第81話 ウルの思い
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第81話です。何卒宜しくお願いします。
試験結果が出るまで悶々と過ごすこと1週間が経ち、今日は合格発表の日だ。
俺とフリーはレムリア学園の中庭を埋め尽くすほどの大勢の受験者に混じって、合格発表を見に来ていた。もうすぐ合格者の番号が張り出される。
「なんか…………なつかしいなこの感じ!」
人混みに揉まれながら、なんだか高校や大学の合格発表を思い出す。緊張で奥歯が歯痒くなる。俺の受験番号は1580番、フリーは1581番だ。
「火竜と戦った時並みに緊張するねぇ」
「いやそれは言い過ぎじゃね?」
大きな紙のロールを持った男性教員がよろつきながら前の巨大掲示板に梯子で登った。
「はい、それでは第105期生の合格者を発表します」
そして、ゴロゴロとロール紙が広げられた。途端、自分の番号を見るために後ろからわぁっと押し寄せてくる人と人。
「どうだ!?」
人にもまれながら前方にいるフリーに聞く。
緊張の一瞬。
「あった! あったよユウ!!」
俺より先にフリーが見つけてくれた。フリーが興奮しながら用紙左上の隅を指差す。
「おお?」
確かにあった! 俺の1580番とフリーの1581番が縦に並んで書かれている。
「しかも、魔剣士の…………Sクラスだねぇ!」
「「っし!!」」
喜びで拳を握りしめた後、思わず2人でハイタッチした。これで無事に任務の第一関門は突破だ。
俺たちの他にも合格して喜んでいる者たちもいるようだ。こいつらが今後俺たちと学園に通うことになる奴らか。
「うわああああん!! やったよシャロンーー!!」
「良かったね。マリジア」
その声が聞こえた方をみると、シャロンに抱きつくマリジアの姿を見つけた。
「彼女らも受かったみたいだねぇ」
「そうだな」
ただ、いくら探せどブラウンの姿は見えなかった。ギルマスから聞いていたブラウンの受験番号を確認すると、当然Sクラスで合格しているようだが、今日は姿を見ていない。大丈夫だろうか。
その後、合格者に対しては今後の説明書きが配られた。それを見た俺たちは興奮した。なぜなら、
「寮だってよ!」
合格者は、1週間以内に寮に移る。どうやら遠方の受験者は寮の準備をして受験しにきているそうだ。
「楽しみだねぇ」
「フリーおまえ、絶対自分で起きろよ?」
「…………」
フリーは俺と目を合わせなかった。入学式はちょうど1週間後だそうだ。明日には制服の採寸がある。
「制服だよ!」
この学園の制服は可愛いことで有名らしい。在学生の姿を見ると、確かにかなり可愛いし清楚だ。
女子の制服は前よりも後ろのスカートの丈が長い紺色のフィッシュテールスカートで正面から見れば膝丈くらいのスカートだが、後ろから見ればロングスカートだ。そしてハイウエストスカートにもなっており、白のボタンシャツで胸が強調されなおかつ脚が長く見えて大人っぽい。正面には白色のボタンが胸下くらいから下まで連なってついている。また、指定の白っぽいベージュのブレザーを着れば清楚感が出てこれまた可愛い。
「ほんと天才だよねぇ。ブレイトン・スウェイツは」
「それ誰だっけ?」
「学園長だよ。知らないの? 僕がねぇ、なんであそこまで勉強を頑張れたかと言うと…………そう、可愛い制服女子を愛でるため!」
欲望は馬鹿を開花させるようだ。
まぁ制服が可愛くて嬉しいのは事実である。
◆◆
