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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
93/159

第93話 事件の元凶

こんにちは。

ブックマークや評価いただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第93話です。何卒宜しくお願いします。


 徹夜での救助作業が完了し、早朝、小鳥たちのさえずりが聞こえるほどにヨハンの町は落ち着きを取り戻した。とはいえ家族を失った人々は何を恨んでいいのかわからず、瓦礫の横ですすり泣いては原因究明を願っていた。

 町の人々は救助を手伝ってくれた俺たちを歓迎したかったようだが、町がまだそれどころではない。とりあえず無償で開放してくれた宿屋で学生はひと眠りし体を休めると、昼には馬車に戻った。


「ふぅ……」


 夕方まで自由に休めとのことだったが、そうは言われてもなぁ。


 やることもなく馬車で天井を眺めてはぼーっとしていた。オズは相変わらず魔力操作の練習に夢中で話し相手にもならない。先生は席をはずしており、ガストンとサイファーは相変わらずニヤニヤとヨハンの町の人々を小馬鹿にしては笑っていた。


「暇だな」


 そういえば悪魔たちの順位決めが始まってからしばらく経つ、ゼロの報告はまだなのか?


 俺はトイレに行くフリをして幌馬車から降りると、馬車影にこっそりと空間魔法を開き足を踏み入れた。


 

 ズンッ………………………………。



 空間魔法に入るなり、部屋の中にダンプカー同士がぶつかったような鈍い音が響き渡った。


 200柱近い悪魔たちが倒れるその真ん中、2柱のデーモンがボロボロの満身創痍の身体で殴りあっており、ちょうど片方の骸骨の顔面に拳が直撃したところだった。片方の悪魔は右足がなく、もう片方は左腕がなかった。しかし、足は氷魔法で、腕は火魔法で再現しているようだった。


 おいおいやり過ぎじゃね? こいつら手足飛んでんじゃねぇか。


「これ、本当に誰も死んでねぇんだろうな?」


 いつの間にか隣に現れていたゼロに問いかける。


「ご主人様、問題ありません。我々悪魔はこの程度では死にません。それにきちんと教育済みでございます」


 教育って何をしたんだ…………。


「そうか。で、どんな感じだ?」


「残るはあの2柱のみでございますが、かれこれ2時間はあの調子です」


 2時間も?


「あ」



 ガズン…………ッ!



 言っているとクロスカウンターがきまり、2柱同時によろめくと、どさりと仰向けに倒れた。


「相討ちか」


 倒れた2柱を見に行ってみると、体表が青みがかった悪魔と、赤みがかった悪魔だ。仲良く揃って気絶しているようだ。


「この場合、いかがいたしましょう?」


 ゼロは俺を見る。


「ああ~、わかった。この2柱もお前と同じで別枠にしよう。他の奴らで一応順位はついたのか?」


「はい、申し分なく」


「なら、ここに集めてくれ」


「承知しました」


 それから倒れた悪魔をざっくりと回復し、勝ち残った順に俺の前に膝まづかせた。そして1番になった悪魔の目の前に立つ。


「お前は今後ファーストを名乗れ」


「はっ!」


 名付けされた悪魔はさらに頭をたれた。その調子でファーストからセカンド、サードと続き、テンスまで10柱の悪魔へ名付けをした。


「頭を上げろ。お前らはこれからその順位が名となる。下の者に正式に負けた場合は、除名し勝った者がそれを名乗れ」




「「「「はっ!」」」」



 

