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彩葉の期末テスト(前編)

物語の第二章です。

今回は物語の本編というか、本筋とは関係ない、日常系のお話です。

最後まで読んでくれたら幸いです。

前回よりは上手く書けてる・・・はず・・・

挿絵(By みてみん)



突然だが、ここで彩葉の実力を見てもらおう。


 ~花咲彩葉 一年総合成績~

  国語: 34/100点 379人中358位

  数学: 24/100点    377位(再試験実施、合格)

  英語: 45/100点    203位

  理科(物化生平均): 21/100点 379位(再試験実施、合格)

  社会(地歴平均): 32/100点 369位


「・・・彩葉、話をしよう」

「ななっ、なんの話かな、大和?」

 季節は巡る。桜の花は全て散り、真夏かよと言いたくなるGW(ゴールデンウィーク)が過ぎ、幻想街にも梅雨が訪れていた。灰色の雲が空を覆い、しとしとと雨粒が窓を叩く。外からは雨以外の音がほとんど聞こえてこない。そのせいで、幻想街(このまち)がいつも以上に静かに感じる。

 地球温暖化のせいか、今年の五月は特に暑かった。ニュースでは連日のように猛暑の特集が放送され、熱中症対策なども取り上げられていた。実際、本当に暑かったのだ。かく言う俺もついにエアコンを起動させた。電気代節約のためにギリギリまで粘ったが、結局我慢出来なかった。

 3年前の『結界大崩壊』のせいで、今やここは結界によって隔離された、現世にも異世界にも属さない独立した第三の世界だ。次元の門(ディメンションゲート)と呼ばれる世界と世界を繋ぐトンネルみたいな物はあるものの、外界の影響は基本受ける事はない。3年前まで俺たちの世界と向こう側の世界がお互い影響しなかったように。それだけ結界は頑丈だ。しかし、異常気象に結界は関係ないらしい。俺たちの世界の地球温暖化がダイレクトに幻想街(ここ)に影響を与えているようだ。確証はないが、俺はそうとしか考えられない。実際、電波なども結界は関係ないらしく、普通に俺たちの世界のテレビがここで見れる。

 全くどんな仕組みをしてやがる。突然壊れたと思ったら新しい世界造りあげて・・・もし運命の神様がいるとしたら一発殴ってやりたい。俺のこの能力の分も込めて。

 いかん、話が脱線した。元に戻そう。とりあえずそんなこんなで、梅雨に入ってから気温は幾分か快適になった。太陽が雲で隠れるだけでこんなにも変わってくるのか。しかし、代わりにじとっとした湿気が体にまとわりついて気持ちが悪い。窓を開けようにも雨が降り込んでくるから、むやみに開けることが出来ない。しかし閉め切った状態では部屋の湿度が高くなってしまうので、結果エアコンに頼る事になってしまう。これはこれで勘弁して欲しいが、引きこもりの俺にとっては太陽に照らされるよりも数万倍ましだった。

 それで、彩葉は今年の四月に高校二年生になり、もうすぐ三ヶ月経つ頃になったが、そいつは早々にもある壁にぶち当たっていた。


 彩葉がJKになってから、なんだかんだで勉強のサポートをしてきたのは俺だ。これは自信を持って言える。間違いなく俺だ。今は引きニート状態である俺だが、一年前まではこれでも真面目に高校に通っていた。その時は、まぁはっきり言ってしまえば頭は良い方だった。常に学年一桁はキープ、数学と物理に関しては何回も満点を叩き出した。ある日、同じクラスだったとある女子(そこそこ美少女)に「大和くんって頭いいんだね!」って言われたこともあった。嫌な記憶しかない教室だったが、それだけは別だ。ふふん羨ましいだろ?

 ・・・いやまて、でも俺はその後どう返事したんだ?確か、持ち前のコミュ障を発動させて、意味不明な文章作り上げて、その子ドン引きしてたような・・・あああああああああっ!ナシだナシ!今の話はなかったことにする!

