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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
75/159

第75話 2度目のベニス

こんにちは。

ブックマークや評価、感想をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第75話です。何卒宜しくお願いします。


 早朝、馬車をすぐに動かせるようにスタンバイし、町が見える場所からローリーが最終確認をする。


「それでは今からベニスに入る。目的はこうなった原因と奴らの生態を探ることだ。絶対に攻撃は避け、奴らの身体には直接触れないように。そして、彼らはベニスの人たちだ。命の危険を感じた時以外、無駄な殺生は避けよう。それじゃ、行こうか」



「「「「「おう!」」」」」



 体勢を低く忍び足で、6人が1列となり町の門をくぐる。メインストリートには人影1つない。風が吹き、砂が巻き上げられていく。まるで廃村を見ているようだ。メインストリートに面して商店などの建物が立ち並び、その裏手には民家や畑が点在している。


 先頭は探知範囲の広い俺だ。続いて土地勘のあるリューが俺に指示、その後ろでローリーが全体の指揮をとる。そしてヘインズ、バクスリーと続き、最後尾は斥候職で探知ができるエクトルが後方の警戒を担当する。

 俺だって人間だ。今まで不意をつかれることは多々あったが、今回は痛いじゃすまされない。だから、俺も含む皆の顔には緊張という文字が張り付いていた。息をするのにすら慎重になり、周囲を警戒している。


 リューの案内でメインストリートを進まずに町を取り囲む塀に沿って進む。まずは1体のサンプルを手に入れるために、手頃な民家があれば中の様子を探っていく手筈だ。


 探知には前来た時と変わらず大勢の反応がある。だが、前と違うのは動き回っている様子はないことだ。


「ギルド長」


 俺は右手で合図をして隊を静止させ、後ろのローリーに小声で話し掛けた。


「奴ら数匹ずつ固まって寝てる。夜行性なのかもしれない」


 そう、反応は建物の中に複数が集中してあった。


「…………なるほどな。本当に人とは別の生き物のようだ」


「どうする。中を覗いてみるか?」


「いや、時間を無駄にはできない。捕獲しやすい1体だけのところを探してくれ」


「了解」


 ローリーに言われた1体だけの建物を探すべく、近くの家屋を片っ端から空間把握で覗いていく。見ていく上でわかったことは、奴らは寝る時、立ったまま同じ壁側を向いているということだ。ただし、寝ていると言っても、



「「「「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」」」」



 異様に速い呼吸音が断続的に続いている。特に、家屋の壁際を通ったときにこの音が聴こえてきた。


「なんの音だ?」


 リューが気味悪そうに聞いてくる。


「奴らの息づかいだ。この薄い木の板1枚隔てた向こう側に複数いる」


 俺のその言葉と奴らの不気味な息づかいに緊張感が増す。


「音を立てるな…………!」


 ローリーが口元に人差し指を当てると、全員真剣な顔で頷いた。



 そして、なかなか1体だけの家屋が見つからず、しばらく捜索しているとリューが俺の肩をトントンと叩いた。


「どした?」


「あの家…………、あそこは確か独り暮らしのオヤジ、ドミニクがいたはずだ。そのままなら、おそらく今も1人しかいねぇ」


「なるほど」


 裏手から探知で確認すればリューの言葉通りだ。ようやく1匹だけいる家屋を発見することができた。俺はローリーに家屋を指差す。ローリーもゆっくりと頷いた。

 抜き足差し足で玄関へと回り、空間把握で様子を確認する。そいつは2階の寝室で、隅を向いてこれも立ちながら眠っているようだ。それを伝えるために、皆に視線を向けて2階を指差す。


「どれくらいの物音で起きるかわからない、他の奴らも呼ぶわけにはいかないから、サイレントの魔法を使う」


 ローリーの言葉に俺たちは頷いた。ローリーの魔法でこの家屋を取り囲み、音が外に漏れないようにする。これでひとまず安心だ。


 リビング右手の階段から2階へと向かう。木で出来た階段がギシギシと音を立てる。そのたびに皆がビクッと動きを止め、冷や汗をかいている。


 2階へ到着した。奴がいるのは廊下突き当たり右の部屋だ。ここからでも、そのやけに荒い息づかいが聴こえてくる。


 そして、部屋にたどり着き、覗き込んだその瞬間、



「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 そいつの突然の大絶叫に全員がビクッとして、顔面蒼白になった。慌ててバッと顔を引っ込めて廊下に隠れ、空間把握で様子を確認する。


「ひっ……!」


「ばっ、ばれたか?」


 リューが青い顔をして俺に聞くが


「いや…………?」


 気付かれた訳ではないようだ。しかしその時、目の前で予想外のことが起きた。



 メリメリ、メリメリメリメリ…………!