 嬉しさを滲ませながら10柱の悪魔たちは揃って返事をした。名をもらった悪魔たちは雰囲気が変わった。


「それと、ゼロやあの2柱のように特別な実力を見せたものには別の名を与える」


 そう言うと、さらに悪魔たちの目がギラついた。また、まださっきの2柱の悪魔はまだ気絶から戻っていない。


「ああ、そうだゼロ。あの相討ちの2柱、赤い方は紅葉(もみじ)、青い方は蒼白(そうはく)と名乗るよう伝えておいてくれ」


「承知しました」



◆◆



 馬車へ戻って陽が傾きだした頃、クロム先生より明日のブリード森林での演習について説明があった。


《合同演習内容》

・魔剣士、剣士、魔術士で4~6人のパーティを組む

・目標はDランクの魔石1つ、もしくはEランクの魔石3つ

・制限時間は2時間

・緊急時は配布した魔道具(赤色の発煙筒)を空へ打ち上げる


「その森、強くてもDランクの魔物なのか…………」


 若干がっかりだ。ストレス発散にもなりそうにない。


「Sクラスに対して安全マージンとりすぎじゃないのか?」


 オズも残念そうにそう言う。


「代々先輩たちも皆やってきたんだ。まぁそう言うな。それに他クラス交流を深めるのと連携の経験を積むのが目的だからな」


 クロム先生が渋い顔で言った。それでも俺が嫌そうな顔をしていると


「どうせDランクの魔物にビビっているのでしょう」


 サイファーがやれやれと肩をすくめて言う。


「哀れですな。我々は幼少期より厳しい訓練を積んでいるためこれしきのことも容易にこなせるというもの。そもそも産まれた時から格が違うのですよ」


「あーはいはい。そうですね。さすがはお偉いクソ貴族様」


 俺が適当に返事をしていると、オズが俺を見ながら親指を立てて首を刈るジェスチャーをする。それからガストンたちを指差した。


 おいおいおい……。


 いやいやと首を横に振るとオズはガックリと肩を落とした。


「班分けだが、ユウ、オズの1班とガストン、サイファーの2班にする」


 良かった。そこは別なんだな。

 

 クロム先生の説明が済んでから、教員の指示で学生が1ヶ所に集められ、一緒の班になる他のメンバーとの顔合わせがあった。

 6人が円になって一同に集う。


 ああ、見たことのある顔がチラホラといるな。


 まずは魔術士専攻Aクラスのコリィ。こいつは金髪の長髪をワックスでトゲトゲに固め、身長を稼いでいる小柄な野郎だ。こいつは俺にボコられた経験がある。

 そしてもう1人は剣士専攻Aクラスのノーマン。校内30位を倒した試合をたまたまブラウンとともに見学したことがある。なので俺が一方的に知っているだけだ。この2人は各専攻ではトップクラスの実力だ。

 残る2人は全然知らない女の子たちだ。装備からして剣士と魔術士だろう。


「私はオリビアよ」


 めんどくさそうに自己紹介するのは剣士専攻のオリビアだ。後ろで長い茶髪を三つ編みにした狐目の女の子で、ロングソードを持っている。女の子にしては背が高く170センチはありそうだ。