 要するに言いたいのは――

「俺は、おまえにいろいろ教えてきたはずだ」

 そういうこと。なのだが・・・

「そう、だね・・・大和のおかげだよね」

 彩葉、知ってるか?そのセリフは良い結果が出たときにお世話になった人に使うもんなんだぞ。俺がそのお世話した人だが。しかし、問題はそこじゃあない。

 テーブルの上に置いてある紙切れをもう一度見直す。


  総合成績: 365位


 おかしいな。もしかして俺の目疲れてるのかな?一度目をこすって見直してみるが、やはりそこにあるのは“絶望”だけだ。

「彩葉、俺の目に狂いがなければ、この紙切れにとんでもない数字が刻まれてるんだが・・・記入ミスじゃないんだよなぁ?」

「・・・たぶん・・・」

 ぎこちない表情を浮かべる彩葉。悪いが俺は同情できるほど優しくないんだ。容赦なく言わせてもらう。

 第一フェーズ。

「なんか教えてない事あった?」

「ううん、大和は教科書以外にも・・・たくさん教えてくれた」

 なるほどそうか。次。

 第二フェーズ。

「俺、なんか間違えた事教えてた?」

「ううん、大和と取ったノート見返したけど・・・間違いはなかった・・・」

 おーけー、俺は優しくはないが鬼畜でもない・・・多分。堪忍袋の緒はまだ耐えるぞ。次。

 第三フェーズ

「どうしてこうなったか、心当たりあるか?」

「・・・大和の、教え方?」

 プツン。

 俺の中で何かが切れる音。

「ほう・・・言ってくれるじゃねぇか」

 今にも噴火しそうなその感情を必死に抑える。声が震えているのが自分でも分かった。俺は好きで教えてるわけではない。彩葉がどうしてもってうるさいからしょうがなくやってるだけだ。なのに彩葉の成績が一向に上がらない原因を俺のせいにするだと?喧嘩売ってんのか?なかなか商売上手じゃあないかおい。買ってやろうか?

「だって、私だって努力してるもん!」

 へぇ、努力ねぇ・・・

「じゃあ聞くぞ。おまえ、テスト勉強いつから始める?」

 俺は彩葉の目をまっすぐ見てそう言ったのだが、途端彩葉は明らかに目線を右にずらした。

「い・・・五日前・・・?」

「前日だぞ!前日!!おまえそんなんで努力してるとは言えねぇだろ!!」

 さすがに抑えきれなくなった俺は、テーブルに置かれてる成績表をバンバン叩きながら罵声を上げてしまった。

 そう、何を隠そうこいつが俺の所に勉強目的でやってくるのは決まってテスト本番の前日だ。もちろん、何も手をつけてない状態で。面倒くさがりの俺でももっと勉強してたぞ!?果たしてこれを努力と言っていいのだろうか?常日頃から猛勉強してる真面目人に謝れほんと。

「うぅ・・・で、でも今回はちゃんと一週間と三日前に来たよ?」

「はい俺知ってるぞ!おまえがあまりにもひどいから、見かねた小鳥遊(たかなし)先生から注意されたんだろ!」

「なっ!なんで知って・・・!?」

「なんか知らんけどメール来たんだよ。おまえってやつはほんと救いようがねぇなぁ・・・」

 怒りのパーセンテージが振り切り、一周まわって呆れた俺は、もう頭を抱えるしかなかった。

 小鳥遊先生は、彩葉のクラスの担任である女性教師であり、俺の担任でもあった人だ。しかし高校を中退してから連絡手段は切ってあったはずなのだが、なぜか定期的にメールが届いてくるのだ。内容は様々だ。“最近どうしてるか?”とか“気が向いたら学校に来てもいいんだぞ”など、いろんなメールが届く。なぜあの人が俺のメアド知ってるのか・・・理由はなんとなく分かる。大方彩葉が教えたのだろう。全く余計なことしやがる。しかし、メアドを新しく変えるのも面倒だからほとんどスルーする事にしている。今回はたまたま俺の目に入ったのだ。

 担任から警告されたって事は、彩葉は結構ピンチな状況なのだろう。まぁ成績表を見ていれば一目瞭然なのだが。彩葉が超絶低学力なのは知っていたが、まさかここまで追い詰められていたとは(と言ってもその原因は本人にあるのだが)。しかしこれでも下に14人はいるんだよな・・・この14人は一体何者なんだ・・・?是非とも突き止めたいところだが、今はそれどころじゃない。

