第83話 授業開始
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第83話です。何卒宜しくお願いします。
学園第5位のゴッサムに連れられ、第2闘技場へ到着した。ここはコロッセオのような造りになっており、砂地で広さは草野球場ほど。入学試験にも使用されていたようだ。治癒魔法が使える教官が常駐しており、今ゴッサムが試合で使用するために申請を行っている。
すでに闘技場では、試合ではなく自主訓練を行っている生徒がちらほらといた。その彼らが俺たちの制服につけたバッチの色を見て、目の色が変わる。良くも悪くもSクラスは注目の的だ。
「ただ今より、ランク戦を行います。関係者以外は場外へ移動をお願いします」
アナウンスが流れ、使用していた学生たちは観客席へと移った。
ゴッサムとオズが闘技場の中央へとすたすたと歩いていく。俺たちもグラウンドよりも数メートル高くなったスタンド席から2人の試合を見ることにした。
「さて、オズの実力拝見させてもらおうかな」
「楽しみだねぇ」
俺たちはのんびりとオズとゴッサムを見下ろした。
オズはリラックスした状態で腕を組んでいる。オズがナイフを使うことを考えると、あの制服の下は仕込まれたナイフだらけだろう。
ちなみにオズのナイフは持ち手まで全てが1つの金属で作られ、持ち手部分には滑り止めに穴が複数空いている。どうやらオーダーメイドらしい。
ゴッサムは大剣を使うようだ。四角く武骨な身の丈ほどの剣を構えている。見た目通りのパワータイプ。オズも気になるが、この学園で5位の実力とはいかほどのものか。
向かい合う2人。そして、よく見ればオズの口元がわずかに動いている。
あれは…………ゴッサムと会話してるんじゃない。小声で魔法の詠唱をしてるようだ。別にあれはルール違反ではないらしい。
「始めっ!」
教官が開始の合図をした。
「一撃で終わりだ!」
ゴッサムが叫びながら突進する。始まりと同時にオズは魔法を発動した。
「エレキグラント……」
ゴッサムは反射的に一瞬身構えるも何も起きない。
不発か…………?
ゴッサムもそう思ったのか、そのままオズへと大剣を真上から振り下ろした。
なかなかの速度だ。だてに5位ではないらしい。
だが、それをオズはサイドステップでダンッと右横に飛んでかわす。ゴッサムの大剣は空振りし、深々と地面をえぐった。
そしてオズは避けた体勢のまま、空中でナイフをアンダースローで投擲する。
ヒュンッ…………!!
「くっ!」
攻撃直後のゴッサムはあごを後ろに引き、ギリギリでかわした。
続いてオズは着地して体制を整えると、両方の手にナイフを逆手に持ち、それらを交差させて構えた。前髪で隠れてオズの目は見えないが口元はニヤッとしている。
そして、ゴッサムがオズの方を向いて話しかけた瞬間、何かが背中に突き刺さる。
「よく俺の一撃をよけ…………」
ドスッ、バリィイイイ…………!!!!
「がっ…………がが、がががががががっ……!!」
ゴッサムが突然感電し、白目をむき口から煙をモクモクと吐く。そしてバタリとうつ伏せに倒れた。
「…………勝者、オズ!!」
審判はすぐに宣言した。観客たちは何が起きたか分からず、ポカンとしている。
「にしし」
オズは歯を出して笑っていた。
注視すれば、倒れたゴッサムの肩甲骨の間に帯電したナイフが刺さっているのを見つけた。
「あれは、さっきオズが投げたナイフか」
「みたいだねぇ。なんらかの魔法でナイフが手元に戻ってくるように細工したんじゃない?」
「だな。さっきの雷魔法か?」
あんな魔法あるのか? まさかオズのオリジナル? だとしたらアイツも俺と同じ理論で、魔力操作で魔法を使っているのか? いや、違うな。始めにやっていたのは間違いなく詠唱だ。
