決めて謝った俺だけが変に意識してたみたいじゃないか。

「本当、先生の言う通りだったよ」

「先生・・・?」

「いいよ、私も大和と勉強したい。大和と一緒に良い成績取りたい!それに約束したもん、ずっと大和と一緒に居るって」

 そこにあるのは、いつも見ている彩葉の笑顔。この前の事が嘘だったかのよう。それは、俺にはまぶしくてどうしても目をそらしてしまう。

「私こそごめんね、急に飛び出しちゃって・・・もっと冷静になって話し合えば良かったのに」

「まあそこはお互い様、ってとこだな・・・俺も冷静じゃなかったし」

 なんだ、こんなもんか?勇気出して謝ったのに、こんなにすんなりと仲直り出来るなんて。俺の中で渦巻いていた気持ち悪い罪悪感が、急にどこかへ消え去っていった。

 彩葉はただ頬らかに微笑んでいた。本当に、不思議なやつだ。お節介で天然で逆に手が焼けることもあるけど、一緒に居るのが悪くない。幼馴染みって不思議な感覚だ。友達とは違ったまた別の感覚。上手く言葉に出来ないが、悪くない存在かもしれない。

「よし!テストまであと三日!目標に向けて頑張るぞー!」

「そうだな、まだまだ50取れる感じじゃないもんな」

「み、見たの!?」

「当たり前だろ。何今更恥ずかしがってるんだよ」

「だ、だって大和『絶対無理だ』って言うと思ったから・・・」

「もう言わねーよ。・・・俺がおまえの目標達成させてやるから」

「ほんと!?やったぁ!」

「ああもうくっつくな!?暑苦しい!?」

 飛び跳ねそうな勢いで喜ぶ彩葉。いつも通りの彩葉に戻って少しほっとしたが、そうは言ったものの・・・

「・・・今のままじゃ厳しいよなぁ・・・」

 それが現実。どう見積もっても、現段階ではどんなに取れても平均45ぐらいが限界だ。英語は目標超える事は簡単だろうが、そのほかの難易度が高すぎる。特に数学と理科。彩葉が絶望的に出来ない教科だ。あと三日で半分以上取れるようにするのは、普通の勉強法じゃ無理だ。

 今回の数学の出題範囲は三角関数とベクトル。彩葉は三角関数がほとんど出来ない。内容もだいぶ進んでいて発展的な問題が多い。それに対してベクトルはまだ習ったばかりらしく、割と基礎的な問題が多く、彩葉でもある程度は解ける。

 さてどうしたものか。いまから苦手な三角関数をギリギリまで強化するか?運が良ければワンチャン・・・と思ったその時、俺はひらめいた。

 ・・・待てよ?たしか、出題率は半々って聞いたな。ってことは・・・

「大和どうしたの?急に固まっちゃったけど?」

「よし、彩葉よく聞け。これからは苦手分野は捨てろ」

 その時、「?」と首をかしげた彩葉の顔が、徐々に驚きのそれへと変化する。

「えええぇぇぇぇ!?ナンデ!?さっき大和が成績上げてくれるって言ったじゃん!なのになんでそんなこと言うの!?」

 俺の肩を掴み、ガクガクと揺らす彩葉。うん、確かに俺の言い方が悪かったかも。言い直そう。けどその前にそれ止めろ。脳がスクランブルされて目が回りそうなんだが。

「落ち着け、勘違いすんな。苦手教科を捨てろと言ったんじゃない。苦手()()を捨てろといったんだ」

「?・・・どういうこと?」

 理解出来てない彩葉に、俺は丁寧に説明する。

「例えば数学、出題範囲は三角関数とベクトルで、出題率は半分ずつだ。三角関数が壊滅的でも、割と出来るベクトルを完璧にすれば単純計算で50に到達する。もちろん、捨てろとは言ったが基礎はしっかり出来るようにしておく。そうすればベクトルで多少失敗しても大丈夫だし、他の教科もこれで今回はなんとか乗り切れるはずだ」

 そう、あと三日で目標達成するならこの方法が一番可能性が高いはずだ。

 そもそも、全部出来るようにさせようとしてた俺の教え方がいけなかったのかもしれない。俺はその方法で出来てたかもしれないが、一気に大量の事を教えすぎて彩葉は混乱していたのかもしれない。だからどれだけ教えても全く身につかなかったのだ。なら、一度に教える量を減らしてやればいい。まずは得意なところだけを完璧にして、苦手な所をじっくり克服していけばいいのだ。

