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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
63/159

第63話 ワーグナーのジャン

こんにちは。

ブックマークや評価をしていただいた方、有難うございました。

第63話になります。何卒宜しくお願いします。


 レアたちはどうなっただろうか。はやる気持ちを押え、走って元の場所へと帰る。


 地面が擦過痕だらけの場所に出た。この傷跡だと、風魔法…………レアか?


「やぁユウ。遅かったね」


 そこには血まみれのフリーが地面に腰を下ろして、ヒラヒラと手を振っていた。


「おまっ、その出血っ!!」


 見ればそこらじゅう、悲惨な事件現場のように血飛沫が飛んだ後がある。


「大丈夫、大丈夫」


 フリーはへらへらと笑って答える。


「もうポーション飲んでるし。ユウこそ3柱も相手して大丈夫だった?」


「ああ。今の俺を殺せるやつなんてSSランクくらいのもんだ」


「あはは、そんな謙遜しなくても」


 いや、謙遜じゃねぇんだけど。


「体調はどうだ? ポーションを飲んだとは言っても、こんだけ血を流したんだ」


「それがねぇ。なんだか眠くて」


 あくびをしながらフリーが目をこする。


「眠い? 血の流し過ぎか?」


 と、その時聞きたかった声が聞こえた。


「あっ、ユウだ!」


 レアだ。


「あなたも無事だったのね」


 声がした方を見ると、レアがアリスに肩を貸して歩いてきていた。


「2人も無事だったみたいだな」


「まぁね」


 アリスがフフンと鼻を鳴らす。


「怪我はどうだ?」


 見せてもらうと、レアの左腕はポーションではどうにもならないレベルまで来ていた。紫色に腫れ、肘の辺りの骨は粉砕骨折。骨片が肉にまでくい込んでいる。アリスの右腕と肩には火傷の痕が、そして両足の骨にヒビが入っていた。相当無茶をしたようだ。フリーも相当、血を流したようだし、3人がここまで怪我をしたのはパーティを組んで以来初めてだ。本当にギリギリの戦いだったのだろう。

 全員の怪我を跡が残らないように治してやる。


「これで良し!」


「いやぁほんと、何回かもう死んだと思ったよ」


 レアが笑いながら言う。


「あたしもよ……」


 アリスが疲れたように肩を落とす。 


「お疲れ様だな」


 そう言いつつ静かだなと思ってフリーを見ると、


「おい、フリー? 大丈夫か?」


 こてんと横になっていた。胸が動いているから生きてはいるようだ。


「寝たのか? 全く、まだ氾濫は続いてるってのに」


「あれ、なんかあたしらも眠くなって……」


 そう言いながら2人は口を押さえて涙目であくびをしている。そして、


「ふわぁ……」


「ごめん、ユウ…………」


 その場で前に倒れるようにカクンと横になってしまった。


「おいおいおい。これは…………」


 仕方ない。先に3人を安全な場所へと運ぶか。


 3人を魔力で包み込み、持ち上げる。そして、重力魔法でふわりと浮かび上がらせると、急いで防壁へと飛んだ。



◆◆



 だんだんと防壁が近付いてきた。防壁の手前もヒュドラのブレスのせいで地形がデコボコになっている。そして、やはり魔物側にもブレスによる被害が多々でているようだ。


「なんだ?あれは?」


 防壁の真ん中の塔に黄色と橙色の巨大な土竜が巻き付いているのが見えた。手足が退化し長い蛇のような姿をした竜で、今にも塔を締め崩さんとしている。竜の下半身はまだ防壁の外にあり、竜の体をよじ登って防壁に魔物がどんどん登っている。それを弓矢の一斉掃射でなんとか防いでいる状況。土竜を倒そうにもなかなか対処できていないようだ。


 また、あまりの魔物の数に堀は魔物の死骸でほとんど埋まってしまっていた。今や、死骸を足場に魔物たちが防壁に登ろうとしきりに飛びかかっている。このままじゃ防壁が破られるのも時間の問題だ。他にも、紺色のトロールの死骸も数体見られる。俺たちが出発してからも、新手が来ていたのだろう。

 防壁のあちこちから火の手が上がり、冒険者たちが総出で対処している。魔術士たちは魔力切れで後方へ下がっているようだ。


 まさに紙一重で防いでいる状況と言ったところか…………。


「ジャンたちが心配だ。早くなんとかしたいところだが、まずはレアたちを預けないと」


 ふよふよと浮かせている3人に目線をやり、あちこちで上がる悲鳴に気をとられながらも頭を回転させる。


【賢者】救護班のいるテントへ預けてはいかがでしょう?


