第87話 パンツ
こんにちは。
ブックマークや評価をしてくださった方、有難うございます。とても励みになります。
第87話です。今回ものんびりしたお話です。何卒宜しくお願いします。
次の日、宿のベッドで目が覚めた。
「やぁ、やっと起きたかい?」
目を開けると、フリーが隣のベッドに座って楽しそうにこっちを見ていた。もうとっくに朝日は射し込み、太陽が昇っている。
「ん?」
昨日寝てしまったっけ?
「ユウ、もうすぐ出発だよ。早く準備しないと」
「ん、ああもうそんな時間か」
身体を起こすと、側頭部に鈍く微かな痛み……。
「思い出した…………」
そうだ。シャロンにメイスでどつかれたんだった。
「はぁ…………昨日あれからどうなった?」
「ユウをぶっ飛ばした後、我に返ったシャロンがユウのこと治療してくれたんだよ」
フリーは楽しそうに言う。
「ああくそ、後で謝ろう」
シャロンのメイスはフリーの役割だと思ってたのに…………。
「ん? そういや、オズとブラウンは?」
「あの2人はこの町の散策に出掛けてるよ。昨日のこともあってか、急に仲良くなったみたい」
「そうか。そりゃ良かった」
コンコン、コンコン。
「ん?」
音のする方を見ると、鳩くらいの大きさのやたらとクチバシの大きい白い鳥が窓を突っついていた。
上下にスライドするタイプの窓をガララと開ける。すると鳥は右足をペシッと前に出した。
「これは……」
鳥の足には小さくロール状に巻かれた紙がくくりつけられてある。ほどいて、紙を取ると鳥はどこかへ飛びたった。
「あれはギルドがよく使う連絡用のポルック鳥だね」
窓の外、飛んでいく鳥を眺めながらフリーが言う。
「じゃあこれはギルドからか」
ガサガサと中を開くと、以下のことが書いてあった。
・ベニスのローグの件について、Sランク冒険者ティモン・ハークと騎士団の副団長と数名の団員たちが調査員として派遣された。
・マードックに大きな動きはないが、奴につく冒険者や貴族は日に日に増加し勢力が拡大している。
・王族の者から直接反乱についての話があり、ギルドが正式に反乱抑止に動くことになった。
・(補足:アリスたちがワーグナーに到着した。)
そうか、アリスたちは無事にワーグナーに着いたようだな。
「なるほど。ローグについてはとりあえずは安心だ」
「ギルマス、ちゃんとSランク冒険者を派遣してくれたみたいだねぇ」
これで余程のことがない限り、調査隊がローグになってしまうことはないだろう。
「それと、正式にギルドが反乱抑止にって、これ王族から頼まれた、つまり依頼があったってことか?」
「多分そうだよ。こりゃ資金も増えるだろうし、ギルドも張り切るだろうね」
王宮の人間も動いているんだろうが、ギルドに頼むなんて人手が足りないか、余程切羽詰まっていると見える。
「しかしこれ、内容的にギルマスから直接送られてきたみたいだねぇ」
「情報共有を目的とした定時連絡みたいなもんか」
「これ、送ってくれるってことは結構僕らのこと重要視してくれてるんだよ」
「そりゃあ、マードックの情報を得るのには最適なポジションだからなぁ。ヘマはできねぇぞ」
話しながら俺は手紙を燃やした。
「ユウ、そろそろ時間だよ」
「了解」
◆◆
宿の表へ出ると、すでに学園の馬車は到着しており、クロム先生とハンナ先生も待っていた。
「遅いぞ。他の奴等はもう中だ」
「はーい、すみません」
クロム先生に促されるまま、幌馬車へ乗り込む。ここからは王都に帰るだけだ。
「ふっ、いつまで待たせれば気がすむのか。平民は時間感覚すら凡人以下のようですな」
入るなり、ガストンのいつもと変わらぬイビリが始まった。でも俺はそれよりも別のことが頭にある。
まずシャロンに謝らないと。
馬車内で空いている席は向かい合わせになったシャロンかマリジアの隣しかない。
「図星で言葉も出ぬようですぞ」
一瞬どちらの席かためらっていると、サイファーがガストンに答えるように重ねてきた。
いやもう、うっさいなお前ら。
