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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
80/159

第80話 実技試験

こんにちは。

ブックマークや評価、感想をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

そしてブックマーク件数が200件を超えました!ありがとうございます。

第80話です。何卒宜しくお願いします。


 フリーと次の試験会場を目指して園内を歩く。


「ねぇ、ユウって魔力も1/10に低下してるんだよねぇ。なのに魔法はあの威力なの?」


「…………ちょ、ちょっと緊張して気合い入ったんだよ」


「面白かったけど、1/10であれってどうなんだい?」


 フリーが苦笑いしていた。


「どうって言われてもなぁ」


 今までが全力じゃなかったって信じてもらえるだろうか。


「絶対他の受験者に覚えられてるだろうねぇ。入学前から有名人だよ」


「げぇ…………」


 思わず嫌そうな顔になった。


 次の試験は魔力測定だ。フリーは体力測定の方へ行ったので途中で別れた。まぁ体力なら、それこそ周りがひくほどの数値をフリーは出すだろう。


 俺の方の試験会場は、円筒型で屋根は半球になっている建物だった。中に入ると、屋根には全てステンドグラスがはめられているようで、カラフルな日光が降り注いでいた。


 その真ん中にはツルツルの水晶が5つ円形に並んでおり、その後ろに受験者が列をなしていた。前の人を見ていると、手をかざして魔力を込めるだけのようだ。数値化された魔力が浮かび上がり、それを試験官が記録していく。この測定では魔力の出力値(ステータスでの魔力)と魔力の保有量(ステータスでのMP)との平均が出るらしい。


 この試験は一瞬で終わりそうだな。


 皆50~100辺りの数値で、たまにざわつく人でも200ぐらいのようだ。それを考えると、手を抜いたところで上位には入れそうだ。


 俺の番が来た。


 ここは控えめにやろう…………。


 俺が水晶の前に立つと、皆が手を止めてこちらを見た。


 なんで俺を見る…………?


 水晶に向け、手を開いてかざし、魔力を少し込める。



 

 ミシィ……………………!!




 水晶に白い線が走った。いや、ヒビが入ったようだ。


「せ……1500…………!? こんなのレベル1の値じゃない!」


 試験官が思わず声に出した。それにどよめきが起きる。


 うん、これくらいならすごい奴で通れそうだ。


「うそ…………!」


「い、イカサマじゃないか…………?」


 誰かが言った。


「その水晶壊れてるぞ!」


 次々と声が上がる。


 壊れてるのじゃなく、たった今壊したんだが。いちいち聞いてるのも面倒だ。


「なぁ、もう行っていいか?」


「あ、ああ」


 騒いでいる奴らを無視して会場を出た。


 あの程度でイカサマだとか笑えるな。レベルの低さがうかがえる。


【賢者】王都のAランク以上の冒険者はほとんどが、ダンジョンの町や辺境等の魔物の出没が頻繁な地域出身です。つまり、王都のような安全地帯で暮らしている以上、レベルは上がりにくいのです。


 だからあのレベルか。魔物すら見たことがない者もいるだろうな。


【賢者】はい。そもそもこの学園への入学希望者は安全な王都での職につきたいと考える者か、騎士団や宮廷魔術士になりたいか、両極端になっています。


 後者は良いじゃないか。


【賢者】ただ言えるのは、前者も後者もぬくぬくと育ってきたお坊ちゃんばかりだということです。


 あー、そういうこと。


【賢者】中には例外もいるようですが、コルトの町くらいの環境で一生冒険者を続けてもAランクに上がれる者はごく少数です。ましてや、10代でレベル2になるものなどは探しても見つかるものではありません。100年に1人くらいの天才だと考えてください。


 え、うちそんな天才5人もいるの?


【賢者】それがおかしいのです。もともとほぼ全員が加護に準ずるものを持っていることと、ユウ様が考え出した魔力の扱い方のおかげだと考えられます。


 なるほどねぇ。うちのパーティってほんと奇跡的にできた天才集団なんだな。


【賢者】はい。このことは心に留めておくべきです。


 わかった。


【ベル】そんなことより、いちいち腹立つ奴らね。もう、その指輪はずして本気でやっちゃいなさいよ。


 これはずせねぇんだって。なんか特殊な魔道具らしくてよ。


【ベル】う…………そうだったわ。


 目的はここででかい顔をすることじゃない。ブラウン君と仲良くなることが、レオンとの約束だからな。



◆◆



 次の試験は模擬戦だ。これには学園最大の広さの闘技場を用いるようだ。スタンド席だけで2000人は収容でき、全校生徒の臨時集会などで利用されることもあるそうだ。


 ただ、この大規模な学園において、2000人を越える応募者。模擬戦には試験官が不足しているらしく、騎士団や冒険者までもが起用されている。また、体力測定や魔力測定で、明らかに実力の不足する者は足切りをくらったようだ。