「「「おめでとうー!」」」
合格したことを伝えると、レアたち3人がパチパチと拍手してお祝いしてくれた。
「やー、どもども」
「ありがとうねぇ」
俺とフリーは照れながらへこへこと頭を下げる。
「それで、寮に入るのね…………?」
「ああ」
「寂しくなるよーー。いつ帰って来れるの?」
レアが猫耳をペタンと寝かせて言う。
「そこまで僕のことが恋しいんだねぇ」
「違うから」
アリスが氷のように冷たい視線を向けながら、グッサリと突っ込んだ。
「別にそこまで厳しい校則があるわけじゃない。外に出るのは自由だ。でも入学してしばらくは無理だぞ」
「どうして?」
レアは拗ねたように尋ねてきた。
「レア。本来の目的はブラウンから伯爵の情報を引き出すことよ。まずは学校に馴染まなくちゃ」
「そういうこと。ずっと留守にはしてられない」
「わかったぁ」
ガックリと肩を落とすレアに手を添える。
「さて、そしたらレオンに報告にでも行くか」
そういやレオンには一度ウルを連れてこいと言われてた。
「ウル一緒に来てくれるか?」
「俺!? 行っていいのか?」
ウルはベッドからピョンっと跳ね起きた。
「ああ、顔を見せてやれ」
「なんだ? なんでだ?」
頭の上にハテナマークを浮かべながら首を傾げるウル。
「いいからいいから」
「お、おう」
◆◆
スラム地区にある古びた教会の前へと来た。ここは前回レオンに会いに来た時に通った場所だ。ここが地下への入り口になっている。
「待っていた」
レオンの側付きのアルゴが崩れかけた教会の入り口の側に腕を組み、壁にもたれて待っていた。
「よく来ることがわかったな」
「レオン様の見る目は本物だ」
俺らが合格することも、レオンを信用したってことか。
「ああそうかい。紹介するよ。こいつがウルだ」
「ウルだ! おっさんすごい髪型だな」
ドレッドヘアが珍しいらしい。
「俺はアルゴだ。行くぞボスが待ってる」
興味なさげにさらっと流された。
そうして地下の生活空間に驚き騒ぐウルを引きずりながら、アルゴについて長い地下通路を進み、レオンのもとへと到着した。
アルゴが扉を開けると、そこには前と変わらず尊大な態度で椅子にふんぞり返る大男の姿があった。
「良くやったな。お前ら」
渋い声で葉巻を吹かしながらレオンは言った。
「そりゃどうも。それと…………」
俺はマードックの屋敷に忍び込んだ時に知ったブラウンが伯爵に対して反抗的であることを話した。
「そいつぁ、いい徴候だ。ユウ、フリーお前らは学園でそのまま伯爵の動向を探れ」
「ああ」
「それで、そいつぁ誰だ?」
指輪をした太い指で指され、ウルがビクッとして俺の服の裾を掴む。
「大丈夫だウル。悪い人…………かもしれんが敵じゃない」
こっそりと言う。
「こいつはウル。ジャンの娘だ」
レオンがピクッと反応した。
「そうか…………。こっちへ来い」
ウルが本気か!? とバッと俺を振り返り目で訴えかけてくる。ウルも強い人間と恐い人間の違いは分かるらしい。
「大丈夫。赤ん坊の頃のお前を知る人だ。敵じゃない」
「俺の赤ん坊の頃!?」
俺は頷いた。
ウルは決心したように、前に手を組んでおずおずとレオンの前に歩いていく。こんなに大人しいウルは初めて見る。
レオンは葉巻を灰皿に擦り付けて捨てると、ジャラジャラとブレスレットをした右手を持ち上げウルの頭をがしっ!と掴んだ。
ウルの目にうるうると涙が溜まっていく。
いや、おっさんもうちょっと優しくできねぇのか? ウル泣きそうだぞ?
