第95話 仕返し
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第95話です。日常回でのんびりしたお話です。
宜しくお願いします。
訓練を終えた俺とフリーは宿舎の食堂で騎士たちに囲まれていた。ここは学園の食堂とさほど変わりない作りで、広さも同じくらいだ。
「学生なのに強いな君は!」
初めにぶっ飛ばしたナブーにバシバシと肩を叩かれる。
「いえ、それよりおもいっきりやってすみませんでした」
他の騎士たちを煽るためとは言え、殴り飛ばしてしまったからな。
「ああ、いいんだあれくらい。逆に手加減されたら怒ってたところだ」
そう笑顔で言いながらも腹をさするナブーさん。
あれでも大分手加減したんだけどな。てか本気でやったらこの人の土手っ腹ぶち抜いてたとこだ。
「しかし、副団長ですら相手にならんとは信じられん」
他の騎士たちが興奮したように騒ぎ立てる。
「まるで赤子を相手にしているよう。まだ腕力はないが、剣術レベルが異常に高いんだろう」
「まさに剣の才に恵まれた1000年に1人の逸材だ」
「これで種族レベルも高けりゃ、SSSランクも夢じゃないだろう」
こんなにおだてられると、どんな顔をしていいかわからない。
「どうも」
「だがまだ、俺たち団長には及ばないな」
ナブーはそう言いながら隣にいる騎士団長に目を向けた。
「当たり前だ。俺は岩龍王の加護があるからな」
一緒にするなと不満そうにする騎士団長。
岩龍王?
【賢者】山脈のように巨大な龍王です。その頑強さは目を見張るものがあり、その一撃は大地を割るそうです。
へぇ。それが誇張じゃないことはこの世界に来て俺もわかってきた。
「しかし、学園でSクラスとは。あの強さにも納得だ。まぁ俺たちの頃はSクラスはなかったからな」
「あのおっかねぇ学園長のじじいはまだ元気なのか?」
それから騎士たちが次々と楽しそうに話しかけてくる。けっこう酒も入っているようだ。
「で、どうなんだコレは?」
そして顔を酒で赤くした1人の騎士が小指を立ててずいっと聞いてきた。
「これ、とは?」
俺が首をかしげていると、
「これだこれ。学園に行く目的なんざ、女しかないだろ!」
大分酒の回った騎士がニッと歯をむき出して笑う。
「いや他にもあるような…………」
酔っぱらいめんどくせぇ。
俺が答えを誤魔化していると、隣でコップを抱えたフリーがぼんやりと言う。
「ユウはせっかく女の子たちと仲が良いんだから、もっとアプローチすべきなんだよねぇ」
「いや、お前も仲良いだろ?」
て、こいつも飲んでやがる!
フリーの持っているコップには、たんまりと酒が注がれていた。
「僕はねぇ。はぁ…………なんだか2人に微妙に距離を置かれちゃってねぇ」
寂しそうにうつむくフリー。
「お前は女子をエロい目で見すぎなんだよ」
フリーがシャロンと話す時、目線の方向があちこち向いてるのを俺は知ってる。
「だ、だって2人とも可愛いんだもん。仕方ないよねぇ!?」
フリーはそう叫ぶと、真っ赤な顔でおんおん泣き出した。
本気で悩んでんのかよ。ちょっと可哀想か。
「す、すまん。言いすぎた。今度一緒にマリジアたちと話そう。な? な?」
フリー、かなり酔いが回ってやがる。
「そりゃフリーの気持ちもわかるぞ」
うんうんと頷く騎士たち。そしてある騎士はキラリと歯を光らせながら言った。
「女の子はな、あいつら外見は凄く気にするだろ? なぜ可愛く綺麗に着飾るかっていうと、見てほしいからなんだ。つまり、あれは俺たちにどうぞ眺めてくださいっていう意思表示なんだぜ」
「「「おおお~!」」」
それに大いに感心する騎士たち。
「べ…………いや、それは違うよーな気がしますけどねぇ」
別にあんたに見てほしいわけじゃないだろう、という言葉を慌てて飲み込んだ。
騎士ってもっと華やかで爽やかな集団だと思ってたんだけど、こりゃ童貞の集まりか?
【ベル】男が多いとこうなるんじゃないの?
