第8話 森へ
お久しぶりです。
感想等あれば、お願いします。
この日、初めて湖を取り囲むクレーターを乗り越え、外の世界を見た。
「すげぇ…………」
正面には、高さ1万メートルを優に越える巨大な山脈が、正面の視界にズンッと圧倒的圧迫感を持って迫っていた。そのふもとは広大な森林をたたえ、頂上へ向かうにつれ徐々に雪化粧し真っ白な山肌へと変わる。そして、その山脈の鋭い頂は満天の星空を突き刺す槍群のようだ。天頂にかかる雲は空にふたをしているようにさえ見える。巨大すぎて近くに見えるが、実際はここから数百キロ遠くにあるだろう。
向かって右手には、満点の星空の下に深い緑の大森林が果てしなく絨毯のように広がっており、その森に向かって大量の水を湛えた川幅数キロはある大河川が流れている。正面の山脈から滲み出たであろう大量の水が、あのスケールの大河を形成したのであろう。まるで海のようだ。
左手には、生い茂っていた草葉が途中で徐々に途絶え、ゴツゴツとした岩石砂漠が始まっている。その上空には竜のような影が見えた。そちらを見ていると、
「今、動いたか…………?」
気のせいだと思いたいが、砂漠の向こうの標高千メートルを超える岩山が動いたような気がした。あちらには絶対に近づかない。
後ろを振り返ると、アラオザルの窪地を越えた向こうには山のような巨大な島がいくつも浮いている。島からは水が絶え間なく流れ落ちているようだ。さすがはファンタジー世界。
「すーーっ、はぁ」
深呼吸をすると肺の奥深くまで澄みきった空気が届き、熱くなった気持ちを冷やしてくれた。
…………なんて大きい世界。ここで俺に何ができるだろうか。
「さて…………まずは人間の国へ行こう」
ここにいればすぐに魔物の餌になってしまうとデリックが言っていた。クレーターの外には強力な魔物ばかりだと。
だからまずは力を蓄える。全てはそれからだ。
そして時が来たら、アラオザルへ戻ってエルを埋葬し、ゴブリンの国を滅ぼす。俺らが受けた仕打ちを存分にやり返す。デリックの夢を継ぐんだ。
デリックはアラオザルの町へ、森を抜けてたどり着いたと言っていた。森は1つしかない。あの地平線の先まで果てしなく生い茂った森を抜ければ人間の国があるはずだ。
「とりあえず川、下るか」
ザクザクザクと歩いて行くと、このあたりは湿地帯なのか、湿潤な草原がずっと続いている。
すると、ようやくアドレナリンが治まってきたのだろう。疲労感がどっと押し寄せてきた。でも休んでいる暇はない。少しでも身を隠せる場所に行かないと、ここは魔物の巣窟だ。森を目指して湿原の中を歩き続ける。
◆◆
歩き出して5分、平坦な湿原に突如現れたのは、巨大な陥没穴だ。深さ1メートルほどにボコンと地面がへこんでいた。穴の底からは生い茂った苔の下からブクブクと水が湧き出している。穴の直径は20メートルはありそうだ。
「なんだ、これ…………?」
気になり、穴の縁に沿って歩いて行くと、へこみの先が2つに別れて尖っていた。まるで爪の先端のような…………。
「まさか……足跡か?」
ずっと前を見れば、この穴がおよそ百メートル感覚で並んでいることがわかった。やはり足跡で間違い無さそうだ。こんな生き物、自重で動けなくなりそうだが、こいつは確かに歩いている。
こんなのに出会ったら…………!?
