第74話 ベニス調査隊
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第74話です。何卒宜しくお願いします。
空を飛んで2時間ほどでベニスの隣町ウイリーが見えてきた。朝日が射し込み、早い冒険者パーティなどは動き始めているのが真下の平原に見える。
ウイリーは町のど真ん中に巨大な金鉱があり、金の採掘で発達した大きな町だ。ベニスと比較すればもはや都市と言っても過言ではない。
「でかい穴だな…………」
アリスによるとウイリーの金細工と言えば他国でも名が知られているらしい。金鉱は穴の底が見えないほど深く掘り進められており、嘘か誠か、最下層で採掘された金鉱物を地上まで上げるのに2日はかかるとのこと。また、金鉱にいつの間にか住み着いた魔物から作業員を守るため、冒険者たちも数多くいるとか。
ちなみに途中、ベニスの町の上を飛んだが、上空からは人影1つ見えなかった。ただ、相変わらずあいつらの気配は感じ取れた。一向に町から出てこないのは何故なのか。不気味だ。
騒ぎになっても面倒なので少し離れた草原に着地する。飛び始めはテンションが高かったリューは、一気に速度を上げると気を失ってしまっていた。
「おい、起きろリュー」
ペシペシと顔を叩くと、ボンヤリと目を覚ました。そして
「おうえええええええええ!!」
盛大に吐いた。
「す、すまん。次はゆっくり飛ぶ」
地面に這いつくばって、何度も吐き戻すリザードマンがさすがに申し訳なくて背中をさする。
「も、もう2度とゴメンだ」
そう、青ざめたマジな顔で言われた。
【ベル】男のくせに根性なしね。
うーん。アリスたちは平気だったんだけど。
ウイリーは、ワーグナーの大聖堂のようにとびきり目立つ大きな建物はないが、人口密度が高く、民家ですら1軒1軒が2~3階建てだ。
そして、3メートル以上ある重厚で頑丈そうな町の石門の前には、町へ入るために大勢の馬車が並んでいた。
さすがは金細工で発展した町だ。行商人がこぞって出入りしているようだ。しかも、大きなキャラバン隊が多い。大商人と呼ばれる他国との貿易も行っている人たちだろう。
「おい、これ並ぶのか?」
うんざりした顔でリューが言う。確かに馬車だけで30台は並んでいる。
「いや、緊急事態だ。衛兵に頼んでみよう」
並んでいる馬車の横を歩き商人たちを追い抜くと、槍を持った門の衛兵に話しかけた。
「なぁ、すまんが緊急の話でギルドへ入りたいんだ」
「あ? だめだめ。並んでいる馬車が見えないのか? どんな話だろうと例外は認めていない」
槍の石突きを地面にガッと突き立て、威圧するように衛兵は言う。これだけ並んでりゃ、そう無茶を言ってくる輩が多いのかもしれないな。
「並べ馬鹿野郎!」
「なに割り込みしてやがる!」
後ろからは待たされただでさえイライラした商人や冒険者たちの罵声が聴こえてくる。すると、商人たちの護衛の冒険者たちが剣を抜いて俺の方へ向かって来る。
やべ…………。
「うるせぇ馬鹿!!」
リューがどなりちらし返事している。
こいつはチンピラか。煽るな馬鹿。
「こいつはベニスの町の生き残りだ。ギルド長と話をさせてくれ」
衛兵にだけ聞こえるようにリューを親指でくいっと指して言うと、衛兵の顔色が変わった。ベニスの事情は周知のようだ。
「ベニスに何が起きたか説明させてくれ。お願いだ」
衛兵の目を見て頼み込む。
「わかった……特例だ。通れ。ギルドは入って正面の通りを突き当たりだ」
「ありがとう。助かる…………!」
話の分かる衛兵で良かった。俺らが通った後は、キレた冒険者たちがワイワイ文句を言う声と「静まれ!」という衛兵の声が衝突するのが聞こえてきた。
◆◆
朝早くから起き始めた裕福そうな町人たちを尻目に、俺たちはズカズカと道の真ん中を急ぎ足で歩いていく。
「あれだな?」
ギルドは、金鉱の大穴に接するように建てられてあった。金鉱が町中にあるため、町に上がってきた魔物に備えるためだそうだ。金鉱の方はまた今度観光に来よう。
ギルドの入り口近くで数名ほどの冒険者たちがフル装備で大きな幌馬車を用意しているのが見えた。荷台を引くウォーグも2頭いる。それを横目にギルドへ入ろうとすると冒険者たちの声が聴こえた。
「よし、お前たち。今からベニスへ出発する。向こうでは何が起きているかわからん。決して気を抜くな」
凛々しい女性の声に男たちが返事する。
「「「「「おう!」」」」」
おい…………今、ベニスって言ったか?
