第65話 大悪魔
こんにちは。
ブックマークや評価、感想をいただいた方、有難うございました。
第65話になります。何卒宜しくお願いします。
ぶち抜いた瓦礫と共に降りていくと、異様な速度で急激に加速していく。
重力が強くなっている?
ダァン………………………………ッ……ッ…………ッ!
ダンジョンの地面にヒビを入れ着地する。着地音が空間によく響いた。
広いな……。
見渡せば到着した最下層は、薄暗く広い立方体の形をした空間だった。さらにここの部屋は体にかかる重力はすさまじい。地上の5倍以上はある。だが、動けないほどではない。多少動きに不自由を感じる程度だ。身体強化すればそれもなくなる。
「……おまえがこのダンジョンのボスか?」
真正面。壁際には玉座に座る黒いローブを着た悪魔がいた。顔はローブで見えない。思ったよりも小柄で肩幅も狭い。身長は150センチくらいだろうか。
「…………」
問い掛けに対する反応はない。ただ、玉座のひじ掛けに気だるげに頬杖をつきながら、こちらを眺めている。
「なんで町を襲った? 明らかに意図的だっただろ」
動きがない。反応があるまで問い掛けてみる。
「あのノエルやガリスが仕えた者がどれ程かと思えば、あんな下らん手をうつとはな」
そのノエルという名前にピクリと悪魔の指が反応した。
「…………おまえが、ノエルたちを?」
声は中性的な男とも女ともとれる。そして、その声には明らかな怒りがにじんでいた。
「そうだ。俺がノエルを殺した」
ゴッ……………………!!!!
瞬間、身を突き刺すような殺気が俺の肌を叩いた。
「いっ……………………!」
ドッと冷や汗が流れ出る。威圧感はヒュドラやノエルの比ではない。かつてアラオザルで出会ったあの甲冑ゴブリンに及ぶともしれない。
だが、俺たちはジャンを非道な手段で殺され、100人以上冒険者たちの命が奪われた。町を思って必死に走り回り、ウルのことを最後まで心配していたジャン。
あの泣きそうなジャンの最後の笑顔を思い出した時、煮えたぎるような怒りが沸々と沸き上がってくる。
「なぁ、ジャンを、返してくれよ」
思わず声が掠れた。
殺す……………………!!!!
ゴウッ………バリバリバリッ…………………………………………!!!!!!
俺と悪魔の殺気が衝突し、フロアを揺らした。
【賢者】ユウ様。この者、非常に危険です。
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名前 ベル 2216歳
種族:アークデーモン
Lv :590
HP :5090
MP :26900
力 :4300
防御:5280
敏捷:7109
魔力:34500
運:290
【スキル】
・剣術Lv.10
・槍術Lv.7
・体術Lv.9
・探知Lv.5
・魔力感知Lv.10
・魔力操作Lv.10
・縮地Lv.7
・統率Lv.8
・飛行Lv.8
・威圧Lv.8
・思考加速Lv.9
・視野拡張Lv.7
【魔法】
・重力魔法Lv.12
【耐性】
・精神魔法無効
・恐怖耐性Lv.7
・苦痛耐性Lv.7
・打撃耐性Lv.5
・斬撃耐性Lv.6
・火属性耐性Lv.7
・雷属性耐性Lv.8
・重力属性耐性Lv.7
・土属性耐性Lv.8
【ユニークスキル】
・重撃の魔眼Lv.8
・魔力バースト
・重力操作Lv.10
【称号】
・悪魔侯爵
・重剣の師
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アークデーモン…………!? それになんてステータスだ。俺を超える魔力を持つ奴なんて初めて見た。
【賢者】アークデーモン。グレーターデーモンのさらに上位種にあたるもはや伝説、天災クラスの化け物です。ただ、グレーターデーモンたち同様、この世界に来たため弱体化が見られます。
これで弱体化…………? ならチャンスは今しかないか。
【賢者】それに悪魔侯爵ほど上位の者となると、もはや悪魔界でも10指に入るほどの猛者のはずです。なぜ、このような場所に…………?。
気になることは多いが、話を聞いてくれそうにないな。それにジャンの仇だ。まずは倒す! それからだ。
【賢者】はい。油断しないでください。
アイギスを抜き、一歩このベルというアークデーモンへ歩を進めると、ローブの奥にある銀色の瞳と目があったような気がした。
「なっ…………!?」
時に襲い来る重圧。感じたことのない。自分が中心に向かって圧縮され、押し潰されそうになる。
ズッ……ズズズズ…………!!!!
「ぐっ、かっ………………!」
ミシッ…………ミシミシ…………!
骨が軋み、身体の自由を奪われる。このまま押し縮められそうになる。
「んぁぁあああ!!!!」
無理矢理に振り払うように全力で身体強化を行い、圧力を振り払った。
「はぁ、はぁ」
悪魔が眼を見開いたような気がした。
い、今のは…………?
【賢者】魔眼のスキルです。ですが、魔力で抵抗すればユウ様への有効打とはなり得ません。
あれが魔眼か…………見るだけであれだけの攻撃ができるとは。あまり距離を空けるべきではないな。
「そんなもん、通じるか」
やっても無駄だと言わんばかりに、今なお玉座に座る奴へと踏み込み、一気に距離を詰めて斬りかかる。
ガッ……………………!