「とにかく、今回はちゃんとある程度の順位は取らなきゃいけないんだろ?」

「・・・うん」

 担任に注意されたからとはいえ、今回はちゃんと一週間前に来たんだ。こいつもそれなりの努力をする覚悟はできてるのだろう・・・できてると信じたい。俺もずっと教えてるのに一向に成績が上がらないのはなんだか癪に障る。それなりに付き合ってやろう。

 いいか、“しょうがなく”だからな。彩葉を助けるためとかじゃなく、このまま放置してると絶対彩葉も小鳥遊先生もうるさくなるから、しょうがなくやるんだからな!

「とりあえず、範囲の復習するぞ。全教科だ」

「うん!頑張る!」

 こうして、俺と彩葉のテスト勉強が始まった。





 一教科目:数学

「さいんたすこさいんは・・・たんじぇんと?」

「違う。sin^2 θ+cos^2 θ=1 だ」

「あ、そうか・・・じゃあ、さいんぶんのこさいんがたんじぇんと?」

「違う。sinθ/cosθ=tanθ だ!逆だ逆!」

「うぅ~難しいよぉ・・・」

「なんで基本的な公式で苦戦してんだよ!?これからはもっと複雑な公式来るんだぞ」

「うへぇ・・・数学キライ・・・」


 二教科目:国語

「春はあけぼの・・・」

「そう、春で一番(おもむき)があるのは明け方だって意味」

「おもむき・・・?」

「うーん、簡単に言えば綺麗だなぁとか美しいなぁ思うことかな」

「え、でも明け方よりユグドラシルの花が綺麗だったよ?」

「それはおまえの中での話だろ!?そもそもあれは異世界の木だ!約1000年前に書かれた枕草子にユグドラシルの花が出てきてたまるか!」

「う~ん・・・納得できない・・・」

「俺もおまえの思考回路に納得できねぇよ」


 三教科目:英語

「仮定法って?」

「現実ではあり得ない事に焦点を当てた文法だ。分かりやすいので言えば、"If I were a bird, I would fly there soon." “もし私が鳥だったら、そこへすぐに飛んで行くのに”って意味だな。私自身は鳥じゃないし、飛べるわけでもない」

「ふーん、じゃあ“もし私が大和だったら、引きこもりになることはないのに”ってのも仮定法でできるの?」

「なんでわざわざ俺をちょっとディスるような例文作ろうとするわけ?」

「If I were Yamato, I would not become HIKIKOMORI・・・」

「英訳すんな!あと、『引きこもり』以外ほとんど完璧じゃねーか!なんでそういう時だけ出来るんだよ!?」


 四教科目:社会

「源氏物語を書いたのは?」

「藤原道長?」

「・・・摂関政治で有名な貴族の名前は?」

「北条氏!」

「・・・執権を握ったのはだれ?」

「んー、織田信長!」

「本能寺の変で死んだ戦国武将は?」

「豊臣秀吉」

「天下統一したのは?」

「徳川家康!」

「・・・今のおまえにはどうやらタイムマシンが必要なようだ」

「え、どこか間違えた?」

「全部間違ってるわ!どんだけ時代バラバラに覚えてるんだよ!?最初平安時代だったのに気付けば江戸時代じゃねーか!!」

「あ、あれぇ・・・?」


 五教科目:理科

「全ての物質は原子というものでできていて・・・」

「ふむ」

「原子は電子と陽子と中性子でできている」

「電子と陽子と中性子って何でできてるの?」

「・・・おまえ、それは高校レベル超えるぞ・・・まあ、簡単に言えば素粒子というもっと小さい粒でできている」

「じゃあその、そりゅうし?は何でできてるの?」

「そうだな、そこまで来るともはや量子力学の話だが、分かりやすく言うなら波だ。その場のエネルギーが質量に変換されてできるらしい。俺もよく知らんが、最近では“超ひも理論”とか言ってメチャクチャな理論も・・・っておまえ、俺の解説好きの性格利用して時間潰す気だろ?」