【賢者】詠唱とは、魔力操作の変わりに魔力を制御する方法だと考えられます。オズ様は詠唱をオリジナルで考え、作り出したのではないかと。
そんなこと出来るんだな。いや、今ある魔法も昔誰かが考え出したんだろう。オズが天才と呼ばれるゆえんってか。
観客席から飛び降り、オズに会いに行く。
「よっ! おつかれさん」
「ふん。大したことないんだな。5位も」
オズは気絶したゴッサムを見下ろしながら言う。
「この人みたいに真っ直ぐな性格の人はオズと相性が良かったんだねぇ」
教官が回復魔法をかけ、ゴッサムが目を覚ました。
「くっ…………そうか、負けたのか俺は」
悔しそうに拳で地面を叩く。
「まぁ、俺が相手なら仕方ない」
自信満々。態度でけぇな。さすがは王子様。
「ふん、さぁ持っていけ」
「ああ」
地面に座ったままゴッサムは腕章を外してオズへと手渡した。
とその時、予鈴がなった。
「あ、おいオズ! もうホームルーム始まるぞ!」
「げ、わかった!」
◆◆
教室に行くとまだ教師は来ておらず、初日から遅刻はまぬがれた。
他の生徒たちはもう全員来ている。俺たちに気付いたシャロンとマリジアがニコニコと手を振っていたので振り返す。女子に手を振られ、思わず俺とフリーは顔がにやけた。
窓側の席に座っていたブラウンも俺たちに気付き、手招きしていたので、そっちに向かう。そして、ブラウンの隣へ向かう途中で別の生徒が目に入った。
「げっ…………。あいつら!」
「どうしたんだい?」
「あの2人、試験の時俺らに嫌味言ってきた奴らじゃね?」
「あ、そう言えば…………!」
筆記試験の昼食の時、俺らのことを愚民だと馬鹿にしてきた貴族たちだ。マリジアが逆上して喧嘩になりかけた。あんな奴らがSクラス…………?
目が合うと馬鹿にしたような下卑た笑みを向けてきた。無視してブラウンの横の席に着く。ブラウンは学園長の威圧を受けてまだ顔色が悪い。
「ブラウン、お前大丈夫だったか?」
「もう大丈夫だよ」
ブラウンは力なくあははと笑う。
「ユウこそよく平気だったね?」
そこであの貴族たちがわざと大声で話し始めた。
「あの学園長の威圧に気付けないとは、とんだ馬鹿がいるものですね。サイファー」
「本当に。そんな奴と同じ学舎で学ばねばならぬとは、悲しいものです」
「無視しなよ」
オズが言ってきた。
「ああ」
ただ貴族ではないというだけで、あそこまで言われる筋合いはない。
「ああいう奴らこそ、この国の汚点だ。いつか潰してやる」
意外や意外。オズもああいう輩は相当嫌っているようだ。とその時、
ガラララ。
教室のドアが開き、見たことのない人が入ってきた。
黒いあご髭を生やし、黒ブチメガネをかけ、紙煙草をくわえている。真っ白な白衣コートを着て、短めの黒髪はかきあげ、年齢は30歳代後半くらい。俺が女子生徒なら惚れそうなほど渋いかっこ良さがある。だが、やる気のない死んだ魚のような目がそれらを台無しにしていた。
その人は黙ってスタスタと教壇に上がった。そして何かを思い出そうとしながら話す。
「よし、お前らアレだアレ…………」
皆が首をかしげてクエスチョンマークを浮かべた。
「そうそう。自己紹介しろ」
雑だな。
「てかあんたは誰だ」
思わずボソッと声に出た。
「あんたは誰ですか? …………ってユウ君が言ってます」
フリーがのほほんと発言した。
げっ、んなこと言わなくていいんだよ。
「俺か? 俺はぁ…………お前らの担任のクロムだ」
ポリポリと頬をかきながらダルそうに言う。
「担任かよ!」
この人大丈夫なのか?
「じゃ、さっきからうるさいお前から」
プラプラと指に挟んだ紙煙草を揺らしながら言う。
まじか。トップバッターは嫌だってのに…………!