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
馬車に乗り込もうとする冒険者たちの前に立ち塞がる。
「なんだ貴様は?」
そう言ったのは先程話していた女性だった。長いプラチナブロンドの髪がキレイな美女だ。片目が髪で隠れており、ロングスカートのスリットから見えるしゅっとした長い脚がなまめかしい。よく見れば尖った耳が見える。この女性、エルフだ。
それにどこかで見たような顔だ。そう思いながらも自己紹介する。
「俺は、コルトの町のCランク冒険者のユウだ。ベニスの町について、緊急の要件がある」
「ユウ……? それにベニスだと?」
エルフの目付きが険しくなる。すると、後ろから声がかけられた。
「おい、お前。ベニスと言ったか?」
振り返ると、首から胸元にかけてライオンのようなたてがみをした筋骨隆々の獣人がいた。でかい。身長は2メートル以上、目の前に立たれたこの距離だと俺が見上げる形になる。口元の牙は鋭く、手には長い爪が生えている。年齢は…………わからない。レアと違う種族だろうか、全身がベージュの毛で覆われていた。
「誰だ? まずはお前の名前から……」
強そうだ。恐らくはこの町のAランク。
「いいから答えろ!!!!」
男が掴みかかってきた。体格差は大きいが関係ない。獣人族の男の伸びてくる茶色の体毛に覆われた筋肉質の太い右腕を左手で下から捕まえ、一気にひねり上げた。体制を崩し掛けた男の足を引っかけ、うつ伏せに地面に倒す。男が腕の痛みに顔をしかめる。
「ぐっ、ぐわあああ!!」
周りの奴らがこの獣人が簡単に負けたことにざわめく。それなりに名のある奴なのだろうか。先程のエルフは黙ってそれを眺めていたが、口を開いた。
「すまない、ユウ殿。離してやってくれ」
声のトーンに、落ち着いた雰囲気と俺に対する敬意を感じた。
「あんたは?」
バクスリーという男の腕を捻り、背中に乗ったまま話をする。
「私はこの町ウィリーのギルド長ローリーだ。そして、コルトのギルド長ゾスの妹だ」
そう言ってニコリと笑った。
「ゾスの妹!?」
てことは絶対にヤバい人だ…………。
俺の経験が危険を察知する。
「あだだだだだだ!」
驚きで更に左手を捻ってしまった。獣人は地面をバンバンと叩いて苦しんでいる。確かに言われてみればゾスときつめの目元が似ている。とりあえず、バクスリーと呼ばれた獣人を解放する。
「貴殿のことは兄から聞いている。あのワーグナーのギルド長代理、ガランからもな」
「ガランからも?」
あいつ、今ギルド長代理なのか。
すると、ローリーが俺に耳打ちした。
「あの辺境伯の使いからもだ」
ジーク辺境伯の執事マーズさんの根回しか。仕事してるなぁ。
「…………なるほどな。話が早くて助かる。実はお願いがある」
「お願い?」
ローリーが腕を組んで首をかしげる。
「ああ。ベニスへの調査隊に同行させてくれ。俺とリューはベニスを見てきた。伝えたいことがある」
しばらくローリーは考え込むと、唐突に馬車に向かって呼び掛けた。
「クリストファーとノーラン!」
すると、馬車から2人の男が降りてきた。
「どうしましたギルド長?」
2人はなぜ呼ばれたかわからない様子だ。
「お前ら、すまんが今回は降りてくれ。この2人が同乗することになった」
2人は俺たちを見るも、何も言わずに了承した。
「わかりました」
そして、ローリーは振り返って言う。
「で、そこまで言うからには余程重要な話なんだろう?」
馬車の荷台に手を掛け、乗り込みながらローリーは流し目で俺を見る。
「ああ、もちろんだ」
ローリーの後ろに着いて幌馬車へと入る。
ゾスの妹は予想以上に美人だった。エルフだからか高身長でスタイルが良い。向かい合わせに座ったため、前を向けばスリットから覗くハイヒールを履いた長い生足に思わず目がいってしまう。…………って、こんなこと考えてたらゾスに殺されそうだ。
【ベル】薄々感じてたけど、あんたって脚フェチだったのね。
おい、俺の頭を読むな。
【ベル】はいはい。
