第7話 別れ
こんにちは。ここでこの章は完結です。
「…………止めるっ!!」
甲冑ゴブリンが岩を投げた瞬間、とっさに両腕を前に突きだし、全力で重力魔法の『斥力』を使った。
…………ヒュッッッッ!!!!
大岩は一瞬で音速を超え、俺の目の前にあった民家を粉砕し塵に変えた。それを認識できたのは、後からだった。
気付けば視界が岩で埋め尽くされていた。そして俺の斥力と岩が衝突した。
ドツンッッッッ……………………!!!!!!!!!
「ぐうううううううううううっっ!!!!」
多分、何ヵ所か骨が折れた。斥力と大岩が反発した衝撃は俺の背後へと貫通し、そこから放射状に広がる。
ボゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
メキッ、メ゛キメ゛キ゛メ゛キメ゛キメ゛キ…………ッッ!!
衝撃は地面へと流れ、俺の背後の地盤をベキベキベキと数十メートルめくれ上がらせる。
周囲の家は衝撃で吹き飛び、一瞬で瓦礫となると、空へと舞い上がった。
そしてワンテンポ遅れて
…………ッッッッ、ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!
衝撃波で町中の窓が砕け散る音が耳を刺した。
「ああ……がっ…………!!」
飛びそうな意識を繋ぎ止め、ビキビキと砕けそうなくらい歯を食い縛る…………!
ググググググググググググ…………ッッ!!!!
一軒家のような大きさの岩は目の前で、俺の斥力を食い破ろうと突き進んでいた。
「んなっ…………」
両腕を突き出しているつもりだったが、衝突した衝撃で右前腕の骨が砕け、ダランと肘から先がダランと垂れていた。左腕は皮膚を突き破って骨が飛び出しているが動かせる。その左腕でかろうじて大岩の勢いを食い止めていた。
そして一度に過度な魔力を使用したためか、目と鼻から流れ出した血が顎を伝って足元に血が溜まっていく。
「ひゅ……ひゅう、ひゅっ…………」
呼吸に意識を持っていくことすらできない。集中力を裂けば、持ってかれそうだ。息の仕方がわからない。
岩を止められているのが不思議なくらいだ。普段斥力を発生させるのに必要なMPの数十倍のMPが消費されていく。
意識が…………とびそうだ。
それを必死で繋ぎ止める。岩はどんどん俺の魔法を押し込んでいく。
も、もうダメだ。これ以上、押さえてられない……!
俺の左手との感覚は残り30センチほどだ。
押し込まれ…………死っ……………………。
いや、こ…………こんなところで、死んでたまるか!
わけもわからない異世界で、理由もわからず死ねるわけがないだろうが!!!!
「あ゛あ゛あああああああああああああああああ!!!!」
一瞬だけ並列思考を使い、大岩の下に意識を向ける。意識を割いただけで岩はさらに斥力を押し込んできた。
大岩の下に魔鼓を作る。斥力を発生させ、上向きのベクトルを加え…………る!
ドヒュンッッッ…………!!
上向きの力を加えられた瞬間、岩はつっかえがとれたかのように斜め上に向かって再び加速し飛んでいく。そしてクレーターの縁を掠めると、見えなくなった。
思わず力が抜け、地面に膝から崩れ落ちる。
「ば、はぁああ!!!! はぁはぁ、はぁ、はぁ…………!!」
息が…………息ができる!
呼吸すらできずに気を張っていた。そして、息を吐き出した瞬間、一気に胃の内容物がせり上がって来たのを感じた。
「…………おぅええええええええええ!!」
ドボッ…………ビチャビチャビチャ!
無理がたたったか、嘔吐してしまった。げっそりと体力を持っていかれた。
今の攻撃を防いだだけで、残りのMPは2割を切った。
「ばっ、けものだ!!」
全身の体力を一瞬で奪われた。なんとか四つん這いの状態から体を起こそうとするも力が入らない。
ーーーーユウっ!
デリックが駆け寄ってくる音が聞こえる。
まずはこの腕をなんとか…………くそっ、しないと……!