そして、ようやくニカッと笑顔でわしわしと頭を撫でた。
「へ…………?」
殺されると思っていたのかもしれないウルが何が起きているかわかっていない。
見てるこっちは面白くて笑いそうになる。
「でかくなったなぁウル」
「は、はい…………」
肩をすくめ、ちっさくなりながらウルが頷く。
「あの頃は赤ん坊だったが……今、いくつだ?」
「じゅっ……10歳です」
あ、あのウルが敬語を話してる。
「そうか、もう10年も経つのか……。はっはっは! ガキの成長は早い」
「は、はぁ…………」
ウルは身を縮こまらせて、撫でられ続けている。
「お、おじさんは、僕のこと、知ってるんです……か?」
そう上目遣いで聞いた。
「ああ、俺はぁ、ジャンの家族だったからな」
「ジャンの…………家族」
ポツリとウルは呟いた。
「あいつのことは残念だった」
さすがにレオンもジャンのことになると、目線を下げた。そして言った。
「どうだウル。俺のところへ来ないか?」
「へ?」
ウルがキョトンとした。
「…………は?」
ウルは、俺の仲間だが…………? 何を勝手に勧誘してる?
思わず手に力が入り、ミシッと部屋が俺の魔力を受けてきしむ。俺の殺気にアルゴが剣の柄に手をかけ、同時に横でフリーも刀に手をやる。
いや、落ち着け…………レオンが言うからには理由があるはず。
「ふぅ…………」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「フリー」
「はいよ」
フリーは皮膚が斬れるような鋭い殺気を抑えた。
「アルゴ、お前もだ」
レオンに言われ、アルゴは剣から手を離すと後ろに下がった。
「それはどういうことだ?」
落ち着いて聞いた。
「こいつは、お前らといるよりここにいる方が安全だ。その辺の事情、お前はわかってんだろうが」
「…………」
それを言われたら言い返せない。ウルが王族であることはマードックに知られている可能性がある。ならば、少なくとも反乱が落ち着くまでレオンたちと一緒に地下で暮らす方が安全ではある。
「お前、なんでこいつを王都まで連れてきた?」
俺が黙っているとレオンが聞いてきた。
「それは…………ウルが望んだからだ。俺らと一緒に来ることを」
「それが敵の懐に飛び込むことであってもか?」
違う。そうじゃない。
「あんたは根本的に間違ってる」
そう反論すると、レオンはピクリと片眉を上げた。
「ほう…………?」
「ウルはもうガキじゃない。守られる側じゃないんだ」
俺の言葉にウルがハッとこちらを見た。
「自分で決められるし、全てを知ってそう言ってる」
「ウル自身が何者かも教えたのか?」
「ああ。それはジャンが手紙に書いたみたいだがな」
それを聞いてレオンは上を向くと葉巻の煙をふぅ、と吐き出した。
「そうかよ。あの赤ん坊が10年でずいぶんと強く育ったな…………」
すると、俺の後ろに隠れていたウルが前に出て来た。そして、おそるおそる言葉を紡いでいく。
「お、おっさん。俺は、ユウにジャンを殺した本当の黒幕のことを聞いた。だから、俺は…………ユウたちと一緒にジャンの仇をとりたいんだ」
「仇か…………」
その発言に少し驚いた様子のレオン。
「…………だが事はそう簡単じゃねぇ。奴が貴族で、国家転覆を企んでいる以上、単純に敵討ちとはいかねぇんだ。お前が奴に捕まれば状況は一変する」
「わかってる。でも俺だって馬鹿じゃねぇ。だからユウたちと協力して今度は、俺の産みの親を助けるんだ…………!!」
それを聞くとレオンは黙り込み、葉巻を吸う。何か考えているようだ。
親を助けるか…………。