それもそうか。可哀想に。
あまりにフリーと騎士たちが意気投合し白熱してきたので、フリーは騎士たちに任せて宿舎から外に出た。酒臭くてかなわん。
涼しい外の空気を吸いながら王宮区から見る王都の景色を眺めていると、
「で、お前は騎士団に入る気になったか?」
騎士団長がいつの間にか横に立っていた。
「はぁ? なんでだよ」
俺にはアリスたちがいるし、この国に籍を置くつもりはない。今はジークやジャンたちに報いるためにここにいるだけだ。
「はっはっは! 冗談だ」
「そういや副団長さんは?」
「あいつはあのスキルを使った反動でしばらく動けねぇんだ。部屋で休ませてる」
そんなリスク付きのスキルなんてあるのか。それか、余程強力なんだろうな。
「それよりお前、悩みでもあるのか?」
神妙な顔つきで騎士団長が聞いてきた。
「いや、え、なんで?」
見抜かれていたことに驚いて騎士団長の顔を見る。
「なんか前に入試で会ったよりも、良くも悪くも面構えが変わったからな」
「…………まぁ、ないわけじゃないな」
ベニスとマードックの計画のおかげで事態は深刻になりつつある。ここでこんな平和に過ごしていていいのかと焦りがつのっていたのも間違いない。
「内容は知らんが、年長者としてアドバイスさせてもらうとな。そんなに気構えるな。なんとかなる、それくらいでいいんだ。普段から頭悩ましてちゃいざというとき動けねぇぞ?」
「ああ」
うん、確かにそうかもしれんな。
「ありがとう」
胸のつっかえがとれた。
「ふん。そりゃこっちのセリフだ。お前のおかげで騎士たちには良い経験になったろうよ」
「ああ。で、それはそれだ。まさかタダ働きってわけじゃないだろな?」
「おう! もちろん考えてあるぜ?」
そして帰り際に受け取ったのは、王都で有名店であるブシュロンというお店のケーキだった。
お菓子かよ…………。ま、マリジアたちが喜ぶか。皆で食べよう。
「これ、今はものすごく、手に入れにくいんだからな? 心して食えよ?」
騎士団長が力を込めて言った。
「はぁ」
「ああそうだ。それとお前とこのクロムに宜しくな」
騎士団長はサムズアップして言った。
「へ? なんで先生のこと知ってんだ?」
「あ…………」
騎士団長はしまった、と口元を押さえた。
騎士団長を問いただすと、今回の騎士たちへの稽古はクロム先生が酒の席でうちの生徒に稽古をつけさせようかと、冗談で言った結果、騎士団長がそれにノって実現したものだそうだ。悪意はなかったのかもしれないが…………。
これで、俺の仕返しの標的に先生も加わることになった。
◆◆
「「本当にいいの!?」」
マリジアとシャロンがブシュロンのケーキを目の前に、顔を寄せて食い付いてきた。確かに旨そうだ。雪のような生クリームの上に、宝石のように光るナパージュされたイチゴのような果物が光っている。
「ああ、いいって言ってるだろ?」
「このケーキって、予約が2ヶ月先まで入ってるんだよ? 今じゃ全然手に入らないって!」
興奮した様子で語るシャロンも詳しいようだ。
「ああ、皆で食べよう」
「「やった~!!!!!!!」」
マリジアとシャロンは両手を上げてハイタッチして喜んだ。
「僕も頑張ったんだけどねぇ」
フリーが口を尖らせて少し拗ねている。
「フリーもありがとうね!」
シャロンにそう言われてフリーはすぐにニコッと笑顔になった。
こいつ単純か?