するとフリーが察したようにマリジアの隣に座ったので、仕方なく空いているシャロンの横に座る。
「シャロン、昨日はごめん。余計なこと言って…………」
「うううん、こちらこそごめん。なんだか無意識に体が動いたの」
無意識にかよ…………。
「怪我大丈夫? できるだけ治したつもりなんだけど、もう痛くない?」
シャロンが申し訳なさそうに覗き込んできてくれた。
良かった。怒ってないみたいだ。
「ありがとう。全然大丈夫だ。シャロンは優しいな」
「え、メイスで殴ったのに?」
いや、今それ言わなくて良くない? シャロンって、若干天然なところがあるよな。
「シャロン。こいつにそこまで気を使うことないわよ」
マリジアがじろっと俺をにらむ。
「ユウは良い人だよ?」
シャロンが弁護に回ってくれた。胸のことで怒らなければ穏和で良い子だ。
「いいえ、ただの馬鹿よ」
「うるせぇ」
なんとか許してもらえたみたいだ。
そこからは無言で馬車に揺られるが…………昨日のこともあり余計に意識してしまう。シャロンの胸の破壊力は本当に凶悪だ。隣に座るとそれがよくわかる。
シャロンは決してぽっちゃり体型ではない。むしろ、スレンダーで細いのに胸がある。制服のブレザーを押し上げる力は強力でブレザーが引っ張られてしわがよってしまっている。
すげぇ…………。
【ベル】て、なんで空間把握使って見てるのよこの変態!
変態で何が悪い。
【ベル】ユニークスキルの無駄遣いしないでよね。
へいへい。
そうして馬車は学園へと戻っていった。
後日談になるが、以前から『迷いの森』の中で冒険者が行方不明になる事件が複数件起こっていたらしい。だがこのダンジョンの性質上、行方不明者は珍しくなく、町のギルドは公表していなかった。中には巨大なクモの姿らしきものの目撃証言も上がっていたらしいが、霧が起こりやすいあの森では見間違いとされていたようだ。
現状、なぜタラテクト種が現れたのかはまだわからない。今後はダンジョン『迷いの森』は一時閉鎖され、上級冒険者たちでタラテクト種の調査が行われるそうだ。
◆◆
翌日、この日は水曜日で授業は休みだった。
フリーとオズはガストンたちをこらしめるイタズラを思い付いたらしく、部屋で何やら話していたのでブラウンと2人で学園内をブラブラして時間を潰してから昼飯を食べる予定だ。
ちなみにドアノブから電気を流すイタズラは週に2~3回ほどのペースでやり続けている。やり出して3週間目に寮の管理人であるブラックウッドさんに苦情を言いに行ったが相手にしてもらえなかったようで、ガストンたちは非常に苛立っていた。
また、入学してから1ヵ月は経過し、新入生たちは学園生活にも慣れ、どんどん果敢に上級生たちに試合を申し込みに行っているようだ。
今もたまたま通りかかった人だかりで新入生が30位の上級生に宣戦布告したところだったので、俺とブラウンも暇潰しにゾロゾロと闘技場までついて行き観客席から試合を見物している。
「おっ…………!」
試合を申し込んだ1回生のノーマンが半身になり、上級生の槍を紙一重でかわした。そして、槍の間合いの内側、彼の剣の間合いへと入る。
「おしいなぁ」
だが、上級生はバックステップでノーマンの縦斬りを回避し、再び距離をとった。どちらも剣士専攻で魔法は使わない。観客席も剣士専攻の生徒が多いようだ。
「あのノーマンって人、1回生の剣士専攻の中じゃ早くも頭角を現している生徒らしいよ?」
ブラウンは前の席にもたれ掛かり、目をこらして戦闘を見ながら言う。
「へぇ、どおりでやるもんだ」
目の前で繰り広げられる試合も、30位相手に優位に立ち回っている。1回生の剣士専攻はSクラスがないため、実質1回生の中ではトップクラスなのだろう。
「おっ」
最終的に足払いを狙った槍をノーマンが踏みつけ、その隙に首もとへ剣を突きつけた。
「勝者、ノーマン!!」
剣士専攻のノーマンと同じクラスであろう生徒たちが喜び、わあっと歓声を上げる。
「やるなぁ。実践経験も豊富そうだ。度胸が違う」
剣術スキルLv.6はありそうだ。
