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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
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第90話 クロム先生

こんにちは。

ブックマークや評価いただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第90話です。何卒宜しくお願いします。


 翌日、放課後


「はいー、そしたら皆で居残り特訓のコーナーです」


 俺が教室の教壇に立って話し始めると、フリーがワーとパチパチと手を叩いた。


「今度はなんなの?」


 マリジアが机に頬杖をついて、じろーっと見ながら問い掛けてくる。


「最近は物騒だから皆でもっと強くなりましょうってな。ここじゃ暴れられないから外へ行くぞ」


「外?」


「はいはい、じゃあ着いてこーい」


 有無を言わさず、教室を出てぞろぞろと連れていく。


 到着したのは学園の東の端だ。ここには貯水池や菜園が広がり土と堆肥の匂いがする。そして畑には葉菜類がみずみずしく茂っていた。

 ここらで採れた野菜が食堂やレストランで出されているそうだ。ただ、この辺りに出入りするのは職員ばかりで生徒はあんまり来ない。


「ここでやるの?」


「いや、さすがにここじゃ畑を荒らしちゃうだろ? こっちだ」


 農具倉庫の裏に厳重にフタされた地下へと続く階段があった。俺は鍵で扉を開けると、下へと降りていく。30段以上の長い階段を下りていくと、やっと下へとたどり着いた。真っ暗だったので、光魔法で光源をあちこちに浮かべる。


「うわぁ…………」


 中は一度歩けばホコリが舞うほど放置された闘技場だった。造りはギルドの地下訓練場に似てる。太い柱が複数本立ち、天井を支えている。地面は砂地、それ以外には何もなく、ただのだだっ広い空間だ。


「ここは幻の第6闘技場。昔、避難所としても利用できるように作られたらしい。でも長い間使用されることなく、今は知っている人も少ない。ここなら特訓に最適だ」


 鍵はクロム先生をテキトーに言いくるめて借りてきた。


「ちょ、ちょっと待って。話が早すぎてわからないわ」


 マリジアがテンパっている。


「さっき言ったろ? 俺らは強くなる必要がある。自分の身を守るために、そして半年後に備えて」


「半年後って…………?」


「ユウ、半年後っていうのはどういうことなの?」


 シャロンとマリジアが不思議そうに眉をひそめて尋ねる。


「学園長から聞いたんだ。お前らだから話すが…………半年後ここ王都で反乱が起きる。大勢死ぬかもしれない」


「…………うそ」


「そんな…………」


 つまり今の日常が壊れ、自分や家族友人に危険が迫るということ。皆の顔は一瞬で青ざめた。


 ブラウンも他の皆と同じ反応。つまり本当に知らなかったようだ。ということは伯爵に完全に計画から外されてる。計画について、ブラウンから得られる情報はほとんどないとみていいだろう。


「本当だ。学園長には未来予知のできるユニークスキルがある。昨日のふざけた演説もそれが理由だ。あの人は今回の犯人が反乱に関係があるとして、何がなんでも犯人を探し出すつもりだ」


「それであんなことを……」


 やはり皆も学園長の発言に疑問を抱いていたようだ。


「そういうことだ」


 初めて知ったマリジア、シャロン、ブラウンはショックだったのか口を閉ざした。


「だから、いざという時少しでも危険が減るように皆には強くなってもらいたい」


「てことはユウ、あれを教えるのかい?」


「ああ」


 フリーはやれやれと手のひらを上に向けて肩をすくめた。


「待って。どうしてユウはそこまで私たちのためにしてくれるの?」


 シャロンが真剣な目をして聞いてきた。


「…………」


 皆も気になったのか、黙って俺を見つめてくる。俺は唾を飲み込んでから言った。


「それは…………俺は皆のことが、嫌いじゃない。うううん、好きだ。一緒に飯を食べて、勉強して、馬鹿なことをやって。ここにいる皆は俺の大事な仲間だ。俺は昔、目の前で大事な人たちを失った。あの時のような後悔は2度としたくない。皆には生きていてほしい……!」


