第71話 ウルの旅立ち
こんにちは。
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第71話です。何卒宜しくお願いします。
翌日早朝、俺はギルドのいつもの会議室前に来ていた。というのも、ガランにブルートが起こした事件の詳細の説明を求められていたからだ。
てか、なんでわざわざ会議室に?
そう思いながら扉を開くと、タロンを除くクランリーダーたち全員がすでに着席した状態で、雁首を揃えて待っていた。
「げ…………」
そして、上座に座るガランが俺を見た。
「さぁ、説明してもらうぞユウ。何があったのか。そして…………何が起ころうとしているのか」
ガランがふんぞり返って言う。
「いや、その前になんで皆いるんだよ?」
ガランにだけは伯爵が関係して王都で起ころうとしている事について伝えようと思っていたんだが全員とは…………帰っていい?
「失礼しました」
「待ちやがれ」
扉を閉めようとする右手を、モーガンの太い腕に掴まれた。
「…………はぁ」
【ベル】良いじゃないの。お人好し。むしろこの人たちも知っておいた方が警戒できるし、いざというとき味方になってもらえるわよ。
うーん。
◆◆
結局、リーダーたちには絶対に口外しないことを約束に、伯爵がクーデターを狙っていることを含めて説明した。
2時間ほど説明し解放された。ガランたちの反応は身勝手な伯爵に向けられた極大の怒り。そして、ブルートへの失望だった。彼らからすれば、巻き込まれたという表現が正しいのかもしれないが、伯爵はワーグナーという眠れる獅子を起こした。
「ユウ、俺たちワーグナーはお前の一声で力になる。それまで力を蓄えておくから、必要になったら呼べ」
怒りで拳を震わせながら力強い眼力でガランは言った。
「ああ」
ふう…………。ま、ガランたちなら信用できる。これ以上危険が及ぶことのないよう警戒もしてくれるだろう。
そして、会議室を出て1階に降りていくと、
「あ、あの、ユウさん!」
「ん?」
あほ毛のステラだった。
「お、ステラじゃん。どした?」
「これ、ジャンさんの書斎を整理していたら見つけました。ユウさん宛です」
ステラから大事そうに手渡されたのは4通のジャンからの封筒だった。
「ジャンから…………!?」
「はい」
ジャンの奴、いつの間にこんなものを。
「ありがとう。ステラにも世話になったな」
そう言うと、ステラは目をクリっとさせて、あほ毛をぴょこんと動かした。
「い、いえ。ユウさんは氾濫で大活躍だったと聞きました。こちらこそ、ありがとうございました」
と、あほ毛を抑えながら上目遣いでステラは言った。
「良いってことよ。ほんじゃ」
手を振って立ち去ろうとすると、まだ呼び止められた。
「あ、待ってください! もうひとつあります」
「なに?」
「タロンさんが、ようやく目を覚ましました!」
◆◆
「おう、良く来たのう」
そう言って寝たまま片手を上げて挨拶してきたタロンは元気そうだ。さすが冒険者の町だ。治癒士が優秀なのか、この病室の患者はもはやタロンだけだ。
「元気そうで何よりだ。それと、すまんかった」
「なんじゃ、何を謝っておる」
タロンは片方の眉を吊り上げ、不思議そうにしている。
「いや、俺の作戦であんたが片腕を失うことになっただろ?」
「馬鹿もん! そのおかげでお前らが悪魔どもを仕留めたのじゃろうが! あの時はあれが最善じゃった。それにな、ホレ」
タロンは歯を見せ、まるで嬉しさを隠しきれない子どものように魔物に食われたはずの左腕を持ち上げた。
「…………は?」
腕が…………ある? タロンは俺の目の前で失ったはずの腕をぐっぱぐっぱと動かしている。俺、まだ疲れてるのか?
【賢者】いいえ、良く見てください。あれは生身の腕ではありません。
へ?