「うっ・・・ばれた・・・」

「ほらさっさとやるぞ。とりあえず基本的な元素記号と分子式を覚えるんだ」

「いぃやあぁぁぁぁぁぁ・・・」


 とりあえず、その日から二日かけて全教科の総復習をした。彩葉は、4時半に学校が終わってからそのまま俺のアパートにやって来た。普段は仲のいい友達と一緒に帰るらしいが、一人で急いで帰ってきたという。ちゃんとやる気はあるじゃないかと思ったが、代わりに彩葉はひとつの紙袋を持っていた。帰り道にスイーツ店に寄ったらしく、その店で買ったチョコレートで、これから脳が活動に必要とする糖分を補給し、それからようやく勉強を開始した。糖分なら普段から大量に取っているだろうに。まぁそれで彩葉のやる気が上がるなら、それ以上あーだこーだ言うことはない。俺も一口食べてみたが、まあ悪くはなかった。が、それ以上言うと俺がスイーツに目覚めたと彩葉が勘違い起こして、彩葉設立のスイーツ同好会(メンバーは彩葉、ルーシア、カレン)に加入させられそうになるのでやめておいた。何?考えすぎ?侮るなかれ、彩葉ならやりかねないのだ。

 途中リリィがやって来た。例のごとくパドラがルーシアの喫茶店にバイトしに行ったため、遊びに来たという。しかし、事情を話してカレンと一緒に彩葉のアパートに居るように頼んだ。彩葉のアパートはここから歩いて2、3分の所だから、何かあったらすぐに駆けつけられるだろう。リリィも極度の人見知りは克服したはずなので、相手がカレンなら何も心配することはないはずだ。リリィには申し訳ないが、できるだけ集中できる環境を作る事が最優先だった。彩葉も俺も含めて。

 そんなこんなで、その日は俺と彩葉は5時から2時間ほどみっちり勉強した。――のだが、分かったことはただひとつ。

「おまえさぁ、どんだけ天然ポンコツなの・・・?」

 国語数学英語理科社会、どれをとってもまともに答えられるのがない。国語では作者の伝えたい事を読み取るのが鍵だが、鈍感な彩葉はそれを読み取るどころかどこに書いてあるのかすら見つけられない。特に古典には、今にはない特有の単語や表現技法に苦戦していた。数学に関しては、基礎的な公式を覚えてないせいでそもそも問題が解けない。社会はデタラメ過ぎる暗記でボロボロだし珍回答の連発、理科はもはや論外だった。唯一英語がそこそこ出来ていたが、それでも根本的な語彙と構文が足りてない。

 はっきり言おう。だめだこいつ、早くなんとかしないと。

「うぅ・・・大和、ひどい・・・」

 時刻は7時過ぎ。俺達は晩飯にオムライスを食べていた。カレンとリリィが持ってきてくれたのだ。二人で協力してオムライスを作ったらしい。見た目は・・・正直あんまり綺麗じゃない。上に乗っかってる卵は所々穴が開いてるし、俺のに至ってはほぼスクランブルエッグのようなものになっていた。チキンライスの方も、野菜の大きさはバラバラで統一性がなく、味付けもムラがある。だが味は悪くなかった。どこにでもあるような普通のオムライス、それ以上でもそれ以下でもない。普通に食べられるのなら文句は特になかった。

「ヤマト、さすがにそれはひどすぎよ!彩葉お姉様だって頑張ってるんだから!」

 俺、彩葉、カレンの三人で小さなテーブルを囲んでいた。リリィはここにオムライスを持ってきてすぐにバイトの終わったパドラと家に帰った。家が少し離れているためあまり遅い時間まで俺の部屋に居るわけにはいかないらしい。

「事実を言っただけだ。ったく、どんな生活すればあんなとんでもない学力になるんだよ」

「うわぁん!カレンちゃん、大和がいじめてくるよぉ・・・」

「あー!ヤマトが彩葉お姉様泣かせた!男が女の子を泣かせるなんてほんとサイテーね!」

「うるせーっ!こっちだってあれだけ必死に教えたのに全然身につかないのを見てると泣きたくなるんだよ!」

 なぜ何もかも俺が悪いみたいになってるんだ。元々の元凶といえば彩葉のサボり癖だろう。俺だって本当はこんなアホみたいな勉強会よりも、ネトゲのイベント走ってポイントためてランキング上位に入りたいのだ。課金までしてランク上げたってのに、こんなことで下がってしまってはたまったもんじゃない。