 そうだな。そうしよう。


 さっと、防壁の裏へと下りる。救護班のテントはすぐに見つかった。白衣を着た治癒士にギルド職員が頻繁に出入りしている。広さは学校の体育館ほどだろうか、3人を浮かべたままテントに入ろうとすると、見知った顔を見つけた。


「ユウさん!?」


「ん?」


 振り返ると、ポーションの大量に入った籠を抱えたステラだった。受付嬢も関係なく後方支援に回っているらしい。頭を見れば相変わらず強情なあほ毛は健在のようだ。


「そ、そのお三方、まさか…………!」


 ステラの表情から、死んでいるのかと思ったようだ。


「大丈夫。疲れて眠ってるだけだ」


「良かったぁ」


 胸を撫で下ろすステラ。


「ちょうどよかった。急いでる。3人をお願いしても良いか?」


「は、はい!」


 レアたちをそっと地面に並べて寝かせると、まずジャンを探す。



◆◆



「ジャン!」


 土竜が巻き付いている塔の真下の防壁へと来た。ちょうどジャンは土竜の身体を這い上がってくるレッサーデーモンめがけて槍を投てきしているところだった。槍はレッサーデーモンの頭に直撃し、爆散させた。


「魔術士は今のうちに魔力の回復を! 用意でき次第この土竜に向かって一斉放火だ!」


 ジャンは戦況を広く把握しながらも、魔術士たちに指示を飛ばす。


「「「了解!!」」」


 ジャンは他のクランリーダーたちと協力してこの土竜を引き剥がそうとしているようだ。

 緊迫した状況で耳に入っていない。再び呼び掛ける。


「おい、ジャン!」


 ジャンがようやく俺に気が付いた。


「ユウ!? 無事だったのかい!?」


 その顔には驚きと喜びが同時に表れていた。


「あはは。なんて顔してんだよ」


「ガランたちに聞けばグレーターデーモンたちを相手にしていると聞いて…………」


 ガランたちから聞いたと言うことは彼らも無事に戻ってきているのだろう。


「すまん、待たせたな。それはもう片付いた」


「倒したの!?」


 ジャンがギョッと目を丸くする。


「もちろん。まぁ、その話は後だ! 今の状況は?」


「い、今は見ての通りコイツに陣取られちゃってねぇ」


 そう悔しげにジャンは塔に巻き付いている土竜を見上げる。


 近くで見れば、口や体表からドロドロした緑色で半透明の液体を垂れ流し、それがかかった部分はジュウジュウと煙とブクブクとしたアブクをあげている。要するに強力な酸に溶かされているのだろう。


「ユウ、気を付けて。あの酸に触れれば人なんてひとたまりもない。一瞬で骨まで溶けてドロドロになったんだ。むしろ、あれだけ持ちこたえているユウの防壁が異常なんだよ」


 なるほど。確かに塔の最上階は溶かされきってしまったようだ。このまま、防壁ごと溶かすつもりなのだろう。見渡せば、この辺りには不自然に変形していたり、溶けてしまった剣が至るところに捨てられている。


「魔法は?」


「魔法は効くよ。でも魔術士たちの魔力がもう限界なんだ。僕も肉弾戦が主だから相性が最悪で……」


 ジャンが困ったと顔をしかめる。


「わかった。任せろ」


 ちょうど俺たちがいる防壁と同じ高さに土竜の頭があった。俺が近付くと、ギョロリとその爬虫類のように黄色い目玉で俺を見た。眼球だけで俺の身長の半分はある。

 しかし、その頭も全てがその酸性の粘液に覆われ保護されていた。


 不壊特性のあるアイギスなら斬っても大丈夫そうだが、塔ごと斬ってしまいそうだな…………。


「ジャン、塔には今誰もいないんだな?」


「うん、避難は完了済みさ」


「りょーかい」


 派手な攻撃は味方にも影響がある。ならまずは凍らせてしまおう。


 全身から氷の魔力をほとばしらせ、土竜に手を向ける。イメージはアリスの内部まで凍らせることのできる魔法だ。



 パキンッ…………!!!!



 土竜は一瞬で全身氷漬けになった。動かぬ氷像となる。土竜の身体を登ってきている魔物や、土竜の尾の先端までがきれいに白く霜に覆われ、冷気を垂れ流している。


「いっちょあがり。後は…………」


 俺は握った拳を後ろに引き絞ると、一気に突き出した。手に一瞬ひんやりとした感覚が伝わるとともに、内部まで衝撃が伝わるようにもう一段階ゼロ距離での殴打を加える。



 ドッ……………………ッッッ!



 ガッッッッ…………シャアアアアアン!!!!



 土竜の頭が粉々の小石サイズにまで砕けた。その衝撃は次々と連鎖し、尾のほうまで伝わっていく…………!



 ガシャン……ガシャ、ガシャシャシャアアアアン!!!!