「とはいったものの、これはその場しのぎにしかならない。彩葉が大学受験するって言うなら、最終的には出来るようにならないといけない。おまえの場合文系だろうが、今時文系でもある程度理系科目も出来ないといけないしな」

「え・・・じゃあどうするの?」

 助けを求めるような目で見つめてくる彩葉。おい止めてくれ、その目で見られると大抵の男子(俺も含む)は動揺せざるを得ないから。

「・・・俺が教えてやるよ」

 今更なんだか恥ずかしくなって、つい小声になってしまう。

「え?」

「だから!俺が最後まで勉強付き合ってやるよ!わざわざ言わせるな全く・・・」

 まただこのむず痒い感覚。こいつと話してると高頻度でこうなるから面白くない。

「大和・・・ありがとう~!」

 何のためらいもなく俺に抱きついてくる彩葉。だからな、止めろって何回も言ってるのになんで伝わねーんだ?そう言うのはな、愛する人にだけするもんなんだぞ。俺じゃなくてそいつにやれ。おまえの事だからそのうちいい男できるはずだから。

 俺は彩葉を払いのけるように話題を勉強にシフトする。

「とりあえず時間ねぇし始めるぞ。ちなみにそのノート、ざっと見ただけでも十カ所は間違えてるから」

「ええぇ!?嘘でしょ!?」

「本当だ」

「そんなぁ・・・」

「俺が見といて良かったな。間違い直しがてら、復習するぞ」

「そうだね・・・うん、頑張る!」

 こうして俺と彩葉は、残りの三日間これまで以上に勉強した。彩葉の得意分野の点数を極限まで上げて、目標を達成するために。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 それから、約一週間が過ぎた頃。

 机の上には折りたたまれた何枚かの紙――テストの答案用紙だ。中身が見えないように綺麗に折りたたまれている。それは、先ほど学校帰りの彩葉が渡してきた物だ。ここに、俺と彩葉の努力の結果が記されているはずだ。俺と彩葉は真剣な表情でそれらを見下ろす。

「うん、今回は手応えはあったよ・・・だから、大丈夫なはず!」

 彩葉はどこか自信に満ちているようにも見える。まぁそれはそれで結構なのだが、俺はやはり少し不安だ。直前まで死ぬほど頑張って「もう大丈夫だろう」と思いながら当日彩葉を見送ったが、その後時間が経つにつれて「あの時ああすれば良かったな・・・」と思い始めて全然落ち着かないのだ。だって、あの彩葉だぞ?準備は完璧だが、本番で何かやらかしそうで気が気でないのだ。

 まあ当の本人が大丈夫そうなのでそれは後に置いておくとして、俺は1つ許せないことが。

「なあ、おまえ点数見てないの?」

「うん、大和と一緒に見たくて――あてっ!?」

 刹那、俺はノートを筒状に丸めて彩葉の頭をすぱんと叩いた。軽くだからそんなに痛くないはず。

「ひっどい!女の子を叩くなんて!」

「おまえさぁ、テスト返ってきたときに確認しとかないと、もし採点ミスがあって点数上がってたらどうすんの?」

 その時、彩葉が目を見開く。その顔には明らかに「盲点だった」と書かれていた。

「・・・大和って、もしかして天才?」

「もうつっこまねぇぞ」

 俺は死ぬまでにあと何回こいつとこんな漫才することになるんだろう?あまり考えたくない。

「まあいい、とりあえずさっさと見るぞ」

「まって、心の準備が・・・」

「うるせぇ、準備があろうがなかろうが点数は変わんねぇんだ!こういうのはパパッと見てしまうのが一番精神へのダメージが・・・少ない・・・」

 俺は答案用紙を奪うように開き、そしてそこに書かれていた点数に言葉を失った。

「え!?なんで急に黙るの!?私にも見せて!」

 横からのぞき込む彩葉。途端、彼女が驚きに満ちた表情になった。

「・・・これ・・・」

 そして。

「ああ、彩葉おまえ・・・」

 目を合わせる。驚きから、喜びのそれへと変化していく。


~花咲彩葉 二年生一学期期末試験~

 国語:57

 数学:54

 理科(化学):50

 社会(歴史):59

 英語:64


 ギリギリだったが、彩葉は見事に目標を達成していた。

「やっったああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 両手を勢いよく挙げ、飛び跳ねる彩葉。その手が、俺の顎を直撃する。