「これはな。わしが目が覚めたら生えておったんじゃ。ユニークスキルの『黒鉄豪腕』というらしい」
「ユ、ユニークスキル? てことは?」
「ああ、わしはレベルが上がった。まさかこの歳でレベル2になるとは思わんかったがの。寿命が伸びたわい。がははは」
機嫌良くタロンは笑う。確かに言われてみれば、左腕は黒く鋼のような光沢がある。腕自体がスキルという全く変わったスキルだ。
「じゃからむしろ貴様には感謝しとる。気にするいわれはないわい」
「はぁ~…………」
安堵ではない。自分でもどういう気持ちかわからないまま、思わず深く息を吐き出した。
「なんだそりゃ。ま、おめでとうと言っとくよ」
「おう、ジャンのことは残念じゃったが、お主には町を救ってもろうたみたいじゃな。助かった」
そう言ってタロンはグッとその黒腕で拳を出した。
「おう」
ゴツン。
俺も拳を突き合わせると、冷たい感触に重たく鈍い音がした。
◆◆
正午、町の西にある墓地に町の大勢の人たちが集まった。墓地はこの町の人たち全員の墓があり、西区の3分の1を占めるほどの面積がある。整備された芝生の広場に点々と、欧米のような、大きめの石1枚に没時期と名前が掘られた墓石があった。このたびはジャンと他の亡くなった冒険者たちに巨大な墓石が2つ用意されている。
集まった人たちは最後のお別れを惜しみ、嗚咽をこらえる声や鼻水をすする音が聞こえる。大聖堂からは神父が派遣されてきていた。
クランリーダーたちは別席で正面に参列した。レアたちは後ろの方で参列している。
神父が祈りの言葉を唱え出した。しばらく皆黙祷をささげ、神父の言葉が続く。
ジャンからの手紙、その宛先は俺、ウル、レオン、ギルドマスターへ向けたものだった。
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ユウへ
やぁ、ごめんね。いきなり謝るのもなんだけど、これをユウが受け取ったということは、多分僕はもうこの世にいない。この手紙を書いていて、なんだかとんでもなく寂しいし、心に深い深い喪失感を感じるね。
王都からの追手は確実に僕とウルに近付いている。
それに、最近ある貴族からのお誘いを断ったんだけど、どうも良い予感がしない。僕は知ってはいけないことを知ってしまった。奴らは僕の命を狙ってくるはずだ。だけど、今の僕にそんな余裕はない。この予感が当たらなきゃいいんだけど、万が一に備えてこの手紙をユウに託したい。
どんな形で僕が殺されるかはわからない。でも、僕がいなくなってもワーグナーは大丈夫だよ。この町は僕だけじゃないからね。ガランやタロン、モーガンにヒラリーもいる。彼らはこの先、町を支えていってくれるはずさ。
それで、ユウに2つお願いがあるんだ。
1つ目、僕は次期ギルド長にガランを推薦するということ。なぜなら、ワーグナーのギルド長は強くなきゃならない。ダンジョンの管理や氾濫に先頭に立って立ち向かわなきゃならないからね。彼には前から話してはいたんだけど、まだ迷ってるようだったらユウが背中を押してあげてほしい。
2つ目は、ウルのこと。あの子は強いよ。でもまだ心は幼いんだ。だから、もし良かったらユウが町から連れ出してもっと広い世界を見せてあげてほしい。あの子と行動を共にするってことがどういうことかはわかると思う。でも、一生のお願いだよ。ウルを助けてあげてほしい……!