 それとも、本当に俺の教え方が悪いのか・・・いやいや、だって俺はこの方法で勉強してて何度も満点取れてたし・・・やっぱり原因は彩葉にあるとしか思えない。

「それにしても、おまえどうやってあの高校に入学出来たんだよ・・・」

 それは、俺がずっと納得出来ない事。あの低学力で入試に合格したのが不思議でしかない。

「う~ん・・・なんで?」

「質問に質問で返すな」

 本人も分からないらしい。

 俺は特大のため息をつく。これは、この前の桜花祭の時よりもくたびれそうだ。そう想像しただけで全身から力が抜けて卒倒しそうになる。

「とりあえず飯食ったら続きをさっさとやるぞ」

「はぁい・・・」

 それから、俺たちは夜の10時くらいまで勉強した。終わる頃には、俺も彩葉もくたくただった。

 だが、俺らの苦行は、まだ始まったばかりだ。





「だから!ここのθの値はふたつだって、何回言えば分かるんだよ!」

「だって、さっき大和はひとつだけって言ったじゃない!」

「それはθの範囲が違うからだ!何回も説明してるだろ!おまえほんとバカじゃねぇの!?」

 それからは、地獄の日々だった。期末テストまで後五日。基礎的な内容を理解出来てない彩葉のために、俺はゼロから教科書の内容を教えていた。数学の公式を覚えさせ、時代バラバラの日本史を矯正し、理科の様々な法則を説明して、英単語と熟語の暗記・・・やることが多すぎて時間が全然足りない。どこぞの時間の流れを引き延ばす部屋が欲しくなるほどだ。・・・そんな物どの世界探してもない事くらい分かってはいるが。それだけ彩葉の学力は絶望的だ。俺が必死に教えても、一個覚えれば一個忘れる。それの繰り返し。鳥かおまえは。教える側の俺でも、日に日に頭を抱えるようになった。あの方法でもだめ、この方法でもダメ。様々な勉強法を模索するも、空振りのオンパレード。

 そしてその疲れのせいか、俺はだんだんイライラを募らせるようになった。仕方ないだろう。俺だって無感情で生きてるわけではない。人間は一生懸命頑張ったら、大なり小なり見返りを求めるものだ。見返りがあるからこそ努力出来る。しかし、俺の場合それがない。塾や家庭教師ではないから金をもらえる訳でもないし、だからといっておろそかに教えるわけにもいかない。今の彩葉にそんなことしたら、それこそ留年や中退の危機だ。もはや俺に対する見返りは、順位の上がった彩葉の成績表のみ。しかしこれではそれすらも絶望的。それにさっき言ったとおり、ゲームの時間が減少したためさっそくランキングから外れてしまった。見返りどころか損しかしてない。おいなんだこれ。ふざけてんのか?これでイライラせずにいられるか。


「違う違う!この文章が作者の言いたいことだろ!?なんで分かんねぇんだよ!?」


「おまえ全然暗記出来てないじゃん!なんだこれ!?バカじゃねぇの!?」


「だからこの公式使えば一発で分かるのに何で使わねぇの?アホなの!?」


 イライラのせいで言葉使いも悪くなった。もともと悪い方だったが、さらにひどくなっていくのが自分でも分かった。だってそうだろう。俺が必死になって何度も説明してるのに1ミリも学んでない。こんなやつをバカやアホと言わずして何という?