赤黒く腫れ上がり、右腕の関節は5箇所ほど増えている。これが俺の腕だったことが信じられないくらいに痛々しい。でもまだ大丈夫、これなら治せる。それにまだアドレナリンが出て痛みを感じないことが救いだ。
ボキボキの右腕と骨が皮膚を突き破った左腕に回復魔法をかける。
骨が腕の中に入っていくのを、眺めながらも頭を働かせた。
この調子なら剣を握るのは厳しいが、まだなんとかなりそうだ。そうだ。奴は!?
甲冑ゴブリンを見ると、動きを止めこちらの様子を窺っていた。
「ユウ、遅くなって悪い! 生きてるか?」
デリックが息を切らして到着した。
「…………あ、ああ。生きてるみたいだ。死んだと思ったよ」
「お前、よくやったな……。でもアレの相手は無理だ。逃げるぞ」
デリックはひきつった顔をしながら真剣に言った。
「そう…………だな」
わかってる。今アイツと戦ったら今度こそ俺は死んでしまう。それくらい、俺でもわかる。
「デリック、ミラさんは?」
「ミラには…………さっき別れを済ませてきた。あの女は賢い。なんとかするさ」
デリックは、俺の方を見ないで自分に言い聞かせるように言う。
それで俺は意味を悟った。
「ミラさん…………」
そしてデリックは続けた。
「それにな、ミラにも頼まれたんだ。ユウだけは助けてやってくれってな」
デリックは照れるように後頭部をかいた。そして続ける。
「お前は俺が責任を持って逃がしてやる……!」
デリックは俺の目を強く見てそう言った。
でも…………でも、なんで?
「いいか? アレがいる以上、他の人間を助ける余裕なんて皆無だ。まずは自分が生き残ることを優先しろ」
「……あ、ああ。でも待ってくれデリック。なんでそこまで俺を…………」
そう聞きかけた時、
「「「「グギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」
ゴブリンたちの咆哮で湖の水が波立ち、ビリビリと大地が振動した。ものすごい音だ。鼓膜がバリバリと音をたてる。
そしてゴブリンたちが武器を手に、一斉に全速力で走ってきた。
「ユウは休んでおけ!」
デリックはそう言って剣を構える。
「ふざけんな! 俺だって、魔法ならまだ戦える!」
そう言って俺は5つの魔鼓を浮かべる。そして魔力を魔鼓に凝縮し、炎のバレットを発射する!
ダンッ…………!
高貫通力の魔法は、迫り来る先頭のゴブリン右目を爆散させながら、通り抜け、後ろのゴブリンの頭をえぐり、更に後ろゴブリンの右腕を吹き飛ばした。
ダダダダダダ…………!!
ガトリングバレットは次々とゴブリンたちを貫通し、死体の山を築いていく。
「てめぇら、どけえええ!」
俺の魔法に浮き足だったゴブリンたちに向かって、デリックが突っ込んだ。
ゴブリンの攻撃を一度も受けることなく、流れるよう、そして踊るように斬り捨てていく。その姿はまさに剣の達人。
デリックの姿に鼓舞されたのか、町人たちが、斧や畑の鍬、鎌などを手にぞろぞろと家から現れてきた。
「俺らの町を好きにさせるか……!! やるぞ皆!」
1人の町人が手斧を掲げて叫ぶ。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
ついに町人たちも応戦し始めた。
◆◆
ゴブリンは、大きい個体でも人間の胸くらいまでしかない。大人の男性ならば、十分に倒すことはできる。そのことが人々の戦意を支えていた。
戦いが始まってすぐ、まだこちらの方が優勢だ。だがゴブリンの数は減ることを知らない。後から後から、まるで波のように押し寄せて来る。
せめて戦略を持って戦えば、もっと善戦できるだろうに。各々が自由に戦うなど、結果は目に見えていた。
「はっ! 大したことねぇな!」
男性が木こりの斧でゴブリンの首を跳ね飛ばした。そして彼はゴブリンを殺したことに自信を得たのか、その場で勝ち誇った。そこへ後ろから走りよる3匹のゴブリン。
「あぶない!!」
ちょうど近くで戦っていた俺は、慌ててファイアバレットをそのゴブリンたちに撃つ。
ドパパッ……!!
2匹は頭部を粉砕したが、1匹外してしまった。
「おい、後ろ!」
俺が叫んだのを聞いて振り返るも遅かった。
「……あ?」
そのゴブリンが男性の背中に飛び付き、錆びたナイフを突き立てた。
「いぎっ!?」
悲鳴と共にその男性は前のめりに倒れた。ゴブリンは背中に乗ったまま、傷口が広がるようニヤニヤ笑いながらグリグリとナイフを動かす。
「いだっ! がっ、ああああああ!」
パァンッ!
