第88話 放火
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第88話です。何卒宜しくお願いします。
翌日の夕方、放課後に教室でマリジアたちを含めた6人で喋っていると
「おい、朗報だ! ガストンたちがレストランに出たぞ!」
勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、1回生魔法専攻Aクラスのコリィだ。
「出たって言い方、動物かなんかかよ」
「というかこいつ誰?」
マリジアが小動物のように威嚇する。
「あぁ、俺の使いっぱしりだ」
コリィは入学後1週間目くらいに俺に難癖つけて絡んできたので、闘技場裏でボコボコにした。するとなんでか懐いたので俺の手伝いをしてもらっている。
ちなみに魔術士と言えば知的なイメージだが、コリィはいわゆる不良で、金髪の短髪をワックスで刺さりそうなくらいトゲトゲに固め、常に周囲を威嚇している。そんな見た目だが魔法の実力は1回生トップクラスだ。
「その情報、本当だろうな?」
「ああ、俺の舎弟…………つまりはあんたの舎弟が見つけた! 今なら行けるぞ!」
お前にも舎弟いたのか。勝手に勢力広げるな。
「わかった。行こう」
目的のレストランは長方形テーブルが20卓ほど用意されており、外のバルコニーにテラスまである大きい店だ。店内は明るい雰囲気で、夕食時ということもありガヤガヤと賑わっている。
「いたわ」
マリジアが廊下のガラス越しに指差す。レストランの中は廊下からも見えるようになっていた。そこからは、ガストンとサイファーは中央のテーブルで2人仲良く料理が運ばれてくるのを待っているのが見える。
「こうして見ると、あの2人仲の良いカップルみたいだね」
シャロンがガラスに顔を近づけてじーっと覗く。
「仕掛けるにしてもどうするの? 誰が行こうかしら?」
ワクワクした様子でマリジアが言う。思ったよりマリジアとシャロンが楽しんでいた。
「お前らノリノリだな」
「いいじゃない。こういうの楽しいし」
「わたしもー」
シャロンもテンション高めだ。そういえば2人が直接俺たちのイタズラに関わるのはこれが初めてだ。
そうだな…………。
「思うんだが…………俺らよりマリジアとシャロンが行く方が怪しまれないよな?」
「確かにそうだねぇ。僕たちすでにけっこうやってきたから」
フリーたちは苦笑いをした。
「「いいの!?」」
マリジアとシャロンの目が輝いた。
「あ、ああ」
余程やってみたかったらしい。
「でもどうやってグリンナッツを増やしたらいいの?」
「そこは俺がやるよ」
俺は事前に用意していたグリンナッツの缶を見せる。
「料理が届く前にこっそりのせるから、マリジアたちは知らないふりして話しかけてくれ」
「なるほどね。よーし…………!」
はしゃぐ2人はとても楽しそうだ。
「あ、そろそろ行った方がいいよ」
レストランを監視していたブラウンが料理の出来上がりに気が付いた。
「おう。じゃ、俺は先に忍び込んでる。ガストンたちに料理が届いたら、マリジアとシャロンは普通に客として入ってきてくれ。フリーたちは今回待機な」
「「りょうかい!」」
そして俺は隠密を使って姿を消した。普通に入り口から入店し、店員の目の前を通って厨房に入る。ちょうど店員がコックから出されたハイオークステーキを持ち、店内を歩いてガストンの席へと運んでいた。
これがガストンの分か。とりあえず、これくらいいこう。
店員が持って運ぶ皿に、グリンナッツ缶を逆さまにしてグリンナッツをドバッと山盛りのせる。隠密があるので気付かれない。
と、そこでマリジアたちが入店してきた。そしてガストンたちに料理が運ばれる。
山盛りグリンナッツにガストンはフォークを構えたまま一瞬固まり、呟いた。