 思いを伝えきると、静寂が流れた。そして


「ふふっ……!」


 マリジアが我慢できなかったように笑った。


「どうした?」


「何でもないわ。いえ…………意外だったの。あんたがそんなこと言うなんてね」


「私も……ユウのことは好きだよ?」


 シャロン、その言い方は焦る。


「僕だってユウのことは大好きだし、死にたくなんてない。だから、頑張るよ!」


 ブラウンは拳を握って強く言った。


 ブラウン、お前にはいつかちゃんと話さないとダメだな…………。


「ユウ、頼む。力をかしてくれ」


 オズがその瞳に炎を灯して言った。



「まかせとけ」



◆◆



「よし、今から俺が教えるのは、詠唱に頼らない魔法の使い方だ」


 目の前で話し始めると、オズがキラリと目を輝かせた。そう。あれだけオズが聞きたがっていた魔法についてだ。


「これには『魔力操作』というスキルを使う」


「魔力操作? 聞いたことないスキルね」


 マリジアや皆が首をかしげる。


「ああ、だがこのスキルは誰もが得ることができるスキルだ。普段の魔法、ここでは詠唱魔法と呼ばせてもらう。詠唱魔法は、この魔力操作スキルの代わりに魔力を制御するために呪文を使っている。だがこれでは詠唱の分、時間はかかり魔力のロスに、さらに魔法の独自性と自由度を失う」


「そのスキルがあればそれらの欠点を失くせると?」


「ああ、その通りだ。今やってみせよう」


 皆を少し下がらせる。


「例えば…………こんなのは雷魔法にあるか? オズ」


 そう言って俺は右手のひらから雷でできた2メートルほどのムチを一瞬で作り出した。バチバチと雷を辺りに放ちながら発光し、揺れ動いている。


 その現象に皆目を見開く。


「い、いや、ない。そんな魔法は存在しないし、そんな早く発動も出来ない…………!」


 オズが興奮を隠しきれずに言った。


「そうだな。そして魔力操作のメリットはこれだけじゃない」


 俺はチャドが作り出したような5メートル四方の氷の立方体を一瞬で2つ作り出した。


「魔力を体内で消費することで身体強化も行える。例えば、強化なしで殴ってみると」


 ドッ、ビシィ…………!!


 氷の表面にヒビが走った。


「これを強化して殴ると…………」


 俺は2つ目の氷目掛けて身体強化した拳を振るう。



 バカァァァン…………!!!!



 氷は粉々に砕け散り、吹き飛んだ。


「まぁ、実はもう1つ上があるんだが、それはある程度これができるようになってからだ」


 と、俺は殴った右手をプラプラと振りながら言った。


「すご…………こんなことが本当に魔法で?」


「これ、私たちも出来るようになるのかな?」


 シャロンが胸の前で手を抱いて聞いてきた。


 皆、今までの常識にはなかった魔法だからか、できるか不安そうだ。


「ああできる。まぁ練習次第だがな。よし、そしたらやり方を教える。その前に1つ言っておくが、練習は地味だぞ? コツコツやり続けた者が得られるスキルだ」


 皆コクコクと頷く。


「あ、フリーはすでにできるから、わからんかったらフリーにも聞いてくれていい。そしたらまずは自分の魔力を感じるところからだ」



◆◆



 そうして、自分の魔力を知るために感覚を得るところから始めた。皆座って落ち着きながら目をつむり、自分の身体に意識を向けている。

 

 地味で地道な修行を繰り返すこと2時間。元々『魔力感知』を持っていたシャロンとオズはなんとなく自分の魔力というものを感じることが出来たようだ。そんな感想を聞いた。だが、さすがにまだ誰もスキルを得るまでには至っていない。