 ここにいるのは、魔術専門の受験者を除いたおよそ500人だ。50人の試験官で模擬戦を行っていく。事前に配られた資料によると


《模擬戦ルール》

・試験時間は3分

・武器は刃を潰した学園で用意されたものを使用する。

・勝ち負けは関係なく、技のキレや立ち回り等全てが評価対象

・魔法も遠距離武器も使用可能。


 3分? 短いな…………。それに


「魔法使っていいのかよ!?」


「そりゃ、模擬戦だから全てが評価されるんじゃない?」


 その声に振り向くとフリーがいた。


「なるほどな。そういや体力測定どうだった?」


「余裕だねぇ。全部で測定できる最大値を出してきたよ」


 どや顔をするフリー。


 さすがだな。しかし


「やり過ぎたら俺ら浮かね?」


「浮くかな?」


「まずレベル2に上がってるなんてあり得ないみたいだからな」


「そうなの? だってコルトには僕たちくらいの年齢でもいたよねぇ」


「誰のことだよ? まずあの広い町でレベル2はカイル1人だけだったんだぞ? あいつだって歳は30近かっただろ?」


「カイルはあれで天才だって言われてたけどねぇ。ほら、レアちゃんとか、アリスちゃんとか」


「それ全員うちのパーティだろ?」


「あは…………」


 フリーは笑顔のまま固まった。


 そう、全員俺が引き抜いて育ててしまった。


「Cランクもいけば、この中じゃトップクラスもいいとこだ」


「ううーん……………………まぁ合格できたらいいや」


 考えるのやめやがったなこいつ。



 そうしているうちに試験官が前で話し始めた。


「えぇ、また今回も試験官として、冒険者ギルドと騎士団の方から助力いただいています。それでは、番号の若い方から順番にお願いします」


 騎士団って強いのか?


【賢者】強いです。冒険者で言えば、団員たちは全員がBランク以上。騎士団長はSSランクに相当するようです。


 そりゃあ、大層な団体だな。


「刀があったらいいねぇ」


 フリーが貸し出し武器の山をじーっと眺め探している。


「あ、そうだな。刀はなかなか珍しい武器だって言うしな」


 模擬戦を行う試験官は受験者の実力に合わせて割り振られているようだ。俺はともかく、フリーの相手は誰ができるんだろうな。Sランクとか?


 しばらくは試験官が受験者が戦いやすいように配慮したような大人と子供の戦いが幾度となく繰り返されている。所詮は実戦を経験したことのない、言うならば見栄えが重視の貴族剣術だ。大げさでキザな動きが見ていてめんどくさい。


 緊張感もなく、ぽけーっと試合を眺めていると、さっき会ったシャロンが遠くで試合をしていた。


 メイスを軽々と振り回し、試験官といい勝負をしている。なかなかだ。この辺の奴等より遥かに強い。


「へぇ…………」


 試合が終わると、シャロンはきちんと礼をして去っていった。


 しかし、これまた出番まで長そうだ。アリスたちは今頃何をしてるんだろうな。


 空の雲を見上げながら考えていた。



◆◆



 太陽が傾き、空がオレンジに色づき出した頃、ようやく出番が回ってきた。試験官もちょくちょく交代しているようで、俺の番が来ると初めて見る人に変わった。


「要注意人物らしいから俺が呼ばれたが、案外普通のガキだな」


「はい?」


 俺が要注意人物…………?


 そう言う男は、長いあご髭を3つ編みにし、茶色の長髪だがサイドは刈り上げという奇抜な見た目をしている。ラフなTシャツに短パン姿で肩に1本剣を担いでいる。

 キャラも濃いが、ただ者じゃなさそうだ。


 俺は刃を潰した刀を手にして、肩にトントンと置きながら聞いた。


「おっさん誰だよ」


「へ? 俺を知らねぇのか?」


 男はすごく傷付いた顔をした。


「あいにく勉強漬けだったもんで」


「なんだガリ勉君かよ。勉強ばかりしていたらダメだぞ?」


「好きでやってたんじゃ、ねぇ!」


 様子見でとりあえず肩に刀を担いだまま突っ込んだ。そして、切っ先が音速を優に越える速さで刀を振る。やはり指輪のせいで体が思ったようには動かない。



 ギィン………………………………!!



