春を祝う祭り(後編)
一章はこれで完結です。
ちょっと伏線張りすぎたと反省してます・・・
二章からしばらくは六人の日常に焦点を当てて書いていきます。
フェリアから電車に揺られ約10分。六人は『中央駅』に到着し、『中央通り』を歩いていた。そこは白銀色の摩天楼の中心。見上げれば、広かった青空も高層ビルのせいでずっと狭く感じる。そして見渡せば、数え切れないほどの人、人、人。中には亜人や獣人、妖精のような人ならざる者もたくさんいる。
この中央通りは、幻想街で一番大きな道だ。都市部を南北に貫くようにまっすぐ続いている。そして中央駅から近い順に『一番通り』、『二番通り』・・・と主要道路が6本交差し、それぞれの大通りを中心に、都市が広がっている。ビジネス、ブランド店、飲食店、エンターテイメント、総合営業施設など、現世異世界問わず様々なものがここに集まってくる。
「最初に『三番通り』にいきましょ!そこでお弁当買うの!桜の下で食べるのよ!後は、いろんな屋台を楽しまなきゃね!射的にくじ引き、金魚すくいも!」
彩葉は指で数えながらスキップするように大和の隣を歩く。カレンとルーシアは、遙か先の方で大はしゃぎし、リリィは後方でパドラにしがみつきながら歩いていた。
「おい、メインは花見だろ。なにフツーに遊ぼうとしてんだ」
「だって祭りなんだから当たり前じゃない」
「・・・頼むから、荷物だけは増やさないでくれ・・・」
対して大和は猫背でだらしなく歩く。しかし、彼はそんなことよりも気になることがひとつあった。
「・・・あのさ彩葉」
「ん?」
「・・・もっと離れてくれね?」
彩葉と大和は、お互いの腕を組みながらで歩いていた。
「ええ~いいじゃない。だって昔はたくさん手繋いでたもん!」
「昔のことなんか知らねぇよ!?いいからさっさと、はなせっ!」
しつこく絡みつく彩葉を、大和は振り払おうとする。彼の顔は少し赤く染まっていた。
「やだっ!大和と手繋ぐ!」
だが、彩葉は頑なに手を離そうとしない。
「い、いやしかし・・・」
チラリと、大和は周囲を見る。すれ違う人々が、こちらにちらっと視線を向ける。彩葉は、控えめに言っても超絶美少女だ。それは、ひねくれた大和でさえ多少なりとも意識せざるを得ないほど。当然道を歩けば、すれ違う男達の目を否応なしに引きつける(本人は無自覚のようだが)。
それが、大和が現在進行形で気にしていること。すれ違う男達が彩葉に目を奪われるたびに、大和の方を見て「なんでこんなやつが」と言わんばかりの目線を投げつけてくる。それは、大和の心にグサリグサリと突き刺さり、順調に彼のSAN値を削っていた。
(ちがうんです!俺も好きでここにいるわけじゃないんですっ!こいつに無理矢理つれてこられたんですっ!だから、お願いだからそんな目で見ないでっ!?ってかいっそ立場変わってくださいほんとおねがいしますっ!!)