 ・・・だが、どんなにイライラしていてもそれだけは本当に自重するべきだった。

 俺は後々このことを後悔することになった。


「・・・彩葉?どうした?」

 突然だった。彩葉は、いつの間にかシャーペンを持った手を止めてうつむいていた。ついさっきまで懸命にペンを走らせていたのに、今はピクリとも動かない。いや、少しだけ手が震えてるように見える。

「・・・・・・」

 彩葉は何も言わない。うつむいているから顔を見る事が出来ないが、なにか様子がおかしい事は分かる。

「おいどうした?気分でも悪いのか?」

「・・・どうして・・・」

「・・・ん?」

 気のせいだろうか、声が震えてるように聞こえた。

 と思った瞬間。

「――どうしてそんなことばっかり言うの!?」

「!?」

 彩葉の目には、涙が浮かんでいた。

「私だって頑張ってるの!今度こそいい点数取ろうって!なのに大和は、私のことバカとかアホとかしか言わないじゃん!」

 珍しく声を荒げる彩葉。普段のおっとりとした性格からはあまり考えられない言動に、俺は何も言い出せない。

「どうして大和はそんなことしか言えないの!?」

「なっ!?んなことねーだろ!俺だっておまえができるだけ分かる方法で教えてるんだよ!」

 いきなりなんだこいつ、情緒不安定か?

「分からないものは分からないのよ!確かに大和は一生懸命私に勉強教えてくれてるけど、私も一生懸命なの!だけど大和は私が努力していないみたいに言うじゃない!」

「おまえが理解出来ないんだから当たり前だろ!?そんなやつをバカって言って何が悪い!?」

「またそうやって・・・私はそんなこと言われるためにここに来たわけじゃないのにっ!!」

 そう言うと、彩葉は荷物を持って走って出て行ってしまった。涙で濡れた顔を隠すようにして。

「あっ!?おい!彩葉!?」


 教えてやってるのに逆ギレとか、恩知らずにもほどがある。とその時の俺はそう思ったが、頭の冷えた今の俺なら分かる。悪いのは完全に俺だった。彩葉のことを全然考えてなんかいなかったのだ。

 でも、どこかしょうがないだろうという思いもあった。だって、俺の疲労もだいぶ溜まっていた。そんな状態で彩葉にも気遣いするなんて無理じゃないかって。

 まあ一日経てば、何もなかったようにまた来るだろう。今日の事なんかすっかり忘れて、けろっといつもの表情に戻って、またここに来るだろう。あいつはそんなやつだ。

 そう思っていた。


 だが次の日、彩葉が俺の家に来ることはなかった。






 今日は曇りだった。雨こそ降らないものの、梅雨特有の湿気は顕在。空に浮かぶ雲も分厚く、いつも以上に外は暗かった。

 テストまであと三日。普通の学生ならラストスパートかけてテスト範囲の総復習をやるところだろう。俺たちも本来ならばそうするつもりだったが、肝心の彩葉が来てないんじゃあ何も始まらない。やはりこの前のことをまだ怒っているのだろうか?俺の中でなんだか感触の悪い感情がぐるぐると渦巻いている。これが罪悪感というものなのだろうか?何度も振り払おうとしても、この雨の日の湿気のようにしつこく纏わり付いてくる。

 彩葉が来ないから、俺はいつものようにネトゲを始めた。しばらくやっていたら、ランキングも元に戻った。だが、この心がもやもやした感じはなかなか取れない。爽快感のあるゲームをしようと思って、コントローラーを握ってFPSをしてみるも、やはり気分は全然晴れない。まるで今日の天気のようだ。

『私はそんなこと言われるためにここに来たわけじゃないのにっ!!』

 先日の、彩葉の言葉が頭をよぎる。あんな彩葉は初めて見た。いつもはマイペースで、天然で鈍感で、だけど意外と積極的な行動力もあって、いつも笑っていて・・・思えば、彩葉の泣き顔なんて以前に見たことがあっただろうか?俺の見る彩葉は、いつも花の咲くように笑っていた。

 そう思うと、やはり先日の俺はとんでもなくひどい事をしてしまったと痛感する。

「・・・今からでも謝るか・・・?」

 スマホを取り、メッセージアプリを起動する。彩葉のアカウントとのトーク画面を開き、そこに文字を打ち込もうとして、俺は止まった。なんて書けばいい?とりあえず“ごめん”だな・・・それからどうする?“もう一度来てくれ”か?だけど、今の彩葉はおそらく相当怒ってるぞ。そんなんで素直に来てくれるものなのか・・・?