 俺の振り下ろしは片手で持った剣に受け止められていた。だが、男の顔には驚愕の表情が張り付いている。


「おいおい、おいおいおいおい! 今の人間の剣技の鋭さじゃねぇだろ!」


「そりゃどうも」


 誉め言葉として受け取っておこう。


「ふん。だが力とスピードが足りてねぇな」


 やはりステータス差はなかなか技術だけじゃ埋まらねぇか。

 だがこいつ誰だ? 弱体化してるとは言え、今のを止めたならばSランク以上はありそうだ。…………まぁいい。ステータスでごり押ししないスキル重視の戦法がどこまで通用するか面白そうだ。


「うるせぇ。そのあごの3つ編み斬り飛ばすぞ?」


 俺の剣術レベルは進化した魔剣術を含めるとレベル11相当。すでに人の領域をとうに越えている。その俺が本気で剣を振ればどうなるか…………。


 バックステップで一歩下がってから、今度は男の剣をめがけて刀を振るった。


「ん?」


 明らかに届かない剣撃。男は首をかしげるが


 ガラァ…………ン!


 男の剣が半ばから断ち斬れ、なめらかな断面をのぞかせながら地面へと落ちた。


「なっ…………!? それ本当に模擬刀だよな? 俺でも刃を潰した剣で鉄は斬れねぇぞ!?」


 防御のためにただ前に置かれただけの鉄の棒くらい、刃がなくても斬れる。これは、なめるなという俺からのメッセージだ。


「わかったらちゃんと相手してくれよ?」


「ははっ、こんな奴初めてだぜ!」


 急遽剣を取り替え、再び男は剣を構えた。


 ステータス差はおそらく天と地ほども開いている。だから空間把握と予知眼を発動し、魔力支配を利用した魔力で身体強化を行う。


【賢者】ユウ様がスキルをフルに使用すれば、40%の確率でこの場でこの相手を殺せます。


 違う! これは試験だから殺さねぇの!


 そして、斬り合いが始まった。


 俺の振り下ろしと見せてのフェイントを幾度と重ねた袈裟斬りに、きちんと反応してみせた。いかに切っ先を動かし、持ち手を変え、構えを変えたところでこちらの剣撃は力で対応される。だが、技術は遥かに俺の方が上だ。


 キィンッ…………キキキキキキキキィィィィン!


 身体を高速回転させながら縦横無尽に突進し、様々な角度から斬り進む…………!


 地面には俺が足を踏み込んだ跡ができ、男は苦い顔で防御しながらずりずりと後退していく。


「化け物かよ…………!」


 俺の1秒間に数発は入れる剣撃を、全てさばいていく男もマジな顔になってきていた。


 剣で刀を振り払われる。やはり剣術だけじゃ、これ以上は難しい。なら魔法も取り入れるか。


 試験官の男は強く俺の刀を弾いた…………!


 ステータスの差で右手の刀を大きく後ろに弾かれるが、俺は重力魔法で手にくっつけているので離すことはない。その右回転の勢いを円運動に変えて、ぐるりと体を回転させるとさらに左上から深く斬り込む。


 男は俺が刀を手放して終わりだと思ってたのか、再び斬り込むとさらに顔色が変わった。俺の刀を柔らかく受け流し、大きく体が流れ隙のできた俺の腹に下から剣を叩き込もうとするのが予知眼で見える。男の方が遥かに敏捷値が高い、俺の予知眼で見てようやく間に合うレベルだ。


 でもそんな見え見えの剣、誰が当たるか。


 俺は流れた体を立て直すために、一度刀から手を離す。これで少しは動きやすくなった。そして、まずは男の目の前に人差し指をもっていき、光魔法を発動。


 カッ…………!!!!


「くうっ!」


 ここにきての魔法に、男はまともに強烈な光を見てしまい、怯む。そして体の重心を重力魔法で補助し、完全に体制を立て直すと、怯んでいる男のアゴに体術スキルレベル8の腰を入れた左手のアッパーカットが直撃した。



 ガァンッ……………………!!!!