お前のせいだと、じろっとフリーを睨むと白目をむいて誤魔化していた。
あとで殺す。
仕方なく立ち上がり自己紹介をする。
「俺はユウ。主武器は刀、魔法は色々。以上。あと先生、ここは禁煙です」
「うるせえ。はい次の奴」
おい教師。
「僕はフリー、ユウと同じく刀を使うよ。魔法は使えないことはないけど斬ることの方が得意だねぇ」
続いてオズ。
「俺はオズ。武器はナイフを使う。特技は暗殺。魔法は、言うつもりはない。以上」
オズは机に片足をかけ座ったまま、そしてナイフを空中に投げて遊びながら言った。
まず立って話せ。
続いてブラウン。
「ぼ、僕はブラウンと言います。メイン武器は槍、土魔法が得意です。これから宜しくお願いします」
そう言って初々しく頭を下げた。
俺らとは大違いだ。「宜しくお願いします」なんて、なんであの伯爵からこんな真面目で良い子が生まれたんだか。
「はい、じゃそこの赤毛」
赤毛と言われてむっとしたようだが、マリジアが立ち上がった。
「あたしはマリジア。弓が得意で、魔法は重力魔法と火魔法を使います。学園は貴族も平民も関係ない場所だと聞いてます。色んな人たちと関わりになりたくて来ました」
マリジアはハッキリとした口調でそう述べた。しっかり者のイメージだ。
やっぱり試験の時見たのは重力魔法だったか。なんだかんだ重力魔法を使う人間は初めて見たな。
「私はシャロンと申します。主武器はメイスで、回復魔法を使います。なので、怪我した時は遠慮なく言ってくださいね」
そう言ってニコリと優しい柔らかな笑顔を見せた。
シャロンはスタイルの良い、黒髪長髪の女の子だ。立ち上がったときに綺麗な髪と大きな胸が揺れ、とても絵になる。マリジアとは元々知り合いのようだ。
へぇ、回復魔法か。
次はあの嫌な貴族の2人だ。
「私はガストン。誇りあるヴィランド侯爵家の長男で武器は剣を使う」
のっぺりとした金髪をオールバックにして頭に張り付けたやつだ。あごが割れているが、外人顔なのでそれでもイケメンだ。
家名いるか? 学園の方針をわかってて言ったのか?
「このクラスに騎士団長に1発入れた下民がいるようですが……」
俺を横目でじろりと見てきた。
「調子にのらないことですねぇ。騎士団長が弱かっただけのこと。私であれば騎士団長ごときに負けることはありませんから」
そう言うと、ふんぞり返って着席した。
そりゃ、直接戦ってあのおっさんの強さを知らねぇから言えるんだろうが。そんなに負けず嫌いなら、戦ってみろ。
「バートン伯爵家のサイファーです。平民と同じ学舎とはお笑いですね。いつか私の火魔法で粗末な家ごと燃やしてあげますので楽しみにしておいてください」
つり上がった目で、一番何をやらかすかわからなさそうだ。背は低めでガストンの腰巾着のようだ。あと、こいつ今さらっと俺らを殺すって言ったよな?
最後、無理矢理に先生がまとめた。
「えー、暗殺が得意な王子様、放火魔の貴族様が混ざってるが仲良くやってくれ」
「「「「「はーい」」」」」
いいのか…………。
「ちなみにだ。名誉のために言っておくと、この国の騎士団長は弱くない。少なくともガストン、お前が逆立ちしようが勝ちはねぇよ」
クロム先生がガストンを見てさらっと言った。すると、ガストンは俺を恨みがましく睨んできた。
なんで俺? これそのうち喧嘩になる自信がある。
「先生、学園内では正当防衛で相手が死んでしまったときは罪に問われますか?」
返り討ちにした時のために聞いておこう。
「正当防衛ならいいんじゃね? たぶん」
「…………いいんだ」
生徒も生徒だが、教師も教師だよな。
「はい、じゃ冗談はそれくらいにしてホームルームを始めるぞー」
「どこまでが冗談!?」
俺のツッコミは虚空に消えた。
とりあえず皆、きちんと席に座り直した。この先生、適当だが有無を言わせぬ力がある。おそらく闘えば相当やり手だろう。
「じゃあまずは…………」
クロム先生が話したのは教科についてだ。
必須科目: 総合実技、王国史、魔物学、魔術学
選択科目: 武術実技、魔術実技、会計学、魔術史、世界史、政治
選択科目に関してはこの中から2つ選択することになっている。これらを明日までに決めるそうだ。ただめんどくさいのでなるべく座学は避けたい。ただ、ブラウンと距離をつめる必要があるからな…………。
「なぁ、ブラウンはどれを取るつもりだ?」
「僕は…………皆と同じのがいい」
さっすがブラウン。俺らに合わせてくれるのな。
「な、ならやっぱ実技の2つ一択じゃね!?」
とっさにフリーにアイコンタクトを取る。
「そうだよねぇ。学園に来たからには実技で鍛えてランク上位を目指さないと!」
ナイスアシスト。
「それは俺も賛成だ。そもそもほとんど筆記科目を取るやつなんていない」
オズも賛成してくれた。
「そ、そうなんだ。なら僕もそれでいいかな…………?」
っし!