幌馬車にはギルドの一階にいたバクスリーと呼ばれる獣人を含む計6人が乗っていた。1人は御者をしており、斥候のエクトルというらしい。
「こいつらはこれからベニスへの調査で同行する冒険者たちだ。おい」
ギルド長に促され、自己紹介を始める。
「俺はバクスリー、Aランク冒険者だ」
先ほど相手した獣人の冒険者が、腕をさすりながら自己紹介した。
「俺は同じくAランクのヘインズだ。さっきはこのバカ猫が失礼した」
ヘインズという男は紺色のローブに杖を持ったいかにも魔術士といった格好をした人間だ。40歳くらいだが白髪交じりの長髪、ベテランの貫禄を感じる。
「バクスリーは友人がベニスの町にいてな。許してやってくれ」
なるほど。ベニスの友人が心配だったわけだ。良い奴だな。
「いいよ。気にしてない。俺はユウ、Cランクだ。そしてこいつはリュー。…………ベニスの生き残りだ」
◆◆
それから動き始めた馬車の中で、リューについて、そして俺たちのパーティが遭遇した奴らについて、話をした。
「なんだそいつらは!?」
動揺したバクスリーがダンッと幌馬車の骨組みを叩く。
「全員か? 町人全員がそいつらになったと?」
ローリーが脚と腕を組んで考えながら聞いてきた。
「俺以外生き残った奴は知らねぇ」
リューはうつ向いて悔しそうにそう答える。
「俺が町に行った時は、探知に入った数は400を越えていた。おそらく、ほぼ町人全員だ」
「全員……!? 戯れ言だ!! そんな化け物聞いたことねぇ!」
バクスリーが荒っぽく怒鳴る。
「俺がこの目で見て、鱗で感じてきたんだ! 俺は仲間が死ぬところも見た!」
リューも自分の目を指して声を荒げた。
「へっ! こんなどこの誰とも知らんトカゲやそこのガキのことを信じられるか!」
バクスリーが狭い幌馬車内で怒りで立ち上がった。バクスリーのたてがみと体毛が立ち上がり、威嚇の体勢のようだ。身体が大きく見える。
普通の奴ならこれでビビるだろうが、仲間が次々にアレの仲間入りしていくのを見て、命からがら逃げ出してきたリューはさらにヒートアップした。
「嘘じゃねぇ! 行きゃわかる!!」
Dランクでしかないリューがバクスリーに立ち向かい、頭を鉢合わせて睨み合った。間に入って争いを止めようとすると、ローリーが言った。
「止めろお前たち。それにバクスリー、彼らの情報は信用できる」
「なぜだギルド長! こんな素性も知れん奴らを!」
バクスリーはローリーにすら食って掛かる。
「ユウ殿は私の兄と、ワーグナーのガランが一目を置いている。その上に火竜討伐、ましてや暫定Sランクダンジョンの攻略者だ。過去の功績も確かで、その言葉は信用できる」
「「「「Sランク!? 」」」」
隣にいたリューまでもがギョッ!? とのけ反った。
「本当にただのCランクだと思ったのか?」
馬鹿なのかこいつら…………とジト目でローリーが見ている。
「それにユウ殿は魔術士だ。体術で負けてるようじゃ、まだまだだなバクスリー」
フッとローリーが目でバクスリーを笑う。
「お、俺が魔術士に!? ぐぬぬぬぬ…………!」
バクスリーが俺に向いて牙を剥くも、すぐに肩の力を抜いた。
「わかってくれりゃ、それでいい」
面倒ごとはごめんだ。
◆◆
仕切り直すようにパンッパンッ!とローリーが手を叩く。
「はいはい。お前らひとまず落ち着け。仲良く行こう。まずは到着前に、実物を見てきたユウとリュー、お前たち2人に意見を聞きたい。実際、ベニスの現状をどう見る?」
ガタガタと揺れる馬車の中、ローリーの眼光が鋭くなる。
「そうだな…………まずアレに感染する条件は手傷を負わされることで比較的簡単だ」
皆が黙って俺の話を聞いている。
「そして、進化する特性。リューが町を脱出してから3週間足らずで、人間が徐々に獣に近いフォルムに進化していた。生前のステータスを元にしても、恐らく敏捷や力も上がっている。つまり時間をかけるほどアレは強靭になる」
この2点から考えられるのは、
「アレが町から外に出た場合、凄まじい速度で広まっていくだろう。これは国全体で対処すべき喫緊の課題だ。だから一刻も早く原因を突き止めるべきだと思う」