なんとか俺が相手していた他のゴブリンを始末し、バレットで男性を襲うゴブリンの頭を吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ……おい、大丈夫か?」
俺が助けに入った時、すでに男性はこと切れ、地面にうつ伏せに倒れたまま動かなくなっていた。後になって、じわじわと男性から血が流れ出した。
「間に合わなかったか……」
初めて人が殺されたことを知り、周りの人間がパニックになった。
「「「「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」
悲鳴を上げる町人を見て、ゴブリンたちはニヤニヤと笑う。
「やっぱ……やっぱりこんなの無理なんだよおお!!」
そう叫んだ人は次の瞬間、首をかき斬られていた。
こちらが優勢だったのは初めだけ。後ろからどんどんと迫りくる数の暴力がそれを押し潰した。人々の声は徐々に悲鳴に変わり始めた。
「今、俺にできるのは……」
とにかくどうやってここを抜け出すかだ。腕の怪我はほぼ治った。だが、もうバレットすら撃つ魔力がない。魔力が回復するまで剣で戦うか。
そう考えている間も、視界の端で果敢にゴブリンと戦い、1匹のゴブリンを葬った男性が、後ろから3匹のゴブリンに群がられ、噛み殺された。
なんとか突破口を見つけないと…………て、あれ?
「…………デリック、どこだ!?」
町の人を助けて回っている間に、デリックの姿を見失っていることに気付いた。周りを見回すも、前も後ろもゴブリンだらけだ。
そして、考える暇もない。
正面から飛びかかってきたゴブリンを頭を下げてかわすも、そこにブンッと降り下ろされるこん棒の音が聞こえた。
「あぶっ!」
身をよじってこん棒から距離をとって回避する。その途端、別の人を襲っていたゴブリンとぶつかった。
「グギャ?」
俺とぶつかり転げたそいつを、剣でズプリと突き刺す。
「おい、大丈夫かっ?」
襲われていた人は地面にうつ伏せに倒れている。肩を掴んで引っくり返すと、喉を噛みちぎられ死んでいた。
くそっ、なんとかしねぇと…………!
「皆! 戦わなくていい! 逃げてくれ!」
そう言いつつ、3匹のゴブリンを連続でぶった斬る。
「いっつ!」
まだ腕が万全じゃない。斬った時の抵抗に痛みが走る。一度息を整えるために路地裏のゴミ箱の影にしゃがみ、身を潜めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんで、こんなことに…………っ」
次第に、血を流し倒れていく人が増えてきた。人間が減ることで悲鳴すら聴こえなくなり、町にはゴブリンの笑い声が響くようになってきた。
奴らは町に火を放ったようだ。煙が3軒先の家屋から上がっている。
パチパチと火の燃え盛る音が鳴り、女性の悲鳴が遠くで聴こえた。
町のあちこちで火の手が上がっている。
子どもの泣く声が聴こえる。
ガラガラと燃えた建物が崩れる音が聞こえる。
俺を見つけたゴブリンがニヤニヤとがに股歩きで近寄って来ている。
くそっ!
くそっ!
「くそっ!」
俺は、近寄るゴブリンの首を切り飛ばした。
その時、
おにいちゃん…………。
どこからかわからないが、燃え盛る建物の音に混じって子供の声が聞こえてきた。
「子供の声………そうだエル! エルは!?」
一気にゾクッと鳥肌が立ち、心臓がバクバクと激しく鳴る。嫌な想像が脳裏をよぎった。
町の建物は半数が崩壊している。もはや見慣れた町の姿はどこにもない。赤く燃える建物と、緑色のゴブリンが邪魔して図書館が遠い。
燃え盛る瓦礫を飛び越え、向かってくるゴブリンを蹴り飛ばしながら、俺は走った。
◆◆
バタン!