ここは学園の食堂だ。食堂のおばちゃんに頼んでお皿をもらい、ケーキを切り分け皆で食べていた。
「おいし~!」
「この上品なクリーム、最高だよねー!」
女子2人がキャッキャと盛り上がるなか、ケーキをつっつきながら昨日の文句を言う。
「でもなー、まさかクロム先生が黒幕だったとは。昨日は酔っぱらいには絡まれるし、かなりめんどくさかったんだが? 絶対に許せん」
「僕は騎士団の皆と飲むの、楽しかったけどねぇ」
なんだかんだフリーは酒の席で騎士たちと打ち解けていたからな。
「初めはお前が一番嫌がってただろ」
「別に良いじゃない。こんな美味しいケーキが食べれたんだから」
マリジアが満足そうにケーキを口に運ぶ。
「あのな。これは俺とフリーが頑張ったおかげなの!」
嬉しそうに食べる女子たちにはもう聞こえていない。確かに日本のショートケーキにも負けず劣らずの美味しさだ。だが、それとこれとは別なわけで。
「ユウ、まさか今度は先生に仕返ししたりしないよね?」
ブラウンが冗談っぽくニコニコ言った。
「何言ってんだ。やるに決まってるだろ」
俺がそう言うとブラウンは笑顔のまま固まった。
「お、おいおい馬鹿、相手は教師だろ?」
呆れたようにオズが言う。
「関係ない」
すると、ホクホク顔でケーキを食べていたマリジアが話に気付いて止めに来た。
「ちょっ、ちょっと、それはやった後が恐いわよ。なんたって相手はあのクロム先生なのよ?」
まぁな、それもそうだ。入学早々、ガストンの顔面を床板に叩き付けた暴虐不尽の教師だからな。
「わ、私は止めとこうかな~…………」
シャロンが目をそらし、ケーキを皿ごと持って逃げようとした。
「これ食べた時点でお前らに拒否権はねぇから」
「「「「うっ…………」」」」
皆が食べた姿のまま喉をつまらせたように固まった。
「もう! いいわよ。何か考えてるの?」
マリジアがすぐに諦めた。
「もちろん」
俺がそう言うと、皆がテーブルに身体を乗り出して聞く姿勢になる。
これだけ反対してもノリは良いんだよな。
「いいか? クロム先生はいつもトイレに行く時、煙草を教壇に置いたまま行くだろ。そこにだな…………」
俺が話し始めると皆は楽しそうに耳を寄せた。
◆◆
その日の午後の授業。
よくも俺たちの貴重な休日に騎士団へなんか連れ出してくれたもんだ。仕返しは存分にしよう。
「よし、じゃ今から5分後再開するからそれまで休憩」
そう言うとクロム先生は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、スタスタとトイレに向かった。
「よし、今だやるぞ」
こういう時の俺たちは、もはや手慣れたもので完全に役割分担が出来ていた。シャロンが見張り、口の上手いマリジアがもしもの時の時間稼ぎ、手先の器用なブラウンがメインに、男勢で実行班だ。
作業は簡単。まず、箱に入った先生のタバコを抜き出し、フィルター部分を抑えて煙草の葉の部分をトントンと衝撃を与えて少し出す。そこに粉末状の火属性魔石を詰め、取り出した煙草の葉を戻す。これが1つだ。
もう1つは同じようにして火属性の魔石の代わりにミリガーチリ。日本で言うところの一味唐辛子の強烈なものだ。これの粉末を煙草に詰める。
これで準備は万端。後はなに食わぬ顔で、いつも通り真面目で勤勉な生徒のフリをしていればよし。
「あんた、どうなっても知らないわよ」
マリジアがジト目で忠告してきた。
「俺がそんなヘマするか」
俺たちが準備を終えるとすぐ、先生が教室に戻ってきた。自然と俺たちの視線は先生の一挙一動に注目する。
「よし、じゃあ続き、やるぞー」
そう言いつつ煙草を箱から1本取り出し、口に咥えた。ゴクリと誰となく唾を飲み込んだ。
「ん? 何見てやがるお前ら」
俺たちの視線に気が付いた先生の手が一瞬ピタリと止まる。
「いえ、なんでもないです」
てか今さらだが、煙草を吸いながら授業するなよな。
そして、俺たちの注目する目の前で火をつけた。
ボウッ…………!! パチパチパチパチ…………!!!!
突然、小さな火柱が煙草の先端で起き、線香花火のようにパチパチと燃えた。吹き出した火花が床にパチパチと落下する。
「…………」
無反応。むしろ咥えたまま動かず、口から火花を吹き出しているようにしか見えない。
シュー…………パチパチパチ。
シュールだなぁ。
まぁでもこれで気はすんだかな。あとはどうやって犯人探しをかわすか…………。
「おいユウ」
煙草から炎をあげながら目だけで俺を見てきた。
いきなり俺か!? てか口から火吹いてるみたいだ。
「はい? どうかしましたか先生」
俺はあくまで何も知らない真面目な生徒。
「これ、お前か?」
火花を散らす煙草を指差す。
「…………いいえ」
「おま…」
「違います」
食い気味で答えた。
「どう考えてもお前なんだよ。こんな面白そうなこと思い付く奴はなぁ。お前しかいねぇんだよ」
面白そうって、誉めてくれてる?
「いやまぁ、えへへ…………」
「やっぱお前じゃねぇか!」
しまった…………!
「しまったじゃねえんだよ。顔に出すぎだ。おい」
くそ、凡ミスした。
「すみません。つい出来心で…………」
「ほう、出来心でなぁ? お前は出来心で教師の煙草を花火にするのか?」
「綺麗だったでしょ?」
「ほほう」
先生は楽しそうに笑った。
これはヤバい…………。
「げ、減刑してくれません?」
「無理だ、な」
クロム先生が燃える煙草を投げ捨てると、ゆっくりとこちらに向かって歩きだした。それはまるで歩み寄る魔王のよう…………。
やばい。
「お、おい、助け…………」
フリーに目線を向けると、フリーはニコニコしながら手を振って窓から飛び降りた。
あいつ…………!