「なんか私の多くないか…………?」
そしてガストンはちらりとサイファーの皿を見ると、無言でナイフとフォークでグリンナッツを器用に掴み皿に乗せようとした。よっぽど嫌いらしい。
「あれ? ガストンたちじゃない」
そこにマリジアたちが偶然を装い声をかけた。
「な、なん、なんなんなん…………どうかしましたか貧乏貴族たち」
焦ったガストンがナイフを落としそうになるも、慌てて取り繕った。
「ふん、何か美味しそうなもの食べてるなーって思っただけよ」
マリジアが自然なかたちで話を持っていく。
「これはハイオークのステーキです。所詮貧乏人には食べられない代物ですよ。ねぇガストン殿」
サイファーがいつものように絡んできた。
「当たり前でしょう」
「いや、あんたらここ学園のレストランだから。高級レストランみたいに言わないでよね」
マリジアがツッコミを入れる。
「でもいいなぁマリジア。私たちもあれ、食べたいね」
シャロンがハイオークステーキを指差した。
「そうね。美味しそうだし、特に上にいっぱいのってる緑のやつ!!」
マリジアの発言にガストンがピクッと反応した。
「グリンナッツって大人の味って感じで美味しいよね。貴族としてのたしなみって感じ」
シャロンがふふんと自信たっぷりに言う。
「そ、そうか?」
ガストンの様子がおかしい。
「まぁ食べれなかったら貴族じゃなくて、人として恥ずかしいかな? 好き嫌いなんて、まさか子どもじゃあるまいしね」
さらに追撃するシャロン。
「ぐふっ」
ガストンが変な声を上げた。
「ガ、ガストン殿?」
サイファーが話し掛けるも、ナイフを持ち上げたままプルプルと震えるガストンからは反応がない。
「あら、ガストンがグリンナッツ残すわけないじゃない。ほらシャロンもう行こ?」
「うん、2人の見てたらお腹すいてきちゃったよー」
にこやかに2人が去った後もガストンは動かなかった。
◆◆
ケラケラと、イタズラが成功したことを皆で喜び合いながら教室へと戻ってきた。
「はいまぁ、今回2人が過剰なまでに釘をぶすぶすと刺してくれたおかげでガストンの逃げ道は塞がったな」
「あはは、ちょっと言い過ぎちゃったかな?」
俺たちの唯一の良心、シャロンが心配するが。
「あれくらい気にすることないわよ」
マリジアが一蹴した。
「まぁ後はあれを何回かすれば、ガストンはステーキを食えなくなって別のメニューに逃げるかもしれんな」
「そこまでやるんだ…………」
シャロンが若干引いていた。
「お前の発想力どうなってんだ。頭良いのか悪いのかどっちだよ」
オズが呆れたように言う。
うーん、入試結果はクラス最下位なんだよな。
「天才と馬鹿は紙一重なんだよ」
「つまり馬鹿の方か」
「馬鹿ね」
「ユウは馬鹿だよ」
「フリー、お前にだけは言われたく…………」
ピンポンパンポーン…………!!
と、その時校内放送が鳴った。
「緊急連絡、緊急連絡。学園西の体育倉庫で火事が発生。これは訓練ではありません。付近の生徒は即刻避難してください。また、至急水魔法が使える教員は現場へ急行してください。繰り返します…………」
一気に校舎内が騒がしくなる。
「あんな場所で火事?」
火の手が上がるような場所ではないはず…………。
「もしかしたら例の放火魔かもしれないねぇ」
フリーが真剣な表情で呟いた。
「まさかそんな。学園にいるわけないわよ」
あり得ないと手を横に振るマリジア。
いやどうだろう。賢者さん何かわかるか?
【賢者】はい。1人現場付近から猛スピードで立ち去る反応があります。
怪しいな。放火犯かもしれん。今どこにいる?
【賢者】学園を出て、王都の中を南へ向かっています。
【ベル】なんだか妙な気配の奴ね。
妙なってどんな?
【ベル】あれに近い。あのベニスの町にいた奴らよ。
まさかローグ!? なんであいつらが王都にいるんだ!?