勢いよく図書館の扉を開けると、俺は叫んだ。
「どこだ! どこにいる!? エル! エルッ!!!!」
図書館の中にまで、すでに火の手は回っていた。ゴウッと激しく炎が燃え上がる。
「熱っ!」
本棚が燃え、火のついた本がドサドサと崩れ落ちてくる。そしてパチパチと火の粉が舞い上がる。図書館内は火によって揺らめく赤とオレンジに染められていた。
「エル! どこだ!?」
それほど広くない図書館の中、燃え盛る火の粉を払いながらエルの名前を呼んでは捜す。
「…………おにい、ちゃん?」
ゴウゴウと燃え盛る炎のなかに、消え入りそうな声がした。
声をした方に進むと、そこには3匹のゴブリンと大きめの1匹のゴブリンに取り囲まれながら、火の着いた本棚にもたれ掛かって座るエルがいた。
「良かった……! まだ無事だ!」
エルは、頭に俺があげた髪留めをしてくれていた。そして、いつものワンピースと違い、ロングスカートを履いていた。
俺と祭りに行くために準備してくれたんだろう。さぞ、楽しみにして。だが、その服は今血に汚れている。そして、エルの手にはナイフが抱えられていた。
あのデカいゴブリンは魔物図鑑で見た。体の大きさから考えてホブゴブリンという種だ。
「待ってろ今行く!!」
俺とエルの間には倒れた本棚が燃え盛っていた。火の向こう側でエルが話す。
「…………うううん。おにいちゃん、ここまで来たら危ないよ」
エルはか細い声で言う。
「エル、俺の心配してる場合じゃ…………!」
俺が駆け寄ろうとすると、エルは続けて話した。
「それに、町がこうなった時どうすべきか、お父さんとお母さんに教えてられてたから」
エルの頬を涙が伝う。そして首を横に振り、弱々しく笑った。
「お母さんたちはわかってたの。いつかこうなること。だから外の世界への道を探そうとしたんだと思う」
話している間にも横の通路から1匹のゴブリンが、俺に近付いてくる。
「邪魔すんな!」
一刀にて斬り伏せる。
「ありがとうお兄ちゃん。エルはもう満足だよ。お母さんとお父さんが死んじゃって、寂しくて、寂しくて、ただ生きてるのが辛かった…………。でもお兄ちゃんが遊びに来てくれて、聞いたことない話をいっぱい話してくれて、すっごく楽しかった」
燃える本棚を迂回すると、ホブゴブリンが立ち塞がった。近くで見ると、俺よりも背丈がある。
くそっ! 邪魔だ!
「でももういいの。これでおしまい。最後にお兄ちゃんに会えて良かった……。今までエルと遊んでくれてありがとうね」
「最後じゃねぇよエル! 町の祭、一緒に見に行こうって、約束したじゃねぇか!!!!」
エルはボロボロと泣いていた。涙が頬を伝って、洋服を濡らしている。
「うん、ごめんね。でも、誘ってくれてありがとう……わたし、本当に嬉しかったよ?」
「だったら!」
ゴブリンの相手をしながらエルと話を続けようとした。
「エルのこと、絶対に忘れないでね…………」
くそっ腕が全快ならこんなゴブリンども…………!
「待っ、待ってくれエル! 諦めんな!!」
まるで、死ぬつもりみたいだ。
喉が枯れる程叫んだ。
「ばいばい、おにいちゃん。生きて…………エルがしたかったこと。私の代わりに外の世界を見て回ってね?」
そう言ってエルは、ナイフで自分の胸を突き刺した。
「エ、エル? …………なんで?」
ガシャン。
俺は、無意識に剣を落とすほど、力が抜けた。
エルはそのままコロンと床に横たわった。
「お、おい、エル」
エルには出会っていきなり振り回された。エル1人だけで寂しかったんだろう。俺に会うといつでも楽しそうだった。俺をおにいちゃんと慕ってくれた。俺にはもう、デリックやミラさんと同じように家族のように思えていた。
諦めんなよ! これから、いろんな楽しいことを教えてやろうと思ってたのに…………!!!!
「なんでだよ!?」
声が裏返って叫んだ。
お、おめかしまでして、今日の祭り、楽しみにしてたんだろ…………?
エルは、泣くほど喜んでたもんな。
ごめんな、連れて行ってやりたかったのに。
約束、守れなくてごめんな…………。
守ってやれなくて、ごめんなぁ…………っ!
