第66話 ベルと悲劇
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「はぁ、はぁ、はぁ…………」
土ぼこりのおさまらない中、戦場を見下ろしていた。
奴は仰向けに右手をパタッと広げ、横たわった。戦場と化した最下層フロアは瓦礫の山とデコボコな地面に、戦闘の余波で無惨にも破壊され、背もたれを失った玉座がある。
勝てた…………。戦っている時は怒りであまり意識していなかったが、数段上の相手だった。勝てたのが不思議なほどだ。
倒れた奴のそばに着地し、あらためてこの悪魔を見下ろす。
銀色で艶のある長い髪が、まるで水が流れたように地面に投げ出している。長さは腰まであり、髪の左サイドにだけ金色のメッシュが入っているようだ。ローブの上からでもわかるその華奢な体は妖艶だ。そして悪魔の中でも非常に整った顔で大きな銀目に、ぷくっとした唇。控えめな胸に幼さの残る14~15歳くらいの外見。
しかし、さっきステータスを覗いた時は2000歳を超えていた。悪魔の外見は当てにならなさそうだ。
俺が見下ろすと奴もこちらを見た。ただ見てるだけのその銀色の眼には何も映っていない。
「ねぇ、殺して?」
奴は無表情に口を開いた。その声には無意識だろうが色気を感じる。
「言われなくともな」
黒刀を首元に当てると、奴は黙って目を閉じた。
このまま力を抜けば、この黒刀は自然とこの悪魔の首を落とすだろう。だが、1つ引っ掛かっていたことがある。
「その前に聞きたい。なぜあんなやり方でジャンを殺した?」
戦ってわかったが、こいつはそんな卑怯な戦法を選ぶ奴ではない。それに確かなのは、まずこいつが戦場に出ればワーグナーは滅んでいた。そんなめんどくさい方法をとる必要がない。
「ジャン…………なんのこと?」
悪魔は目を開けて聞き返してきた。
本気で知らないのか…………。
「私が知っているのは貴方たちが私の部下を皆殺しにしたことだけよ」
不機嫌、そして悲しそうにそう言う。
「当たり前だろ。お前たちが町を襲ってきたからだ」
「それは…………仕方なかったの」
ベルは目をそらしながら答えた。
「仕方なかっただと? それで何人の人間が死んだ?」
仕方なかったではすまされることではない。
「人間が何人死のうがどうでもいいことよ」
「は? そんなわけあるか!」
そのあまりにも人間を軽視した発言に思わずカッとなった。
「これだから人間は……! 私が言いたいのは、氾濫は私の意思ではなかったということ」
諦めていたはずのベルは、残った右腕に力をいれるとよろよろと身体を起こし、岩にもたれる。だが、その動作だけで息を荒げていた。
「はぁ、はぁ……。どうせ殺されるのでしょう? 最後に私の話を聞きなさいよ」
ベルは絶望したようにうつ向きながらも、目だけは苛立ちを載せた視線を俺へと向けてきた。
どのみち今回の氾濫の首謀者だ。処分はまぬがれない。
「時間の無駄だ」
「偉そうに。傲慢な人間…………。ならさっさと殺すがいいわ」
ベルは諦めたように悪態をつくと、上を向いてそのか細い首を差し出し目をつむる。だが、その身体は震えていた。
【賢者】ユウ様、今回の氾濫にはいくつか不自然な点があります。ジャン様を殺したのがこの悪魔でないなら、少しでも情報を聞き出しておくべきかと。
…………はぁ。そう、だな。
「わかったよ」
「あら、いいのかしら?」
その長い銀色のまつ毛に大きな瞳を片目だけ開くと、少しだけ嬉しそうにふふんと鼻で笑う。
仕方なく俺はこいつの正面の岩に腰を下ろした。
「今さらあなたに話しても意味ないんだけど、私はバロムで侯爵家の後継ぎだった」
話し始めると、ベルは暗い表情になる。
侯爵?