【ベル】わからないわ。ただ、ローグとは少し違う気がするわね。
…………とりあえずギルマスへ報告するか。
「少し気になるな」
オズが何かを考えるように呟いた。
「見に行ってみるか?」
皆が好奇心に負けて頷いた。
校舎を出ると、モクモクと煙が立ち上っているのがすぐに見える。そして、焦げ臭い。
直接体育倉庫が見える距離まで行くと、大勢の見物している生徒がいた。そして教員たちが走り回っている。体育倉庫自体は骨組みが見えるレベルまで激しく燃え盛っていた。火の粉が風に舞い、灰が近くにヒラヒラと降り注ぐ。夕日を背にした体育倉庫は、その上空まで立ち上る黒煙で学園に暗く長い影を落としていた。
賢者さん、さっきの奴どうだ?
【賢者】申し訳ありません。見失いました。
うそ、賢者さんが!?
【賢者】私のミスです。申し訳ありません。
【ベル】ねぇ、私も一緒に見てたけど、急に反応がなくなったの。賢者のせいじゃないわ。
そうか、すまん。責めてるわけじゃないんだ。しかし、賢者さんの追跡を免れられるほどの手練れか…………。何者なんだ?
いや、それはともかくこれは事故じゃなくて完全に放火なんだな?
【賢者】はい、それは間違いないかと。この火事現場には、かなり強力な火属性の魔力の残滓が感じられます。
強力な魔力…………。
「やぁ、よく燃えてるねぇ」
俺の隣ではフリーが細い目をさらに細くしてゴウゴウと火を眺めている。
「やっぱりクロム先生の言ってた放火魔かも」
「でも学園内でなんて…………!」
シャロンが不安そうに言う。
「ああ、犯人が生徒の可能性は高いよな」
「犯人探しする?」
ブラウンが好奇心のこもった目で見てくる。最近はいろいろとイタズラを俺企画でやっていたためか、このグループの決定権は自然と俺に任されていた。
「いや、王都内での事件と同一犯ならさすがに危険だ。とにかく教員に任せよう。探ろうとするなよ?」
強めに言う。
「…………わかった」
皆がさっきとは違い、神妙に頷いた。
話してるうちに体育倉庫の火はもうすぐ鎮火しそうだ。何にしろ燃え広がらないで良かった。ここの教員たちは優秀だな。
「はい、今度こそ寮に戻るぞー。かいさーん!」
◆◆
その日の深夜、俺は寮を抜け出して体育倉庫の焼け跡に来ていた。体育倉庫があった場所は真っ黒に炭化した燃えカスだけとなり、青白い満月がそれらを照らしている。焼け焦げた臭いに加え、焼け跡はまだ少し温かく湯気が出ている。
再びここに来たのは、昼間詳しく調べられなかった魔力について再確認するためだ。
どうだ、賢者さん。
【賢者】間違いないです。ローグとは別物ですが、あの魔力の性質に酷似しています。
なるほど。なんらかの関係があるのは間違いないか…………。
「どうだいユウ。何かわかった?」
声がして振り返るとフリーが隣接している闘技場の淵に座って、上から焼け跡を見下ろしていた。
フリーも来ていたのか。
「これは間違いなく黒だ。学園には伯爵の反乱計画の関係者がいる」
「そりゃホントかい?」
フリーは声色に少し驚きを混じらせる。
「ただ、まだ情報が少ない」
あるのは、賢者さんが言っていたここから南の方向だ。
「フリーここから真っ直ぐ南に向かったら何がある?」
「うーん、方向的に貴族地区としかわかんないねぇ」
「だよな。ざっくりとし過ぎてるか」
貴族か…………。
◆◆
翌日、朝7時30分。授業に出るため仕度をしていると、またアナウンスが流れた。
ピン、ポン、パン、ポーン!!!!