ユウはこの先王都に向かうんだよね? だとしたら地下にいるレオンを訪ねるといい。必ず力になってくれるはず。それに彼は赤ん坊の頃のウルを知っている。ウルが望むならレオンに預けても良いと思う。
それとギルドマスター。彼も信用できる人間さ。彼なら王都の闇にも気付いているから力になってくれると思う。
最後に、ユウありがとう。これを書いているのは氾濫の前だけど、町が滅んでたらこの手紙は届いていないもんね。それはユウが町を守ってくれたからなんだと思う。だから先にお礼を言っておきます。
ユウ、ワーグナーを守ってくれてありがとう。ウルを頼んだよ。
君たちの未来に、希望が溢れていますように。
ジャン = マクラウド
追記:アイギスはもう君のものだ。自由に使ってくれ。
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そのようにジャンらしい丁寧な文字で書かれていた。
やっぱりジャンは何か嫌な予感があったんだ。だからウルのことを俺に相談した。でも、何してんだよ。俺にこんな手紙書いてる暇があったら、自分が助かるためにもっと他にやることがあっただろうに。
ジャンの手紙の内容を思い出している間も、火葬の前に神父が言葉を紡いでいく。
「今さらだが、ジャンが死ぬなんてな」
横のガランが前を向いたまま話し出した。
「あいつは強かった。心もな。ジャンがここに来たときはEランクのハナタレ小僧だった。今じゃ信じられないが、その頃のワーグナーは荒れに荒れてた。ここは元々冒険者、つまり荒くれ者が多いだろ? 誰も治安を維持できなくてな、道端では飢餓で死んだ子供や強盗殺人とか、人死にが頻繁にあった」
ガランは懐かしむように話す。
今とて平和とは言いがたいが、人情ある町だ。この町にもそんな時代があったんだな。
「当時は皆がギルドに不満を持っていた。それでジャンは冒険者をしながら、ギルド職員としても働いたんだ。まじめで優しいやつだ。皆がやつに惹かれていった。そして数年で自らギルド長となった。その頃にはジャンの働きで温かみのある今の町になったんだ。あいつはこの町最大の功労者だ」
「そうか」
今思えば、ジャンはウルのために住みやすい町を作りたかったんじゃないか。そう思える。
「…………ははは。お前も厄介な時に来たもんだな!」
参列してんのに、笑い声なんかあげるんじゃねぇ。
「わかったから。もうちょっと静かにしろよ」
「おう、すまんすまん。どうも湿っぽいのは苦手でな」
ガランは目頭を片手で押さえながら、空を仰ぐと鼻をすすった。
ああ、こっちを向かないのはそう言うことか。
「ユウ、俺はな、ジャンのいなくなったこの町を支えていこうと思う」
俺は横目でガランを見る。ガランは前を向いて話を続けた。
「それは、ギルドに入るということか?」
「いや、そんな大層なもんじゃない。だが、町をまとめる人間が必要だろう?」
「簡単じゃないぞ?」
「わかっとる!」
食いぎみでガランは答えた。
「そうか。ま、なんかあったら連絡くれ。手助けくらいしてやる」
「がははは! 毎度思うが、お前は偉そうなガキだな!」
「うるせぇ」
ジャン、お前の望み通りガランはギルドに入ったぞ。心配いらねぇ。
◆◆
ガランと話してるうちに式が終わっていた。
皆、解散し、あとはガランが引継ぎ火葬する。この世界では、土葬をすればアンデット化する危険性があるため火葬が主流のようだ。
「ガラン、俺たちは今日この町を出る」
「おう」
「またここには来るよ。でもしばらくは来れないと思う」
「そうか。この町を救ってもらったのに何も渡せずにすまんな」
「いや、実はジャンに先にもらってたんだ。だから気にすんな」
手紙に書いていた通り、アイギスは俺が貰っていく。こいつはいつか役に立つ。そんな気がする。
「そうなのか? なら良かった。元気でな。ユウならSランクとして名前を聞くのもすぐだと思うがな。はっはっは!」
「まぁそのうちな。じゃ、俺らは行くぞ?」
「ガランさん、お元気で!」
レアたちが最後に挨拶した。
「お前らもな」
火葬が終わってから世話になった冒険者や町の人に挨拶しに行った。
◆◆
そして、ひとつ考えてたことがある。
「おいウル!」
俺たちは町を回った後、大聖堂の鐘の下に来ていた。ウルの寝床だ。
レアたちにウルのことを相談したところ、快諾してくれた。元々マードック伯爵は敵対視しているし、乗りかかった船だ。