「とにかく、まずは自分の魔力を感じるところからだな。あのスキルを得ないことには本格的な特訓は始められない。頑張って習得してくれ」


 なかなかうんざりするような練習だが、皆真剣に取り組んでくれていた。


 寮の部屋に戻ると、オズが熱心にコツを聞いてきた。もともと魔法オタクであるオズは、魔法の新開地に夢中だ。今夜は寝かせてくれなさそうだ。


 翌日、いつものようにオズを起こしにベッドに行くと、オズは夜中1人でずっとやっていたのだろう。目にクマを作って起きていた。そして、


「今日授業は休む」


「は?」


「体調不良だ」


「おま、それ仮病だろ!?」


「うるさい」


 と、いうことでクロム先生にオズの体調不良を伝えると、一昨日の試合のせいだろうと勝手に解釈され仮病はバレなかった。

 そして、今日は他の皆も全く授業に集中できていなかった。真面目なブラウンですら名前を呼ばれても気付かないほどだった。絶対こいつら、授業聞かずに魔力探ってやがる。


 そしてついには、


「やった! 魔力感、ち…………あ」


 ブラウンが魔力感知を取得したのだろう。授業中に喜びながら大声で公表してくれた。


「そうかそうか、良かったなブラウン」


 クロム先生がタバコをくわえながらニコニコして言った。


 あ、これヤバいな。ブラウンの馬鹿…………。


 横を見ると、イスの上でブラウンが土下座していた。


「で、ですよねークロム先生。ほら、生徒に良いことがあったら生徒思いの先生なら、やっぱり自分のことのように嬉しいって言います…………言いませんね。ごめんなさい」


 最近ブラウンが俺に似てきた気がするのは気のせいか。


「よし、てめぇらいい度胸だ」


 クロム先生がこめかみをひくひくさせながら、静かにキレた。


「放課後てめぇら残れ」


「へ?」


「ガストンとサイファー以外だ」


 いやなんで俺らまで!?


「俺はちゃんと聞いてましたって!」


「うるせぇユウ。最近お前らに身が入ってなかったのも、どうせお前が企んだことだろうが。連帯責任だ」


「えー!?」


 いやいや、間違ってはないけどその決めつけはどうなの?


「そんなぁ…………」


 ブラウンはガチめな土下座を今度は俺たちに向かってやっていた。


「ガストン殿、やはり知能がゴブリンレベル以下の輩は半刻も集中出来ないようですね」


「ええ、これで同じクラスというのが恥ずかしくてなりませんなぁ。それに人殺しまでここに混ざっていようとは、これはもう父上に言って退学にして……」


「ガストン、お前らも残りたいのか?」


 クロム先生がガストンたちを睨んだ。


「ちっ…………教師風情が」


 クロム先生に叱られ、ブツブツ言いながらも大人しくなった。



◆◆



 そして放課後、


「ユウ、オズの奴も呼んでこい」


 めんどくさそうにクロム先生にそう言われた。


「いや、あいつは体調が優れなくて…………」


「んなわけあるか。昨日ピンピンしてら。そんなんで騙されると思うなよ? 教師ナメんな」


 バレてたのか…………。


「はぁ、わかりました」


 そうして、わーわーとわめく不機嫌なオズをズルズルと引っ張りながら連れて来た。


「ユウお前、絶対許さんからな!」


「知るか! 俺に言うな馬鹿王子」


 教室に入ると、怒られるとわかっているからか、どんよりとした空気が漂っている。黒板の前に並んで立たされる俺ら。


 マリジアは気丈に振る舞っているが、泣きそうだ。シャロンは下を向いてしまっている。


 さすがに皆も怒られるのは嫌らしい。仕方ないな、ここは社会人を経験して怒られ慣れた俺が一肌脱ぐか。


 クロム先生がタバコの煙を目一杯吸い込み、ふーっと吐き出した。


「さて…………」


 そしてクロム先生が話し始めると、ブラウンがぎゅっと目をつむった。





「お前ら……大丈夫だったか?」





「へ?」


 クロム先生の言葉に俺たちは目を丸くした。


「あのじじい、無茶苦茶言いやがる」


 クロム先生はドカッと机の上に座ると、煙草を灰皿に押し付けて火を消しながら話す。


 じじいって学園長のことか?