「がっ……!!」


 男はのけぞりながら見事に宙に打ち上げられた。全力で殴ったためか、5メートルは高く飛んだ。


 重てぇ…………! 殴った左手の手の甲の骨が折れた。



「うおお! あいつ、1発入れやがった…………!!!!」



 俺が試験官に一撃与えたことに周囲がどよめく。


 そして、手放した刀を重力魔法で瞬時に引き寄せ、右手で再度掴むと、落ちてくる男に止めを刺すために下からジャンプして斬りかかる。


 だが試験官の男は握っていた自分で剣をぽいっと後ろに放り投げると、落下しながら拳を握り構え、そして笑った。


「はははっ!」


 わかってる。あんな鉄の棒より、あんたの肉体の方がよっぽど頑丈だよ。直接殴った俺の左手が教えてくれた。


「せあっ…………!!!!!!!!」



 パキィン…………!!!!



 俺の刀と男の拳が衝突すると、おれの刀はポッキリと折れ、でかく鉛のように重い拳が俺を直撃した。


「ぐっ!」


 両手を交差して防いだというのに凄まじい衝撃に腕が2本とも折れ、殴り飛ばされる。そして地面に激突。



 ズガンッ…………!



 グラウンドを大きく陥没させ、半径5メートルはあるクレーターができた。


 いっつ…………!


 上から男が降ってくるのが見える。その顔は焦っていた。俺のそばに男が着地する。


「お、おい生きてる…………か?」


 その頃には腕の骨折はもう治っている。俺はズボンについた土をパンパンと払いながら立ち上がった。


「て、なんで立てる!?」


 駆け寄ってきた男が逆に驚いた。


 いや、こっちが驚きだっつうの。試験だってのにおもっきり殴ってきやがってこのおっさん。でも、最後は黒刀を使っていれば勝てた。いや、それは向こうも本当の武器を使っていれば同じか。


「それ以前に結構痛かったんだけど? おっさん試験なの忘れてね?」


「…………。はっはっは!」


 一瞬黙ると、笑ってごまかした。


「おい」


「合格だ! お前は合格!」


 そう高らかに宣言した。


「ごまかし方!」

 

 思わず指差した。


「うるせぇ。お前、名前は?」


「ユウ」


「よしユウ、騎士団に入らないか?」


 騎士団? この人騎士団員なのか。別に騎士団に入りに来た訳じゃないんだよな。


 いきなりの入団の誘いに聞いていた受験者たちがざわつく。


「…………考えとく」


「そうか。まったく、どんな腕してやがる。お前ならいつでも歓迎だ」


「ありがとうよ。あ、あと次の受験者、俺の連れなんだけど、あいつもおっさんじゃないと相手出来ないと思うからよろしく。全力でやっても死にはしないだろうから。そんじゃ」

 

「まじで?」


「うん」


「連戦かぁ~…………」



◆◆



 これで試験は全部終了だな。


 しみじみ思いながら、学園内のカフェの屋外テラスでカップ片手に飲み物を飲み、フリーの試合が終わるのを待っていた。



 …………オォ……ン。


 ……ドッ…………ォォン!



「やってんなぁ」


 フリーと試験官との戦闘音がビリビリとここまで響いてくる。


「あのー、す、すみません!」


 声がした。


「ん?」


 振り返ると、なんと作戦のターゲットであるブラウン君がそこにいた。


 あれ? なんでターゲットの方から声かけられてんだ?


「ん、どうした?」


「やっぱりあの時の!!」


 あの時? ああ、王都の外で盗賊に襲われてた時か。


「ええと。君は王都の外で会った…………」


 思い出すように答える。


 ちょっと白々しいかな…………?


「ブラウンです!」


 お、いけた。何やら興奮してるみたいだが?


「ブラウン君か。君も受験を?」


「は、はい! そうです!」


 なんで敬語?


「あ、あの時は本当に助けていただいてありがとうございました!!」


 ブラウンはバッと頭を下げ、礼をした。


「いやいや、たまたま通りかかっただけだから気にしないで」


 いいよいいよと手を振る。

 ブラウンは身長165センチくらいで鼻がスッと通って目元の柔らかい、おどおどした感じの男の子で、茶髪の坊主頭だった。


 この世界に来て坊主頭って初めて見たな。


「いえ、そういうわけには…………」


「ならもし無事に合格できたら俺と仲良くしてくれ」


「むしろこちらからお願いしたいくらいです! 宜しくお願いします!」


 パァッと嬉しそうな顔になった。


 あれ? 案外この任務やりやすいかもしれんぞ?