なんて泣き言は実際に声に出せるはずもなく、彼はフードでなるべく顔を隠した。
「うぅ・・・人が・・・多い・・・」
「リリィ様?あまり体調が優れないようですが・・・」
「ううん、大丈夫・・・みんなと、一緒に行くって・・・約束したから・・・」
パドラにしっかりとしがみついているリリィは、どことなく気分が悪そうである。手足は小刻みに震え、群青色の目は明らかに焦点が合っていないのが見て取れる。
「しかし、顔色が相当悪いですよ・・・」
「・・・大丈夫、ちょっと・・・びっくりした、だけだから・・・」
リリィは深呼吸してなるべく心を落ち着かせようとするが、顔色がよくなる気配がない。不慣れな人混みに相当滅入っているようだ。
「彩葉さん、俺とリリィ様は少し休憩して後から追いつきます。先に場所取りした所に行っててください」
そんな我が主の姿に見かねたパドラが、リリィの体を支えるように手を添えながらそう言った。
「え、でも・・・」
「リリィ様、無理だけは厳禁です。一度休みましょう」
「・・・分かった」
納得できなかったがこれ以上心配かけるわけにはいかないと思ったリリィは、パドラの言うとおりにすることにした。
「というわけで、後で合流しましょう」
「うん、分かった・・・リリィちゃん、無理させてごめんね」
「い、いえ・・・こちらこそ、すいません・・・」
そう言って、リリィはパドラにおぶられ、なるべく人の少ない所へ休息をとりにいった。
「・・・やっぱり、リリィちゃんには辛かったのかな・・・?」
彩葉はリリィの背中を心配そうに見つめる。
「まあ、後から来るって言ってたし大丈夫だろ・・・とりあえず、前でバカしてる二人組をいい加減止めねえと」
「もう、バカだなんて言わないの」
「事実を言っただけだ」
その時遙か前方で、そのバカのうちの一人がこちらに手を振りながら叫んだ。
「彩葉お姉様!桜並木が見えましたよ!!早く来てください!」
「ほら大和、行こ?」
「・・・俺もリリィと一緒に休憩しに行きたい・・・」
大和はぼそっとつぶやくが、彼に拒否権はないらしい。彩葉に腕を引っ張られ、渋々ついて行った。
中央通りから三番通りへ。その瞬間、目の前の光景が白銀色の世界から鮮やかな桜色の世界へと急変する。それはまるで、これまでモノクロの世界にいたかのように感じるほど、視界が鮮麗に色づく。道路沿いに何本も立ち並ぶ桜の木。日本では一般的な『ソメイヨシノ』がほとんどだ。桜の花びらがひらひらと雪のように舞い降りて、風が吹くたびに空高く舞い上がる。普段は多くの自動車が通る主要道路だが、この日は交通規制により道全体が歩道だ。右端から左端まで、びっしりと花びらで埋め尽くされ、桜色のカーペットを作りだしていた。薄紅色の桜と快晴の青空とのコントラストが、より一層華麗な景色に仕立て上げていた。道の両側に様々な屋台が並んでいる。焼きそば、綿飴、たこ焼き、アイスクリーム、ヨーヨー釣り、射的、金魚すくい・・・数えだしたら切りがない。
「わあぁ・・・!綺麗・・・!」
彩葉の目が、これまで以上に輝く。
「ったく、こんなんネットで見ても変わんねーよ」
しかし、大和は目の前に広がる幻想的な光景に興味はないらしい。いつも通り、彼はひねくれた態度を取る。
「もう、ヤマトくんはそこがダメなんだよ。生と画面越しは全然違うじゃない」
「どうだろな。最新のカメラならワンチャン生より綺麗だぞ」
「そうじゃなくて!匂いとか、風の感覚とか実際に来ないと感じることができないのもあるじゃない」
「さぁな。俺にはよく分からん」
ルーシアの言葉を半分聞き流しながら、早く帰りたいと大和はため息をついた。
リリィが一時離脱したことを知り、少し落ち込んだカレンとルーシアだったが、彩葉が「屋台を見て回ろう」と言い出してから、再びいつものハイテンションに戻った。
「最初はあの射的しましょ!」
彩葉がそう言い出したので、四人は彩葉、ルーシア、カレン、大和の順にコルク銃を握った。一人につき五発。唯一当てたのはルーシアだった。「うさぎのぬいぐるみが欲しい!」と執拗にそれを狙い続け、最後の一発で落とすことに成功した。
「あれれ~?ヤマトくん、さっきFPSゲームなら得意だ~って言ってなかったっけ?」