 そうして、キレイに土竜だけが粉々に取り除かれた。




「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」」



 それを遠目に見た冒険者たちから歓声が上がる。


「さっ、さすがはユウ」


「これでゆっくり話できる時間はとれるか?」


「うん」



◆◆


  

 聞けば、ガランたちは無事に全員欠けることなく防壁にまでたどり着けていたようだ。しかし、皆傷が酷く今は救護テントで治療中らしい。そしてタロンだが、本当にガランたちが戻りきるまで橋を死守仕切ったそうだ。ちょうどヒュドラのブレスで魔物たちに大きな被害が出て、そのおかげでなんとかなったらしい。だが4人死亡、タロン自身は左腕を失い意識不明の重体だが一命は取り留めたとのこと。


 ホント無茶するじいさんだ。マジで橋を守りきったのには感服する。


 全体の近況として、今は比較的魔物の少なかった防壁の端のクランたちと持ち場を入れ替え、真ん中側のクランは実質、休息を取っているようだ。


「なるほどな」


「で、ユウの方はどうだったんだい? 6柱のグレーターデーモンに100柱のデーモンでしょ?」


 ジャンがこめかみに汗を流しながら問う。


「結果から言えば、俺ら4人で全員倒した」


「ほ…………本当かい!? ひょっこり戻ってきたからもしやとは思ったけど、小国すら落とせそうなあのグレーターデーモンだよ!?」


 ジャンは驚きすぎてメガネを落っことしそうになる。


「ああ、ただレアたちはさすがに疲労があってな。救護テントに寝かしてある」


「そ、そうかい。その情報をガランたちから聞いて、本気でもう終わったと思ったよ。むしろ、この王国自体の危機かと…………。 グレーターデーモンの存在だなんて、あまりにも士気に関わるからガランたちには戒厳令をしいたんだよ?」


「済んだことだ。気にすんな。魔物はどうだ?」


「気にすんなって…………」


 ジャンがポリポリと頭をかいた。


「有り難いことにヒュドラのブレスのおかげで大分減って、残り1000体弱くらいだね。相当な数なはずなんだけど、もはやホッとするよ」


 ジャンは空笑いをする。ジャンも相当疲労が溜まっているはずだ。


「今の調子でいけそうか?」


「うーん、今の冒険者たちじゃ掃討はまだ厳しいと思う。負傷者も多いし、物資も不足してきている。今は膠着状態だね」


 さすがに、ダンジョン側ももうネタ切れだろう。しばらくの間は大丈夫だろうな。


「なるほど。で、ガランたちが負傷してるんだったか? 一度会わせてくれ」



◆◆



「これは酷いな」


 真っ白な救護テントの中は負傷者で溢れかえっていた。所狭しと並べられた負傷者は、治癒士たちで付きっきりで看病されているが、治癒士30人がフル稼働しても重傷者の手当てにはかなりの魔力を消費するため、手が足りていないようだ。テント内は入ったとたんに薬草とポーションの臭いが鼻をさし、手の空いたギルド職員が治療を手伝っている。

 レアたち3人はテントのすみに、丁重に寝かせられていたので安心した。


「今で、死者は108人だよ」


「ひゃっ……!? そんなにか…………」


 想像以上だ。普通の魔物以外にも来たんだろう。


「ユウたちがヒュドラの討伐に出向いてから、トロールの亜種が数体現れてね。真ん中の方は僕がなんとかしたんだけど、それでも一気に被害が増えた。それにあの土竜にもけっこうやられてね。僕の力不足だ…………!!」


 ジャンが悔しそうにうつむいて拳を握りしめる。

 

 人の命をこう言ってはいけないが、その程度のことを気にしていては盤の大局を見失ってしまう。それを気にしないリーダーは人ではないと思うが、その犠牲者も一緒に連れて前に進まなきゃ戦争には勝てない。


 ジャンはかなり自分自身を責めてしまっているようだ。


「いや、逆に良くこれだけですんだもんだ。これだけ広い戦場を守るには1人じゃ無理だ。ジャンはよくやってるし、クランリーダーたちも大したもんだ」


「そんなことないよ。ユウならばもっと上手くやれたと思う。事実、ユウの存在が戦況を大きく左右してるし」


「でも俺にこれだけの人数をまとめるのは無理だった。適材適所って言葉があるだろ? それぞれ人には人の役割がある。ジャンには冒険者たちの信頼があるから、これだけの人数をまとめられるんだ」


「買い被りすぎだよ。僕はいつも後悔ばかりだ…………!」


「そりゃ、するだけましだ。後悔せずに常に最善の手を尽くせていると思っている奴についてくほど怖いもんはねぇ。それは間違いを間違いだと認めてないだけだ」


「…………ありがとう。こんなに自信がない僕でいいのかな?」


「いいか? お前が後悔しているのは、常に仲間のことを大切に考えられているからだろ? だからこの町じゃ、皆がお前を慕っている。そりゃ、自信たっぷりにカリスマ性だけでただ突き進んでいくリーダーだっているだろう。でも俺は、ジャンのようなタイプの方が好きだ」


