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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
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第96話 死者の日

こんにちは。

ブックマークや評価いただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第96話です。宜しくお願いします。


 明日は『死者の日』だ。


 死者の日は日本でいうお盆休みのようなもので、死者を弔うための祝日だ。この日から3日間のどこかで都民たちは王都東側にあるネムルト霊園を参拝する。

 この国の墓地では、遺体のアンデット化を防ぐため火葬した後、骨を入れた骨壺をグレイヴヤードと呼ばれる薄い墓石の下に埋めている。そして墓へ花をお供えし拝みに行くのが風習となっている。仕事も職業によっては休みになるほどの一年のうちでは大イベントだ。


「明日はなんかする? なんか死者の日らしいけど」


 ベッドに寝転がりながら部屋に集まっている皆に聞いた。


「皆はお墓参り行かないの?」


 ブラウンが床に座って芋を素揚げにした菓子をかじりながら言った。


「いや、だって俺の身内の墓ここにないし」


 あるとすればアラオザルか日本だ。


「僕も王都に先祖の墓はないからねぇ」


 フリーも菓子をつまみながら言う。


「オズは? お前王族だから行事はあるだろ?」


「兄たちは行くようだけど、俺は特に」


 オズはベッドに左足を立てて腰かけたまま興味無さそうに答えた。


「王子なのに?」


「第3王子ともなれば結構自由なんだよ」


 オズはヒラヒラと手を振り言った。


「そういうもんか。じゃあブラウンは?」


「行きたいけど、正直家族に会いたくないし…………」


 ブラウンはうつ向き加減でモジモジと言った。


 行きたいけどか…………。



「だったら今日の晩から行かない?」



「「「へ?」」」



「夜中なら家族に会う以前に誰もいないだろ?」

 

 俺の考えてるイメージはそう、『肝試し』。


「いやいやいやいや、お墓だよ!? 夜に行ったらお化けが…………!」


 ブラウンは激しく首を横に振る。


「へぇ、ブラウンはお化けが怖いのか?」


「ここここ怖くないよ!?」


 しどろもどろでブラウンは答える。


「いいんじゃないか。暇潰しにはなりそうだ」


 オズの退屈そうだった顔にやる気が出た。


「マリジアとシャロンも誘う?」


「お、いいねぇ」


 2人を誘うと聞いて、フリーは見るからにやる気が出た。


「だろ?」


 まぁ、フリーがもっと女子と仲良くなりたいってのはこないだ聞いたとこだし。


「それに、マリジアたちと一緒に行けば…………」


 フリーの耳に小声で言う。


「行けば?」


「怖がったマリジアかシャロンに抱きつかれるかも」


「!!」


 フリーは口を開いたままポンッと手を叩いた。


「行こう!」



◆◆



 夜中、学園をこそこそ抜け出し、霊園に向かうために馬車タクシー乗り場へ向かう。


「な、なんでこんな時間に行くのよ!」


「まぁまぁ」


 シャロンがニコニコしながらわめくのマリジアの肩を押さえている。


「とりあえず一番怖がった人は罰ゲームなー」


「なっ、なんでよ!」


「あれ? ひょっとしてマリジアは怖いの苦手?」

 

 黙るマリジア。


「ふ、ふん! いいじゃない。そういうことなら負けないわよ」


 お嬢様はプライドが許さないようで意地でもノッてきた。


 到着したネムルト霊園は時間も時間で月明かりで青白く照らされている。たまに薄く広がる雲が巨大な月を覆い隠し、辺りが薄暗くなる。


 ネムルト霊園は王都唯一の霊園で、全都民の墓があるため、小さな町くらいの大きさがある。霊園入り口の門をくぐれば、斜面に並ぶ長方形の墓石が芝生に等間隔に並べられている。あれの下には骨が埋まっているのだろう。昼間に来れば、パッと見は一面芝生の公園のように見える。


「やっぱり、こ、こんな時間に墓地に行くなんて、ダメだよぉ」


 入ってすぐ、ブラウンが俺の腰にしがみついてきたので無理やり引きずっている。


「お前も行くって言ったんだろー!?」


「言ったけどーー!」


 振りほどこうとしたけど、ブラウンは必死で振りほどけない。


「ふ、ふん。ブラウンは情けないわね」


 そう言うマリジアは強がっているが、腕を組んだ人差し指がずっとトントントントンと動いている。


「マリジアは平気なの?」


 本当に平気そうなシャロンがのほほんと聞く。


「あ、あたしは平気よ!」


「ふぅん?」


 含み笑いをしながらシャロンが何かこそこそ手持ちのポーチをあさっている。


 何してんだ?