「ノーマンなんて名前聞いたことないし、貴族じゃないね。ユウと同じ冒険者かも?」
「あり得るなぁ」
そんな冒険者は知らないし、興味もない。
「と、そろそろ飯いくか?」
「だね。行こう!」
闘技場を出て、講義教室がある総合教育棟を進み、2階のレストランへ廊下を歩いて行く。この建物はこの学園では一番大きな施設で大人数を収容できる講義室が15以上あり、食堂にレストラン、売店に武器屋、防具屋まである。一番東側の区画には1階から3階までを図書館が占めている。そのため最も生徒の集まる建物の1つである。
「よし、飯だー、飯ー」
大勢の生徒たちとすれ違いながら廊下を歩いてレストランへ向かう。入学式のせいで俺はちょっとした有名人となっており、チラチラとこちらへ向かう視線がある。始めはうっとうしかったが、慣れるもんだ。
「しかしフリーたち何を企んでるんだろうね?」
「さぁ、最近オズのやつがフリーに余計な影響受けてるからなぁ。困ったもん……」
「あ…………!」
廊下を歩いていると、ブラウンはすっと俺の背中へと隠れた。
「ん? どうした?」
「あれ、うちの兄さんたちなんだ」
ブラウンが指差す先、正面から歩いてくる14~15人ほどの団体が見えた。たまに学校で見る、クラスのリーダー的な存在とそれに群がる奴らだ。あの団体が来ると、生徒たちは壁際によって道を開けている。
「どの人だ?」
「あの正面の2人だよ」
団体を率いるように自信たっぷりに歩く2人の男子生徒がいた。制服をきちんと着こなし、誠実そうな印象を受ける2人だ。
けっこうまともそうだけどな。
【ベル】騙されちゃダメよユウ。ああいう奴らこそ危険なんだから。本当にヤバい奴らは普通に見えるように振る舞ってるの。
ああ、なるほど。つまりは…………。
【ベル】間違いない。悪人よ。
了解。
「左が3回生魔剣士Aクラスのチャド兄さんで、右が2回生魔剣士Aクラスのグレン兄さんだよ」
チャドは体格がよく、ブラウンと同じくらいの背の高さだが胸板が厚い。腕もパンパンだ。グレンは目が大きくキリッとした顔立ちに、背が高く190センチほど。体は筋肉ムキムキというよりかは細マッチョという感じだ。
2人ともブラウンの兄弟だけあって同じ茶髪だった。
確かにあのグループはめんどくさそうだ。関わらない方が良いだろう。
そう思って他の生徒と同じように壁際へと避ける。チャドとグレンの2人が俺たちの目の前を通りすぎていく。
このまま行ってくれたらいいんだが…………。
そう願いつつ、黙って嵐が通りすぎるのを待つつもりだったが、
「おや? ユウ殿ではないか」
げ…………このねちっこい声は。
声のした方を見ると、ガストンがいた。その後ろにはサイファーまでもいる。2人はチャドとグレン率いる団体の一員のようだ。
「いやはや、こんなところで会うとは奇遇ですな」
勝ち誇ったような笑みだ。
ぐっ。さすがに、この状況で話したくない。
「そうだな。俺らは急ぐんだ。じゃあな」
そのままレストランへ向かおうとすると、
「なんと!! せっかくこちらの先輩方を紹介して差し上げようというのに。いささか無礼ではないかな?」
そう廊下中に聞こえるように声を張り上げた。
こいつ…………。
思わず歯ぎしりする。周りの生徒たちも哀れみの視線を向けてきた。
「うわ、1回生のユウとあのチャドたちだ…………」
俺もそれなりに有名なので注目が集まり、噂されているのが聞こえてくる。
「どうしたガストン」
この騒ぎにグレンが反応した。
「ああ、グレン様紹介します。こちら、同じクラスの"平民"でございます」
他の貴族からゲラゲラと嘲笑が起きる。
「おいおいガストン、その言い方は失礼であろう」
グレンがガストンを注意する。
「私はグレン、グレン・ヴィランドという。貴殿はガストンと同じSクラスらしいな。ガストンはこういうがこの学園に身分による上下関係はない。私の友が失礼なことを申した。詫びよう」
そしてスッと頭を下げた。そのことに周りがざわめく。
げ…………こいつ、貴族なのにこんなことしやがって!