「そうだなウル。お前はもう1人前だよ」
俺はそう言ってウルの頭を撫でた。
「にしし」
ウルは俺を見上げて嬉しそうに笑う。そしてレオンがおもむろに口を開いた。
「ウルお前、父親に会いたいか…………?」
父親、つまりは現国王。
ウルは、ハッと目を見開く。
「いや…………いい」
目を閉じて首を横に振った。
「はっはっは! そうか!」
突然笑いだすレオン。
「俺の本当の親は、ジャンただ1人だ…………!」
ウルはしっかりと真っ直ぐレオンを見据えて言った。
「そう言ってくれると、あいつも報われるってもんだ」
嬉しそうにレオンは言う。
「ははっ…………」
思わず俺も笑いが漏れた。ジャンの友人として、ウルの言葉がこれほど嬉しいことはない。
「わかった。お前は好きにしろ」
レオンはウルに向けてそう言った。
「おう!」
ウルは元気良く返事した。
「…………ああ、そうだ。話のついでにお前の生い立ちを話してやる」
そしてレオンは機嫌が良くなったのか、思い出したように話し始めた。当事者から聞くその話は、まるで映画やドラマのような物語だった。
◆◆
10年以上前、当時王子だった現王は王都のスラム地区の改善に力を入れていた。護衛を連れ現地を視察していたところ、王子はスラム街にて身代金目当ての盗賊団によって拉致されてしまった。
運良く監禁場所から抜け出すことが出来たが、入り組んだスラムの路地で道に迷っていたところ、まだ少女だったウルの母親と出会い、その助けがあって盗賊の追っ手から無事に逃げ出すことに成功する。
しかし、その事実を知った当時の王は怒り狂い、スラム街の完全取り壊しを宣言するが、そうなればスラムの人々は住む家を失うことになる。
「あの時は俺も焦った。盗賊が来たことはわかっていたが、防げなかったのは俺の責任だ……。俺は当時から裏でここのスラム街を守ってきたが、限界かもしれねぇと思った」
だが、王子は救われたウルの母親に一目惚れをしていた。そこで、王子は国王を説き伏せ、その法案を白紙に戻した。そして、それから王子は度々王宮を抜け出して、ウルの母親に会うためにここまで会いに来るようになったそうだ。
「馬鹿だなぁ。王様」
ウルが呟いた。
「まったくだ。また同じ事件が起こりゃしねぇかと、俺らは気が気じゃなかった。あいつが来る度にそれとなく周囲の護衛に人を割いた」
この人も国王に振り回されてたのか。
「ここはな。治安は悪いし、毎日たくさんの人が餓死してる。だが、昔よりかは大分マシにはなった。それも今の国王のおかげだ」
そして2人は恋に落ち、それから数年後母親はウルを身ごもるも、王子は正式に王になり、会いに来ることが出来なくなった。程なくしてウルが産まれるが、出産直後に母親は亡くなり、実質面倒をみられる親がいなくなってしまった。
「それで、ジャンが…………」
下を向いたウルの表情は見えない。
「ああ。ジャンにお前を託した。あいつも孤児でな。身寄りがないってんで俺が息子同然に面倒をみてた」
懐かしそうにレオンは思い出しながら語る。
「ただなぁ、大切に育て過ぎたせいか、全部俺の言いなりだ。自分の意志がねぇかと心配してたが、どうも違ったようでな」
「確か、ジャンは昔から冒険者に憧れてたんだったな」
「そうだ。だが、あいつは俺に恩を感じて、何も言わずにここを守ることを優先してた。そんなこと俺は望んじゃいねぇ。あいつには好きなように生きてほしかった。だから俺はウルが来た時、ジャンにウルを預けた。ジャンの何かが変わるんじゃねぇか期待してな」
「あいつが変われたのは、夢を叶えられたのは、ウルのおかげだったのか……」