冒険者たちがざわめくとともに、ローリーがため息を吐いた。
「……道理でお前たちも急いでいたわけだ。だとしたらユウ、お前はこの事態の原因をなんだと思う?」
「原因、それは感染経路ってことか?」
「感染…………? そうだな、感染という表現が正しいのかもしれないな」
ローリーはそう答え、リューへと視線を向ける。
「リュー、お前はその人がアレになる瞬間を目撃したのか?」
「………ああ、そうだ。噛まれた町人はおよそ、30秒ほどで死亡し、次々とアレになっていった…………」
現場を経験したリューが当時を思い出し、身体を震わせて答えた。
「「「30秒…………!?」」」
それは初耳だ。感染後の進行はかなり早い。フリーが血液の効果で広がるのを防いでなけりゃ今頃どうなっていたのか…………考えただけでゾッとする。
「ふむ…………病気だとした場合、どう対処すべきだ?」
まるでゾンビ映画だ。あれはフィクションだったが、参考になるだろうか?
「俺の故郷には、死人が蘇り他者を食らうようになる物語があってな。それは死者に噛まれたり、引っ掛かれたりすると病原菌が体内に入って感染するというもんだ」
と、そこでヘインズが俺の言葉を遮って言った。
「待ってくれ。病原菌というのはなんだ?」
「へ……………………?」
見ればローリーを含めた全員が、わからないという顔をしている。
ちょ、ちょっと待て。この世界の文明では、細菌やウィルスの存在は確認されてないのか? 賢者さん、この世界で病気にかかることはないのか?
【賢者】いえ、病気はあります。ですが、ご存知の通り、回復魔法は体力を回復させたり、細菌やウィルスを含む毒素を排除することができます。ですので、病原菌ではなく「毒に感染する」といった表現が使われます。基本的に強力な流行り病であったり、特殊な病気でない限り回復魔法で治療が可能です。
なんてこった。魔法、万能過ぎるだろ。
【賢者】いえ、どちらかといえば、回復魔法では治療できない魔力による病気が深刻です。
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・魔力の流出が止まらなくなり死に至る「流出性魔力欠乏症」
・魔力が回復しなくなる「枯渇性魔力欠乏症」
・魔力のコントロールが効かずに無意識に周りへ魔法の影響を与える「流出性攻撃的魔力欠乏症」
・身体が石化していく「身体的石化病」
・身体の魔力バランスが崩れ、身体の一部が崩壊する「魔力不均衡性壊死」
・魔力が自身の身体を傷つけてしまう「属性性魔力外傷」
・魔力が一部へ過剰に集まり臓器を破裂させる「魔力関連臓器肥大」
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【賢者】など、魔力による病気には様々なものがあります。
へぇ。魔力による病気か……。恐そうなものが多いが、今はとにかく病原菌の話は皆の知識にないなら止めておこう。
「いや、俺の勘違いだ。なんでもない。忘れてくれ」
そう言うと皆、話し合いに戻った。そして、ふと隣に座っていたリューに聞きたいことが浮かんだ。
「なぁリュー、奴らが現れ始めた時、回復魔法は試したのか?」
「ああ、当たり前だ。だが噛まれてすぐの奴にも、アレになった奴にも、効果はなかった…………」
「そうか」
回復魔法が効かない。だが実際、神聖魔法はフリーの引っ掻き傷には確かに効果があった。つまり神聖魔法は有効。そしてこの世界は魔力による病気が多い……。
【賢者】ユウ様。これは仮説ですが、病原菌ではなく『感染する魔力』と考えるのが妥当かと。
感染する魔力…………?
【賢者】はい、回復魔法が効かないのであれば、まず病原菌ではありません。となれば、魔力による疫病だと考えます。
完全に未知の、魔力の病気ってことか?
【賢者】魔力が感染するという特性自体が、完全に未知のものです。ですが神聖魔法で浄化することができた点から、神聖属性の対に存在する『混沌』の属性に位置するのではないかと考えられます。
『混沌』? そんな属性があるのか?