「教師ってのは、常に生徒の味方でなきゃならん。生徒の側に立って、生徒を守るべきだ」


 その低く落ち着いた、人を安心させる声に皆耳を傾けた。


「悪かったなお前ら。俺ら大人がお前ら生徒を互いに疑わせ潰し合わせるような目に合わせて。ああ試合は別だぞ?」


 いきなり教師に謝られて、俺らはどう反応していいかわからない。


「お前らくらいの歳のガキはな。体は大分できあがって、見た目だってもう大人だ。だから周りも大人扱いをするようになる。でもな、中身はまだ子供のままだ。心ってのは、体ほど急激には変わらん。環境が変わって様々なことを経験して少しずつ成長する。だからこそ、心が大人になり始めるこの時期は大切なんだ。この時ロクな環境にいないと、将来ロクな大人にならねぇ。俺が良い例だ」


 誰も何も言わない。


「面目ない。この通りだ。許してくれ」


 いつもの白衣姿のクロム先生は机の上にあぐらをかき、そして頭を下げた。


 びっくりした。こんな教師もいるのか…………。


【ベル】この人、とても良い人間ね。


 ああ。


「せ、先生、顔を上げてください」


「まぁ、お前らは心配いらなさそうだ。仲間を作って互いに尊重し合いながら、前に向かって進む。それが出来てりゃ勉強なんざ必要ねぇ」


 それは確かに同感だ。


「詫びと言えばなんだが、お前ら飯は食ったか?」



◆◆



 俺らはクロム先生に連れられ、学園の外のレストランへ来ていた。レストランと言えば聞こえは良いが、居酒屋だ。


「適当に何でも頼め。今日は俺の奢りだ」


「やたっ!」


 俺とフリーはガッツポーズをした。


「おう、好きなだけ食え」


「まじで遠慮しませんよ?」


「僕は誰かの奢りの時は普段の3倍食べれるんだよねぇ」


「ぐたぐだ言ってんと早く頼め頼め」


 それならばと、どんどんとメニューを片っ端から頼んでいく。学園の外で学生が制服で6人もいると目立つのか、じろじろと視ていく奴らもいる。


「で、今日ガストンたちは良かったんですか?」


「ああ? あいつらは嫌いだ。やたら貴族を鼻にかけたしゃべり方をするしな」


 そう話しながらクロム先生はエールをジョッキであおっていく。


「さっきの生徒の味方って話は?」


「馬鹿かユウ、教師だって人間だぞ? 好き嫌いはある」


「はぁ」


 言ってることがめちゃくちゃだ。でもやっぱり人間臭くて嫌いじゃないな、この人。


「あの…………先生は例の火事のことどう思ってます?」


 マリジアが尋ねると、クロム先生は半目でどこか遠くを見て言った。


「さぁな」


 興味なさそうだな。


「えぇ~!?」


「それを考えんのは俺らの仕事じゃねぇ。言ったろ? 生徒を守ることが仕事だ」


 クロム先生はぶっきらぼうにそう答えた。


「なら、その犯人のせいで他の生徒に危険が及ぶとしたら?」


「その時は仕方ねぇな。そいつをぶっ飛ばす」


 クロム先生がグーにした右手を真っ直ぐに突き出して言った。


「ははっ、先生って何者なんです?」


 俺がそう聞くと、先生は詰まりながらも答えた。


「俺は…………教師だ。元冒険者のな」


「先生、冒険者だったんですか!?」


 ブラウンが意外そうに言った。


「なんでだよブラウン。これほど馬鹿でむちゃくちゃで冒険者っぽい人がいるか?」


 俺がそう言うとクロム先生がこっちを向いた。


「おいおいどういう意味だそりゃ」


 そして俺に向かって右腕を伸ば…………?


「へ?」


 バゴォンッ!!