「あはは、ありがとう…………。ほんと、僕はユウに出会えて良かったよ」


 ジャンは弱々しく笑った。 



◆◆



「…………ガランたちは?」


「見ての通り、あそこ」


 ジャンの指差す先には治癒士とギルド職員たちを振り切って、立ち上がろうとするガランの姿があった。


「どけえ! まだ俺は戦えると言っておろう!」


「し、しかし!」


「ガランさん! これ以上はご自分の命を縮めることになります!」


 治癒士が前に立ちふさがる。


 ガランは血の滲んだ包帯を腹に巻き、ぜぇぜぇと荒い息で自分の槍を支えに立っていた。


「ユウの奴が、悪魔を相手に命を張ったんじゃ! 俺がこの程度で寝ていられるか!!!!」


 良い奴だなぁ。


 改めて俺の中でのガランの評価を上げつつ、気づいてもらうべく右手を上げて声をかける。


「おっす、ガラン」


「ああ? 邪魔をするなら…………!」


 こちらを見ずに怒鳴るガラン。


「ガラン、俺だ。ユウだ」



「……………………は?」



 ガランの俺が見たことのないポカーンとしたマヌケな顔が見れた。


「お、おまえ……生きて?」


「しっかり生きてるぞ?」


「おっ…………!」


 ガランが支えにしていた槍を捨てるといきなりハグしてきた。


「おわああああ!?」


 おっさんにハグされビックリして声が出た。


「すまん! すまんかった! お前らを捨てて俺らは…………!!」


 そして肩でおんおん泣き始めた。


「ははは…………良いって。ガランの責任じゃない。お前は仲間をここまで無事に連れてきた。それも1人も死なさず、それで十分だ」



 それから、ガランが落ち着くのを待って話を続けた。


「それじゃあ、お前ら4人で全員倒したってのか!?」


「ああ」


「は、はは…………なんて奴らだ」


 ガランはひきつった顔で笑った。


「すげぇ…………」


「すげぇよあいつら」


 テント内の奴らも聞き耳を立てていたようだ。


「ただレアたちはさすがに疲れて今はそこで寝てる。復帰できるのは俺だけだな」


「いや、お前がいるだけで千人力だ」


「それよりガランお前、怪我はどうだ?」


 頭と右ふとももに包帯、腹の傷はさっき動いたせいか、血が滴り落ちている。


「これしき問題ない」


「問題ないわけありません!」


 ギルド職員が怒った。見たことある受付嬢だ。


「これ以上無理をすれば死にますよ!?」


「話の通じん奴じゃな! これしきで死なんと言っておろう!」


「ダメなもんはダメです!」


 ガランのこの剣幕に食い下がるこの人すげぇな。


「ガラン、さすがにその怪我で戦場に戻すわけにはいかないよ」


「ギルド長!」


 受付嬢の人は助かったとばかりに安堵の表情を見せる。


「ジャン! お前まで…………!」


 突っかかろうとするガランを片手で押さえながらジャンが俺の方を向いて申し訳なさそうに言った。


「だから…………ユウ、その、なんとかできないかい?」


 ジャンが手のひらを立てて申し訳なさそうにお願いしてくる。


 まぁ、元々そのつもりで来たんだが。


「ああ。俺が治そう。横になってくれ」


「あ、ああ」


 ガランが大人しく簡易ベッドに横になる。


 横になる動作にすら顔をしかめていた。余程無理をしていたらしい。魔力を込めて、腹部と頭部に手を当てる。柔らかい光に包まれる。


「おお……!」


 腹の包帯を取ったガランが傷跡すら残さずキレイになっているのを見て何度も触って確かめ、ベッドから飛び起きた。身体をぐるぐる回して調子を確認している。


「おい、傷は治ったが体力は戻ってないんだから無茶はするなよ」


「いや、問題ねぇ。そうだユウ。ついでにそいつも治してやってくれねぇか」


 ガランの目線の先にはベッドからはみ出すほどの大男が豪快なイビキを立てて眠っていた。


「モーガンか。わかった」


「頼んだぞ。起きたらすぐ戻ってこいと伝えておいてくれ」


「ああ」


 そう返事するも、槍を片手にテントを出ていった。


 さらっとモーガンを治療すると、ジャンがまだ用事があるようだった。


「ユウ、まだ魔力に余裕はあるかい?」


「ああ、あるが…………」


 そう言うと、ジャンにカーテンで仕切られた奥のベッドに寝かされている人物のもとへ案内された。


「た、タロンのじいさん…………」


 タロンは左腕を根本から失っていた。喰われたらしく、腕自体は回収不可能のようだ。意識はなく、左足にも痛々しい咬み跡がある。


「ヒュドラのブレスに臆さずにガランたちを待ち続けてくれたんだ。頼むよ」


 ジャンの顔には悲痛な表情が浮かぶ。このままだと、タロンはもう冒険者を引退せざるを得ないかもしれない。俺がガランたちと一緒に早く防壁に戻っていればこうはならなかったかもしれない。


【賢者】いいえ。それは違います。ユウ様たちが悪魔を倒していなければ被害は遥かに拡大していました。


 …………。


 タロンの左腕は失われたが、神聖魔法に至った俺ならば腕を生やすことができるかもしれない。

 血液で張り付いたタロンの腕の包帯を剥がし、その綺麗とは言えない骨と筋繊維、血管がむき出しの断面に手を当て元の腕をイメージする。そして、神聖魔法を発動した。


 タロンの全身がまばゆい光に包まれ、傷が治り顔色が良くなっていく。しかし、腕が生えてくるような気配はない。


「くそっ! 何が足りない!? 魔力か?」


 ヒュドラを殺せるほどの魔力が思わずどっ!と立ち上る。


「ユ、ユウ?」


【賢者】お止めください。過剰な魔力の行使はユウ様にも、タロン様にも毒になります。


 ちくしょう。原因はなんだ? 神聖魔法になって確かに治療速度は上昇している。まだだめなのか…………? 