「い、いやそんなことはない。……いや、ありません。顔を上げてください」
「おいグレン顔を上げろ。新入生を困らせるな」
もう1人の男はそう言うと無理やりに顔を上げさせた。
「どちらもすまんな。俺はグレンの兄、チャドだ。よろしくな」
そして、爽やかな笑みで右手を差し出してきた。警戒しながら握手を返す。
「ども。ユウです。よろしくお願いします」
ん…………? 何か、手を握った瞬間、ぞわっとした。感じたことのある、どこか嫌な感覚だ。
【ベル】何なの、今の感じ。なんだか気味が悪いわね。
ベルも感じたようだ。
手を離すと、その感覚はなくなった。チャドには気付かれていないようだ。
「へぇ、君があの…………」
チャドは俺の名前を聞くと、目の奥が笑った。
「噂はかねがね聞いているよ。優秀なようだね」
「いえ、それほどでも」
すると、いきなり耳打ちで話してきた。
「でも私たちの邪魔をするのは感心はしないな」
「邪魔…………?」
どういう意味だ? 俺はまだマードックに対しても直接は何もしていない。
そして、チャドは俺の後ろに隠れているブラウンに気が付いた。
「お、ブラウンじゃないか」
「は、はいチャド兄さん」
ブラウンが怯えながら顔を出した。
「君はブラウンの友達なのか?」
「あ、はい。仲良くさせてもらっています」
「そうかそうか。こちらこそ愚弟が世話になるな」
「いえ。ブラウンは良き友です」
「それは良いことだな」
チャドは満足げだ。
「はい。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ではこれで失礼します」
少々強引に話を切ると、そう言ってそそくさとその場をあとにした。
◆◆
「誰があんなグループと関わりたいと思うんだよ。上級貴族ばかりじゃねぇか! 皆避けるに決まってる!」
そう言うが、本当の問題はブラウンの兄たちだ。思った以上に厄介そうだった。敵を知れたのは良いことだが。
「ごめんね…………ユウ」
俺が頭を悩ませていると、申し訳なさそうにうつむくブラウン。
「ああ。いやブラウンのせいじゃない」
「まさか、ガストンとサイファーが兄さんたちとつるんでたなんて……」
「あれは『私はこれだけの貴族のお友だちがいます』ってアピールだろうな」
「だろうね」
奴らとつるんでいたとしても、今のところガストンたちにマードックの計画に関わっている様子はない。だが、それとこれとは別だ。
「ブラウン、昼飯食ったらフリーたちを探すぞ?」
俺はささっとパスタを平らげるとフォークを置いた。
「どうして?」
「フリーたちに計画があるならちょうどいい。……仕返しだ」
「なるほど」
ブラウンも意地悪く笑った。たくましくなってきたもんだ。
寮の自分の部屋の前に戻って来ると、
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
中からオズの笑い声が聞こえてきていた。何事かと思って扉を開ける。
すると、裸のフリーがブラジャーを着けていた。
「お前、何やってんの?」
「あ…………」
◆◆
フリーとオズが考えた作戦は、ガストンたちが風呂に入ってる間に2人の下着をすべてセクシーな女物に変えようというものだ。
フリーたちは昼の間にその下着を街に買いに出掛けていた。だがさすがに女性物のランジェリーショップに男2人で入るのは厳しいかと諦めかけたところ、マリジアたちに遭遇したそうだ。