 そいつの肩甲骨の辺りから鋭い30センチくらいの捻れた溝のあるトゲが皮膚を突き破って左右2本ずつ生えた。


 進化した? 


 賢者さん! こいつのステータスは!?


============================

名前 ドミニク 51歳

種族:人間

Lv :30(状態:死亡)

HP :79→85→92

MP :51

力:102→111→125

防御:62→71→89

敏捷:260→286→298

魔力:27

運 :62


【スキル】

・料理Lv.6

・解体Lv.5

・算術Lv.4


【魔法】

・火魔法Lv.2

・水魔法Lv.1

============================


 身体能力に関するステータスがどんどん上がっていく…………。


「まじか。成長してる!」


 ステータスを見ると、この人は料理人だったのだろう。なかなかのスキルレベルだ。こうなる前に一度この人の料理を食べてみたかった。


「人間をなんという化け物に変えてくれたんだ…………!」


 ローリーが俺が初めて見る怒りをあらわにした。こいつの変化が落ち着いたのを待って、ローリーがエクトルの肩を叩いた。


「予定通り1体は連れて帰ろう」


 エクトルが静かに頷くと、毒の滴るナイフを抜いて前に出た。



「があっ…………!!!!」



 時折寝ているにも関わらず、急に声を上げるアレにビクッとエクトルの肩が震え、足が止まる。


「大丈夫だエクトル。何かあれば俺がすぐに援護する」


 コクッと頷いたエクトルがさらに足を前に進め、手の届く距離に入った。そして、震える右手のナイフでアレの首筋をスッとなぞる。


 上手い、これなら大した傷みもなく、獲物に気付かれずに毒を体内に入れられる。エクトルも斥候職としてなかなかの手練れだ。


「ぐが……が…………あ?」


 そいつは、しばらくして足元から崩れ、ゴトリと仰向けに床に寝そべった。奴らは心拍数が上昇しているのか、毒の回りは速いようだ。


 きちんと眠っているようだ。大人しくなったそいつを近くで見ると、ボロボロの布切れを身に付けている体は、筋ばった筋肉質をしている。眠っている今も激しく呼吸し、激しい呼吸音と共に胸が上下している。そして、共通して全身の毛髪が抜け落ち、寝ている顔はのっぺらぼうのようにも見えるため気持ちが悪い。皮膚は若干色素を失い、血管が生々しく浮かび上がっている。


「よくやった。エクトル、身体に異変はないか?」


「だ、大丈夫だ。直接触れてないからな」


 ローリーの言葉に震えるエクトルが答える。


「よし、他の奴らに気付かれる前にこいつを運び出そう。拘束は私がする」


 ローリーが魔法を唱えだした。すると、そいつの腕が後ろで透明な液体で拘束された。両足も同様だ。


「これはAランク冒険者の筋力でも外せない。安心していい」


 皆、ふうっとため息をつき、肩の力を抜く。一旦この部屋の床に腰を下ろした。


「後はこいつを他の奴らに見つからないよう馬車まで運ぼう。まだ気を抜かないように」


 馬車にはヘインズが土魔法で作った檻が積んである。そこまで運べば1つ目の目的は完了だ。


「しかし、こいつに直接触るのは危険だな。どうやって運ぶ?」


「こいつに乗せて行こう」


 ヘインズが指差すのはちょうどこの寝室に敷かれてあった絨毯だ。


「そうだな」


 俺は床に倒れていた椅子の足を使って、触らないように奴を転がして絨毯に載せる。



 ゴロンッ!



「「「「おいおいおい…………!」」」」



「なに?」


「もっと優しーく!」


 バクスリーが声を最小限に、口の動きと身ぶりは最大限で答えた。


「はぁ、起きないんだろ?」


「だ、だが万が一があるだろう?」

 

 イカツイ見た目をしときながら案外小心者だな。


「いいから早く運べ。2人は絨毯を持って、他は周囲の警戒」


「お、おう」


 バクスリー、リューがアレを運び。他が周囲の警戒にあたることになった。


「建物を出たらサイレントの効き目は無くなる。音は漏れるから気を抜くなよ」


「了解」


 出来るだけメインストリートの裏手を通って馬車まで向かう。どうやら他の奴らは外には出ていないようだ。それに運んでもアレは目を覚ます様子がない。



 そして、町の門を無事にくぐると、皆が一斉に胸につかえていた息を吐いた。


「ふぅ……」


 捕獲してきた感染者を馬車へ乗せると、


 ガチャン!