「まぁ、とりあえず敬語はなしにしよう」


「わかりまし…………わ、わかったよ」


「そそ。で、ブラウンはどのクラス狙いなんだ?」


「僕は魔剣士。どちらも使えるっていうのが僕の唯一の特技だから…………」


 卑屈だなぁ…………。


「そうか、なら俺と一緒だな」


「本当? 良かった! 一緒のクラスだといいね!」


「そうだな」


 や、まじで本当に。じゃなきゃレオンに殺されそう。


「というか、冒険者なの?」


「まぁ生計を立てるためにやってただけだな。今は学園に入ることを目指してる」


 フリーの試合の音が止んだ。そろそろだろう。


「よし、そんじゃ連れを迎えに行ってくる。またな」


「うん、また入学式で!」


 普通にいい奴だった。貴族らしい高慢な感じは微塵もしない。むしろもう少し自信を持ってもいいんじゃないかと思えるほど謙虚だった。いや、良かった。偉そうな奴ならどうやって近づこうか悩むとこだが、これなら友達になれそうだ。


 フリーはあの騎士団の男に善戦したようだが、敗れてしまったそうだ。まぁ勝ち負けじゃないと言ってたし大丈夫だろう。


 そして、簡単な面接をこなし、この日は帰宅することになった。



◆◆



「「ういー、つかれた~!」」


 俺とフリーは揃って宿のベッドに倒れ込んだ。


「お疲れ様。試験はどうだったの?」


 アリスたちも俺たちの部屋に来て、そっとベッドに腰かける。


「筆記試験はなんとかなりそうだし、実技も多分問題無さそう」


「実技の方が多分なの?」


 レアが不思議そうに問いかける。


「そう多分な。模擬戦の試験官がやたら強かったんだよ」


「ふぅん、でも勝ったんでしょ?」


「いんや、俺もフリーも負けたよ」


「え、負けたの?」


 アリスたちが驚いた。


「ああ、あの3つ編み野郎…………」


「女の人相手に負けたんだ? すごいねその人」


 レアが意外そうに驚く。


「いや、男だよ。3つ編みはあご髭だ」


「あご髭の3つ編みって、ちょっ…………それ騎士団長じゃないの?」


「騎士団長?」


「ダリル・オールドマン。この国を守る『聖光騎士団』の団長よ。なんでそんな大物が…………!?」


「まじか。卒業生とかなんじゃね?」


 てことはあの人SSランク相当かよ…………。


「道理で強かったわけだ」


「僕も見せていい手は全部使ったんだけどねぇ」


 フリーもふぅとため息をつく。


「ま、本来の目的は果たせそうでいいけどな。それに例のブラウン君、接触したが良い奴そうだ」


「あら、もう会ったのね」


「ああ、だからそっちは心配いらん。しかしな、結果発表は1週間先だろ? それまで暇だな。何かやることはあるか?」


 その言葉に、俺たちの話に興味がなくベッドで転がってたウルがピクッと反応した。


「なぁなぁ! 俺らは冒険者だろ?」


 ウルはいきなり来て、キラキラした目で俺を見上げた。


 要するにここんとこ町歩きばっかだったから暴れたいのな。まぁ、そうだな…………。


「試験も終わったし、久しぶりに体を動かすか」


「おう!」



◆◆



「これ、俺が思ってた冒険と違うんだけど」


 若干拗ねた様子で口を尖らせるウル。


 俺とウルの2人は商業地区と貴族地区を隔てる防壁へと来ていた。今は夜中の2時頃、いい感じに巨大な月が分厚い雲で隠れ、空は闇に包まれている。

 目的はマードックの屋敷の敵地視察。隠密の使える俺とウルが行くことになった。


「これも冒険だぞ? お前のスキルを生かす時だ」


 スパイみたいで楽しくはあるが。


「俺のスキル!?」


 そう言うと嬉しそうにした。


 扱いやすいなぁ。


 とりあえず、商業地区側の最も貴族地区の壁に近い建物の屋根の上に来ている。敵地視察だ。

 マードックの屋敷は俺らが勉強してる間にアリスたちが調べてくれていた。ただ遊んでただけじゃなかったんだな。


「どうやって行く? 壁登るか?」


 そう言いながら見上げるほどに高い防壁を指差す。


「登れなくはないが、飛んだ方が早いな」


「ああなるほど。て、うおあ!?」


 俺はウルを腰を抱えて、建物の屋根から飛び上がった。