「なんか、また変態扱いされそうになったんだよねぇ」
フリーが不思議そうに言う。
「それは別に間違ってないだろ?」
だが事情を説明すると2人もノってきてくれた。そこで、2人に頼んで下着を買ってもらったそうだ。ちなみに下着はマリジアが赤面するほどの黒のTバックとブラジャーだ。
「うまく行くと思う?」
「でもさすがにノーパンでズボン履くんじゃないか?」
「そこだよねぇ」
オズの正論にフリーは頭を悩ませた。
「だったら、奴らの下着をすり替えて一番入浴する生徒たちが多い時間帯で下着を取り出させる。それで、そこに俺たちがたまたま出くわすってのは?」
犯人はどうせバレるだろうから、隠れずに現場にいよう。
「それだっ!」
「ああそれと、ガストンにだけ仕掛けよう。そうすりゃ、サイファーはガストンが本当にそんな趣味があるのかと疑うし、ガストンは自分の尊厳を守るのに必死になるはず」
「お前、極悪人だな」
オズが若干ひき気味で言った。
「それほどでもねぇよ」
しかし、オズのやつフリーに影響受けて変態方向に進まれたら困る。こいつ一応王子だもんな。
そんなことを考えながら俺は用意された下着を右手に持った。
「名付けて『ガストンお前、セクシー下着履いてんのかよ作戦』。今晩決行だ!」
「「「おぉー」」」
そこでフリーたちが購入したランジェリーショップの袋の中にもうひとつ入ってるのを発見した。
「ん? ちなみにこっちのピンクのTバックは何?」
そう聞くとフリーが答えた。
「あ、それは僕個人のだねぇ」
◆◆
そして夜、ガストンたちが浴場に向かったのを見届けてから俺は奴らの着替えに向かった。こういう時こそ役に立つ隠密レベル9。
風呂場の更衣室は棚にカゴが置かれただけのもので、日本の温泉とさほど変わりはない。そして、今ガストンとサイファーはいつも通り2人で浴場へ向かった。ガストンが着替えを入れたカゴはバッチリ確認済みだ。
周囲に大勢の生徒がいるが、誰一人として俺に気付いていない。ガストンのカゴを手に取る。ガストンの部屋着は黒のゆったりとした上下だった。基本学園は寮内の服装に規定はない。俺らもラフな七分丈のズボンに適当な綿でできた羽織ものをシャツの上から着ている。
カゴを漁るとすぐにガストンの使用済みパンツと未使用パンツが出てきた。できるだけ触りたくないので魔力でパンツをつまみ上げ、空間魔法に収納する。そしてそっとセクシー下着をカゴの中へと仕込んだ。
よし、これで準備は完了。
外で待っていたフリーたちと合流する。
「どうだった!?」
「バッチリ!」
俺は指で丸を作った。
「「「よしっ」」」
「後はタイミングを見計らって、更衣室に行くだけだなー」
「だねぇ」
ーーーーワクワクしながら待つこと20分。
「そろそろ行くか?」
「そだな」
「楽しみだねぇ」
ガララと更衣室の扉を開けると、黒のTバックを持って凍りついているガストンがいた。
「お、見てる見てる…………!」
よし、ここから俺たちがガストンに話しかければ、事態は急展開だ…………。
しかし、ガストンのそれを見たサイファーが満足げに言った。
「おや、ガストン殿もやっぱりそのパンツにしたんですねぇ。あれだけ私が勧めたのに、ようやく良さに気付いてくれるとは」
は…………っ!?
