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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
78/159

第78話 レオン

こんにちは。

ブックマークや評価、感想をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第78話です。何卒宜しくお願いします。


 ギルマスが教えてくれたのは、ギルドの裏手に建てられたギルド御用達冒険者専用の宿『オークの胃袋』だった。


「なんてネーミングセンスだ」


 そう口にしながらギルド横の道路を抜けて宿屋へ向かう。


「でも助かったねタダなんて」


「だな」


 ギルマスの口利きで、なんとここに泊まる分には無料にしてもらった。これから協力してもらうからということらしい。


 ギルマス様様だな。まぁ、ここに泊まってりゃ連絡も取りやすいんだろう。


 そして男女で2部屋をおさえ、ヴォーグのきみまろを宿屋の主人に預けたところで全員が俺の部屋に集まった。


「ふぅ…………! やっと落ち着いたな」


 長旅の疲れを癒すべくドカッとベッドに腰かけ、深いため息を吐く。


「ホントだよー」


 そう言いながらレアとウルが楽しそうにベッドでゴロゴロしている。


 そこ、俺のベッドなんだけど…………?


「今日はとりあえず、こんなところかしら?」


 アリスがレアのとなりに腰掛け、足をブラブラさせながら言った。


「そうだな。なんにせよギルドマスターにいいように使われないようにしないとな」


「そうだねぇ。強いだけじゃなく頭もかなりきれそうだったし」


 フリーがギルマスを思い出しながら言う。


「あはははー、あんなに可愛い顔してるのにね!」


「レアお前それ絶対ギルマスに言うなよ」


 ちょっと本気で言いそうだったので、レアをジトっと見る。


「というか、あなたよくあの話の流れで安い宿を聞いたわね…………」


 アリスが呆れたように言った。


「いや、タイミングあそこしかなかった……」


「ま、あたしたちはギルマスの圧力で話を切り出すどころじゃなかったけどね」


 なら言うな。


「そしたら明日はレオンのところだな」


「そうね。でもレオンに関してはどこにいるのか、全く手懸かりがないのよね」


 アリスが困ったわと腕組みする。


「手がかりは裏社会…………と言えば、とりあえずスラム街まで行ってみるか?」


「スラムか…………」


 ウルがポツリと呟いた。それを見てフリーが提案する。


「ユウ、スラム街はあんまり治安も良くないし、男たちだけで行かないかい?」


「あら、あたしたちは平気よ? むしろあんたたちだけじゃ心配だし」


 しっかりしているアリスは平然と言う。


「私も大丈夫だよ? 最近強くなったし!」


 レアもそう言うが、確かにフリーの言うとおりだ。王都の規模であればスラムの闇も深いかもしれない。そんな無法地帯にアリスやレアみたいな美少女を揃って連れていくのは抵抗がある。ウルもまだ子供だし揉め事の種になるだろう。


「いや、そうだな。ここはフリーと俺で行こう」


「あら、案外心配性なのね」


 アリスは意外そうにそう言った。


「ならあたしたちは明日、観光かしら?」


「だねー?」


 レアが嬉しそうにウルをひざに抱えたままノリノリで返事する。


「観光じゃなくて情報収集! 頼んだぞ?」



「「「りょーかい!」」」



 返事は良いんだけどよ。



◆◆



 翌日、俺とフリーは女子グループと別れて南区のスラム街を目指す。今はまだ朝の7時だ。東側から陽が射してくるため、まだ西区のこの辺りは山頂の影で薄暗い。


「それじゃ南区だったな」


 朝の寒さの中、肩をさすりながら宿を出た。息も少し白い。


「王都はとても広いよ。馬車でも乗る?」


「そうだな。とりあえず大通りで馬車を拾おう」


 王都は普通の馬がひく馬車もあれば、ヴォーグがひく馬車もある。

 宮殿から東西南北伸びている4本のメインストリート、西区ではウエストストリートに当たるが、それに直角に王都をぐるりと円を描くように伸びている複数の大通りに出た。


「お、ちょうどいるじゃないか」


 タクシー乗り場のように馬車が何台も大通りの道の脇に並んでいるところがあった。だが、ずらっと並ぶすべて馬車の荷台には『予約済』の文字が。


「あれ? これ全部予約済だな。まじか」


 団体客でもあるのか?