「グゲキャキャ!!!!」
我にかえると、お楽しみを奪われたゴブリンたちは怒り狂い、エルの亡きがらを蹴ろうとしていた。
「やめろおおおおおおおおおお!!!!」
エルのもとへ走りよる。
「お前ら…………なぁお前ら、なんでそんなことできる!?」
俺はエルに覆い被さった。それでもなお、ゴブリンは俺ごとエルを蹴る。
「うっ、ぐっ!」
腹を蹴られ、思わず声が漏れる。
こいつら、エルを何だと思って?
殺す。殺す。殺す。殺してやる!
「ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!!!!!!」
瞬間、怒りという名の魔力が俺の体から溢れた。
ミヂュッ…………!
俺を蹴り続けていたゴブリンどもは、一言も発することなく図書館の床のシミになった。
「エル!! おいエル!!!!」
床に横たわるエルを起こした。ナイフは自分の小さな心臓をひと突きにしていた。俺の服はエルの血で濡れている。
「治れ!! 治れっ!! 治れよぉ!!!! 何のために、この世界には魔法があるんだよおおおおおお!!!!」
涙が溢れ、頬を伝っていく。回復魔法でもエルが息を吹き返すことはなかった。
エルの亡骸を見ると、背中に大きな傷があった。さっきのゴブリンたちにつけられた傷だったのかもしれない。賢いエルは、自分がもう助からないとわかってたのかもしれない。
堪えようのない怒りがボコボコと沸き上がってきた。
「殺す! 絶対に!! アイツらを根絶やしにしてやる!!!!」
エルを抱き締めながら、崩れゆく図書館の中で泣いた。
エルの亡骸を埋葬する時間はなかった。そして、綺麗な顔で死んでエルの見て冷静になり、思い出した。
そうだ。エルは最後に俺に「生きて」と言った。ならここで泣いてる暇はない。
「俺は絶対に生き抜く。後で必ず埋葬しにきてやるからな、エル。今度こそ約束だ。必ず守る」
エルも最後は好きだった図書館がいいだろう。俺はエルを床にそっと座らせ、お別れをした。
◆◆
その後どうしたのか、燃え盛る町を走り回り、気が付けば屋根の上で休むデリックを見つけていた。さすがのデリックも無傷とはいかなかったみたいだが、良かった。まだ元気そうだ。
「デリック、エルが…………」
抑えようとしたのに声が震えた。
「そうか…………」
それで理解したのだろう。デリックは目頭を押さえた。
「ユウ、今は堪えろ。ゴブリンどもは大部分が町に入っている。今なら奴らが来た方向から逃げられる」
俺は黙って頷いた。
出来ることはやった。そして、何も出来なかった。
エルを…………少女1人救えなかった。
俺たちは、まだ無事な民家の屋根を跳び移り、町の外を目指す。幸い、ゴブリンは民家を漁るのに夢中で俺らには気付かない。最後の民家から飛び降りる。この辺は最初の甲冑ゴブリンのせいで家が粉々になっている。
「ユウ、こっから畑を抜けるまでは遮蔽物が少ない。奴らの密度の低いところを突き抜けるぞ……!」
「わかった。先陣は俺がやる!」
とにかく考え無しに俺が言うと、
パシン!
頬に決して優しくない衝撃が走った。デリックが平手で俺の顔を叩いていた。
頬がじんじんとする。その痛みが何かを訴えかけてくる。
「何だよ!」
俺がそう言うと、デリックはしゃがみながら俺の目尻を指差した。
「へ?」
俺は、無意識に涙を流していた。
「ユウ、気付け。お前は今冷静じゃない」
「あ、ああ…………すまん。俺はエルに生きろと言われたんだ。絶対に生き残る」
知らぬ間に流れていた涙を拭って深呼吸をした。
「そうだ。悲しむのは、自分が助かってからだ」
そこからは民家の瓦礫や作物の影に隠れながら、ゴブリンの包囲網を抜け、あっさりと草原に出た。そこから草原をかけ上がる。名残惜しさに後ろを振り返ると、燃え盛る町が湖に映っていた。それを見て思わず叫んだ。
「…………なんで、なんでそんなに綺麗なんだよ…………!」
悔しさか悲しさか、どっと涙があふれた。
「ユウ、まだだ。行くぞ」
立ち止まった俺に、デリックが声をかけた。
「ごめん」
燃える町に背を向け、クレーターの坂をひたすら駆け上がる。中程に差し掛かった時、草原から一斉に30匹ほどのゴブリンが弓を構えた状態でザッ! と突然立ち上がって現れた。
「くそっ!」
ゴブリンを見て一瞬怒りが再燃するも、我を失ったりはしない。
「「「グギャギャギャギャギャ!!!!」」」
ゲラゲラとバカにしたように笑う。
勝手に笑ってろ。いつかお前らを滅ぼしてやる。
「ふぅ、待ち伏せされたみたいだな」
デリックがさっと剣を構える。
「俺が矢を防ぐ。デリックは突破口を開けてくれ!」
「ああ」
デリックはしっかりと俺の目を見て頷いた。
「グギャギャ!!」
ゴブリンから、一斉に矢が放たれた。
シュヒンッ…………!!!!