「はっ!?」
ベルという悪魔は座ったまま右手で、その片手で持った剣だけで、俺の体重を込めた全力の振り下ろしを、いとも簡単に受け止めた。
いや、もしかして…………!
奴の抜いた剣は美しくおぞましい。その剣は黒に染まっており、光さえも反射せず、そこだけがぽっかりと黒い空間となっているようだ。ただ、その存在感は凄まじいものがある。自然と身体が引き寄せられそうだ。
【賢者】これは重剣と呼ばれる重力魔法の纏いです! 気を付けてください!
ぐっ…………、称号『重剣の師』だもんな…………!!
そして、奴が鬱陶しい、離れろとでも言いたげに剣を振るう。その動作だけで俺の身体は宙に浮き、流されていく。
「はっ…………!?」
俺は全く抗うこともできず、部屋の反対側の壁まで吹き飛ばされていく。風を切る音が鼓膜を激しく揺らす。
ドゴン……………………ッ!!!!
壁に衝突し、止まる。感じたことのない衝撃。強度の高いダンジョンボスのフロア壁にヒビが入り天井まで達した。
「ぐっ…………!」
ぶつかった衝撃が肩甲骨を割った。すぐに再生が仕事を始める。
「なんて馬鹿力……いや『重み』だ。これが重剣か」
すぐさま立ち上がる。
装備者はほとんど重さを感じていないが、相手している方は洒落にならない。軽く振り払っただけでこれだけ飛ばされるのか。
奴はようやく玉座から立ちあがり、こちらへ向かってコツコツと、ゆっくり歩き出した。
だからと言って逃げるという選択肢は持ち合わせていない。要は直接打ち合わねば良いだけのこと…………!
俺は壁に足をつけ、力を貯める。そして、壁をぶち壊す勢いで蹴った!
ダガン……………………ッッッ!!!!
ゴウッ!と一瞬で奴が目の前に迫る!
奴が右手で俺の突撃に対し、剣を構える。真っ直ぐに突っ込んでもダメなのはわかっている。俺は直前で体を後ろ向きにし、地面に右足を突き刺しそれを軸に、奴を左後ろから裏拳のように斬り裂こうとした。
「くっ!」
だが、即座に反応し膝を屈めてかわされた。反応速度も半端ではない。
俺の剣が奴の頭の上を通り過ぎていく。そして、屈んだ状態から奴の重剣の突きが放たれ、それをバックステップで距離を取ってかわす。
「ふぅ、さすがノエルの主だな」
そう言うと、またピクッと反応があった。
そこから奴が反撃に出た。ただ、真っ直ぐに走り込んでの縦斬りだ。
だが、これを剣で受け止めたらどうなるかわかっている。ノエルの時は俺の黒刀の特性と身体強化を行うことで重力属性の纏いに対応することができた。だが、さっきのひと振りでこいつの重剣は狂ったように重いことがわかった。まるで山脈や大陸ほどの重量を振り回しているかのようだ。
それに奴の剣の腕は、全くぶれのない綺麗な一撃は鋭さ、速さともに一級品だ。俺の剣と同等か上をいっているように感じた。類いまれなる才能と鍛練の賜物だろう。その剣からは確固たる折れることのない意思を感じる。
そんな奴が、ウルを操ってジャンを後ろから殺すだろうか? しかもノエルも筋のとおった仲間を大切にする男だった。そして、そんなあいつが慕っていた主だ。
俺の中に若干の疑問が生まれた。
…………いやまだわからないか。戦争なら仲間を優先し、非道な手も厭わない可能性もある。
そう考えながらもアイギスで受け止めずに体を半身にし、すれすれでかわす!
だが、奴は俺が右にかわそうとするのを察するや、軌道をずらし、斜め左下に剣を振ったあと、左下から右上にあり得ない速度で斬り返した!
「なっ……!!!!」
そうか……!! 重剣は使用者は重さをほぼ感じない。だからこそこんな急激な切り返しができるのか!
俺の右手から剣が迫る!!
くそっ!
【賢者】いけません! ユウ様!!!!
結界も間に合わず、俺は仕方なくアイギスで受け止める。
不壊属性のアイギスは折られることはなかった。だが、さっきの振り払いとは違い、本気で振られた重剣に、俺が剣を持っていられなかった。
いや正しくは違う。右手にアイギスを持ったまま受け止めると、重剣の勢いを全く緩めることができずに手首が折れ、右腕がひしゃげて骨が皮膚の外側に飛び出した。そして、右腕にくっついた皮膚と筋肉のスジをブチブチと引きちぎりながら、重剣は俺の胸骨へと届いた。
奴の重剣は俺の骨をまるで砂にするかのように一瞬で粉々にすると、肺、心臓、そして背骨を砕き、俺の上半身を通り抜けた。俺の胸から下とお別れした。
「………………………………は?」
ドチャッ…………!
いきなり支えを失ったかのように浮遊感に襲われ、抗うこともできずに地面に上半身を打ち付けた。そりゃそうだ。脚がないんだから。
ぐちゃぐちゃの断面図から俺の無惨にも潰された心臓、肺、太い血管からはサラァァとまるで蛇口を止めた後、残った水を吐き出すホースのように血が流れていく。身体中の血が失われ、皮膚が青白くなっていく。
こんな…………あっさり?