 取り出したのは氷属性の魔石。


 あー。



 ぴとっ…………。



「うひゃあああああああ!!」



 頬に冷たい魔石を付けられたマリジアは跳び跳ね、腰を抜かした。


「あはははは」


 おっとりしたシャロンが珍しくお腹を抱えて笑っている。


「ちょっとぉ! シャロンのバカ!」


 楽しそうだなぁ。


 フリーと俺はニコニコと2人のやり取りを眺めている。


「ふわああああ」


 オズは手を口に当ててあくびをしていた。


「じゃあ一番奥の王家の墓まで2人ずつ行って戻ってこよう」


「嫌よ!」


「やだよー!」


 マリジアとブラウンがハモった。


「あれ? マリジアは平気なんだろ?」


「へ、へ平気に決まってるじゃない! や、やってやろうじゃないの!」


 マリジアはムキになって答える。


 扱いやすいなぁ。


「じゃあ決まり」


「ええええー!?」


 ブラウンの悲痛な泣き声が真っ暗な霊園に響く。


「組分けはどうするかな」


「あ、だったら僕に任せてよねぇ」


 フリーが懐から何かを取り出した。


「ん?」

 

「ふっふっふ、こんなこともあろうかとくじ引きを作ってきてたんだよねぇ」


 フリーが出したのは木の棒でできたくじだ。手で隠した先端には3種類の数字が書かれている。


「お、準備がいいな」


 まぁ、女子のどっちかと一緒になるという下心満載だろうけど。


「じゃ、ほらほら引いて引いてー」


 皆がおそるおそる手を伸ばしてくじを引く。その結果。


 1番:マリジアとシャロン

 2番:フリーとオズ

 3番:ユウとブラウン



「なんでだああああああああ!!」



 フリーが崩れ落ちて芝生に手をついた。


「いや、そりゃこういう結果もあるだろ。本気で泣くなよ気持ち悪い」


 女子と一緒じゃなくて泣きわめくフリーを他所にマリジアとシャロンは互いが一緒で安心したようだ。


「良かったシャロンが一緒なら心強いわ!」

 

 特にマリジアは親友と一緒で嬉しそうだ。


「僕もユウなら安心だよ!」


 ブラウンも俺と一緒で嬉しそうだった。


 いやブラウンお前な?


「俺は誰でも良かったが?」

 

 オズはあんまり興味無さそうなのでとりあえず引っ張っていく。


「じゃ、始めようか」



◆◆



 ざわざわと風が静かに木々を揺らし、夜行性の鳥の鳴き声が夜の空に響く中、霊園の入口からマリジアとシャロンがスタートした。


 後ろから見守っていると、マリジアがへっぴり腰でシャロンにベッタリくっつき、びくびくしながら進んでいる。


「お墓参り来ただけなのにぃ~!」


「まぁいいじゃない。楽しいんだし」


 シャロンはニコニコしながらマリジアの頭をよしよしと撫でている。


「全然楽しくないー。シャロンの馬鹿~!」


 泣きべそをかいているマリジアは普段の強気な性格からのギャップもあって可愛い。


「マリジアって、ホント怖いのだめなんだな」


 その2人の後ろ姿を見ながら呟いた。


「あいつら、一体何が怖いんだ?」


 そう言って首をかしげるオズは怖がることが理解できないようだった。


 まじで幽霊とかは信じてないんだな。


 しばらく空けてからフリーとオズがスタートした。この2人は本当にただ淡々と歩いていく。特にフリーは早足だ。フリーは多分マリジアとシャロンに追い付こうとしてる。


「も、もうすぐだね……」


 すでに俺の肩をガッチリと掴んでいるブラウンの手からはブルブルと震えが伝わってくる。


「そんな何も出やしないって」


「わかんないよ? だって、最近墓地で夜な夜な現れる3人の幽霊らしき影が目撃されてるんだもん」


「幽霊? そりゃ初耳だな」


 まぁ、魔法がある世界だ。幽霊もいるのか?


 と、ぼちぼちフリーたちの姿が闇に紛れて見えなくなった。


「お、そろそろだ。行こう」


 ブラウンがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


「よし、出発ー」


 ザクザク、ザクザクと芝生を踏んで進んでいく。こういう洋風な墓地には幽霊というよりかはゾンビが似合いそうだ。いや、火葬なんだからスケルトンかな?