「こんなところが…………」
相変わらず空気の澄んだ良い場所だ。アリスたちは風に髪を押さえながら、ここから見える景色に感動していた。
そういやここにアリスたちが来るのは初めてだったな。
「あ、ほんとだ。いたよ!」
ウルは手すりにもたれ掛かって、町を見ながら風に吹かれていた。
「ユウか?」
ウルが振り返った。
「ウル、葬儀にも来ないで何してんだ」
「はっ…………行けるわけがねぇ」
ため息混じりでそう言うと、柵にもたれかり顔を腕にうずめた。
ウルの心の傷はベルが食ってるだけで、治ったわけではない。人が成長するには、ある程度傷つくことも必要だが、これはその範ちゅうを越えている。それでも少しは落ち着いたようだ。
「ジャンは知ってたぞ? ウルじゃないってこと」
「うん。ジャンならわかってくれる」
ウルはこっちを向かない。そしてそのまま次の言葉を苦しそうに紡いだ。
「…………ユウ。俺はもうこの町にはいられねぇ」
わかる。同じ立場だったとして俺にも無理だ。
「やったのが俺じゃないとしても、やっぱり良く思わない人もいる」
ウルの背中はやけに寂しそうだ。
「そりゃな。誰もが皆、物わかりが良いわけじゃない」
そう言うと、ウルは少し黙った。
「…………俺が今までどんな風に暮らしてきたか、ユウなら少しはわかるだろ?」
「ああ」
同年代の子どもたちにも、冒険者としても、どちらにも馴染めず1人孤独に生きていたウル。ジャンを失い、町を出ることになればウルは本当の意味で孤独になる。
「なんでかなぁ…………」
ウルは柵にもたれ掛かったまま下を向き、町を見下ろした。
「俺は、俺みたいに同じ境遇の奴がいてもそう思わねぇ自信があるのに、皆はそうじゃねぇ」
やっぱりウルは人を許せる器を持った人間だ。だけども、それは絶対的少数派の者だ。
「ああ。そういうもんだ」
ウルは黙った。そして絞り出すように言った。
「…………なぁユウ、俺も一緒に連れてってくれねぇか?」
振り向いたウルは泣いていた。口をへの字に曲げ、真っ赤にした瞳から大粒の涙をポロポロとこぼし、それでも強い意思でそう俺にお願いしてきた。
「俺の居場所、…………なくなっちまったんだよ」
言葉の最後にウルは震える声で弱音を吐いた。
親代わりであるジャンが死んで辛かっただろう。町に馴染めていなかったウルが、どれだけジャンを頼りにしていたか。唯一の肉親ともいえるジャンを失って急に孤独を背負わされたんだ。
ウルの境遇を思えば誰だって目頭が熱くなる。
「もちろ…………」
「もちろんだよ!」
あれ?
俺が返事する前に、もらい泣きしたレアが勝手に返事して抱き付いた。
「来て良いのよ」
アリスが優しく微笑む。
「ちっちゃな妹ができたみたいなもんだねぇ」
フリーがポンポンとウルの頭を撫でる。
「本当か?」
身体を強張らせて再度確認するように聞く。
「ああ、ジャンとも約束したんだ。お前は今から俺たちの仲間、家族だ」
「う…………ありがとう! ありがとう……う、うわああああああああああああああん!」
ウルが声を上げて泣き出した。
ベル、今は食べなくていいぞ?
【ベル】ええ。
皆で泣き続けるウルを抱き締めた。
「…………ウル、俺たちはこの町を出る。今からちゃんとジャンにお別れを言いに行こう」
「…………うん」
◆◆
ジャンの墓場へ向かうと、たまたまいつものオッサンの屋台を見つけた。
とりあえずオッサンと会うのも最後だろうな。
「おう。ユウじゃねえか!」
ウルがこそっと俺の影に隠れた。やっぱり町の人には見つかりたくないんだろうな。
「オッサン、今度は花屋かよ」
武器、食べ物屋台、花屋って多才だな…………。どうやって急にそんな用意できんだよ。
「おう、なんたって今日はな…………。お前もどうだ?」
「そうだな。適当に見繕ってくれ」
「あいよ」
そうしてオッサンはテキパキとオレンジのマリーゴールドのような花を用意してくれた。この明るい太陽のような花を目印に死者の魂が迷わないようにする意味があるらしい。
「ああ、そうだ。オッサン俺たち今日でもう町を出るよ。世話になったな」
「そうなのか? そりゃ寂しくなるな。どこへ向かうんだ?」
「王都だな。また縁がありゃ会えるだろ」
「おう。次に会ったときもサービスしてやるからな。頼んだぜ上客さんよぉ?」
オッサンが笑顔で拳を出してきた。合わせて俺もゴツンとぶつける。
「ああ、もちろん」
◆◆