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…………!!!!
ぼやけた視界の中、奴は興味を失ったかのように再び玉座に向かって歩いていく。
「…………馬、鹿な」
これが現実なのか、信じられないまま、頭で今日の出来事を繰り返す。
これは夢じゃないか? じゃなけりゃ、俺が死ぬなんて…………。そ、そうだ。そうに決まってる。この世界に来たことだって…………!
いや、違う。この痛みは、これは現実だ。異世界に来たのも、俺が斬られたのも現実。死…………死ぬ? 俺は、負けたのか…………? だったら、俺の今まではなんだった?
HPが急速に失われていくなか、混乱だけが加速する思考の中で溢れてくる。だが、だんだんと理解が混乱を追い抜いてくる。
俺は死ぬのか……。こんな、こんな風に!? いや、誰だって劇的に死ねるわけじゃない。この世界の人間はいつもどこかで死んでいる。どんな英雄だって気を抜いた瞬間に弓で射抜かれて死ぬことだってあるんだ。
それでも、死にたくない…………! もがいて、死んでやる…………!!
そうしてようやく生まれてきた生きたいという生への執着。
下半身は案外近く、真後ろに落ちているようだ。
「あ、ああああ…………っ!」
内臓をこぼしながらも必死で下半身の方へズルズルと這っていく。だがいくら『再生』、『神聖魔法』持ちでもこれはくっつけられない。
くそっ…………! くそおおおおおおっ…………!!!!
【賢者】…………ユウ様! ユウ様!
だが、徐々に諦めろという言葉が頭で鳴るようになってきていた。
ダメだ。もう足掻いても何もかも手遅れだ。デリック、エルすまん。ジャンに、ガランたちにもなんて謝ろう。あれだけ啖呵を切っておいてこの様か。ダサいにもほどがある。それに、ウルの面倒誰がみるんだよ。レア、アリス、フリーすまん。こんなとこで終わりだなんて思いもしなかった。
俺は…………結局誰だったのだろう。それすらわからなかった。
もう、俺の旅はここで終わり。
【賢者】ユウ様。ユウ様!
あ…………賢者さん、世話になったな。
【賢者】ユウ様、1つ忘れています。
何を? 今さらどうにもならん。このまま死ぬんだ。ここからどうしろと?
【賢者】話を聞いてください。
はあ?
【賢者】その胸元にかけているペンダントです。
あ?
首にかけたまま地面に落ちてている血濡れのペンダントを見つけた。
「あ…………」
思い出した。そういや、これ…………コルトの剣闘大会で火竜の牙の代わりに、ゾスからもらったんだった。
それが今、まばゆく薄暗いダンジョンを照らすほど青白く光輝いていた。
【賢者】それは『聖者のペンダント』。一度だけ致死の怪我を修復します。
あっ…………。
それに気付いた途端、ペンダントがパキンと割れた。
その時、一瞬知らない女性が頭に浮かび、俺に向けて涙が頬をつたいながらも微笑んだ、そんな気がした。
「誰……だ?」
すると、俺の身体がまるで逆再生を見ているかのようにふわっと浮き上がった。そして、飛び散った骨や肉片、内臓、血液が見事にパズルのように組み上がっていく。
そして元の健康的な身体へと復活を果たした。
それを目の当たりにした奴は玉座から身を乗り出し、目を丸くする。
「ははっ、はははははは…………!!!!」
思わず笑い声が漏れた。というか笑うしかなかった。あれぞ、臨死体験というべきか。しかし、恥ずかしい限り、あのペンダントのことをすっかり忘れていた。
「なんか生きてた」
腕をぐるぐると回して身体の調子を確認する。
問題なさそうだ。ほんとにコルトでゾスからもらっておいて良かった。じゃなきゃ、あそこで詰んでいた。神様、ゾス様、ありがとうございます。まじで、一度死にかけたんだと思うとゾッとする。
「ふぅ、まだ負けてない…………」
気を取り直そう。あいつの剣線はとんでもなく鋭いが、剣速はそれほどでもなかった。だから、あの重剣の特性を頭に入れておけば同じ手は食わない。
【賢者】ステータスはユウ様も負けず劣らずですが、絶対にあの剣をまともに受けてはなりません。
ああ。それは嫌でもわかったよ…………。
それに関しては苦笑いしか出てこない。わからない奴はいっぺん死んだ方がいい。
賢者さん、黒刀なら受け止められるかな?
【賢者】あの刀でも、素の状態では無理です。
わかってる。でも、あの刀しかない。
【賢者】はい。私がサポートします。ユウ様もあの黒刀に重力魔法を纏わせてください。
ああ。
奴は俺が再生した様子にその眼を見開いている。
「おまえ、死なないのか…………?」
「あれくらいで死ぬか」
適当なことを言いながら、俺はアイギスを空間魔法にしまう。そして、ヒビ割れに右手を突っ込み、ズルリと取り出したのは長大な黒刀。刀身から柄まですべてが、最古の黒龍の牙から作られた真っ黒でいて透き通る刀身2メートルはある刀。
うん。ノエルを斬った時に赤いヒビが入ったように見えたが問題なさそうだ。て、ん…………?