【賢者】悪魔の世界バロムには、この世界と同じように悪魔たちが暮らしています。そこには貴族階層、そして王族も存在します。
へぇ。
「当家は、何万年も続くそれなりに力を持った家よ。私はまだ若いけど、今じゃその21代目当主。バロムは今平和そのもので、たまに人間に召喚されては、取り引きをして願いを叶えていた」
悪魔召喚って奴か。
【賢者】はい。人間が様々な目的に悪魔を呼び出し、贄と引き換えに契約を行います。
「お前が召喚されることもあるのか?」
思わず聞いた。こんなのが頻繁に召喚されてたら世界が危ういだろう。
「私たちクラスになると、とんでもない魔力か、それに匹敵する贄が必要だからまずないわ。召喚されたのは…………200年ほど前が最後かしら。つまらない仕事だったわ」
「へぇ、お前らでもそういう好き嫌いはあるのな」
「そりゃあるわよ。ただ、私たち悪魔は召喚に応じて契約をすれば、契約の解消はできない。でも悪魔にだって良心はあるの」
「あるのか?」
イメージ的になさそうだが。
「喧嘩売ってるの?」
「すみません」
「その時の召喚者の要求は国内の異教徒の殲滅。女も子供も関係なくね。異教徒たちはただ国に他の神も認めてほしかっただけ。でも契約は契約よ。だからせめて、異教徒たちの町は私が一瞬で地の底に沈めて上げたわ」
「それでなんで国が滅ぶんだよ?」
それを聞くと、この悪魔は途端に目をそらした。
「それは…………ええと。その時、あまりに非道で利己的な召喚者側の理由に腹が立って、その辺の騎士団長とか、向かってきた強そうな冒険者とかを片っ端から殺して、その身体を元にノエルたちを呼び出して、お大暴れして……それで気がついたら国が滅んでたのよ」
やっぱりこいつはヤバい。でも、そこに腹を立てるのは意外だ。こいつの良心とやらもあながち間違いではない。その後の話は論外だが。
賢者さん、事実だと思うか?
【賢者】シルベスタ王国を滅ぼした7柱の悪魔というのが、この悪魔たちであった場合特徴は一致します。記録にも王国軍と異教徒との衝突は頻繁にあったとはあります。
なるほど。これは本当なのかもしれないな。
「そっ、それはそれよ。私が聞いてほしいのは別のこと」
「はぁ…………」
急にこいつの表情がさらに暗くなり、声も小さくなった。どうやら、ここからが本編らしい。
「2年ほど前のある日、ある男の子が家に養子に来たの。見た目は人間で言うところの10歳くらいかしら。うちの母が孤児院で凄く気に入ったらしくて即決で連れてきたらしいわ」
「待て、お前らの世界にも孤児院があるのか?」
「当たり前じゃない。私達の世界じゃ、普通の食材に加えて魔力や人間の感情等も売り買いするの。それらも私達の食糧よ。買うためには貨幣も流通してるし、だから貴族だって、王族だってあるの。まぁ、レッサーデーモンクラスじゃバロムで暮らすのは無理だけど。あれはもはや家畜みたいなものね」
「ちょっと今、ものすごく衝撃を受けたんだが。バロムにそんな人の暮らしのような町が出来上がってるのか」
「当たり前じゃない。悪魔族はこの世界の人間よりかは、遥かに歴史があるのよ? いいから聞きなさいよ」
この世界の…………?