「はぁい、私はハーパー」


 魔術士専攻のハーパーは明るい茶髪の肩口までのボブカットで少しそばかすの目立つタレ目の子だ。ゆるいのんびりした話し方で、魔術士らしい長い杖を抱えて持っている。


 すると、オリビアがオズに気付いた。


「オズ様ですよね? ランキング5位の!」


 そう言いながらオリビアが駆け寄る。興味津々でハーパーも近寄っていった。


「ん、ああ」


 オズは興味無さそうに答える。


「「カッコいい~」」


 一言だけの返事がクールに聞こえたのか、2人は声を揃えて言った。


 おいおい、オズは今魔法のことしか頭にないだけだぞ。王子フィルター恐るべし。


「何で俺のとこじゃねぇんだよ!」


 コリィが地団駄を踏むようにキレた。


「そのダッサイ髪型止めたら、ちょっとはマシだと思うけど、チビには興味ないのよ」


 剣士のオリビアが容赦なく言った。


 こいつら初対面だよな? オリビア正直過ぎるだろ…………。


「はああああああああ!? ダ、ダサくねぇし!」


 コリィは眉を歪め、縦に大きく口を開いてまともにキレた。


「おい、落ち着けコリィ。的を射てるぞ」


「うるせ…………って、何であんたがいんだよ!」


 止めに入ると、俺を指差して叫んだ。


「あ? いちゃ悪いかよ」


「あんたは誰なの?」


 オリビアが聞いてくる。


「俺はユウ。オズと一緒のSクラスだ」


「ユウ? 聞いたことないわね。あんた、弱そうだけど大丈夫なの?」


 オリビアがじろーっと眺めてくる。


「弱っ…………?」


 正直というか、オリビアはただ失礼なやつかもしれん。


「おい止めとけ。この人はマジでばけもんだから敵に回すんじゃねぇ」


 コリィが自信満々の顔で口を挟んできた。


「順位はなぁに?」


 タレ目のハーパーがのんびりとした口調で聞いてくる。


「ランキングには入ってないな」


「はぁ? 話にならないじゃない」


 不服そうにオリビアは言う。


「そうかもな」


 相手にするだけ疲れる。ここ数日での俺のスルースキル確実に上がってるよな。


 だが勝手にコリィが反論した。


「ちげぇよ。上位ランカーが皆ユウから逃げてんだよ。ユウは学園歴代最強って噂もあるくらいだ。なんたってこの俺を素手でボコボコにしたんだからな」


「それはあんたが弱いだけじゃないの?」


「なんだとてめぇ!」


 くってかかるコリィ。


「うるさい。静かにしろ」


 そう言うのはノーマンだ。若干粗暴な感じがする。身体は実戦で作り上げられたように見える。こいつは出来るな。ただ、一匹狼感が強い。


「…………この班、誰がまとめるの?」



◆◆



 そして当日、早朝ヨハンを出発し昼前にブリード森林に到着。結局リーダーはコリィに推され、オズに押し付けられて俺がやることになった。


 まためんどくさい役職に……最近苦労ばかりだと思う。誰か労ってほしい。


「いいか。制限時間は2時間! それまでに魔物を殺し、魔石を回収してここまで無事に戻ってくるまでが演習だ!」


 まとめ役の教員が大声で生徒に向け話す。


 他の班も同時に森の前に20グループ以上がズラリと並んでいる。緊張しているのか手が震え、肩に力が入っている奴らもいる。


 そんな緊張することないと思うけどな。退屈そうな演習だ。


 外から見れば、ブリード森林は馬鹿みたいに背の高い木が繁っているわけではなく、日本の林に近い感じだ。木の密度も低く、日光が地面まで届いて明るい。ダンジョンでもないただの森林。魔界ユゴスの森に比べれば可愛いもんだ。