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黒刀
ランク:Sー
属性:重力
特殊Lv.1:魔物の血を吸い成長する。
特殊Lv.2:装備者の魔力で刀身を自動修復。
特殊Lv.3:成長に伴い重くなる。
特殊Lv.4:魔力抵抗値ゼロ
〈世界最古の黒龍の牙から作られた大刀。成長するにつれ能力が増え、ランクも上がる〉
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こいつ、前見た時は『ランクA+』だったよな……。ノエルでランクが上がったのか。魔力抵抗値ゼロ?
【賢者】魔力抵抗値とは、ユウ様が刀に魔力を纏った場合、普通100%の魔力は使用できずに通常クラスの武器では3割程度の魔力しか纏うことができません。
つまり、魔力を100纏わせようとしたら実際俺は200必要になるってことか?
【賢者】はい。それが魔力100のまま使用できるということです。それにランクが上がり、黒刀自体の重さも遥かに増しているはずです。
へぇ、そりゃいい。
【賢者】魔力の纏いだけでなく、魔剣の素材にした場合にも関係してきます。優秀な魔法金属とされるミスリルですら50%、伝説級の金属オリハルコンですら90%なのですからその凄さがわかります。
なら、これで負けたら俺の実力不足だな。
【賢者】ユウ様、アイギスは特性上折れることのない剣でした。その黒刀は特別ですが、纏いが失敗すればあの悪魔の剣と打ち合うことで折れることも考えられます。
ああ。
【賢者】ですが、今回の黒刀の成長で難度の高い重力魔法の纏いが成功しやすくなっています。
まるで必要に合わせて進化してくれたみたいだな。
◆◆
奴が俺目掛けて走ってきた。先程はとるに足らない相手だと思っていたようだったが、今度は本気だ。
俺は両手で黒刀を持ち構える。そしてすかさず、重力属性の魔力を流す。
これだけ重力魔法の纏いを直で見てきたんだ。実際、纏い自体、俺にとっては難しいことじゃない。重力特化の俺にならできる…………!
黒刀は何の抵抗もなく、俺の魔力を取り込んでいく。
こいつも元々俺の魔力大好きだもんな。まるでこいつも手伝ってくれているみたいだ。
黒刀が根本から徐々に光すら反射しないほどの黒に染まっていく……!
奴が目の前まで迫り、右肩に担いだその重剣を振り下ろし始めた。真っ黒な刃が近付いてくる。
俺の脳裏に先程の惨状がよみがえる。冷や汗が吹き出し、手が震え出す。今度はもう後がない。次は確実に死んでしまう。
くそっ。震えんな!! いける、俺たちならできる!!
自分に言い聞かせるとともに、黒刀が真黒に染まった。
【賢者】ユウ様、大丈夫です。
キッ!と向かう奴を見据え、振り下ろされる重剣を同じく黒刀の振り下ろしで迎え撃つ。そして接触した。
ズンッ………………………………ッッッッ!!!!
剣同士の打ち合いとは思えない音がした。地面が衝撃に耐えきれず、陥没していく。
バコンッ…………!
バキバキバキバキ……………………!!!!
俺たちは剣をぶつけたまま、衝撃波と重剣の重量でどんどんとクレーターが深さを増していく。どんどんと下に降りていく。
「ぐ…………ぐぐぐぐ……………………!」
とんでもない剣圧だ。全身の力を一瞬で削ぎ落とされる。限界まで身体強化した身体は悲鳴を上げ、腕の筋肉はパンパンで筋繊維が断裂する音が聞こえてくるようだ。前を向けば、フードの下から涼しそうな、だが、若干の受け止められたことによる驚きに少し開いた小さな口元が見えた。
そして、俺は弾き飛ばされた。
「がっ…………!」
地面を削るように30メートルほど吹き飛ばされ………………………………クレーターの穴から飛び出すと、地面に這いつくばって、停止した。
「は…………ははは」
生きてる。弾かれたが、打ち合えた。まだ勝機がある!
両手首には半端ない衝撃と負担が掛かったが、折れてはいないし、再生しながらまだ腕も振れる。
賢者さん、ありがとうな。
【賢者】いえ、本番はここからです。一度使えてしまえば、今度からはもっと使いやすくなるはずです。
奴は動きが止まっている。自分と打ち合えるものがいたことに驚いているのだろうか。
「あんまり人類をなめるなよ」
俺はニヤッと笑った。
◆◆
奴が空中に飛び上がり、浮遊した。少し離れて、俺を上から見下ろしている。というより観察されているようだ。
いや、違う。魔力の気配だ。
ベゴォォォン……………………!!!!
重力魔法だ。地面が数十メートル一瞬で陥没し、地面に叩き付けられる。そしてなお、潰しにかかる。
骨が……きしむ!!
「があああ……!!!! 身体強化!! 強化!! 強化!!!! 強化ああああああああ!!!!」
身体強化で耐えようとするも、そんな次元ではない…………!
【賢者】斥力で返します!!
賢者さんが超重斥魔法の斥力で、重力を相殺した。だが、魔力がごっそりと持っていかれる。おそらく単純なあの悪魔の重力魔法だ。
【賢者】奴の重力魔法のスキルレベルは12です。もはや化け物の領域…………! 超重斥魔法に進化させていなければ、太刀打ちできませんでした。
あ、ああ。ありがとう賢者さん…………。
「はぁっ!! はぁはぁはぁ!」
汗がどっと出ていた。足の力が抜け、膝立ちになり肩で息をする。
くそっ! こっちから攻めないとやられる! だが…………その暇をくれるかどうか。
奴が上から急降下してくる。さらに、重剣で俺の首を落とそうと構えている。
あの剣にあんな勢いをのせられたらたまったもんじゃない!!