「ああ」
「家に来たその子は明るく、とても頭がいいの。誰にでも愛想よく振る舞って皆に好かれてた。でもその子が来てしばらく経ってから、どんどん家にいた人達がおかしな行動をとるようになって、恐がった使用人たちは次々にうちを辞めていった」
「おかしな行動?」
ベルは無感情に答える。
「簡単に言えば…………頭がおかしくなったの。急に壁に頭をぶつけだしたり、肉が抉れるまで体をかきむしったり、ハンマーで自分の足を叩き続けたりとかね?」
「そ、そりゃ使用人たちは逃げるわな」
「そして2週間ほど前よ、朝起きると普段と違って屋敷の中が静まり返ってた。部屋から出ると、廊下は血の海。残ってくれていた使用人たちは無理やり引きちぎられたようにバラバラにされてた……」
まるで趣味の悪い洋画ホラーのようだ。ベルの感情がヒステリック気味に高ぶっていく。
「りょ、両親は天井に、は、張りつけにっ! 顔がわからなくなるほど何百本ていう釘で打たれてた! 妹は、妹は…………中がすっからかんだった。内臓がきれいに抜き取られてたの! いつものようにベッドで眠ってて、妹は無事だったんだ!そう思って抱き締めたら、お腹がベコんて…………」
この悪魔は眼を大きく開き、渇いた笑いを声を壊れた人形のようにあげた後、ガクンと項垂れた。ポタポタと伝って落ちた涙が地面を濡らす。
「その後、その養子の子は行方不明で死亡扱い。一家惨殺の犯人は生き残った当主の娘の狂行、つまり私よ」
声が震えていた。
「そりゃ……」
なんで俺、悪魔の話なんて聞いてんだろうな。でもこれは、作り話なんかじゃない。多分、何かの陰謀に巻き込まれてる。
「家族を弔って上げることもできずに、私は逃げた。別宅で無事だったノエルたちは一緒についてきてくれた。いつか必ず犯人を見つけ出して殺すと決めて」
ノエルたち…………? 使用人ではないんだな。
「ちょ、ちょっと話の腰を折ってすまん。ノエルたちはどういう関係なんだ」
「彼らは私が昔ヤンチャしてた頃、勝手についてきた奴らよ。いつの間にか私専属の世話係になってたわね」
「ああ、舎弟ね」
「ま、そんなところよ。それでも追っ手に追い詰められた私たちは、最後の賭けに出た。そう、この世界に逃げて来ることよ」
奴は続ける。
「悪魔はね。この世界じゃ、誰かに取り憑いて受肉しないと10日も生きていけないの。だから、召喚でもされない限り追手もここまでは来れない。でも私たちも弱りきってた。だけど、たまたま降りてきた先にダンジョンがあったからボスに成り代わってダンジョンの魔力で生き長らえた。やっと…………助かったと思った!」
小さな肩が震えた。
「でも、ちょうど氾濫の時期に当たってしまったのと、ここまで来てノエルたちがおかしくなりだしたの。もともと静かに隠れるつもりだったのに、ノエルたちが急に好戦的になって、ダンジョンに眠っていたヒュドラまで復活させて氾濫を扇動するようになった」
「それでワーグナーの町を?」
「ええ。でも、この町にもあんたみたいな化け物がいた!」
悪魔は振り向くと、ボロボロと大粒の涙を流しながら俺をキッとにらむ。
「え…………俺?」
俺は悪くなくない?
なぁ、賢者さん。今言ってた屋敷の住人の異常行動。なにか思い付く原因はあるか?
【賢者】薬物、もしくは精神魔法ですね。ですが、悪魔族に薬物の効き目は少ないので、おそらく精神魔法かと。話の流れからして、怪しいのはその子供かと。
だろうな。
「なぁ、あんた。精神魔法に耐性あるだろ?」
「え、ええ。私に精神魔法の類いは効かないわ。生まれつきね」
「ふぅん。い、一応聞くが…………屋敷のことはあんたがやったんじゃないんだよな?」
空気がピリついた。
「殺すわよ…………?」
奴は真顔で瞳孔が開いてるんじゃないかと思えるくらいの眼力で俺をただ見た。
ま、魔眼を使われなくて良かった。今の、まじで殺す気だった…………。
「わかってる! でも確認はいるだろうが。ならどう考えたって、その子供が原因だろ?」
「あたしだってそう考えたわ。でも、そう訴えても周りは聞く耳を持たなかった」
そう精神操作もしくは単純に情報操作されていたんだろうな。
【賢者】おそらく別館と言っていたのでノエルたちに精神魔法の影響が出にくくなっていたのでしょう。でも、それがここに来て限界を迎えたのではないでしょうか。
なるほどな。
「なに? あなた私のために犯人を考えてくれてるの? もういいのよ。家族も、残された従者すら、すべてを失った私はここまで。ほっといてよ。もう助からないわ。ただ、消えるだけ」
顔をそむけた。
「おい…………!」
「あぁ……………………もう、最後なのね……」
俺が何もしなくても限界だったのか、こいつの身体がボロボロと崩れ始めた。その表情には、形容しがたい憎しみと苦しみ、悲しみが見て取れる。涙は止めどなく流れ落ち、枯れることはないのだろう。命を燃やしても、訴えるように、あるいは何かを呪うように涙を流している。
…………悔しかっただろう。家族を殺されてその犯人に仕立てあげられ、自分の住む世界を追われ、ここで消えかかっている。腸が煮え繰り返ってもおさまる訳がない。立場は違う。でも、まるでウルや、いつか見た火竜のよう。『辛かった』なんか一言で、言い表せないだろうな…………。
【賢者】ユウ様、何を考えておられるのですか…………!?