「皆様おはようございます」
あ、これハンナ先生の声だな。
「おいオズー。起きろ」
「起きてる…………」
消え入りそうな声が布団の中から聞こえた。
「布団から出ろ」
「ちっ!」
オズは布団から片手だけ出たかと思うとナイフが飛んで来た。
「お前、寝ながらナイフ投げれるなら起きてこれるだろ?」
言いながらナイフをキャッチする。
「うるさい」
朝のオズは殺人的に機嫌が悪い。
「…………繰り返します。全生徒は総合教育棟の第1講堂へ集まってください」
第1講堂と言えば、入学式をやったあの講堂だな。
「ほら行くぞオズ!」
◆◆
フリーたちと一緒に講堂へ着くと、入学式の時の並びで待つよう案内された。
うわ、嫌なんだよな。最前列。
マリジアとシャロンは先に来ていた。
「おっす」
手を上げて挨拶する。
「やほ。なんだろね?」
マリジアが首を傾げる。
「多分昨日のことだろ」
全員揃ったのかすぐに学園長が出てきた。
「しっ、静かに!!」
マリジアも黙ってコクコクと頷いた。
入学式の記憶が甦り、生徒たちに緊張が走るーーーー
皆はピタリと話し声を止め、姿勢をただした。その間およそ2秒。
「ほう、今年は優秀だな」
いや、あんたの前回の行いのせいだろ。
俺が心の中でツッコミを入れると学園長がじろりとこちらを見た。
あれ、俺口には出してないんですけど…………?
「さて、突然呼び出してすまんかった。昨日の火事のことだ。第5闘技場の倉庫が燃えた」
しばらく間を空け、続けた。
「原因は間違いなく放火であり、犯人はまだ捕まっておらん」
やっぱり学園でもそれくらいしかわかっていないか。
しかし、それから学園長はため息を吐いた後、深く息を吸い込んで言った。
「それと、焼け跡から1人の生徒の焼死体が見つかった」
一斉に息を呑む音が聞こえ、場が騒然とする。
……………………い!?
誰だ? 誰が死んだ?
「名はゴッサム。学園6位、剛剣を振るう将来有望な剣士だった」
ゴッサム!?
ゴッサムってオズが入学初日にぶっ倒したやつじゃなかったか? あいつが殺された!?
後ろの方から悲鳴とすすり泣く声が聞こえてきた。
「部外者は学園に簡単には侵入できんようになっとる。間違いなく犯人はこの中にいる…………!」
語尾の強い、怒りのこもった学園長の言葉に、生徒たちは疑心暗鬼になって互いに顔を見合わせた。
その行動の意味はわかる。
なぜなら殺人鬼と一緒になんか過ごせないからな。
「許されることではない。今この場で名乗り出てくれれば、貴様を我輩が殺してやれるのだが。早く出てくれんか…………?」
学園長が眉をひそめ本当に悲しそうに、整列した生徒たちを睨む。
……出てくるわけない。
「そうか。なら仕方ない。犯人には然るべき罰を与え、ゴッサムが味わった地獄の苦しみを受けてもらう必要がある」
ゴッサムか…………。焼け死ぬのは言葉じゃ言い表せないほど辛かっただろうな。ほとんど会話もしたことがなかったが、そんな死に方をしていい人ではなかったと思う。
そして学園長は話を続けた。
「そこでだ。お前たちにも犯人探しに協力してもらおうと思う」
は……………………!?
生徒たちはざわついた。
「犯人に関する情報提供および犯人を捕まえた者には褒美をやろう。我輩が冒険者時代に集めたSランクの武器や魔道具だ。期限は今この時より半年。さぁ放火犯よ、せいぜい半年間怯え、生き延びてみることだ」
おいおいおい、この人正気か…………!?
「最後に…………そろそろ戦乱の世が近づいておる。生ぬるい学園生活は終わりが近い。お前らには心身ともに強くなってもらう必要がある。期待して待っておるぞ。以上」
◆◆
「さすがにおかしいだろ…………!」
俺は学園長室に向かってズカズカと歩いていた。
いくら王国に危険が迫っているとしても、生徒同士で殺人犯を探させるなんておかしい。互いに疑心暗鬼になり、さらなる混乱を生むことは目に見えてる。これが学園側のするべき対応か?