「ぐぇっ!?おまえ、いきなりはしゃぐな!?」

「あはは、ごめんごめん。でもみて!私半分越えたよ!初めてだよこんなの!」

 答案用紙を俺の顔に押しつけるように見せつけてくる彩葉に、最高潮の笑顔が咲く。今までに見たことのないほどのハイテンションだ。見えてる。ちゃんと点数見えてるからグイグイくんな。むしろ逆に見えないんだよ。

「ああ、ああ、分かってるよ」

「ね!ね!私頑張ったよ!」

 そう言いながら、いつも以上に俺に寄ってくる彩葉。なんかおまえキャラ変わってねぇか?

「そうだな、あの三日間でよくここまでいけたよな、ある意味奇跡だぞ」

 正直なところ、俺は全部は無理だと思っていた。三日だけで全教科50は、さすがに厳しいと思っていた。特に理科は、口には出さなかったものの心では諦めていた。

 だけど、彩葉は本気だった。一生懸命だった。だったら、俺はそれに応えるだけ。

 だから今回の成績は、彩葉の努力が引き寄せた奇跡なのだ。すげぇなおまえ、ほんとすげぇよ。

 そして、俺にはもう一つ分かったことが。今回のテストで根本的な教え方を変えた結果、見事に成績を上げる事に成功した。つまり、結局のところ俺の教え方も悪かったのだ。俺はいままで、全部出来るようになるためにたくさんの事を一気に教えていた。その方法で俺が出来ていたからだ。だけど彩葉は違う。彩葉はそこまで器用なんかじゃないのだ。だから、混乱を起こして何もかもがダメになっていた。

『大和の・・・教え方?』

 あの時の彩葉の言葉は、ある意味正解だったんだ。とは言っても、やはり一番の原因は彩葉の勉強不足だが。まあ要するに、彩葉は時間かけてじっくり勉強さえすればちゃんと出来るようになるのだ。

 と、その時、俺は彩葉が少し不満そうにこちらを見つめているのに気付いた。

「ねぇ、私すごく頑張ったんだよ?もっと別の言葉言って欲しいなぁ」

 俺は彩葉の言いたいことを察する。ああ、なんだこいつ相変わらず面倒くさい・・・

 ・・・だが、まあ頑張ったのは本当だし。

「・・・まぁ、よく頑張ったじゃん・・・」

 そう言うと、俺は少し躊躇したが彩葉の頭を撫でた。ふわふわの髪が俺の指に絡まるように手を包み込む。

「えへへ」

 まんざらでもない表情で顔をほころばせる彩葉。そんな彼女を見た瞬間、俺の心臓がどくんと波打った・・・気がした。そう、気のせい気のせいだ。

 そう簡単に動揺するんじゃない俺。気をしっかり保て。

「ねぇ、今日ぐらいご褒美にパフェ食べてもいいよね!?『みらくる』の特大スペシャルパフェを皆で食べよう!」

「待て待て、なんでたかが期末試験で、まるで大学合格したかのようなこと言ってんだよ!?」

 それに、こいつはいつもスイーツ食べてるじゃないか。「今日ぐらい」じゃねぇんだよ。

「いいじゃない!パドラさんの特製パフェだよ?一度食べたかったのよ!」

 彩葉は俺の腕を引っ張りながら、俺を外に連れ出す。

 瞬間、俺らを照らす太陽の光。爽やかな風が運ぶ、初夏の薫り。

 ついこの前までの憂鬱になりそうな天気はどこへやら。

「あっつ!?なんだこれ」

「そりゃ夏だもん!大和、ほら早く行こ!」

「わぁっ!?ちょっと!?少しは落ち着け!」

 ああもう、こいつには本当に振り回されてばかりだ。

 だが、何だろう、悪くない感じだ。

 彩葉に引っ張られながら、俺は晴れた青空の下を駆け抜けた。


 いつの間にか梅雨は去り、やがて幻想街にも夏が訪れる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今回はただ大和と彩葉がイチャラブする回でした。とりあえず僕からは一つ・・・大和、そこ変われ(ニッコリ

とまあ、次章から夏編になるような最後でしたが、あと1話分だけ、夏編に入る前にどうしても書きたいストーリーがありまして、物語の鍵となるあの子を主軸にちょっとだけ。それが終わってから、夏編を書いていこうと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。それではまた。

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