こいつを助けたい。
【賢者】いけません! 相手は悪魔です!
一緒だろ。こいつも同じ苦しみを持つ仲間だ。心があるなら人間と何が違う? それに随分と、『仲間思い』だろ?
【賢者】それは…………そうですが。
気に入ったんだ。決めたよ。殺さない。
【賢者】かしこまりました。
「おい。それじゃあジャンを殺したのはあんたじゃないんだな?」
奴はもうほっといてくれと苛立たしげに答える。
「知らないわ。氾濫はノエルたちが勝手に始めただけよ。私は氾濫がどうなろうと、どうでもよかった…………」
ほんとに知らないのか。
「ノエルたちは絶対に命令に背いたりはしなかったのに……。私の言うことを聞いていればこんなことには」
この悪魔の涙は頬を伝ってさらに地面を濡らす。
「なぁ、悪魔って人間に取り憑くのか?」
「…………へ? そ、そうだけど」
「お前、俺に取り憑けよ」
悪魔の表情が固まった。
「な、何を言ってるの?」
「俺には野望がある。それを達成するのに力を貸してくれるなら、お前の願いを叶える手助けをしてやる。悪くないだろ? どうだ?」
悪魔は固まった。理解するのに頭で何度も繰り返しているようだ。そして、頷いた。
「悪魔だなんて呼び方止めて私はベルよ」
ベルは初めて力を抜いたように、フッと笑った。
「俺はユウだ」
「変な人間。自分で殺しかけた悪魔相手に取引だなんて」
「いいだろ別に」
「私と契約するってことは、とんでもなく凄いことなのよ? 過去にそれができた人間なんて数えられるくらいよ」
「だろうな。強そうだ」
「まったく。で、あなたの野望ってのは? それ次第ね」
「平和だ。争いのない世界を作ることだ」
「馬鹿じゃないの? 人間は強欲で愚か。人間の世界でそんなものを望むこと自体、馬鹿げてる」
「いいや、俺はここじゃないどこかで、少なくとも飢える心配のない平和な国を知っていた。絶対不可能ではないと思う」
ベルはもう、両手両足ともに崩れ落ち、消え去っている。もう限界だ。これで良い返事をもらえなかったらこいつは死ぬ。
「…………いいわ。私の願いのことも忘れないでよね」
「ああ。必ず」
俺はベルに回復魔法をかけた。身体の崩壊が止まり、傷がふさがっていく。
「回復魔法まで使えるなんてね」
「まぁな」
「ちょ、ちょっと後ろ向きなさい」
「へ?」
「いいから!」
有無を言わせぬ様子だ。
「へ、へい」
言われたとおりに後ろを向いた。何か見られたくないのだろう。一応空間把握も切る。
「んっ、んんっ…………!」
「へ?」
何の声だ?