「ブラゥ…………?」
ブラウンとオズは机に突っ伏して寝たふりをしていた。
お前ら授業中寝たことないだろ!
そうだ、口の上手いマリジアなら…………!
「マリジ…………ア?」
振り返ると、マリジアとシャロンは2人で腕相撲をしていた。
「強いわねシャロン」
「う、うううん、マリジアこそ」
2人は良い顔で相手を称えあっていた。
なんで今腕相撲!?
「諦めろ。どのみち主犯はお前だろ」
焦げ臭い匂いの先生が俺の机の目の前に立った。
「焦げ臭いです先生。勝手に決めつけないでください」
「うるせぇ。じゃあ違うのか?」
「俺です」
「お前じゃねぇか!」
「じゃ、じゃあこれからも真面目に授業受けるんで許してくれます? なんて…………あはは」
ビビりながらひきつった顔で一応譲歩を願い出てみる。
「これから『は』だろ? 態度によるな」
お? 案外優しい?
「これ以上揉め事を起こさねぇって保証ができるんなら……」
そう言いつつクロム先生は2本目の煙草に火をつけた。
「あ…………」
あれは激辛煙草…………!
「かあっっっっっっら…………! げほっ、げほっ、げっほ!」
ああ、俺の無罪放免…………。
◆◆
俺は、トイレ掃除を言い渡されていた。
「はぁ…………、あいつらひどくね?」
ブラシを片手に便器をこする。
「あはは、あれはユウが自分で墓穴を掘ったような気がするけどね」
ブラウンだけは1人で掃除していた俺を見かねて手伝いに来てくれていた。
いや、本当にブラウン良い奴だ。マードックの息子だとは思えない。オズたちとは大違いだ。ブラウンだけはさっき無実のふりをしたことを許してもいい。
そしてしばらく黙ってブラシがけをしていると、ブラウンがポツリと言った。
「でもユウは凄いね。あの先生にだって怖じ気づかないなんて」
「え? いや、それを凄いと言うのは違うと思う」
まじで。
「うううん、僕なんて家族にだって遠慮しちゃうんだよ」
ブラウンは少し辛そうに自虐的になっている。
ホント、ブラウンは家族が苦手だよな。
「お前だってあのイタズラで俺に協力したんだ。度胸は同じだけある」
「えへへ。そうかな?」
「そこはあんまり嬉しそうにするところじゃないと思うが?」
このずれたところがブラウンのかわいいとこだけどな。
「前から言ってるけど、お前はもっと自分に自信を持て。お前は強いし、勉強もできる凄いやつなんだからな」
「あはは。ありがとう」
ブラウンは笑いながら下を向いた。
ダメか。
そこで俺は手を止めてブラウンを指差した。
「はぁ……。じゃ、こうしよう。お前の目標はまず家族に向かって言いたいことを言うこと。できるか?」
「父さんや兄さんたちに?」
「そうだ。お前は言われたら言われっぱなしだろ? なめられてんだよ。ガツンと言って見返してやれ」
「そ、そうだね…………僕、頑張るよ!」
「おう」
拳同士をゴッと突き合わせた。
「お前ら。仲が良いのはいいが、けほっ! 掃除は進んだのか?」
トイレの壁に手をついてもたれかかりながら、ダルそうな目でクロム先生が見に来ていた。
「はいー、もうすぐですー」
とりあえずめちゃくちゃ機嫌が悪そうなのでニコニコと愛想よく返事しておく。
しばらく俺たちが掃除する様子を黙って見ていた先生だったが声をかけてきた。
「それよかユウよぉ」
「なんです?」
デッキブラシで床をこする手を止めて振り返ると
「けほっ! お前の煙草のおかげで、ずっと喉が痛いんだが、これどうしてくれる?」
じと目で睨まれた。
「これを機に煙草止めたらどうです?」
「しばくぞ」
「それ、教師が生徒に言っていい言葉ですか?」
「俺から生き甲斐を奪うな。そもそも誰のせいだと?」
「元はと言えばあんたが俺を売ったからでしょうが」
一瞬黙る先生。
「はいトイレ掃除2ヶ所追加ー」
「は? ふざけんなよクソ教師」
心の声がもれた。
「あ? おま、今なんつった?」
一瞬で頭を鷲掴みにされた。
「さ、さーせん」
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