ワーグナーの墓場は人1人が通れるくらいの細い石畳で区分けされ、多くの石碑が並んでいる。石畳から外れると、そこはきれいに整備された芝生に花がいたるところで咲いていた。
墓場につくとジャンの墓はすぐにわかった。一番奥の一際大きな新しい墓石に大量の花が積まれていた。もう町の人達はお参りしたのだろう。ちらほらと帰っていく人たちが見えた。
「あそこだな」
今はちょうど誰もいないようだ。お供えされた花の香りを感じながら、墓地を縫ってジャンの墓へと歩いていく。立派な大理石でできたジャンの墓には名前が彫ってあった。
『ジャン = マクラウド ーーーー我が町の英雄 ここに眠る』
お墓を目の前にすると急に実感が沸いてきた。
ああ、ジャン。本当に、死んだんだな…………。
ダンジョンに一緒に潜ったこと、町で話をし、酒を飲み交わしたことが脳裏に甦る。
そして、墓石の名前を見た瞬間、ウルは墓の前に崩れ落ち膝をついた。
「ごめん。なんでっ! なんで、こんなことに…………!!」
ウルが墓前の土を握りしめてボロボロ泣き出した。
「今まで……! こんな俺を育ててくれて、ありがとう…………!」
レアやアリス、フリーまで肩を震わせている。本当にこの数週間だけだったが、ジャンに会えて良かった。人のために愚直に働き、自分のことは二の次にする。皆が手本とすべき人間だったと言えよう。
皆で順番にオッサンの店で買った花束を添えていく。
「ほら、ウルも供えてやれ」
「ぅん…………!」
ウルは震える手で墓の前へ、皆がお供えした花束の一番上へオレンジの花を置いた。
「俺は…………覚えてねぇけど、赤ん坊の俺を抱えてこの町に逃げてきたことも」
ウルには本当の父親、今の王がいる。それでもウルの中で父と言えばジャンだ。
「俺が冒険者になるって言ったとき、反対してたくせにさんざん世話やきやがったことも……!」
ウルは今まで、言いたかったことを紡いでいく。
「俺が友達出来ねぇからって、馬鹿みてぇに町のお母さんたちにお願いしに行ってたことも…………!」
肩を震わせる。
「全然足りねぇ。もっと……もっとあるけど! 全部、全部、感謝してる。俺はあんたが親で、良かった…………!!」
ウルは清々しさも感じる声で言った。
ジャンの奴、今頃ウルの隣で聞いて泣いてそうだ。
「いつか、いつか! この恩を返そうとしてた!! なのに…………俺の馬鹿野郎…………。ジャン、今まで、育ててくれて、本当にありがとう……ううっ、ございまじだっ!!!!」
ウルは地面に頭をつけた。
「お父さぁん…………!!」
ウルは涙の混じる、か細い声でそう呟いた。
そう言えば、ウルがジャンのことを『お父さん』と呼んだのを聞いたのはこの時が初めてだった。
「うわああああああああああああああああああああああああああん!!!! ああああああああああああああん…………!!!!」
ウルは雲ひとつない青空を仰いで泣いた。その涙は頬を伝って流れ落ち、花弁を濡らした。
俺たちは全員ジャンに黙祷し頭を下げた。
ジャン。あんたの娘は俺たちが責任もって面倒を見るから、心配すんな。
◆◆
「ウル」
泣き止むまで俺らはウルを見守った。そして落ち着いたウルに手紙を差し出す。
「これは…………?」
泣き腫らし赤くなった目を擦りながらウルが尋ねる。
「ジャンからだ」
俺がそう伝えると、ウルは震える手で手紙を受け取った。そして、何か思い付いたように
「な、なぁ、最後にちょっと行きたいところがあるんだ。町を出る前に時間もらっていいか?」
ウルはしおらしく言った。
「ああ。俺らももう少し挨拶周りがあるから行ってこい」
「ありがとう」
ウルは顔を上げて何かを決めた顔で礼を言うと、ジャンの遺灰の入った壺を抱き締めると走り出した。
「さてと、俺らは…………」
◆◆
場所は変わり、ウルが離れている間、俺はレアたちを連れてダンジョンの最下層に来ていた。俺とベルが戦い、ボコボコになっていたフロアはキレイに元通りになり、前来た時よりも内部照明が明るい。
「ここなのね……」
重力球でゆっくりと4人で下りていく途中、アリスが緊張した面持ちで言う。レアとフリーも表情が強張っている。
「ああ。お前ら一度勝った相手だろ?」
「だとしても、もう一度やって勝てる自信はないよ」
フリーはあははと言う。
「私も…………」
「ま、戦いに来たんじゃないんだ。お気楽にな」
【ベル】お気楽にできる方が変よ。
そうか?