 頭が吹っ飛んだかと思った。


 一瞬、何をされたかわからなかったが、デコピンだったようだ。気が付くと、俺はイスに座ったままのけ反っていた。


「…………ユウ、生きてる?」


 ブラウンが恐る恐る聞いてきた。


「俺、頭ちゃんとついてるか?」


 皆が俺を見て、軽く引きながらうんうんと頷いた。


「良かったぁ」


「ユウ、デコから煙は出てるからフーフーしといた方がいいよぉ?」


 フリーが俺の頭をパタパタと扇ぎながら言った。


「まじか、恥ずかしっ」


「そこなの?」


 マリジアが呆れたようにツッコんだ。


 回復魔法を使いながら、先生に文句を言う。


「て、先生! 今の俺じゃなかったら頭爆発するとこだろ!」


「いや、お前ならこれくらいは平気だと思ってたぞ? ははは」


 クロム先生は口を開けて楽しそうに笑った。


「はははじゃねぇ!」


「まぁまぁ実際平気だったろ? ユウと話してると、なんだかつい冒険者時代のノリがな」


「へぇ、じゃあ今の許すんで代わりに冒険者時代の話、してくださいよ」


 ムスっとしながら先生にお願いする。


「あぁ? 仕方ねぇやつらだな…………」


 クロム先生がぽりぽりと頬をかきながらめんどくさそうに言った。


「そりゃあんただよっ」


「はいはい。そうだなぁ。まず俺はあいつと一緒のパーティだったんだ」


 クロム先生は上を見ながら思い出そうとする。


「あいつって?」


「あいつだよあいつ。あぁ、最近役職名で皆呼んでるから名前が出てこねぇ」


「役職名? 誰です?」


「ああ、思い出した。アレックだ。アレック」


 ガタンッ!!!!


 さっきまで魔力操作のことで頭がいっぱいで心ここにあらずだったオズがイスから転げ落ちた。


「え? アレックって…………誰だ?」


 どこかで聞いたことあるような…………?


「アレックって、『アレック・ギネス』!?」


 シャロンが大声を上げた。


「へ、誰だっけ?」


「なんで知らないのよ!!!! アレック・ギネスって言えば、伝説の人でしょ! 最強の元SSSランク冒険者で今のギルドマスターよ!」


「ギルマスかよ!?」


 てことは、クロム先生も超上級冒険者だったってこと!?


「すご…………まさかあの伝説のパーティメンバーだったなんて!!!!」


「なんで気付かなかったんだろう……名前が一緒だ!『触れずのクロム』!!」


「触れず? なんで触れずなんだ?」


「だからなんでユウ知らないの!? 優れた武道家で、技を鍛えすぎて触れていないのに敵が爆発したように死んでいくところからつけられたんだよ!!」


 興奮するブラウンが叫ぶ。


 ああ、そういや『迷いの森』でタラテクト種に囲まれたとき、あいつらまさにそういう感じで弾け飛んでたな。


「止めろブラウン、いい歳して恥ずかしい」


 そう言いつつクロム先生はジョッキでエールを煽った。


「いえ、そんな! そんなこと、まったくそんなことないです!」


 ブラウンこういうの好きそうだなぁ。人を助ける英雄とか、武人が残した伝説とか。


「お、おお…………」


 思わずクロム先生が気圧されている。


「何か、何か冒険譚を聞かせてくれませんか!?」


「んー、そうだなぁ」


「すごい冒険をした話とか!」


 興奮したブラウンがテーブルに乗っかりながらクロム先生に詰め寄る。


「すごいと言えば、あの時だな…………20年くらい前、共和国で当時の『弓の理』と一戦交えた時だ」


「理と!?」


「嘘でしょ!?」


「いやホント。あれは本気で死んだと思った」


 思い出して嫌そうな顔で冷や汗をかくクロム先生。


 想像以上の話に、皆真剣な顔で生唾を飲み込みながら聞く。


「原因は…………なんだったかな。そう、女にフラれた俺がやけ酒で泥酔して、奴にゲボをぶっかけたらしい」




「…………」




 いやあんた…………。


 一気に緊迫感がなくなった。


「いや、もっとこう、なんか人々を守るためとか、そんなのじゃないの?」


「そんな話なら良かったんだがな。そもそも俺はその時のことは酔っててほとんど覚えちゃおらんかった。まぁ皆いつものことと許してくれたがよ」


 逆にあんたいつもどんなだったんだよ…………。


「まぁ理由はともかく、俺らは当時5人パーティだったんだが、俺も含め、アレック以外の全員で奴の矢の勢いを削りにかかったが、矢1本すら止めることができなかった」


 人の枠から外れた神にも近い存在だ。そりゃそうに決まってる。


「で、でも先生は生きてますよね? どうしたんです?」


「あぁそれはな、結局アレックの奴が、その矢を正面から受け止めたからだ」



「「「「「「理の攻撃を正面から受け止めた!?」」」」」」



 思わず全員が大声を出した。店の客たちが何事かとこちらを見る。


「あぁ、そのことに驚いた理がそこで手を引いてくれた。あ、あいつの奥の手らしかったから、このことは言うなよ? どうやらもう一度やるには相当時間が必要らしい。つまり、二度と出来ないかもしれないそうだ」


 そんな大技をそんなことに使わせたのか?