「しっかり隠密スキル発動させろよ?」


「おう!」


 この時間でも貴族地区の防壁には点々と見張りの兵士が配備されているようだ。まぁ気付かれるわけはないが。


 防壁の上へと着地した。


「おお…………これが貴族地区か」


 建物が密集していた住宅地区や商業地区とは違って、少なくない庭の中に豪華絢爛な屋敷がポツポツと建てられている。貴族地区は王都の内側に位置するため、住宅地区ほど広くはない。それでも庭を有するところは見栄っ張りな貴族らしさがにじみ出ている。建物に明かりはあまりなく、道の街灯の明かりがほとんどだ。商業地区とは、全くの別世界に来たようだ。


 俺たちは防壁の上に伏せた。


「マードックの屋敷はどれだ?」


「確か…………あれじゃねぇか?」


 ウルが指差す先に一際目立つ大きな屋敷が建っていた。敷地もかなり広そうだ。


 まだここから2キロは距離がある。俺は千里眼を発動させた。


「おいウル。アイズで俺の視界を見てみろ」


「ん? なんでだ?」


「いいから。やったらわかる」


「わかった…………おお! なるほど。こんな使い方もできるんだな」


 ウルには俺の千里眼で見ている視界を共有させた。


 庭はぐるっと高い塀で囲われ、入り口の門にはこんな深夜でも門兵が2人立ち、厳重に警備されている。さらに敷地の周囲を周回している私兵もいる。


「警備が厳しい。いかにも入らないでって言ってるな」


「こんなもんいくら警備が厳重だからって、俺らの隠密スキルなら問題ないだろ?」


「いや、そうとは言えん。マードックの食客にはSSSランクの冒険者がいるらしい。そいつは未知数だからな。俺らの隠密だって看破されるかもしれん」


「うーん、それはきついな」


「だろ。とりあえず、SSSランクがいたら見つかる前に速攻逃げる。それ以外はとにかく気配を消して進むぞ」


「了解」


 強者の気配は感じないが、俺らと同じように隠密状態という可能性もある。念には念をだ。

 

 壁の内側には誰もいないことを確認して、まずは貴族地区へと音を殺して着地した。この時間は静かなものだ。巡回する警備兵の足音や門兵同士の話し声くらいしか聞こえない。


 貴族地区は遮蔽物の少ない場所だが、高位探知を使って警備兵を避け、人目につくところは高速で隠れられる場所目指して動く。


 ここら辺は、ほとんど貴族の屋敷の外壁が道に沿ってあるため、道を歩けば殺風景だ。道もほとんど凹凸のない石畳に、等間隔にある街灯。さすがとしか言いようがないほど徹底的に整備されている。


 俺たちの走力で10分とかからずにマードックの屋敷へ到着した。屋敷の裏手へと移動する。屋敷の外を巡回している兵士は2人だけのようだ。これだけ見れば神経質な貴族と見てとれるが、敷地内にはさらに大勢の見張りが巡回している。


「どうだ? 中には入れそうか?」


「んー、待ってくれよ?」


 ウルがユニークスキル『アイズ』を駆使して、警備の目が届かない場所を探している。本当にこういう時便利なスキルだ。


「あった。ここだ」


 そこは、物置小屋のような建物の裏だった。本邸の見張りたちからはちょうど死角になっているようだ。ウルが奴等の目から見たのだから間違いない。


 塀を乗り越え、屋敷の敷地内に入る。物置小屋の壁に沿うようにしゃがみ隠れた。


「とりあえず目標はマードックの秘密を探ることだ」


「何か、揺すれる情報くらいほしいな」


 あの温厚なジャンに育てられたのに、どうしてここまでたくましくなったんだろう。


「ん?」


 ウルがピクッと動きを止める。何かに気付いたようだ。


「どうした?」



「ううっ………………………………」



「泣き声? どっかで聞いたような…………」


 その声は物置小屋の中から聞こえてくる。


「あ…………この声、あいつだ。ブラウンだ」


「ブラウンってユウの標的の奴だよな。何かあったのかな?」


「わからん。元々おとなしい奴だったが…………」


 空間把握で見てみると、確かにブラウンだった。小屋の中、うずくまって泣きべそをかいている。


 こんな時間に? 反省してろとでも、閉じ込められてずっと泣いてるのか?