【賢者】多重結界を使います!
暗闇の中、奴には結界が見えていない。そして気付かずに身体から衝突した。
ガンッ!
「うっ」
かなりの速度でぶつかったから、それなりにダメージはありそうだ。宙に浮いたまま、片手で額を押さえふらついている。
「重圧がおまえの専売特許だと思うなよ!?」
結界に衝突し、体勢を崩した奴へ重力をかける。奴は地面へと急速に墜落した。
ズンッ……………………!
「おらぁあ!!!!」
そして魔鼓を悪魔を取り囲むように展開し、バレットを撃ちまくる。遠慮なしの全力で何百発という弾丸が音速を軽く越えた速度で殺到する。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!
だが直撃する前に俺の重力魔法をはね除けると、奴は立ちあがり両手を広げた。
弾丸は奴が広げた魔力の範囲に入るなり、地面に叩き落とされた。すべての弾丸が地面に衝突し爆発した。爆発で舞い上がった砂ぼこりがフロアを埋めつくし、互いの姿を覆い隠す。
「今のじゃ効いてないよな……」
俺には空間把握があるため、奴の位置はよくわかる。奴はこちらを見失っているようだ。
仕掛けるなら今か…………。だが、今の様子だと中途半端な攻撃はすべて無効化される。ということは、斥力で奴の重力を相殺してから攻撃するか。もしくは気づかれない攻撃をするか。
【賢者】現在は魔力をあの悪魔を囲うように展開しているので、それに紛れこちらに気づかれることはありません。
ありがとう賢者さん。
ただ、1つ疑問がある。俺は超重斥魔法で重力と斥力を両方使っているが、あいつは重力しか使わない。ノエルもそうだったが、もしかしてこの世界では斥力という概念はないのか? もしそうならこれは強力な武器だ。
【賢者】はい。その可能性は高いです。
なるほどな。
俺は魔力を使用せず、足をたわめると身体能力だけであの悪魔の真上へとジャンプする。その間に賢者さんには、いかにも俺がそこにいるかのように、ある一点の魔力を高めてもらう。俺のデコイだ。
奴がデコイに気付いた。それに向け、剣を構えるのが見える。
とそこへ、俺が奴の真後ろへ落下するーーーー
黒刀を振り下ろす俺の腕には、はっきりと奴の左腕を斬り飛ばす感触があった。
「あああ…………っっぅ!!!!」
どさっ!
奴の悲鳴とともに、切り飛ばされた腕が地面に落ちた。くっつけられてもかなわない。俺はその腕へ向けバレットを撃ち、塵に変える。
「わたしのっ…………!!」
ギロッ…………!!!!
「女!?」
いや、それよりもフードの奥に光る憎しみを込めた魔眼に俺の体が軋み出す。そしてさっき隠れるため魔力を切っていたのがあだになった。
バキョッッ…………!
「へっ…………!?」
鳴ってはいけない音が俺の体の中から聞こえた。妙に湿った固いものが折れる音だ。
俺の肋骨がすべて体の内側へ向け、折れた。思わず膝をつく。折れた肋骨が肺や胃、肝臓等の内臓に突き刺さり、ズタズタの内臓から内容物が身体の中へとぶちまけられる。
「がっ、かっ……………………!!!!」
意識が飛び、黒目がぐりんと真上を向く。
【賢者】ユウ様っ!!!!!!!!!!!!
遠く向こうで、俺を呼ぶ賢者さんの声が聞こえる…………。
【賢者】ユウ様!! お願いです!!!! ユウ様…………!!
賢者さんの声に、少し意識が戻ってきた。こんなに取り乱した賢者さんは初めてだ。賢者さんが、全力で神聖魔法を使って治療してくれているのを感じる。
【賢者】意識を確かに……!!
あ、ああ。賢者さん…………?
【賢者】良かった! 間に合いました……!!!!
目の焦点を合ってくると、まだ俺は膝をついた格好のままだった。そして、今なお俺を殺そうとするベルの魔眼に賢者さんが神聖魔法と並行して身体強化を行い抵抗してくれていた。
奴は斬られた腕を押さえながら、しゃがんだ状態で俺を魔眼に睨み付けている。
【賢者】ユウ様、こらえてください。奴は今、腕の傷を回復させるために牽制として魔眼を使っています。もし、ここで弱みを見せれば腕の治療を止め、ユウ様を殺しにくる可能性があります……!!!!
わ、わかった。
「よっ…………」
若干掠れた声になったが、足を踏ん張り立ち上がった。だが今の立ち上がる動きだけで、全身に悪寒が走り脂汗が止まらない。通常ならば絶対に動くべきではなかったのだろう。
あの悪魔は斬られた腕を押さえて、なんとか止血しようとしている。奴だって必死なのだろう。
まだ、内臓の治療は終わらず、胃と肺を傷付けたために喉から血がせり上がってくる。しかも、肺から空気が体腔に漏れているためか、息を吸っても呼吸が苦しい。このままでは、また意識が…………。
賢者さん! 肺の治療を優先できないか……!?