 腕を失ったタロンの姿がアラオザルで最後のデリックの姿と重なる。


【賢者】神聖魔法のレベルが不足しています。今のままではいくら魔力を込めても無理です。


「くそっ!!!!」



 ガンッ!



 思わずそばにあった木の椅子を蹴飛ばした。


「ユウ。大丈夫かい?」


「ああ…………すまん、大丈夫だ。これでタロンはそのうち目を覚ます」


「ホントかい!? 良かった! 年齢のこともある。このまま起きないんじゃないかと…………!」


 ジャンはメガネの奥を濡らしながら俺の手を握って感謝した。


 そうだ。命は助けることができた。今はこれで良かったんだ。


「…………ん? ああ、何を騒いでやがる」


 聞いたことのある太い声だ。


「モーガン! 目が覚めたんだね!?」


 モーガンか。そういや蹴飛ばした椅子、モーガンに当たってたみたいだ。


「ああ…………あれ? 傷が、痛みがねぇ」


 モーガンが包帯をむしりとって、身体のあちこちをチェックしている。


「ユウが治してくれたんだよ」


 ジャンがニコニコと言った。


「お、お前、まさか生きてたのか?」


 モーガンが口をパクパクさせた。


「いいからいいから。ガランからの伝言。『早く戻ってこい』てさ」


 しっしっ!と追い払うように言うと


「はっ! あの野郎…………!」


 そうしてモーガンは大剣を担いで走って出ていった。


 リーダー2人の復帰。これで戦況は大分安定するはずだ。


「さて、じゃあ僕らも戻ろうかな」


「待てよジャン」


 ジャンを呼び止めて回復魔法をかける。良く見れば腰のあたりに細長い牙が歯形の形に刺さったままだった。


「よくそれで動き回ってたな」


「ありゃ? あはは、ありがとう」


「しっかりしろよ。戻るぞ」


「うん」


 ジャンはこんな時であるのに俺といる時は楽しそうだった。



◆◆



 魔力ポーションをラッパ飲みし、階段に行儀悪く投げ捨てながら防壁の上へと登ると、また激しい戦闘は再開されていた。

 

 皆鎧はボコボコで傷だらけであるのに士気は高い。というのも、クランリーダーのガランとモーガンが復帰し、先頭に立って指揮を取っている。魔物の数もさっきよりも減り士気も高い、たった2人で戦況を変えてしまったようだ。今も防壁に登ってきていた魔物を次々と沈めている。

 さらに当初は見える地面を埋め尽くしていた魔物だったが、今はまばらに見える。全体数では先程よりも減って800匹ほどだろうか。それに、先程の土竜のような強力な魔物はいないようだ。


「これは……もうかたがつきそうだね」


 火の粉と魔物の怒号が飛び交うなか、ジャンは涼しげに戦場を眺める。


「だな」


 改めて上から眺める佳境を極めた戦場は、まるで映画の中にいるみたいだった。攻める魔物と護る人間。爆発音や肉を割く音、内臓を潰す音に骨を砕く音。助けを呼ぶ声、それに答える声、様々な音が入り乱れ、綺麗な音楽になど聞こえるわけがない。雑音に次ぐ騒音、爆音、鼓膜を破ろうとする不協和音。よくあるB級映画であるまいし、この場に讃美歌などは聞こえない。


 さっき救護テントを見てきたからか、戦場を見ているほどに焦燥感がつのる。この間に亡くなる冒険者がいるかもしれない。弓矢も数が少なく、魔物が登ってくるのを待っていると時間がかかる。長引くほどに疲労も増え、死者も増える。実際すでに100人以上が亡くなった。大切なのは味方の被害を減らすことだ。


 もう、早く終わらせよう。俺ならそれができる。


「ジャン、ちょっと斬ってくる」


 俺はアイギスを抜くと防壁のヘリに足をかけ、飛び降りた。


「へ…………!?」


 堀を飛び越え地面に着地すると、同時に着地地点にいた毛むくじゃらのオオカミを真っ二つに縦に斬り分ける。この辺りの血みどろさ、血生臭さにももう慣れた。


 俺が下りると近くの魔物が一斉に振り向き、わらわらと集まってきた。片っ端から斬り捨てる。

 ひとしきり周辺の魔物を掃討したところで防壁に取りついている魔物に目を向ける。こちらに背を向けている魔物なんぞ、AランクもBランクも関係ない。全て100匹近くを重力球で壁から引き剥がし引き寄せ、火炎魔法で燃やし尽くす。炭化し、ボロボロと崩れ始める魔物の塊を見てから辺りを見渡す。