こんな怪物のような魔物の存在に、『魔物に見つかる=死』そんなイメージができ始めた。ドッドッドッドッ! と心臓の鼓動が速くなる。
それからはかすかなイレギュラーな物音にも反応してしまうようになった。まるで巨人の世界に迷い混んだガリバーの気分だ。そう、俺はこの世界でそれだけ弱くちっぽけな存在だ。
「死んでたまるかっ…………!!」
デリックに生かしてもらったこの命、何も出来ずに終わらせていいわけがない。自分に喝を入れた。
そこからは探知に頼るだけでなく五感をもフルに活用し進んで行く。そして、やり方もわからないまま、必死で自分の気配を殺した。
◆◆
しばらくして、黒く大きな物体が地面を這うように猛スピードで向かってくるのが見えた。
「なんだ!?」
無駄だとわかってても反射的に剣を構える。その大きさからすれば、今俺が握っているデリックにもらった剣が小さなマッチ棒にすら思える。
「影…………? 上か!」
ハッと首を上に空を上を見上げると、翼を広げて100メートルはありそうな黒い鳥が遥か上空を飛んでいた。それがわかったとたん、俺は息をするのも忘れて草原に伏せていることに気付いた。
「ふぅ…………」
こんな環境で、俺はいつまで生きていられるのか…………。神経がゴリゴリと凄まじい勢いで削られていくのを感じる。
森に入れば少なくともここよりは身を隠せるだろうが、森へは一向に近づいた気がしない。森が巨大過ぎるんだ。
そう、草原に隠れたまま考えていると、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッッ!
「なんの音だ?」
地響きに顔だけを上げると、10トントラックの倍はある身体中傷だらけの芋虫が猛スピードで俺の横を通り過ぎていく。全身濃い緑色だが、その傷口からは黄色い液体を振り撒いている。鋭い爪で斬られたかのような傷で、凄まじい悪臭だ。
なんであのデカさの生き物が逃げるように走って行く? 一体相手は何なんだ? そして最大の問題は今の芋虫が来た方へ進まないといけないことだ。生きた心地がしない。
そんなことを考えながら再び歩き出す。するとすぐ
「ミャー!」
二足歩行のネコの手足にカマキリの鎌をつけたような1メートルくらいの生き物だ。ヒュッと目の前の地面から突然現れた。
「うおっ!!」
な、なんでこの距離で探知にかからなかったんだ!? しかも完全に目が合ってしまった。こいつとの戦闘は避けられそうにない。
覚悟を決めながら、鑑定を使用する。
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ネックリッパー
Lv.140
HP :169
MP :258
力 :380
防御:90
敏捷:2980
魔力:290
運 :69
【スキル】
・隠密Lv.9
・クリティカルアタックLv.8
・硬化Lv.2
・風斬爪Lv.3
【魔法】
・風魔法Lv.6
・土魔法Lv.7
【耐性】
・打撃耐性Lv.2
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俺より遥かに強いが鑑定はできるレベルのようだ。隠密スキルで探知に反応しなかったのだろう。こいつは暗殺に特化した魔物で、穴に隠れながらこの平原で生きているのかもしれない。
また、運が良いことにあまり頭は良くないようだ。隠密を使ったのに俺の背後を狙わずに正面に現れている。
そして、あることに気が付いた。
…………あの敏捷値はまずいっっ!!
そう思った瞬間、一か八かと思い付きと勘で、魔法を発動した。その直後ネコが、
「消えっ!?」
バリィッッ…………!!!!
「ミ゛ヤアアアアアアア!!」
俺の後ろにネコがビクビクと痙攣しながら動けなくなっていた。
遅れて痛みを感じて手を触れると、首の後ろをざっくり深さ1センチほど斬られていた。でも大丈夫。首はつながっている。
「俺…………生きてる?」
ネコの敏捷値を考えればまず目では追えない。だが、名前からして首を狙ってきそうだった。そこでとっさに斥力を4重にして首に展開し、そこに雷魔法を併用して首を守っていた。
その結果、賭けには勝ったが斥力でガードするつもりが、ステータス差がガードを突破して首まで爪を届かせてしまった。幸い深くないので俺でも治療できる。ここじゃ、これくらいの綱渡りにも慣れていかないと生き残れなさそうだ。
上手くいって良かった…………本当に。
「さて」
ピクピクと寝転がって痙攣しているネコに近づく。
こいつを殺れば大分レベルが上がりそうだ。おいしい経験値をありがとう。
「ギャンッ!」
あまり騒ぐと他の魔物が寄ってきそうなので即座に首をはねた。防御力は低かったので1発だ。
その時、偶然何かが近づいて来ているような気配を感じ、ふと遠くに目をやると、300メートルくらい先から魔物がこちらに向かって走って来ていた。7~8メートルはある。体格は狼のようだが、少し胴長で全身赤茶色でヤマアラシのようなトゲトゲの毛に覆われている。尾は体の1/3ほどを占め、トゲがより多く生えておりボリュームがある。顔は…………まるでドラゴンだ。ギラついた黄色い目が俺をしっかりととらえていた。
《鑑定できません》
その表示に焦る。
「やばっ!!」
隠れられる場所がないかと辺りを見渡す。するとこのネコが掘ってきた穴を見つけ、とっさに穴に飛び込んだ!!