 檻の中に閉じ込めた。


「これでよし! バクスリーとヘインズはこいつを見張れ。残りは第1感染者を探しに行こう」


 その役割にバクスリーが慌てる。


「待ってくれギルド長。俺も行く!」


「ダメだ。お前はランドルフの友人だろう。奴に遭遇しないとは限らない」


「うっ…………」


 バクスリーが落ち込み、その獣人の耳がペタンと伏せられた。デカイくせに仕草がちょっとかわいい。


「わかったな? ヘインズとバクスリーはこの感染者を見張ってくれ」


「了解ギルド長」

 

 渋々という形でバクスリーが了承した。


「さてリュー、第1感染者に心当たりはあるか?」


 ローリーがリューに問う。


「いや…………もし、突然町に現れたのではないとしたら、行商人等、外部との取引のある商人かもしれない」


「わかった。リューは商店を案内してくれ。私たちはしらみ潰しにそれらを当たろう」


「了解!」



◆◆



 それから、リューの案内で先程は避けていたメインストリートに面した果物屋や薬屋等を見て回っていく。店内にはすでにホコリが溜まり始め、果物は腐敗し虫がたかっていた。そして、どこも壁際に立ったまま数人で肩を寄せあって眠っている。


「「「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」」」


 建物内を調べる俺たちの後ろでは、いつ起きるかもわからない奴らの荒い息づかいが耳元で聴こえていた。その状況での調査は、俺たちの神経をすり減らし、疲労が蓄積していく。


「何もない。ここもどうやらハズレのようだな…………」


 エクトルが額の汗をぬぐいながら言った。


「くそ、まったく生きた心地がしねぇ…………!」


 リューは相当な疲労を滲ませている。斥候職で辺りに常に気を張っているエクトルと、リューの疲労が限界に達していそうだ。


「ちょっと休憩しよう」


 ローリーも髪をかきあげ汗を拭う。そして誰もいない空き家を見つけ、休息をとることになった。



◆◆



「ここは?」


 入ったとたんに金属や鉄さびの強い匂いが鼻をつく。


「ここは俺の知り合いの、…………知り合いだった奴の武器屋だ」


 窓から差し込む陽光のみの薄暗い店内に目を凝らせば、リューの言う通り壁に掛けられた剣や、樽に入った槍などの武器が見える。


「武器屋か。鍛冶屋ではないんだな」


「この町に鍛冶屋はない。行商人から仕入れた物を売ってたんだ」


 武器商人との取引きか…………外部との接触があったなら怪しいな。


「調査は後だ。とりあえず腰を下ろそう」


 そうして、各々物音をたてないように気を付けながら狭い店内のスペースに座り、ふぅっと息を吐く。


 俺も戸棚にもたれ、休憩しているとふと右手に階段を見つけた。


「2階は何なんだ?」


「上は確か、店主のローグの居住スペースだ。ローグは武器マニアでな。本人のお気に入りが自室にあるらしい。そういやあの日も、行商人と交渉中のすげぇ武器が手に入るかもって言ってたな」


 リューは疲れて頭が回っていないのか、特に意識せずにそう語る。


 ん、すげぇ武器…………?


 空間把握で上を見れば、確かに少し気になる物があった。


「俺は念のため2階を見回ってくる、皆は休んでてくれ」


「1人で大丈夫か?」


 ローリーが立ち上がりかけ、聞いてくる。


「大丈夫。ここで探知に反応はないんだから、何か原因がわかるものがないか見てくるだけだ」


「わかったよ。気を付けてな」


「ああ」


 ギシギシと軋む木でできた階段を上っていく。


 ローリーってゾスみたいに無愛想でもなく、気を配れる大人の女性って感じだ。なんで兄はああなんだろうか。


 と、考えながら階段を上りきると、すぐ手前の部屋に目的の物があった。



「なんで、こんなところに…………?」



 雑多に床に置かれていたそれは、俺がコルトでフィルが強盗に襲われる前に製作を依頼していた武器だった。完成形を見たのは初めてなので確証はないが、柄に彫られたフィルのサインにこの、2度と忘れないあの火竜の魔力。間違いなく依頼していた俺の武器だ。


【賢者】はい。あの魔力は、あの時の火竜に間違いありません。


 大剣の部類に入ると思うが、縦1.5メートル、横0.5メートルの長方形の馬鹿でかい刀身の巨大な肉切り包丁だ。それがなんと2本。

 確かフィルに渡していた素材はあの火竜の最後のブレスで溶けなかった4本の長い牙に、オークジェネラルの牙、そしてオークジェネラルが使っていたSランクの肉切り包丁『チョッパー』だ。