「はぁ、はぁ、はぁ…………もう、いいわよ」
振り返ると、ベルに手足が生えていた。そして、かなり疲れた様子だ。
「なんだ、それ見られるのが嫌だったのか?」
「当たり前じゃない! 私は女の子よ!」
「はぁ」
悪魔の感覚がわからない。
そしてベルはその場にちょこんと正座した。サラリとした綺麗な銀髪をかきあげて、膝に手を当てる。
改めて見ると、可愛い。2000歳を超えてるとは思えない。こんな可愛い奴が俺に取り憑くとか、こんなことってあるのな。なんか、ちょっとワクワクしてしまう。
俺は変態かもしれん。
「で? 取り憑くってどうすんだ?」
「そんなことも知らずによく言えたわね。私達悪魔は普通の食事以外に魔力や感情も食べるからね。魔力を分けてもらう代わりに力を与えたり、黙って取り憑いてその人の人生をめちゃくちゃにして楽しんだりするの」
「おまえら、やっぱり悪魔だな」
本気で退く。
ベルは両手をつきだして慌てて否定した。
「待って待って。そこまで悪事を働くのは私達の世界から追い出された、言わば野良悪魔だけよ。大昔の悪魔たちは気にせずに人間界で大暴れしてたみたいなんだけどね。この世界でいう教会の人達が立ち上がってバロムに乗り込んできて戦争になったそうなの」
まるで他にも世界があるような言い方だな。
「へぇ、どうなったんだ?」
「私達の惨敗よ。基本悪魔は受肉して強くなるの。していない状態は魔力や霊体に近い。レッサーデーモン達くらいになると、聖水がかかっただけでも死んでしまうの。教会の人間達はその道のエキスパートで、悪魔たちは手も足も出なかった。結局は悪魔王が人間たちのトップと交渉して人間界に極度に悪影響を与えないとしたの。それで当時は結託なんてなかった私たちだったんだけど、この結果を受けて、法を創り、人間界にちょっかいをかけすぎる悪魔を取り締まるようになったの。それが、今のバロムよ」
「へぇ、どこにも歴史ありだな」
「そう。で、私の場合憑けば少し魔力を分けてもらえればそれでいいわ。あなたほどの魔力を持つ人間に取り憑けば、私もたまには顕現できるし」
「そうなのか? お前がいてくれれば心強い。魔法の使い方についても教えてくれ」
「ええ、いいわよ。重力魔法はまかせてちょうだい」
ベルは自信たっぷりに言った。
「じゃ、契約はこれで大丈夫だな」
「ええ。それじゃ、憑くわね?」
そう言って、ベルの姿が淡くなって消えた。
「え、もう?」
死んだわけじゃないよな? さっきまで消えかけていたからちょっと心配になってくる。すると、
【ベル】どう? 聞こえる?
お、ああ。聞こえるぞ。
【ベル】これで完了よ。
【賢者】こんにちは。ベル様。
【ベル】うわっ! あなた誰よこれ!
あー、ユニークスキルの賢者さんだ。
【ベル】あなたこの人? のおかげで、ばんばん魔法を同時並行で撃ててたのね? ズルい!
ズルいてなぁ、おまえ。
【賢者】私はユウ様のユニークスキルです。私の力はユウ様のものです。
【ベル】へぇ、そうなんだ。とりあえずこれからよろしくね?
【賢者】はい。宜しくお願いします。
おう。それでこれからどうするか。てっきりウルを操ってジャンを殺したのはベルだと思ってたからなぁ。
【ベル】ちょっと! 飛んだ濡れ衣よ。
すまん。なぁ、人を操るのにはどうしたらいいんだ?
【ベル】操るとしたら、まず間違いなく精神魔法ね。
やはり精神魔法か。
【ベル】そうよ。弱いもので人の集中力を乱したり、幻覚を見せたりするくらいだけど、それなりの使い手になると人を操ることもできるわ。後は記憶を盗み見たり、改竄したりも。なに? そのウルって人が操られてジャンて人を殺したってこと?
そうだ。ウルはまだ10歳の少女で、ジャンはウルの親だった。氾濫を乗り越え、気が緩みきった時、ウルがジャンを背後からひと突きにした。
【ベル】酷い…………。そのウルって子は?
保護してある。町の人達は完全にお前が犯人だと思って俺に仇を討ってくれとお願いしてきたんだ。
【ベル】わ、私じゃないわよ?
