第73話 狂獣
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第73話です。何卒宜しくお願いします。
その人間は両手で死んだオオカミの首と胴体を押さえ付けるように掴むと、がぱっと開いた唾液の滴る口を近付け、勢いよく噛みついた。そして、首を後ろに反らして力任せにブチブチッと肉を引きちぎっている。
「なんだこいつ…………狂ってる!!」
気味の悪さに血の気が引くのを感じた。
まるでアンデット…………。だが、ゾンビのような動きの鈍さは感じない。言うならば、人間の姿をした狂暴な肉食獣だ。
「人間がオオカミを食べてる…………? どういうこと?」
その民家の木製の塀に隠れしゃがんだまま、後ろのアリスが戸惑った顔をする。
「わ、わからん! 言ったまんまだ。男がオオカミの肉をむさぼってる。これは…………アンデットか?」
「「「「アンデット!?」」」」
4人とも小声でハモった。
「いえ、それはおかしいわ。人間のアンデットなんて死体の多いお墓とか戦場の跡地とかにしか現れないの。それがこんな町中で?」
アリスが眉をひそめる。
「だが実際にそれっぽいのがいるんだが?」
「だったら、少なくとも確認すべきね。町人が殺されて、アンデット化した可能性があるわ」
「そうだな」
俺たちは足音を抑え、そろりそろりとその民家の庭に踏み込んだ。
ぐちゃぐちゃ、ぶちっ…………!
近づくにつれ、俺に聞こえる肉を食べる音が大きくなる。
「だ、大丈夫なのか?」
ウルが俺の服の裾を掴む。
「確認しないとどうにもならないだろ?」
俺たちは民家の扉の前に到着した。
「はぁっ、はっ、はっ、はっ…………!」
先頭を進む俺の耳にも荒く野性的、獣のような息づかいが直接聞こえてきた。
あれ? アンデットって息するのか?
【賢者】いいえ。死体であるアンデットが呼吸する必要はありません。
【ベル】確かにおかしいわね。
皆にも獣のような異様な息づかいが聞こえているのだろう。顔が緊張している。
ドアをゆっくりと押していく。
「キィ…………」
ドアの蝶番が音を立てた。
その瞬間、ずっと聞こえていた肉をむさぼる音がピタリと止んだ。
「ふがっ、はっ、はっ、はっ?」
その人間の息づかいが大きく聞こえてくる。まるで辺りを探る獣のような挙動だ。
扉の隣にしゃがんで並びながら、全員ゴクリと唾を飲み込んだ。
俺は声を出さずに口の動きだけで合図する。
「(行くぞ。)」
皆が目線を俺に向けて黙って頷くと、俺の後にフリー、レア、アリス、ウルと続いた。
そして、中に踏み込んだ途端、ダイニングキッチンのテーブルを挟んで、中の住人と目があった。
40歳くらいの男性だろうか、上半身は何も身に付けておらず、あちこち破れたぼろぼろのズボンを履き、足は裸足だ。そして、全身の毛が抜け落ちたのか、スキンヘッドに眉毛すらない。実際に目にすると、本当に気味が悪い。
「がぁあああ!!!! ああああ、がああ!!」
男がオオカミの血で濡れた口を顎が外れる以上開いて俺たちを威嚇してきた。口からは唾液が糸を引いて流れ落ちている。
「きゃあ!!」
アリスが思わず悲鳴を上げる。
それに合わせて男が俺たちとの間にあるテーブルへ俊敏な動きで飛び乗った。
ガシャアアアアン!!
テーブルの上の食器が床に落ちて割れ、大きな音を立てた。
身体にバネがある。これが……アンデットの動きか?
さらに男が踏み込もうとしたのを見ていた、フリーが刀を手にかける。
「フリー待て」
「あい」
フリーは俺の一言で刀をカチンと収めた。俺はこの部屋に入ってきた瞬間に男と俺たちを遮るように結界を張っている。
ガン…………!!