 加工するのにAランクのオークジェネラルの魔石をまるまる使用しただけあって、かなり加工の難しい素材だったのだろう。

 火竜の牙だけでロングソードが2~3本はできそうだったが、そうか。フィルは火竜の牙4本と肉切り包丁を合体させて、大剣並のサイズの肉切り包丁を2本作ったのか。


「重て…………っ!」


 これ、柄の長さが短い。1本当たりを片手持ち用に設計されている。つまり、こんなでかい包丁2本を二刀流で双剣としてフィルは製作したのだろう。今の俺だから持てたものの…………こんなの、使える奴限られるだろうに。奪っていったコリンズも設計ミスとして、この町で売り捌いたのだろうか。



-ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

烈怒の炎裂包丁

ランク:SS

属性:火

特殊:火属性の攻撃を吸収、放出できる。


〈二刀流の大剣。柄を向かい合せに接合でき、盾として使用することもできる〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 でかさゆえに盾にもなるのかよ…………。すげぇもん作ったな。これで俺の武器は重力の黒刀、不壊のアイギス、そしてこの『烈怒の炎裂包丁』の3本だ。俺の空間魔法内は1種の武器庫と化してきた。


 運が良かった。こんなところで見つかるとは。とりあえず、これは俺が持っていっても問題ないだろう。

 そして、これがここにあるってことはあの偽コリンズはこのベニスに立ち寄り、ここの店主に会っている。タイミング的にも見て間違いないだろう。ということは、偽コリンズは間違いなく今回の事件にも絡んでいるということだ。


 1階に降りていき、リューに確認する。


「なぁ、ここの店主はどこにいるんだ?」


 ここの店主に何かが起こったことは間違いない…………。


「いや、知らねぇ。2階にもいないってことは、別の家屋にいるんだろうよ」


 奴らは必ずしも自分の家に籠っているわけではないらしい。


「もう休憩は十分だろう。あまり長居もしたくない」


「そうだな」


 皆が立ち上がり外に出ようとした時、


 パキッ…………。


「何の音だ?」


 何かが割れるような音が聴こえた。


「なんだこりゃ?」


 リューが踏んでいたのは、何かガラスで出来た容器の破片だ。いや、先端に針が付いている。俺が日本で見たものとはさすがに精巧さが違うが、見た目でわかる。これは…………注射器だ。


「なんで、こんなものが…………!?」


「ユウ殿はこれが何かわかるのか?」


「ああ。これはこの先端から、中の液体を生き物の体内に注入するための器具だ」


 恐らく大きさは針の部分を入れて20センチ前後、いびつではあるが、ここまで文明が進んでいるとは驚きだ。地球と同じような発想でこの形にたどり着いたのだろう。


「ん。何か、この中身入っていた部分から嫌な魔力を感じるな……」


 ローリーが眉をひそめる。


 魔力…………!


【賢者】間違いありません。この中に入れられていたものが、混沌属性の魔力です。


「恐らくこれを使われたのが1人目だ。つまりはこの店の店主」


「ローグ…………!」


 リューが悔しそうに床を殴る。


「この破片、念のため回収させてもらおう」


 ローリーが慎重に破片を摘まんで革袋に入れた。


「これを持ち込んだのは恐らく行商人だろう。この町でこんなものが作れるとは思わない。つまり、外部の者がベニスをこんな風にしたということになる」


「いったい誰が…………!」


 リューが怒りをあらわにしたその時、


【賢者】ユウ様、アレが来てます!


 何!?


 探知にこちらへと近づく反応があった。くそっ、全員眠っているわけではなかったか。


「どうした!?」


 俺の様子に気付いたローリーが聞いて来た。


「1体、男の感染者が来てる。玄関の前だ」


 全員の顔に緊張が走る。誰もが息を潜めた。


「下、が、れ」


 俺はジェスチャーで皆を後方へと下がらせた。


 どうする…………? どのみち近付けば臭いで俺たちがいることはバレる。


「フガッ、フガッ、があ…………あ、あ? あ? あ?」


 玄関の前で地面に顔を近づけ、頻りに鼻を動かしていた。どうやら俺たちの匂いに気が付いたのか、匂いを嗅いでは首を傾げている。動物がやるならいいが、人間の成人男性がそんな動作を行うとは、気持ちが悪い。


【賢者】逃げるべきです。


【ベル】亡き者にしましょ。


 物騒だなおい。今回は殺せねぇんだって。


「どのみちこのままだとバレるだろう。必要な情報は手に入れた。馬車まで走ろう」


 ローリーの言葉に俺たちは頷くと、玄関の近くまで来た。誰もが緊張と恐怖で顔が歪んでいる。


「俺が玄関の奴ごとドアを蹴飛ばす。それが合図だ」


 俺はそんなヘインズたちを見て頷くと、指を3本立て、カウントダウンを始めた。


 3…………!