「止まれ!」
俺はデリックよりも前に出て、斥力を発生させた。矢は徐々に失速し、地面に落ちる。だが、発生し続けられるほど魔力に余裕はない。
「デリック長くはもたない!」
後ろのデリックに向かって叫ぶ。
「十分だ。伏せろユウ!」
デリックに従って、サッと草原に腹這いになった。
スパァンンンンンン…………!
その瞬間、ゴブリンたちは30匹が全員同時に上半身と下半身を分かれさせた。そして振り返れば、剣を真横に振りきった姿のデリックがいた。
「さぁユウ、早く行くぞ」
そう言いつつ、デリックは俺を追い越してさっさと前を歩き始めた。
「デリック、今のはなんなんだ?」
聞かずにはいられず、デリックの背中に問いかけた。
「ふん、逃げ切れたら教えてやるよ」
そう言って、デリックは俺を振り返ってニヤリとした。
だが、その瞬間デリックの前には…………、
「デリィッッッック!!!!!!!!」
目を見開き、俺は全力で叫んだ。
前を振り返ったデリックの前に甲冑を着たアイツが突如現れていた。
「っ!!!! ……ユウ逃げろっ!!!!」
デリックが特攻した。
「あ゛あああああああああああああ!!!!」
デリックが死物狂いで剣をアイツに向けて降り下ろした!
その瞬間、何をされたかわからない。
デリックと俺は、綺麗な夜空を仰ぎながら吹き飛んでいた。
◆◆
「う…………あ、あぁ、あ」
意識が戻ると、まず血の臭いがした。目を閉じたまま、周りの気配を探る。どうやら、回りに魔物はいないようだ。仰向けで目を開けると、草が生い茂ったずっと先に月が見える。
それほど時間は経過していないようだ。
デリックを捜すために立ち上がる。ダメージからか、ふらついて上手く立てない。ようやく立ち上がると、あの甲冑ゴブリンは消えていた。俺らが死んだと思ったのだろうか。
「デリック!! デリックどこだ!?」
すぐ近くに人の気配がする。デリックは生きていた。
右腕は肩ごと吹き飛んでおり、傷口の太い血管からは心臓の鼓動に合わせて血がピュッ、ピュッと吹き出し続けている。断面からは白い鎖骨と肋骨が見えていた。
それでも、それだけですんでいたのが奇跡だ。
「血が、血が…………!! 止まれ、止まれよぉおおおおっ!!!!」
デリックは意識はあるようだが朦朧としていた。俺は着ていた服を破り、できる限り傷口を縛ると回復魔法をかけまくった。
だがもう、魔力がない。
「デリック! デリックしっかりしろ!」
頬をペシペシと乱暴に叩くと、目だけでボーッと俺の顔を見た。
「ユウか…………すまん。しくじった」
デリックの目の焦点が合うと、はははと笑う。
「デリックすまん。腕が…………!」
泣きそうな声が出た。デリックはチラリと自分の右側を見る。
「あ~あ、…………これじゃあもう厨房に立てねえじゃねえか」
デリックは残った左腕で目を隠した。俺だって泣きそうだ。弱気なデリックなんか見たくなかった。
「はは…………! そ、そこかよ。気にすんな。またどこか別のところで店でも何でも開けばいい。腕くらい、俺がなんとかしてやる! 生きろ! ぜっっったい死ぬなよ!!!!」
腕くらい、俺が生やしてやる。
「…………おう。本当頼むぜ…………」
デリックが掠れた声でニヤッとした。
無理矢理笑ってるのが見え見えだ。
「アイツはどっか行ったみたいだ。今のうちに逃げよう。ちょっと揺れるが我慢してくれ!」
俺はデリックを背負い、走り出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ!」
クレーターの縁を初めて踏み越え、そこからも何も考えずにひたすら草原を走るーーーーーーーー
こんな形でクレーターの外へ出ることになるとは思わなかった。
背中に背負ったデリックの軽さに、失った右腕を感じた。
◆◆
20分ほど走っただろうか。追っ手は来ない。
「なぁユウ。ちょっと、話…………聞いてくれないか?」
背負われたまま、デリックが話しかけてきた。