「さてと…………大分キレイになってるが」
辺りを見回すとシンプルな立方体の空間となっており、特に何もない。ノエルってミニマリストなのか。
【ベル】べ、別に私が雑な訳じゃないのよ!
へいへい。
ノエルはどこだ…………? いた。
「おっ、おーっすノエル。って何してんだ?」
ノエルはホウキを手に、隅々までキレイに掃除していた。
「掃除だが?」
ノエルはホウキを片手に、当たり前そうに真顔で答えた。
「お、おう」
こいつ、こんなキャラなの?
【ベル】そうよ。ノエルは私の身の回りのこともやってくれてたから、家事能力は高いわ。
意外だな。
「よく来たな」
ノエルは俺を見ても何も感情を顔に出すことなく出迎えた。アリスたちは相変わらず緊張した様子で、身体に力が入っている。確かにレベルアップした今のアリスたちですら、ノエルには勝てないだろうからそれは仕方ないことなのかもしれない。
しかし、何もないフロアだ。仕方なく、飾り気はないがノエルの好みそうなシンプルな高級テーブルと人数分の椅子を空間魔法から取り出し並べた。
「お前、できるな」
ノエルのお眼鏡に適ったようだ。
「やるよこれ。ないと不便だろ」
「それは助かる」
静かに目を閉じて燕尾服を来たノエルは礼を言った。
【ベル】ごめんなさい。私たち本当に何も持たずに逃げてきたから助かるわ。
ああ。これくらいいい。
「まぁ、座れよ」
そう促すと、俺たち4人が並んで、ノエル1人と向かい合う形で座った。この妙な組み合わせにレアたちは居心地が悪そうだ。
早く終わらせるか。
「さて、今俺のなかにはベルがいる」
「「「へ?」」」
レアたちが意味がわからず首を傾げる。
「どういうこと?」
「見てもらった方が早いな」
おい。ベル。
【ベル】はいはい。
すると、ノエルの隣の椅子の上に魔力が渦を描きながら集まっていく。そして、1人の女の子が現れた。
あの時はジャンの仇だと思ってたから、なんも思わなかったがベルは華奢でめちゃくちゃ美少女だ。なんというかいじめたくなるような、庇護欲をそそられる。それに今は黄色の華やかな背中の空いたドレスに艶のある銀髪はすごくキレイだ。
そして、忘れてならない押し潰されそうな凄まじい威圧感と魔力。こいつが万全だったら俺は確実に死んでただろうな。
【ベル】それはどうも。
げ、今も聞こえてんのかよ。まぁ、年齢は少女ではないだろうがな。
【ベル】殺すわよ?
ごめんなさい。
ベルが顕現したときもパスは繋がっているようだった。じろっという目線と共にはっきりと殺意が届いた。
「こ、この人が、悪魔…………?」
アリスが緊張で目を泳がせながら聞いてきた。レアとフリーも身動ぎしない。
「そうだ。こいつがベル。ノエルたちの主で、元このダンジョンのボスだった悪魔。アークデーモンだ」
そう。ベルのことは皆には打ち明けることにした。ウルの感情コントロールのこともあるからな。
「馬鹿者。ベル様だ」
ノエルが訂正する。
「へいへい」
そしてベルは立ち上がる。
「皆さん、初めまして。私はこのノエルの主、ベルと申します。今回はご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした」
そう言うとペコリと清楚で高貴さを感じさせる丁寧なお辞儀をした。
「い、いえいえ…………」
予想と違う態度にアリスが対応に困る。
「いえ、ベル様。こたびのことは私に原因があります」
ノエルがベルを制し、謝罪しようとする。
「いいえ。あなたたちを制止できなかった主の問題よ」
キリがなさそうなので適当に止めるか。
「…………とまぁ、こいつらにも事情はあるってことだ」
そこでこいつらの世界で起きたことについてアリスたちに説明した。
◆
「…………ということで、力を貸してもらう代わりにこいつらを助けることにしたから」
内情を知って、アリスたちもホッと安心したようだ。少しは信用してもらえると助かる。
「それは頼もしいことだねぇ」
「あなた、悪魔と手を組むなんて…………」
アリスが小声で言ってきた。
「ま、非常識だろうがなんだろうが、普通のことやっててもダメだろ」
「う…………そ、そうね」
アリスが痛いとこを突かれた顔をした。
俺らが目指すところは普通ではないのだ。それに、皆がしないことをやってこそ、相手を出し抜けるということもある。