テーブルから飛びかかって来た男は結界に衝突し、ひっくり返る。
「ひっ!」
ウルも小さな悲鳴をもらして肩をすぼめた。
男はすぐさま飛び起きると
バン! ガン! ガン! ガン!
上半身をきれいに反らし、ヘッドバンギングをするように頭を凄まじい勢いで何度も結界にぶつけ続けている。
目の前で見ると、男の目は白濁しており、皮膚は若干透け血管が浮かび上がっている。そして、筋肉は動物に近い発達の仕方をしていた。
「ん? なんだこりゃ…………」
男の足は犬の後ろ足のような関節のつきかたに変わっていた。
カチカチカチカチ…………。
結界が破れないとわかると、結界を挟んで俺の目の前5センチで歯を鳴らしながら威嚇を続けている。歯には先程のオオカミの肉が挟まり、口元は血で真っ赤になっている。頭は結界にぶつけたことで裂傷が出来ているが、血は流れていない。
「おいお前! 言葉がわかるか?」
無駄だと思いながらも呼び掛けてみるが、
「がああああああ!! うううううう…………!」
カチカチカチカチ…………!
歯をまるでネズミのように鳴らしながらこちらを睨む。
「ねっ、ねぇ!? こんなのアンデットでもないよ!?」
レアがパニックになっている。
「落ち着け、レア」
「フリー、こんなの見たことあるか…………?」
フリーはこいつを目の前にしても腕を組みながら首をかしげていた。
「いや、ないねぇ。見たことも聞いたこともない。これは…………人? アンデット?」
「いや、もはや人ではないな」
賢者さん、こいつについて情報はあるか?
【賢者】いえ、申し訳ありませんが私の情報にはございません。
賢者さんでもか。ベルは?
【ベル】あたしもこんな生き物知らない。アンデットというよりかは、肉食動物に近いような。でも、見た目が人間の形をしている分、気味が悪いわね。
ベルも知らんか…………。まるで狂犬病のようだ。
「警戒しろ。今から試しに攻撃する」
とりあえず風魔法で軽く背中を斬りつけてみる。
ブシュッ!
背中にパックリと長い傷ができるも反応がない。ただこちらを睨み付けながらカチカチと歯を鳴らすだけだ。
「痛覚がない?」
今度はわき腹に向こう側が見える程度の穴を開けてみる。
ドパンッ…………!
ドロリと血のようなものが流れ出るが、痛がるようすもなく、相変わらず反応がない。
「こいつ、どうすりゃ死ぬんだ?」
賢者さん、鑑定頼む。
【賢者】はい。
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名前 ハミルトン 38歳
種族:人間Lv.1
Lv :28(状態:死亡)
HP :0
MP :90
力 :280
防御:152
敏捷:408
魔力:90
運 :5
【スキル】
・剣術Lv.4
・魔力感知Lv.3
・探知Lv.2
【魔法】
・火魔法Lv.2
・水魔法Lv.2
============================
「状態が『死亡』!?」
「死亡って、これで死んでるの?」
アリスが結界の向こう側の男を、観察しながら言った。
「ああ。かなりイキイキしてるがな。てか、敏捷が408か…………」
まじかよ。いくらなんでも高すぎじゃないか?