ウルは一方的にジャンに恩を感じていたが、そうじゃなかった。ジャンもウルに助けられていた。
ウルは黙って話を聞いていた。そして掠れるような小さな声で呟いた。
「俺は…………俺は、ジャンに何かしてやれてたのか…………?」
「ああ。お前の存在は確かにジャンのためになっていた。少なくとも、ジャンの人生を変えたのはお前だ。ウル」
ワーグナーでウルは、育ててくれたジャンにずっと恩返しをしたいと考えていた。何かやれることがないかと必死になって探していた。だからこそ氾濫の防衛に参加したいと、あれほどムキになってジャンと言い合いの喧嘩をしたんだった。
「お前はちゃんとジャンに恩返しをしてたんだよ」
そこでウルの思いは決壊した。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん…………!!!!」
溢れる涙を拭うことなく立ちつくしてウルは泣いた。
「ウル…………あいつは、良い親だっただろ?」
レオンは笑いながら自信たっぷりに言った。
「ああ、最高だった……………………」
ウルは綺麗な笑顔で、涙をこぼした。
◆◆
ウルが泣き止むと、さっきまでのレオンへの恐がった素振りはなくなっていた。
「ま、お前の母親のおかげで王と知り合った俺は、今でも連絡を取り合う仲で、ここで孤児や行き場を失った奴の面倒を見てるってわけだ。ま、ここんとこは何故かあんまり連絡がねぇがな」
「なるほどな。そういう繋がりもできていたわけだ」
「そうだな。知ってるか? 王族、フィッツハーバード家の人間は2つの特殊なスキルを得る。『王の威厳』と『神聖魔法』だ」
レオンは2本指を立てながら話す。
「王族でも発現しない奴もいるそうだ。ウルはどうだ?」
「ああ、どっちもあるな」
「なら間違いなくお前には王位継承権がある」
レオンは断言した。
「それがどうしたってんだ。王族だって言われても俺は俺で、今さら王族になろうだなんて思わねぇ」
ウルは吐き捨てるように言った。
「ははっ、だろうな。それがお前だよ」
そう言うと思った。そして、念のため聞いた。
「このまま冒険者を続けるか?」
ウルならどう言うかわかってるが、意思確認だ。
「もちろんだ! ユウたちとどこまでも行くぞ!」
ウルは拳を握ってそう断言した。
「こりゃこの先もお転婆が大変だねぇ」
フリーが茶化したように言う。
「まったくだ」
和やかに話は進むが、ここで再びレオンが口を開いた。
「それはいいが…………俺たちが、追っているマードックはお前を人質にして手札に加えようと狙っている」
「知ってる。俺が王族だから狙ってんだろ? でもあんなやつに俺が捕まるわけねぇ」
「まぁ、そうは言ってもあいつだけとは限らない。敵は強大だ」
「でもな、いくら敵が強くても俺はユウたちと一緒にいる。こいつらは…………俺がいないとダメだからな!」
「はっはっは! そうかそうか。まぁ、ワーグナーでの奴の手下の失敗で人質を使っての無血開場の線は薄くなってる。だが、まぁ用心に越したことはねぇ」
そうなのか。あれでウルが狙われることがなくなるのなら、俺は役に立てたのだろうか。
「とにかくだ…………。いつでも俺はお前を歓迎する」
そしてレオンは俺とフリーに目を向けた。
「そいつらが」
そう言いつつレオンはゆっくり俺を指差した。
「嫌になったらいつでも来るがいい」
「おい」
なんて言い方すんだ。
「ああ、ありがとうよ。おじいちゃん」
おじいちゃんと呼ばれて、レオンはキョトンとして一瞬固まった。
「はっはっは!! わかった。ユウ、フリー、学園は宜しく頼んだぞ」
このおっさん急にご機嫌になりやがって…………!