【賢者】並行していますが……肝臓の出血が酷く、どうしても先にこちらが優先になります。
わかった。頑張れ俺。意識を保て…………!
ここで負けたらワーグナーの町自体が滅んでしまう。それにジャンの仇をとれるものはいなくなる。この町を誰よりも思っていたジャン。あんな殺され方をしていいやつじゃない。あいつの仇は俺がとると皆に約束した。俺が負けたら皆を裏切ることになる。それだけはダメだ……!
耐えろ。
耐えろ……!
耐えろ…………!
肺と胃から上がってくる血を無理矢理に飲み込んだ。むせかえりそうな生臭さと吐気も飲みこみ飲みこみ、血液は再び胃まで無理やり戻す。そして、あの悪魔に対する殺意だけを向ける。弱っていることがばれたら、隙を見せたら殺される。殺される…………!
立ち上がれたものの、足はダメージから一歩も動かせない。
まだか、まだか、まだかまだかまだか……!!
汗よ流れるな。
奴とのにらみ合いが続く。
確か、ダンジョンで戦ったデーモンは腕を生やしたはずだ。デーモンにできてアークデーモンに出来ないはずがない。いや、体力の消耗がありそうだったな。もともと重剣は片手で扱っていた。腕を生やすよりも、傷口を塞ぐことを優先したのだろう。
ようやく体内の傷が治ってきたようだ。楽になってきた。実際は10秒にも満たなかったが、果てしなく長い時間に感じた。
【賢者】治療、完了しました!!!!
ありがとう。助かった…………!
ようやく動ける。今の時間を凌げたのはデカい。だが、奴も腕の傷を塞いだようだ。
「どうした? 腕を斬られて頭に来たか?」
「ちぃっ……!!」
魔眼を止め、今度はさっきよりも強力な重圧が降ってきた。
ズンンンンンンッッッッ……………………!!!!!!!!!!!!
まだあれでも全力じゃなかったのか…………!
脚が膝まで地面に埋まり、骨がきしんで悲鳴を上げる。もはや、奴のこの重力力場から動いて逃げ出す力はない。
「せ、斥、力ぅぅっ…………っ!!」
こちらも奴の重圧を下から押し上げるように斥力で抵抗する。
すると、
ズズズズンンンンンン……………………!!!!
「…………んあぁっっっっっ!?」
なんてやつだ。斥力ごと押し潰してきやがった…………!!!!
もはや立っていることが出来ず、両手を地面についてひたすら斥力を放つだけだ。奴はこのまま、俺を押し潰すつもりだ…………!!
賢者さ…………!!
【賢者】任せてください!
奴の重力の外側から重力をかけ、斥力と重力で挟み込むことでなんとか相殺する!
「はっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!!!!」
動ける!! し、死ぬかと思った…………!
強力すぎる重力を受け、血液が足に溜まり頭へ酸素が回らない。チカチカと赤黒く点滅する視界の中、なんとか奴を見つけた。
「はっ、はぁ、はぁ…………! ああ、どうしたよ。それで限界か?」
魔法では勝負がつかないことを分からせる。ハッタリだって立派な戦術だ。
ギリッ…………!!
苛立たしげに歯を食い縛る音が聞こえたかと思うと、ベルが突っ込んで来た。
こいつの身体能力はそこまで高くない。むしろ俺の方が上だ。だが、このダンジョンという環境がそれを同等レベルにしていた。
奴が剣を振りかぶった。さっきの打ち合いで、まともに受け止められないことはわかっている。それなら他にやり方がある。
右上から斜めに振り下ろされる剣を俺は、黒刀で受ける。そして、手首の力を抜き、そのまま刃を滑らすようにして、受け流した。奴の体は振り切り、流れている。
と思ったのが、良くなかった。重剣の使い手は全力の斬撃をいなされた後、体こそ流れるが使用者の剣に重さはほぼない。見た目ほどの慣性力はなく、無理矢理力業で動かせる。
奴は右腕しかない状態、左下に振った剣を放し、パッと一瞬で逆手に持ち変えた。そして、右手をバックハンドで右に振り、そのまま俺を突き刺そうとする。
「ありかよ!!」
長剣を逆手に持って突き刺しに来るなんて聞いたことねぇ…………!
【賢者】結界を!!!!
バリバリバリバリバリバリンッ…………!!!!
剣が結界を破りながら頭へ向かって突き進んでくる。
だが、賢者によって角度をつけて、はられた結界によって奴の剣は俺の頬を掠める程度ですんだ。俺の結界がポテチみたいに破られる音をここへ来て初めて聞き、肝が冷えた。
い、今賢者さんが助けてくれなかったら頭に穴空いてたよな?
【賢者】確実に死んでました。
俺が奴の側に避けたのを見て、逆手に持った剣を自分の身体側に引き、後ろから首を狩ろうとする。
俺は空間把握で後ろも見える。前に上体を少し傾け、すれすれに避け、剣が俺の真上を通り過ぎるのを確認してから黒刀で正面から奴の首を飛ばしに行く!
が、奴の身体はブリッジをするように後ろに沿っていく。そしてそのまま後ろに剣を握った手を地面についてバク転した。
突然のアクロバティックな動きに下からの攻撃を見逃しかけた。後ろに反った反動を利用して右足が下から俺のアゴめがけて飛んでくる。
あ、足先が黒い!! こいつ…………体にも纏わせられるのか!?