「うおおおおお!!!!」
穴は思ったよりも深く、ズザザザザザザザザと落ちていく。
その瞬間。
ズン………………………………ッッッッ!!!!!!!!
物凄い音と衝撃が地面の中まで伝わってきた。
さっきの魔物が地面を前足で叩いたのだろうか。えげつない威力だ。多分地上は大きくクレーターが出来ている。かなり格上の魔物だったみたいだ。この穴がなかったら死んでた。
底に着地すると、ずっと横穴になっているようだ。中は真っ暗だったが、光魔法で明かりを作る。森の方向に向かいながら探知をフル活用し、穴の中を進む。
中は入り組んでおり、さまざまな分かれ道があった。幸い、地上に出る穴は多くあったので時々地上に出て位置を確認できた。ミーアキャットみたいな感じだ。ここからはひたすらこの穴の中を進んだ。
途中、同じネックリッパーという魔物に3匹ほど出くわしたが、狭い穴のなかを利用して前後に斥力を張り続けて防御していたため、暗殺されることはなかった。むしろ斥力で食い止めたところに雷魔法をぶつけてステータスの糧となってもらった。こいつらは高レベルだが力が弱いので斥力でなんとかなる。俺との相性が良い。
寝れる場所すらなく不眠不休で進むも、さすがに疲労困憊だった。だが止まったら食べられてしまうかもしれない。そんな恐怖と、デリックが繋いでくれた命を粗末には出来ないという使命感から俺は必死だった。
もはや慣れっこだが、光魔法があるとはいえ先の見えない通路を進むのには勇気がいる。それがまる2日続いた。この時の俺のやつれ具合は凄まじかったと思う。
そして、
「到着……と」
ついに、穴から顔を出したとき、森が目の前に来ていた。
長かった。変わらぬ景色の中、いつ殺されるかわからない恐怖に気が狂いそうだった。
だんだんと森に近づくにつれ、化け物みたいなデカさの魔物は見なくなっていた。森の方向は魔物のレベルが徐々に下がるようだった。いい傾向だ。あんな草原に人間が暮らせるわけがない。あるとすれば、魔物がまだ弱いこっち側だろう。
だが弱いと言ってもあの時のネコのような、探知が反応しない魔物がいるかもしれない。探知だけでなく感覚を研ぎ澄ませ、慎重に森へ入る。
夜の森の中も暗闇がほとんどだ。上を見上げると、幾重にも枝葉が重なり合って、この深い闇を作り出していることがわかった。これは、昼間でもかなり薄暗いだろうな。
たまに木々の隙間からエンジェルラダーのように漏れる月明かりが、濡れた苔に覆われた地面をキラキラと照らし出し、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
木は日本にも生えていたクスノキやクヌギ、ブナに似たものだが、そのサイズが違う。直径は10メートルを超えるものもある。この世界の魔力が成長を促すのだろうか。まだ森の入り口だからか、付近に魔物の気配はない。
とにかく、まずは寝床だ。もう2日以上寝ていない。
だがぐるっと辺りを見回してもめぼしい場所がない。木のウロでもいいが、地上で寝るのは危険だな。となれば木の上か。上を見上げる。
「よっ」
ザクッ。
「よいっ、しょお!」
疲労した体にむち打ち、剣を突き刺しながら、近くの太い木を登る。樹皮はクヌギのようにコルク質の層が厚く、柔らかいようだ。簡単に剣が刺さる。それに大分レベルが上がったのか、思ったよりも楽に体を持ち上げることが出来た。
50メートルは登っただろうか。登った木は、周りの木を超える高さがあり、回りが良く見えた。見える森林の上にはズッシリと明るく銀色に輝く月がのし掛かっている。そして、人間の国があるであろう方向を見ると、森の向こうは、ただずうっっっと、森だった。
「どんだけ広いんだ…………」
うんざりしつつ、幹から直角に張り出す眠るのにいい感じの枝を見つけた。
「ここをキャンプ地としよう!」
疲労感と寝不足でハイになった頭で小さく叫ぶと、土魔法で簡易なベッドと落下防止の柵を作った。柵の根本は木には悪いが枝に差し込んである。天井は木々に紛れるよう、迷彩柄にしてみた。これなら遠くから見ただけじゃわからないし、大丈夫だろう。
探知をつけっぱなしでさっそく横になる。すると、どっと疲労感が押し寄せてきた。まぶたがこれほど重いと感じたことはなかっ…………た。
◆◆
朝、顔にさしかかる朝日で目が覚めた。途中、一度も目を覚ますことはなかった。
「ふぁっ、ん~!」
思いっきり伸びをする。
即席で作った寝台だったが、寝心地は悪くなかった。それか疲労でそれすら感じることなく寝たかのどっちかだ。朝日は森の絨毯の下から現れていた。
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名前ユウ16歳
種族:人間
Lv:17→48
HP:145→570
MP:360→1290
力:108→565
防御:90→496
敏捷:201→806
魔力:480→1470
運:50→60
【スキル】
・鑑定Lv.6→8
・剣術Lv.4→6
・探知Lv.5→8
・魔力感知Lv.6→8
・魔力操作Lv.6→8
・並列思考Lv.5→7
・隠密Lv.3 NEW!!