 次第に鼓動が速くなる。


 2……!


 手に汗が滲む。


 1!


 俺は、一気に息を吸い込んだ。



「行けっ!!」



 ドガン…………!!!!


「ぐがっ!?」


 俺は勢いよく、ドアを蹴り飛ばした。思いっきりドアの前の男にぶつかる感触があった。ドアに顔をぶつけた奴はひっくり返って吹っ飛ぶ。


 その隙にローリーたちは馬車のある町の入口までメインストリートを目指して扉から走り出ていく。


 吹っ飛んだ奴は混乱から予想以上に早く立ち直ると、俺らを見つけ叫ぼうと息を吸い込む。


「やば…………!」


 仲間を呼ばれる…!?


 仕方なく頭を吹き飛ばそうと風魔法を放っ…………。


「待て!」


 リューが鋭く静かに叫んだ。全員が足を止める。


「いっ…………!?」


 待てって、おい!?


 とっさに奴に向けた風魔法を上空へ逃がす…………! だが、当然攻撃を止めれば奴は叫んでしまう。


「があぁ、あぶぶぶ…………ごぼっ」


 と、同じようにローリーが水魔法を一瞬で高速詠唱しており、アレを水の牢獄にとらえた。直径2メートルほどの水の球体の中で、口から空気を吐き出しながら苦しそうにもがいている。また、一瞬叫ばれたが、他の奴らが家屋から飛び出してくる気配はない。


「ふぅっ」


 ローリーがホッとしたように息を吐いた。


 あの一瞬で詠唱して捕獲したのか。


「なんで止めた! ギリギリだっただろ!?」


 エクトルがリューの胸ぐらを掴むが、リューの視線は捕らえられたアレに向いていた。


「違う。違うんだ! そ、そいつがローグだ」


 リューが悲しそうに男を指差した。


「こいつが…………!?」


 ちょうど水中で呼吸の限界がきたのか、力が抜けたようにプカプカと大人しくなっていた。4人が水球にとらわれたそいつを食い入るように見つめる。


「ローグ…………、お前、俺のことがわからねぇのかよ?」


 泣きそうになりながらリューはローグに語りかけている。水中のローグはリューを見ても、牙を剥き出しにして威嚇するだけだった。そして、ついに意識を失った。


「ダメだ。他の奴と違いがわからねぇ」


 ローグは、若い男性だった。20歳代半ばでこれから商人としてやっていこうというところだったのだろう。可哀想に。運悪くあんな奴、偽コリンズなんかと関わってしまったがばかりに…………。

 意識を失った状態の彼はこうして顔を見ていると普通の人間のようだ。


「いや、これを見ろ」


 ローリーが指差す先、ローグの首の左側には5ミリほどの赤い点があった。そして、そこから同心円状に黒い血管が枝を張るように皮膚の真下を這っていた。


「恐らくここからさっきの器具で、何かを注入されたんだろう」


「なるほどな。じゃ、こいつが1人目で間違いない…………」


 その時、



「があああああああああああああああああ…………!!!!」



 メインストリートの奥から声が聞こえた。ここから町の端側だ。


【賢者】見つかりました! ランドルフです!


 地面を蹴りつけ、四足歩行で飛ぶように駆けてくる!


「速っ…!」


 油断した! 重力魔法を……!



「「「へ…………?」」」



 皆はまだ気が付いていない。だが、正確に水魔法を発動中のローリーを狙っていた。ローリーの頬に奴の爪が触れる30センチ手前で重力魔法が間に合った。



 ベゴオオオオオオオオォォ…………ン!!!!



 ランドルフが空中で直角に叩き落とされ、うつ伏せに地面にめり込んだ。他の奴ら同様、全身の毛は抜け落ち、顔には横に古傷が、腕には至るところから太めの木の枝ほどもある骨が生えている。あれで殴られれば痛いでは済まない。


 あぶねぇ! 殺さないように魔力を調節するのに時間がかかった。てか、速過ぎだ。敏捷値は4000を超えている!



「がああああああああ!!!!」



 メキメキメキメキ…………!