「それはおかしいねぇ。そんな敏捷値が高いアンデットはいないよ。まさか生前のステータスのまま?」
「いや、どちらかと言えば、生前よりも強化されたんだろうな。あの変化した足見ろよ」
俺は犬の後ろ足のように変化した足を指差す。
「なるほどね」
フリーが納得したように目線を脚へ向ける。
「そしたら、強い人がこいつになったら、そのままのステータスで襲ってくるのか!?」
ウルだ。勘がいい。
「ま、そういうこったろうな」
「なっ!? なっ、ならもしSランク冒険者がこいつらになってでもしたら!」
「そりゃあ…………最悪としか言いようがないねぇ」
こいつらが増えれば、国どころか人や亜人の住む世界が危険にさらされかねない。だが、ちょっと待てよ? どこかでこれに似た奴を見た気がする。
「いや、待て。俺らは今までに少し違うが似たような奴を知ってる」
「あいつらだね?」
そう、コルトの町の森で出くわした奴と、ワーグナーへ向かう途中の村にいた奴だ。どちらも元人間が化け物へと変わったものだった。
「ああ。だが、同じものと考えていいのか…………進化速度があれよりは遅いようにも感じる」
「確かに、見た目もまだ人間らしいね」
それに、あいつらからはいくらか攻撃を食らったが、誰も同類にはならなかった。似ているが、別物? だがなんらかの関連はあるのだろう。
「まぁ同じものかはおいおいわかる。後は…………こいつ、どうすりゃ死ぬんだ?」
「一応、アンデットなら頭を吹き飛ばすのが一番効くね」
フリーの言葉に試しにやってみる。
パァン!!
結界の向こうで男の頭が弾けとんだ。結界に脳漿と黒くドロドロになったコールタールのような血液が付着し、ドロッと流れ落ちていく。
ガシャアンッ…………!
首を失った男が後ろに仰向けに倒れ、テーブルが真っ二つに割れた。そして、まったく動かなくなった。
「うん、鑑定も効かない。弱点は頭だな」
それがわかっただけでもここに来た甲斐があった。結界を解除する。
「この足…………本当に人間だったの?」
アリスがしゃがみこんでオオカミの後ろ足のように変化した足を観察する。
「アリス触るなよ?」
「わかってるわ。それに、ねぇ見てよこの爪」
アリスが指差す箇所を光魔法で照らせば、こいつの爪は人間の薄い爪とは違う。肉を引き裂く肉食獣のような鋭く硬い爪に変化していた。
「これでオオカミを仕留めて食べたのね……」
「オオカミを襲うほど獰猛なのか」
身体はアンデットとは違い、腐り落ちている部分はない。ただ、肩に噛まれた後が残っている。生物なのかわからないが、首から流れるドロドロとした血は、とても体内を循環できるような粘度ではないように思える。テーブルごと男をひっくり返すと、背中の筋肉も人間とは違い、よく発達していた。
「ちょ…………ね、ねぇユウ?」
そこでレアの怯えた声が俺を呼んだ。
「そうだな。わかってる」
探知にはおびただしいほどの反応が俺たちのいる民家の周りを取り囲んでいた。そして今なお増え続けている。
「ぐぁああおう!!」
「あああがああ!」
「ああっ!」
「がぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」
人間とは思えない唸り声がそこら中から聞こえてくる。凄まじい音量で俺たちのいる民家の壁をビリビリと軋ませている。
「数は…………400ほどか」
「それって町の人ほとんどが?」
「みたいだな」
取り囲まれ、威嚇しているが襲ってくる気配は今のところない。
うーん。全員殺してしまっていいものか…………ただどうしてこうなったかわからないんだよな。逃げるか?
「はい、ちょっと作戦会議始めまーす」
みんなで輪になってしゃがみこみ、顔を寄せる。
「はい! はいはい!」
すぐにウルが元気よく手を上げた。
「はいウル。どうぞ」
「ヤバいじゃん! どうしよう!?」
ウルが不安そうだ。外からの異形の声が子供には辛いだろう。
「それを話し合う作戦会議だぞ?」
「ウルちゃん。最悪ユウがいるから多分大丈夫よ」
まぁ確かに。この程度何人いようがどうとでもできる。
「で、どうする? 元町の人らならそんなに強くはないだろうけどねぇ。まず斬っていいのかな……」
フリーが今さらそんなことを言い出した。
「おいおい、今頃言うなよ! 俺1人殺っちまったぞ!?」
こ、これって人殺しになるのか…………!?
