169、結婚式
少し早めに家を出て、バウンティの妹ちゃんのお墓にお参りに行く。前々から約束していた。
「妹ちゃん始めまして! カナタです。今日ね、バウンティと結婚するよ! 許してくれるかな? お祝いしてくれるかな? 絶対幸せにするからね!」
「ん、またくる」
お墓にお花を添えて、しゃがんで話しかけた。バウンティは少し嬉しそうに微笑んで、まるで小さい子供の頭を撫でるかのようにお墓の上をそっと撫でていた。
手を繋ぎゆっくりと歩いて式場に行く。
「カッリメアさーん、おっはよーございまーす」
「……スッピンで来る花嫁がいますか!」
「おぉ、開口一番に怒られた。化粧品とか持ってないし」
「ハァー。着替えるわよ! バウンティは花婿の控え室に行きなさい」
「ん」
「後でねー」
手を降ると少し寂しそうだった。相変わらず可愛いな。
花嫁の控え室で着替えを始める。
「あら、ファスナーが……」
「ひっ。太った? おやつ食べ過ぎた!?」
「引っ掛かっただけよ。動いたわ」
つわりだなんだと言って、おやつをモリモリ食べていたので本気で焦った。
「髪はこれでいいわね? ほら、こっち向いて。口紅だけでも塗っておきなさい」
前髪を流すように編み込んで飾りまで付けてもらった。
仕上げにと、カリメアさんの口紅を塗られた。
「……絶望的に似合わないわね」
「カリメアさんの真っ赤だもん! 塗らなくていいですよー」
「ちょっと待ってなさい」
カリメアさんが控え室を出ていった。暇なので足をプラプラさせつつ考える。
なんやかんやあったけど、今日まで凄く早かった気がする。まだ九月だ。バウンティの誕生日に式が出来るのは良かったけど、怒濤の日々過ぎだ。
「カナタちゃん、プラプラして可愛い!」
後ろから抱き着かれた。これはユーリちゃんだな。
「ユーリちゃんどうしたの?」
「貴女の為に連れてきたのよ!」
――――んん?
「カナタちゃん、目閉じてー」
「はーい」
――――何か塗られた。
「うん、カナタちゃんはナチュラルピンクが似合うね! チークも少し付けたからね!」
「おぉ、ありがと。女子力高いなぁ」
「貴女は全く無いわね」
カリメアさんに断言された。地味にショック。
「ちゃんと手紙は書いてきた?」
「はい! 私の国の文字で書いたから、あげても微妙でしょうけど」
「大丈夫よ、どうせあの子は一言一句違えずに覚えるから」
「……それもキモイ」
「きゃははっ。カナタちゃん酷い! 旦那さんに対する感想じゃない!」
「だって、語尾まで覚えてるんだよ!? しかも、覚えてても理解してない事が多いんだよ! 特に感情面!」
何度それでケンカしたことか。そもそもケンカし過ぎだと思う。
「あの子の場合、他人の感情を考えるようになっただけでも凄いわよ。真面目に……ぶふっ『初めてのお付き合い』読んでるしね……あははは!」
「え? 何で判るんですか?」
「餃子パーティーの時、貴方達の家の中を案内させたじゃない?」
「はい」
「隠し場所見付けたのよ。ぺ…………ページに折り目、付けてたわよ! その後、王都に行く前に泊まったでしょ? 折り目が……増えてたのよ! あはは!」
「マジですか! ちょ、馬鹿だ! どこにあったんですか!? 見たい!」
「……たぶん貴女が絶対に見ない場所よ。うふふふ」
そんな馬鹿話をしていたら時間になった。
しずしすと頑張って歩く。スタスタと歩いたら怒られた。謎ルールだ。
式場で立ち位置に着く。日本とは色々と形式が違うので指示されるままに動いた。
神父的な位置にはゴーゼルさんとカリメアさんがいる。
招待客の中の一番偉い人が証人になるらしいのだ。
「新郎、新婦は誓いの手紙を読みなさい。先ずは新郎から」
「はい」
バウンティがカサリと手紙を開く。赤に近いオレンジ色の封筒の中から薄い黄色の紙が出てきた。
――――おぉ、私ってそんな感じなのかぁ。
それぞれをイメージした紙を買うと二人で買いに行ったが、何を買ったかは内緒にしていた。
色に気を取られているとバウンティが朗々と読み始めた。