 腕を突っ張り起き上がろうとしている。関節の節々から血がぶしゅっと飛び出る。



「「うわああああああああ!?」」



 リューとエクトルがパニクって叫んだ。さすがのローリーも驚いて水牢の魔法を解除してしまっていた。




「馬車へ走れえええっ!!!!!!!!」




 俺の声に全員が一目散に駆け出した!


 ここから町の入口までは残り40メートルほどだ。ランドルフの声を聞き、他の奴らは家屋の開いた窓や、玄関、屋根を突き破ったりと、まるでハチの巣をつついたようにどんどんと飛び出してきた。



「「「「「があああああああああああ!!!!」」」」」



 屋根の上や窓に外壁に張り付いた者、地面を這う者、全てがあごがはずれるほど大きく口を開いて、人間離れした犬歯を見せながら威嚇してくる。そして、一斉に飛び掛かってきた!



「走れ!! もっと速く!!!!」



 魔術士であるローリーだが、エクトル並に走るのが速い。しかし、Dランクのリューはそうはいかない。


「はっ、はっ! はっ!」


 リューだって必死だが、このままだと不味い!


「ギルド長! 詠唱しながら走れるか!?」


「問題ない!」


 アレは後ろからだけじゃない! 四方の家屋の屋根の上を俺たちに並走する形で追いかけてきている。


「前の奴らは頼む!」


「ああ!」


 俺は飛びかかってくる奴らを重力魔法を使い、全て空中で叩き落とし地面へ縫い付ける。そして、皆に続いて走り出した。


 これならなんとかなるか?


 と思えば突然ベルが声をあげた。


【ベル】嘘っ!? 


 ベルどうした!?


【ベル】ランドルフとかいう奴、重力魔法から抜け出したわ!


 まじかよ! 加減し過ぎたか!


【賢者】違います! 重力魔法はあれがベストでした。恐らく抜け出すために進化したのかと……!


 冗談だろ……!?


 奴が動き出せば一瞬でここまで来る。それまでにできるだけ、進んでおこう。


 風魔法で周囲のアレらを吹き飛ばし、横からリューに飛びかかった奴は斥力でバンッと弾き返した。


「よし!」


 もう俺たちの前に家屋はない。これで前から襲われることはない。後ろから超人的なスピードで押し寄せてくる元人間の大群から逃げ切れば、俺たちの勝ちだ。


【ベル】ちょっとこれは…………私たちも手伝うわ。


【賢者】加勢します。


 助かる! ホント殺さないようにってのは骨が折れる…………!


 俺は前を向いて走りながら、賢者さんとベルが俺たちに届きそうな奴を魔法で吹き飛ばしていってくれる。


【ベル】ユウに触れようなんざ。2000年早いのよ!


【賢者】同感です。


「おい、もっと速く足を回転させろ!」


 前に檄をとばす。


「はぁ、はぁ…………! やってるっての!!」


「あと少し…………!」


 先頭を走るエクトルの前に町の門が見えてきた。皆極度の緊張からか息が上がっている。


 脇に並ぶ家屋の屋根の上を、まだ奴らが獣のように掛けて追ってきている。俺も奴らにバレットを撃ちながら走る……!


 そして、ようやく門をくぐった。


「抜けた! 馬車までもう少しだ!」


「バクスリー馬車の準備を! ヘインズは土魔法で奴らを食い止めろ!」


 ローリーが馬車のヘインズたちに指示を送る。とその時、


【ベル】避けたぁ!? 音速より遥かに速い弾を!?


 ベルの声が聞こえた。


【賢者】ユウ様、ランドルフです。追い付いてきました。


「もうかよ!」


 チラリと後ろを振り返ると他の奴らを弾き飛ばしながら、獣のように走ってくるランドルフが見えた。さっき見たときよりも一回り身体がでかくなっている。


「私がやろう」


 走りながらあらかじめ詠唱していたローリーが、ズザザザと砂ぼこりを上げながら靴跡を残しながら振り返ると、魔力を解放する。


 ローリーの足元から大量の水が湧き出す。それらはどんどんと溢れだし、奴らに向かって流れていく。おかしいのはその水量。幅20メートル、高さ4メートルほどの大波となって奴らに衝突する。



 ダパアアアアアアアアアアアアン…………!!!!



 奴らはなす術もなく波に流され押し戻されていく。


「今のうちに門を閉じろ!」


 馬車から走ってきたバクスリーが門へと駆け寄り、全員通り過ぎたのを確認してガコン!と門を引いて閉じる。


「後は私が…………!」


 ヘインズが土魔法を使い、門の外側に3メートルの高い岩の壁を増設。門を開かなくした。


「はぁ、はぁ…………これで大丈夫だろう」


 そうヘインズが呟いたのも束の間、


 

 ボゴォォン…………!!!!