【ベル】こんなの、もはや人じゃないじゃないの。それ以前に正当防衛よ。
それもそうか。
「いいんじゃない? もう鑑定しても死亡扱いだったし、魔物として考えましょう」
アリスもそう言ってくれた。
「問題は、町人を全員始末したらあたしたちがこの町を滅ぼしたと誤解されること。それに、どうしてこうなったのか原因がわからないのが最もまずい」
「でも逆に原因がわからないなら私たちも危険だよね。一旦逃げて王都に情報を届けた方がいいんじゃない?」
レアが少し不安そうに言う。
「うーん、だとしてもこいつらが町から出たら一大事じゃないか?」
「それは大丈夫じゃない? なぜかはわからないけど、もう2週間以上経って外に出てないのだから」
「なるほど確かにそうだな」
「それよりやっぱりここに長居するのは危険だよ。原因がわからないのなら、ここにいる僕たちもいつアレになってしまうかわからないしねぇ」
そう言われると、確かに恐ろしい。
「確かに。そこまで俺たちがリスクをおかすべきじゃないか」
「ねぇユウ、もう逃げよう?」
レアも怯えている。
「そうだ。早くここから出よう!」
「そうだねぇ」
皆の意見が合致した。
「ユウ、飛びましょう。それが一番よ」
アリスが俺を見て言った。
「そうだな」
魔法操作で全員を掴み、重力球を浮かべ飛ぶ準備をする。
「レア、屋根吹き飛ばせるか?」
「うん! いくよ? …………よいしょおおおおお!」
ガガコンッ……!!
屋根は綺麗に吹き飛び、雲に覆われた空が見えた。
「よしっ!」
すぐさま一気に飛び上がる。
「うっひょおおおおおう!」
ウルが空を飛んだことに楽しそうな声を上げた。
「うおっ!」
て、それどころじゃない。5体ほど奴らが空中に飛び上がった俺らに合わせて飛び掛かって来ていた。中にはさらにデカく異形になっている者もいる。
どんな跳躍力だよ…………!
ここはすでに地上15メートルには達している。奴らが腕を振りかぶる。
まず…………!
慌てて速度を上げて避け、奴らが届かない高度まで飛び上がる。見下ろせば、先程見たアイツと同じ様な奴らが大量にひしめき、俺たちを見上げては吠えていた。
「とりあえず、きみまろのところまで戻ろう」
「ふぅ…………こゎかった」
安心してかアリスの心の声が漏れた。
「なっ、なんでもないわ」
アリスが誤魔化そうとした時、
「ぐぅっ…………!!」
「フリー!?」
苦しそうに肩を押さえるフリー。そこにはうっすらと3本の引っ掻き傷がついていた。尋常ではない大量の脂汗を額からかいている。
「ごめんねぇ。飛び上がった時、でかい奴の爪に当たっちゃった……」
あの時当たってたのか!
「大丈夫だフリー! すぐに治してやるからな!」
急いで馬車まで飛び、フリーを担いで荷台に寝かせる。フリーの息が荒く、身体も熱を持っている。
「ユウ! これ…………」
アリスの表情が深刻さを物語っていた。
「なんだ、これ…………」
フリーの引っ掻き傷は、ウネウネとミミズのようにうごめき、変態しようとしていた。
「だ、大丈夫。妖刀の血のスキルで硬化して、これ以上は広がらないようにしてるから」
だが、相当フリーは辛そうだ。アリスが氷を作り、怪我の患部に当てる。
賢者さん! ベル! なんとかならないか!?
【賢者】傷口から不明ですが良くない魔力を感じます。神聖魔法を使ってください!
わかった!