「うっ、うるせぇ!現実とゲームは違うんだよ」
次にやったのはくじ引きだった。単に箱の中からくじを引くだけの運ゲー。一等から五等まであったが、結局全員五等で景品はスーパーボールだった。
(ガキじゃねぇんだから、こんなのいらねぇよ)
そう思った大和だったが、カレンはなぜかすごい喜んでいた。普通のボールに比べ圧倒的に跳ねるスーパーボール落としてしまったとき、不規則にバウンドしていくボールを、カレンは尻尾を左右に激しく振りながら追い回した。
「あっ!」
どんっと、追いかけることに夢中になっていたカレンは隣を通りかかった人とぶつかってしまった。黒いフードを深くかぶった人だった。長い前髪で顔がよく見えない。
「す、すみません!よく見てませんでした・・・」
カレンはすぐに頭を下げた。しかし、その男は何も言わず、カレンを一瞥しただけで立ち去って行ってしまった。
「・・・なんか感じ悪い人・・・」
一部終始見ていたルーシアはそんなことを言った。
それから四人は、ただひたすら遊び倒した。三番通りを右へ左へ・・・ゲームをするたびに景品が増え、大和はいつの間にかその荷物担当にされ、多くの荷物を抱えながら遊び回る女子三人に必死について行った。ひととおり遊び終えた三人は昼食をどうするか考え、最終的に「それぞれがおいしそうだと思ったのを買ってくる」という結論に至り、大量の食べ物を買ってきた。焼きそば、焼き鳥、唐揚げ、ホットドッグ、お好み焼き、肉まん、焼きトウモロコシ、たこ焼き、串カツ、綿飴、クレープ・・・エトセトラエトセトラ。おまえら本当に食べきれるのか!?とツッコミたくなるような種類の多さだ。否、大和は我慢しきれず実際にツッコんだ。
「おまえらばっかじゃねぇの!?」
とも付け加えて。しかし、目の前のごちそうにテンションが最高潮まで上がった彼女らには大和のツッコミは届くはずもなく、大和は怒りを通り越して呆れるしかなかった。
「なるほど。そんなことがあったんですか」
そして、場所は『幻想記念自然公園』へ。そこで一時離脱していたリリィとパドラが合流した。三番通りから歩いて約五分。多くの桜が植えられたその公園の、小川のすぐ近くの芝生に六人は座った。前日、パドラとルーシアが懸命に取った場所だ。二人曰く、かなりの争奪戦だったらしい。実際、周りは他の団体様でいっぱいいっぱいだった。
「でね、大和ったらすごい下手でね、一回目ですぐ網を破っちゃったんだよ」
「あ、あれは俺が悪いんじゃねえ!おまえが余計なちょっかいだしたから――」
午後1時を過ぎ、徐々に気温が上がってきた。さらさらと流れる涼しげな小川とふわりと吹く春風が、動きまわって少し火照った体にちょうどいい。
先ほどの大量の昼食を食べながら、彩葉はパドラとリリィにこれまでのことを楽しげに話していた。
「・・・いいな・・・私もヤマトさんと、遊びたかった・・・」
誰にも聞こえないように、リリィはぼそっとつぶやいた・・・つもりだったが。カレンの耳がピクッと反応する。
「ん?リリちゃん、今なんて?」
面白いのみっけ!とでも言いそうなにやけ顔で絡みついてくるカレン。
「ひぃ!?な、な、なにも・・・いっ、言ってませ、ん・・・」
「え~~?ほんとにぃ・・・?ヤマトとどうのこうのって――」
「ほっ、本当、ですっ・・・!」
頬を染め、珍しく声を上げるリリィ。そんな乙女な反応をするリリィを見て確信を得たカレンは、彼女の耳元でささやいた。
「大丈夫、秘密にしといてあげるから♪」
「~~~~~~っっっ!!」
完全に胸中を見透かされたリリィは、ついに顔全体を真っ赤に染め上げた。
「・・・おまえらさっきから何やってんの?・・・リリィ?どうした、熱でもあんのか?」
先ほどからこそこそと何か話している二人が気になった大和はそう尋ねたが、どうも二人の様子がおかしいことに気付く。リリィはうつむいたまま何も言わないし、カレンもアサッテの方向を向いてしらを切っている。
「リリィ様、やはり体調が・・・」
「う、ううん、そうじゃないの・・・えっと、パドラは知らなくて、いいから・・・」
どこか必死そうなリリィの様子に、大和、パドラ、彩葉は首をかしげる。唯一、ルーシアが何かを察したように「ふーん・・・」とニヤニヤ笑った。