もうかなり湖から離れただろうか。速度を落とし、草原の中を歩いていく。
「…………ああ」
「昔話だ…………俺は、フルーカっていう田舎村で生まれたんだが、ユウの歳くらいの頃、このゴブリンの国に襲われ壊滅した。俺は隣町まで出稼ぎに来ていて無事だった……」
デリックが思い出すようにゆっくりと話し始めた。
「だが、俺以外、俺の両親や友人、恋人まで、アイツらに…………乱暴され! 皆殺しにされた!」
デリックの見せたことない感情が溢れていく。
「俺は、なぜあの時村に居なかったんだって、自分を呪った…………。1人取り残されることがなかったろうにって。そして俺は復讐を誓った! 必ずアイツらを皆殺しにしてやるってな。そして冒険者になった」
デリックの俺の肩を掴む手に力が入る。陽気なデリックからは想像もつかない、怒りを感じる。
「だが俺には才能がなかった。冒険者にはバケモノみたいな奴もいる。俺はどうしてもそいつらみたいにはなれなかった…………。それでも諦めきれなかった俺は、家族の復讐をするため、死ぬつもりでこの国へ挑み……出来るだけ奴らを、殺して! やろうとした」
その気持ちは今の俺は、痛いほどよくわかる。
「そして戦いの後に森を抜け、満身創痍で偶然たどり着いたのが、この幻の町、アラオザルだった……」
ザクザクとデリックの声に耳を傾けながら俺は歩き続ける。
「死にかけていた俺は確かにあの時…………、俺を呼ぶ声を聞いた」
俺たちの歩いた後には、赤い血が点々と線を引いていた。デリックは続ける。
「この町の人達はな、アーカムの中にいることを知りながら町の外に出ることを諦めていた。…………なぜだと思う? 生きて出るなんて、無理だからだ!」
興奮したデリックは息も荒く、辛そうに話す。
「ここは、湖から離れるほど魔物は強力になる。昔は何度も挑戦したらしいが、誰1人外へは出られていない。その証拠に、人の国じゃ、誰もこの町を知らない。そして……町では町の人を守るため、町から離れることを禁止していた」
「それでビクトル町長は俺にあんな態度を…………」
町の外から来た俺による情報で、町の人たちが外の世界に興味を持つことを避けたかったのか。
「だがそのままだと、いつか食われる時を待つだけ。柵が壊れたら格好のエサ場だ。人々はいつか今日のような日が来ることをわかっていて、そしてどこか諦めていた。もしくは考えないようにしていたんだろうな……」
デリックは夜空を見上げて話す。
「本当か? ならどうしてエルの両親は…………」
エルに両親がいさえすれば、まだエルは生きていたかもしれなかった…………。
「…………すまん。それは、俺の……せいだ」
デリックが後ろでギりっと歯を食い縛った音が聞こえた。
「あの2人は図書館司書だった。もちろん、本に詳しく誰よりも知識があった。当然外の世界へ興味があり、この町に危機感を抱いていた2人からは色々なことを聞かれた」
そうか、そういうことか…………。
「教えたんだな?」
俺だって、エルにはそうした。
「ああ。この町にたどり着いたばかりの俺は……こんな風潮を持つ町だとは知らなかった。助けてもらったお礼にと、俺はどんどんと外の世界の知識を与えたさ」
デリックは自虐的に渇いた笑みを浮かべた。
「すると、次の日。幼いエルと両親は馬車ごと消えていた。俺は、ボロボロの体で必死に3人を追いかけた」
「エルも一緒に出たのか?」
「ああ、追い付いた時、クレーターの縁を越えてすぐのところで壊れた馬車と無惨に食い散らかされた2人の大人の死体。エルだけは運良く無事だった。俺はエルを抱えて町へ戻った。町の人は俺のせいで2人が亡くなったとは知らない。だが、町長だけは俺を疑った。俺の店が役場の隣なのはそういう理由だ。俺は……町長に監視されてたんだよ」
デリックの声が哀しみを含んでいるのがわかった。
「違う。悪いのはデリックじゃなく、あくまで直接害を与える魔物だろ」
なんとか、デリックの苦しみを和らげてあげたかった。