「いや、ツイてないねぇ。おや……? ユウあれ!」


 フリーが指差す一番端の馬車1台だけ空いているようだった。


「よし、他の人に乗られる前に行こう」


 馬車まで走り、御者のおじさんに話しかける。


「すみません。南区までお願いします」


「はい」


 荷台に手をかけ、馬車に乗り込む。馬車は屋根のないシンプルな箱形のものだった。雨が降れば屋根をつけるのだろうか。ヴォーグではなく馬が馬車を引くようだ。座席には長方形の座布団が敷かれ、頑張れば4人は座れるほどの広さだった。

 御者のおじさんの合図で馬車がガタゴトと石畳で荷台を揺らしながら動き出す。その時だった。


「待ってくれ!」


 後ろから馬車を呼び止める声が聞こえた。


「ん?」


 声がした方を振り返ると、大剣を背負っている以外はえらく軽装の男が走ってきていた。体つきはガタイが良いわけではなく、この世界にしては小柄の170センチくらいだ。


 あの細腕でどうやってあの大剣を振るんだろう。まぁ、筋肉じゃなくステータスによるから出来るんだろうな。


 見ための年齢は20歳くらい、茶色のパンツに半袖、鎧や防具の類いは一切見受けられない。赤茶色の短髪で、右の側頭部に真横に1本剃り込みが入っている。そして、どちらかと言えば中性的な顔立ちに、特徴的な泣きぼくろがある。


「ユウ」


 フリーが小さい声で呼んできた。その声は少し低く、真面目なトーンだ。


「ああ。この人強い」


 あのギルマスには劣るものの、なかなかの強さだ。フリーやアリス、レア、ウルでは到底敵わないだろう。


 なぁ、どう思う?


【賢者】はい。本気を出したユウ様であれば間違いなく相手にはなりません。ですが、瞬殺とまではいかない相手です。


 いや、そういうことではなくてな。でもけっこうやるってことだな。


「レッドウィングのマシュー様!?」


 男の正体に気付いた御者のおっさんが急に声を上げた。


 レッドウィング? ちょっと前に聞いたような…………。


「やぁどうも」


 男が軽く手を上げて御者にニコニコと挨拶した。そして俺たちに話し掛けてくる。


「すまん。お二方、この方向なら南区だと思うが、もし良ければ便乗してもいいだろうか?」


 礼儀正しいな。まぁ、特に断る理由はない。どのみち手練れなら顔見知りになっておいて損はないだろう。


 フリーも頷いている。


「いいぞ」


「ありがとう助かる! ほんと王都は広くて困るなぁ! はっはっは!」


 嬉しそうにニカッと笑うと、背中の剣を下ろして俺の隣に座ってきた。片刃の大剣だ。近くで見ると、なかなかの業物に見える。


「で、あんたはどこに向かってるんだ?」


「俺? 俺は南区のクラン本部だよ。ほんと、人使いが荒いなギルドマスターは! あはは」


 ギルマス…………?


「あんたは?」


「おお、これも何かの縁だな。俺はクラン『レッドウィング』の当主マシュー・レッドメインだ。宜しくな!」


 そう笑顔でバシバシと肩を叩かれた。


「当主…………!」


 やたらスキンシップが激しい。そういや前も言ってたな。クランか。


【賢者】クランとは、複数のパーティで作られる協同の目的を持った組織です。こないだワーグナーでのユウ様のチームも言うならばクランです。

 クラン『レッドウィング』とは、総勢300名、SSランクのマシュー・レッドメインを筆頭にSランク4名、Aランク50名以上が属する王都最大のクランです。

 王都の騎士団は王の命令でのみ、動くことができますが、このクランは冒険者ならではのフットワークの軽さを生かし、この国のために働いているようです。素行不良が目立つ冒険者の取り締まり、盗賊の討伐、災害時の対応等、その活動は多岐にわたり、国民の評判はかなり高いです。


 へぇ、賢者さん、そんな情報どこから手に入れるの?