それからは特に変わったこともなく、桜舞い散る春空の下で談笑していた。たわいもない世間話だった。どこのスイーツ店が美味しいだとか、最近喫茶店に来た面白い客の話だとか、取るに足らないものばかりだったが、それでも彩葉やカレンやルーシアはどこまでも楽しそうだった。桜の花が咲くような彼女らの笑顔を見ているのは、いやいやついてきた大和にとっても悪い気分ではなかった。それはリリィも同じだった。少しずつではあるが自ら声を出すようになり、まれに笑顔を見せる時もあった。ちょっとずつ人と関わることを覚えているようだった。
(なんだ、やればできるじゃん)
自分が言える立場ではないことは十分分かっているが、リリィの懸命なその姿に大和は、父親が子供を見守るような気持ちになっていた。
空を見上げる。どこまでも澄みきった春の青空が広がっていた。
「ぐあぁぁ・・・めっちゃ疲れた・・・」
午後四時過ぎ。大和は大量の荷物を抱え、ようやく帰宅した。それらを全て放り投げて、ベッドに倒れ込む。疲労がすうっと布団に吸い込まれて消えていくような感覚がとても心地よい。
あれから、活発的女子三人組は『リュートリア商店街』へスイーツ巡りの旅(?)をしに行った。屋台で散々食べまくったのにまだ胃袋に入るスペースがあるのかと大和は呆れたが、彩葉曰く、リュートリア商店街に異世界の有名スイーツ店の支店が新しくオープンしたらしい。
(あいつ、スイーツにだけ関してはほんと抜かりないよな・・・)
あんなに砂糖を摂取して太らないのだろうか?と余計なことを考える大和。彼は甘いものには全く興味がなかったので、そこで帰ることにした。久々の外の世界だったから、心身ともに限界だった。しつこく大和を連れて行こうとする彩葉を大和は必死に説得し、なんとか帰宅権利を得ることに成功したが、ゲームの景品やレジャーシートなどの道具諸々を一緒に持って帰ることになってしまった。別れ際、彩葉はとても寂しそうな表情をしていたが、どうせ甘いもの食べれば元に戻るだろうと思い、大和が気に留めることはなかった。それよりも、カレンやルーシアの冷め切った目線の方が心に突き刺さり、それから逃げるように帰路についた。
「にしても、なんで俺の部屋に荷物置いとかなきゃいけねぇんだ・・・?」
彩葉の部屋に荷物運んでおくために鍵を貸してもらおうとしたのだが、彩葉はそれを拒んだのだ。
(俺の所には勝手に入ってくるくせに、なんであいつの部屋には入れないんだよ・・・)
デリカシーは皆無、女心も全く理解していない大和は、いくら考えてもその理由を知ることはできなかった。
しかし、今はそんなことよりも――
「・・・あのさ・・・」
「・・・また、お邪魔します・・・」
「まったく、どこまで貴様は怠け者なのだ。こんなに部屋を散らかして・・・」
「――なんでおまえら俺んちにいるの!?」
大和はベッドから飛び上がるように起きて叫んだ。
気付けば、申し訳なさそうなリリィと呆れた表情のパドラがそこにいた。二人もまた、大和と同じく帰宅組だ。リュートリア商店街は三番通りに比べて道幅が狭い。かなりの混雑が予想されたため、体調を崩しやすいリリィも帰ることにした。しかし。
「ご、ごめんなさい!彩葉さんに、ヤマトさんと一緒にいなさいって・・・言われて・・・」
声を張り上げた大和に驚いたリリィはビクッと体を震わせた。その瞬間、パドラはキッと大和を睨みつけ、リリィを守るように大和の前に立った。
「吠えるな。俺はリリィ様の騎士だ。事と場合によっては切りつけるぞ」
いつの間にか、パドラの腰には一本の細剣が差してあった。
大和は聞いたことがある。異世界では遙か数千年前、ティリア帝国が誕生してすぐ、人間と魔族の大戦争があったそうだ。魔族を率いるのは、存在そのものが災厄だと言われた魔王。その魔王を倒した英雄が今霊体として目の前にいる、元帝国宮廷魔法師団 特務騎士長『パドラ=リィリド=ヴィクトリアム』なのだ。
つくづく、リリィはとんでもないものを召喚してしまったなと、大和は思う。パドラがその気になれば、大和なんてまばたきしてる間に真っ二つだろう。
「別にリリィはいいんだよ。俺の心のオアシスだからな。だがパツキンユーレー野郎!おまえは邪魔だ!視界に入るだけでイライラするんだよ!」