「それでは…………開始!」



 教員の合図で皆一斉に森に向かって走り出す。


「じゃあ俺らも行くか」


 振り返って班員にそう言うと、それぞれがコクッと頷いた。


「フォーメーションは剣士のノーマンとオリビアで前衛、魔術士のコリィとハーパーで後衛、その間に俺とオズで問題ないか?」


「俺は身体も鍛えてるから前衛でもいけるぜ!」


 コリィが力こぶを作る。


「はいはい」


 確かに魔術士のコリィは鍛えてはいそうだが、そういう問題ではない。


「おいコラ!」


 スルーするとさらに突っ掛かって来たので睨むと大人しくなった。


「ちなみに魔物の討伐が初めての者は?」


 俺がそう聞くと、オリビアとハーパーの女子2人が手を上げた。


「ハーパーは後衛だが、オリビアは大丈夫か?」


 いきなり魔物との近接戦闘となると、オリビアがどんな反応を示すかわからない。


「大丈夫よ。人しか相手にしたことはないけど、ゴブリンだって同じようなもんでしょ?」


 ふんっと不機嫌そうに言う。


 だからこそ不安なんだが? 俺だって初めてゴブリンを斬った時は吐き気をもよおしたもんだ。


「ユウ、いざというときは俺もなんとかするから大丈夫だ」


 オズは気を使ってそう言ってくれた。


「そうだな」


 ま、オズの言う通り、俺たちもいるから問題ないか。



◆◆



 森へ入って5分、ある程度奥へ入らないと魔物はいないようだ。それに近くには他グループの反応が複数ある。


 こんだけ人がいりゃ危険もないだろ…………。


 とりあえず戦いやすい2体だけのゴブリンへと導きながら、それとなく指示をだしつつ進む。


「正面から2体のゴブリンが来る。警戒しろ」


 言った時には姿が茂みの向こうから見えていた。


「平気よ!」


 啖呵を切りながら初見のゴブリンにいきなり走り出したオリビアは一発で首を飛ばした。


 まじかよこの女……。


 そして、ほぼ同時にノーマンが無言でもう1体のゴブリンを斬り伏せていた。


「どう!? 問題なかったでしょう?」


 オリビアは笑顔で血濡れた剣を肩に担ぐと、満足げに胸を張る。


 はぁ、これ一応連携の演習でもあるんだけどな。まいいか。


「そうだな。お疲れさん。ノーマンもな」


「ああ」


 ノーマンはオリビアよりも数段剣が使えそうだ。これはまだまだ学園内でランクを上げてきそうだな。


 と、その時50メートルほど向こうからバタバタと慌ただしく走ってくる学生のグループがいた。



「そこのお前ら逃げろおおお!」



 先頭の男子がそう俺らに向かって叫ぶ。


「なんだ? 何かに追われてる?」


 コリィが細く目をこらして見ている。

 

 俺にも奴らを追っている魔物が見えた。身体が流線型の細長い魚に、魚の鱗を重ね合わせて作ったような半透明で2対の翼が生えている。1匹は30センチほど、それが50匹程度いる。


【賢者】あれはフロックフィシャードの群れです。1匹はEランクですが群れると規模によってはCランクにまでなります。


 まるでイワシの群れだな。どっちにしろ雑魚には変わりない。てかあの魚、足がないのにどうやって着地するんだ?


【賢者】水中に棲み家があります。おそらく近くに水場があるのでしょう。本来はあまり水場から離れないはずですが。


 へぇ、棲み家を荒らされでもしたか。どっちにしろ助けないとまずいな。

 

「ねぇ、早く迎撃するのよ!」


 オリビアが剣を構え、走り出そうとする。


「あの数は無理だ! 逃げんだよ!」


 コリィがオリビアの手を掴んで下がらせた。


「何よ! 邪魔しないで!」


 もめるコリィとオリビアに、黙って武器を構え俺の指示を待つオズとノーマン。ハーパーはすでに後ろに下がり逃げていた。


 うーん。確かにCランクとは言え、速度も速くやりにくい相手だ。怪我人は多少出るかもしれない。


「仕方ない、俺がやろう」


 前に出る。


 すると逃げてきた学生グループが驚いた顔で叫んだ。


「おい、お前ら! 逃げろって言ってるだろ!? 知らねぇぞ!」


 それだけ叫ぶと隣を通り、走り過ぎていなくなった。


「お前ら下がってろよ」


「ちょっ! さすがに1人は!」


 オリビアがうるさく言うが、俺はフロックフィシャードの群れを見上げて1番前で相対した。


「別に大したことない」


 俺は魔力で群れ全体を包み込んだ。透明な魔力に進行を邪魔され、急に身動きがとれなくなるフロックフィシャード。グルグルとその場で泳ぎ回っている。

 そして、そのまま魔力で全個体を握りつぶした。



 ブシュウッッッッ…………!



「「「は?」」」



 コリィたちがきょとんとした。何が起きたかわかったのはオズくらいだろう。オリビアたちからすれば、目の前で勝手に魔物が潰れて死んだのだから。


「嘘っ! 何をしたの!?」


 オリビアが俺をバッと振り向いて問う。


「別に?」


「あ、あんな魔法あったかしら?」


 ハーパーはそう呟いた。


「あー、魔石ごとやっちまった。思ったより脆かったな」


 地面に散らばる崩れた死骸を漁っても出てくるのは小さな魔石の欠片しか出てこない。


「あ、あんた、ランク上位者から逃げられてるってもしかして本当なの?」


 オリビアはその目に少し怯えを滲ませながら俺を見て言った。


「さぁ、どうだろうな」


「まぁいいわ……」


 良いのか悪いのか、これで俺の見方が変わったようだ。


「そ、そういやそんな都市伝説聞いたことあるかも。学園長と互角の実力を隠した学生がいるとか…………」


 ハーパーがそう呟いた。


 俺、都市伝説になってんの?