わかってるよ。お前なら正面から捻り潰せるもんな。
【ベル】そうよ。
できるのかよ…………。町の人達にはどう伝えようか。どのみちボスはとりあえず倒したでいいだろ。ただ、ベルは犯人じゃないとは言っておくよ。
【ベル】そうね。それだと助かるわ。
なぁちなみにダンジョンはお前が俺に取り憑いたからどうなるんだ?
【ベル】このままだと崩壊するわね。
やっぱりか。それはまずい。
【ベル】どうしてよ? ダンジョンがなくなったら助かるじゃない。
いや、ここの町はダンジョンがあるから栄えたんだ。
それだけでベルは全てを察したようだ。
【ベル】うーん、なるほどね。せめて、ノエルたちが生きていたら良かったんだけど…………。
ああ、そうだ忘れてた。これ、お前に渡そうと思ってな。
そう言って俺は空間魔法からノエルの魔晶石を取り出す。
【ベル】っ!!!! こ、これがあれば復活させられるわ!
復活? そんなことできるのか?
【ベル】言ったでしょ? 悪魔は魔力みたいな存在だって。私はこの子らの主よ?
そんなもんなのか? わかった。他のやつらも倒されてるはずだから、俺の仲間に聞いてみるよ。
【ベル】そうね。お願い。皆無事だといいんだけど。
ただちょっとあいつら疲れて今は眠ってるんだ。後でも大丈夫か?
【ベル】できれば早く復活させてあげたいけど、仕方ないわね。あと、ダンジョンね。それならこの場でノエルを戻させてちょうだい。
ノエルを?
【ベル】大丈夫。暴れだしたりしないはずだから。そのまま手のひらの上に乗せていてね?
わかった。
【ベル】さぁ、『ノエル、起きなさい』
ベルが魔晶石に魔力を注ぐ。魔晶石が浮かび上がるかと思うと、俺の身体、正しくはベルから魔力が溢れ、魔晶石を中心に収束する。それを心臓にして骨格、血管、筋肉と出来上がり、1柱の悪魔が出来上がっていく。
「復活させていただき、ありがとうございます。ベル様」
燕尾服を着たノエルは翼をバサッと広げると、ひざまずいて胸に手を当て見事なお辞儀をしてみせた。
「ま、ベルは今俺に憑いている状態だけどな」
そう言うと、ノエルは立ち上がり俺を見た。相変わらず色白で顔色の悪さが際立っている。
「まさか貴様がベル様まで倒すとはな。状況はわかっている」
【ベル】良かった。正気に戻ったのね。ノエル、どうしていきなり氾濫に乗じて町を落とすなんて動き出したの?
「それは…………ベル様がこのような場所にこもっていなければならないのが我慢ならなかった。だから、町を落とそうと考えたのだと思います」
【べル】追われている身だから、隠れていなきゃいけないことはわかってたわよね?
「はい。申し訳ありません。必要あればこの身をもって謝罪いたします」
「ノエルお前、それは本当に自分の意思だったのか?」
「それは…………」
ノエルは下を向いた。
【ベル】自分の意思だったの?
「…………いえ、頭にもやがかかったような状態であったのは確かです」
【ベル】どうやら何か精神魔法の影響があったようなの。だからあなたは悪くないわノエル。
「しかし…………!」
【ベル】その代わり、お願いがあります。
「はっ、何なりとご命令を」
【ベル】ノエル、あなたこのダンジョンのボスになりなさい。
「かしこまりました」
即答だ。ノエルが腰を折り、またもやきれいなお辞儀を見せた。
賢者さん。今はベルの話にあった精神魔法の影響はどうだ?
【賢者】一度身体が滅びたことでなくなっているようです。
そうか。それは良かった。ノエルにまた暴れられてもかなわんからな。
【ベル】ノエル。しばらくは力を蓄えるのよ。そして時が来たら呼びに来るから待ってなさい。
「はっ!」
【ベル】これで大丈夫! それじゃ、行きましょう。
読んでいただき、有難うございました。
良ければブックマークや評価、感想等宜しくお願いします。
次の話は数日で投稿できると思います。