【賢者】私のレベルが上がったことにより、ユウ様の空間把握と併用して周辺の人物の会話や書物などから情報を得ています。


 おお。賢者さん、素直にすげぇな。


【賢者】いえ。


 まぁでもそういう人物なら是非顔を売っておいても損はないだろう。


「俺はワンダーランドのリーダー、ユウだ。こっちは同じくワンダーランドのフリー。宜しく」


 ガッシリと握手をし、そして唐突に来た。


「君ら、かなりの手練れとみた! どうだ? 俺たちのクランに入らないか!?」


 キラッキラした目でそう言われた。



「無理」



「そうか! はっはっは! はっはっはっはっは…………っ」


 言葉の勢いとは裏腹に明らかに断られて傷付き、下を向いてしょげている。


「ユウ。言い方ってもんがねぇ?」


 フリーが耳打ちで注意してきた。


「いや、だってよ? こういうのは濁すより、はっきり断っておくべきだろ? それに、今クランに入ったら動きにくいだろうしよ」


「うーん、それもそうだけどねぇ。で? マシューさんはどうして1人走って馬車に乗り込んできたんだい?」


「おっ! 聞いてくれるか!?」


 フリーに聞かれると、マシューは急に元気を取り戻し、ニカッと笑った。


「実は、仲間に置いていかれたんだ…………」


 言ったそばから落ち込んだ。上げ下げが激しい人だ。


「え、あんたクランの当主って聞いたが?」


「そうなんだが、今日はなんだか皆よそよそしくて冷たくて…………」


「なんかあったのか?」


「いや、むしろ今日は長い遠征が終わって、やっと一息つける日なんだ。しかも俺、今日は誕生日だぞ!? ひどくないか!?」


 誕生日かよ…………てことは、ドッキリだろう。


「あー、…………はいはい。なぁフリー」


「この人馬鹿だね」


「だな。要はゆっくり来いってことなんだろうな」


「どっ、どういうことだ?」


「いいから、いいから。あ、おじさん少しゆっくり走ってあげて」


「そういうことなら!」


 おじさんも話が聞こえていたようだ。大口を開けて笑った。


「なんだ君らもか!」


 マシューはわけがわからず憤慨していた。


 それから到着するまでマシューと話した感じでは、昨日は半年ぶりに国境の警備から王都へ戻ってきたところだそうだ。普段は警備にマシューが呼ばれることはないのだそうだが、最近の帝国は国境近くで軍事演習を行うことが増え、緊張が続いている。そのため他国でも広く名の知られているマシューが抑止力として駐屯していたとのこと。


 抑止力として個人が呼ばれるなんて、すごいことだよな。地球で言うところの原子力空母が配備されるようなものか。

 しかしこの男、裏がない。この短時間でもそれがわかるほどの真っ直ぐで少し馬鹿だった。だからこそ仲間にも慕われてるんだろうな。


 そうして、2~3時間かけて南区へ到着すると、マシューがすっと馬車の上に立ち上がった。


「それじゃ、楽しかったよ。また縁があったら会おう」


「ああ、そんじゃ」


 そうしてマシューは馬車から颯爽と飛び降りると、長い塀に囲まれたクランホームへと消えていった。しかし流石は300人を抱える有数の大クランだ。馬車がクランホームの塀の前を横切るまで20秒はかかった。


 無事に誕生日のサプライズは間に合っただろうか。


 それからのんびりと馬車に揺られながら王都の町並みを見学。そして数時間かけて南区へと到着した。長時間馬車に揺られ、さすがにお尻が痛くなる。陽も大分昇ってきた。


「はい、着きましたよお兄さん方。ここから先はいわゆるスラム地区となってますので、ここまででよろしいですか?」


「ああ、ありがとう」


「では2500コルになります」


 ポケットから硬貨を取り出して払うと、馬車のおじさんは引き返して行った。


「あ、マシューさんに代金貰うの忘れたな」


「そう言えばそうだねぇ。もはや他のことで頭がいっぱいだったようだし」


「ま、出しといてやるか」



◆◆



 そうしてスラム地区へと踏み込んだ。これといってスラム街とそうでないところの境界はないようで、進んでいくと徐々に周りの石造りの建物の外壁が汚れてきたり、壁が欠けていたりしている。住宅の材質は石から木材に、もしくはボロボロの石外壁になり、さらに建物の密度がどんどんと増してきた。鼻をつくような臭いもキツくなってくる。