 そして立て続けに俺たちの騒ぎを聞き付けたのか、30メートルほど先から走ってくる茶色の身体が見えた。コリィも気付いたようだ。


「おい待て、また来たぞ。今度はデュアルホーンだ!」


 デュアルホーンは頭から捻れた2本の長い角を生やしたシカのような魔物だ。体高は角を入れて3メートル程でDランク。


 この距離なら詠唱魔法も間に合いそうだ。


「出番だぞコリィ」


「おっし! 任せとけぃ!」


 コリィは詠唱を始める。


 やはりコリィは見た目はチャラいが手練れだ。詠唱が早い。


「ファイアランス!」


 1メートルの円錐形に渦巻く炎の槍がデュアルホーンに向けて飛んだ。


 いや、だがあの魔物は敏捷が高そうだ。避けられるかもしれない。


「ハーパーは2撃目の準備!」


「はぁい」


 その眠たそうな目で返事しながらハーパーも詠唱を始める。デュアルホーンはコリィのファイアランスを頭を下げて毛皮を焦がしながらもかわした。


「野郎、俺の火魔法を!」


 避けられコリィが憤る。


「ノーマンとオリビアは詠唱が完了するまで時間を稼げ。それと奴の正面に立つな。角に気を付けつつ側面から攻撃して注意を引き続けろ」


「「了解!」」


 2人はザッと揃って前へと踏み出した。


「オズはハーパーのそばについて警戒。ハーパー、準備が出来たら合図して2人を下がらせろ」


 オズは後ろに下がり、ハーパーは頷いた。


 デュアルホーンとオリビアが接触するその瞬間、


【賢者】ユウ様、警戒を。何か来ます!


 ん!?



「下がれ2人とも!」



「えっ!?」

 

 俺はとっさに刀を抜いて身体強化で加速、デュアルホーンへ向かっていたオリビアの前に立つ。すぐ眼前に迫る白い塊。



 ドッ……………………!!



「重っ……………………!?」


 身体と刀を間に差し込むも、そのまま俺は何者かに殴り飛ばされた。



 ドッ……バキッ、バキバキ、バキッ…………ズンッッ!



 木を何本も倒し、太い木にぶつかってようやく止まった。ガードした腕は痺れ、学園から支給された刀は折れていた。


「いたた…………」


 強い。この森の魔物じゃなさそうだ。


 俺が顔を上げれば、そいつは目の前に立っていた。

 それは、2本足で立つ魔物だった。まるで籠手が巨大化したような、真っ白い骨のようなもので両腕の前腕が覆われている。背中はアルマジロのように、これも骨のようなもので覆われており、顔には人間の3倍ほどの大きさの宝石のような丸く赤い目玉が光っていた。だが、それら以外は人間と変わらない奇妙な外見。


「何者だ? 人、なのか?」


 ホコリを払いながら立ち上がる。オズたちとは完全に分断されてしまった。


 まぁ向こうはオズとノーマンがいればデュアルホーンくらい大丈夫だろう。


「あ、危なかったカラ…………助けようト」


 しゃべった!?