 しかし肩にがっしりとしがみついてくるブラウンが重い。


「ブラウン、そんな怖い怖いと思ってるから怖いんだ。もっとこう楽しいことを考えよう」


 ブラウンを引き剥がすために1つ提案した。


「た、楽しいこと?」


「例えば……ブラウンはマリジアとシャロン、どっちがタイプなんだ?」


「どっ…………どっ、どどどっちって!?」


 とたんに顔が真っ赤になるブラウン。


「いやだから2人のどっちが好きか」


「そ、そんなの言えないよ!」


 ブンブンと顔を横に振る。


 お?


「てことはどっちかが好きなんだな?」


「あっ!」


「わかりやすっ。どっち?」


「い、言わない!」


「じゃあ、当てたら教えてくれるのか?」


「あ、当たったらね?」


 渋々といった感じで了承した。


「うーん、シャロン」


 ブラウンは首を横に振った。


「じゃあマリジアなんだな」


「あ…………ず、ズルいよ!」


 ブラウンは珍しく怒った。


「いや、だって2人しかいねぇもん」


 そんな話をしながら、時折見せる月明かりを頼りに墓石の間を歩いていく。


「で、マリジアのどこが良かったんだ?」


 そう聞くとブラウンは一瞬拗ねたような表情になるが、自分から話し始めた。


「何て言うか。その、その、凄く可愛いってのもあるけど、いつもはっきり自分の意見が言えるのが凄いなって。そこに憧れちゃって気が付いたら…………」


 ブラウンは照れながらも話した。


「俺も応援するよ。もっと2人が仲良くなれるように」


「ホント!?」


 顔がキラキラしてる。可愛い奴め。


「ああ」


「僕、どうしたらいいかな? 前にも話したけど、やっぱり今の自分に自信が持てないんだ。このままじゃ告白なんてできやしないよ」


 うーん、難しいところだなぁ。


「じゃあ逆に聞くが、ブラウンはどうなりたいんだ? 理想の自分像とかあるのか?」


「そりゃあ、怖じ気づかないで自分の意見が言えて、頭の回転が早くて、明るくて、皆を引っ張っていける人かな」


「それは…………欲張り過ぎじゃね?」


「む、無理かな?」


 ショックがブラウンの顔に出ている。


「い、いや、いきなりは難しいって話。まずは得意分野を伸ばして自信をつけよう」


「僕の得意分野なんて…………ないよ」


 ブラウンは下を向いて足を止めた。


 よくもまぁ学園トップのSクラスにいてそんなことが言えるもんだよ。


「いや、人は自分にないところをうらやむもんでな。ブラウンにも自分で気付いてないだけで良いところはたくさんある」


「ほんと?」


「ああ、例えば…………ブラウンは仲間思いだろ。俺たちの誰かが調子悪そうにしていればブラウンが真っ先に気付くし、俺たちに何かあった時はまるでそれが自分のことかのように怒ってくれる」


 タラテクト種に襲われた時はマリジアたちを庇おうとしていたし、マリジアが殺人犯だと疑われた時だってそうだった。試合に負けたオズのことも誰よりも心配していた。

 俺だってそうされたら嬉しいし、それができるブラウンは本当に凄いと思う。


「そう、なのかな? 僕にはそれが当たり前だったから」


 不思議そうに言葉を紡ぐブラウン。


「それが当たり前に出来てるから気付かないが、それは凄いことだからな。ブラウンは優しい奴だ。お前のそういうとこは皆わかってる。だからお前が困った時は皆がお前を助けようとする。人徳があるんだ。それはある意味どんなことよりも大切なことだぞ?」


「えへへ、ありがとう」


 照れたようにブラウンは笑った。


 と、その時



「「きゃああああああああああああああああ!!」」



 マリジアとシャロンだ。


 俺とブラウンは顔を見合わせ、すぐ走り出した。



◆◆



 追い付くと、互いに抱きついて芝生に女の子座りでへたりこんだマリジアとシャロンがいた。そこはもうほぼ霊園の奥地で、フリーとオズもマリジアたちの隣にいた。


「どうした?」


「どうも2人が幽霊を見たって言うんだよねぇ。それに3人もいたって……」


 フリーが困ったように頭をポリポリと掻きながら言う。


「幽霊?」


 そういやブラウンが幽霊が出るとかそんなこと言ってたような…………。


「どこで見た?」


「あ、あの辺りで…………」


 座り込んだマリジアがぶるぶる震える手で指差した方向には、20メートルほど先に王家の墓があった。


「見間違いじゃないか?」


「うううん。そんなはずないわ! だって、そのお墓の前で一瞬で消えたのよ!」


「シャロンも見たのか?」


「うん…………」


 シャロンも怯えながら頷いた。


 2人が見たなら見間違いの可能性は低いか?