心の中でガッツポーズが出た。これで任務は順調に進められる。
「ん、なんだお前らもう決まったのか。俺の休憩時間を返せ」
教壇に腰かけて、紙煙草を吸いながら一服していたクロム先生があからさまに嫌そうに言った。
あんたはまじで仕事しろ。
「えー、はい。僕らは4人とも武術と魔術の実技でお願いします」
「あ、それあたしらも一緒で」
マリジアが手をあげて言った。
「こちらもですねぇ」
どうやらお高くとまった貴族たちもらしい。
「結局全員じゃねぇか。ま、俺も他の科目はやったことがねぇ。てかできねぇ」
この人正直か…………。
すると、ガストンが呆れたように声をあげた。
「はぁ…………貴方、そんな適当で教師が務まるのですか?」
さっきので相当頭にきているようだ。ま、この意見には同感ではある。
「あ?」
「本当に教師なのかも疑わしい……!」
ガストンはそう吐き捨てるように言う。
ま、そら思うわな。でも止めておいた方がいいだろう。
「ほぉ、言うじゃねぇかガキのくせして」
クロムはくわえ煙草をして白衣のポケットに手を突っ込んだまま、眠たそうにガストンを見下ろす。
「教師として相応しくないと私が判断したら、父上に言いつけてクビにしてもらいますからねぇ」
そう力強く宣言した。
そう来たか。へー、すごいすごい。父上様の権力すごいんだぁ。
「へいへい、わーあった。つまりどうしたい?」
「私と試合をして、力を認めさせてみてくださいよ」
ニヤニヤとしたやらしい笑みを浮かべている。
さすがは貴族、自分より下のものにはつかないプライドがあるようだ。というよりかは自分の力をひけらかしたいだけか。今まで負けたことがなく、肥大化した自尊心があるのだろう。
「へいへい。いつでもどこでもいいぞ? かかってこい」
ガストンが机を離れ、教壇へと歩いていく。そして、剣をスラリと抜いた。キレイな直剣だ。良いものを使っている。
教壇に上がると、黒板を横にしてクロムと向かい合った。
だが…………次の瞬間、クロム先生は剣を構えたガストンの真横に立っていた。
「は?」
その速度に理解が追い付かず、何も反応できないガストン。そこから先生は左手を白衣のポケットに入れたまま、横からガストンの頭を右手でがしっと鷲掴みにする。
「歯ぁ、食いしばれよ。ガキ」
「ひっ!」
ガストンの顔が情けなくも恐怖に歪む。そして
ズダァアアアアン………………!!!!!!!!!!!!
ガストンは板張りの床に顔面をめり込ませていた。そして、先生の頭の高さにまで跳ね上がったガストンの足先が、ビクビクと痙攣しながら床にバタンとぶつかった。
「「「「「「「…………っ!」」」」」」」」
クラス全員が押し黙った。
…………容赦ねぇ。そんで、強い。動きが見えなかった。
ガストンの体はまだピクピクと痙攣している。
「あ、やっちまった。どうすっかなぁ……」
頭をポリポリとかく先生。そして、教室内をぐるッと見回すとシャロンで目線が止まった。
「あ、シャロンとか言ったか?」
「は、はい!」
シャロンは胸元で手を抱えて、ビクッとした。
「こいつ、治してやってくれ」
「はいっ!」
シャロンが前に出てガストンの横に座り詠唱している間に先生はしゃべり続ける。
「それと、そこのお前、サイファーだっけか?」
「な、なんです?」
クロムにじろりと睨まれて、後ずさりする。