 飛ばされた俺の後を追ってきたそいつは、おどおどとした様子で言葉を話した。


【賢者】ユウ様。


 わかってる。


【ベル】こいつがあんたらの言っていたバケモノね…………確かにどの魔物とも違う。


 そうだ。コルトや、ワーグナーへの道中にあったバケモノ。しかしこいつはあれらよりもさらに上の力を感じる。


【賢者】強さ的にはおよそAランク上位でしょう。


 もしかして、行方不明だったヨハンのAランク冒険者…………の成れの果てとか? というか話せるのか? 喋れる奴は初めてだ。


「あ、あの魔物から守ろうト……」


 そうか。さっきはオリビアを襲おうとしたのではなくデュアルホーンから守ろうとしてくれていたのか。


「お前は、ヨハンの冒険者か?」


「そ、そうダ。スクルと言ウ」


 名前はスクルか。どうも、自信なさげでおどおどしている。外見は面影すらないが、確かに聞いた話と一致する。


「ヨハンの爆発もお前の仕業か?」


「ぐッ…………」


 そう聞くと一瞬泣きそうな顔で黙り込んだ。


「…………あ、あれハ!」


 すると、頭を抱えてもがき苦しみ始めた。


「ま、待テ、出て、くるナ!」


 ゴッゴッと地面に何度も頭を叩き付け、独り言を繰り返している。


「止めロ! 止めてくレ…………!」


 そして、静かになったかと思えばスッと立ち上がった。さっきまでとは雰囲気が違う。自信に溢れ、ニヤニヤと笑っている。


「そうだ。俺が吹っ飛ばした」


 人が変わった?


「お前、誰だ?」


「俺はコイツだ」


 そう言って自分を親指で差した。


 自分をコイツって言うのか…………二重人格か?


「臆病者の()()()()()()()()殺してやるんだよ」


 ややこしいな!


「殺すって誰をだ?」


「俺を馬鹿にしてきた奴らをだ。俺のことを認めるまで何人だって殺す。どいつも、こいつもこいつもこいつもこいつもこいつもこいつもこいつもこいつもこいつも…………全員、ぶっっっっ殺す!」


 地面を蹴り砕くように俺に向かって飛び掛かると、甲羅のような骨格に覆われ肥大した右腕を振り下ろしてきた。


「おい待てよ!」


 力任せで見え見えのテレフォンパンチ。今の俺でも避けるのは容易い。左足を前に半身に構えた状態で、左足を下げて避ける。

 すると、腕を振り下ろしきった体勢の奴の頭が俺の目の下に来た。


 見下ろしながら、黒刀を翻して持つ。そして峰打ちで甲羅に覆われた背中を叩く!



 ゴッ…………ズンッ……………………!!



 ヒュドラの剛脚すら叩き折った黒刀だ。俺の腕力はあの時より落ちているが、それでも背中側の骨格を甲羅ごと砕き、そのまま地面に叩き付けた。


「ゴバアッ!」


 大きく吐血する。


【ベル】殺さないの?


 こいつは伯爵に会ってる。自我があるなら話を聞きたい。


【ベル】なるほどね。


 それに、可哀想だ。


 口から吐血し、ピクピクと痙攣している。


 こいつらの高い再生能力でも瀕死だ。すぐには動けないだろう。


 だが、



「ヒッ、ヒイイイイイイ!!」



「て、はぁ!?」


 奴は俺の下から這うように抜け出し起き上がると、ドタドタと不細工な走り方で慌てて林を抜けていく。


「な、なんで動ける? 背骨が折れてたはずだぞ?」


 予想外に虚をつかれた。


【賢者】確かに折れていました。恐らく、元となった人間がAランク冒険者であり、高い存在値を持つため瞬時に再生したのでしょう。


「まじかよ…………!」


 今の俺の脚力で追いつけるか…………?


【賢者】ユウ様、視認出来ている今ならまだマークできます。


 でも、だとしたら伯爵のマークが外れるだろ?


【賢者】はい。


 …………いや、そうだな。あいつは絶対情報を持ってる。捕らえて聞き出そう。伯爵は、またマーク出来る。


【賢者】了解です。マークします…………マーク完了しました。


 そして、俺が走り出してすぐ森中へ響き渡るほどの悲鳴が聞こえた。


 

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」



 近い…………!



◆◆


 

 林を抜ければ、ガストンの班だったのだろう。膝立ちで呆然と立ち尽くすガストンと、その目の前にサイファーが血の中に倒れていた。声を上げたらしき女子生徒や他の生徒も意識を失っているようだ。


「こ、れは?」


 どうする…………!?


 サイファーはもろに殴られたのか、胸がベコンとへこみ、多分肺が潰れている。激しく吐血したようで顔まで血まみれ。ヒューヒューとした弱々しい呼吸音が聞こえるため、かろうじて生きているだろうが、後1分も経たずに死んでしまう。


 いや、迷ってたらダメだ…………!