「貴様みたいな男の部屋に、リリィ様と二人きりにさせるわけにはいかないだろう。リリィ様の御身が心配だ」
「俺はリリィを襲ったりはしねーよ!」
ギリギリと歯噛みしながら睨みつける大和に対し、パドラはどこまでも冷静だ。
「だ、だめっ!パドラ、ヤマトさんは、いい人だから・・・」
徐々に険悪な空気になりつつあるのをどうにかしようと、リリィはパドラを止めに入った。
「しかしリリィ様、男は人狼なのです。普段はいい人でも二人きりになった途端、豹変する事だってあるのですよ」
「おい、てめぇも男じゃねぇか」
しかし、大和のそのツッコミは完全にスルーされる。
「で、でも・・・今朝来たとき、何もされなかったし・・・」
その瞬間、今まで冷静だったパドラが驚きに満ちた表情へと変化し、珍しく声を荒げた。
「な――っ!?一人でここに来られたんですか?なぜそれを私に言われなかったのですか!?そうすれば遠隔監視魔法でリリィ様をお守りすることもできたのに―― いいですかリリィ様、世の中にはなりふり構わず女性を襲うクズ人間もいるのですよ!この男がそうだったらどうなされるんですか!?そろそろリリィ様は自分の身を自分で守るということを覚えられた方がよろしいかと」
「俺にそんな悪趣味はないぞ!」
こいつは俺のことをどんな人間だと思っているのだろうか?と大和は思う。少なくともいい人だとは1ミリも思ってないらしい。
「じ、じゃあ・・・パドラは、もっといろんな人を信じる事を、覚えた方が、いい・・・」
すると、珍しくリリィが意を決したように反論に出た。予想外のリリィの行動に、パドラはあっけにとられる。
「な、何をおっしゃるのですか?私はリリィ様を信じてます!彩葉さんも、カレンさんも、ルーシアさんも信頼しています」
「だけど、ヤマトさんを・・・信じてない」
「当たり前です!こんな人間、信用することなどできません」
大和は、怠惰でいい加減で、性格はひねくれていて、確かにそれだけを聞いて彼を信頼する人なんてほとんどいないだろう。だが・・・
「それが、だめ・・・ヤマトさんは、何も悪い事してない・・・のに、悪い人だって決めつけてる・・・それは、パドラがヤマトさんとちゃんと話さないから・・・」
リリィは数少ない語彙を懸命に紡いで言葉にする。
「話さないと、分からない。私がそうだったから・・・今日、みんなとおしゃべりして分かったの・・・彩葉さんも、ルーシアさんも、カレンちゃんも、とても素敵な人たち・・・」
パドラも大和も、素直に驚いていた。あんなに怯えていたリリィが、たった一日でここまで成長するなんて。
「だからパドラ、まだ信じることはできなくても、ヤマトさんと仲良くして・・・」
上手く言葉にできなくても、ひたむきに伝えたい事を声に出すリリィ。そんな彼女に、ついにパドラが折れた。ふうとため息をつくも、床に膝をついてリリィに一礼した。
「分かりました。リリィ様のご命令とあらば」
「・・・違う」
「はい?」
パドラは顔を上げる。
「・・・私の命令じゃなくて、“パドラの意志”で、仲良くして・・・」
「・・・御意」
立ち上がったパドラは、大和に向かって手を差し出した。いつもと変わらない冷静な表情だが、先ほどまでのピリピリした感じはない。
「というわけだ。よろしくな」
「・・・手のひら返しもいいとこだなほんと」
――このリリィの忠犬め・・・
しかし、大和はリリィのおかげで助かったと思った。このまま険悪ムードで一緒の部屋にいるのも耐えられそうになかったのだ。パドラと仲良くするのも癪ではあるが、彼女に感謝する意味も込めて、ここは仲良くしておこう。
「今までのこと、許したわけじゃないからな」
しっかり握手するのもなんだか気まずかったので、軽く彼の手のひらをたたくだけにした。
「奇遇だな、俺もだ・・・だがまあ、せめてもの詫びとして――」
パドラは左手を腰に差してある細剣にかざし、右手を正面に向けた。瞬間、淡い青色の光がパドラを包み込む。普段目にする蛍光灯やLEDのような光ではなく、蛍やケミカルライトのような少しぼんやりしたような、しかしとても美しい光。