【魔法】
・火魔法Lv.3→5
・水魔法Lv.3→4
・風魔法Lv.3→4
・土魔法Lv.3→5
・雷魔法Lv.3→5
・氷魔法Lv.3
・重力魔法Lv.4→6
・光魔法Lv.2→3
・回復魔法Lv.3→4
【耐性】
・混乱耐性Lv.2→4
・斬撃耐性Lv.1→2
・打撃耐性Lv.2→3
・苦痛耐性Lv.2→3
・恐怖耐性Lv.2 NEW!!
【ユニークスキル】
・お詫びの品
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使える能力をフル動員して草原を抜けてきたためか、全体的にものすごくステータスもスキルも上がっていた。ゴブリンを大量に倒し、あの格上のネコを計4匹殺ったのがかなりでかいと思う。ステータス的にはすでにBランク冒険者くらいだろうか。
しかもユニークスキルのおかげでスキルレベルが上がりやすいし、ステータスの伸びも大きい。このレベルでこの魔力はスゴいことだろう。
そして魔法のスキルレベルが上がったため、1つの魔法に費やせるMPが増え、もっと高威力の魔法が使えるようになった。並列思考の成長で魔鼓の数も増え、コンディションにもよるが最大10個は出せる。
日も昇ったことで、木から降りて動き始めることにした。一晩寝たことで大分体の調子も良くなり、頭も働くようになってきた。その結果、
ギューゴロゴロ、ゴロゴロゴロ…………!!
盛大に腹が鳴った。
「腹減ったな」
3日前の昼からまったく何も食べてない。締め付けられるような空腹感が襲ってきている。
何か、俺でも狩れるような生き物はいるだろうか。
探知のレベルが5を越えた辺りから急激に探知範囲が広まり、今では半径200メートル以内なら生き物の位置がわかるようになった。そのため近づかなくてもどこに魔物がいるのかすぐわかる。
「おっ」
近くに大きな魔物の気配がしたので木から降りて気配をたどると、
「見つけた…………!」
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レッドボア
Lv57
HP :390
MP :500
力 :450
防御:606
敏捷:239
魔力:120
運 :1
【スキル】
・レッドバンLv3
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魔力を除けば、俺とほぼ同格の相手だ。息をするたびに口の中から炎がチラチラと見える。体高は3メートル。濃い目の赤い毛色をした大きなイノシシのようで、丸々と太りとても美味しそうだ。
アグボアが食べられるならレッドボアはもっと旨いはず。相手はまだこちらに気づいていない。
「いただきます」
50メートルほどの距離から魔力を右手に込め、レッドボアに向けその手をつきだして雷魔法を打ち込む。イメージは手から放たれる雷だ。
「いけっ!」
ドッッッッ…………ビシャアアアアアアアアアアン!!!!
「ブゴァッッ!!!?」
バリッ、バリバリバリィッッ…………!!