「先生、馬鹿?」


「まぁな、あの時は若気の至りだ。さすがに今は女にフラれても、吐いてもいいように宅飲みにしてる」


「吐くまでは飲むのな」


「お前に失恋の苦しみがわかってたまるか」


「てか、先生モテそうなのになんでそんなフラれるの?」


 クロム先生は戦えば強く、ぶっきらぼうに見えて、実は人のことをよく見ており、面倒見が良い。そして何より優しい。眼鏡をかけたイケメン白衣がモテないわけがない。


「いや、いつも相手からコクって来るんだが、しばらく一緒にいると、何故か絶対にフラれる。なんでだろうな? ま、それがわかれば苦労はせん」


「まぁ、俺らまだ10代ですし…………」


「おいおい、恋愛に年齢は関係ねぇぞ? 恋愛経験が豊富な奴ほど、精神年齢は高いもんだ。若いうちは好きな子ができたら迷わずアタックしろよ? お前ら、学園でほとんど一緒にいるのにそんなのはねぇのか?」


 皆、男女で互いに顔をチラッと見るが


「「ないです」」


 マリジアとシャロンが速攻口を合わせた。


「はっはっは! そうか。そりゃ残念だな野郎ども」


「うるせ。あんたに言われたくないね」

 

 俺が口を尖らせて言うと、先生は楽しそうに言った。


「ま、頑張りたまえ青年たち」



 バタンッ!



 その時、乱暴に店の扉が開けられた。店中の客が注目する中、扉を開けて入ってきたのは紺色の憲兵の制服を着た男だった。


「失礼。こないだの放火事件を調査中だ。怪しい人物を見たものはいないか?」


 無精髭を生やした少しだけ目付きの悪い真っ直ぐな目をした40~50歳くらいの男だ。身長は195センチくらいとデカく、やせ形で腰には、あれは…………めずらしい。トンファーか?


「あ、あの人は『史上最強の憲兵ジャベール』!」


 ブラウンがまた興奮したように叫んだ。


 お前そういうの詳しいな。


「何?」


「史上最強? 大層な名前だな」


 すると、ジャベールの目が俺らを見て止まった。そして、ツカツカと俺の目の前まで歩いてきた。


「貴様ら、学園の者か?」


 そして、無機質な目で俺らを見下ろした。その瞬間、威圧されたわけではない。ただ単純に恐ろしい。そう感じた。


「は、はい」


「あぁ、こいつらは俺のクラスの生徒だ。今は課外実習中ー」


 座って煙草をふかしたままクロム先生がビビることなく、いつも通りに答えた。


「貴様ら、放火魔に心当たりはないか?」


「い…………いいえ」


 俺らは首を揃って横に振った。しばらく睨み合うと、


「そうか。邪魔したな」


 ジャベールはそれだけ言った。そしてジャベールは一通り店内にいる人に聞き込みをして去っていった。


「こ、恐かったぁ…………!!」


「あいつ、多分めちゃくちゃ強い。ただ、強いよりも恐かったな…………」


 まるでレオンのようだった。


「お前ら、あいつとだけは関わるな」


 いつもは適当なクロム先生が、タバコを灰皿にぐりぐりと押し付けながら真面目な顔をして言った。


「あれは厄介だ。頭が固すぎて話が通じる相手じゃねぇ」


「わかりました」


「よしっ! 飯も食ったし、今日は帰れ帰れ!」


 しっしっ! と手で払われる俺たち。


「先生は?」


「俺はまだ飲んでく」


「さいですか…………」



読んでいただき、有難うございました。

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