特に危険なのは火属性魔法が使える者たちだ。あの倉庫の燃え方からして、高威力の火属性魔法が使える者がまず疑われる。そして、ゴッサムが6位だったということは、彼を殺せるのはランク上位者だ。そうなると俺らにも白羽の矢は立ってくる。他人事ではない。
向かっていると右廊下の合流地点に誰か来るのがわかった。
「オズか」
オズが合流し、学園長室へ互いに歩みを進めた。
「俺にも民を導く王族の立場ってもんがある。殺人が起き、こんな犯人探しのやり方、理由が知りたい」
「そりゃそうだ」
学園長室が見えてきた。部屋の前には、すでに3人の生徒がいる。
「誰だ…………?」
「俺の兄たちだ」
オズが答えた。
2人は見覚えがある。入学初日に学園内を案内してくれた生徒会長のオーウェン王子と副会長のキーナ王女だ。
あと1人は直接話したことはないが知っている。第2王子のテオ。確か風紀委員長だった。金髪の髪は短く刈り上げ、獰猛で目付きの鋭い肉食獣のような人だ。鍛え上げ引き締まった体は力だけではなく、その立ち姿に技のさえを感じる。
学園の王族全員が集まったな。
「テオの兄さんは学園4位だ」
「へぇ、オズより上か」
「それは違う。戦ってないだけだ」
はいはい。そこは意地があるのな。
「じゃあオーウェン王子が1位なのか」
「違う。兄さんは3位だ」
「へ? なら1位と2位は?」
「1位がチャド、2位がグレンって奴だ。2人ともブラウンの兄で、元々それほど強くなかった。だが最近急激に力をつけてトップだった兄さんたちを負かしたらしい」
「…………それは面白くないな」
あのガストンたちを率いてる2人か。そしてマードックの息子でもある。
学園長室の前に着いた。オーウェン王子たちは真剣な表情で話し込んでいる。近付くとこちらに気がついた。
「お、君は確か……ユウ、だったね?」
オーウェン王子は俺を見てニコリとした。
「そうです。よく覚えられてますね」
「まぁね。貴族社会に出るとこれくらい出来ないと大変だからね」
やや大変そうにオーウェン王子は眉をひそめて言う。
「オーウェン王子も学園長室に?」
「と言うことは君たち2人もかい?」
オーウェン王子が俺の右にいるオズにも目を向けた。
「まぁ、そんなところですね。あんな生徒同士の争いを煽るような真似…………さすがに看過できません」
「俺も。最悪、また死人がでると思う」
オズお前は人のこと言えないだろ。いつも俺を殺そうとしてくるくせに。
「その通りです。いくら学園長とは言え、はいそうですかと受け入れられるものではありません」
キーナ王女が困ったように言った。
「おいオーウェン、こいつは?」
テオ王子が聞いた。
「彼は1回生魔剣士専攻Sクラスのユウだよ。あの学園長の威圧をケロリと受け流した怪ぶ…………将来有望株だよ」
あれ今、怪物って言おうとしたよな?
「へぇ、お前があの……。ヒョロヒョロなのにやるじゃねぇか」
ニヤリと嬉しそうに犬歯を光らせながら俺の胸をグーで小突いてきた。
痛い、痛いです風紀委員長。暴力です。風紀が乱れてます。
「よし、全員で乗り込もう」
「はい」
オーウェン王子が学園長室の前に立つ。学園長室は両開きの木製の扉だが、ダンジョンのボス部屋のような威圧感を今は放っているように思える。
ゴンゴン。
「学園長、オーウェンです。少しお話があります」
オーウェン王子の首筋には汗が伝っている。さすがにあの学園長には緊張するようだ。
「入れ」
「失礼します」
オーウェン王子が両開きの扉を重そうに押し、開けた。俺らも続いて入る。
学園長室は向かって正面は巨大なガラス張りで中庭が見下ろせ、左右の壁は本棚が埋め尽くしている。そして、ど真ん中に学園長がデスクに座っていた。本棚には教育関連の本や書類が並び、机の上にも仕事の書類が山積みになっている。ここに座っている学園長は小さめの眼鏡をかけていた。
「用件は分かっとる」
学園長はため息をつきながら、めんどくさそうに言った。
「それならなぜです? 早急に取り消しをお願いします!」
オーウェン王子が声を大にしてうったえる。
「お前らならわかるだろう。この国に危機が迫っておる」
「それとどんな関係が…………!」
オーウェン王子が前に1歩踏み込んで言う。それに被せるように学園長は言った。
「関係があるということだ。もはや普通の手段では手遅れだ。これは国王とお前たちのために言っておる」
「それは、そうですが…………」
オーウェン王子が唇を噛んで言いよどむ。
ん、もしかして学園長の言う危機とは、反乱のことなのか? なんで知ってるんだ?