そのサイファーの発言に、俺らは固まった。
確かに貴族には変態趣向の人間もいるとは聞いたことがあったが、こんな身近にいるとは思わなかった。
「そ、そそ、そそそうだな。私もやはりこちらにしようかと、お、思ってな」
誤魔化すべきか、そうだと言い切るのか迷ったあげく、ガストンは盛大に顔をひきつらせながら後者を選んだ。
「そうでしょう。そうでしょう」
全裸にTバックを履いたサイファーが腕を組んでうんうん頷いている。
周りでは気付いている者もいるが、触れないようにと素早く着替えて逃げるように出ていっていた。
ガラララ。
黙って扉を閉める。そしてオズたちを振り返って叫んだ。
「どうなってんだよ! この世界の奴らは頭がおかしいのか!?」
「俺も知らねぇよ!!」
「こんなことってあるの!?」
「そんなにおかしなことかい?」
フリーが首をかしげた。
「変態は黙れ!」
「あれ? 俺らがおかしいの!?」
「僕は変態だって自覚してるからねぇ! 一緒にしないでほしいな!」
「頼むから黙ってくれ!」
頭痛い。
◆◆
翌朝、教室で席に着くとマリジアとシャロンが寄ってきた。まだガストンたちは来ていないようだ。
「ねぇねぇ! 昨日どうだったのよ? 買うの協力してあげたんだから教えてよね?」
「私も気になるなぁ」
昨日のガストンへのイタズラが気になる2人にうんざりして答える。
「まぁ、作戦は成功したけど…………あれは俺たちの負けだ」
「え? どういうことよ?」
首をかしげるマリジアとシャロンだったがそこに噂のガストンたちが入ってきた。
「いやはや、ガストン殿も『こちら側』へ来てくれるとは喜ばしい限りですな」
朝から上機嫌で話すサイファーにガストンは歩き方が少しぎこちない。
「ま、まぁな。なかなか悪いものではないな」
「あぁ…………あれからあのTバック履いたのな」
俺たちはげんなりした。
「え、嘘でしょ? まさか…………そういうこと!?」
シャロンはわかっていないが、マリジアは勘づいたようだ。
「まさにそういうこと」
ガラララ。
「よし、お前らさっさと席に座れー」
全員席に座ったのを見て、クロム先生は続ける。
「ブラームスではお疲れだったな。あれはダンジョンが封鎖されて調査が入るようだ。それで物騒な話が続くが、先週あたりから王都で毎晩放火事件が相次いでいるらしい」
「放火事件?」
「ああ。話じゃ死者まで出ているそうだ。学園は警備を強化しているが、くれぐれも町に出たときは注意することだ。わかったか?」
「はーい」
◆◆
「放火だってよ。物騒だな」
「やだねぇ」
「僕、聞いたことあるよ。噂じゃ全身燃える男だったって」
「本人が燃えてるのかよ。なんで死なないんだ?」
「油ぶっかけたらそのまま燃え尽きないかな?」
「やってみる?」
「やるな馬鹿。探しに行くなよオズ」
俺らは放課後教室に残って喋っていた。大きめの窓からは夕日が射し込んでいる。外から女の子の声が聞こえてくる。
「ーーーーほんと忘れ物注意しないとだめだねー。これで今週2回目…………」
ガララと教室の扉を開けたのはマリジアとシャロンだった。
「あれ、まだあんたたち残ってたの? 次は何の悪巧み?」
「ちげぇよ。今朝クロム先生が言ってた放火魔についてな…………?」
「あ! それよりガストンたちのあれ、どういうこと!? あんなに恥ずかしい思いして買ってあげたんだから詳しく教えなさい!」
俺の机にバンッと手をついて聞いてくるマリジア。だがその時、
「え、嘘。あれくらい普通じゃないの?」
シャロンのふとした発言に、皆が静まり返った。
マリジアが目を剥いて口をパクパクさせている。キョトンとした顔のシャロンは何がおかしいのかわかっていない。
まさかシャロン、普通にTバックを履いてる? よし、今のシャロンの発言は闇に葬り去ろう。