――魔法だ。魔法式と呼ばれるものを用いてこの世界に干渉し、様々な超自然現象を起こす異世界の技術。大和は動画では見たことはあったが、実物はこれが初めてだった。予想以上の神秘的な光景に開いた口が塞がらない。
「魔法式 展開、構築・・・・・・完了」
ぶわっと大量の文字の羅列――魔法式がパドラを中心に円を描き、最終的にひとつの魔法陣を完成させる。
「力学系操作魔法『フォース・マニピュレーション』、発動」
刹那、部屋の中にあるいろんな物が空中に浮いた。無秩序に散らばってた衣類やゴミはもちろん、ベッドやタンスなど重たい家具類もすべてだ。そして、パドラが右手を水平に動かすと、浮いた家具はすっと移動し、やがて音を立てず床についた。衣類は畳まれてタンスの中に吸い込まれ、ゴミはきちんと分別されて袋の中に閉じ込められる。マンガ本やラノベはずだだだだっと本棚に高速で並び、台所ではひとりでに蛇口が開き、長い間放置されてた食器がスポンジで綺麗に洗われていた。まるで映画のワンシーンのようだった。なにもかもが、あっという間に整理整頓されていく。長い時間はかからなかった。気付けば、そこは大和の部屋だとは思えないほど綺麗な一室になっていた。
「ふう、まあこんなところか」
一仕事やってのけたパドラは、どこか清々しそうだった。
「・・・とりあえず、説明ぷりーず」
思考が追いついてない大和は、口をあんぐり開けたまま説明を求めた。
「物体に重力以外の力を新しく与える中等魔法だ。上向きに重力と同じ大きさの力を加えて間接的に無重力状態にし、それに別方向の力を加えてその物体を自在に操ることができる」
平然と答えるパドラ。大和はもはや、魔法はなんでもアリな物にしか見えなかった。
(あれで中くらいって・・・もっと上の魔法はどんなやべーやつなんだよ・・・)
その壮大さは、大和には想像できなかった。
それからしばらくした後、大和のスマホが着信を知らせた。彩葉からだった。
「やっほー!いまリリィちゃんとパドラさんと一緒にいるんでしょう?六時に間に合うように幻想記念自然公園に来てね!それじゃ!」
そう言って一方的に切ってしまった。
「あいつ、何をやりたいんだよ・・・」
せっかく帰ってきたのに再び外に出るなんて面倒くさい以外の何物でもなかったが、別れ際の寂しげな彩葉の表情が頭をよぎり、結局五時半頃に出発した。朝の時は一度フェリアによったため少し時間がかかってしまったが、最寄り駅から快速に乗ればすぐに中央駅に着いた。すでに西の空以外は青紫色になり、ポツポツと街灯がつき始めていた。
「あ、やっと来た!もう、六時ギリギリじゃん」
「間に合ったから別にいいだろ」
なんだか、昼間の時と比べて人の数が多い気がする。夜の公園に何があると言うのだろうか。
「で、何をするんだ?」
「ほら、あそこ見て」
彩葉の指さす方向には、一本の巨大な桜の木があった。
『ユグドラシルの花』だ。
ユグドラシルの花は天然記念物に認定されていて、その周りを囲む柵より内側には入れないが、その柵の外側は多くの人々でごった返していた。
「夜桜でも見るのか?」
だが、ユグドラシルの花付近の街灯ななぜか消えていた。これじゃあ暗くてよく見えない。
「んー合ってるけどちょっと違う。・・・もうそろそろかな」
腕時計を確認した彩葉はそう言った。
太陽が、地平線に沈む。ついに辺りは暗闇に包まれてしまった。桜はもちろん、隣にいる彩葉の顔すらもまともに見えない。
(何がやりたいんだほんと・・・)
大和がそう思った、次の瞬間。ぱぁっと急に視界が明るくなり、同時に人々の歓声が上がった。そして、目の前に広がる景色に、大和は声を失った。
ユグドラシルの花が、闇夜の中で光り輝いていたのだ。
ひとつひとつの桜の花から、それぞれが自分の存在を主張するかのような鮮麗な淡紅色の光が、しかしどこか優しさを感じるような柔らかい光が、周囲の暗闇を照らしていた。時折、花の中からぽっと光の粒子が飛びだし、音もなく空へと上っていく。不思議な光だった。優美で壮大で、幻想的な光景。ずっと見ていると、なんだか夢を見ているような気持ちになる。
「わぁ・・・!」
「すごい、綺麗・・・!」
彩葉もカレンも、今まで以上の笑顔を見せる。