「はいはい。まったくもう、疲れたぞおっさん」
「ああ? 俺が教育したジャンが柔な育て方をするわけがないだろうが」
「ふん、じゃあな」
そうして、レオンの元を去り、入り口となっている崩れかけた教会を出た。その帰り道。
「なぁ、ユウ、フリー」
「ん?」
「なんだい?」
振り返るとウルは立ち止まっていた。
「俺の親はジャン、ただ1人だぞ?」
「…………ははっ。そうか、そう…………だよな」
ちょっと安心した。本当の親の存在を知っても、ウルのその気持ちは変わらなかった。
「家族はもっといるがな!」
急にニコッと笑って言った。
「あ?」
「ユウにレア姉、アリス姉に、フリーのアニキだ!」
「ははっ、ありがとうよ」
「そりゃ嬉しいねぇ」
いい子だよ。ほんと。
◆◆
不安要素が1つなくなり、安心して寮に入る準備を進めた。ウルは俺らが学園に行く間、しっかりとアリスとレアで面倒を見ることになっている。そもそも、実年齢にそぐわない精神年齢のウルにはほとんど手はかからない。最近はジャンのことも、とっくにベルがウルの辛い感情を食べる必要はなくなっている。しっかりと受け止めて乗り越えてきたようだ。本当に強いやつだ。
また入学費用だが、支払いに学園へと向かうと先に支払われていると言われた。テキストと同じで全く身に覚えがない。まぁ、払ってくれてるなら良いかとそのままにしておいた。
「よし、それじゃあ明日から俺らは学園の方に行くけど、2チームに分かれるからその間の方針を決めておこう」
「そうね」
俺たちの部屋に全員が集合し、2つ並んだ俺とフリーのベッドにチーム毎に分かれて向かい合わせに座った。
「じゃあとりあえず、学園側は俺、冒険者側はアリスがリーダーでいいな?」
「そうだねぇ」
「大丈夫だよ!」
「ちゃんとアリスの言うこと聞くんだぞ? ウル」
「そんなこと、言われなくても分かってるって!」
ウルはレアの膝の上で怒った。
そこに座りながら言っても説得力ないんだが?
「そしたら俺らは学園で情報収集。アリスたちは…………」
とアリスに目線を向ける。
「それがね? あたしらは冒険者ギルドで情報収集しようと思ったんだけど、まだ伯爵が動いていない今、あのギルマスが調べてくれてるならそれ以上のめぼしい情報ってのは難しいと思うの」
「うーん、確かにな」
「そこで相談なんだけど、しばらく王都を離れてワーグナーのあのダンジョンで修行しようかなって」
レアとウルを見ると2人とも頷いていた。
「ワーグナーってお前らなぁ…………」
「ユウ、俺は気にしねぇよ」
ウルは力強く言った。
ホント強いよお前は。
「うーん。ま、王都にいても時間がもったいないか」
「そうよ。王都の周辺って魔物も弱いしね。ウルのこともあるし、情報収集はあなたたちに任せて、あたしたちはいざというときのために強くなろうってね?」
確かにまだまだアリスたちにも魔力操作の伸び代は存分にあるしな。
「なるほどな。わかった」
それにワーグナーならウルの身内みたいなもんか。逆に安心かもしれないな。
「それで、いつ出発だ?」
「まだ数日先よ。あなたがいないんじゃ、荷造りが大変じゃない」
「ああ、そうか。それなら一部置いてくから持っていってくれ」
空間魔法からポーションの類いを大量に取り出し、部屋にガラガラと山積みにした。
「ちょっ、ちょっと、こんなにいらないわよ」
「いや、でも治療できないからな……」
心配なだけなんだが。
「こんなに持ってる方がトラブルに合いそうよ! 少しでいいわ」
「ぐっ…………」
そう言われたら仕方ない。
「あはは、ユウは心配症だね。ウルちゃんがいるから大丈夫だよ?」
苦笑いのレアに言われて気が付いた。
「あ、そうか。ウル、誰か怪我したら神聖魔法で治してやれ」
「おう。まかせとけ!」
ウルはビシッとサムズアップした。
「それじゃあ、急用があったらガランギルド長に連絡してよね?」
「おう、その時はギルマスに頼んでギルド経由でガランに連絡する。ま、ワーグナーにはデカイ借りを作ってるしな。方針としたらそんなとこか?」
「そうね」
◆◆