「アリス、ちょっと氷をどけてくれ」
「う、うん」
うごめく傷口に手を当て、神聖魔法を使用する。ぼやぁと光ると、黒いもやのようなものが、霧のように霧散し嫌な感じもなくなった。そして、傷口も元通りだ。
良かった! 神聖魔法なら有効なようだ。
「ふう…………。ありがとうユウ。楽になったよ」
フリーの顔色が良くなった。
「大丈夫!?」
皆が心配して顔を覗き込む。
「もう大丈夫だよ。でも、あの身体を侵食されていくような感覚…………2度と味わいたくないねぇ」
苦い顔で、あははと笑った。
「気分はどうだ?」
「心配要らないよ。ユウの回復魔法が有効みたいだねぇ」
フリーは荷台にもたれ掛かり、上を向いてふぅっと息を吐いた。
「効いて良かった…………」
皆、ホッとして一息つく。
「こんな現象、見たことも聞いたこともないわ」
「なんにしろ、これは早くギルドへ報告した方がよさそうだねぇ」
フリーがよっこらせと身体を起こす。
「そうだな。でもまずは、早く町から離れよう。俺らは1人殺したんだ。追って来る可能性もある」
「そうだな」
馬車を走らせてからベニスの町を振り返ると、
屋根の上に立つ人影が見えた。
「なんだ?」
千里眼で見ると、アレの1体のようだが顔の真ん中を横切る古傷、そして胸に新しく長い切傷があり、人間の姿をしているのに口からは長い牙が生えていた。その後ろには数体のあいつらがいる。
まさか、群れを作っていたのか?
「ユウどうしたの?」
「いや、なんでもない。早く離れよう」
◆◆
それから、奴らが追いかけてくることを考え、念のため夜通し馬車を走らせ、ベニスの町から距離を取ることにした。
「すまんなきみまろ」
疲れを微塵もにじませていないが、きみまろをいたわる。
「ここは?」
見渡す限りの湿地帯。王都へ向かう街道はここを大きく左に迂回するようなルートになっているようだ。水草が生い茂り、時折水から顔を出すくらいの長さの草が見える。水は透き通って澄んでおり、小さな魚が泳いでるのが見える。水深は膝下くらいで、水底には深緑色の藻がびっしりと繁茂している。昼間なら相当綺麗な光景だろう。湿原は地平線の先まで広がっており、かなり広大だと思われる。
「ここはネレイス湿原。王国で一番大きな湿原ね。車輪を泥に取られるから馬車が立ち入るのは無理よ。遠回りだけど、ここは街道に沿って迂回しましょ」
「そうだな」
と、その時その湿原の奥で何か赤い光が見えた。
「ん?」
……ォンンン………………………………。
光に遅れて小さな音が聞こえる。
「今のは?」
ウルやレアも気がついたようだ。
「今、光ったと思ったら微かに爆発音が…………」
賢者さん。
【賢者】はい。ここより、3キロ先で火魔法が使用されたようです。
戦闘か?
【賢者】1人とスケイルラビットが戦っています。
1人? それにスケイルラビットって?
【賢者】全身が鱗に覆われ、戦闘時は鱗を針のように立たせ攻撃してくる攻守バランスのとれた水棲のウサギです。水掻きが発達し、湿地でも動きが鈍ることはありません。
なかなか厄介そうだ。
【賢者】スケイルラビットはステータス自体は低いため、個体によりますがE~Dランクの魔物です。
その程度か。
「どうやら、ここから3キロ先でスケイルラビットに襲われてる人がいるようだ」
「水棲のスケイルラビット相手に火魔法って普通使わないわよね?」
アリスがいぶかしげに言う。
「火魔法しか使えなかったんじゃない?」
「いやどちらかと言えば、俺らに知らせたかったんじゃねぇか?」
ウルが言った。
「あんな離れたとこから?」
「いや、この幌馬車の灯りを見たとか?」
夜間走るため、街道を見やすくするために俺が光魔法で前方を照らしながら走っていた。
「なるほどな。行ってみるか。2人ほど行けば足りるだろ。誰か着いてきてくれ」
「じゃ、あたしが」
アリスが手を上げた。