「さて、これで大分減っただろ」


 残っているのはC級~D級クラスの魔物のみとなった。



◆◆



 急に魔物の襲撃が減り、防壁では何事かとささやかれる。


 ざわざわとひしめく中、


「アニキです!!!!」


 防壁を振り返って見上げてみれば、俺を見つけたのだろう。指差して叫んだのは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたブルートだった。


「ユウ様が帰ってきたんだ!!!!」


 この呼び方には覚えがある。ミゲルだ。元気そうで良かった。


「死、死んだんだと…………!」


 ガランたちがヒュドラの討伐から戻ったものの、この戦場では最強と認識されたユウが戻ってこないことで、冒険者たちに極限の動揺と不安を与えていた。


「ユウのアニキ…………半端ねぇっす!」


「本当に、ヒュドラを倒したなんて…………!」


 ステラが腰を抜かしていた。


「アニキイイ!!!! 俺は信じてましたよ! 絶対戻ってくるって!」


 こんなことなら先に顔を見せるべきだった。


 機を見て、ジャンが剣を掲げ声を張り上げて叫ぶ。



「皆聞け! もう少しだ。もう少しで戦いは終わる! ガランもモーガンも戻ってきた」



「ガランたちが!?」


 まだ情報の届いていない冒険者たちの歓声が聴こえてきた。


「ユウたちワンダーランドはついにあの怪物、『ヒュドラ』を沈めて無事に帰還した! 流れは僕たちにある!!!! いくよ皆!! ユウに続いて魔物の残党を討伐するんだ!」



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」」



 一斉に防壁から縄ばしごがバラララと下ろされ、続々と冒険者たちが下りてきた。


「おいおいおい」


 まだ魔物だって強敵はほとんどいないものの、500匹は残っている。


 と、ジャンが防壁の上から俺の真横にひとっ飛びで降りてきた。


「まだけっこういるぞ。大丈夫か? ジャン」


 横を向いてジャンに問う。


「君が焚き付けたんじゃないか。それに、僕たちはこれで良いんだよ。勢い付いたワーグナーの冒険者たちは強いよ?」


 ジャンはニシシと笑う。


 仕方なく埋まりきっていない堀の上には、土魔法で道を作ってやる。そうして、ワーグナーの冒険者たちとダンジョン『悪魔の庭』との最後の戦いが幕を空けた。



◆◆



 雄叫びを上げながら走りよる冒険者たちの波と魔物たちの波がぶつかる…………!




 ズガガガガッッッ…………!




「「「「「ギャオオオオオオオオオウ!」」」」」


 悲鳴と共に魔物たちが総崩れした。


 これが流れ、勢いというものか。戦争においては軽視できないものだな。


「うおらああああ!! ぶち殺せええええええ!!」


 先頭を走るモーガンの掛け声と共に殺気溢れる冒険者たちが魔物をぶちのめす。さらにガランが魔物のど真ん中に突っ込み内側からかき乱す!


「うわぁ……こりゃ手助けは必要さなそうだな」


 離れてガランたちの戦いを眺めているとブルートが泣きそうな顔で俺のところへと来た。


「信じてました! 俺、しっかりアニキに頼まれてた役目を果たしましたよ!」


「ああ、ありがとうな。クランの士気を保ってくれていたお前のおかげだ」


 ユウたちなら必ず勝つというブルートの言葉が皆を元気付けていた。


「はい…………!」


 ブルートの肩に手を乗せる。


 いつの間にここまでなつかれたんだか…………。最初は突っかかってきたから、半殺しにしただけだったのになぁ。初めの出会いが今や懐かしい。


 と思っていると、うちのクランの奴らは魔物に目もくれず、続々と俺向かって突っ込んできた。



「「「「アニキーー!」」」」



◆◆



「ガラン先頭注意! デカイの来るよ!」


「ん?」


 ジャンの呼び掛けにガランの槍が止まる。見ればガランの身長の倍はある獣がCランク、Dランクの魔物を弾き飛ばしながら突進してきていた。


「僕が出る……!」


 ジャンは連続斬りで瞬時に魔物たちを斬り伏せ、ガラン同様魔物の陣形の内側に入り込むと、その巨大なタワーシールドを地面に突き立てた。


「ガランは後ろを頼むよ!」


「おう!」


 ガランはジャンの背を守るかたちで槍を構える。


 ジャンの目に映るのは、体高4メートル近い3頭の頭を持つ巨大な黒い犬。ケルベロスだった。鋭く尖った4本の犬歯に口からはだらりと舌をたらしている。その背には身体の大きさには小さすぎる悪魔の羽を生やし、力強くその太い爪で大地を踏みしめ地獄の番犬らしく、見るものに絶望を感じさせるほどの強者の風格を携え走ってくる。


 そして、衝突。




 ガンッ…………!