 街並みを観察しながら進んでいくと、中には住宅じゃなく、崩れ落ちそうな教会に集団で生活しているところもある。そして、いたるところで栄養失調にありがちな痩せ細っているがお腹だけは膨れた子供が道端で横になっていた。


「これは…………思っていた以上だな」


「そうだねぇ」


 あの子どもは近々死んでしまうんだろうか。


 中には裸で道にうつ伏せに倒れたまま動かない3歳くらいの子までいる。ボロボロの布を身につけた大人たちは気にも止める様子がなく…………その子どもをまたいで歩いていた。


 どの世界でもこんな景色はあるのな。ウルたちに見せなくて良かった。


「ユウ」


「ん?」


 フリーに呼ばれ振り返ると、2人の10歳くらいの男の子がちょんと俺の服の袖をひっぱっていた。


「どうした?」


 しゃがんで目線を合わせて聞いてみると、男の子は木でできた鳥の置物のようなものを持った手をつきだして来た。


「くれるのか?」


 男の子はコクンとうなづいた。手のひらサイズの鳥の置物は羽1枚1枚を丁寧に再現し、子どもが作ったとは思えないほどの出来だ。


「上手いなぁ。お前が彫ったのか?」


 また男の子はうなずく。


「へぇ、すごいじゃないか」


 俺がそう言うと、手を差し出してきた。


「どうした?」


「ん!」


 意図がわからず問い返すと、怒ったようにまた手を出す男の子。


「え?」

 

「ん!」


 懲りずに手をつき出してくる。


「ああ、そういうことか。やられたな」


 思わず頭に手をやる。


 子どもが渡してきたものを受け取ってしまったら、後でお金を請求される。海外でよく見かけたやり口だ。今さらこんな子どもになんて突き返せない。


「フリー、貰わないように…………っておい!」


 フリーを振り返ると、もう1人の男の子から山のように渡された木彫りの動物を抱えていた。


「え? 僕こんなにもらっちゃったけど…………」


「受け取り過ぎだろ…………!」


 いや、フリーの人の良さが出てしまったというべきか。


「はぁ~…………」


「やぁ、すまないねぇ」


 全てで5000コルほどの出費となった。


「まぁ、これも勉強料ってことで…………て!?」


 まわりにはどんどんと人が集まってきていた。隠れてこちらの様子を伺ってる人達が複数いる。ここはもはや無法地帯でもある。これだけいりゃ、スリも何人か混じってるだろう。


「これはめんどくさいことになった。……カモられたな」


 お金を持ってることがバレて、もらえるかもしれないと、どんどんとせびりに来たんだろう。まだ俺たちから距離を置いて遠巻きに見てくる。


「フリー、どうする?」


「どうするって、どうしようかねぇ…………」


 肩をトントンと叩かれた。茶碗のような陶器を持った20代くらいの女性がお腹に手を当てた後、お皿と口に交互に手をやり、お腹がすいた。食べ物が食べたいとジェスチャーをする。