翌日、朝からアリスたちを宿に残して俺たちは学園へと向かった。今日は寮に入り、部屋の相方と顔合わせだ。そして、事前に採寸していた制服を受け取ることになっている。
「寮かぁ。相方誰だろうな」
「女子がいいねぇ」
「お前それは絶対ないからな?」
「うそぉ!?」
「男子寮と女子寮は別になってんの。夢見すぎだアホ」
「そんな…………。ならユウでいいねぇ」
「『で』って言うな」
話しているうちに寮へと到着した。寮は学園の正面に向かって左端にある。女子寮と男子寮は別々の建物になっており、敷地内左右対称になるように全く同じ造りで建てられている。寮自体は在学生が1000人を超す学園のため、10階建てのマンションのようになっており、複数棟ある。一応、クラス毎に階で区切られており、俺たち魔剣士専攻の「Sクラス」は最上階の10階だ。また、男女平等で平民や貴族に上下関係を作らせない学園の方針上、部屋の内装はどの部屋も同じとのこと。
ちなみに男女の建物は互いに立ち入り禁止だ。見付かれば寮長から厳しいお仕置きがあるとのことだ。ま、見付かればだが。
分かりやすく低木で囲まれた学園内の寮区へ入ると、入り口で身元を確認され、制服と部屋のカードキーを渡された。
俺のカードキーには『S1001』と書かれてある。SはSクラスって意味だろう。このカードキーは学生証になっており、身分を証明するものでもあるようだ。ネックレスになっており、首からかけられる。
「フリー何番だ?」
もらってすぐにその場でフリーに確認する。
「僕は『S1002』だねぇ」
「げっ、違う部屋かよ…………」
俺人見知りだからやだなぁ。
「相方が何かのミスで女子だったりしないかねぇ」
まだのほほんと言い放つフリー。
「ない! それは絶対ないからいい加減あきらめろ」
「あきらめなかったらいつか夢は叶う」
「これは無理だから」
寮の建物へと入るとまず両開きの重厚な扉が現れた。俺らの持つカードキーを探知してか、自動で扉が開く。
「「すご」」
入った先のエントランスはまるで明るくキラキラと輝くホテルのロビーだった。レッドカーペットが敷かれ、天井には巨大なシャンデリアが、柱や壁、階段の手すりは大理石で出来ているようだ。
「これ、寮か?」
ホテルみたいだ。
「寮ですよ」
「うおお!?」
ビクッと肩を震わせると、入ってすぐ右手に管理人室の窓口があり、そこに背筋のピンッと伸びた目付きの鋭いおばさんがいた。口はへの字に曲がっており、怒ったら恐そうだ。
「あなたたちは?」
「あ、新入生のユウと」
「フリーだねぇ」
「そう。私はこの寮の管理人ブラックウッドです。Sクラスは突き当たり右の昇降板から10階ですよ」
「あ、ありがとうございます。これから、宜しくお願いします」
すると、フッとブラックウッドさんは口元を緩めた。
「ええ、宜しくお願いします」
そしてその昇降板とやらへ向かう。
壁に設置されたボタンを押すと、扉が開いた。
「「おお~」」
中には人が10人が乗れそうな丸い円盤がある。円盤の真ん中からは腰の高さくらいまで柱が伸びており、そのてっぺんに数字が書いてある。
「これ、押したらいいんだろな」
まるでエレベーターだ。10階のボタンを押してみる。足元の円盤の下から魔力を感じる。
すると、円盤が揺れを感じさせることなくスムーズに上昇し出した。
おそらく、円盤の下に風属性の魔石があって、それから風を起こして円盤を上昇させているのだろう。
そして、ちょうど10階の扉の前で停止した。
すごいな。どうやって制御しているのだろう。王都じゃこれが普通なのか?
「じゃあ、フリーはここ。俺は隣だな」
どっちの部屋も先に相方が入っているようだ。
「じゃあな。また後で」
「はいよー」
自分の部屋の前に立つ。俺の部屋は角部屋のようだ。カードキーを使うまでもなく、扉は半分開いていた。緊張ではやる心臓を押さえ、ゆっくりと扉を押す。
「お邪魔しま…………す?」
「やぁ」
読んでいただき、有難うございました。
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