 ケルベロスは弾き飛ばされ、その体躯を地面につける。


「「「キャイン!」」」


 ど真ん中の頭の額からは血が流れ、頭へのダメージに足元が覚束なくなっている。シールドバッシュだ。ジャンはユニークスキルでパワーアップすると、ケルベロスの衝突に合わせ盾を前に突き出した。


「今だよ!」


 その声にガランは走り出していた。


「ふんっ!」


 ガランは捻りながら槍を繰り出すと左の頭の眉間に刃先をねじ込んだ。


「任せろ!」


 そしていつの間にか、魔物の壁を抜けてきていたモーガンが右の頭部をその大剣を振り下ろし両断。


「ばいばい」


 最後はジャンが真ん中の頭の首を斬り落としケルベロスは息絶えた。


 

◆◆



 そして30分後…………。


「こいつで、最後だ!」


 ジャンが剣を降り下ろし、レッサーデーモンの首をはねた。




「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」




 皆が剣を投げ、歓声が鳴り渡った。仲間と抱き合う者、空を仰いで泣く者、ただ1人で呆然と立ち尽くす者、様々だ。町は守られ、予想よりも被害は少なかった。でも死者は数ではない。町のために戦い命を落とした者がいるということは、どんな理由があろうと哀しみ尊うべきものなのだ。

 でもこれで終わった。今回はアラオザルのようになることはなかった。少しは町の防衛に貢献できたと思うし、俺も力をつけたということだろう。それは素直に嬉しい。


 この場に立ち会えなかったレアたちも気の毒だ。あとで目が覚めたらお祝いだな。


 ポンポンと肩を叩かれ、振り返るとジャンがいた。その目はくしゃくしゃだ。ギルド長という立場上、町そのものがかかっている。抱えるものの大きさが違ったのだろう。

 思わずジャンよりも先に言葉が出た。


「お疲れ様」


 そう言うとジャンもいい笑顔で返してくれた。


「うん、お疲れ様」


 とその時、町の大聖堂の鐘の音が聴こえてきた。それは、ワーグナー全体にこの戦争の終わりを告げる音であった。





「ガラァン、ラァン、ラァン! ガラァンガラァン、ラァン……!」





 その音に混ざって、町の方からもわいわいとラッパや太鼓の音、そして人々の歓声が聴こえてきた。


「ははっ…………」



「ははははは!」

  


 聞き慣れた大聖堂の鐘の音が、冒険者たちに完全に普段の日常を感じさせ、冒険者たちから自然と笑い声が聴こえてくる。青空の下、太陽が少し傾き初め、若干の茜色を感じさせ始めた頃だった。


「町の皆にも伝わったようだね」


 ジャンが汗を拭う。


「ああ」


「ユウのおかげだよ。君がいなきゃどうにもならなかった」


「いや、違う。これはお前の力だ。ジャンが皆を導いたんだ。…………ん?」


 誰か来る。


 今頃、防壁を飛び降りてこちらへタタタタと走って来る小さな影が見えた。


「どうしたの?」


「いや……」


 わざわざジャンの背後に向けて駆け寄ってくる。ウルだ。


「ははは…!」


 あれだけ防衛に参加するって駄々をこねてたのに、ちゃんと我慢できたみたいだな。成長したもんだ。


「…………?」


 んでもなんで隠密を使ってる? いや、ああ背後からジャンを驚かせるつもりか。


「あ、わかったよウルだね?」


 ジャンは後ろを見ずともわかったようで、やれやれと疲れた顔で笑った。


「あはは。さすが父親だ。バレバレだな」


 まぁ今日は褒めてやるべきだし、甘えさせてやろう。


「大丈夫。知らなかった振りをするよ」


 ジャンは小声で片目をつむった。ジャンはわかってるな。


 ウルがジャンの背後に迫った。そして、


「うわあ…………っ?」


 ジャンがわざと声を上げて驚いたフリをしたのだと思った。




 ズプッ………………………………!




「え…………?」


 ジャンの口の端から、血が流れてアゴを伝って落ちた。


 ポタポタ、ポタ。


「なに…………これ?」


「どうしたジャン? 何馬鹿なことやって、て…………?」



 ザクッ!



「へ?」


 頭の理解が追い付かない。何が起きてる?



 ザクザクザクザク、ザクザクザクザクザクザク…………!



 何の音だ?


「うっ! ぐっ…………!」


 ジャンは胸を押さえて力なく膝をついた。ジャンは背中から大量の血を流し、その後ろには血の滴るナイフを持ったウルが立っていた。


 そこでやっと、目の前で何が起きたのかは理解できた。



「ウルやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」


 ウルの目は焦点を失ったまま涙を流し、ひたすらごめんなさいと呟きながら立ち尽くしていた。


「ウルおまえ!?」


 一瞬激昂しそうになったが、一目見てわかった。ウルの様子がおかしい。後ろに回り、手刀で意識を刈り取ると身体を抱え保護する。

  


「ジャンっ!! おいジャン!」



 俺の必死の叫びは、安堵しきった冒険者たちの耳にすぐに入った。

 あれだけ刺されていたのだとすれば、心臓がズタズタでもはや身体の中で原型をとどめていない。


 神聖魔法を使う。だが、穴だらけの心臓は体腔内ですでに致死量の血をばらまき、心臓を修復しても手遅れの段階だった。


 くそっ!