 すぐさま駆け寄り神聖魔法で治療を開始する。


「くそ、血が流れすぎてる!」


 肺の止血までは行うことが出来たが、出血が酷く身体の大半の血液が流れ出てしまっている。これだけの血液の再生には魔力が不十分だ。


 誰か…………!


 辺りを見渡せば、呆然とこちらを見ているガストンが目に入った。


「ガストン! 魔力を分けてくれ!」


 ガストンは自失したように反応がない。


「おいガストン!! サイファーが死ぬぞ! いいのか!?」


 肩を掴んで揺さぶると、ガストンの目の焦点が合った。

 

「はっ! わ、私はどうすれば?」


 どうしていいかわからない状態に選択肢を与えられ、ガストンは思わず俺に従った。


「俺がお前の魔力を勝手に操るから、隣にいろ」


「あ、ああ」


 魔力支配でガストンの魔力を操り体外に出した後、魔力吸収スキルを使う。


「なっ、何が…………」


 ガストンは一気に魔力を失い、青ざめていく。


「何も聞くな。そうすりゃサイファーは助かる」

 

 さすがに酷だが、悪魔たちをここに出すわけにもいかないのでこれしかない。すまんな。


 ガストンは言われるがままに俺に魔力を吸収されていく。はぁはぁと苦しそうに胸を押さえながら必死に耐える。


「ぐ…………ああ」


 限界が来たのか、ガストンは意識を失い地面に顔から突っ伏した。


 ガストンは魔力切れか。だがここまでくれば、あとはなんとかできる。

 しかし意外だ。ガストンがこれほど茫然自失になるとは。こいつにはそれほど大切な友人なのだろう…………。


【ベル】ユウ、今そんなのは後にして。この森は危険よ。あいつをなんとかしないとまた他の学生を襲うかも。


 そうだな。


「ゼロ!」


 俺は周囲のかすかな魔力をもかき集め、魔力の底上げをして全力で治療をしながら、空間魔法の悪魔、ゼロへと呼び掛けた。


 パキンッ……!


「はっ! いかがされましたでしょうか」


 すぐに空間を裂いて現れるゼロ。


「俺がマークしている奴を生かしてここに捕らえてこい」


「承知しました」


 ゼロはシュンッと姿を眩ました。



◆◆



「よし」


 サイファーはようやく落ち着いた呼吸を取り戻した。サイファーのしぶとさもあってか、なんとか命をつなぎ止めることが出来たようだ。


【ベル】ふん、あんなに嫌ってたのにね。


 まぁ……………………………………………………こんな奴だが、死んで良いわけではない。


「ユウ様」


 ゼロが肩にあいつを抱えて木々の間から現れた。やはりゼロの相手にはならなかったらしい。


「おう、ご苦労様」


「再生力が異常に高かったため眠らせております」


 流石は悪魔といったところだ。


 ゼロが地面の草の上に奴を仰向けにどさりと寝かせる。


「起こせるか?」


「はい」


 ゼロが人差し指で頭にそっと触れるとすぐに目が覚めたようだ。


「はっ! お、おれハ?」


 丸く赤い宝石のような目に光が灯る。


「おい、聞きたいことがある」


 しゃがんで覗き込むと


「ヒッ!」


 俺を見つけてビクッと身体を震わせ、5メートルは後ずさった。


「大丈夫、何もしない。頼む、教えてくれ。なんでそんな姿になった?」


 できるだけ怯えさせないよう、穏やかに話しかける。するとスクルはガタガタと震えながら頭を抱えて話し始めた。


「あいつダ! あいつのせい、ダ。お、俺は悪くナ…イ。ま、町を壊すつもりは、なかったんダ…………」


 スクルの話によると、スクルはヨハンのAランク冒険者だったが力が弱く、ランクに見合う働きはできていなかったらしい。それは俺が町で聞いた通りで、確かに町の人々からの評価も良くはなかった。しかしスクル自体は真面目な性格でそのことを非常に悩んでいた。ましてやスクルは追い詰められ、逃げ出したいとすら思っていた。そこを伯爵につけこまれた。