「それになんだか、低い地響きみたいな音も聞こえたの。絶対私たちに幽霊が怒ったんだって!」


 地響き…………?


「うーん、本当に出るとはなぁ。とりあえず確認に行こう」


 実際に見ないことにはなんともわからんしな。


「ええー!? 嫌よ!」


 マリジアは全力でブンブンと首を横に振る。


「だ、大丈夫だよ」


 ブラウンがマリジアに声をかける。自分が怖いのにも関わらずマリジアを安心させようとしてくれている。


「無理よ馬鹿! だって怖いもの!」


 鬼気迫る、画風が変わりそうなほどマジな顔で訴えるマリジア。慰めようとするブラウンが弾かれた。


 マリジア、お前もう怖くないと言い張るのは止めたのな…。


 いやぁ、しかしようやく肝試しっぼくなってきたなぁ。


「うちの墓だ。確認に行ってくる」


 スタスタと歩き始めるオズ。


「待てってオズ。俺も行く。じゃあブラウンとフリーはマリジアたちについていてくれ」


「わ、わかったよ」


 ブラウンは不安を押し隠して答えた。


「いってらっしゃーい」

 

 フリーはヒラヒラと手を振った。


「ユウ、早く行くぞ」


 全く平気なオズがザクザクと芝生を踏んで歩き始めていた。


「はいはい」


 王家の墓は、他の墓と区別するために離れて立てられている。そして、4メートルほどの大きい墓と2メートルほどの小さい墓が2つあった。そこには王家の紋章らしいものが掘られている。


「立派だなぁ。オズ、お前の先祖だろ? ついでに拝んどけよ」


「ああ、そうだな」


 オズが真ん中の大きい墓へ歩みを進めると、何かに気が付いたようだ。


「どうした?」


「いや、墓の下に階段が…………」


 オズの指差す先には1メートルほど墓が奥にずらされ、下へと続く階段が見えていた。


 シャロンが聞いた地鳴りって、もしかして墓石を動かした音?


「墓荒らしか?」


「もしそうだとしたら許せねぇ」


 オズはギリリと歯を噛みしめる。


「下りよう」


 王家の墓の下、階段を下りていくと、カツンカツンと中は広く足音が響く。壁は幾何学的な模様が掘られている。一番下まで下りると、30メートル四方の空間が広がり、その床は水深5センチほどの水で満たされていた。しかし、真ん中には島のように陸地があり、そこへ続くように松明が両サイドに並べられ道をつくっている。


 そしてそこには先客がいた。


「へへへ! これを売れば俺たち大金持ちだ!」


 その島の真ん中で3人の男たちがはしゃぎまわっていた。その声はこの空間に大きく反響している。


「ああ、こんな不気味な場所を探し回ったかいがあったな」


「おう」


 男たちが見ているのは、30センチほどの暗黒色で光沢のある黒い石だ。それは祭壇のような場所に何重にも鎖に縛られた状態で厳重に保管されていた。



「てめぇら、何してやがる…………!!」



 怒気のこもった低いオズの声が反響しながら墳墓に響いた。


「ひいっ! 幽霊!?」


 太った男が悲鳴を上げる。


「んなわけあるか! 誰だ!」


 中肉中背の男が振り向くと前に出た。


 あれ? こいつらどっかで見たことあるような…………。


「あ、コソドロ三兄弟!!」


 思わず指差しながら叫んだ。



「「「またお前かよ!」」」



 三兄弟の声がハモった。


 ワーグナーで会ったきりだったが、まさか王都に来てたとは。しかも今度は墓荒らし…………。

 確か、小太りがモッシュ、中肉中背がヒューズ、ひょろっと背の高いのがノーブルだったな。


「知り合いか?」


 オズが俺を振り返った。


「知り合いっつうか、腐れ縁? 王国の各地で盗みを繰り返してるコソドロ三兄弟だ」


 一応忠告しておこうか。


「お前らそれは止めとけ。王家の宝だ。重罪だぞ」


「はっ! なんでてめぇに諭されなきゃならん。馬鹿が!」


 ヒューズがキレる。


「馬鹿はお前らだ。それは見逃すわけにはいかねぇぞ」


「憲兵でもないお前にそんな権利はねぇ!」


 ヒューズが唾を飛ばしながら叫ぶ。


「憲兵以前に、この墓の親族の方がいるからな」


「あ?」


 オズが前に出た。


「てめぇら…………覚悟はできてんだろうな?」


 怒りの溢れるオズの両手から雷がバチバチと激しくほとばしり、すぐにでも3人を焼き焦がそうとしている。


「ひぃいいいい!」


 モッシュがビビってずっこけた。


「あ、あの人は第3王子!? なんで王族がこんなとこに!」


 ノーブルが驚いて声をあげる。


「墓参りに決まってんだろが!」


 オズが3人を睨んだ。


 いや、この時間に墓参りはないんじゃない?