「ジャン! 頑張れ死ぬな!!」


「ジャン!?」


 ガランが青ざめさせながらかけよってきた。


「ジャンさん!」


「ギルド長!!!!」


 冒険者たちがこちらに気付き、駆け寄ってくる。


「うそ…………だろ?」


「ジャンをやったのはてめぇかああ!」


 冒険者たちが、血のついたナイフを握ったままの意識を失っているウルを見つけた。


「ウル…………!」


「て、てめぇの素行には目を瞑ってやってたら、なんでこんなことを!」


「殺せ!」


 目を血走らせた冒険者たちが、倒れたウルに剣を突き立てようとする。


 くそ…………! 



「馬鹿止めろ! 今はそれどころじゃねぇだろがあっ!!!!」



 ユウの殺気にその冒険者は崩れ落ちた。無視してジャンに呼び掛ける。


「ジャン! 町を救ったのはお前だ! お前は英雄なんだ! こんなとこで死ぬな!!」


「あはは。ユウ。そんな顔しない……でよ。僕も、冒険者だからわかる。僕は、もう助からない。ユウ、ウルは……悪くない、よ? 絶対に…………ね。ウルを、たのむよ」


「おい! あきらめんな! お前がウルの父親だろ!」


「ふふっ、えほっ! げほっ!」


 ジャンが笑おうとした拍子に咳き込み、血を吹き出す。


「うううん。ユウならやってくれる。だって、約束、したからね」


 ジャンは首を横に振ると、俺を真っ直ぐに見た。


 あの時か、この氾濫が始まる前…………!


 俺は頷いた。


「ユウはいつも自由で楽しそうでね……? 僕もいつかユウのパーティ、入ってみたかったなぁ…………」


 神聖魔法をかけ続けるが、心臓が治っても血がない。もう、もたない。


「馬鹿っ! そんなもん、いつでも入れてやる!」


「あはは……代わりにウルを入れてあげてよ。そして、いつか、本当の両親に…………えほっ」


 そう言ってジャンはむせながらも、深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと目を閉じ開きながら、静かに息を吐き出す。


 ジャンの目には、ジャンを心配そうに覗き込む大勢の冒険者たちの顔で埋め尽くされていた。


「おい、ジャン! 死ぬな!」


 あはは…………。皆、そんな顔をしないで。僕は、死ぬのなんて、恐くないよ? 僕が恐いのは……、僕がいない世界で見る、町の皆の泣いてる姿なんだから……。 だから泣かないで?


 ジャンは真上に向かって手を伸ばそうとするも、力が入らない。指が震えるだけだ。


「ジャン!」


「ジャン! 止めてくれ! 冗談だろ!?」


 皆が必死に名前を呼ぶ。


 ジャンが涙を流し、頬を伝う。


「ありがとう。みんな……」


 まるで最後であるかのように、皆に礼を言った。ジャンの目はもうぼんやりとしか見えなくなっていた。


「そんなこと言うな! お前がいなきゃこの町は成り立たねぇだろうがよ!」


 モーガンが膝をついて泣きながら訴えた。


「心配しなくていい……。町は、もう大丈夫だよ?」


 ジャンの目はついに光を映さなくなっていた。


 あれ? 見えない。皆、どこにいるの?


 真っ暗だ…………。


 やっぱり、1人になるのは、寂しいなぁ…………。


「見えない…………。み、んな、そこにいるのかい?」


「ああ。ここにいる!」


 俺がジャンの左手を握り、ジャンに顔を寄せて叫ぶ。


「皆ジャンの手を握れ!」


 皆がジャンの身体に触れながら呼び掛ける。


「ジャン! 俺はここにいるぞ!」


「私も!」


「俺もだ!」


「俺も!」


「ジャン。逝かないで…………!」


 皆の顔はもう涙でくしゃくしゃだ。


 皆が皆、ジャンを愛していた。ダンジョンに人が集まって出来た無法地帯のようなこの町では、ギルド長であるジャンが町長のような存在だった。荒くれものの多いここではジャンは彼らのストッパーであり、面倒見のいい彼は親のような存在だった。ジャンが町を変えた。


 皆がジャンに触れ、声をかけ続ける。片時も離れることなく、この先もずっと一緒にいる。それを感じてほしくて。


「ああ。みんないるから、死ぬのなんて、恐くない。いつまでも…………僕は皆と一緒に……」



 また、みんなと…………町…………。


 脳裏には幸せそうにギルドで皆といつもの絡みをするジャンの姿があった。

 町に出れば、屋台のおじさんおばさんたちが、いつもいいと言ってるのにご飯をくれるし、子供たちからはちょっかいをかけられるから一緒に遊んであげるんだ。町の人たちからは、いろんな相談事を持ちかけられ、ギルドの皆と、ああでもないこうでもないと話し合いをする。いつものようにギルドでのもめ事を仲裁しては、いつの間にか皆と飲み友達になってるんだよなぁ。

 息抜きにダンジョンに潜れば、その成果で町の皆と宴会をして笑い合って騒ぐんだ…………。


 そうだ。また、明日からは…………いつもの……………………。





 ジャンが死んだ。






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