「はぁ…………」


 カチン…………。


 ポケットから取り出した銅貨を女性が手に持つお皿に置いた。


「あり……あと」


 女性はニッコリと笑うとタタタと駆けて建物の影に消えた。


 と、その途端…………。


 離れて見ていた連中20人くらいに一斉に取り囲まれた。皆ボロボロのしみったれた服を着て、どこか汚れている。


「フリー、荷物!」


 ワラワラ、お金お金と突き出される手に揉みくちゃにされながら言った。


「なんだい!?」


「スられないようにしろよ! 特に刀!」


「え? ああっ!!」


 言ったそばから薄汚いシャツを着た子どもに腰に差していた刀をスラれていた。


「おい馬鹿!」


 俺たちは、人混みをかき分け抜け出して子どもの跡を追う。


「なんだよここ…………!」


 変なところに階段がついていたり、ドアを開けた先は壁だったりと、まるで迷路のようにいりくんでいる。だがそこは、さすがに子ども相手じゃ負けない。


「よしっ捕まえた!」


 フリーが袋小路で足をバタバタさせる子どもを抱き抱え、刀を取り返していた。抱えたときにシャツがめくれて気付いたが、かなり痩せ細っている。


「フリー馬鹿野郎」


「あはは。すまないねぇ」


 フリーの謝る声に続けて、知らない男の声が聞こえてきた。



「ほんとすまないねぇ。何やらえらく騒いでるじゃないか。ここはウチのシマなんだが?」



 袋小路の出口を塞ぐように男が立っていた。その隙間を子どもは走って逃げていった。


「ん…………?」


 まずいな。シマってことは、それこそここを取り仕切る人物に関係しているかもしれない。レオンにつながる手がかりだとしたら、ここで関係を悪くしたくはない。


「いや、すまなかった。さっきの子どもが俺たちから刀を盗ったから追いかけて取り返しただけなんだ」


 正直にあったまんま説明する。


「子どもがあんたらから盗った?」


 不満そうに聞き返してくる男。


「そうだ」


「証拠は?」


「へ?」


「それがさっきの子どもの物じゃなかったって証拠は?」


 そう言う男は無機質な視線を俺たちに向けた。


「子どもが刀を持ち歩くかよ」


「そんなものわからねぇだろ? 護身用かもしれない。たまたま拾ったものかもしれない。それがあんたらのものだって証拠は何一つない」


「はっ…………!」


 思わず鼻で笑った。


 これがイチャモンってやつか。


「どうしたら信用してもらえる?」


「証拠はないんだろ? なら無理だ」


「だったらどうすれば?」


「簡単な話だ。身ぐるみ全部、置いていけ…………!!」


 男は剣を抜くと前傾姿勢になり、俺に向かって斬り込んできた。



 キ……………………ィィ……ン…………!!!!