ギリギリ俺は上を向きできる限り上体をそらしていく。奴の右足のつま先があと数ミリという間隔で、ブンッという風音を残して通りすぎた。
「あぶなっ!」
かすっただけで、冗談じゃなく首がすっ飛んでた。
そのまま奴は軽々とバク転を3回繰り返し、俺から距離をとった。
「なんてやつ……」
俺は黒刀に魔力を込めると、左足を大きく引いて半身になり、腰に黒刀を構える。そして、左足で地面を思い切り蹴り、右足を軸にベルに背を向ける形で一度身体を一回転させると、遠心力をこれでもかと載せた斬撃を放つ……! もはや火竜程度なら軽く3匹は殺せるレベルの地面に並行に飛ぶ斬撃だ。
あいつなら…………!
奴はまた手を斬撃に向け、魔力を込める。つまり、俺の斬撃を重力で叩き落とそうとしている。
読み通り!
右手を突き出して、魔力感知で感じた奴の重力魔法の真下へ俺も魔法を放つ。
斥力…………!
ガガガガガガガガ…………!
斥力を使って、奴の重力魔法を相殺させた。
「なっ……!?」
明らかに驚く奴の反応が聞こえた。やむ無く奴は身を伏せて斬撃をかわす。その隙に俺は左後ろに回り込みながら、全方位からのバレット一斉射撃を行う。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……!!
爆発音は初めだけ聞こえた。後はなぜか、発射音だけだ。
「…………死んだか? だがなぜ爆発しない?」
砂煙が晴れると、初撃だけ弾いたが間近で爆発したのだろう。わずかにダメージがあるようだ。しかしそれよりも、奴の周りには5つの黒い球体が浮かんでいた。間違いなく俺の重力球と同じだ。その周りをぐるぐると俺が撃ったバレットが超高速で回り続けている。
「おいおい、そんなキープの仕方ありですか?」
黙って奴が俺に手のひらを向けると、俺の放ったバレット全てが返ってきた!!
んなことも出来んのかよ! 賢者さん!!
【賢者】はい!
賢者さんが結界でバレットを防ぐも、1枚だけなら結界を余裕で貫いてくる。
俺の魔法、強すぎだって!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………ッッ!!
バレットが結界に衝突して爆音を響かせる。
いつ結界を突き抜けてくるか気が気じゃない。まさかこんな形で返されるとは…………!
「終わったか?」
すべて防ぎきると、さっきとは反対の状況になっていた。砂ぼこりで視界がゼロだ。
ただ、俺はずっと魔力を使っていた。俺の居場所はバレている。しかし、俺にも空間把握があ……後ろか!
腰を前に反らせるも、脇腹を抉られた。
「っつ…………!!」
大丈夫だ。この程度ならなんとかなる。
傷を確認しつつ振り返ると、後ろにはほんの2メートルの距離に右手の指の間に4本のナイフを挟んだ奴がいた。そして俺めがけて投げつけてきた!
「んなっ!」
至近距離で投げナイフ。しかし、ナイフをよく見れば真っ黒に染まっている。当たり前のように重力を纏っていた。4本のナイフが、俺の右目、右肩、腹、左ももに迫る……!!
1本も当たれない…………!
右目のナイフは頭を左へ傾ける。腹と太ももは弾道に黒刀を置いて弾き落とす! 右肩へのナイフは…………くそっ!
パァッン…………!
「いっ…………つ!」
右肩が吹っ飛んだ。かろうじて腕は皮でつながっているが、ぶらぶらとしているだけで指も動かない。
【賢者】止血します!
頼むっ!
はぁっ、一瞬でも気を抜いたら死ぬっっ!!
「ちっ!」
今ので仕留められなかったのが悔しいのか、舌打ちが聞こえた。がそれも一瞬。
奴は軽く俺の目線くらいまでジャンプすると、剣を逆手に持ったまま体を凄まじい速度で回転させ、剣を上から順に下降させていく。ミキサーのような回転斬りだ。シュンシュンと剣が空を斬る音がする。
だが、動きは見える。無理していなす必要はない。上は頭を伏せ、下段は一瞬ジャンプする。
だが下段をジャンプした瞬間、奴は重力を発生させた。俺が飛んだ際、瞬時に地面に落とさせ足首ごと斬り落とそうとした。
「いっ!?」
えげつない…………!
【賢者】警戒していて良かったです。
それはジャンプの危険性を感じていた賢者さんの読みが当たり、斥力で相殺させた。危うく足が飛ぶところだった。力を持っているくせに芸が細かい。非常に厄介だ。
それは逆に奴の予想を覆す結果となったようた。まさか今のも防がれるとは、ピクッと小さな動揺が見えた。
その隙を逃さずに崩れかけた体勢ではあるが無理やり刀を振るう!
ギリギリで跪き、かわされたが、ローブのフードは避けきれずに斬れ、素顔があらわになった。
下から出てきたのは、白い肌に流れるような銀髪、そして悲しみに嘆く大きく銀色の瞳だった。
だがそれも一瞬のこと、今その眼は怒りに染まった。
「っっ……!!」
その目に気圧されてしまった。俺はとっさにバックステップで距離をとる。魔眼は使わなかったようだ。
奴はゆっくり、そしてゆらりゆらりと立ち上がった。
さっきとは雰囲気が違う。魔力を用意しているわけではない。なんらかのスキルか? となればユニークスキルだろうか。
【賢者】何が来るか分かりません。こちらも対処の準備を!!