 数日前、伯爵に強くしてやると言われたスクルは、その言葉を信用して取引に応じた。内容は研究中の薬の被検体になり、データを提供すること。


「なんだカ、なんでもできる気分になっテ、別の自分が生まれタ……! そして、全てを壊したくなっテ…………」


 スクルは薬を使用した瞬間身体に変化が起きたそうだ。伯爵はその結果を見て嬉しそうに大口を開けて笑うと、もういいと言って去ったそうだ。


「お、俺は、1人宿の部屋でこの衝動を必死デ抑えて、抑えて…………抑えて抑えて、デモ、昨日限界が来タ…………」


 スクルの赤く丸い瞳に涙が溜まっているのが見えた。


 そうか。溜まり溜まった怒りが弾けてあの爆発か。


「そうか…………長い間辛かったな。お前は、頑張ったんだな」

 

 俺がそう言うと、スクルの赤く丸い瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれる。


「そう、そうダ。辛かっタ。死にたいくらいニ…………。わかって、くれるのカ?」


「ああ」


 1人で悩むことの辛さはよくわかる。俺も昔はそうだったような気がするから。町の人たちが少しでもスクルのことを理解しようとしていれば、スクルが伯爵の提案にのることもなかったのかもしれない。身近に1人でも、理解者がいれば…………!


「ありがとウ。ありがとウ…………。良かっタ。俺のことヲ、辛さをわかってくれてテ」 


 スクルは泣きながら続けた。


「でモ、もういイ。頼ム…………殺してくレ。町の人たちがいっぱい死んだのだろウ!? 死なせてしまったのだろウ!?」


 スクルは泣きながら叫んだ。


 優しい奴なんだな。こんな出会い方をしなければ、良い友達になれたはずだ。


「自分では何度やっても死ねなかっタ! こんな姿になってマデ、生きてたく…………ナイ!」


 スクルは地面に跪いて頭を下げた。


「い、いや…………だとしても」


 死ぬ以外の方法もあるかもしれない。


【ベル】無理よ。殺してあげなさい。見て、また変化しようとしてる。


 確かにさらに外骨格からトゲトゲしい骨がバキバキと生えてきている。


「は、ハヤク…………、も、もう抑えてら…………や、ヤメロ」


 攻撃的な性格が表に出かけてきている。


「…………わかった」


 再生力を考えると、殺すにしても一撃で消し飛ばさないとだめだ。だが問題は今の俺にそれだけの魔力が出せるかどうか…………。


「ユウ様の手をわずらわせるまでもありません」


 一部始終を見ていたゼロがそう言った。


「ああ、頼む」


 ゼロが黙って頷く。そして右手を高く上げ、どこまでも高まっていく魔力。


「人生、ご苦労様でした」


 丁寧におじぎをしたゼロはパチンと指を鳴らす。スクルの頭上と足元から挟み込むように斥力が発生。



 ギュンッ…………メキッ!



「あ、ありがトウ…………」


 それだけポロリと涙を流してそう言うと、スクルは空中で1枚の紙ほど薄く押し潰され、そしてボロボロと消滅した。


 どうしようもなく、胸が張り裂けそうな気持ちになった。



「伯爵…………っっ!!!!」



 伯爵はスクルをハナから使い捨てるつもりで実験台にしたんだろう。スクルの悩みにつけこみ、利用しやがった……!!


 怒りをこらえてゼロに礼を言う。


「助かった」


「いえ、ご主人様がお困りの際は何とかするのが臣下の務めでございます。では私はこれで」


 ゼロは丁寧にお辞儀をすると、空間魔法の中へと帰っていった。



「…………」


 発煙筒を空に向けて撃つ。そして地面に座って救助が来るのを待った。




読んでいただき、有難うございました。

良ければブックマークや評価、感想等宜しくお願いします。


あと、Twitterアカウント作りましたんで良ければ是非。

「かじ@小説家になろう」で検索したら出ると思います。しょうもないこと9割、更新情報5分呟きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また泣いてます。涙腺が緩いのか、書き方がうまいのか…シンプルな文体で読みやすく、必要な情報がスッと頭に入ってきます。 もっと人気出てほしいなぁ…… [気になる点] 「殺すって誰をだ?」 …
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