「不意打ちしようとしても無駄だったな。詠唱が遅すぎる」
「ちっ!」
教師相手に不意打ちしようとしたのかあいつ…………。
ぼんやりとだがシャロンのおかげでガストンの意識が戻りつつあるようだ。ピクリと指先が動き出した。
「おお、さすがはSクラス。なかなかの腕前だな」
その光景をダルそうな目で、煙草をくわえながら見下ろす先生。
「あ、ありがとうございます」
礼を言って、そそくさとシャロンは席に戻る。
「はい、他に異議のあるやつは?」
その瞬間、ガバッとガストンが床板から顔面を剥がして頭を持ち上げた。
へぇ、思ったよりタフだな。いや、シャロンが有能なのか。
「きっ、貴様! こんなことして許される…………」
直ぐ様、クロム先生が高く上げた足を頭へ振り下ろした。
「がひゅっ…………!?」
再びズガンッと床板に顔面をめり込ませた。
「あ、やべ。加減ミスった」
今度こそ完全に沈んだようだ。
いや、かなりスッキリした。良い先生だなぁ。
「まぁ、なんだ。異議じゃなくても、何でもいいぞ。先生の好きな食べ物とか、好みのタイプとか。これから俺がお前らの面倒を見ることになる。なんだかんだ仲良くしよう」
「何フェチですか?」
フリーがすかさず手を上げて聞いた。
いや、今のガストンの件スルーしてそれ聞けるのすげぇよ。こいつホント、マイペースだよな。
「俺は腰だな」
「仲間です」
フリーが満足げな顔で前に出ると、先生と握手する。それと同時にマリジアとシャロンが汚いものを見る顔で、スッと身を後ろに退いた。
「おいおい、お前らガキに興味ねぇよ。俺が興味あるのは少なくとも経験豊富な大人の女だ」
先生は煙草をふかしてそう言った。
普通そんなフェチとか女子生徒の前で言わん。この先生、外見はモテそうだが性格に問題がありそうだ。
「先生、モテないでしょ」
俺がそう言うと、当たってたのか先生のこめかみにピキッと血管が浮いた。
「うるせぇ」
「童貞ですか?」
「殺すぞ」
殺されそうだ。
「Sですか」
「ドSだ」
ドSらしい。
そこまでで煙草をおいてパンパンと手を叩いた。
「おい、もっとまともな質問はねぇのか」
頭に怒りマークをつけて言う。だが俺とフリー以外は床で痙攣しているガストンにしり込みして誰も質問しない。
まともな質問ってなんだ? 知らない言葉だ。
「人生相談でもいいぞー。なんたって俺は教師だからな」
そこでオズが手を上げた。
「ちょっ、オズ君殺されるよ!」
ブラウンがオズの手をつかんで下ろさせようとする。
ブラウン。キミ、俺とフリーの時は止めてくれなかったよな?
「おい、殺しはしねぇよ」
先生は呆れた顔した。
「身内に避けられない危機が迫ってる時、先生ならどうします?」
「ああ?」
クロムは煙草を教壇の上の灰皿に押し付けた。
どうやらオズが聞きたいのは真面目な話のようだ。
「だったら危険を排除するに決まってんだろ」
「その力が自分にはないとしたら?」
何を聞いてんだ?
オズの横顔からは何も読みとれない。
「そうだな。まずはその状況になったことを反省しろ。俺ならそうならないように常日頃から行動する」
「…………ちっ」
オズが舌打ちした。
「だがどうしようもないなら、人に頼ることだな。誠心誠意頼めば、案外助けてもらえるもんだ」
「…………」
オズ…………?