「カナタ、お前と出会って俺の世界は色や光で溢れた。初めて人が愛しいと思えた。始まりは少し歪だったよな? それでも、カナタは愛してくれたな? 凄く嬉しかった。お前に出会う為に生まれて来たんだと思えた。前にも言ったが、カナタは俺の太陽で、月で、雲なんだ。真夏の入道雲みたいにぐんぐんと大きくなって空っぽの俺を満たしてくれる。時々雷雲みたいに荒ぶるけどな。きっとまたケンカするだろう、カナタを怒らせるだろう、そして泣かせるだろう。でも、頑張って仲直りしような? 溢れるほどの愛でお前を包むから、いつまでも俺の隣で太陽のように笑っていて下さい。笑っていてくれたら、それだけで何も要らないってくらい幸せデス。いつか、俺達の人生に幕が下りる時は『また会おうな』って笑って抱き締められたらいいなと思う。カナタ、いつまでも愛してる」
破顔して手紙を渡された。前がよく見えない。
「カナタ、鼻水も出てるぞ? ふはっ」
「バウンティが出させたの!」
「ん、ごめんな?」
カリメアさんに小さな声で怒られながらダバダバと流れる涙を拭き、チーンと鼻水をかんだ。会場から笑いが起きたのが解せない。
「では、新婦も手紙を読みなさい」
「はいっ!」
――――しまった。
力いっぱい返事してしまった。また笑われたし。
「バウンティ、初めて見た時はね、顔が怖いなと思ったんだ。魔王降臨かと思ったよ。だけどね、話してるとすぐに温かい人だなって感じたんだよ? 訳の解らない状況だったのに助けてくれてありがとう。出会って翌日に結婚するとか馬鹿な事決めて『大丈夫かこの人?』とか思ったり、いつでもどこでもイチャイチャしたがるから、多少ウザイなとか思ったりしてたけど……あ、まぁ、それは今もか。あははは! でも、大好きだよ! 私のこんな暴言や悪態聞いてもキスしたら許してくれるチョロンティは凄く可愛いくて好き! あー、顔が魔王になってるよ? ふふっ。怖いバウンティ、強いバウンティ、優しいバウンティ、色々いるけどね……私は可愛いバウンティが大好物なんだ。『初めてのお付き合い』を愛読書にしてる所とか……ってこれ言うと怒られるんだった! あははは! 読むの飛ばすつもりが、書いてたから読んじゃったよ! ごめーん」
会場から爆笑が起こってしまった。主にゴーゼルさんとジュドさんの声が聞こえる。バウンティの魔王顔がより一層酷くなってしまった。
「あはは! そーいうイジケた顔も大好きだよ? えーと、続き読むね。これからも泣いて、怒って、ケンカして、最後は仲直りして笑って抱き合って眠りたいな。いつかね、いつか死ぬ時が来たら、根性でバウンティより一分でも一秒でも長く生きて見送りたいんだ。根性で何とか出来るかな? 何とかしたいなー。だってね、私が先に死んだらバウンティは絶対にボロ泣きするでしょ? バウンティの可愛い泣き顔は私だけものなんだよ? 誰にも渡さないからね! 愛してるよ、バウンティ!」
手紙を閉じてバウンティに渡す。
「おっ、泣いちゃう?」
少しウルウルしてるので首を傾げて聞いてみた。
「馬鹿」
罵られた。解せぬ。
「では、誓いの口付けを――――」
「うぇっ、聞いてない! みんなの前でやんの!?」
「カナタ…………」
しょんぼり顔のバウンティに腰を抱かれた。
「嫌がるだろうから伏せてたけど『うぇっ』は無いだろう?」
そう言いながら、徐々に口を半開きで顔を近付けてくるので「触れるだけのやつで!」と慌てて注文した。
舌打ちされつつの誓いのキス。
――――チュッ。
皆が立ち上がって拍手してくれた。なんというか恥ずかし過ぎる。きっと全身が真っ赤だろうな。
「ここに二人の婚姻を認める! ワシとカリメアが保証人だ。そしてこの場にいる皆が証人だ。お前達の未来に永劫の光が降り注ぐよう祈っている」
「はい、ありがとうございます」
「ん」
式はこれで終了、後は一階で立食パーティーだ。
ウエディングドレスで参加してもいいのだが、汚す自信があるので、私は以前着た紺色のドレスに着替える。
「ドレスを脱がすのは新郎の役目だけど…………脱がすだけよ! 解ってるわね!」
「ん、だいじょーぶ」
「うわー、信用ならないよ、その返事の仕方!」
「……十五分したら入って来るわよ!」
カリメアさんがとりあえず控え室から退出した。
「十五分じゃ無理じゃないか。チッ」
「うぉーい、なに考えてんの! 何がどう無理なの! はい、ファスナー下ろす!」
背中を向けると、チリチリとゆっくりファスナーを下ろされた。シャッと脱がせて欲しい。
「バウンティ、幸せ?」
「ん、凄く」
「あははは。私もー!」
着替えてバウンティとカリメアさんと一緒に会場へ向かう。
皆に挨拶しながら会場内を回って時々食べ物をつまむ。どこからかカレーの匂いがした。匂いでちょっと胸焼けしつつ料理の側にいる従業員をチラリ見る。ここはたしかジュドさんのブースだ。