「っっ!!!! び、びっくりしたぁ…………」
本物の雷のような空気を割る轟音が発生し、俺まで驚くはめになった。魔力が急激に上がって加減を間違えてしまったようだ。
「やり過ぎた…………いや?」
レッドボアはまだHPが4分の1はあるものの、痺れて動けなくなっているだけだ。
近づくと、レッドボアは体が動かない分、目だけじろりとこちらを見てきた。その視線には諦めてたまるか、死んでたまるかという強烈な意思を感じる。
すごい迫力だ。思わずたじろいでしまいそうになる。だが、この世界は弱肉強食。それはすでに嫌と言うほど理解していた。
「近くで見ればますます旨そうだ」
そう、その体毛の下にある筋肉質の肉が俺の食欲を刺激する。
「フーッ!! フーッ!! フーッ!!」
レッドボア必死に体を動かそうとしている。眉間にしわが寄り、動こうと前足に力をいれているためか、プルプルと震えている。生きるために必死だ。
レッドボアが復活する前に止めを刺しておこう。
剣を振りかぶり、脳天を突き刺そうとするが
「せっ!」
グリッ!
筋肉か骨が固いのか、皮膚がゴムのようにグニグニずれるだけで刃が入らない。やはり魔力以外は格上だからな。
刃が入るとすれば…………ここか?
「すまんな」
謝りながら目に剣を突き刺し、そのままぐっと押し込んで脳まで届かせる。
「ブギィ…………ッ」
痺れたまま必死の形相で睨んできたこいつも、ビクビクと痙攣するとさすがに動かなくなった。
「ふぅ…………」
額の汗をぬぐい、レッドボアを見下ろす。
さて、どうやって食べよう。獣の捌き方は知らないが魚は何となく知っている。とりあえず血抜きをして内臓を取って、皮を剥ごう。
「ただ、剣が刺さるか…………」
そう思いながら剣を、まだ柔らかそうな腹に突き刺してみる。
ズブッッ!
案外簡単に刺さった。
「あれ?」
もしかすると、生きているうちは魔力で強化されているのかもしれない。
それから、とりあえず血抜きのため、動脈を探りつつ首のあたりをぐるっと半周ほど切ってみる。すると、じわっとレッドボアの毛が血で湿ってきた。
よし、あとは吊るして血を抜きたいがどうするのが良いか…………あ、そうだな。
「魔力操作」
俺の魔力でレッドボアを包み込む。そこから魔力ごと持ち上げ、頭を逆さにしてみると、重力でポタポタと血が滴っていく。
「お、良い感じだ。だけど、血の匂いがするな」
これ以上は他の魔物がよってきそうだったので、魔法で木の上まで運ぶことにした。
俺の魔力でレッドボアを俺の後ろに浮かべ、再び剣を木に刺しながら大木をよじよじと登る。登りきってからは、太い枝に腰掛けた。
「ふぅ…………これでよし」
俺の横でクルクルゆっくりと回るレッドボアを見ながら思う。
この魔力操作、かなり武器になる。魔力を切り離さずに使えば魔力を消費しないし、魔力感知が使えない者からは目に見えない。もっと魔力操作のスキルを鍛えようと思う。
レッドボアの皮を剣で剥がすこと1時間、内臓をとること10分、解体に計3時間かかった。だが、途中から解体が楽になったので、解体スキルを手に入れたのかもしれない。
火魔法で魔鼓を火の玉にし、その上に厚さ2センチくらいに切った肉を浮かべ、焼いてみる。どんどん肉からジュウジュウと油が溢れだしては流れ落ちていく。
「うまい!」
腹が減っていたのもあって肉だけで500グラムは食べた。ジューシーでレッドボア自体が運動不足だったのか腹側の肉は脂がのって旨かった。これで食料には困らない。
ただ、野菜がないと不安だ。その辺は鑑定で食べられる野草を探してみよう。
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名前ユウ16歳
種族:人間
Lv :48→49
HP :570→601
MP :1290→1360
力 :565→590
防御:496→533
敏捷:806→856
魔力:1470→1530
運 :60→62
【スキル】
・鑑定Lv.8
・剣術Lv.6
・探知Lv.8
・魔力感知Lv.8
・魔力操作Lv.8
・並列思考Lv.7
・隠密Lv.3
・解体Lv.1 NEW!!