【ベル】あるわ。でも混沌属性が存在したのって大昔の話じゃない?
【賢者】はい、遥か大昔の文献にはありました。今はそれを行使できるものは存在しないとされていますが、おそらくはそれで間違いないでしょう。ただ、その対処法方をここで公表した場合は…………。
俺の神聖魔法がバレるってか。
【賢者】はい。
どのみち王族か教会の偉いさんにしか神聖属性が使えないんじゃ、この場で言っても意味はないだろう。神聖魔法が有効だって件は、いざというとき以外は黙っておくべきか…………。とりあえず感染する魔力って説だけは説明しよう。
しかし、なぜベニスという小さな町でそんな珍しい属性魔力が発生したんだ?
【ベル】自然発生とは考えにくいわね。
【賢者】それに関しては一切不明です。
もしかすると誰かが裏で手を引いているのかもしれんな。
俺が考えている間、皆の話し合いが行われていたが、ちょうど煮詰まったところのようだ。
「すまん、ちょっといいか?」
そこで、あくまで悪性の魔力が感染する説を提唱した。
◆◆
「ふむ…………そう考えるのが一番筋が通っているな」
ローリーが納得する。
「確かに、過去のどの例にも当てはまる症状がない以上、その仮説が有力だろう。魔力が死者の肉体を活性化、変異させ歩かせる…………まさに未知の病気か。たちが悪い」
ヘインズが皮肉を述べる。
「これは後ほど私が王都のギルドマスターへも連絡しておこう」
ローリーはものわかりがよくて良い。危険度を十分に理解してくれたようだ。
「そして危険ではあるが、生態調査にサンプル個体は必要だ。運良くウイリーにはそういったことに関する専門家もいる。何とかして1体は捕獲して連れて帰りたい」
「ああ。それにもし望めるなら、初めの感染者がどうやってアレになったか、それが分かれば大きな手がかりとなる」
いきなり発生したわけじゃないはず。必ず何か原因がある。
「なるほどな。根本的な原因をたどるわけだ。だが、どうやって1人目を見分ける?」
ヘインズが聞いてきた。
「すまんが、それはわからん。だが行ってみたら何かわかるかもしれん」
「いや十分だ。ユウ殿の意見はとても参考になる」
「これはベニスやウイリーだけの話にとどまらないからな。できる限り協力は惜しまない」
そこまで話がまとまると、一段落してローリーが深く息を吐いた。
「ふぅ…………、タイミングが良かった。本当に2人ともよく来てくれたな。知らなければ全滅もあり得た。助かるよ」
そして、ローリーが俺の手を両手で握ってお礼を言った。本当に感謝してくれているようだ。ゾスとは違う。
「あ…………ああ」
美人に手を握られ、思わず耳が熱くなる。
手、柔らけぇ。細くてすべすべだ。こんなの卑怯だろ。
【ベル】あんた、本当女の人に弱いわね。こんなんじゃコロッと悪い女に捕まるわよ?
るせ。2000歳超えてるくせに…………
【ベル】へぇ…………んなこと言うんだ?
え、ちょっと待っ…………!
「って、いっ……………………!!」
身体がぐっと内側に軋んだ。思わず声が出た。
「ユウ殿!? どうしたんだ?」
ローリーが心配して覗き込んでくる。
「な、なんでもない…………!」
おまっ! 馬鹿じゃねぇのか!?
【ベル】はぁ、はぁ…………。ね、年齢のことを言えばどうなるか…………わかったようねっ!
お前、俺に重力魔法かけるなよ! この年増!
【ベル】年増…………? また潰されたいの!?
いや、ダメージ受けるのお前も同じだからな!?
【ベル】それくらいわかってるわよ!
ベルがそっぽを向いたのを感じる。
わ、悪かった。
【ベル】ふん、分かればいいのよ。あたしはまだ2216歳の16歳だから!
はぁ?
【ベル】16歳なの!