何も言わない大和は、完全に見とれているらしい。口を開けたまま微動だにしない。引きこもってからずっとPCやスマホの液晶しか見てなかった彼にとって、目の前の光景はより鮮やかに感じたのだろう。
「これは・・・素晴らしい。しかし、ユグドラシルの花にこんな性質があるなんて知りませんでした」
いつものように平然とした表情だったが、どこか高揚したような声色のパドラ。そこに、ルーシアが一枚のチラシを持って来た。見た感じこのユグドラシルの花に関するもののようだ。
「違いますよ。これは日本の科学技術とティリア帝国の魔法技術を融合させたパフォーマンスです。あの光を発する機会から光を花に投影させて、光学系操作魔法であたかも花自身が発光しているように見せる、最新の・・・ぷろじぇくしょんまっぴんぐ?らしいです!」
その説明を聞いて大和は、なるほどそういうことかと納得する。よく見れば柵の内側に、プロジェクターが数台置いてあったのがチラリと見えた。
「うう・・よく、見えない・・・」
小柄なリリィは背伸びするも、満足に見ることができなさそうだ。
「リリちゃん!前に行って見よ!きっと綺麗に見えるよ!」
「わっ!?カレンちゃん、待って・・・!」
カレンに手を引っ張られ、リリィは人混みの中へ消えていく。
「あ!私も前の方で見たい!」
二人につられて、ルーシアも人と人の間をかき分けて行ってしまった。
「あいつ、わざわざ前に行かなくても見えるじゃねーか・・・」
背の低いカレンとリリィならともかく、女子の中でも比較的高い方のルーシアがこんな人混みの中を走って行ったら周りの人は迷惑だろうに。なぜそこまで考える事ができないのだろうか。
「彩葉さん、ヤマト、リリィ様が心配なので俺も前の方に行きます」
「遠隔監視魔法ってものがあるんじゃねーの?」
「ですが、なにかあった時この人混みじゃすぐに駆けつけられないので」
「・・・そうか」
そう言って、パドラも三人の元へ行ってしまった。その場に残ったのは大和と彩葉の二人だけになった。
「久しぶりだね、こうやって二人きりで話すの」
巨大な夜桜を眺めながら、彩葉はそんなことを言い出した。
「んなことねーだろ。昨日だって俺んちに一人で来てたじゃん」
「でも、大和はゲームに夢中でまともに話してくれなかった」
彩葉の言うことは、確かに事実だった。返す言葉が見つからず、大和は彩葉から目線をそらす。
「ほんと、大和は変わっちゃったなぁ・・・昔はもっと素直でいい子だったのに」
「・・・その言い方、おまえは俺の母親か何かか?」
子供扱いされているようで、大和は面白くない。
「ねぇ、今日はどうだった?」
大和の顔をのぞき込むように見上げる彩葉。
「・・・どうだったって言われても・・・おまえらに馬車馬のようにこき使われて疲れただけだったし」
「でも大和、いつもより楽しそうだったよ?」
「なっ!?」
その言葉に、大和は驚きと疑念を隠せない。
(俺が楽しそう?何言ってんだこいつ?)
だって自分は好きでもない(むしろ嫌っている)外出を強要され、大量の荷物を押しつけられ、あの三人にいいように使われただけじゃないか。なのに、なぜ彩葉はそんな事が言えるのか?
頭の中でそんな思考がぐるぐると駆け巡る。
「だって、射的の時もくじ引きの時も、金魚すくいの時も輪投げの時も、みんなでご飯食べる時も、今こうやって桜を見てる時も、いつもの目より輝いてた」
「・・・・・・」
なんて言葉にしたらいいか分からないといった表情の大和。確かに、普段の彼の目はまるで腐ったような目つきだ。能力のせいで人生は狂い、世界の理不尽さに絶望し、何もかもがどうでも良くなって部屋に引きこもってから、まるで死人のようになってしまっていた。
(なのに、俺の目が輝いていただと・・・?)
にわかに信じられない事だ。
しかし、彩葉は・・・
「私は、今の大和の方が好きだな」
それが、さも当然だと言わんばかりの笑顔。
そうやって微笑む彩葉を見てると、なんだか頬が熱くなり、どくんと心臓が波打ち、胸が少し苦しくなるのを感じた。
(お、お、落ち着け雪村大和18歳!年齢=彼女いない歴!そうだ、俺は誰かに好かれる人間じゃない!そもそも話の流れでこの場合の“好き”は恋愛的な意味ではないことは分かりきっているっ!動揺するだけ無駄だ!)