「カンさん!?」
「気付くの遅っせー」
「何でいるの? お仕事は?」
「夏期休暇でこっちに来たんだよ。バウンティからのサプライズだぜ」
チラリとバウンティを見ると子供みたいに笑っていた。
「成功か?」
「うん。成功!」
カレーパイが食べれなくてちょい凹んだ。
カンさんは数日前からラセット亭に泊まっているらしい。ジュドさんと意気投合して毎日何かしら一緒に作っているそうだ。
「カナタちゃんが、料理の腕は一般的だって言ってたのがやっと理解出来たよ。カンすげぇわ! 俺、惚れたー!」
「まじか。俺、男色の気とか無いからな!」
「うひゃひゃひゃ!」
爆笑していたらカリメアさんに怒られた。花嫁がアホみたいな爆笑をするなとのことだ。
強制連行され色々な人に紹介された。初めての会う他の透明石や紫石の人達。皆強そうだ。
何故か全員から頭を撫でられ、バウンティがその手を叩くというコントを繰り返した。
以前、一瞬ひと悶着したクラリッサさんとも挨拶した。薄いピンク色の髪の毛がとても印象的な長身の女性だった。
クラリッサさんに急に頬にキスされ抱き締められた。
「こんな無愛想な男より私に乗り換えない? カナタ可愛いわ! もー、あのお手紙で心が奪われたわー! 凄く可愛い!」
ムッチュムチュと頬にキスされたので、たぶん口紅がベッタリ付いている気がする。
「止めろ、返せ!」
クラリッサから剥がされて、バウンティに抱き締められた。頬をグリグリ拭かれたが、扱いが雑だ。そして、周りからはピューピューと口笛が聞こえて来た。何か恥ずかしい。
「うわー。本当にバウンティが表情崩してるじゃないですか。式で目の錯覚かと思ったけど……ゴーゼル様、アレ本物のバウンティですか?」
後ろの方でゴーゼルと若い男性の話し声がする。ゴーゼルが爆笑しながら近付いてきた。
「カナタ、こいつはバウンティと良く組ませてるアダムだ」
「あー! バウンティが招待状送ってた人! 初めまして」
「初めましてカナタさん」
「返事で間に合わせるって言われてましたけど、どこにいらっしゃったんですか? って聞いても大丈夫?」
「大丈夫だよ。ローレンツの南の方に国有の無人島があんだけど、そこは鉱石が多いんだよ。まぁ、簡単に言うと不法採掘者が後をたたなくてなぁ。殲滅的な?」
アダムさんがグリグリと私の頭を撫でつつ教えてくれた。バウンティと組んだ仕事の話を聞けて楽しかった。
ハミルトンさんの所で弟くんに挨拶する。テッサを「大事にしてね?」と釘も刺しといた。ノンアルも盛況で良かった。そして、クシーナ菓子店は何処よりも盛況だった。
リズさんやテッサちゃんとも沢山話せた。テッサちゃんがモリモリとケーキを食べているので「太るよ?」と後ろから小声で脅していると、リズさんに「大人げない!」とチョップされた。
招待客とワイワイと歓談している間にいつの間にやら夜になっていた。
「さぁ、もう暗くなりましたわ。これからは夫婦水入らずの時間です。解散といたしましょう」
カリメアさんのそんな挨拶の後、バウンティが皆に挨拶した。そして急にゴーゼルさんとカリメアさんに向き直った。
「――――師匠、カリメア。育ててくれてありがとう。感情が乏しい俺を愛してくれてありがとう。二人を見ていて夫婦に憧れたんだ。素敵な奥さんが欲しいと思った。素敵かは……まあ、時々微妙だが……」
「何だとゴルァァァ!」と叫んだが皆が笑うので、もしかしたら総意なのかもしれない……ショックだ。
「ははっ。そんなんでも今凄く幸せです。もし、何かあったらまた頼ってもいいですか? 二人は両親だから、甘えていいですか?」
「バウンティ……あぁ。お前達は家族だからな! いつでも来い」
「体ばっかり大きくなっちゃって。中身はまだまだ子供よね。いつでもいらっしゃい」
皆に拍手されながら迎賓館を出る。手を繋いで家までゆっくり歩いた。
途中、色んな人におめでとうと声を掛けられ嬉しくて少し泣いてしまった。
――――ガチャッ。
「ただいまー」
バウンティより先に入って振り返る。
「ん、ただいま」
「お帰りっ! バウンティ!」
――fin――
全編、ムーンライトノベルズさんへ移行終了しました。
読んでいただいた皆様、ブクマ、評価、応援、ご指摘して頂いた皆様、申し訳ありません。そして、ありがとうございました。