オーウェン王子は続く言葉が出ずに一瞬の沈黙が流れる。
話をするなら今か…………。
「学園長」
俺が話し掛けると、学園長の眉毛がピクリと上がる。
「ほぉ、お前がここにいるとはな。アレックとあのレオンが言っていた小僧か」
2人から学園長にも話が行ってるのか。
「学園長、敵が生徒の手に負えると思ってんのか? ゴッサムを殺せる相手だ。下手すりゃ関係のない死人が出るぞ?」
「ふん、貴様は何の犠牲もなしに勝手に国が助かると思うのか?」
…………やっぱり、学園長は反乱が迫っていることを知っている。
「他に方法があるはずだ」
「探してる時間はない」
イライラしたように学園長は言った。
「なぜだ?」
「少しは頭を使え。…………貴様、我輩がなぜ半年という期限を設けたか分からんのか?」
「…………?」
そして学園長は自分の右目を指差した。
「我輩は少しばかり"未来"が見える」
まじか!? …………そんなユニークスキルが!?
【賢者】はい、この方のユニークスキルは本物です。今回の事件と反乱との関係性はそのユニークスキルで確信したものだと考えられます。
「そういうことかよ!!」
つまり、反乱は今から半年後に起きる。
それは確かにあんまり悠長にしてる時間はないのかもしれない。
「おい、学園長の力は本物だ。過去にも危険な魔物の発生を幾度となく予見し、王国を救ってきた。少し前に学園長から俺たちはこの国に迫る危険を教えてもらったんだ」
テオ王子もそう言うということは、国王すら認める力なんだろう。
「以前見たのは国が滅びる漠然としたイメージだったが、あの火事が起きた時、我輩にはあの炎の中に燃えて崩れ落ちる王宮がはっきりと見えた。あの火事の犯人が少しは関係していることは間違いない。だから原因を突き止めようとしとる」
そういうことか。
「し、しかし学園長、憲兵に頼るわけにはいかないのですか!?」
キーナ王女が学園長に詰め寄る。
「もちろん憲兵にも依頼しておる。だがこの学園に生徒が何人いると思う? 情報の少ない中、犯人1人を探し出せ? 馬鹿馬鹿しい。なら生徒全員を犯人探しに当てた方が効率が良いに決まっておる」
どんな理屈だよ。倫理観が優先されていない。
「それにだ。憲兵に任せておけば、手続きだの法律だので一向に話が進まん。あいつらは頭が固すぎる。そこに貴族が顔を突っ込んで来てみろ。事件が揉み消されることすらある」
過去にそういうことがあったのか、学園長は腹立たしげに続ける。
「要はこちらで先に情報を掴み、手を打つ。そのためには生徒であっても使う。人海戦術だ」
「それで誰かが死んでもか?」
「何もしなければもっと死ぬ」
間違ってはない。だが…………。
「わかったら出ていけ。所詮貴様らだけでは何もできん!」
バタン!