 金属と金属がぶつかる音がスラムにこだまする。


「フリー」


 俺の首もとを狙った男の剣の振り下ろしを、フリーが左下からの斬り上げで止めていた。俺の目の前でギリギリと刀と剣がせめぎ合いをしている。


「いきなりうちのボスを斬ろうとするなんて…………ね!」


 フリーはゼロ距離で刀に力を込めると男の剣をガッ!と弾き返した。


「ぐっ…………!」


 男は後ろに数メートル飛ばされ着地する。


「あれくらい問題なかったぞ?」


 斬擊耐性の高い俺ならあれくらいじゃほぼ斬れないし、当たるつもりもなかった。


「いや、そういう問題じゃないんだよねぇ」


 フリーは男をその糸目で睨みながら言う。


 男は黙って弾かれた自分の剣を見ながら右手をぷらぷらと振る。そして、俺の顔を見てピクッと動いた。


「おまえ…………どこかで見たか?」


「あ?」


 ん? …………よく見たらどこか見たことのあるドレッドヘアだ。


「あっ!! お前、あの時王都の外で馬車を襲ってた盗賊じゃねぇか!」


「あ、そう言えば…………」


 フリーも気付いたようだ。


「ちっ! まさかこんなとこで会うとは」


 男が再び剣を構えた。


「…………始末するしかなさそうだ」


 そしてダダダと走り、向かってくる。今度はさっきよりも本気のようだ。踏み込みが強い。合わせてフリーが再び迎え撃つべく、踏み込もうとする。



「待ってくれ」



 フリーよりもさらに前へ、パッと一瞬で移動する。2人から見れば突然目の前に現れたと思える速度だろう。


「お前、ここの住人なのか?」


「あ、ああ?」


 急に目の前に現れた俺に動揺する男。


「教えてくれ」


 俺がそう問うと、敵わないと思ったのか目線を落として答えた。


「…………そうだ」


「レオンを知ってるか?」


「…………」


 男は表情を崩さずに剣を構えたままだ。


「黙秘は肯定とみるぞ」


「何の用だ?」


「敵意はない。実は彼に用があってきた。レオンの古い知り合いから手紙を預かってる」


「古い知り合い? …………見せろ」


 男は剣を下ろし、俺はポケットからジャンに書いてもらった手紙を取り出した。


「待て、中は見せられない」


「オモテを見せてもらうだけだ」


 手紙の留め印を確認する。


「…………」


 男はじっくりと観察すると、うなずいた。


「わかった。ついてこい」


 男は剣をチンッと鞘に収めると、後ろを向いて歩き出した。


 俺らがそれについて行くと、しばらく歩いて古びた教会の中に入っていく。中には大勢の人間がおり、俺らのことをじろじろと見ていった。さらにその教会の地下室から先の階段を下りていくと、地下水路へと出てきた。地下は生活排水が流れているのか少し生暖かく感じるが、下水の臭いがキツイ。


「本当にこんなところにいるのか?」


「黙ってついてこい」


 それから、地下水路の脇の扉からさらに下へと下りていく。


 まだ下りるのか。


 まるで迷路のような地下水路をさらに下へと行くと、地面に魔石灯が等間隔で並べられている通路へと出た。壁は土がむき出しではなく、石でキレイに整備され明らかに人工的な造りだ。

 そのまま道を案内されるがままに着いていくと、急に大勢の人間の話し声が聞こえてきた。



「「うそぉ?」」



 出てきたのは大聖堂の講堂のような場所だった。天井は20メートルほどもあり、広さは学校の校庭が2つは入りそうだ。そこには食堂や屋台、武器屋、鍛冶屋まである。人間や獣人、リザードマンなど様々な種族が暮らしていた。

 俺らはその空間の壁にもうけられた廊下のような場所から広場を見下ろしている。内部はオレンジ色の魔石灯に照らされていた。


「ここだけじゃない、このような部屋は王都の地下に百は超える」


 俺たちの反応を鼻で笑いながら男は言った。


「そんなにか!?」


「レオン様が長年かけて掘らせている」


 王都の地下には一つの町が出来ていた。


「ついてこい」



◆◆



 人々の間を抜け、また別の両開きの荘厳な扉を開けて案内された部屋。高そうなテーブルのまわりには8人分の椅子が用意されていた。そして、その一番奥の椅子には1人の男が座っていた。


「アルゴ。誰だそいつらは」


 葉巻をくわえた男はあご髭を生やし、上質な黒のジャケット、金のネックレスをしていた。年齢は60歳くらいだが、体格は引き締まっている。


 酒と煙草で潰れたような、それでいて貫禄のある渋いしゃがれ声と、その身に纏う雰囲気からわかる。こいつがレオンだ。


「チンピラです。なにやらボスへの手紙があるとのことで。こちらです」


 アルゴと呼ばれた男は俺の手紙を取り出した。


「ん…………。なつかしいな、小僧からか。ワーグナーでギルド長をやってると聞いたが、やっと連絡をよこしたか」


 ガサガサと手紙を広げ目を通し出した。


「…………ほう」


 それだけ言うとマッチをすり、手紙に火をつけた。灰皿の上でじりじりと燃えて灰になる手紙。


 それだけか? 手紙には何が書いてあったんだ?


「で、お前らがそのワンダーランドとかいうパーティか」


「そうだ」


「名は?」


 そう言いながらレオンは吸っていた葉巻を、灰皿にすり付けて捨てた。


「ユウだ。こっちがフリー」




「そうか。俺はぁ、レオンだ…………」




 ただそれだけだが、そのどっかりとした名乗り方に自信の塊のようなものを感じた。ステータスやスキルによる強さではない、だが気圧されるような人間としてのデカさだ。思わず空気にのまれそうだ。


「あの小僧は元気だったか?」


 そう聞きながら2本目の葉巻を手に取り、アルゴがすっと火をつける。


 静かだ。ただ俺たちは立ったままレオンの挙動に目を向け、そして答えた。


「ジャンなら死んだ」


 レオンが葉巻に手を添えたままピタリと動きを止めた。


「…………そうか」


「あいつは、嵌められた。マードックの手下に」



 ドガン…………!