ああ、分かってる。
腰を落として左手で剣を構えて魔力を練り、何が来ても対処できるよう準備する。右肩も『再生』のスキルのおかげで少しずつ治り出している。なんなら無理やり魔力で腕を動かすこともできる。
そして、奴は消え入りそうな声で一言呟いた。
「グラビティ……ゼロ」
何らかの事象が奴を中心にフロア内を通り抜けた。しかし、
「なんだ。何も起こらない…………?」
辺りを見渡しても変化はない。奴自体にも変化はなさそうだ。
「いや…………!」
さっきから感じていた重力とは違う。身体が軽くなっていく……?
小石が浮かび上がりだした。それとともに、俺の身体もふわふわと宙に浮かびはじめる。また、今までの戦闘で砕けできた巨岩まで空中をくるくると回転しながら飛び回っている。
【賢者】ユウ様、無重力空間です…………!!
「なっ!」
気がついた頃には時既に遅く、空中に浮かんでいく。さっきは身体の数倍の重力だったものが急にゼロになったため瞬時に適応できない。さらに、手足をバタつかせたからか、反動でナメクジのようにゆっくりと天井に向かって流れていく。
「どうする…………!」
考えろ……! まず、どうやってこの空間で移動すればいいか。
その時、ゆらゆらと流れる身体を回転しないように維持しながら漂う俺の前に先に5メートルくらいの岩が近付いてきた。
とりあえず、あの岩に掴まって……いや、その前にあいつはどこへ行った!?
いきなりの環境の変化に奴を見失っていた。
【賢者】ユウ様!! その岩の裏です!
ゾッと寒気がした。
俺に近付いて来ている岩。それのちょうど反対側にあいつがいる。空間把握で片腕の奴が肩に剣を担いで振りかぶるのが見えた。
【賢者】重力魔法で引っ張ります!!!!
賢者さんが重力球で無理矢理に足を持ち上げた。地面に並行に浮くと同時に、奴の剣が岩ごと斬り裂き、斬撃が俺の腹の下を通過紙一重で通過していく。
ズパンッ………………………………!!
「いっ…………!!」
もう少しで自分のハラワタを空中に漂わせるところだった。
【賢者】ユウ様、鳥のように翼を使う移動手段の場合、この空間は通常とは勝手が違うため身動きが取れません。ですが……。
そうか。重力球ならここでも動ける……!
俺は重力球を発生させ、体勢を整えた。
「無駄だったな。この空間も……!」
そう言ったのもつかの間、宙に無数に浮く瓦礫にベルを見失った。
【賢者】ユウ様! あの悪魔も飛行スキルを持ちます。
ああ、おそらく今超高速で飛び回っている。
探知スキルと空間把握を併用し、さらに魔力感知も使用する。動いていることは分かるが、高過ぎる魔力で底上げされた飛行スキルが速すぎて捕捉できない。
その時、音速すら越える超超高速で岩が飛んできた。
「いっ!?」
【賢者】結界で防ぎます!
バリバリバリバリバリンッ…………!
賢者さんのギリギリ結界が間に合ったが。5枚一度に破られ、岩が砕け散り、さらに細かな石つぶてとなって弾ける。
厄介な…………。
奴は飛び回りながら宙に浮かんだ瓦礫をその超重力のかかった剣で打ってきていた。
ガンッ……!
ガンッ…………!!
ガガガンッ…………!!!!
連続で音速を超えた速度で岩が飛来する!!
速いが一度経験すればなんとかなる。重力球で誘導しよう。
【賢者】了解しました。
重力球を俺から離れたところに設置することで、うまく軌道を誘導し、俺を掠めながらも岩はそちらへ飛んでいく。
ドゴゴゴゴォォォォ……………………ン!!!!!!
ダンジョンの壁に激突すると、派手な音を立てながら崩壊した。
「はぁ、はぁ、はぁ……! あれ? 奴は!?」
巨大な岩を飛ばす攻撃は、当たれば即死だったが陽動の意味が大きかったようだ。奴を見失った。
【賢者】真後ろです!
俺の後ろから斬りかかって来ている。ただ、これで決めるつもりらしい。俺が気付いていないと思って大振りになっている…………!
俺は後ろを向いたまま、空間把握でベルの剣を認知し、右足を一歩前に出すことで剣をすれすれにかわす。
「なっ…………!!」
気付かれていたことに奴の表情に隠しようのない動揺が伺えた。
学習しない奴だ。さっき避けられたのはマグレではない俺の空間把握があったからだ。もうさっきみたいな切り返しをする暇は与えない!
俺は一瞬で身体を捻り、振り向きながらバックハンドのように刀を振る……!!
ズパン…………ッッッ!
肉を斬る確かな手応え。死んではいないだろうが、袈裟懸けに深く斬り込んだ。
奴は右肩口から左足まで大きく血を流したままふらふらと空中で揺れたかと思うと、術者がダメージを受けすぎたためか、急に重力が戻ってきた。瓦礫とともに奴はひらひらと落下していく。そして、地面にぱたっと倒れた。
とどめを…………!
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