俺らは学園長室を追い出された。
理由はわかった…………。だが、学園長は前言を撤回するつもりはないらしい。ならば俺たちはできるだけ早く犯人を見つける。もしくは学園で争いが起きないように頑張るしかないだろう。
「君は…………今の話の意味がわかるってどういう立場にいるんだ? 一体何者なんだ?」
俺が考え込んでいると、オーウェン王子が少し警戒するような表情で聞いてきた。
「ただの…………平民です」
「てめっ、ちゃんと答えろ!!」
見た目通り短気なテオ王子が掴みかかってくるが、俺との間にオズがゆっくりと立ちはだかった。
「兄さん、ユウは少なくとも敵じゃない」
オズが3人を睨む。
「…………ふ、オズが誰かをかばうなんて珍しい。オズがそう言うならそうなんだね。ユウにはまたいつか教えてもらうよ」
オーウェン王子がふっと力を抜いた。
オズに助けられたな。
「すみません。それより、学園長の話が本当ならこの国に猶予はありません」
「わかってるよ。でもそれよりも今は、まず学園の混乱をなんとかしないと」
「そうですね。俺はとりあえず自分のクラスを見てきます。うちにも火属性が使える子がいるので。それでは」
「ああ、またね」
◆◆
オズと一緒に自分の教室へ向かうと、中に人だかりが出来ていた。
「何かあったのか?」
「わからん。とにかく行くぞ」
人混みをかき分けて進むと、チャドの団体とフリーが対峙し睨みあっていた。チャドの後ろにはガストンとサイファーもいるがグレンはいないようだ。フリーが前に出て、その後ろにブラウン、シャロン、そしてマリジアが怯えたように座り込み、肩を抱いていた。
「君、早くそいつを渡してくれないかな?」
ニコリと笑うチャドに対し、フリーも殺意満々の笑顔で返した。
「それは出来ないねぇ」
フリーが庇うのはマリジアだった。フリーはもはや刀の柄に手をかけている。
「火属性魔法が使えて、学園6位に勝てるほどの実力者となると、その子が一番疑わしいんだよ」
「待て…………!」
「やぁユウ、オズ。遅かったね」
俺を見るとフリーは肩の力を抜いて刀から手を離した。
「「ユウ!」」
俺とオズはさらにチャドとの間に入り、人の壁を厚くしてマリジアを隠す。
「大体事情はわかった。なんでマリジアを疑う? 火属性魔法ならそこのサイファーだって使えるはずだ」
俺は後ろに隠れているサイファーを指差す。
「それが彼はね、ちょうど倉庫が燃えた時間私らと一緒にいたんだよ。そうだよねサイファー」
「は、はい。そうでございます。第1闘技場にてチャド様たちと共に試合を観戦しておりました」
サイファーが怯えたように言った。
「ほらね?」
どう? とばかりにチャドは言う。
「それならうちだってそうだ。マリジアはこの教室で俺たちと一緒にいた」
すると、チャドは力を抜いたようにやれやれと話す。
「いやぁ、聞けばその子は弓使いらしいじゃないか。窓から矢を射ったんじゃないか?」
「…………馬鹿か? そんなこと出来るわけねぇ。ここから直接倉庫が見えるわけでもない。それに俺らの目を盗んでは無理だ」
テキトーなこと言いやがって。
「ふふっ、上級生にその物言いは感心しないね?」
「ならどうする? お前らこそサイファーが無実だって言い切れるのか?」
「言えるね。なんせ私らと行動を共にしてたんだから。学園内じゃ誰もがそう思うのさ」
こいつら…………周りの生徒にも圧力をかけてるのか。
「あのオーウェン王子だって私には勝てない。つまり、王族ですら私には頭を垂れるのさ」
チャドは両手を広げて大仰に答えた。
「お前…………!」
その言葉にカチンときたのか、オズが前に出てくる。
「やぁ第3王子オズ・ウィストン・フィッツハーバード君」
チャドはオズが出てきたことに、ニヤッと笑った。
「今の言葉、なんのつもりだ」
「ああ、忘れてたよ。君とはまだ試合をしたことがなかったね?」
「やってみろ。この国はお前になんか負けねぇ」
オズが挑発にのった。そのことにざわめく生徒たち。
だがひっかかる。チャドとグレンの急激な実力のアップ、それにあのオーウェン会長が負けるってのは何かある。
「おいオズ…………!」
「止めるなユウ。王族が貴族に敗北することは、学園内で今の社会情勢を印象付ける。俺はそれが我慢できない」
オズから殺気が撒き散らされる。
「いいね。君に勝てば、この国の王族は全員軟弱だと証明できる」
「やってみろ」
オズは歯をむき出しにして噛み付くように言った。
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