「ま、こいつらも俺らと同じだからな。協力関係だ」
「いいんじゃないかい? 味方は多いに越したことはない。それに裏切られる心配もないならなおさらだよねぇ」
「ああ、これでも悪魔との契約だからな」
「それで、主な話は今のなんだけど。1つお願いがあります」
ベルが切り出した。
「は、はい!」
姿勢を正すレアたち。
「お願いがあるというのは、他の子たちのことなの」
ベルが改まってお願いをする。これは、前にレアたちに話していたことだ。目で合図すると、皆頷いた。
「ええ、そういうことなら」
アリスはメルサ、フリーはマタラ、レアはボストの魔晶石を取り出す。そして、俺は残るガリスとバルジャンの魔晶石と合わせてベルに渡した。
「ありがとうございます。これでこの子たちを復活させることができます」
ベルは丁寧にお礼を言うと、ノエルの時と同じようにそれぞれに魔力を込める。そして、それぞれ骨格、筋肉、皮膚と形作られていく。
「「「「「「ベル様、復活させていただき、ありがとうございます」」」」」」
現れたガリスたちはベルに跪きながら頭を垂れていた。アリスたちはそれぞれ自分が相手した悪魔を注視している。わかっていても身構えてしまっているようだ。
「事情は承知しております。今度こそこいつらを殺してみせま…………げぶぅ!?」
ガリスが俺らを睨んでそう言おうとした瞬間、ベルのビンタが頬に直撃し残像を残して消えた。ビンタの勢いで回転したベルのドレスが華麗にふわりと舞いながら回転する。
「なんもわかってないようね…………?」
ガリスは音速で壁に衝突した後、地面に倒れていた。
「も、申し訳ありませ…………」
そうして気を失った。
「馬鹿ね」
あれ? ガリスってノエルに吸収されたんじゃなかったっけ?
【賢者】瀕死状態だったため、融合が不完全だったようです。
なるほど。
「ま、いろいろあったようだけど今までのことは水に流しましょう。事実、私を含めてあなたたちはこの人間たちに敗北し、命まで見逃された。これは大きな借りよ」
「しかしベル様。私達が万全であればこのような者など…………」
メルサがまだ御託を並べる。
「あらメルサ、私の言うことが聞けないの?」
ベルは氷のような笑顔でメルサにそう言った。
「っっっ!! もっ、申し訳ありません!! 生き埋めだけは勘弁を!」
メルサは霞むような速度で地面に頭を擦り付けた。
その様子にメルサと死闘を繰り広げたアリスは苦笑いをする。
生き埋めにされたことあるんだなぁ……。
「まぁ詳しくはノエルから聞いてちょうだい。説明お願いね。あとはよろしくノエル」
「はっ! かしこまりました」
ノエルは綺麗に礼をした。
◆◆
「うぇぐっ、はぁ、はぁ、はぁ…………!」
タタタタッ……!
ウルは涙を腕で拭いながら時計台を上っていた。
小さい頃、何度もジャンに連れてきてもらったことがある思い出の場所だ。ここから見える町の景色はウルにとっても特別だった。
タッタッタッタッ…………!
ウルもこの階段を一度にかけ上がったことはない。いつも来る時はジャンと一緒だった。
「はぁ、はぁ…………」
階段を上りながらウルの脳裏にジャンと上った記憶が甦る。小さな頃はおんぶされながらだった。
そして、大きくなっても危ないからと手を握られ上った。人気はないが、それでも他の人に見られたらと思うと恥ずかしくて、不機嫌になったのを覚えている。
タッタッタッタ、タン…………ッ!
「はぁ、はぁ…………ここだ!」
時計台の一番上へと到着した。
そして、ウルは時計盤の穴から外へ出て長針に腰を下ろす。
目の前に広がる町は、今までに見てきた町と、どこか物足りなく寂しいような気がした。
「さぶっ」
ウルは強い風に身体を震わせ一度肩を抱く。そして、風に吹かれながら手紙を広げた。
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ウルへ
ウル、先に逝ってごめんなさい。子どもより先に死ぬなんてダメな父親でごめんね。
僕がいなくなっても自分を責めちゃだめだよ。そして、どれだけ泣いてもいいから、落ち込んだままでいないで。君は立ち止まらずに前へ進むんだ。
ウルは悪ガキだって町では言われてるけど、仁義を大事にできるもう立派な人間だ。そして1人でも立ち上がって前を向ける強い子に育ってくれた。ウルはもう僕がいなくても大丈夫だよね?