 蹴り上げられテーブルが激しく音を立てた。思わずビクリと肩をすくめる。


「んなことはわかってらぁ。あいつは馬鹿だがヘマをするようなやつじゃねぇ。卑怯な手でなきゃ、やられるはずがねぇ」


 レオンという男は、そのいかつい顔面で眉間に深いシワをよせ、こちらを睨み付けるように見た。



 こ、恐ええええ…………。



「あいつは家族だった。ここの地下にいるやつは俺が面倒をみてやってる、皆が俺の家族だ。…………ジャンの最後はどんなだった?」


「ジャンは…………ジャンはウルに刺されて死んだ」



「馬鹿言うんじゃねぇ…………!!」



 しゃがれ声で叫びながらレオンが立ち上がった。デカイ、俺よりも30センチは高い。


 近付いてきて目の前に立った。そして、俺の目の前まで顔を近付け、静かに言った。





「お前、俺をなめてんのか…………?」





「ちっ、違う」


 確実に俺の方がレオンよりも強い。そこのアルゴという男を同時に相手取っても勝てるはずだ…………! でも、この時レオンという男に気圧されてしまっていた。


 ステータスにない強さをこの男は持っていた。


「ウ、ウルはマードックの手下に呪いのナイフを渡され、その呪いのために、ジャンを刺し殺した!」


 それを聞いた途端、レオンは先ほどの椅子までゆっくりと戻ると、座った。


 死、死ぬかと思った…………!


「ふぅ…………!」


 一瞬でどっと疲れた。心臓がバクバクと鳴り、思わず息を吐き出した。


「そうか…………可哀想だなぁおいウル。親を殺したか…………」


 レオンは葉巻を置いて、天井を見上げた。


「ウルは、俺が面倒をみることになった。ジャンの頼みで」


「…………あいつが決めたんなら文句はねぇな。ウルは元気か」


 そう言いながら俺に目線を向けた。


「ああ。一緒に王都まで来てる」


「そうか」


 レオンはまた葉巻を親指と人差し指で挟み込んで持つと、肺に深く煙を吸い込み、煙を吐き出した。


「一度連れてこい」


「え、ああ、ここに…………?」


「そうだ」


 しゃがれ声でレオンは続ける。


「…………お前ら、まぁ座れ」


 レオンがようやく座るように促してくれた。


 椅子を引いて腰掛ける。


「おいアルゴ、何か酒でもくれてやれ」


「はっ」


 アルゴは隣の部屋に消えていった。


 やっと俺たちを客人として認めてくれたようだ。


「…………そうかい。ウルをここまで連れてきてくれてありがとうよ」


 レオンはそう言って、ニカッと笑った。


「いや、今や同じパーティだからな」


 この人も笑うんだな。


「それにしてもマードックの野郎はぶっ殺してやろうとしてもなかなか尻尾を出しやがらねぇ」


「その辺の話は聞いてる。ジーク辺境伯と敵対してたことも」


「ん?」


「俺らはコルトの町から来た」


「がっはっはっは!! そうか、お前らよくもまぁあんな遠いところからな!」


 レオンは大口を開けて豪快に笑った。


「辺境伯のことは知ってるのか?」


「ああ、俺はこう見えて王都じゃ古株だ……。ギネスの野郎ほどじゃねぇがな。ジークのことはあいつが赤ん坊の頃から知ってる。あいつのおやっさんのこともな」


「なら話は早い。俺らはマードックの企みを阻止するために来た」


「ああ?」


 レオンの眉間にシワがよった。


「お前ら赤ん坊がか?」


「赤ん坊じゃない」


「黙ってろ。マードックといやぁ、やっとあいつのガキを人質にできるチャンスがあったてぇのに」


「ん、人質?」


「ああ、アルゴにあいつの息子を拉致させて交渉の材料にするつもりだった。だがまぁ、たまたま門の外で通りかかった冒険者に邪魔されるとはなぁ」


「はい、まったくです」


 そう言いながらアルゴがカクテルを運んできた。


「門の外? …………げっ!」


 あの時、王都の手前で助けた馬車はマードックの息子だったのか……! このアルゴが盗賊のふりをしてそいつを人質にすべく馬車を襲っていたと?