ちょっと、何言ってるか分からない。
【賢者】回復魔法を使用します。
あ、ああ。ありがとう賢者さん。
「俺は仲間たちが死んだ原因を知りたい。こちらから同行をお願いさせてもらいたいくらいだ」
突然苦しみだした俺をスルーして話は進んでいた。リューは元々行くつもりだったもんな。
「もちろん2人に関しては報酬を払わせてもらう。それに情報料に加え、無事にサンプル個体を連れてこれたら、さらに上乗せしよう」
「ああ、宜しく頼む」
ま、最悪こいつらに何かあった時は、俺が神聖魔法で助けよう。
◆◆
6人を乗せた馬車はベニスに最短ルートで向かう。ウイリーの町から馬車なら2日ほどらしい。
俺の能力を出来るだけ隠すため、馬車へは荷物も実際に積んでいるが、やはり普通に旅するのは大変だ。だが、これもオツなもんだ。しかし、アリスたちとの旅に慣れすぎて、男ばかりのむさ苦しい旅にローリーがいるのが唯一の救いだ。ちなみにこの隊のリーダーはもちろんギルド長ということになっている。
その日の夕食時、皆で焚き火と石焼きシチューを囲みながら、こないだのベニスで気になっていたことを話した。
「余談だが、あいつらは群れを作っているかもしれない」
「群れだと?」
シチューをかき回しながらローリーは焚き火に照らされた顔を上げる。
「ああ、俺らが町から逃げた時に、一際強そうな個体が他の奴らを率いて俺たちを睨んでいた」
「群れ、か…………。な、なぁその群れのボスはどんな奴だった?」
バクスリーが何か思い詰めたように聞いてきた。そのボスの顔を思い出す。
「どんな奴って、鼻筋を横切るように古傷があったな。そいつは最も進化が進んでいた」
「顔に傷。やっぱりそうか…………」
バクスリーが辛そうに目をつむり、拳を握った。
「それはランドルフさんで間違いねぇよ。あの人がアレになった奴らを抑え込もうとして噛まれるのを見た」
リューが答える。
「誰だ?」
「ランドルフはベニスのAランク冒険者だ」
「なるほどな。どんな奴だったんだ?」
「あいつは以前同じパーティにいたんだ。メイスの達人でな。妙に俺と気が合う野郎だった」
バクスリーが懐かしそうに語る。
バクスリーと2人は仲が良かったんだな。どうりでベニスのことになると、突っ掛かって来たわけだ。
しかしAランクか。ステータスが生前のままだから、かなりの強敵になる。こっちには俺にAランク相当がローリー、ヘインズ、バクスリー、Bランクは斥候エクトルにDランクのリューだ。普通の相手なら全く問題はないと思うんだが…………。
「バクスリーと似たようなタイプなのに技の駆け引きもなかなかで、あの小さな町にいるのはもったいない才能の塊みたいな奴だったよ」
ローリーももちろん知ってる奴のようだ。
「お前、見たのか? どんな最後だった?」
バクスリーは哀しそうにリューに聞く。
「ランドルフさんは…………町の奴らを元に戻せると信じて、自分からは決して皆を傷付けなかった。馬鹿みたいに身体を張って、最後まで町人を守ろうとして死んだ」
リューが目を両手で押さえて言った。
「そうか…………あいつらしいな」
バクスリーがそう言うと、少し重い空気が流れる。
「なんにしろ、お前らが知らせてくれなきゃ、俺たちは調査に行った段階で全滅していた。それに…………さっきは悪かった」
バクスリーが仕切り直し、リューと俺に頭を下げた。
「気にすんな」
「ああ」
バクスリーと拳をぶつけ合う。そして、リューとバクスリー、何だか異種族同士で仲が深まりつつあるようだ。
と、観察していると、バクスリーが暗い話題を変えるように俺に話を移してきた。
「それよりお前、Sランクダンジョンを踏破したのに、なんでまだCランクなんだ?」
「いや、実は今Bランク試験の最中でな。王都へ向かう途中だったんだ。ほんと、めんどくさくて仕方ねぇ」
「はっはっは! そういやあったなぁそんな試験! Sランクダンジョンクリアしたお前がBランクの試験中とは!」
バクスリーがバシバシと膝を叩いて笑う。
「む…………全くだ」
「おいバクスリー。お前もヘインズのフォローがなけりゃ、突っ走って落第だったんだからな?」
ローリーが目を伏せたまま、バクスリーの試験結果を暴露する。
「いっ!? ギルド長それ本当かよ!?」
「「「はははは!」」」
そうして案外賑やかに旅は進み、ウィリーを出発して3日目朝、ベニスの町に到着した。
読んでいただき、有難うございました。
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