うううん、絶対に大丈夫だ。君は強いし、賢い。これからは自分の経験を軸に、意思を強く持って一歩一歩しっかりと歩んで行くんだよ。
そして、ウルに謝らないといけないことがある。ずっと隠してたんだけど、ウルは王族の1人、公には存在しない第2王女『ウルトニア・ウィストン・フィッツハーバード』だ。
だから僕は本当の父親じゃない。ウルのことだから、おおよそは感づいていたかもしれないけど、黙っていてごめん。
だけど、今はその事実を隠しておいてほしい。なぜなら危険なんだ。誰に狙われるかわからない。だから、ウルは普通の人とは違う人生を歩むことになる。それでも自分の運命に負けちゃだめだ。強く、強く、生きるんだよ。
だけど、それでもくじけそうになる時が来るかもしれない。そんな時のために、僕からウルへ最初で最後の宿題を出したいと思う。
ウル。ウルは人に頼ることが苦手だよね?
ウルが1人暮らしを始めたいって言った時は、本当は物凄く寂しかったけど、これを切っ掛けにウルに友人が出来ればと思ったんだよ。だって、1人で生きていくのって凄く大変なんだよ? だから、自然とウルも誰かを頼ることになるんだと思ってた。ま、そこでも1匹狼でたくましく生きていくんだから、もう笑っちゃったよ。どこまで強情なんだよってね。
だから僕からの宿題は、頼れる仲間や友人をつくって欲しいってことです。辛い時に思いの内を吐き出し、支えてくれるそんな友人をね。そうすれば、僕はもう安心だよ。思い残すことなんて何もない。
この宿題が達成できたら報告、よろしくね。
ジャンより
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「ジャンの馬鹿…………」
封筒には、水で濡れて乾かしたかのようにインクは滲み、よれよれになった2枚目の手紙があった。
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未来のウルへ
ごめん、やっぱり思い残すことはないは嘘。正直、皆に忘れられていくのは寂しいし、哀しい。それに本当はウルが成長していく姿を見たかった。
ねぇウル、歳はいくつになった? 大人になっていくウルを見れないのは辛いよ。大人になったウルと一緒に美味しいお酒飲みたかったなぁ。
背は何センチになった? 昔は背が低いことを気にしてたけど、まだまだ大きくなるから大丈夫だよ。すぐに小さくなるって昔からぶかぶかの大きめシャツしか着てくれなかったのが懐かしいよ。
仲間はできた? もし、まだだったらユウたちを頼るといい。怒ると恐いけど、仲間思いの良い奴らさ。きっとウルのことも快く仲間に入れてくれる。
冒険は楽しいかい? 僕より強くなった時はぜひ報告に来てよ。まだまだ負けるつもりはないけどね。
恋人はできたかい? 僕はウルが選んだ人なんだったらその人を信じるよ。僕は親馬鹿じゃないからね。ただ、きっと誠実で優しい人なんだろうと思うな。そして、きっと、大人のウルはすごく綺麗なんだろうなぁ。
町の時計台。あそこからの景色、ウルは好きで昔はよく一緒に行ったよね。あの場所からまたウルと景色、眺めたかったなぁ。
本当は…………大きくなったら、親子2人で一緒に世界中を冒険してみたかったんだ。それが僕の夢だった。ウルにとって僕は本当の父親じゃなかったかもしれないけど、僕にとってウルは僕の娘だったんだ。
…………ああ、もう叶わないんだなぁ。
…………………………………………寂しいなぁ。
でも、いいんだ。少し早い親離れだよね。
忘れないで。僕はいつでもウルをそばで見守ってるからね。
お父さんより
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ウルは手紙を食い入るように目を通すと
「お父さぁん…………」
ウルの涙は、いくら泣いても枯れることがなかった。
その声は風に乗って町中に。
町中の人々が時計台を見上げ、目頭を熱くした。
ウルはジャンの愛したこの町へジャンの遺灰を少しだけ握りしめると、さらさらと風に乗せた。
それらはワーグナーの風に舞うと、夕陽に照らされキラキラと光輝いていた。
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