 門が内側からの衝撃で、岩壁ごと吹き飛んだ。



「「「「んなぁ!!!?」」」」

 


 吹き飛んだ門の向こう側では、ランドルフがまるで自分の家族を取られたかのように憎そうに俺たちを睨んでいた。



「がああああああああああああああああ!!!!」



 奴が大口を空けて叫ぶと、後ろから他の奴らが波のように押し寄せてきた!


 

「早く馬車へっ!」

 


 ダメだ。このままだと追い付かれる! あんまり使いたくなかったが、仕方ねぇ賢者さん!


【賢者】了解です!


 俺は高さ30メートルはある1枚の巨大な結界を俺達と奴らの間に張った。


 ドゴンッ…………!


 奴らが結界にぶつかり止まり出す。



 ドガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ…………!!!!



 次々と止まった奴に後ろの奴らがぶつかる。すると、平気で仲間の体を踏み台にし乱暴に乗り越えようとしては、結界に向かって積み重なりだんだんと高い人でできた山になっていく。



「まじかよ…………」



 こいつら、なんて方法で登ってくるんだ……! 自分の身体を足場に仲間を積み上げて、突破しようとしている。個体よりも、群れとしての方が遥かに脅威だ。


 結界の半ばまで山積みになったバケモノどもがのぼってきている。でも、これ以上はむりだ。無理やり高くしようとした砂の山のように、人間がボロボロと上から崩れ落ちてきている。


【ベル】ユウ気をつけて。あいつが。


 他の奴らを突き飛ばしながら、ランドルフが現れた。目の前に群がる仲間たちをまるで邪魔だとでも言うように掴んでは横に投げ飛ばしていく。



「ごああああああああああああああああああああああ!!!!」



 下アゴを自分の胸の辺りまで落とし、大口を開けて叫ぶと結界に向け2本足で走り出した。その走る姿はもはや人間というより、2足歩行をする獣のようなバネを感じさせた。



 ズンッッッッッ…………!!!!



「いっ!?」


 予想以上の衝撃。その衝突音と振動は前を走るヘインズたちを振り向かせた。


「俺が止めてる!!!! 止まるな走れ!」


 レベルアップ前なら1枚の結界は簡単に破られていたかもしれないが、レベル3になった俺の結界だ。破られるはずかない。


 弾かれたのが腹立たしいのか、仲間が俺達に連れていかれたのが腹立たしいのか、その理性を感じさせない顔にはただ怒りのみが現れていた。


「急げ急げ!! あんなバケモノの相手なんざしてらんねぇ!」


「ランドルフーーーー!!!!」


「止めろバクスリー! ユウが止めてくれてる間に早く乗り込め!」


 ランドルフに呼び掛けるバクスリーをヘインズが制止する。そしてようやく、俺以外の全員が馬車に乗り込んだ。


「出すぞ!」


 もう十分だろう。走り出した馬車に俺もジャンプして飛び乗る。後ろを振り返ると、もう追いかけて来ることはなく、ひたすらに結界を攻撃していた。


「ぜぇぜぇ…………た、助かったか」


「多分な…………。もう2度とごめんだ」


 全員の緊張の糸が切れ、肩の力が抜けた。


「あいつはどうだ?」


 俺はチラリとさらってきた奴らの仲間に目線をやる。今は檻に入れられ、その上から持ってきた絨毯を被せてある。


「大丈夫。まだ眠ってる。それにこの檻は俺の特別製だ。こいつが壊すのは無理さ」


 ヘインズが自信たっぷりに言った。


 お前、さっきランドルフに破られてただろうがよ…………。


 とそこで賢者さんから連絡があった。


【賢者】ユウ様、奴らは諦めたようです。


 そうか、やっと諦めてくれたか。


【賢者】はい。ですが、最後には結界にヒビを入れられました。


 …………は? マジか?