ブラウンに話題を振ろうとして見ると、ブラウンがダラダラと鼻血を出していた。
「ブラウン、鼻血、鼻血」
「へ? わ、ああ! ごめん。これはちっ違うんだよ!」
あわあわと慌てるブラウン。
「いや、よくわかるよブラウン君」
フリーが腕を組んでうんうんと頷いている。
「おーいマリジア、マリジア?」
「はっ、はい!」
目の前で手を振ると、固まっていたマリジアがやっと再起動した。
「シャロンの再教育頼むぞ?」
「わ、わかったわ!!」
マリジアが拳を握って力強く宣言した。シャロンは何のことかわからず首をかしげている。
まぁ、どんな下着を履こうが個人の自由なんだが、シャロンのビジュアルの良さにそんな情報が加わったら危険だ。ただでさえ、ここには変態が多いんだから。
そうしてシャロンを見上げる。
今はブレザーを脱いでいるため、下からの胸の圧に押し上げられ縦に引っ張られたパツパツのブラウスがよく見える。そして、フィッシュテールスカートからのぞく長い脚は細くスタイルの良さを強調し、特に制服に現れる腰から脚にかけてのラインがエロい。そうか、今もあの下に……。
「あ…………」
「ユウだって鼻血出してるじゃん!」
「あんたたちってやつはああああ!!!!」
◆◆
「へー、そうだったんだ」
全員頭をマリジアに殴られ、さっきの記憶は飛んだ。
「まさか、ガストンたちにそんな趣味がね…………」
マリジアが腕を組んでドン引きしながら言った。
その引きようだと、フリーのことは言わない方がよさそうだ。
「まぁ、本当はガストンは違ったんだと思うよ?」
ブラウンがあははと苦笑いしながら言う。
「そうだな。ムッツリブラウン」
「ムッツリブラウン」
「ムッツリブラウン」
オズが言うと皆が連呼した。
「ちっ!! 違っ、さっきはその、ふと想像しちゃっただけで!!!!」
「わかるなぁ。僕は全身の下着姿が想像できたねぇ。あぁ、もう少しで裸が見えそ…………」
上を向いて空想するフリーは、マリジアに殺気のこもった目でギロッと睨まれ、縮こまった。
「はぁ……で、次は何をするの?」
疲れた様子のマリジアがため息をつきながら聞いてきた。
「それがまだ思い付いてないんだよぁ。なんか良い案あるか?」
「あ、今度は僕が考えたよ!」
「ムッツリブラウンが?」
「違ぁう!!!!」
珍しくブラウンが声を荒げる。
余程嫌だったんだな。
「で、計画は?」
「それはね。ガストンって確かグリンナッツが嫌いだったよね」
グリンナッツとは、よく彩りに料理に入っている緑豆で、味は青臭く苦味があり子どもにとても不人気な野菜だ。
「こないだレストランでサイファーの皿にこっそり入れてたのを見た」
あいつ子どもかよ。
ガストンは総合教育棟のレストランにあるハイオークのステーキがお気に入りのようだ。週に3回は食べに行っている。
「そう言や、オズも食えるようになったのか?」
するとオズの手元でキランと金属が光ったかと思うと、ナイフが飛んできた。
指で挟んでキャッチする。
「次言ったら殺す」
「いや、今死ぬとこだったんだけど」
「それでどうするんだい?」
「あのグリンナッツをガストンの皿に増やしてやるんだよ。あのプライドの高いガストンだから、文句は言えないでしょ?」
「確かにな。それで?」
「え…………ええと、それだけだよ?」
ガタタタ……!!
マリジアたちがずっこけた。
「いや、悪くない。付け足すなら……ガストンが食べざるを得ない状況をつくってやろう」
「なるほど…………」
「名付けて『ガストンの健康管理作戦!』」
読んでいただき、有難うございました。
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