【魔法】
・火魔法Lv.5
・水魔法Lv.4
・風魔法Lv.4
・土魔法Lv.5
・雷魔法Lv.5
・氷魔法Lv.3
・重力魔法Lv.6
・光魔法Lv.3
・回復魔法Lv.4
【耐性】
・混乱耐性Lv.4
・斬撃耐性Lv.2
・打撃耐性Lv.3
・苦痛耐性Lv.3
・恐怖耐性Lv.2
【ユニークスキル】
・お詫びの品
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食べ終わってからステータスを見てみると、やはり解体スキルが増えていた。
「ふぅ…………腹一杯だ」
太い枝に腰かけたまま、青空を見上げて思う。
今回の魔力操作と言い、まだまだ魔法とスキルの使い方には研究が必要だ。その点、この森は訓練に非常に適した場所だと言える。
まぁ、当然命懸けではあるが…………。
「っし! やるか!」
さっそく周囲に魔物がいないことを確認し、気合いを入れて立ち上がった。
まずは基本の魔力操作からだ。体の魔力を循環させる。俺的にはこの魔力の動く速さこそ、必要な燃料の収束の速さ、すなわち魔法の発動の速さだと思う。
身体から出した魔力の操作は数段難易度が増すが、慣れたのか、体内と大差なく動かせるようになってきていた。
そして魔力の使い道だが、これが面白い。
例えば、俺の体に魔力を大きくまとわりつかせる。イメージは俺を余裕で飲み込めるおっきなスライムの人形の中にいる感じだ。これを使えば…………。
手を伸ばし、魔力を操作するとスライム部分が俺の巨大な手となって隣の木の枝をパキパキと掴んだ。
「おお、これは使えそうだ……! でももっと他に使い道があるような…………」
そこで、レッドボアが死亡後、皮膚に刃が通るようになったことを思い出した。
「もしかして…………?」
魔力を控えめに纏ってから、おそるおそる解放してみる。
「おおっ!?」
すると、いきなり力が溢れる感覚があった。
「うおっ!? まさか…………」
今度は全力の8割くらいで魔力を身体に込めてみる。
ま、まじか。
手を見れば、透明なオーラのようなものが立ち上ぼっている。空間把握で俯瞰的に俺も見れば、全身から出ているようだ。
「力が湧いてくる…………」
これで、殴ったらどうなるんだ?
単純な興味から自分が立っている大木の幹を的に拳を構える。
「はっ!」
ドゴォォ…………ン!!
手に予想以上に軽い感触が伝わってくる。俺の拳と接触した幹部分は発泡スチロールを殴ったような感じだ。そして、大木の幹に1メートルほどの大穴を開けた。向こう側まではっきりと見える。
「痛っ…………!!!!」
痛みを感じ、腕を見ると、殴った右前腕の骨が粉砕骨折してしまっていた。体の限界を越えた力を出してしまっていたようだ。
回復魔法を使いながら考える。
全力で使えば、身体が壊れるだろう。上手く調整しないと体がついてこない。本気で殴るのはヤバい時だけにしよう。
メキ、メキメキメキ…………!
考え事をしている俺の目の前で、突如大木は傾き始めた。
バキバキ、バキ、バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ……………………………………!
俺が枝の上に立っていた直径3メートルはある大木は他の樹木をへし折りながら傾き倒れていく…………。
ズ、ズゥ…………ン……………………!!!!!!!!
地響きが起き、森中の鳥たちが飛び立つ音が聞こえた。
「あ、やったな、これは…………」
森が一気に騒がしくなり、魔物たちの鳴き声があちこちからこだまし始めた。
俺は身体強化したまま森の中を一目散に逃げた。
◆◆
体感で1時間ほど身を潜めただろうか。
森が落ち着いてきたので、木の一番上の枝で一休みする。わかったことは身体強化した場合は魔力操作と違い、魔力を消費するということだ。
「ふぅ、でも体外で使えるなら…………」
そう言って右手に持った剣に視線を落とす。
右手に集めた魔力をさらに進ませ、剣に魔力を込めてみる。すると、剣がカタカタ震え始めた。さらに魔力を込めると剣の震えが落ち着いたがユラユラと立ち上る気配を剣から感じる。
「ふんっ!!」
10メートル離れた隣に立つ大木に向け、思いっきり魔力を溜め込んだ剣を上から下に振り下ろした……!!
……………………ズゴォォオオンッ!
隣にあった大木は縦に裂かれた後、その背後にある大木も同じようにズバンと斬り裂かれていく。
気付けば、数十本の木々が倒れ、開けた森に陽光が射し込んでいた。
ありがとうございました。