「湿地なら任せて」
そう言いつつ、アリスが水面に1歩踏み出すと、湿原に張った水がアリスの足元からパキパキと凍りつき始めた。
「すげ…………」
「魔力操作の応用ね。練習にちょうどいいわ。道ができるから帰りも迷わないしね」
そう言ってアリスはニコッと笑った。
「よし、行くか」
◆◆
アリスが先頭を走り、できた氷の足場を着いていくと襲われている冒険者と見られる人物が見えてきた。
「ありゃ、リザードマンか?」
「みたいね」
爬虫類のような顔に、てかてかとした黄色と緑の鱗と太く立派な尾。スケイルラビットには勝ったようだが、仰向けで苦しそうに呼吸を繰り返し、意識は朦朧としているようだ。見れば左足が骨折し、自分で手当てしたのか当て木がしてあった。全身も傷だらけの泥だらけで這うようにここまで来たのだろう。
「とりあえず、助けてやろう」
というわけで、アリスの氷の上にリザードマンを寝かせ、回復魔法を使えば、骨折の他に毒も受けているようだった。
「ぶえっくしょん!!」
その治療中に大きなくしゃみをした。
「お、気がついたか?」
「あ、あんたらは?」
寒そうに身体を抱きながら言う。リザードマンは爬虫類だから寒さに弱いのだろうか。
「俺はユウ、でこっちが」
「アリスよ」
しゃがみこんで見下ろしながらそう言うと、リザードマンはゆっくりと身体をいたわるように起こすとホッとしたように息を吐いた。
「た、助かったのか…………」
このリザードマンはリューという名前らしい。そして、なんと『ベニスの町の冒険者』だったそうだ。
「ああ、何が原因かはわからねぇ。俺は頭がおかしくなった町の連中に追われ、無我夢中で逃げた」
そう恐怖に震えながらリューは話す。
リューの話によると…………。
ベニスには小さい町ながら冒険者ギルドもあり、リューはそこに所属するDランク冒険者だったらしい。
およそ20日ほど前、リューは飲み屋でパーティの仲間たち3人と昼間から酒を飲んでいた。すると店の外が騒がしくなり外に出てみれば、数人が人を襲い、喰っていた。
気でもふれたかと、冒険者たちとギルド総出で止めにかかったそうだが、もともと冒険者も多くない。すぐに事態を収束することができなくなり人々は逃げ惑ったそうだ。
「で、あんたはなんでこんなところに?」
「人がケモノみたいに人を喰うんだぞ!? 気味が悪くて、町からとにかく離れたくて走った。俺は錯乱しながら、走って走って、気が付けばこの湿原の中だ。助かったは良いが、霧で方向がわからなくてな。武器もなく、途中でポイズンプラントの毒をくらえば、足を折られて動けねぇ。長いことさ迷った。そしたら、明かりが見えたんで、最後の力を振り絞って火魔法を使ったんだ」
運が良かったな。厚い雲が出て、月が隠れた夜闇だったからこそ、馬車の明かりに気付けたんだろう。
「なるほどな」
「…………信じてくれるのか? 俺の話を」
疑い深くリューは俺たちを見る。
「もちろんだ。なんたって、俺らもさっきベニスに行ってきたんだから」
「い、行ったのか?」
リューが目を震わせる。
「ああ」
「ま、町はどうだった!? 俺の仲間は!?」
ガッ!と肩を強く掴んで必死になっている。
「全員見たわけじゃないが……、無事な人はいなかった」
俺がそう言うと、リューは力が抜けたように肩を落とした。
「そう、か…………」
「とりあえず俺たちの馬車まで戻ろう」
◆◆
馬車に戻り、リューの冷えた身体を火魔法と毛布で暖め、温かい食べ物を分けてやる。そして、話を切り出した。
「で…………なんでリューは奴らにならなかったんだ?」
「ああ、俺は運良くこの身体だ。人間の柔い爪なんか通さねぇ」
そう、自分の腕の鱗を指差しリューは言う。
「爪か」
人間の柔い爪…………今はもう獣のそれになっていたな。
「ああ。噛まれたり引っ掻かれて傷を負った奴は片っ端から奴らの仲間入りだった」