【賢者】はい。


【ベル】……マジよ。


 思った以上にヤバい。調査してる場合じゃなく、今のうちに殲滅すべきなんじゃ…。


【ベル】でも原因がわからないのよ? 他の町でも同じように出てるかもしれない。今はせっかくのサンプルを調べておくべきよ。


【賢者】進化のスピードが予想以上です。これは王都へと持っていくべき案件だと判断します。


 …………そうだな。やはりウイリーだけの手には負えまい。そして、コルトの町に出たバケモノとの類似点も多々あった。



◆◆



 もうここで別れて、アリスたちを追おうかと思ったが、バクスリーたちとも知り合った仲だ。心配だったので結局来た道を3日かけてウイリーの町へ戻る。そしてウイリーの町の門をくぐり、ギルドへと入った。


「こっちに運んでくれ。町人の目には触れさせるなよ?」


 そうして案内されるがままに、ギルドを出て裏手からギルドの地下へと降りた先へ、慎重に檻を運ぶ。


「へぇ、こんな場所があったなんてな」


「俺も知らなかった」


 ヘインズたちですら知らなかったようだ。石造りの地下室には鉄格子のついた牢屋が3つ並んでいる。3つとも今は空のようだ。


「ここはまぁ…………今回みたいなことに使うんだ。異常種の生態を調べたりとな」


 ローリーが言いにくそうに答えた。檻ごと牢屋へさらってきたやつをぶちこみ、被せていた布を取る。


「ふん。眠っている見た目は人間だな」


 ローリーがしゃがみこんで、じっくりと見るも正直な感想を述べた。


「そりゃ元人間だからな」


「ちっ…………人の姿をしている分、余計に酷いな」


 バクスリーが辛そうに言う。しばらく一緒に行動していたが、こいつは見た目こそ厳ついが、心優しい奴だ。


「同感だな。ま、今回わかったことと言えば、最初の1人は何かを注入されて奴らになったってことだな」


「そうだな。後はこちらで調査しよう。危険な依頼をすまなかった。助かったよ」


 ローリーがふわっと柔らかく笑った。


「いいんだ。俺も関わったからには気になっていたから」


「そうだ。ちょうど良い。こいつらの呼び名、ユウ殿が考えてくれないか? 名前がないとどうも呼びにくくてな」


 確かに奴らとかアレじゃあわかりにくいな。


「呼び名かぁ…………。1人目の感染者の名前からとって『ローグ』ってのは?」


「ローグか。いいんじゃないか?」


 おう、適当に言ったら決まってしまった。いや、確か英語で『ローグ』ってのは「悪者」や「いたずらっ子」て意味があった。そこからとったということにしよう。


「そうだ。それと報酬だが、こいつでどうだ?」


 ローリーがまた胸元から取り出したのは、手のひらサイズの表面は岩石のようにゴツゴツした球体の何かだ。


 まさか、ローリーのたまご!?


【ベル】んなわけあるかぁ……!


 メキッ、メキメキ…………!


「ぐおおおお…………」


 また身長が縮むところだった。


 ベル。おまっ、ツッコミで俺に重力魔法かけるの止めろって!


【ベル】あ、アホなこと言ってるからよ!


「だ、大丈夫か? これは、私の家に代々伝わる魔物の卵でな」


 なんで卵が代々伝わってんだ。と言うか、まさかゾスの卵ってこと? あかん、気持ち悪くなってきた。


【ベル】あんたバカでしょ。


「私の祖父が魔国ユゴスの大岩山で見付けてきた物だ。魔物の卵のはずだが、もう我々エルフが代々数千年かけ、魔力を注ぎ続けても孵化せんのだ。お主ならと思ってこれを授けよう」


「そんな大事なもの良いのか?」


「良い。どのみち孵せないなら役に立たんしな」


「うーん。それじゃ、ありがたく頂くよ」


「ああ」


 これで俺の保持する魔物の卵は3つだ。いつ孵化してくれるのだろうか? というか、俺は孵化させられるのだろうか。間違いないのは、どれもとんでもない力を秘めていることだ。


 現在、俺の空間魔法内は「食糧庫」、「日用雑貨倉庫」、「武器庫」、「卵部屋」、そして生成した「悪魔部屋」と5つに分かれている。卵の部屋はもちろん、悪魔たちの部屋にも俺の魔力を供給し続けている。

 というのも、どうやら俺が毎日1柱ずつせっせと生成している悪魔たちは俺の魔力を食って成長しているようなのだ。現在で20柱ほどになるが、初めの頃に生み出した奴らはBランクだったのに、今では成長しAランクに達している。数ヵ月もすれば、俺だけで国を落とせそうな戦力を手に入れられるのではないかと、自分でも恐ろしく思う。


「ん? ユウそれはなんだ?」


 すると、バクスリーが俺が手にしている卵を見つけたようだ。


「ああ、ギルド長からの報酬だ」


「ギルド長から? ま、まさかギルド長のたまごか…………?」


 同じようなアホがいた。


 俺はバクスリーを無視してウイリーの町を出発した。大分時間をくってしまった。アリスたちに早く追い付かないとな。


読んでいただき、有難うございました。

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