「どうかしたか?」


 レオンの片眉がピクリと動く。


「いや…………実は、その…………」


 やってしまったことを告白した。



◆◆



「ああ!? まったく邪魔してくれるぜおい」


 レオンははぁとため息を吐き出した。


「す、すまん…………! そうとは知らず」


 やべぇ…………殺される? 指つめ…………?


「まぁ過ぎたことは気にしてもしょうがねぇ。それにこいつの計画が甘かったのもある」


 レオンはアルゴを親指で差しながら言った。


 良かった…………どうやら懐は広いようだ。


 そして、灰皿に葉巻の灰をトントンと落としながら続ける。


「お前ら、マードックの計画を止めたいんだよな?」


 じっ……と、強い眼力でこっちを見た。


「あ、ああもちろんだ」


「なら今の状況を利用しろ」


「…………利用?」


「お前ら、歳はいくつだ?」


「俺は15、フリーも同じだ」


「ちょうどいい。王都学園へ入学しろ」


「へ?」


「マードックのガキどももそこに在籍してる。お前はそこでガキと友人になって親の計画について聞き出してこい」


 はぁ…………!?


「いやいや、そんな簡単に…………!」


「ああ? ちょうど良いじゃねぇか。盗賊から助けた恩がありゃ、近付きやすいだろ? 息子を拉致するよか効果がありそうだ」


「それは…………」


 まぁ…………レオンの計画を邪魔してしまったこともある。


「…………わ、わかった。でもそんな簡単に入れるのか?」


「アルゴ」


「はっ! 入学申込みは過ぎておりますが、入学試験はまだのようです」


「それくらいならなんとかならぁ。俺が言っててめぇらの入学を認めさせてやる」


「まじか」


 王都にある7校中の中でも最も優秀な者が通う、人間界トップクラスの学校だよな?


 この人、どんだけ顔がきくんだ?


「ああ、それとお前」


 レオンが俺を指差した。


「なんだ?」


 フリーもじゃなく、俺だけ?


「お前は強すぎる。学園じゃ目立って怪しまれるだろう。これをつけていけ。それが条件だ」


 キンッ…………。


 レオンが親指で弾いて放り投げてきたのは指輪だった。見た目は普通のシンプルなプラチナリングのように見える。


「これは?」


「アルゴ」


 レオンがアルゴに向けてアゴをしゃくった。


「はっ! それは装備者のステータスを1/10にする特殊な指輪です。また、着用後1年は着脱ができません」


「1年も?」


「それを装備しろ。魔力に敏感な者であれば、おまえの馬鹿げた魔力には感づく」


 確かに今の魔力なら、学園に入ったところで浮くのは目に見えてる。力をセーブするのにも限界があるからな。すぐにバレそうだ。


 じっと見ると、不思議な魔力があるのがわかる。こんな魔道具もあるのか。


「…………わかった」


「ユウいいのかい!? 1/10ってかなりだよ!?」


「俺、馬鹿だからこれくらいしねぇとボロがでるだろ? それに俺はお前らの10倍は強いぞ」


「はぁ、わかったよ」


 やれやれとフリーが諦めたところで指輪をゆっくりと、右手の中指に持っていく。そして、指輪がはまった。


 体がずううっと重くなり、鮮明に聞こえていた周囲の音も聞こえにくくなるように感じる。


「ちなみに無理やり外そうとすれば、指輪は装備者を殺します。では、入学試験は3週間後です」


「じゃあなユウ、フリー。まずはマードックの息子と同じクラスへ入れよ」


「え…………?」


 今、色々と大事なこと言わなかった?



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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの学園編! マードックの息子はまともそうに見えたし、うまく仲良くなって取り入れたらいいなぁ。 楽しみです♪
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