確かにフリーも引っ掻かれていたな。
「なるほどな。あんたはこれからどうするんだ? 戻るべき町はあんな状態だ」
「俺は…………町の奴らがどうなったか、様子だけでも確認したい。俺はもう一度、町へ戻りたい」
「あんた、恐くて逃げたんだよな」
「違う! あの時は驚いただけだ。世話になったあいつらを放っておくなんてできない」
悔しそうに歯をむき出しにしてリューは言う。
「止めとけ。俺たちが見た時、奴らは進化していた」
「…………し、進化?」
ポカンとリューはその口を開ける。
「ああ、奴らの爪や牙、骨格はより強固に獣のようになっていた。今や、あんたのその自慢の鱗でも奴らの爪は防げない」
「そんな馬鹿な…………」
「本当だよ。彼らの身体能力は上がっていた。おかげで僕は死にかけたからね」
フリーが苦い顔で言う。
「ぐ…………。だ、だとしても俺は仲間の奴らをあんな化け物にしておくのは耐えられん」
「うーん…………」
どうする? と皆に目を向ける。
「確か、こないだ会った商人のおじさん。もうすぐ隣町から調査隊が出るって言ってたよねぇ」
そう、フリーがボンヤリと呟いた。
「ほ、本当か。それは!」
ガバッとリューが立ち上がった。
「本当だよ。でもこのまま何も知らずに行くと、調査隊が危険じゃないかな?」
「おいフリー」
ひゅー、ひゅ~。
俺が睨むとフリーは他所を向いて口笛を吹いた。
「隣町ってことはウイリーだな。だったら、俺がそれに同行する! せめて原因くらい俺が突き止めてやる…………!」
「止めとけよ。自殺行為だ」
「あんたたちに俺を止める権利はない!」
リューは立ち上がってそう怒鳴った。
「落ち着け。まぁ確かにそうだけどよ。わかってて見過ごすわけにもいかないだろ?」
「それはあんたらの都合だ」
「はぁ~~~~、仕方ねぇ。それだったら俺も行くよ」
「ユウ!?」
アリスが驚いて声を上げた。
「そうだねぇ。だったら僕も行こうかな……」
フリーが刀を手に立ち上がろうとする。
こいつ、それほどやられたのがしゃくだったのか。
「いや、こいつを連れてくだけだから俺1人だけだ。後から王都への道沿いを飛んで追いかけるから、お前らは先に行っててくれ。王都への報告も急ぐだろ」
そう言うと、皆の視線が突き刺さった。
「それは…………!」
「また、そうやって抱え込むんじゃないでしょうね。ジャンの時も、あたしたちの知らないところでいろいろ動いてたみたいだし」
ジロリとアリスに睨まれた。
「だ、大丈夫だって! すぐに対処すりゃ、ほら。俺なら治せるだろ? それに俺が一番機動力あるし」
というか、逆に全員で行くと何かあった時に不安だ。リューだけならなんとかなる。
「はぁ、わかったわ」
アリスがため息混じりに頷いた。
「お、おい本当にユウだけで大丈夫なのか?」
「ああ、心配すんなって」
ウルの頭をがしがししてやる。
「そうだ。一応、地図見せてくれ」
「はいこれよ」
「へい」
地図は羊皮紙に描かれたかなり簡易なものだ。だが、分かれ道ははっきりとかかれている。
【賢者】問題ありません。把握しました。
「覚えた(賢者さんが)」
「もしユウがあいつらになんかなったらすぐに氷漬けにしてあげるわ」
アリスが遠回しに心配してくれている。
「大丈夫だって」
「そんじゃ行ってくる。すぐ追い付くからな」
「おい! 馬車もなく、どうするんだ? 間に合わなくなっちまうぞ!」
俺の移動手段を知らないリューが話に着いてこれていないようだ。
「どうって、こうするんだよ…………!」
そう言って俺はリューを魔力で掴むと、飛び立った。
読んでいただき、有難うございました。
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自分の限界って他者を参考に決めるものではないですよね。そんなことしてるからしんどいんです。自分は自分なんですから。