 一度考え出したら切りがない。こんな所でも俺のコミュ障が発動するなんて、俺はどこまでダメ人間になれば気が済むのか?こんな自分が情けない。

 一回思考をリセットしようと、俺は炭酸水を求めて冷蔵庫に向かうべくPC机から離れようとしたそのとき、床に一冊のノートが落ちているのに気付いた。

「・・・彩葉のノートか?」

 床にちらばった衣類やマンガ本に紛れて、今まで全く気付かなかった。

 気まぐれのつもりで俺はページをめくったが、そこには俺の予想を反する物が書かれてあった。俺は思わず目を見開く。

「・・・・これ、全部あいつがやったのか?」

 そこには、ノートの隅から隅までびっしり埋め尽くされた彩葉の文字。俺が今まで教えてきた内容が、そこに全て書かれていた。彩葉らしい小さくて丸みを帯びた字で、ポイントとなるところは色ペンやマーカーで強調し、俺が指定した以外の問題も大量に解いて自分で間違い直しをし、俺が口でしか説明してなかった所などもしっかりとノートを取っていた。所々、何回も消して書いた跡もあった。

 俺はこのノートは見たことない。いつも俺が彩葉に教えているとき、あいつが使っていたノートとはまた別物だ。つまり、このノートは彩葉が自主的に勉強していた証拠。彩葉が、彩葉なりに自分を変えようとした努力の結晶体。

 このノートに懸命に文字を書く彩葉の様子が頭に浮かぶ。あいつは、いつこんな物書いたんだ?友達の誘いを断って、学校の休み時間も机に向かっていたのか?俺との勉強会が終わった後も、家で夜遅くまで鉛筆をノートに走らせていたのか?

 あいつは、俺が見ていない所でもこんなに頑張っていたのだ。

「・・・こんなに頑張れるなら、普段からちゃんとしとけよ・・・」

 ふっと図らずも笑いがでてしまった。なんだあいつ、やれば出来るやつじゃん。

 ページをめくる。最後には、“目標 とりあえず全教科50点!”とでかでかと書かれていた。

 また思わず笑ってしまう。

「全部50って、あいつにとっては相当難しいだろうに・・・ほんと、バカだな・・・」

 だが、立派だ。自分で変わろうと努力する覚悟をしっかり持っている。

「それに比べて俺は・・・言うことだけ言って、出来なければ彩葉を罵倒し・・・分かりやすく噛み砕いて教えるわけでもなく、『出来るようになれ』の一点張り・・・俺の方が数千倍バカでアホじゃねえか・・・これだけの努力を踏みにじられたら、そりゃあいつでもさすがに怒るか」

 結局、俺は彩葉の事を何も考えてなかった。何も見ていなかった。自分だけが大変な思いをしていると勘違いしていた。全然違うじゃないか。俺よりもあいつの方が何倍も大変な思いをしているのだ。

 謝ろう。メッセージとかじゃなくて、直接会って言葉で。

 ノートを持って、玄関へ向かう。

 彩葉は時刻的にそろそろ家に帰ってきてる頃だ。着いたら速攻で謝って、それですぐにテスト勉強の続きをしよう。こんどこそちゃんと彩葉に分かるように教えるんだ。あいつが勉強を嫌がっても、無理矢理にでもさせてやる。だってここまでやって来たんだ。今更止めるなんてあり得ない。

 ドアノブに手をかける。三月に桜花祭で一度外に出たが、それは彩葉に無理矢理連れ出されたから。今回は違う。俺自身の意志で外に出るんだ。

 そう思って、ドアを開けたその刹那。

 ゴンッ!!

「あうっ!?」

 鈍い音とともに聞き覚えのある声。

「・・・おまえ、なんでここに居るの?」

「えっと、それは・・・」

 気まずそうに目線をそらす彩葉が、赤くなった額を押さえながらうずくまっていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今回は前回と違って、大和視点で執筆してみました。いかがだったでしょうか?

感想(どういう所が良かったか、あるいは悪かったのか具体的だと助かります)、アドバイスがありましたら是非コメントしてください。今後の執筆の参考にします。

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