オズは何も言わなかった。
そうして今日はホームルームだけで授業が終了した。
◆◆
冒険者をしていた頃は意識していなかったが、この世界にも曜日感覚はあるようだ。ただし、「火・土・水・風・氷・雷・光・重」の属性で決められており1週間は8日。そして、なんと(水)と(光)と(重)が休みらしい。今日は(火)だから明日行ったら1日休みである。すばらしい。
今、4人で寮の大浴場へと来ていた。シンプルながら広さはある。日本の銭湯のような和風ではなく、洋風の大理石造りだが。柔らかみのあるオレンジ色の魔石灯の灯りが湯に反射してゆらゆらと揺れている。
火属性と水属性の魔石を含んだタンクから、ちょうど良い温度の湯が出てくるシャワーを使って身体を洗ってから湯船に浸かる。
まさかこの世界に来てからの初めての風呂が学園だなんて……まぁいいか。
「あああぁ…………いい湯だな」
これぞ至福のひとときだ。身体の芯から温まる…………。
俺が力の抜けた顔をして浸かっていると
「あはは、そこまで?」
余程面白かったのかブラウンに笑われた。
「ブラウン家は風呂はあるのか?」
ちゃぽんと手で湯を肩にかけながら聞く。
「うちはあるけど、めったに使わないかなぁ」
「へぇ、もったいないの」
「そんなもんシャワーで十分だろ」
「なんだ、オズもかよ」
どうやら風呂があっても、王都じゃシャワーが一般的らしい。
「そういやオズ、さっきの先生への質問、なんなんだ?」
気になっていた。もしかすると国への脅威について王宮でも感付いているのかもしれない。いや、おそらくそうだ。
「何でもねぇよ」
オズはこちらを見ずに言った。
「…………そうか」
これはオズとも腹を割って話せるようになる必要がありそうだ。まだまだ先は長い。
「あぁ、女湯…………」
湯船に浸かりながら、フリーは1人離れた場所で女子寮の方を向いてつぶやいていた。
「なんで寮は別々の建物なんだろう。可愛い女の子たちが近くにいるのに……」
「フリー、フリー。心の声が漏れてる。キモいから止めろ」
早くもフリーのキャラはオズとブラウンも知るところとなっている。というか、学園に来てから女の子と一緒の教室で学べることが嬉しかったのか、テンションが高い。
「お前、覗きなんかしたら学園生活終わるからな?」
「わかってるよ。いつぞや、ユウにそれを教えたのは僕だからねぇ」
俺らがあほな発言をしているとブラウンが興奮したように言う。
「しかし、オズはすごいね。いきなり5位に勝つなんて」
「あれが弱かっただけだろ」
「いや5位…………だからね?」
そうして4人でのんびりと湯船に浸かっていると、聞き覚えのある粘着質な声が聞こえてきた。
「おや? 誰かと思えばどこぞの愚民どもじゃないですか」
「げ……」
声をした方に顔を上げると、同じクラスのガストンとサイファーが浴槽の前にいた。なかなか鍛えているようで引き締まった身体をしている。
めんどくさ…………。
「なんの用?」
俺が代表してにらみ返した。
「入ろうと思ったのですが、汚い愚民が入った湯になど浸かろうと思いませんで」
「あっそう。なら他に行けば?」
俺ら以外の生徒たちも、ガストンの言い方に嫌な顔をする。
「他のどの湯も愚民ばかりで困ってしまいます」
「じゃもう帰れば?」
「なんと無礼な…!」
憤慨したようだ。
「無礼なのはお前らだろうが……!」
「いいでしょう。ここは心の広い私が我慢することにしましょう。感謝しなさい」
何が心の広いだよ。
「しかし、知ってますか? サイファー。平民は毎日風呂にすら入らないのですよ」
「それは汚いですねぇ。先に入られたとあっては、本当湯が汚くて困りますよ」
俺らが浸かっている湯船の目の前でご歓談を始められた。
「ああ、いえいえ、間違えました。入らないのではなく、入れないのです。家が貧しくて」
「ははっ、それは可哀想に。私らの有り余る富でも分けてあげましょうか?」
「止めなさいサイファー、こいつら金のまともな使い方すらわからないでしょうに」
他の生徒たちは嫌になったのか湯船から続々と上がっていく。そして俺らだけになった。
「ユウ、こいつら斬っていい…………?」
「ダメに決まってるだろ」
すぐに殺そうとするフリーを止める。
「俺でも腹が立つ。こんな奴らがいるから…………」
さっ、とオズがどこからともなくナイフを取り出していた。
ここ風呂場だぞ。どこに隠し持ってた。
「止めとけって、殺したら退学になるぞ」
こいつら、なんですぐに殺そうとしやがる。
それよりもこいつらのせいで楽しみだった風呂が台無しだ。
「出よう」
せっかくいい気分だったのにな。そう思い、せめてもの嫌がらせにちょろっと湯にいたずらをする。ガストンとサイファーは俺らが出ていくとすれ違い様にニヤニヤしていた。
「最悪な奴らだな」
「ああ、全くだ」
ガストンとサイファーは同学年内ですでに有名なようだ。他のクラスの生徒たちも混じって、脱衣所で愚痴を話していると、しばらくして背後から悲鳴が聞こえてきた。
「「ひやああああぁ…………!!!!」」
「ふっ、はははっ!」
いたずらがうまくいったようでスッキリした。
「あいつらどうしたんだい? ユウ、何かした?」
「出かけに風呂の湯を氷水に変えといた」
「「「「お前やるなぁ…………!」」」」
読んでいただき、有難うございました。
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