「いや、だとしても2人が死んだのは俺の責任だ。だから俺は、魔物からこの町を守ろうと決めた。弱々しく生きるこの町の人達は、守ってやらねぇとダメだったんだ。今思えば滅んだ俺の故郷と被ったんだろうな」
デリックの言葉にはただ、ひたすらに自分の行いに対する悔しさが滲み出ていた。
「それも、たった今、俺の故郷で見た光景と同じになっちまったがな…………」
デリックの目には大粒の涙が溢れていた。
「もう、ここで一生暮らすのもいいと思えていたっっ…………!! ミラにも! で、出会えたしな……」
ミラさんのことがよみがえって来たのだろう。押し殺してた辛さが溢れそうになっている。
「そこに、お前が現れた。俺とミラの間にはな。子供が出来なかった。だからか、短い間だったがお前は俺らの息子みたいに思えてた。お前のことでミラとケンカすることもあったしな」
そんなふうに思っていたのか。そう言えば、一度喧嘩しているような声を聞いたことがあった。通りで子供扱いしてきたわけだ。
「なぁ、知ってるか? 大昔の伝説にはお前のような異風の格好をした人間が現れ、一度は魔物に支配されようとしていた世界を救ったらしい」
「まさか…………」
俺以外にもいたのか!?
「俺は直感でそれはお前だと思った! ユウも同じだと! 俺はっ!」
デリックは一瞬言葉に詰まった。そして絞り出すような声で
「ユウ、おまえ…………こんな、罪もない人間が、苦しみ無惨に殺される。こんな世界が正しいと思うか?」
「いや…………思わない、思うわけがない」
そんなもの正しい訳がない。
「俺は認めん! 壊してくれ!! この腐った世界を! 俺はいったい…………いったい、いつまで苦しみ続ければいい!!!?」
デリックは、声が裏返りながら、悲痛な叫びをあげた。
「俺には、どうする力もなかったんだ…………」
最後には声を掠れさせた。
「同じような、境遇にある人たちを、頼む…………救ってくれ。
……俺の代わりにっ、世界を……変えてくれ。
俺を……………………救ってくれ!!!!!!!!」
デリックはもはや、弱々しく俺の背中を叩いた。
「でないと俺は、死んでも死にきれんっっっっ!!!!」
必死で言葉を吐き出したデリックに対し、
僕は黙って前を向き、そしてはっきりと返事をした。
「ああ…………、わかったよ……………………」
「ふふっ…………やっぱりユウ。おまえは俺の息子だ。
ユウに会えて良かった。夢を託したぜ……。
あぁ、今夜も月がきれいだなぁ…………」
背中が
急に重くなった。
◆◆
それからデリックは一言も話さない。
しばらく歩き続ける。
「…………デリック。お前はそんな簡単に、そんなに簡単に! 死んでいいのかよ!? お前の人生は、もっと! ずっと! 重たかったはずだろ!?」
デリックを背負って話しかけながら歩いた。視界がかすんできた。
「何が、お前は絶対に逃がすだよ。お前が死んだら意味ないだろうが…………。馬鹿野郎…………」
涙が止まらない。
この世界に来て、記憶もなく、頼るところもなく、不安につぶれそうな時、人の温かさを知った。あんたの陽気さには助けられた。よく俺をからかって遊んでくれたよな。
ミラさんに怒られながら、尻にしかれながらよ…………。
「なぁ、なんとか言ってくれよ!! この世界に、俺をまた1人にしないでくれよ…………!!!!」
俺は草原に立ち尽くし泣いた。吐くまで泣いた。
デリックの胸のうちを最後に聞けて良かった。
そう、デリックは死んだんだ。
「っっ!!!!
あ゛りがとう!!!!
お゛まえがいなきゃ、俺は!!
とっくに死んでいた!
約束する!
俺はこの世界を変えてやる!!
エルやあんたみたいな人が、こんなにも
苦しまないですむように!!!!」
デリックの剣を墓標に彼を埋葬すると、俺は町に背を向け歩き出した。
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