「すすすっ、す好きって、いい言ったって・・・お、俺は関係ねぇよ・・・」
平常心を装って言ったつもりが、力がこもりすぎたのか声が裏返ってしまった。さらに気まずくなって、大和は彩葉の顔を見ることができない。
(そうだ、彩葉が誰かを(恋愛的な意味で)好きになるなんてまずあり得ない・・・はずだ!だってこいつは脳天気で鈍感でマイペースで・・・普段の性格からそんなこと想像できないし・・・)
若干パニックになってオーバーヒートを起こしている脳をフルに活用し、自分を無理矢理納得させようとする大和。
そんな大和を見て、彩葉は可憐に笑う。その顔が、実は二人きりになってからずっと少し赤みがかっていた事に、大和は気付かなかった。
夜風が吹いて、花びらがきらきらと宙を舞う。
「ねぇ、大和は今日楽しくなかったって言ったけど、でも悪くもなかったでしょ?」
「まぁ・・・違うといえば、ウソになるかもな・・・」
それは確かに、動かぬ事実だった。
「大和はさ、リリィちゃんに言ったよね。リリィちゃんの思ってるほど私達は悪い人じゃないって」
「・・・言ったな」
今朝の事を思い出す。彩葉とカレンは大和を驚かせようと部屋に忍び込んでいた。その時に聞いたのだろう。
「それ、大和にも似たようなこと言えると思うの。大和の思ってるほど、世界は理不尽じゃない」
「・・・・・」
大和は彩葉の言いたいことをなんとなく察する。
「私は知ってる。崩壊が起きてから3年間、大和がとても辛い思いをしたこと・・・」
(やめてくれ・・・)
今までの事が、ずっと忘れようとしてきた事が、ふつふつと湧き上がってくる。
「でも、今日外に出て分かったでしょ?世界は嫌なことだらけじゃない。楽しいことだっていっぱいある」
(頼む、もうこれ以上は・・・)
「――――・・・」
「嬉しい事だっていっぱいある。今が辛いのは、これから良くなる予兆だよ」
(違う。そんなこと、あるわけない)
「――――は・・・」
脳裏にフラッシュバックするのは、結界大崩壊後3年間の記憶。
「そうじゃないって思うなら、探しに行こう!大和にとっての“楽しい”を。だから――」
――無理だ。もう、限界だ。
「彩葉!!」
「――っ!?」
大和は、耐えきれず叫んでしまった。周囲の人がこちらに好奇の目を向けてくるが、かまってる余裕がない。気持ち悪い。吐き気がする。頭が痛い。さっきから手の震えが止まらない。
大和の代わりに、彩葉が慌てて周りの人に頭を下げた。
「や、大和・・・」
「おまえには分かんねぇよ。俺の過去を知ってても、俺の辛さは・・・」
彩葉は何も言えない。なぜなら、大和の言ってることが正しいから。大和が辛い思いをしてるのを知ってても、その辛さは本人しか分からない。彩葉は想像することしかできないから。そこで「分かるよ」なんて言っても、それは大和からしてみればただの虚言。偽りの理解を示したところで、一体何になると言うのだろうか?
・・・・・・・・・・・
・・・・・
手に、ぬくもりを感じる。優しくて、安心するような。
「!」
見れば、彩葉が大和の震える手を握っていた。柔らかに、だけどしっかりと。
徐々に、手の震えが止まっていく。不安定だった感情も、落ち着きを取り戻す。
「確かに、私には分からない。でも、これだけは知っておいて欲しい」
大和の顔をしっかりと見つめて。
「たとえ世界全体が大和の敵になったとしても、私だけはずっと大和の味方だから。ずっと、大和のそばにいるから。ずっと、大和を信じてるから」
きゅっと手を握りしめる彩葉。一片の迷いなんてどこにもない、まっすぐな目で大和を見つめる。
『僕って・・・やっぱり生きてる意味なんてないのかな・・・?』
『そんなことないよ!×××がいなくなったら私、悲しくなるもん!』
『でも・・・』
『約束する!私がずっとそばにいてあげるから!だから――』
――だから?
『一緒に笑おう!』
「・・・そうか・・・だったら、俺もおまえを信じる。今すぐに立ち直ることはできねーけど、いつか必ず・・・」
「うん・・・待ってる。いつまでも・・・」
見上げれば、満点の星空。ここ幻想街では、なぜか街の光があっても星が見える。複雑な結界の影響ではないかと言われているが、真相は誰にも分からない。
星空の下で壮麗に咲き誇るユグドラシルの花を眺めながら、彩葉と大和はいつまでも互いの手を握りしめていた。