「わからない。とりあえずもう少し探ってみよう。本邸に近づくぞ」


「おう」


 本邸の方へ近付くと、裏口らしきドアの前を警備してる男たちが話しているのが聞こえてきた。


「…………とはな」


「あぁ、伯爵様の計画に反対するなんて、恐いもの知らずとはこのことだ」


「馬鹿なだけなんじゃないのか? 賢いやつは伯爵様に逆らおうなんて考えない。例えそれが実の息子でもな」


「チャド様やグレン様はあれほどご立派になられたのに」


「ふん。今頃閉じ込められた物置で泣いてるんじゃないか?」


「結局役割から外されたようだしな」


「当たり前だろ? 伯爵様が10年以上前から練られてた計画だぞ?」


「ま、まだマシさ。俺だったら確実に殺されてる」


「あたりまえだ」


 その会話にウルと顔を見合わせた。


「ブラウンは伯爵の計画に反対して罰を受けてる…………」


「みたいだな。いい奴じゃん」


「本当にな」


 本当にそうだ。よく言ったな。あのおどおどしたやつが、親に反抗するなんて余程の覚悟を決めたんだろう。頑張ったな。


「どうする? そろそろ戻るか?」


「もう少し、何かないか見ていこう。どうやらSSSランクの冒険者はいないようだしな。今がチャンスだ」


「了解」


 それから大胆に建物内に入って内部を見て回った。やはり屋敷はかなり広く、100人ではきかない程の人がいるようだ。


【賢者】ユウ様、注意してください。この先は侵入者を告げる魔法道具と攻撃用の罠が設置されています。


 そう賢者さんが教えてくれたのは、屋敷の1階、とある部屋の地下通路への入り口だ。嫌な感じ、それに気味の悪い気配が複数ある。ここだけは警備兵があまり近付きたがらないようで、手薄だった。


「ユウ、ここはヤバくないか?」


「そう…………だな」


 こいつらはここで何をやってるんだ?


【賢者】解除はできますが、解除されたことはどのみちすぐに察知されるかと思います。


 んー、まだ早いな。わかった。ここは止めておこう。でも地下で何かやってる可能性があるな。


「空も白んできた。最後マードックとやらの顔でも拝んで帰るか」


「そうだな。一発ぶちかましてやろうぜ!?」


「止めろ馬鹿」


 マードックの寝室は屋敷の最上階のようだ。屋根から逆さまにぶら下がり、窓から中を覗き込む。


「お、いたいた」


【賢者】ユウ様、実際に見なくても空間把握で事足りるかと。


 こういうのは、気分なんだよ。それにウルだって見たいだろ?


【賢者】そうですか。


【ベル】賢者はわかってないわねぇ。おもむきって大事なのよ。


【賢者】はぁ。


 マードックは目元の窪んだ彫りの深い顔をした、中年体型のおっさんだった。目力が強く、口髭を生やしている。なかなかダンディーな奴だ。背も高い。


 でも思ったより普通だな。偉そうに女の人を侍らせてるとかのイメージだったが、1人の時間がほしいタイプか。今なら隙だらけだが、ここで奴を殺しても殺人罪で俺らが捕まるだけだ。証拠がない。


「もう起きてるじゃねぇか。早起きだな」


「しかし機嫌が悪そうだ」


 眉間にシワを寄せてなにやらブツブツと言っている。


「寝起きで低血圧。もしくは…………ブラウンの件かだな。うん、だいたいわかった。明るくなってきそうだ。そろそろ帰るぞ」


「おう!」


 ジーク辺境伯を毒ナイフで刺した偽コリンズは見つけられなかった。まぁ、姿を変えられるのならそうは簡単にいかないだろう。

 とりあえず今回で伯爵の顔は覚えたし、厳重な警備からして屋敷に何かありそうなのはわかった。それにブラウンが反対したという伯爵の10年におよぶ計画、そして怪しい地下室。


 屋敷の壁をスルスルと下り、闇にまぎれる。


「ウル、ちょっと待ってくれ」


 さっきブラウンが閉じ込められていた物置に立ち寄る。どうやら中で眠ってしまっているようだ。丸く小さくなって眠っている。



「負けんなよブラウン」




読んでいただき、有難うございました。

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