「くそ! お前ら覚えとけよ!」


 3人は怯え、怒りながらも俺らの脇をすり抜け、逃げ去った。


「はぁ、ほんとこりない奴らだな」


 オズは雷の魔力を引っ込めて、奴らが盗もうとしていた石に近付いていく。


「そりゃ、なんだ?」


 石からは黒く渦巻く、妙な威圧感を感じる。


「俺も初めて見たが、これはエルダーリッチの魔石だな」


「エルダーリッチか」


 なぁ、それって有名なのか?


【ベル】ちょっと、覚えてないの? 入試の時、歴史の勉強でやったじゃない。


 むっ…………。


【賢者】エルダーリッチとはアンデット系統でトップクラスの魔物です。


 まじか。


「ここに保管されてるってことは、おそらく500年前に王都を滅ぼしかけた個体のものだ。当時の最強だった5人の英雄が命と引き換えに討伐したそうだが、都民にもとんでもない数の犠牲が出たらしい。この魔石だけでいったいいくらの値がつくかわからん」


「へぇ、どうりであいつらが盗もうとしたのな」


 まじまじと眺めてみれば、なんとなくヤバそうな感じがする。500年も経過していながら全くその魔力は衰えていないようだ。


「俺も知らなかった。まさかこんな場所に保管されてたなんて」


「ま、結局マリジアたちが見た幽霊ってあいつらのことだったんだな」


「だろうな」


 あの魔石、ちょっとほしいなと思いつつ、俺たちは王家の墓の地下を後にした。



「おいっす。大丈夫だったか?」


 地上ではブラウンたちが待っていた。


「さ、さっき、変な3人組がそこから出て走り去って行ったんだけど、なんだったの!?」


「ああ、別になんてことない。墓荒らしだ。マリジアたちが見たのもあいつらだよ」


 そう言うとマリジアはすぐにいつもの態度に戻って胸を張って言った。


「な、なんだ。だと思ったわよ!」


「強がりだねぇ」


 フリーが茶化す。


「ぶっ飛ばすわよ?」


 マリジアがフリーの胸ぐらを掴んでガンを飛ばした。


「すみません」



◆◆



 空が白んでくる頃、学園への帰りの馬車の中、皆が夜更かしのせいか、眠気でうつらうつらしていると


「そういや、一番怖がってたのは誰?」


 フリーが罰ゲームのことを思い出した。


「そりゃあ……マリジアだろ」


 眠い頭でぼんやりと肝試しを思い出して答える。


「なんでよっ」


 馬車の荷台でマリジアが立ち上がって頭をぶつけた。頭を撫でながら頬を膨らます。


「まぁまぁ」


 シャロンがのんびりとマリジアをなだめる。


「いや怖がってたと言えばブラウンもだろ」


 オズが言った。


「な、なんでだよお!」


 ブラウンが必死だ。


「だったら、もう2人一緒でいいんじゃない?」


 シャロンが人差し指を立てながら提案した。その顔には何か含んでいるものがある。


 お? ナイスだシャロン。まさかブラウンの気持ちに気付いてる?


「そうだな」


 とにかくこの機を逃すべからずと、俺が追撃する。



「「なんで!?」」



 2人が嫌がるが。


「いや、だってどう見てもお前ら2人がダントツだったぞ」


「そうね」


「そうだねぇ」


「じゃあ決定だな!」



「「えええええええええええええ!?」」



◆◆



 そして翌日、罰ゲームとして2人で買い出しに行ってもらうことになった。


「そ、そんなぁあああ!」


 その事を学園の食堂で2人に伝えると、ブラウンは口をパクパクとさせ、固まっている。


「ちょっとブラウン! 一緒に買い物行くくらいでなんでそんなにショック受けてるのよ」


 そのことにムッとしているマリジア。


「い、いや、そのごめん」


 急に慌てるブラウン。


「でも、ユウが考える罰ゲームだからどんなのになるかと思えば、楽で良かったわ」


 ブラウンと2人で出掛けることに何とも思っていないマリジアは逆にホッとしたようだった。ブラウンはこれがデートになるって気付いてるっぽい。


 さぁて2人は道中どんな会話するんだろうな。これでくっついてくれたら面白…………嬉しいんだがなぁ。


【ベル】あんたねぇ……?


「じゃ、買うものはここに書いてるから。んじゃ、宜しく~」


 買い物メモを渡してブラウンたちとは別れた。


「ほら、行くわよ」


「う、うん」


 マリジアに連れられる形でブラウンは学園を出て買い物にいった。


「じゃあ僕は部屋に戻ってるね」


「俺も」


 フリーとオズは自分の部屋へと戻っていった。


「さてと…………シャロン、そっちは女子寮じゃないぞ?」


 シャロンはこっそり女子寮とは反対の方向、ブラウンたちが去った方へ向かおうとしていた。


「あは、あはははは」


 

◆◆



「て、やっぱりシャロンは気付いてたのか?」


「うん、だってブラウンて、いっつもマリジアのこと見てるから」


 そう言ってシャロンは笑う。


 女子はそういうのに鋭いよな。マリジアは鈍そうだけど。


「なるほどな」


 買い出しに向かうブラウンとマリジアを、俺とシャロンはこっそり尾行していた。


 いつも通りにスタスタと歩くマリジアと、意識し過ぎて沸騰してるブラウン。


 頑張れよブラウン!


「あ、ほらお店に入るみたい」


「おう」


 2人は商店街の方へ来ると、おしゃれなログハウスの雑貨屋へと入っていった。すぐさまその雑貨屋に近付いて窓から中を覗き込む。


「心配だ……。実はブラウンには3つのミッションを出したんだよ」


「ミッション?」


 シャロンは可愛らしく首を傾げた。


「1つ目はマリジアの名前を呼ぶ。2つ目は荷物を持ってあげる。3つ目は次飯に行く約束をする。どこまでいけるかな」


「あはは。さすがに簡単過ぎない? 1つ目なんて名前を呼ぶだけでしょ?」


 いやいやとシャロンは手を振る。ちなみに手を振るとシャロンの揺れるところは揺れている。


「いやどうだろう。ブラウンはいっつもマリジアのこと、あのぅ…とか、そのぉ…でちゃんと呼ばないからなぁ」


「あー、確かにそだね」


 シャロンも思い当たるところがあったようだ。苦笑いをする。


「まぁ、なんだかんだブラウンはやれる男だし、大丈夫だろ」



◆◆



 そして夕方。



「て、なんで1つもできてねぇんだよ!」



「だ、だってぇ…………!」


 今は買い物が終了後、ブラウンを呼び出して俺の部屋で説教中。ブラウンは後悔で半泣きになっていた。


「ぼっ、僕にはハードルが高すぎるんだよ」


 もじもじと言い訳するブラウン。


 ブラウンは緊急時の方が力を発揮するタイプかもしれん。


「手ぇ繋げって言ってんじゃない。『マリジア』って呼ぶくらいはできるだろ?」


「いきなりは無理無理、無理だよぉ」


 いや、ブラウンは思ったよりヘタレなのかもしれない。


「ああああああもおおおおおお!! いきなりとかないだろ!」


 イライラがつのって髪をがしがしかきむしった。


「名前呼ぶのに段階踏みようねぇから! てか、マリジアに昼飯奢られてんじゃねぇ!」


「気が付いたら払ってくれてたんだよおおおお!」


 わんわん泣くブラウン。


 いや、ダメなところばかり言ってちゃ伸びない。誉めて伸ばす、誉めるんだ!


 一度深呼吸を入れた。


「ふぅ…………。ま、まぁでも、会話は続いてたようだし、気まずい雰囲気じゃなかったのは良いな」


 ブラウンの表情がぱぁっと明るくなる。


「良かったぁ」


「それにしてもマリジアの方にも問題はある。あいつ、無意識にエスコートし過ぎだろ! 彼氏か!」


 マリジアはかなりしっかりしていた。

 ちゃっかり馬車の交通量が多い車道側を歩けば、荷物をしれっと持ち、ブラウンが緊張でトイレに行った隙に会計を済ませている。マリジアは将来良い旦那さんになりそうだ。



「うわあああああああん!」



 ブラウンとシャロンくっつけ計画は失敗に終わった。




読んでいただき、有難うございました。

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